BEGINNING OF THE REVOLUTION   作:スタイニー

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来たるシニア級との対決に備える、シンボリルドルフのトレーナーである平岡と澤部が見守る中、カツラギエースはレース序盤から後手を踏んでしまう。

それでも、現役トップクラスの実力を持つカツラギエースが、このまま終わるはずがないと、年若い澤部が予想するが、老練な平岡はそれに対して否定的な見解を取る。

果たして、平岡がその様な見解を取る理由とは?


ミスター・トゥインクルシリーズ②

 

「いかに神経質なカツラギエースといえど、本来ならまだまだ立て直しが効く段階だ。ただ、今日のこのレースに関しては、カツラギエースが『領域』に入るための難易度が高いと言わざるを得ない」

 

「難易度が高い?それは何故ですか?」

 

「理由はカツラギエースにとって"相性が最悪"なウマ娘が出場しているからだ」

 

「相性が最悪なウマ娘ですか?それは一体…」

 

『領域』発現者の基本戦術を解説していた平岡だったが、カツラギエースに関しては、このレースに限って、それが難しいと言い、その要因を作り出したウマ娘の存在を仄めかす。

 

 

 

 

 

 

第2コーナーから向正面に入ってキョウエイレアが行きます。キョウエイレアが先手を取りました。2バ身のリード。さあ、ここはトレーナーとの打ち合わせが重要だ。どの程度で抑えていけるか。

 

 

 

 

 

 

 

「キョウエイレア。彼女はカツラギエースにとって相性が最悪な、いわば"天敵"と言える存在だ」

 

平岡がカツラギエースの天敵としてキョウエイレアというウマ娘を挙げる。

 

「《片目の逃亡者》がカツラギエースの天敵ですか?確かに、今年の高松宮杯でカツラギエースに勝っていますが、あれは展開のアヤで勝てたようなもので、2人の実力差はかなりの開きがあると思いますが…」

 

平岡のまさかの回答に澤部は戸惑う。

 

 

 

キョウエイレア。

カツラギエースの一つ上の逃げウマ娘で、カツラギエースが5着に敗れた高松宮杯の勝者。

 

彼女は、ここまで重賞1勝とOPレース2勝を挙げている、中堅クラスの選手に過ぎないのだが、彼女には特別な二つ名がある。

 

 

 

 

《片目の逃亡者》

 

 

 

もとは両目ともに健在だったが、入学直後にトレーニング中の不慮の事故で、右目を失明してしまう。

 

どんなスポーツであれ、選手にとって片目が見えないということは相当なハンデであり、普通なら即座に引退してもおかしくないのだが、キョウエイレアはそこから不屈の精神力と血の滲むような努力でオープンクラスまで登り詰めた。そして、条件戦時代が長いとはいえ、ここまでの全レースの入着率は50%を超えるなど、一流とはいかずとも、確かな実力があるウマ娘として、学園内でも名を馳せている。

 

そんな苦労人であるキョウエイレアには、熱心に声援を送るファンも多く、ミスターシービーやカツラギエースといったスター選手とはまた一味違った隠れた名選手である。

 

 

 

「何も天敵だからと言って、その相手が必ずしもレースの勝ち負けに絡めるとは限らないだろう。私が問題としているのは彼女が作る"レース展開"の話だ」

 

澤部の言い分が的外れなことを少しだけ嗜めつつ、平岡が問題の核心を澤部に伝える。

 

「レース展開ですか…。キョウエイレアのレースが荒れやすいという話は聞いたことがありませんが、どの様な点で、カツラギエースに向かないレース展開なのでしょうか?」

 

 

 

 

そして、その後ヤマノシラギク、スズカコバンと続いてミサキネバアーが内6番手。

 

その直後に続いているのはトウショウペガサス。

 

その後ろには内、内を回ってサンオーイ。先頭までは12・3バ身ある。

 

 

 

 

 

[600を過ぎたけど、逃げてるレア先輩のペースと位置が厄介だ…。このままだと、高松宮杯の二の舞だ。なんとか3角までに先頭に立たないと…]

 

3番手でレースを進めるカツラギエース。レースの流れは淡々としているが、どうやらカツラギエースはこのレース展開にやりにくさを感じているようで、少し焦りが見られはじめる。

 

 

 

「キョウエイレアの逃げは、一般的な逃げウマ娘のレース展開ではない。なぜなら、彼女の逃げには『ベストラップ』というものがないからだ」

 

「ベストラップがない?それでは彼女自身、毎回異なるペースで走らなくてはいけなくなり、安定した走りが出来ないと思いますが、なぜその様な逃げ方をするのですか?」

 

平岡の回答に対して澤部が驚くとともに、なぜその様なやり方になっているかを平岡に尋ねる。

 

「理由は、彼女が"他者への配慮"から逃げ戦術を採用しているからだ。ゆえに、ラップよりも、別の要素を重要視せざるを得ない(・・・・・・・)のだ」

 

「"せざるを得ない"…どういうことでしょう?逃げのセオリーを度外視してまで、重要視しなければいけない要素など、果たしてありますか?」

 

平岡はキョウエイレアの独特な逃げ戦術のカラクリを、少しずつ解説していくが、澤部はまだ答えに辿り着けていない様だ。

 

「澤部、もっと視野を広く持て。私は言ったぞ。彼女は『"他者への配慮"から逃げ戦術を採用している』と。つまり、彼女にはレースに勝つことよりも重要視しなくてはいけないことがあるのだ」

 

答えになかなか辿り着けない澤部をみかねて、平岡が再度ヒントを強調する。

 

「レースの勝ち負けよりも大切なこと…片目が見えないハンデ…やむを得ない逃げ戦術…"逃げ"…。逃げる?何から?……あっ、他の選手との"接触事故"か!」

 

平岡が出したフレーズを、口ずさみながら思案する澤部。そして、ようやく答えに辿り着く。

 

「思ったより時間が掛かったが、まあいいだろう。キョウエイレアが最も重要視すること、それは『自身も含めた全選手が、安全に(・・・)レースを完走すること』だ。ゆえに、彼女は自身が刻むラップよりも2番手との『距離感』に細心の注意を払って逃げているのだ」

 

澤部が答えにたどり着くまで、少し時間が掛かったことを気にしたが、自力で答えにたどり着いたことに満足気な平岡が、より詳しい解説を伝えていく。

 

「確かに、彼女にとって、刻むラップよりも距離感を気にしなければ、事故に繋がってしまう。それはやむを得ないですね。しかし、彼女がセオリーから外れた逃げ方をしなければいけない理由はわかりましたが、それが他の選手にどのような影響を及ぼすのでしょう?」

 

キョウエイレアのレース展開のカラクリを理解した澤部は、次に平岡にその影響の如何を問う。

 

「澤部、お前は『アキレスと亀』の話は知っているな」

 

「はい。アキレスが後ろから追いかけた時には、亀は少し先に進んでいるので、それを繰り返している限り、アキレスは一生追いつくことが出来ないというパラドックスですね。ただ、あれは物理的に破綻した話ですね」

 

平岡がキョウエイレアの走りのカラクリを説くべく、有名な話を例えに出す。当然のごとく、澤部はその話を知っていて、話の概要をスラスラと答える。

 

「確かにそうだが、あの話は、亀という"遅い生き物"に、神という"速い生き物"が追いつこうとするからこそ、パラドックスとなる。では、大差のない(・・・・・)速さの生き物同士が、あの話の当事者だった場合はどうか?」

 

平岡が、本来の話の条件が変わった場合に、このパラドックスが成立するか否かを澤部に問う。

 

「それはもちろん、速さが同じなら成立しますし、速さの調整が出来るなら…あっ!?同じ速さの者同士なら、物理的に成立します…」

 

平岡からの質問を思案する澤部が、あることに気付く。

 

「そういうことだ。彼女の基本的な逃げ方は、2番手集団のペースに合わせた逃げ方になる。ゆえに、2番手集団がペースを上げれば、彼女もペースを上げる。では、2番手集団が彼女を放って、ペースを下げた場合はどうすると思うか?」

 

カラクリの糸口を見つけた澤部に、平岡がさらに質問を重ね、澤部により掘り下げた思考を促していく。

 

「もしや、ペースを下げるのですか?厄介ですね。これでは理屈的には、どんなペースで走ろうとも、2番手以降は、一生キョウエイレアには追いつけないことになります…」

 

「そういうことだ。キョウエイレアの走りはまさに『アキレスと亀』の話そのものだろう」

 

「確かにそうです。なるほど、片目のハンデがありながら、高い入着率を誇っている要因は、この幻惑的な逃げでしたか…」

 

「そういうことだ。しかし、彼女の逃げは厄介ではあるが、必勝の戦術ではない。このパラドックスを打ち破るためのポイントが何かわかるか?」

 

「はい。ペースや距離感に惑わされず、最後の直線で抜き去ればいい。キョウエイレアの逃げは、強烈な末脚を持つウマ娘には通用しにくい。ですから、重賞ではなかなか勝てていないんですね」

 

「正解だ。さて、それがわかると私がなぜキョウエイレアがカツラギエースの天敵だと言ったかがわかるな?」

 

平岡は澤部にまるで座学の講義をするかのようにキョウエイレアの作り出すレース展開のカラクリを説明していく。そして、そこから導き出される最後の結論を澤部に問う。

 

「今、理解しました。確かに、キョウエイレアの逃げは、前目でレースをするウマ娘にとってはかなりの難敵ですね。距離感を保って逃げるキョウエイレアを、狙い通りの位置で捉えるには、彼女をマークしなければなりません。ただ、そうすることで、自分のペースや刻んでいるラップが崩れ、レースそのものに勝てなくなる可能性も出てきてしまいます」

 

平岡に結論を問われた澤部が回答するが、その口調は先程までの半信半疑な物言いはなく、平岡の話をしっかり理解し、理論立てて考えられているようだ。

 

 

 

 

 

間もなく、1000mの標識を、今キョウエイレアが通過。ちょうど60秒であります。

 

 

 

 

 

「そういうことだ。さて、1000mが60秒フラットか…。宝塚や毎日王冠よりもペースが1秒早い。神経質なカツラギエースに、1秒の違いはキツかろう。これで3角から4角の間で先頭が奪えないとなると、いよいよ正念場だな」

 

レースが中間地点に差し掛かり、平岡が時計に目をやり、1000mのラップを把握する。そして、そのラップがカツラギエースにとって決していいペースではないと告げ、カツラギエースが勝つための正念場を迎えていると話す。

 

「確かに、このままではこのレースに勝つのは、かなり大変だと思います[やはり、先生は恐ろしい観察眼と分析力を持っている。天皇賞秋に出場する選手の資料を集めて提出したのが1週間前。なのに、もうここまで選手の解析を済ませてしまっている…]」

 

何事もないかのようにレースや選手の分析、解析を短期間でこなしてしまった平岡に澤部は畏怖の念を抱く。すると……

 

「フッ…。日本にほとんどいない私が、なぜここまで選手の解析ができるのか不思議だ、といった顔をしているな?」

 

澤部の畏怖の念を察したのか、平岡が少し笑いながら、澤部の心情を見透かす。

 

「あっ…そうですね。先生が日本に居られる期間は、年間でも半分ほどで、かつ国内でも多忙で過ごされています。私たちのようなレース研究の時間など、十分ないはずなのに、なぜそのようなことができるのでしょうか?」

 

自身の心情を見透かされた澤部が少し気恥ずかしそうにする。そして、平岡の素早く的確な分析、解析がどこで培われたかを尋ねる。

 

「簡単なことだ。昔はそのようにできなければ、トレーナーとして一人前になれなかったから、"自然と"身に付いただけのことだ。ことのついでにお前に問おう。"昔の"トレーナーたちにとって、最も必要な能力はなんだと思う?」

 

澤部の突然の問いかけに平岡は冷静に答え、逆に澤部に質問をする。

 

「…やはり、今と変わらずに、戦術の知識や駆け引きではないのでしょうか?」

 

ハッキリとした答えを導き出せなかった澤部は恐る恐る回答する。

 

「まあ、それはそうだ。しかし、私の答えは違う。答えは『記憶力』だ。なぜだかわかるか?」

 

澤部の回答を聞いた平岡は、その答えがある意味では間違いではないと認めつつも、本当の正解を明かす。

 

「記憶力?そんなシンプルな能力が昔のトレーナーの方々にとって最も必要な能力だとは思いませんでした…。確かに記憶力がいいことは大事だとは思いますが、それがトレーナーの資質を左右する重要な能力とは、考えにくいですが…」

 

あまりにも単純な答えであることに澤部は驚くとともに、なぜ記憶力が重要になるのかを問いかける。

 

「まあ、"現代っ子"はそう思うだろうな。しかし考えてみろ。私がまだ10代だったころなど、今のような映像媒体は、ほとんどない上に、映像の"保存方法"や"再生手段"もない。情報を得るためには話を聞くか、現地に赴いてその選手のレースやトレーニング風景を見るしかなく、何事も"覚える"以外に方法があると思うか?」

 

「確かにないですね…」

 

そんな澤部に対して平岡がその理由を述べる。その理由は至ってシンプルであり、今とは違う当時ならではの事情が絡んでいて、それを理解した澤部は拍子抜けしてしまっている。

 

「当時は、選手の分析をするためには、頭の奥底から記憶を引っ張り出すしかない。しかも、正確に記憶を思い出さなくては"間違えた"分析になってしまう。私が若かった頃は師匠によく殴られていたな。『教え子に"ウソ"を教えるな!』とな。今思えば、無茶苦茶な話だ…」

 

「先生の師匠は伝説とまで謳われた方でしたね」

 

「ああ、そうだ。私の師匠は当時の日本レース界で最強と謳われた方だった。管理するウマ娘たちの数は学園内で一番多く、総じて実力も高い。加えて、出場するレースは、条件戦から重賞レースまで幅広く、週末になれば西へ東への移動は当たり前で、朝一に東京、午後には京都なんてことも珍しくはなかった」

 

「そのような日常ですと、否が応でも覚えざるを得ませんね…」

 

「そういうことだ。移動や担当のトレーニングを見る時間で、日常が手一杯なのだ。そうなると、移動時間や床に着く前の時間をレース研究の時間とするしかなかった。おかげで、私の頭には『レコーダー機能』が搭載された。見た映像を鮮明に、かつ自由に思い出す"録画再生機能"がな。その"録画再生機能"の精密さが、私の実績を支えてくれていたのだ」

 

「…[やはり、先生が『ミスター・トゥインクルシリーズ』という異名で呼ばれるのには、確固たるトレーナーと資質の高さが理由だ。今のURAの在り方を築いた功績だけではない。単純なトレーナーとしての段違いの能力があるんだな…]」

 

平岡は自身の若かりし頃を思い出しながら、昔のトレーナー事情を自身の弟子に伝えていく。その語り口調は当時を懐かしんでいるようで、どこか楽しげだ。そして、それを聞く澤部は師匠たる平岡の実力が叩き上げで培われ、その叩き上げで鍛えられた実力によってこの地位まで登り詰めてきたのだな、と尊敬の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

その後にはダスゲニー・アローボヘミアン。

 

そして、春の天皇賞ウマ娘、モンテファストがいて、テュデナムキング、ロンググレイス、お終いから2人目にホリスキー。

 

 

 

 

 

「そういうわけだから、実力が高かろうと低かろうと"普通"のウマ娘の解析など、1レースに出場する選手分でれば、1週間もあればことたりる。しかし…」

 

 

 

 

 

最後方からミスターシービー。先頭までは22・3バ身?20バ身くらいの位置でしょうか?

 

 

 

 

 

「『領域』に完全に覚醒した奴らはそうはいかない。忌々しいが、奴らは手強い。それこそ、カツラギエースとは比べものにならないくらいにな。だから、私は今日ここに赴いたのだ。私が思い描くトゥインクルシリーズの『未来』のため、奴らを完全に叩き潰す手掛かりを得るためにな!」

 

平岡はレースを走るミスターシービーを睨みつけながら、打倒ミスターシービーへの意気込みを語る。

 

[ありとあらゆる経験と対処法をお持ちの先生が、本気で見定めなければいけないミスターシービーの実力とは一体…。このレースは俺にとってもかなり意味のあるレースになりそうだ…]

 

 

 




本格化してからのカツラギエースが敗れた3レースの内、2レースに関係があったということで、『カツラギエースはキョウエイレアが苦手』という設定にしていますが、作中の走り方も含め、完全なフィクションなので、悪しからず。

今回、少しだけ取り上げた《片目の逃亡者》の異名を持つキョウエイレアですが、片目が見えないままで走り続け、GⅡに勝ってしまうほどの素質馬でした。もし、今の時代に生まれていたら、コアな人気を博した競走馬になっていたかもしれませんね。
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