BEGINNING OF THE REVOLUTION   作:スタイニー

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白熱する日本ダービー。

その中でミスターシービーは選ばれた者だけが到達出来る境地についに足を踏み入れる。

そして、その力を解放していく…。




第二幕開演〜緑、鮮やかなる初夏の府中、日本ダービー〜 後編

[ああ…これが『扉』の先、アタシの『領域(ゾーン)』か…。こんな気分は初めて…今ならなんでも出来そうな気がするよ。ねぇ、寺さん、見ていてね。この舞台(レース)でアタシはアタシの全てを表現するから…]

 

ミスターシービーは目を瞑りながら大きく深呼吸をする。そして…

 

「よし…行こうか…」

 

 

 

 

 

ズン

 

 

 

 

[えっ、なに…。寒気…]

 

[なんだ…。この感じ…。後ろから…]

 

[身体が固まる…。上手く息が出来ない…]

 

[汗が急に…これから何が起きるの…]

 

直接何かがあったわけではない。

しかし、出場選手全員が同時に謎の感覚に襲われる。それは…

 

 

 

 

圧倒的な力によるプレッシャー

 

 

 

 

[なんだ?後ろからのプレッシャー…。なんか、わかんねぇけど、ヤバい感じが迫ってくる…。まさか、シービーか!?]

 

ミスターシービーから少し離れた位置にいるカツラギエースもそのプレッシャーを感じ取っていた。そして、そのプレッシャーに反応するかのように後方に目をやると…

 

[なんだあれ…。あれがシービーなのか…。いつもと雰囲気が違うな…]

 

カツラギエースの視界に、気の昂りを抑えられずに不適に笑うミスターシービーが映り込む。その姿は遠目からであるにも関わらず、普段とは違うとわかるくらいの雰囲気を纏っていた。

 

「あっ!そこにいたんだ。探したよ、エース。ねぇ、一緒に走ろ!」

 

「ん?なんか、シービーのヤツが言ってるけど、聞こえないな…」

 

カツラギエースの視線に気付いたミスターシービーがカツラギエースを見やり、声を掛ける。ただ、その声は足音とレース場の大歓声で届かない。

 

「んー、ここからだと話しづらいな…。あっ、エースの"側に"行けばいいのか!」

 

自分の声がカツラギエースに届いていないと気付いたミスターシービーは何かを思い付く。そして…

 

「やべっ、シービーばっかり見てたら、前の状況がわかんねぇ…。えっと、前の状況は…」

 

「ねぇ、エース!ゴールまでまだ半分くらいあるし、しばらく一緒に走らない?」

 

「はっ?お前、さっき最後尾にいたよな?なんで、もうここにいるんだよ!?」

 

それは一瞬のことだった。

 

カツラギエースの数バ身後方にいたはずのミスターシービーは、カツラギエースが前方の確認のために目を切ったほんの数秒間の内に、手が触れられそうな位置まで一気に距離を詰めていた。そして、普段通りの笑顔でカツラギエースを"併走"に誘おうとする。

 

「ビックリしすぎじゃない?そんなことはいいから。ほら、一緒に走るよ!」

 

「一緒に走るって、お前、これダービーだぞ!?そんなこと出来るわけ…」

 

「いいから付いてきて!早く、行くよ!」

 

カツラギエースの言葉を遮ってミスターシービーが手招きをする。

 

「ちょっと待て!このバ群の中を2人で走るなんて無理だろ?」

 

併走する気満々のミスターシービーに対してカツラギエースは併走は不可能だと言う。

 

「大丈夫。アタシについてきて!…うん!"こっち"からなら行ける!」

 

「おっ、おい!あ〜もう、こうなったらトコトンついて行ってやらぁ!」

 

理解不能な出来事が起こりすぎて頭の整理が追いつかないカツラギエースは、誘われるがままにミスターシービーと身体を並べてポジションを上げていく。

 

一方、ミスターシービーとカツラギエースが身体を並べていた頃、先頭集団にも状況に大きな変化が生まれていた。

 

 

 

先頭集団が3コーナーの坂をグーンと回って参ります。さあ、先頭争いはだいぶ様相が変わってきました。外目を通りまして、外からスーっと上がって参ります、シャダイソフィアが先頭か…いや、マックスファイヤーが先頭に変わったか?

 

 

 

 

[ヤバい…さっきのアレはマジでビビった…。今はなくなったけど、アレがまた来る前に逃げなきゃ…ペース配分を気にしてる場合なんかじゃない…とにかく逃げないと…]

 

3コーナーを前にして先頭に入れ替わったのはマックスファイヤー。まだ、1000mほど残しながら、突如スパートをし始める。その表情に余裕はなく、まるで恐怖に取り憑かれたかのように必死に逃げていた。

 

 

 

マックスファイヤーがいつの間にか2バ身・3バ身とリードを取っていきます!

さあ、ミスターシービーは後方から7番目、中団ぐらいまでしか、上がっておりません!

 

 

 

 

おい!シービー!まだ行かないのか!?

 

何をやってるの?早く行かないと!

 

こんなに仕掛けを遅らせて、前を捌けるのか?

 

もう、諦めたのか!?脚を余したいのか!?

 

 

 

ポジションをなかなか上げていかないミスターシービーに対して、観客の一部から不満と心配の声が飛び交う。

 

[気持ちはわかるよ。『大外を回る』なら今からでも仕掛けないといけない…。でも、シービーの狙いは違うんだ…。きっと、シービーにしかわからない別の狙いがあるんだ…]

 

ピーちゃんは観客たちの心情を理解しつつも、その見解が的外れであることを指摘する。それはミスターシービーをよく知るピーちゃんだからこそ確信できることであり、『常識』が通用する者ではないとわかっているからだった。そして、ピーちゃんの見解が正しいということは、数秒後に証明される。

 

「おい!シービー!このまま突っ込むのか?絶対に無理だろ!今からでも大外を回ろうぜ!」

 

なし崩しについて行ったカツラギエースだが、先行勢が作る巨大な壁を前にして、2人での中央突破が不可能であるとミスターシービーに訴える。

 

「大丈夫、大丈夫。もう少しで空くから、待っててよ!」

 

そんなカツラギエースの必死の訴えをミスターシービーは余裕たっぷりな顔つきであしらう。

 

「3・2・1…。よし!行くよ!エース!」

 

「はっ?行くって、おい!クソっ、無茶苦茶だ、こんなの!もう、なるようになりやがれ!!」

 

3つ拍子を数えたミスターシービーが突然加速する。そのあまりに唐突すぎる加速にカツラギエースはさらにヤケクソ気味について行く。

 

「エース!ルートは右・左・左からの一度別れてキクノの両脇を抜けてくよ!」

 

「右・左・左?よくわかんないけど、やってやるよ!」

 

ミスターシービーの指示を理解出来ないカツラギエースだが、一応言われた通りに進路を取る。すると…

 

 

 

 

3コーナーから4コーナーに上がるところ、タケノヒエンが2番手に上がっている。マックスファイヤーが先頭です。

 

ミスターシービーは6番手ぐらいまで来ている!!

 

 

 

 

[ウソだろ…『バ群を捌く』ってこんなに簡単なことなのか?アイツには一体、何が見えてるんだ?]

 

再度ミスターシービーに誘われるままについて行ったカツラギエースは驚愕した。

 

3コーナー手前での2人の位置は厳しめに見れば、17・18番手。1人でさえ、抜け出すことに苦労しそうな状況に、2人で突っ込んで共に抜けるなど、不可能だと思っていたカツラギエース。

 

しかし、ミスターシービーが示した進路に突っ込むと、一瞬にして6番手の位置まで辿り着く。それはまるでミスターシービーが次に空く進路を予知出来ているかの様な不思議な出来事だった。

 

「よし!いい感じ!」

 

バ群を捌き切ったミスターシービーとカツラギエースは徐々に加速しながら最終コーナーを回っていく。しかし…

 

「来たね!シービー!簡単には行かせないよ!」

 

「あらら…。これは想定外…」

 

それは想定外の出来事だった。

 

4コーナーをカーブしている最中にミスターシービーの少し前を走るタケノヒエンが進路を遮るように外に膨らんできたのだ。それにより、ミスターシービーは加速を一旦止められてしまう。

 

「シービー!悪く思わないでよ!強すぎるアンタに勝つなら手段なんか選んでられない!だって、このレースはダービーなんだから!ウチだって勝ちたい!」

 

汚いやり方だとわかっている。

実力に圧倒的な差があることもわかっている。

それでもタケノヒエンは勝つことを諦めない。

その気持ちがタケノヒエンの身体を突き動かしていた。

 

「アハッ!いいね、ヒエン!勝つためにはダーティーな方法だって厭わない感じ、アタシは嫌いじゃないよ。でも、アタシはこの程度じゃ、止まらない!外から回して…」

 

 

 

ドン!

 

 

 

「キャッ!痛いよ、シービー!」

 

「あっ、ゴメン…キクノ」

 

タケノヒエンの斜行を回避しようと外へ流れたミスターシービーだったが、右隣を走るキクノフラッシュと接触してしまう。

 

[やっちゃった…。しかも、囲まれた…。さすがに"ちょっと"ピンチかも…]

 

突然のアクシデントとはいえ、意図しない接触をしてしまったミスターシービーは少しだけ罪悪感に囚われる。加えて、玉突き的な複数人の斜行によりミスターシービーは周囲を完全に囲まれてしまう。

 

左には内側への切り込みを阻むタケノヒエン。

右には内側へと切り込もうとするカツラギエース。

そして、後ろには衝突で後退したキクノフラッシュが懸命に追い上げてくる。

 

三方向を囲まれた上に、前方への進路もいつなくなるかがわからないほど三者に密着されるミスターシービー。楽勝かに思われた日本ダービーだったが一瞬にして窮地に陥る。

 

 

 

ミスターシービーの黄色と緑の勝負服は7番手くらいまで来ている!

さあ、外に持ち出して残り400m!

 

 

 

 

「やっぱり、『ジンクス』ってあるんだね。さすがにこれは本気出さないとヤバいかも……」

 

「えっ?それって、どういう……」

 

ミスターシービーの呟きに対して、キクノフラッシュが反応する。

 

「エース、ごめんね。一緒に走るのはもうお終い。アタシは先に行くよ…」

 

「お終いって、無責任だ……って、おい!何する気だ…そんなに低く構えて…」

 

カツラギエースに話しかけた後、ミスターシービーはまるで臨戦態勢をとった猛獣のような低い構えをとる。

 

「何したって無理だよ!シービー!このブロックは絶対に突破出来ない!」

 

「大丈夫……アタシなら出来る…」

 

タケノヒエンの一言に対して、ミスターシービーは自分に暗示をかけるかのように呟く。そして…

 

 

 

 

ズン

 

 

 

 

「えっ?」

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

それは再び放たれた。

 

1分ほど前に突然放たれた謎のプレッシャー。それが、ゴールまで残り400mの地点で再度放たれる。その凄まじいプレッシャーがミスターシービーを取り囲んでいた3人を弾き飛ばす。そして、ミスターシービーが低い姿勢で溜めた力を解放すると……

 

 

 

 

おーっと、ミスターシービーが抜けてきた!!!

 

 

 

 

「えっ?シービーが消えた!?」

「あれっ?いつの間に抜かれたのウチ…?」

「ウソだろ!一瞬であんな遠くまで行きやがった…」

 

3人が気付いた時にはミスターシービーの背中がはるか前方にあった。それはまるで突き放しの瞬間にミスターシービー以外の選手の時間が止まったかと錯覚させるほどの爆発的な加速力だった。

 

 

 

ミスターシービーが先頭だ!

 

 

 

爆発的な加速力で、窮地を脱したミスターシービー。しかし、驚くべき事態はこれだけに止まらない。

 

なんと、ミスターシービーはその加速の"惰性"で先頭まで奪い獲ってしまっていたのだ。それはたった5秒たらずの出来事で、ミスターシービーは前方で逃げ粘る数名を一瞬のうちに撫で切ってしまう。

 

そして、勢いはそのままに内ラチを目掛けてコースを斜めに突っ切って行く。

 

「もう、あんなとこまで行きやがった…でも、あたしだって、まだやれるさ!ハァァァ!!」

 

 

 

ミスターシービー、先頭!

そして、その後ろからカツラギエースも来ている!

 

 

 

 

あまりにも異常な加速力に一瞬、呆然としてしまったカツラギエースだが、気を持ち直し、ミスターシービーを追走する。その加速は素晴らしく、先団勢を捉えにかかるには十分な加速だ。

 

 

 

 

ミスターシービー頑張る!

ここまでだいぶ脚を使ってきている!

後続を振り切ることができるか!?

 

 

 

 

「シービー!早まったな!脚を無くした瞬間にあたしが……」

 

 

 

ガクン

 

 

 

「えっ?スピードが…脚に力が入らない…」

 

カツラギエースの出足の加速は素晴らしかった。このまま、ミスターシービーに喰らいつくことも出来るのではないかと思った観客もいるくらいに。

 

しかし、その加速はミスターシービーほどは続かなかった。2番手はもちろん、ミスターシービーに届く前に、まるで急ブレーキが掛かったかのようにカツラギエースの末脚はみるみる勢いを失っていく。

 

「何でだ!?あたしはアイツとほとんど同じタイミングで、ほとんど同じルートを通った。なのに、何であたしだけが落ちるんだ?アイツは止まらないのに…」

 

 

 

 

ミスターシービーが先頭だ!

ミスターシービーが先頭に立った!!

 

 

 

 

「クソっ!動け!あたしの脚!あたしは…まだやれる…」

 

カツラギエースは気力を振り絞って前へと進む。その気迫は素晴らしく、闘う心は決して失ってはいない。しかし、無情にも体は応えない。そして…

 

 

 

 

後ろから、ビンゴカンタ!メジロモンスニーが来た!

メジロモンスニーが来る!メジロモンスニーが来る!メジロモンスニーが2番手か!

 

 

 

 

勢いを無くしたカツラギエースは遅れてスパートしてきた後続に次々と抜かれて行く。そして、その光景を目の当たりにして、カツラギエースは悟ってしまう。

 

 

 

ずっと憧れ、追いかけてきたアイツの背中。

 

それに追いつくために、才能がないあたしはとにかく努力した。何度負かされても挫けずにここまでやってきた。その努力は幾らか実って、重賞レースには勝てたし、天下のダービーにだって3番人気を背負って出場も出来た。

 

入学したての頃を考えたら、あたしもだいぶ出世したもんさ。だから、アイツとの距離は確実に縮まっているとあたしは思ってた。

 

あと、もう少しの頑張りで、努力で、アイツの背中に追いつけると思っていた。

 

でも、それが思い違いだってことに今日、アイツの背中を後ろから見ていて気付いちまったんだ…。

 

アイツとの距離は本当はまだまだ遠くて、努力だけでどうにかなるもんじゃないって…。もっと、別の何かがないとアイツの背中には届かないんだって…。

 

ああ、悔しいな…。でも、あたしはまだ挫けない。

まだまだ、やれることはあるんだ。だから……

 

 

 

 

 

しかし!しかし!

ミスターシービー強い!

ミスターシービー強い!

 

ミスターシービーが優勝!!!

 

 

 

うおー

 

 

 

ミスターシービー、もの凄いレースをやってのけました!

 

1コーナーを最後に回りながら、ジリジリとポジションを上げ、最後は追い縋るメジロモンスニーを突き放して、勝利しました!

 

偉大なる父や母の偉業を超えて、トゥインクルシリーズの歴史に名を刻むウマ娘界のスーパースターへ!見事な勝利です!

 

 

 

 

その日、親友2人の明暗はハッキリと分たれた。

 

輝かしい伝説の道を歩み始めたミスターシービー

目指すべき背中の遠さを痛感したカツラギエース

 

後に『最高のライバル』と讃えられる両者ではあるが、この時点でそのような関係性を思い描けた者はまだ誰1人としていなかった…。

 

 




ダービーはミスターシービーの最高のパフォーマンスだった。

実際の調教師は振り返って、あの日本ダービーをこう評しています。

世間的には菊花賞のインパクトが強いですが、冷静にこのダービーを見るとそのパフォーマンスも十分にインパクトがあります。

ワープするかのような3コーナーからの中央突破(しかも、カツラギエースと2頭で)と周囲を囲まれた際の爆発的な抜け出し、そして先行勢をまとめて撫で切る末脚。

後世になって歴代三冠馬の優劣を議論してしまうとどうしても遅れをとってしまうミスターシービーですが、この時点では間違いなく歴代最強の名に相応しい圧倒的な実力を誇っていたと思います。

さて、みなさん!お忘れかもしれませんが、プロローグの後書きで皆さんにお出ししたクイズは解けていますでしょうか?
次の話が第一章の最終話になります。


※有名な実況やJRAの公式動画だと馬群の抜け出しは見やすいんですが、直線の抜け出しの瞬間がわかりにくいです。なので、最終直線はこちらの動画の方が見やすいです。よかったら、ぜひ見てください
https://m.youtube.com/watch?v=n1okvBpT9oc&pp=ygUn44Of44K544K_44O844K344O844OT44O844CA44OA44O844OT44O8
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