萩原秀一~人の行動を操作する者~ 作:のえ
イギリスから帰国した萩原秀一が、高校への初登校前に日課の早朝ランニングで、皇居外周を走っていた。
皇居外周は一周約5kmあり、計15kmの距離を走ったことになる。
そして自宅と皇居往復の距離も走るため、早朝だけで走った距離が、約20kmという長距離だ。
秀一は自宅まで軽く走りながら、イギリスから帰国した時に使った東京の駅について考えていた。
(それにしても日本の駅は圧巻だったな。世界ランキングの年間乗降客数を日本の駅だけで上位独占しているだけあるな。やっぱり早朝の駅も混んでいるのだろうか……。ここから近いし寄ってみるか)
好奇心に駆られた秀一は走る速度を少し上げて、進行方向を変えて駅に向かった。
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秀一はポケットに入っているスマホを取り出して、時間を確認した。
(現在の時刻が6時過ぎたくらいだからか、流石に人通りは多くないな。それでもスーツ姿のサラリーマンがチラホラいるな……。お、あの男の人は、今から帰宅みたいだな……。)
秀一が視線を向けている男は、眠そうな目つき、乱れている服装、脂ぎった髪だ。そしてヨロヨロとした足取りで駅に向かっている。
秀一は駅にいる全ての人の服装・表情・行動を観察していた。
多くの人々はスマホを操作しながら歩いていたり、ワイヤレスイヤホンで音楽を聞きながら駅に向かっていた。
(ただ普通に歩いている人の方が珍しいってのも、時代ってやつなのかねぇ……)
秀一がボーッと駅の入り口を眺めていると、明らかに他の人と違う女がいた。
年齢は二十代後半の女性だ。女性は平日の朝なのに場違いな服装をしていた。スーツ姿や普通の私服ではなく、一目見ただけでもブランド物と分かる上品な服装だった。4月とはいえ少し肌寒いと感じるはずなのに露出が多かった。そして他の人と違いスマホを操作せず、イヤホンで音楽も聞いていない。さらに鞄等も持っていなかった。手に握りしめているスマホだけが所有物のようだ。
表情は思い詰めているようで、ゆっくりとした足取りだが、駅に向かっていた。
秀一は、女性の表情・服装等を観察して、『ある推測』を立てた。
(思い違いなら、それに越したことないからな……)
秀一は女性に小走りで近づいて、声を掛けた。
「あ、すみません。少々いいでしょうか?」
女性は、秀一に声を掛けられて振り返った。
「え……。ふぅ…。はい、なんですか?」
女性は少し驚きながらも、安心したように一息ついた。
そして近くで見ることで分かった。女性の顔は目が少し腫れており、眼球が少し赤かった。
「いやぁ怪しい者じゃないんですよ?僕は今年度で高校2年生になる萩原秀一です」
秀一は笑顔を絶やさず明るい声で、自己紹介をした。
女性は秀一の顔や全身を見ながら話した。
「そう、君高校生なのね……。私、これから大事な用あるから用件あるなら早く言ってくれない?それともナンパかしら?」
「いえいえナンパじゃないですよ。確かにお綺麗な方ですけども。僕スマホなくて時間分からないから、教えて欲しいんですよね」
「はぁ?時計なら駅にでもあるでしょう?」
女性は開いている左手で電光掲示板を差した。左手の薬指の肌がリング上に白かった。
そして爪のマニュキアが不自然だった。素人が塗ったような下手な塗り方なのだ。
「あ、本当ですね。いやぁ~助かりましたよ」
「ほんと、しっかりしなさいよ。君、高校生なんだから駅くらい使っているでしょう?
それに今日から新学期なんでしょう?君、抜けているようだから、しっかりしなさいよ」
「いやぁ、よく言われるんですよね。それにしても、よく今日が新学期だと分かりましたね?」
「あ……。まぁ……なんとなくよ。それに新学期なんて、大体4月上旬じゃない?」
女性は少し焦ったような表情を浮かべた。そして誤魔化すようにして、早口で話してきた。
「そうですかー。いやぁ明らかに確信を持った口ぶりだったもので、少し気になりましてね。いやぁーそれにしても、お綺麗な方ですね。ご結婚されているのですか?」
女性は秀一が話した結婚というワードを聞いた瞬間に嫌そうな表情を隠そうともしなかった。
「……君にそんなこと話す必要ある?時間は分かったでしょう?これから大事な用があるから、もういいかしら?」
「はい、分かりました……。あ、でも最後に一つだけいいですかね?」
「はぁ……。何かしら?もうこれで最後よ…」
女性は、長い溜息をして不機嫌な表情で秀一に顔を向けた。
(話していてある程度分かった。この人が抱えているトラウマ・悩みが……。ここからは時間との勝負だろう。まずは説得するために最低でも20分程度の時間がいるかな…‥)
「はい……。貴女は女子生徒とのお付き合いをされているんですよね?」
「え……」
女性は動揺して、後ずさった。
「そして、貴方は教職の立場だ。付き合っていることがバレるわけにはいかない。だから自殺をしようとしている……。そうですよね?」
「……君は、何を言っているのかしら?女の私が女子生徒と付き合う?そんなことあり得ると本気で思っているのかしら?想像力だけはしっかりしているようね」
少し無言の時間を置き、秀一を責め立てるように、女性は早口で話した。
「僕がどうして、そう考えたのか…。気になりますよね?そこの喫茶店で話しませんか?ここは目立ちます」
女性が興奮のあまり大きな声で話しているため、駅の入り口で注目を集めていた。
「……分かったわ…」