萩原秀一~人の行動を操作する者~ 作:のえ
秀一と女性は、駅近くにある喫茶店に入った。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」
朝から忙しなく動いている女性店員が、人当たりのいい笑顔で入店を促した。
朝だからか店内の客数は少なかった。秀一と女性は窓際のテーブル席に座った。
そして秀一はメニューを見ながら女性に話した。
「コーヒーでいいですか?」
「えぇ、何でもいいわ…」
「分かりました。すみません!」
秀一が店員を呼んだ。
「はーい。今、伺いまーす」
仕込みをしている店員が秀一の元に小走りで駆け寄ってきた。
「お待たせしました」
「えーと、このコーヒー2杯とこのマフィンお願いします」
秀一は店員にメニューを見せながら、指でメニューの名前を差しながら注文した。
「えー、ホットコーヒー2つとマフィン1つですね。かしこまりました」
店員は注文に対して復唱し、カウンターに戻っていった。
「君……朝からよく食べるわね。あのマフィン意外とカロリー高いのに……」
「そうですね。まぁ~朝からそこそこ走っていましたから」
女性は秀一の服装を見ながら、頷いて話した。
「確かに君って筋肉質な感じで、太っているわけではないからいいんでしょうけど」
「はい、ランニングした後って小腹が空いちゃうんですよね~」
「そう……。それより早くしてくれないかしら?君は話が長いから先に言っておくわね。君がいくら引き留めようとも、私は6時30分を過ぎたらここを離れるから」
女性はスマホの画面を見せて話した。
スマホの画面には6時18分と表示されていた。そして機内モードであった。
「ふぅ…分かりましたよ。僕も朝食をしっかり取りたいので、12分以内で話を終わらせましょう。まずは僕と話した内容を一つずつ整理していきましょう」
「……お好きにどうぞ」
女性は秀一に手を差し出した。
(時間もないし問答している余裕もないかな……。まぁこの段階で殆ど推測することが可能だけども……)
秀一は話す内容を頭の中で整理しながら、人差し指を駅の方に向けた。
「では、まず何故僕が、あそこで貴女に話しかけたのか?からですね。僕は駅にいる人って、ある程度規則性あると思うんですよ。スマホ操作している人だったり、音楽聞いている人…色々いますよね?でも、貴方は明らかにその規則性の中で違ったんですよね。そして極め付けは鞄を持っていないんです。変ですよね?あそこは駅なんですから」
「そうね……でも、そこから自殺というのは行き過ぎじゃないかしら?単純に鞄を忘れただけかもしれないわよ?」
「なるほど、そうですか。ところで話は変わりますが、ここの喫茶店ってよく来るんですかね?」
「さぁ、どうかしら?」
女性は秀一に対して警戒しているのか、中々自身の事について話してくれる様子ではなかった。
「いやぁ、僕が頼んだメニューのマフィンを、あのマフィンって言うので。”あの”って付くからには、知っていたことになると思うんですよねぇ。」
女性は諦めたかのような表情をして、一呼吸を置いて話した。
「……えぇ、そうよ。私は時々ここの喫茶店によく来るわ。これでも三十路の女よ。カロリーには気を使っているわ」
「なるほど、歳は取りたくないものですねぇ~。それにしても、ここの喫茶店いいお店ですねぇ。このジャズって言うんですか?トランペットの演奏が素晴らしいですねぇ」
「そうね、ジャズよ。それにトランペットではなく、サックスよ」
「なるほど、サックスですか。僕はあまり音楽は得意じゃないんですよ。それにしてもよく違いが分かりましたね?」
女性はハッとした表情をしていた。そんな女性の表所を、秀一はニヤニヤした表情を浮かべて見ていた。
「……」
女性は秀一の質問に答える様子もなく黙った。
そんな中、店員が注文したコーヒー等を持ってきた。
「お待たせしました。ホットコーヒーとマフィンになります」
「はい、ありがとうございます。マフィン意外と大きいなぁ~」
「そうなんです。当店のマフィンは他のお店と比較しても量が多いことで有名なんですよ。では、ごゆっくりどうぞ」
店員が伝票を置き、一礼してカウンターに戻っていった。
「いやぁ美味しそうですね。僕だけマフィン食べちゃって、すみませんね」
女性はコーヒーに口を付ける様子もなく俯いていた。
秀一はマフィンを食べながら、女性が話始めるのを待っていた。
「……そうよ。バレてるようだから白状するわ。私は高校の音楽教師よ。だから楽器の違いなんてすぐに分かるのよ」
「えぇ、はい。分かっています。しかし、今回重要な点はそこではないんですよ。貴女が音楽教師という事を隠そうとしていた点です。変ですよね?自身が教師だという点は別に恥ずかしいことじゃないですし、普通なら隠そうともしません。そこに何か重要な事があると僕は考えました」
「それで……どうして私が女子生徒と付き合っているという発想になったのかしら?」
「それは……貴女の爪です」
女性はテーブルの下にある手を出した。
「これが何?」
「それを見て不自然だと思いませんか?僕はあまり詳しくないですが、ネイルっていくつか種類あるみたいなんですよね?えー……僕みたいに爪の先が丸みを帯びているわけではなく、爪先が丸みを帯びてますよね?これってポイントっていうらしいですよ」
「ポイントじゃなくてオーバルよ、あ……」
秀一はニヤリと微笑みながら続きを話した。
「あぁすみません。オーバルでしたね?つまり。やすりで整えることが出来る貴女がそんな不出来なマニキュアの塗り方をするわけがないのですよ。これは誰かが塗ってくれたことを意味します。そして、その爪を見る限り、塗るのが初心者なのは明白です。そしてメイクに興味があるのは女性の傾向が強い。その女性とは学生であり、貴女と女性が深い仲だと考えました」
「……それが事実だとしても、私が自殺するっていう動機には薄いんじゃないかしら?」
(そう。情報が明らかに足りていない……。それに時間もない……。相手の反応を見て押し切るしかない)
「その通りです……。最初に僕が貴女に声を掛けた時、凄く安心した様子でした。最初は自殺しようとしているから、駅員にバレるわけにはいかないと考えての反応だと思っていましたが……多分違いますね。貴女が恐れていたのはストーカーですね?」
「な……」
(当たりだな。つまり、ここから導き出される結論は……)
「人の心というのは難しいものですね。今日が新学期……。期待している者もいれば不安になっている者もいる。貴女は不安だった。貴女が女子生徒との関係が学校にバレていないか。更に加わる離婚とストーカーのストレス。貴女はもう限界だった……」
「そうよ……。私って妊娠しにくい体質みたいでね……。中々子供が出来ないことから夫が浮気して他の女と子供を作ったわ。そして不要な私には離婚してくれと言われたわ。そして離婚したのが今年の1月……。そして、どこから知ったのか、私の大学の後輩が言い寄ってきたわ。毎日のように家に張り付いてきていたみたい……。後から知ったことなんだけどね」
女性は秀一に向けて作り笑いをした。
「そして離婚して傷心だった貴女の心の傷を癒してくれたのが……」
「そう。私の教え子の渚よ。渚は素敵な子で、とても熱心に練習をしている子でね……。個人レッスンとして二人で遅くまで、トランペットを吹いていることもあったわ。私が渚に対して恋愛感情を抱いている中、何度もあの男に言い寄られた……。そんなストレスを発散するために渚を私の家に連れて……」
「その瞬間をストーカーに写真を撮られたと?」
「えぇ、そうよ。マンション内に二人で入る入口までだけど……」
女性がスマホに入っている写真から見せてくれた。
確かに二人で女性のマンション内に入っていく様子だった。
「私の過ちのせいで、あの子の人生に迷惑を掛けるわけにはいかない。だから自殺しようと思った……」
「最後の遺書として、渚さんにメッセージを送った。その中には、今後どうすればいいかも記載してあるのでしょうね。そして、優しい渚さんからの説得されたら決心が揺らぐ。だから、スマホを機内モードにしてあるのですね」
「本当によく見ている子ね……。私の全てを話したわよ。もう6時30分になる……。約束通り、これ以上何を言われても私は自殺するって決めているの。ごめんなさいね」
女性は悲し気な表情を浮かべながら、自殺するという固い決意があるようだった。
(俺が無理やり止めたとしても、後日自殺されるってのが目に見えている。つまり、この瞬間で逆転の一手を打たなければいけない……。全く帰国して直にコンサルタントとしての仕事をすることになるとはね……)
「その貴女の悩み、僕が解決出来るとしたら?」
「はぁ?君は、少し頭が回るようだけれど無理よ……。私は弱みを握られているのよ?」
女性は頭を横に振りながら、諦めろという表情を浮かべながら立ち上がった。
「人生最後に知らない高校生と話すことになると思わなかったけれど、意外と楽しかったわよ」
女性は秀一に微笑みながら伝票を持った。
「そうですか……。なら良かったです。それとご馳走様です」
「いいのよ。どうせもう使う事のないお金なんだから。君は元気に生きなよ」
女性は会計するために、秀一に背を向けて一歩踏み出した。
「あぁ…。最後に一ついいですか?」
「はぁ……。最後のいいシーンだと思ったんだけど、締まらないわね…。何よ?」
「貴方の部屋は防音ですよね?」
「え?えぇそうよ。これでも音楽教師よ?自室で練習したいこともあるから……。少し家賃は高いけれど離婚してお金には困っていなかったから……」
「なら他の生徒も個人レッスンに誘ってください。そうすれば渚さんだけが特別じゃなくなる」
「はぁ何を言って……」
「お気づきですね?そうすれば渚さんだけが特別じゃなくなる」
「でも実際にするのは吹奏楽の練習……。そうすれば渚との関係が真実味が薄れる」
「そうです。理由付けとしては、練習熱心な渚さんを自室の防音室で個別レッスンしていたら、上達速度が速くなった。なので、他の学生にも同様に誘ってレッスンを行った。そんなストーリーにすれば、学校中に広まって問題ないと思いますよ。精々注意されるくらいですよ。異性じゃないですしね、特別問題視されないでしょう」
「じゃ私は死ななくてもいい……」
「貴女は過度なストレスで視野が狭まっていたんですよ。後は今も心配しているだろう渚さんと上手く話しを合わせてください」
「そ、そうね!!」
本日一の笑顔を浮かべていた。秀一は女性の表情から希望を感じた。
秀一はスマホの時刻を確認した。そこには丁度6時30分と表示されていた。
「君……スマホ持っているじゃない…。本当に嘘ばっかりね…」
「まぁそのおかげで死ななくて済んだですから」
「そうね。生きる希望が見えてきた……。そして私は本当は死にたくないということも分かったわ」
「そうですか、それは良かったです。あ、最後にお名前伺ってもいいですか?」
「そうね。最後まで自己紹介しなかったものね……。私は秋桜高校の音楽教師工藤玲奈よ」
(おっと……同じ高校なのは想定外だったな)
秀一は少し微笑みながら店の出口に歩みながら話した。
「それなら、今日からよろしくお願いしますね、工藤先生」
「え?それってどういう……」
「じぁ、そういうことで!ご馳走様でした!」
秀一は店を出て、家に向かって走った。
工藤はその秀一を追いかけようとしたが、店員に呼び止められた。
「お客様!お会計が未だなのですけど!」
「あ……はい。すみません……」
工藤は秀一の先ほどの発言について追いかけて問い詰めたい気持ちを抑えて、会計を済ませた。