黄昏時前の夕陽が街を夕焼け色一色に染めていく最中、聖石矢魔学園の校舎裏にて邦枝が男鹿を呼び出していた。文字面だけを見れば甘酸っぱい青春の1ページのようだが、当の邦枝はそんな様子をカケラも見せない。
「聞きたいことがあるの男鹿。その子と...そして紬貴について」
真剣な眼差しで真っ直ぐに男鹿を見て問いかける彼女。その眼差しは嘘や冗談で逃がさないと決意を固めているのを感じ取れるほどに強く、男鹿ですら気圧されるものだった。
「...何が聞きてーんだ?」
「聞きたいことが山ほどあるけれど...全部ひっくるめて聞くわ。その子は一体何者?」
「...何者..?」
「その子貴方の子じゃないのよね?だから私はてっきりヒルダさんの子供かと思っていたけど、その割には余りにも堅苦しい接し方..あれじゃ母親っていうよりは家政婦よ。そして勿論紬貴の子である筈もない」
目を細める男鹿へ邦枝は自身の推測の言葉を探偵のように話す。
「コレだけなら私は複雑な関係の子供って考えたけれど、その子に異常性を覚えたのは学園祭の
アレとは学園祭にて男鹿が霧矢を叩きのめした際の一幕、ベル坊の力を解放して強力な電撃を放った時のことである。
「あの時...貴方その子に"全開で行くぞ"って言っていたわよね?つまり少なからずともアレにその子が関わっているってこと..」
「....」
「そして紬貴も不可解なことをしていた..貴方が東条を倒した日も、屋上の時やバレーの時もまるで見えない何かを操っているように見えた」
意を決したように邦枝は真っ直ぐに男鹿を見据える。
「答えて男鹿...──その子は一体何者で、貴方達は何を隠しているの?」
「いや何も隠してねーよ?前にも言ったろコイツは悪魔だって」
「は?」
男鹿は躊躇いもなく答える。
「コイツだけじゃなくてヒルダも悪魔だぜ?な?」
「ダ」
「いやいや..何言ってんの?」
更に畳み掛けてくる男鹿に掌を見せるように手で制してジトリと睨みつける邦枝。それもその筈、いきなり悪魔だなんだと言われて仕舞えば誰だって誤魔化されている考える。そうでもなければとんでもなくイタイ電波系の人なのだから。
「変に誤魔化さないで!!」
「誤魔化してねーよ!コイツは魔界生まれの悪魔で、なんなら大魔王のガキで人間滅ぼす為に来たんだよ!!」
「そんなわけないでしょ!!仮にもそうだったとしてもどこの大魔王が赤ん坊に人類滅亡を頼むのよ!!」
「....ッ」
それはそうなのだが、当の大魔王は赤ん坊に人類滅亡を押し付けてテレビゲームに耽るほどのテキトーなので悲しいことに事実なのである。
しかし男鹿自身も邦枝の言葉に納得してしまったのかぐうの音も出ずに黙ってしまう。
「それに紬貴はどうなのよ!!この子が悪魔ならあの子も悪魔だって!?私はあの子の両親も知ってるわよ!」
「あん?それこそお前が知ったんじゃねえのか?小せぇ頃からの友達なんだからあいつが風をビュービュー操れんの知ってんじゃねぇのかよ?」
「何よそれ!?そんな適当なこと言って..」
長年の付き合いである友人の初耳情報にさらに疑いを深める邦枝。しかし男鹿の目でそれがふざけているわけでも、誤魔化しているわけでもないことを悟る。
「...本当なの?」
「そうだっつてんだろ?コイツだって本当はスゲー名前なんだぜ。たしか..ベル......ベル?....ベル..なんだっけ」
「ニョっ!?」
恐る恐るといった様子の邦枝にダメ押しにベル坊の本名を教えようとするが、思い出せずに首を傾げてしまう。それはベル坊にとってショッキングなことでありギョッと驚いている。
「ベル..ベルマーク?いや違う、そうだカイゼル..ん?カイベルゼ?違うなえーと..お前の本名ってなんだっけか?」
「...ア..ア゛ーーッ!!」
「あっおい待てベル坊!」
涙を流しながらベル坊は脱兎の如く男鹿の腕から逃げ出す。ちなみに男鹿がベル坊に名前を聞いていたあたりから邦枝はまた一抹の疑いを胸に浮かび上がらせていた。
男鹿の制止の声も聞かずにベル坊は精一杯に手足を動かしハイハイで距離を取り始める。しかし彼の歩みは
「カイゼル・デ・エンペラーナ・ベルゼバブ4世よねぇ」
突如現れた謎の女性に抱え上げられることで止められる。
「アウ..」
「よしよし..ダメよぉ?大魔王様のご子息ともあろうお方が簡単に泣いたりしちゃ..」
金髪翠眼の彼女は真っ黒なロリータ系のメイド服に身を包んでおり、その姿はまるで
「──ヒルダ?」
「失礼な男ね...私をあんな下衆と一緒にしないでくださる?男鹿辰巳君」
「─"伊太刀"」
男鹿と邦枝が謎の女性と邂逅しているころ、古市と早乙女の戦闘はより激化の一途を辿る。
連続で放たれる彼女の斬撃を所々浅く切りつけられながらも躱しつづける早乙女。不可視の風の刃を躱せているのは彼の長年にわたって培われた経験と勘によるもので、依然として彼女の技のタネ探しに頭を悩ませている。
「何で避けれんの!見えてるッ?」
「伊達に歳食ってないんだよッ嬢ちゃん」
風の刃を躱わすと早乙女が古市へと一瞬で距離を詰め、彼女の鳩尾目掛けて拳を振るう。
「あぶねっ!?」
身体を捻ることで古市は紙一重で拳を避ける。続けざまに蹴りと拳が飛んでくるのとギリギリで避け、足に風を纏い大きく飛んで後ろへ距離を取る。
早乙女は逃がすまいと追いかけようとするが、古市が飛びざまに放った5振の"伊太刀"によって妨げられる。紋章を使っても防げなかった斬撃を受ける訳にもいかない為、彼の動物にも似た野生の勘にしたがって斬撃を躱す。
「危ねぇのはそっちだクソッタレ。あんまり校舎傷つけてんじゃねぇぞ?」
「初めて先生らしいこと言ってくれんじゃん?」
教師らしく小言を言ってくる早乙女にニヒルな笑みを向ける古市は確信した。一発でも彼の拳を貰えば負けることを。そもそも今朝男鹿と東条を一撃で倒した早乙女相手に被弾は勿論、身体のどこか掴まれることすら命取りになる。
故に取るべき戦い方は距離を保ち続けること。風を操る彼女には遠距離攻撃可能なのだから最善かつ安全なのだ。
しかし
("逃げ"だろソレは..ワタシの矜持が許さないッ)
男鹿と長年つるんで来た影響か、臆病な戦い方やを好まない彼女がそれを選ばない。
古市は早乙女を見据えてゆっくりと腰を落とし、周りを舞うような風を生み出していく。
距離を取らず、しかし身体に触れさせない。ならばと選んだのは彼女の十八番。
───速さである。
「──"
ナニかを呟いた。早乙女がそう考えた時には既に顔を蹴り飛ばされていた。
決して目を逸らした訳ではない。油断をしていた訳ではない。にも関わらずその蹴りに反応が出来なかったのはひとえに想像を遥かに超えた速度だったからである。
屋根の上に背中を打つと早乙女は一回転ほど転がるように身体を回して膝をついたまま顔を上げる。
しかしもう既に古市は拳を振りかぶって目の前まで来ていた。
獣の如き反射で早乙女は身体を傾けて躱すことに成功し、古市はそのまま超速で通り過ぎていく。
「コイツっ!?」
すぐさまに背後を振り返り備える早乙女に古市は大きく旋回して狙いを定める。そして再度の突進。
既に目と鼻の先、早乙女は躱すことを諦め腕を交差して防御を試みるがその前に古市の蹴りが彼の鳩尾に突き刺さる。人の理をおおきく超えた速度の蹴りの重さは計り知れるものではない。
屋根を滑るように後方へと数メートル飛ばされた早乙女はガクリと片膝が落ちる。
「いつつ...あークソ。意外にやるじゃねえか..お前さん」
揺れる意識を晴らすように頭を振る早乙女だが、辺りに古市の姿が見えないことに気づく。
「──上かッ!?」
早乙女はほぼ反射的に身体を動かして転がるように即座にその場を離れると同時にその場に大きな衝撃と共に暴風が発生する。
暴風の中心には体育館の屋根に脚を突き刺す古市。早乙女を蹴り飛ばした後に速度を殺さずに上空へ上がっていたようだ。
そして死角からの奇襲を仕掛けた彼女だが──
「....脚がッ!?」
奇襲を凌がれた彼女がすぐさま動こうとするも、まるで縫い付けられたかのように屋根から脚が動かないことに驚愕する。下へ目を向けるとそこには燦々と赤黒く光る紋章が屋根に浮かんでいた。
「な、何これ!?」
「──"縛紋"。ま、いわゆる罠みたいなもんだ」
古市の疑問に早乙女が答える。
「たくっ、お前さんが予想以上にじゃじゃ馬だからこんなモン使っちまったぜ」
ガシガシと後頭部掻きながら近づいてくる早乙女は先程膝が落ちたと同時に右手で屋根に触れたことで"縛紋"をさながら地雷のように仕掛けていた。
古市は逃げようともがくが脚が離れる様子はない。ならばと片手を早乙女に向けるが、手首を掴まれ反らされる。
「さぁ、観念して白状しな。お前さんの手品のタネを」
「...直接聞くなんて無粋だと思わない?」
「それで結構」
「──じゃあ大ヒントあげるよ」
追い詰められている筈の古市が口角を上げ、早乙女の顎を
拘束していた筈の脚での攻撃に早乙女はモロに喰らう。
よろけて数歩後ろへ下がる彼から離れるように古市が大きく後方へと飛び上がる。そして空中で弧を描くように大きく縦に旋回して速度を早める。
顎の攻撃からすぐに持ち直しその行動を油断せずに軽く構えて警戒する早乙女へと狙いを定めて彼女は超速で接近する。
「──ッ!」
目にも留まらない速度の突進に早乙女は避けれないことを悟り、右腕に赤黒く光る紋章を浮かび上がらせる。その紋章を見た古市は背筋に冷たいナニかが走るのを感じ、即座に右脚に風を纏うように集める。
接近する速度を落とさずに早乙女の顔へ向けて風を纏わせた蹴りを放ち、彼は目で追うのがやっと速度の彼女の蹴りに勘で拳を合わせる。
紋章が光る拳と風を纏う蹴りは互いに触れずに衝突した。
その衝突はコンマ1秒も続かずに辺りに響き渡る衝撃と共に両者が吹き飛ばされる。
「うぎゃ!?...いつつ..あんのジジィ──」
吹き飛ばされ転がる古市が悪態をつきつつ立ちあがろうとするが、その言葉はいつの間にか目の前まで来ていた早乙女に顔を掴まれ背中から屋根へ叩きつけられてしまうことで遮られる。
「──とんだじゃじゃ馬だな?クソッタレ...これが天狗の技か。まさかお前さんの操る風に遮られて拳が届かないとはな..?」
「....ッッ!?」
「しかし戦えば戦うほど謎が深まるな...どうやってその少ない魔力量を補ってんだ?そしてどうやって"縛紋"も抜けた?」
(こんのジジィッ!?吹き飛ばされた瞬間にすぐさまこっちへ走り出したのかッ!?)
顔を掴んで離さない早乙女の手首を両手で掴もうとするが、彼はヒルダにしたときと同じように紋章の力を使い両腕を屋根に拘束する。
「抵抗しなさんな..お前さんの負けだ」
「....ッ」
「想像以上にお前さんは強かったよ。能力の使い方はまさしく天才的と言っていい...だがこういう喧嘩の経験が足りなかったな」
両腕を拘束した古市の顔から手を離さずに早乙女は勝負の決着を告げる。だが、彼の指の隙間から覗かせる古市の目が未だ死んでおらず、彼は更に力を込め頭を屋根へ押さえつける。
「...もうできることはないだろうが。さっさと..」
「ヤダ...ねッッ!」
古市は跨る早乙女の顔面目掛けて、
しかし彼は殴られたことよりも拘束を解かれたことに驚愕していた。一度ならば拘束が甘かったと考えるが、二度..しかも二度目に古市にしていた拘束はヒルダと同じ物であり、そう簡単に解かれるものではない。
「ぐッ..一体何を──」
吹き飛ばされた早乙女は後方へと転がるように身体を起こしてすぐさま古市へと目を向ければ、予想外のものが目に映った。
古市の左腕を拘束していたはずの赤黒い光が霧のように霧散し、彼女の左腕の周りを
「おいおい...そういうことかよ..」
早乙女はその光景を見て彼女の技の種を悟る。
本来悪魔の使う魔術は生まれながらにして体に宿した魔力を操るものであり、生まれながら資質や種族の差が大きく影響するものだ。そして人間は魔力をもたない為、悪魔と契約し対価を払って魔術や呪術を使うことができるのである。
しかし、例外として男鹿や早乙女のように悪魔と対等の契約を結ぶ人間は対価を支払う事なく悪魔の力を使うことができる。コレを紋章術と呼ぶ。
対して古市の扱う技はどっちにも当てはまらない。先祖返りとしての資質はあれど、早乙女が感じるの彼女の
にもかかわらず彼女は明らかに
「つまり自前のモンだけじゃなく、
「.....」
「いや集めたというよりは
古市が扱う技は身体に宿す魔力から直接生み出す魔術の術式とは違い、彼女が体内に宿す
なおかつ魔術のように生まれの資質や才覚などに依存していることはなく、扱う術者の技量により少ない
そして早乙女の見抜いたように彼女の生まれ持った天才的なセンスにより魔素だけでなく魔術や紋章術による術後に残った僅かな魔力の残滓ですら彼女の力となるのだ。
「大概..オレの紋章術も珍しいと思うが...お前さんのソレはもはや化石だろ。少なくともオレは嬢ちゃん以外見たことないぜ」
左腕に風を纏わせつつ警戒するように立ち上がる古市に早乙女は新しいタバコを咥えつつ話しかける。屋根の上に吹く風から守るように両手でタバコとライターを覆って火をつけるが、彼の右腕に浮かんでいた紋章が既に光を失っていた。
だがそれは戦闘を放棄したわけではない。
「しかし、ソイツはかなりピーキーだよな?裏を返せば魔素も少なくなってきたここじゃ出来ることは限られる。オレももう紋章術は使わなきゃ、精々あの斬撃が1、2回が限度だろうよ」
煙を吐きつつ不敵に笑う早乙女に古市は目つきを鋭くして唇を噛む。
妖術は条件さえ揃えば災害のような力を発揮することもある反面、環境の魔素の量が少ない場合や相手が魔術を使わずに残滓が残らない場合は容易に力を失う不安定さが強い。
「....ホント..アンタなにモンなのさオッサン」
「あん?朝にもいったろーが。オレはオマエらの先生だ...クソッタレ」
古市の問い掛けに堂々と答える早乙女は瞬間的に脚に力を込めた。そらを見逃さなかった彼女はさらに緊張を高め神経を研ぎ澄ませた。
早乙女は紋章術を消している。しかし彼は今朝、無傷で男鹿と東条を叩き伏している為素手の喧嘩は勝ち目がない。かといって魔素はもうこの場には残っておらず紋章術による追加の魔力の残滓も期待できない状況は間違いなく古市が追い詰められている。
故に少したりとも無駄にできない。確実に攻撃を当てる為に古市は更に神経を研ぎ澄ませ早乙女の一挙一動を見逃さない。
早乙女も生身で彼女の攻撃を受けてはひとたまりも無い為に間を詰めるタイミングを図っていく。
だからこそ突如現れた第三者の肌で熱を感じる程の膨大な魔力を感じた2人は驚愕により動きを止めてしまう。
「────ッ!!」
「────ッ!?」
2人同時に魔力を感じた方向へ顔を向ける。ソレは校舎裏からまるで燃え上がるように存在感と威圧感を放っている。
(なんなの次から次へと!?しかも近くにベル坊がいるってことは男鹿もそこに....あんにゃろう何に巻き込まれんてんだ..!?)
「おいおい..こんなに早く来やがったのか....?」
「ツムギッ!!」
後ろからヒルダの焦ったような声がかけられ、古市はすぐさま両手を早乙女へと向ける。
しかし彼とてカカシではない。既に間合いを詰める為に彼女の動きに注視しつつその場から動いていた。だが"伊太刀"を放っていた時とは違い風が彼女の腕に纏わりついていないことに気づく。
(──何だ?)
「説教はまた今度ね"センセ"?」
茶目っ気に笑うに笑う古市を見てその狙いに気づくが一歩遅い。
────"
早乙女の全身を打つその颶風はまるでトラックに打たれたかと思うほどの衝撃で意表を突かれた彼はなす術なく吹き飛ばされる。
「うぉぉッッ!?」
屋根から吹き飛ぶ早乙女は体育館の近くに生えている背の低い生垣に突っ込むことになり、たまたま近くを歩いていた女性教師が甲高い驚きの声を上げた。
「きゃあ!?何!?」
「あいたたた...アイツ..オレじゃなかったら事件だぞ?クソッタレ...」
「さ、早乙女先生!?大丈夫ですか!?」
「あー大丈夫大丈夫。お気になさらず、今度の授業のデモンストレーションしてたんもんで」
「担当教科社会科の筈では!?」
片手をひらひらと振って適当に早乙女は誤魔化す。女性教師が心配しつつもその場を後にするのを見送ると上空を古市を抱えたヒルダが飛んでいくのが目に見えた。彼等の向かう先は校舎裏だ。
「あの嬢ちゃん、戦いの中でオレに気づかせないで侍女悪魔ちゃんの拘束を解いてやがったな..しかも最後のあの突風。俺の見立てじゃあの斬撃1発が限界だと思ったが....まさかここまでとは」
生垣に沈んだままの身体を脱力していくとポッケに入れたままのケータイが電子音を鳴らす。画面を見て軽く溜息つきつつ、早乙女はケータイを耳に当てる。
「何です?校長」
『なんですじゃないよ早乙女君。君さっきから何暴れてるの?』
「不可抗力っスよ。とんだじゃじゃ馬がいて...」
『ふむ...』
「あれが魔二津の爺さんの秘蔵っ子か...せめて名前とか教えといてくれてもいいのにあの人も人が悪い」
『まぁあの人なら名前は直接聞きなさいと言いそうだ』
愚痴を溢す早乙女に苦笑の声を漏らして答える電話の向こうの石動校長。
『それでどうだったかね?』
「天狗の嬢ちゃんなら及第点...だが坊主の方なら全然っスね」
『ふぅむ..ならば予定通り早急に君が育ててあげてほしい。どうやら
「はいはい..アイツが来るのも時間の問題でしょうな」
通話を切ると早乙女は胸ポケットに手を突っ込む。新しく咥えたタバコも古市の風に吹き飛ばされていてた為、仕方なしに箱から取り出そうとする。
「げッ..もうタバコがねぇ..」
しかし愛用のタバコが無くなっていることに気づくと早乙女は疲れたと言わんばかりにさらに脱力して生垣に身を任せる。
「一張羅も身体もあちこちボロボロだし...初日から厄日だぜ」
静かに嘆くその言葉は誰の耳に届くことなく夕焼けの空に小さく消えた。
「なんだテメェは?ヒルダみてぇな格好しやがって」
「あらぁ?聞こえなかったかしら?あんな下衆と一緒にしないでちょうだい」
校舎裏に突然現れたヒルダと似た雰囲気の女性に問いかける男鹿に対して女性は辛辣に言葉を返しつつ、優しくベル坊を地面に下ろす
「まぁいいわ。それよりも...」
ベル坊を下ろした謎の女性は瞬く間に男鹿の視界から消えた。
「お邪魔だから貴女は眠っていて下さる?」
その声と共に何かが横でバタリと音を立てて倒れた。目を向ければ先程まで元気だった邦枝が糸の切れた人形のように地面に倒れていた。
「──邦枝...!」
あまりに突然のことに珍しく動揺を見せる男鹿の頬にヒルダ似の女性が手を当てた。彼は何一つ彼女の動きを追えなかった。
「....駄目ね...私の動きにすら気づけないなんて。やっぱり....死んでくださる?男鹿辰巳君」
そう呟いて微笑む彼女の目は蔑むように冷たく光り、顔をゆっくり近づけた。
そして男鹿の唇へと────
触れる直前で真上から閃光が彼等の間に割り込むように落ちた。
大きな衝撃と共に当たり一面に砂埃が舞い視界を塞ぐ。
「ケホッ...いやねぇ。あいも変わらず色気のない子ね...ヒルダ」
「──ヨルダ。何故貴様がここにいる」
砂埃が落ち着くと、男鹿を背中に庇うように剣を抜いて立っておりもう片方の腕で古市の腰に腕を回して抱えて立っていた。荷物の様に抱えられている古市は白目を剥いていた。
「い..今のヤバい..。ちょっとちびったかも...」
「─ひ、ヒルダ!?それに古市ッテメーら今まで一体...!」
「お前たちは下がっていろ」
吠える男鹿にヒルダは白目を剥いている古市を投げつけ、剣を構え直し一歩前に出る。彼女の顔には一筋の汗が流れている。
「貴様...何をしに来た..」
「あらあら...分かっているくせに。私は侍女悪魔なのよぉ?主がいくところについて行くのは当然でしょう?」
「──..」
「だから早く剣を納めなさい?さもなければ....」
目を細めるヒルダにヨルダは優しい声色で警告をする。しかしその声色とは反してヨルダの身体から肌にまとわりつくような殺意と魔力が滲み出てくる。
ヒルダも呼応するように突き刺すような殺意を返して剣を握り直す。場の空気は張り詰めていく。
「やめよ」
一言。
それだけで衝突間近の2人が魔力と殺意を納めてしまう。それと同時に膨大な魔力が辺りに満ち始める。
「久しぶりじゃのう...」
熱を感じさせる程の魔力を辺りに垂れ流しているのは1人の少年。左右に別の侍女悪魔を控えさせ、胸を張って堂々と歩いてくる彼はベル坊と同じく鮮やかな緑色の髪を持つ。
彼こそがヨルダの主人そして
「余がお前を手伝ってやろうぞ..弟よ」
大魔王の赤子の兄である。
難産ッッッ!!
古市ちゃんの技設定はずっと考えていたのですが、いざ文章にするとなるとなかなか難しい。雰囲気だけわかってくれればそれでいいです。
私の考える魔術と妖術の違いを絵にしてみました。これで伝われば幸いです。
【挿絵表示】
※1話大幅に書き直しました。内容は変わりませんが宜しければ。