TS異能力古市   作:ブッタ

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第33話 嗤う悪魔共

 

 街灯が所々と照らす閑静な住宅街。そのど真ん中で男鹿とヒルダは突如襲撃して来たベヘモット34柱師団の柱将、ヘカドスと対峙する。

 

「テメェ...ソイツ降ろせやコラ、ぶっ飛ばすぞ....!」

「フン..この女が大切か?末子殿の契約者...だがそれは聞けん。この女にはオレの契約者になってもらう」

「はぁ!?」

 

 ヘカドスの身体から滲み出るドス黒い(モヤ)は気絶した邦枝を空中で掴んで離さない。ソレを気に入らない男鹿がドスの聞いた声でヘカドスを脅すが、気にも留めない。

 

「この女は中々に上玉ようだ。これで他の連中も出し抜ける...」

「さっきから何訳わかんねぇこと言ってんだ!!さっさと下ろしやがれ!!」

「落ち着かんかバカモノ」

 

 イラつき吠える男鹿にヒルダが耳打ちするように近づいた。

 

「悪魔が人間界で魔界と同じように活動するには人間との契約が不可欠なのだ...男鹿、奴に契約されれば終わりだぞ」

「....力取り戻される前に..てことかよ」

 

「おいおい...そこの侍女悪魔。貴様まさかオレが契約さえしてなけりゃ勝負できると考えているのか?ハッ..面白い。格の違いという奴を見せてやるよ」

 

 ヒルダの言葉を愉快そうに笑うヘカドス。だが彼の隙一つ見せない佇まいは決してそれが大言壮語ではないことを物語っている。

 侍女悪魔と邪竜族。こと戦闘において、彼等の間には生まれながらにして決して埋まることのない差がある。しかしヒルダはそこに勝機を見出した。

 

(今ならまだ奴は油断している...邦枝を取り返すならば今しかない)

 

 再度ヒルダが男鹿へ話しかける。

 

「貴様はなんとか奴の注意を引きつけておいてくれ...邦枝は私が取り返す」

「.....やだ」

「は?」

 

 しかし男鹿はこれを拒否。驚き男鹿の顔を見ると彼の顔はまるで東条のように闘志を燃え上がらせていた。

 

「引きつけるだけなんざ勿体無ぇ...せっかくはるばる魔界からおいでなすったんだ。ガチで戦って返り討ちにしてやる..なぁベル坊?」

「アーイッダブ!!」

「な...バカモノ!!今の貴様がどうこうできる相手ではないことがわからんのか!?」

「ウィ......」

「あ、いや!?坊ちゃまに言った訳では....ええい!!」

 

 ヒルダが声を荒げ、男鹿の胸倉を掴み顔を近づける。

 

「奴に必要以上に近づくな...その上で引きつけろ..!!今坊ちゃまがお前を失うわけにはいかんのだ..!!故に死ぬな!そして死ぬ気で坊ちゃまも守り、注意を引きつけろ!邦枝は私がなんとかする。よいな!?」

「...わーったよ。囮でも何でもしてやる...ッ!?」

 

 いつもの余裕のある様子はなく、焦りを隠すこともできないヒルダの様子を見て男鹿は考えを変えた。すると何かを感じ取った2人は瞬時に飛び退く。先程まで立っていた場所にハルバードの様に刃を持った槍が突き刺さっていた。

 

「いつまで待たせる気だ。もう待つ気はないぞ」

「チッ気の短ぇ奴だな?だが安心しろよ..今からオレが相手してやるよ」

「ホウ?それは良い度胸だ....言っておくが貴様らの作戦は筒抜けだぞ?その上で俺と戦う気か?」

 

 ヘカドスが右手を翳すと地面に突き刺さっていた槍が黒い靄となり形を崩し、彼の右手へと移動して形を再形成する。

 余裕の態度を見せるヘカドスに対して、男鹿は右の拳を軽く掲げて握る。

 

「関係ねぇよ...行くぜベル坊」

「ダッ!!」

 

 赤黒く光を放つ蝿王紋を浮かべる右の拳はバチバチと帯電しているかのように連続して炸裂音と明滅する電撃が生まれた。

 そして男鹿は数メートル離れたヘカドスへと拳を思いっきり振り抜いた。

 

───魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ォッッ!!!!

 

 振り抜かれた拳の軌道をなぞるように赫々たる雷光が真っ直ぐヘカドスへと走る。左手を翳して雷光を受け止めるヘカドスは驚いた様子を見せた。

 

「ホウ...!貴様末子殿の力を操れるのか..!?」

「───ハッ!意識してやったのは初めてだが、やってみるもんだな!!このまま押し潰すぞベル坊!!」

「ウィー!!」

 

 確かな手応え感じ、男鹿はベル坊と呼吸を合わせ更に電撃の奔流の威力を増していく。魔王の血筋に小細工は必要なく、ただただ暴力的に圧倒的な魔力の大波を浴びせる。

 

「フンッッ!」

「────...は..」

 

 しかしヘカドスは雷光を放つ魔力の大波を地面に圧し潰した。

 

 初めて意識して"魔王の咆哮(ゼブルブラスト)"放ったことで幾分威力かが減衰していたとはいえ、傷一つ付かずに防がれるとは思いもせず、声が漏れてしまった。

 

「──マジかよ....」

「だが粗いな。その程度では虫も潰せんぞ?」

 

 余裕を見せるヘカドスは次は自分の番と言わんばかりに槍を構え、男鹿とベル坊は慄く。ヘカドスは口を歪ませ無慈悲に男鹿の首を狙い槍を振りかぶりるが...

 

 

「────いや、十分だ」

 

 

 ヒルダの声が背後から聞こえるとヘカドスは動きを止め、すぐさま後ろへと振り返る。

 

「もう遅い」

 

 ヒルダは迷わず細剣を一閃、邦枝を捉えていた黒い靄を切り裂いた。解放された邦枝を抱え、男鹿の方へと投げ飛ばす。

 男鹿は急いで身体を動かして邦枝の落下地点へと入り受け止めた。

 

「よしッ!!やるじゃねぇかヒルダ!!テメェ見直し....!!」

 

 邦枝を受け止めた男鹿が手放しの賞賛の声と共に顔を上げてヒルダを見ると

 

 

 

 ───彼女の腹部はヘカドスの槍に貫かれていた。

 

 

 

 目を見開き固まる男鹿は、血を吐くヒルダを見つめるのみ。

 

──貴様...!最初からこれを..!

「ハッ、女などくれてやる。1番邪魔な貴様を消せればあとは未熟な契約者を殺して終いだからな」

 

 ヘカドスは嘲笑い、腹を貫いた槍を横へ振り抜いた。切り裂かれたヒルダの身体から吹き出した血飛沫は男鹿にも届き、バケツをひっくり返したように辺りは真っ赤に染まった。

 

「.........てめぇ...」

「さ..次は貴様だ。だが大人しくベルゼ様を渡せば俺は慈悲を見せてやるぞ?」

 

 槍を振って血を払うヘカドスは嘲笑を浮かべて、唇を噛み睨みつけてくる男鹿へ交渉を持ちかける。

 

「貴様が抱えてる女も、この虫の息の侍女悪魔も大事だろう?大人しく従えば貴様の命もソイツらも救ってやる、当然ベルゼ様にも危害は加えん。だが従わないのであれば....貴様は今宵、烏共の餌になる」

「.....」

 

 それは文字通り悪魔の交渉だった。交渉に応じる気などさらさらない、されど今の男鹿が目の前の悪魔に勝てる見込みもない。

 己と仲間の命か、矜持か。守れるのは二つに一つしかない選択肢。

 

「坊ちゃ...ま........」

(..その状態でコイツ(ベル坊)の心配かよ..)

「ウ...ゥ..アァ...」

「泣くなベル坊。ヒルダが見てるぞ」

 

 

 男鹿は背中にくっついて震えていたベル坊を一喝し、ベル坊はぐしぐしと目元を拭う。今際の際であるにも関わらず己の主を気に掛ける彼女に涙など見せてはいけないのだから。

 彼女の強い意志を見た男鹿は覚悟を決め、立ちあがろうとすると腕の中で気を失っていた邦枝が身じろぎ、目を覚ました。

 

「ん.....あれ..男鹿....?男鹿!?え!?なんで!?何で私を抱いてッ!?...」

「邦枝」

「ちょちょ何して────」

 

 目を覚ますと男の、ましてや男鹿の腕の中いる状況など男子に慣れていない邦枝には刺激が強く、瞬時に顔を赤く染め慌て始める。しかしこっちを見ない男鹿の視線を辿っていくと顔の血の気が全て引き、蒼白となった。

 

「......え...ひる..ださん?....ぇ..うそ」

「邦枝動けるか。悪ぃが無理してでも動いてヒルダをオレの後ろへ動かしてくれ。そんで古市の奴に電話してアランドロンのヤロー連れてきて貰え」

「.....わかった..」

 

 邦枝を離し、立ち上がる男鹿は律儀に待つヘカドスに近づくする。

 

「決めたか?賢い選択を」

「あぁ。これが俺の選択だ」

 

 その言葉と共に右の拳をヘカドスに叩きつけるが易々とその拳は片手で受け止められる。

 

「....愚かな男だ..」

「悪ぃが、俺達不良はな..選択肢突きつけられんのが嫌いなんだよ。いつだって全獲りだ」

「それが遺言か?」

 

 目を細め、氷点下の殺意を男鹿へと向けるヘカドス。彼の持つ槍の様に鋭く重い殺意は向けられていない筈の邦枝の肌を粟立たせ慄かせた。対して男鹿はソレを真っ直ぐに受け、不敵に笑みを浮かべる。

 

 

「馬鹿はテメェだぜ?()()()()()()()()()()()()()なんてよ」

 

 

 その言葉の意味をヘカドスは聞こえた電撃特有の破裂音共に悟る。受け止めた彼の右手の紋章が赤黒い光を放ちつつ右腕全体に広がっていた。

 

「───!?」

「青ざめたな!流石のテメェもゼロ距離はひとたまりもねぇだろ!!」

「アーイダブッ!!」

 

 驚愕するヘカドスが飛び退くよりも早く、紋章から流れる魔力を爆発させる。

 

 

魔王の咆哮(ゼブルブラスト)ォォォッッ!!!!

 

 

 自滅覚悟の起死回生の一撃。先の物より数段と威力が上がった魔王の咆哮は街を閃光で包み込み、辺りのアスファルトや電柱が走る電撃によって瓦礫へと変えられる。嵐のように吹き荒れる魔力の波の衝撃により当たりは砂塵が巻き上がり視界を塞ぐ。

 重症のヒルダを庇うように覆い被さる邦枝は咳き込みながら立ち込める砂塵の向こうへ目を凝らす。砂塵が晴れて目に入るのは立っている男鹿の背中。

 

 

 

 

「今のは危なかった...肝を冷やしたぞ」

 

 

 

 

 

 そして所々煤けた無傷のヘカドスだった。

 

「嘘だろ....今のは全力だぞ..!?」

 

 信じられないもの見るように驚き、戦慄する男鹿に槍が刺しこまれた。寸の所で身体を動かせたが完全に躱しきれずに脇腹が切り刻まれてしまう。

 

「男鹿ッ!!」

「来んな!!お前は早くアイツらを呼べ!!後コイツ(ベル坊)を頼む!!」

「ニョ!?」

 

 悲痛な声で心配する邦枝に男鹿は背中にくっ付いていたベル坊を投げつける。しかしその隙を見逃すほどヘカドスは優しくもなく槍で攻められ肩口を切り裂かれた。

 

「がッ!?」

「いい判断だ。うっかりベルゼ様を傷つけたくは無いからな....では貴様には誤った選択肢の報いを受けてもらおうか」

「....ケッ...クソ喰らえだ..」

 

 強気な言葉とは裏腹に男鹿の勢いは弱まっていく。このままでは男鹿も殺され、ヒルダも助からない。焦る邦枝は救いを求めて3()()()の電話を鳴らす。

 

「お願い...出てよ紬貴...!!」

 

 

 

 


 

 時は同じくして石矢魔最強と謳われる東条英虎は地面に膝を着き、聖石矢魔最強と畏れられる出馬要が見下ろしていた。

 互いに顔を腫らし、血を流しておりそれが激しい戦闘であることを物語っていた。それでも劣勢を強いられているのは東条だった。

 

「......その()()()...それも出馬八神流か?」

 

 息を切らし口元の血を拭う東条の指摘、それは出馬を覆うように溢れるヒルダやヘカドス等の悪魔が持つ物と全く同じ黒い靄。

 影よりも暗い靄が出馬にまとわり付けば、彼の繰り出す技も身体能力も数段と飛躍しており東条はなす術は無かった。

 

「そろそろ終いや」

 

 東条の指摘にただ静かに笑みを浮かべて、出馬は構えを取る

 

「楽しかったで?またやろうや東条英虎」

「───ッ」

 

 来るであろう攻撃に息を呑む東条。

 

 

 

────だが、倒されたのは出馬だった。

 

 

 

「だから言ったじゃねぇか。んな所来る意味ねぇって..コイツ悪魔なんかじゃねぇよ。出来損ないだ」

「ふむ...魔力を感じ来てみたが、確かに無駄足だった。凡そこの男は人間界に追放された下級悪魔の血を引いただけの人間だろう」

 

 背後から出馬を蹴り飛ばし、一撃で沈めた男達はヘカドスと同じく真っ黒な外套と下に軍服を身につけており耳には竜を想起させる大きなエラが付いている。

 

「ち..やっぱヘカドスの所に行けばよかったじゃねぇかナーガ。絶対ぇあっちが末子の契約者だ」

「そう責めるなグラフェル。何事も不安要素を消しておくことに越したことはない」

 

 苛つき隠さずに愚痴を溢す逆立つ黒髪が特徴的な悪魔グラフェル。そして彼を宥める頭ひとつ身長が低い浅葱色の髪を持つ人間離れした整った顔をもつナーガ。

 彼らが放つ明らかに普通じゃない雰囲気は戦いを見ていた七海はおろか、あの東条ですら本能的な危機感を感じ身体を動かすことを許さなかった。

 

「どーするよこの出来損ない」

「捨ておけ、下級悪魔程度の血を持つ人間など敵にも道具にもならん」

 

 ナーガが表情を変えずに吐き捨てると2人とも踵を返してその場を後にしようと歩き出す。

 

「待ちぃや...人の勝負に割り込んでおいて挨拶無しかいコラ..」

「あぁ?」

 

 未だ揺れる脳を抑える為蹴られた後頭部に手を当てながら出馬は立ち上がる。

 

「テメェじゃ相手にならねぇよ」

「どうやろか───

 

 不敵に笑い黒い靄を再度纏い始めた出馬は青筋を浮かべたグラフェル超速で間合を詰められ頭をアスファルトの地面叩きつけられた。

 何度も何度も何度も叩きつけられ、地面と自身の頭蓋が崩れる音だけが耳に入ってくる。

 

「三下が!!!調子ぶっこいてんじゃねぇよ!!!自殺なら勝手に死ね!!俺の手を煩わせんな不良品野郎!!!!」

 

 喰いかかる出馬の姿が彼の逆鱗に触れたのか何度も叩きつけても激昂したグラフェルは収まらない。

 

(これが本物の悪魔の力...ちょっと悪魔の血が混ざった僕とは比べモンにならんわ...)

「クソが...俺が直々にスクラップにしてやるよ出来損ない。光栄を胸に死ね」

 

 死刑宣告と共に掲げる彼の拳から生み出される影よりも、夜よりも暗く黒い靄は明確な"死"のイメージを植え付ける。

 

(アカン...これ殺されるわ...すんません石動校長、約束破って....すんません静さん、そんな泣かせてもうて..)

 

 消えかけの意識の中で己の恩師と赤に染まった視界に映った想い人に別れを告げた。

 悪魔の拳が無慈悲振り下ろされる。

 

 

 しかしその拳をいつの間にか横に立っていた猛獣(東条)が掴み上げた。

 

 

「.......」

「放せ.. テメェから殺すぞ人間....!!

「...ア..カン..ッ!!」

 

 

 

「人の獲物、取ってんじゃあねぇよッ!!!

 

 

 憤慨するグラフェルの顔面に額を勢いよく叩きつけ、鼻っ柱を叩き折る。鼻から血を流し後方へと蹈鞴を踏むグラフェルへ東条が全力で拳を振りかぶる。

 

「...ちょっと強ぇくらいの人間が..悪魔に勝てるとでも思ったか?」

 

 東条の拳は片手で簡単に受け止められてしまった。むしろカウンターとして驚愕する東条の鳩尾に拳が突き刺さる。音速を超えた鞭にも似た強烈な炸裂音と共に突き刺さるその拳は東条の分厚い筋肉の鎧を貫き、幾つもの肋骨を叩き折った。

 激しい激痛に顔を歪ませて、喉から迫り上がる大量の血を吐き出す東条。

 

 

 だが忘れてはいけない。

 

 

「...しつけぇな!!..離せ人間ッ!!」

 

 

 獣は獲物に執着を見せる時と深傷を負った時が何より恐ろしい事を。

 

 

 

「オ゛オ゛オ゛ォ゛ァ゛ァ゛ッ!!!」

 

 

 血を吐き、鳩尾に穴を開けながらも獣の如き咆哮を上げて横っ面を全身全霊の拳で殴り飛ばす。

 夜の街に響く爆発にも似た大きな轟音と共にグラフェルは離れた建設途中のビルの壁の向こうへと消えた。

 

 咳き込み血を吐いて膝をついてしまう東条。死力を尽くした一撃の代償は大きく、立っていることすらままならないのだ。

 なのに彼は四肢は震え意識が朦朧としていながらも既に次の標的のナーガを睨みつけていた。

 

「...何をしている」

 

 依然として無表情のナーガ。そしてその言葉は東条ではなく、ビルの壁の向こうへと消えた仲間に向けてられていた。呆れた様子なのが声色でわかる。

 

 そしてガラリと瓦礫が動く音と共に壁の穴からケロリとした表情でグラフェルが出てきた。

 

 

「......」

「あまり時間をかけるなグラフェル」

「ウルセェ..どうせ今更ヘカドスの野郎に追いついたところで終わってるに決まってる。なら..コイツを嬲り殺しにしたっていいだろうが。あ?」

「全く...」

 

 表情を一変させて顔いっぱいに青筋を浮かべ、噴火のように溢れ流れる激情は怒りを通り越し獰猛に笑みを浮かべさせた。

 

 

「決めたぞ人間..!!テメェもそこの出来損ないも生まれてきた事を後悔させてやるよ!!!」

 

 


 

 

「...フン。随分と呆気なかったな契約者」

 

 

 身体中血塗れとなった男鹿に槍を突きつけるヘカドスは心底つまらなそうに言い放つ。だが今の男鹿に言い返すほどの気力はなく、さらに続く追撃になす術なく切り裂かれる。

 

「男鹿....もうやめて...死んじゃうよ」

 

 ヒルダの傷口を抑え動けない邦枝は弱っていく男鹿をただ眺めていくことしか出来ず、頼みの綱である古市のケータイは何度もコールしても応答はない。

 そして遂に男鹿が膝をついてしまう。

 

「男鹿ッ!!」

「..来るな...!!邦枝オメーはヒルダとベル坊連れて...逃げろ..!」

「でもこのままじゃアンタが死んじゃうよ!!」

「ゥゥ...マ゛ーーー!!」

「あ!?ベルちゃん!戻って!」

 

 緩む邦枝の腕からベル坊が飛び出してボロボロの男鹿の足元へ泣きついた。

 

「ダー!!ダー!!」

「馬鹿...!...あっち..いってろ..!」

「マ゛ー!!!」

 

 涙をいっぱいに浮かべ離れようとしないベル坊を痛む身体を動かしてどうにか離そうとする。けれど一生懸命にズボンを掴む小さな手を払うことが出来ない。

 焦る男鹿の喉元へ槍が添えられる。

 

「もう良い...ベルゼ様を此方に渡せ」

「.......」

「これが最後だ。今度は過つなよ?」

 

 刃が当てられ首から血が垂れる。

 

「....誰がテメェなんぞに渡すか。クソ喰らえだ」

「────残念だ」

 

 鋭く眼を細め男鹿の首を断つために大きく槍を振りかぶる。

 

 

 

 

 

 

 

 槍は男鹿の首に届く前にヘカドスの両腕と共に地に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 一陣の冷たい風が吹いた。

 

 

 

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