TS異能力古市   作:ブッタ

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第34話 人間の敵

 

 ただ冷たい夜風が頬を撫でる。

 

 決して目の前の人間から目を離していたわけではなかった。当然虫の息の侍女悪魔も警戒をしていた。妙な動きなど何一つ無かった筈なのに、突きつけていた槍が肘から先の己の両腕と共に地面に落ちていた。

 何か鋭利な物で斬られたとしか思えない程の滑らかな切断面からは噴水の様に勢いよく血が噴き出ている。

 

 突然の猟奇的な出来事は腕を失ったヘカドスだけでなく死を覚悟していた男鹿や邦枝達の肝を潰した。

 

「..な..何で急にアイツの腕が..」

 

 普段見ることのない凄惨な現場に気を失いそうになるのを耐える邦枝。するとヘカドスの首がぐりんっと音を立てて彼女の方を向いた。目線を向けられ焦る邦枝だが、正確には彼女の後ろ、先の戦闘で街灯が壊れて真っ暗な夜闇に染まった道の向こうを見ている。

 

 理由はない。だがその夜闇の向こうから得体の知れないナニカを感じとり、魔界最強の戦闘種族である彼の心臓が五月蝿く警鐘を鳴らしているのだ。

 理屈はない。しかし彼の直感が闇の向こうにいるナニかが己の腕を切り落としたことを告げている。目の前の血塗れの男鹿とベル坊を捨て置いて警戒に神経を研ぎ澄ます。何も見逃さないように。

 

 

 そしてまた冷えた夜風が彼等の頬を撫で、

 

 

 

 

 ────ヘカドスの腹が螺旋状に抉れ貫かれた。

 

 

「ッッ!?!?」

 

 腹を貫かれた猛烈な痛みと感知できない攻撃への驚愕に顔を歪ませ、血を吐き後ろへ倒れた。

 

「一体..何が起きてんだ..?」

 

 手も足も出なかった悪魔が目の前で倒されることに驚愕する男鹿と邦枝。すると背後から足音が聞こえ、そちらへ警戒して顔を向ける。

 足音が近づくにつれ夜闇に紛れていた人影が明らかになっていく。

 

 ソレは着崩した石矢魔の制服を来て、日本人離れの銀髪が月の光を受けより輝きを放っていた。

 

 

「「古市(紬貴)ッ!?」」

 

 

 2人は予想だにしていなかった人物に吃驚するが、当の古市はアランドロンが魔界から持ってきた粉ミルクの袋を片手にまっすぐ重症のヒルダの横にしゃがみ込む。

 

 邦枝が自分の服を破り傷口に当て懸命に救急処置をしているが、切り裂かれた腹の傷が大きすぎる為に徐々に弱ってきている。古市は焦点の合わないヒルダの目を覗き込んだ。

 

「ヒルダ」

「..ツ...ムギ.....おまえ..は...」

 

 

「───貴様は何者だ。女」

 

 

 弱々しいヒルダの声を遮る男の声。声の主は両腕を失い、腹に風穴が穿たれておきながらもケロリと立ち上がっていた。

 

「貴様だろう?オレをこの有り様にしたのは。何やら得体の知れない術を使うようだが...」

 

 切断された両腕と穴の空いた腹から夜の闇のように黒い靄が溢れ出る。そして徐々に靄の根元から形が形成されていき、欠損した筈の腕も腹の傷もまるで何も無かったかのように元に戻った。

 

「無駄なことだ。俺達悪魔は魂が肉体に縛られた貴様等人間とは違い、この程度傷でも何でもないのだからな」

「......」

「おいおい...冗談じゃねぇぞ..」

「助けに来たんだろうがやめておけ。邪魔立てするならば女とて容赦せんぞ?」

 

 再生した右手へ更に靄を集め、地面に落ちていた槍を手元へ取り戻す。しかし古市は音もなく立ち上がり、幽霊の如く足取りで一歩また一歩とヘカドスへと歩を進める。

 

「古市..」

 

 ボロボロの男鹿の横を通り過ぎる古市の表情は暗くてよく見えない。ただ彼女を中心にたなびいている重たく冷たい風が彼女の激情を物語っている。

 

 ヘカドスが槍を構えると彼女は男鹿達を背に足を止めて、口を開いた。

 

 

 

「───.....可哀想に」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 決して慈悲が込められた言葉などではない。ただ淡々に、画面越しの誰かの不幸に向けられるような無責任な言葉。

 彼女から発せられる見えない質量を持つ威圧感に毛孔全てが逆立つ程の寒気を感じる。魔界の中でも最強と謳われる邪竜族であり誉あるベヘモット34柱師団柱将である己の本能が、目の前の人間の女を倒すべき敵と認識したのだ。

 

 あり得ないことだ。魔力も感じられないただの人間に気圧されるなどあり得るわけがない。故にヘカドスは握る槍の刃に魔力を込め始める。

 

「その言葉は貴様が辿る末路に対してか?」

「簡単に死ねないアンタに対してだよ」

「減らず口を────

 

 古市の首元を狙い槍を一閃突き出すが届かない。踏み込みの脚が地に着く前に切り落とされていたのだ。

 

「ッ!!!」

 

 瞠目して体勢が崩れるヘカドス。右手を横に振り抜いていた古市が追撃に返す刀で右手を乱雑に振る。

 避けろと叫ぶ本能に従い、槍を地面に突き刺して強引に身体を後ろへ飛ばす。転がりながら切り落とされた脚を再生して体勢を立て直すが先程まで自分の居た位置にできた深い溝に冷や汗が出る。

 しかし休む間を与えずに古市が足元の風を爆発させ間合いを詰めてくる。

 

「貴様ッ!!」

 

 超速の突進に合わせて魔力を込めた槍を振るが優れた動体視力にて簡単に躱される。

 

(速い──)

 

 槍の懐へ潜り込むと古市はガラ空きの横腹へと力強く握る拳を叩き込む。歯を食い縛り骨が軋むのを感じながらも力任せに拳を振り抜き、殴り飛ばす。

 血を吐きながらヘカドスが近くのアパートの4階の一室の壁を轟音と共に貫いた。

 

「あ、やべ」

 

 思わず建物の被害を出してしまい素の焦る声が漏れてしまう。だがすぐさまアパートに漂う塵雲から一つの影が飛び出してくる。

 古市は飛び出してくるヘカドスを迎え撃つために勢いよく空中へ飛び出すが、ここで想定外が起きる。

 

「ぎゃあー!?」

 

 飛び出してきたのはヘカドスではなく中肉中背の青年、壊された一室の住人がデコイとして投げ出されてきた。

 パニックになり必死に四肢を振り回す住人の背後から槍を構えて突進してくるのが目に入る。飛んでくる住人の首根っこを掴み急いで横へずらして、彼が槍に巻き込まれるのを防ぐが自身は避けきれず肩口を貫かれる。

 

「───ッ!!」

「甘いぞ女ぁ!!そんなものを庇っている余裕はないだろう!!」

 

 牙を剥き出しに笑うヘカドスは刃先を捻って上に振り抜き、古市の肩口から血飛沫が上がる。激痛に整った顔を歪ませるが歯を食い縛り、

 

「邪魔!!」

「アァーー!」

 

 住人を下にいる男鹿達の方へ向けて離す。その隙を見逃さずにすぐさま槍を振りかぶる。

 

「死ね」

 

 端的な言葉と共に何度も槍が振るわれるが、荷物を投げ捨て身軽になった古市は風を操り空中で巧みに槍を避ける。上下左右縦横無尽に動き回る彼女へ槍を当てることはおろか、それどころか徐々に視界に収めることすら難しくなってきた。

 ならばとヘカドスが選ぶのは逃げ道を塞ぐこと。刃に魔力を集めた槍を構え直せば、放射状に魔力光線の奔流を放つ。四方八方へと広がる灼熱の魔力光線が下の電柱やアスファルトを溶かしていくが悪魔である彼が気にするはずもなく古市を逃がさないように更に出力を上げていく。

 

「────..」

 

 しかし空中(ここ)天狗(彼女)の間合い。普通ならば大きく迂回して躱さなねばならないところを逆に放射状に広がる幾つもの魔力光線の非常に狭い合間を縫う様にすり抜けて一直線、

 

 

 螺旋状に渦巻く風を纏う拳がヘカドスの腹を貫いた。

 

 

 すぐに槍を離して貫く腕を掴むが、彼女の腕に纏わりつく風がさらに腹を抉り続けていく。

 

 

 

 奴の苦痛に歪む顔、血に染まる己の腕。今までの意地の張り合いの喧嘩ではなく、互いの命を晒して奪い取る殺し合い。生まれてきて今までそんな物に立ち会うことなどあるはずも無い。殺人などテレビの向こうの話だと思っていた。

 それなのに今、己は目の前の悪魔へ明確な殺意を持って躊躇いもなく(ちから)を振るっている。そして不思議なことにそれが本来の用途であるかのようにしっくりと来るのだ

 

「ッ!?な..るほどな..貴様は..!!」

 

 不思議な感覚だ。

 

 腹の中は煮え繰り返るほど熱くなっていくのに、

 

 頭の中は氷水に漬けられたかの様に冷えていく....

 

 

「貴様は悪魔(俺達)と違う..だが人間の敵(同類)だ!!

「────..」

 

 

 

 緩む口が抑えられない。

 

 

 


 

 悪魔が扱う魔術は魔力を媒介にして力を発揮する。同時に魔力とは悪魔の身体を構成する生命力である。悪魔同士や契約により魔力を貸し与えられた人間などは互いの魔力同士が共鳴して感じ取れることができる。

 

 故に離れた場所に居た2人の悪魔達が異常を感じ取ることも必然だった。

 

「おいグラフェル」

「アァ!?なんだよ!!」

 

 浅葱色の髪と幼い顔つきが特徴のナーガが暴れているグラフェルへと声をかける。

 

「何か妙だ。ヘカドスの魔力が多量に削られている」

「あぁ?....なんだ?何が起きてやがる...まさか契約者がそこまで力付けてやがったのか?」

「いや、契約者の魔力は少なくなったまま変わらず死にかけのまま。恐らく()()()()()妙な力を持っている第三者の仕業のようだ。遊びは此処までにして向こうへ合流するぞ」

「チ....命拾いしたな人間」

 

 忌々しげに睨むグラフェルの視線の先には身体中血塗れで立っている東条。怪我をしていない所を探すのが難しい程にボロボロでありながら、東条は七海や倒れている出馬を庇うように未だ立って構えている。

 

 その姿が気に入らないグラフェルは苛つきを隠さないが、ナーガの指示に従い靄を纏い飛んでその場を後にする。

 

「急ぐぞグラフェル」

「わーってるての!あのヤロー..人間なんぞにヘマしやがって」

 

 飛行機雲のように黒い軌跡を残して高速で空を飛んでいく2人。そしてそんな彼等を近くの民家の屋根から眺める男が1人。

 無精髭と額に巻くバンダナが特徴的な男は咥えた煙草をすいこみ、煙を吐き出す。

 

 

「あーぁ。随分面倒なことになったなクソッタレ....」

 

 

 ガシガシと後頭部を掻きむしると住宅街の屋根を伝って飛んでいった2人を追いかける。

 


 

 

 負け知らずだった。小学生の頃から高校生や大人に混じって喧嘩してきた。危なかったことは多々あれどどの喧嘩にだって負ける事はなかった。高校になれば最早自分と対等に戦える人間を探す方が大変になるほど強くなっていた。

 

 なのに今はどうだ。誰1人守れず、それどころか手も足も出ずに弄ばれ、挙げ句の果てに古市の背中で立ち竦む。自分が勝てる見込みが微塵も見えなかった相手を圧倒的に蹂躙する彼女を見て悟った。

 

 次元が違うのだ。人間の戦い方じゃない。

 

「男鹿!!ヒルダさんが!!」

「──!どうした..!」

 

 邦枝の声で我に帰ると、重症のヒルダの傷口から血が大量ながれているのが目に入る。

 

「血は止めたんじゃねぇのか!?」

「応急処置だけよ!傷口が大きすぎてもう血が止められなくなったの!今すぐ病院連れて行かないと間に合わない!!」

「病院..!コイツ悪魔だぞッ...人間の病院でいいのかッ!?」

「知らないわよ!!けれどそれ以外に選択肢あるの!」

 

 焦る2人は急いで傷口を圧迫し、声をかけ続けるが血を流しすぎたヒルダは徐々に瞳を閉じていき呼吸も浅くなっていく。

 目前の命の火がゆっくりと消えていくのをただただ焦燥感に駆られながら眺めていくことしかできない。

 

 だが救いの手は差し伸べられる。

 

「その心配に及びません。お医者様ならここにおります」

 

 救いの手、アランドロンが彼等の背後に現れ身体を真っ二つに開く。そして彼の中から小さな人影が飛び出した。

 

「ヒルダ姉様!!!」

「テメェは..!」

「どきなさいウスノロ!!」

 

 以前ベル坊が王熱病に苦しんだ際に人間界へ訪れた桃色の髪と羽織る白衣が目を引く少女ラミアが男鹿を突き飛ばしてヒルダへと駆け寄る。

 

「あ..貴女は?」

「誰よアンタ!!すっこんでなさい!!ヒルダ姉様っわかりますか!?ラミアですっ」

「落ち着けラミア。医者が有事に冷静さを失ってどうする」

 

 喝を飛ばすのは次いで現れるシルクハットをかぶるスライムの様な身体をもつ悪魔ファルカスである。彼も滑るように速やかにヒルダへと近づき本革の鞄から道具を取り出す。

 

「失礼お嬢さん。此処からは私が処置をするから離れなさい」

「え..えぇ?す、スライム?」

「ほら師匠の邪魔だから退きなさい!」

 

 ラミアに押されて邦枝が離れるのと同時にフォルカスは慣れた手つきで創部を確認し始める。

 戻ってきたラミアがマスクと手袋を嵌めてフォルカスのサポートを始めるがヒルダの創部を見て驚く。

 

「嘘..!魔力が拡散されてる..!」

「ヘカドス殿が持つ槍の力だろう。これがヒルダ殿の再生を妨げている要因だ」

「じゃあ早く取り除かないとっ」

「いや傷口が大き過ぎる。それでは全てを取り除く前に血を失いすぎて死んでしまう..まずは────

 

 急ぎ処置に取り掛かり始める2人へと突如黒い靄が襲いかかる。

 

「師匠!!!」

 

 ヒルダの復活は劣勢を強いられている自身の現状を更に悪化させると危惧したヘカドスは勢いを増した古市の猛攻から辛くも抜け出し彼等の救命を阻止しようと飛んできたのだ。

 血塗れで所々欠損していながらも再生しながら獣如き形相で握る槍を魔界屈指の名医であるフォルカス目掛け振りかぶる

 

 

 ────しかし彼が害されるよりも速く飄風と共に強襲してきた古市が槍と顔を掴んで強引に突き放したのだ。

 

 

 吹き荒ぶ風と共に超速で通り過ぎヘカドスを追い詰め続ける彼女を見てラミアは己の目を疑った。最強と名高い邪竜族のヘカドスをただの人間が蹂躙する姿や不自然な風もそうだが、なにより無慈悲に切り刻み返り血を浴びて嗤っている姿に目を疑った。

 

 以前に人間界に来た時、いきなりちゃん付けで呼んできたり妙に人懐っこいというか馴れ馴れしい態度で絡んできた姿と、今の攻撃的すぎる古市の姿は余りにもかけ離れていた。

 そしてそれはラミアだけではなくフォルカスにとっても驚愕に値するものである。

 

「あ、アイツ..あんなに強かったの...?」

「以前から妙な力を感じていたが..これは予想外。ただの人間と考えない方が良さそうだ」

「人間じゃないってこと..?」

「知らん。それよりも今はヒルダ殿を運び出さねばならん。どの道こんな所では治療はできない」

 

 話題を切り捨てフォルカスはシルクハットを脱ぐと、スライム状の体を変形させてヒルダに負担が掛からないように背中から包み持ち上げた。

 事態を静観していた男鹿が動き始める彼等に話しかける。

 

「おい!?ソイツを何処へ連れてくんだ」

「君の部屋で治療に当たる。ついでに君もついてくると良い。その身体では出来る事もないだろう」

「ああ?ふざけんなっ俺は──」

「グダグダ言ってないで着いてきなさいよ!!アンタ弱っちいんだから此処にいるとベルゼ様が危ないのよ!」

 

 ラミアにケツを蹴っ飛ばされるが反論出来なかった。事実血を流しすぎて身体も動かさなくなっているのだ。ファルカスもラミアもそれを見抜いていることは流石の男鹿でも分かる。

 

 彼に出来ることは腹の底から込み上げる感情を握る拳に押し留める他に無かった。

 

 

 

 

 

 

「いい加減鬱陶しいぞ女ぁ!!」

 

 激昂するヘカドスが衝撃波と共に靄を周囲に放つ。だが古市は焦らず靄を躱しながら後ろへ飛んで距離を取る。

 

「貴様が俺をいくら切り刻もうが無意味だということを理解しろ!貴様では俺は殺せんぞ!!」

 

 額に青筋を浮かべ声を荒げる彼は見せしめるように身体の傷や切断された腹や腕を再生する。だか古市は再生されていくヘカドス身体の中で()にだけ傷が無いことに気づいた。

 首を狙っていなかったなんてことは無い。なのにヘカドスは他の部位を切り刻まれても首だけを守っていたのだ。

 

 口が更に歪んでしまう。

 

「何がおかし────」

 

 彼の言葉は真っ直ぐ飛んでくる風の刃に遮られる。

 

 また腕を狙って放たれたソレをヘカドスは身体を捻って躱すが、突如刃は進路を変える。

 行き着く先は腕ではなく、握る槍の穂を切り落とした。

 

 何が目的か、何故を槍を狙うのか、1秒にも満たない思考のノイズ。その隙に古市は数メートル離れたヘカドスの背後へ周り、落ちる穂の口金部分を掴む。

 

 

 ────そして彼の無傷の首へと突き刺した。

 

 

 

 

「やっぱり首を守ったな...!!」

「キ...サマッ...!!!」

 

 ギリギリ首を庇うように彼の手が滑り込み掌を穂先に貫かれながらも首を守っていた。古市はすぐさま大外刈りの要領で足を引っ掛けヘカドスと共に倒れ込み、その勢いを利用して穂先を首へと突き刺そうとする。 

 

「───..ッ!」

 

 倒されながらもヘカドスは両手で抑えて守る。掌を貫通した穂先は彼の首の浅い皮を微かに傷つけ血を流させた。負けじと彼女も両手を使って押し込むが拮抗して穂が震えるのみ。

 

「アンタら悪魔がどれだけ再生すんのか知らないけど...!少なくとも不死身じゃないだろうッ!?推測だけど首を落とすかそれとも頭を吹き飛ばすか!!少なくともさっき迄のトカゲの尻尾みたいに切り捨てることは出来ないみたいだねッ!?」

「戯言をッ!!!」

 

 徐々にヘカドスの抑える力よりも古市の押し込む力が上回っていき槍の穂先が微かに首へ入っていく。

 

(なんだこの力は!?俺が..こんな...所で...!!)

 

 死ぬわけにはいかない。

 必死になったヘカドスは魔力で補強した膂力で強引に首から肩へと滑らせる。浅く刺さった穂先は首を切り裂きながら移動して彼の掌ごと肩を突き刺し、古市は唇を噛む。

 すぐさま無事の片手で古市の首を鷲掴むが彼女の不可視の刃で粉微塵に切り刻まれ逃げられてしまう。

 

 数メートルほどの位置に離れた彼女を恨めしそう睨みながら突き刺さった槍を抜き投げ捨て、傷を修復する。風によって切り刻まれた腕は直ぐに靄が晴れ何事も無かったかのように再生したのに対して、槍を突き刺された肩と掌、そして首の傷は未だ靄が蠢き再生に手こずっている。

 その光景を見て古市は確信を持つ。

 

「首を切り裂くだけじゃなくて完全に切り落とさなくちゃ駄目...そしてやっぱりあの槍にも小細工があったみたいだ。めんど」

 

 面倒臭そうに溜息をつきながら古市は両腕の感覚を確認するようにグーパーと動かす。彼女が受けた傷は貫かれた肩口のみ、しかしか弱き彼女はヘカドスのように再生できない為常に両腕の調子を確認して神経などに異常がないこと確かめる。

 

 次の攻め口を考えているとヘカドスの側に2つの靄が降り立つ。靄はゆったりと小さな人影一つ、大きな人影一つを作り出す。

 

「何してんだヘカドス...相手はただの人間じゃねーか」

「油断でもしていたか?お前の悪い癖だ」

「ナーガ..!グラフェル..!!」

 

 疲弊の色隠せないヘカドスの前に現れた2人の悪魔は古市を見据える。

 

「なに...?1人じゃ勝てないからってお仲間召喚?トカゲが三匹揃ったと所で人間様に勝てるわけないのにさ」

「面白ぇ事を言うなぁ。思わず殺したくなるほどに面白いぜお前」

「よせ」

 

 呆れたような古市の煽り言葉にグラフェル苛つきと殺意を隠さずに言葉を返すが、ナーガが手で彼を制す。そして古市の背後にいるヒルダを抱えたスライムに目をつける。

 

「ふむ..そちらにいるのはフォルカスか。何故お前が此処にいる」

「...医者が患者の側にいておかしいでしょうか?ナーガ殿」

「いやおかしくはない。だがその女は捨てろ、ソイツは我々と焔王様にとって不都合なものだ」

「お断り致す。私は医者として助けを求められたのであれば誰であろうと救う。世継ぎ争いや跡目争いなどの面倒な政に巻き込まないで頂きたい」

 

 ファルカスはハッキリと拒否の意を示す。側に立つラミアも怯えている様子を見せているが気持ち同じであることを示すようヒルダを庇うように立つ。

 しかしその言葉はナーガにとって見逃せるものではない。

 

「つまり、それは焔王様に盾突くということで良いな?」

「私は医者の矜持を貫き通すまで」

「もうよい。お前ほどの名医はいなかったが...仕方ない」

 

 

────遍く総ては焔王様の為にあるべきなのだ

 

 

 3人の悪魔から闇より黒い靄と共に膨大な魔力と殺意が解き放たれる。男鹿も邦枝もラミアもファルカスもアランドロンも彼等の見えない質量に押し潰されそうになる。

 

 ただ1人古市を除いて。

 

「ワタシを無視してんなよ」

「してねぇよ女。テメェは俺の憂さ晴らしに付き合ってもらうぜ」

「グラフェル!!その女に不用意に近づくなっ!!」

「あぁ?──」

 

 拳鳴らして近づく男にヘカドスが肩を掴んで止める。しかし彼の目の前でグラフェルの首が大きく切り裂かれた。

 大きく血飛沫を上げて力が抜け落ちるグラフェルは首を急いで抑える。

  

「ギ.さブァ!!」

「ズレたか...いやそもそも弱すぎたか?上手く切り落とせなかった」

 

 氷点下の殺意と風を漂わせながら古市は3人へと対峙するが1人は虫の息、ただ首への再生に必死になるのみである。

 惨状を見ていたナーガが彼女への警戒度を上げ構えて睨みつける。

 

「不可視の斬撃...いや風か?」

「..一発で見抜かれた.....チビのお前はそこの単細胞達とは違うな」

 

 ぽりぽりと後頭部を掻く古市。彼女が放つ不可視の斬撃には必ず周囲の風に予兆が起こる。ナーガはそれを一発見ただけで見抜いたのだ。

 

「でも関係ないか。やりようはいくらでもある」

 

 静かに腰を落とす。

 

 技を見抜こうが種族的に圧倒的な強さを持っていようが関係無い。死ねば皆同じ、悪魔も人間も神も死ねば皆同じ。

 己の内側でナニかが蠢いている。生きとし生けるもの全て殺せと叫び嗤っている。

 

 不思議な感覚だ。

 

 大事な人達を傷つけられ怒り心頭の筈なのに、

 

 奴等が傷つく度得も言われぬ快感が心を支配する。

 

 

「悪魔狩りの時間だぜ..」

 

 

 まるでソレが己の本来あるべき姿である様に。

 

 

 

 

 

「はーいそこまで」

 

 張り詰めた空気を壊すのは背後から古市の方に手を置くバンダナが特徴的な男、早乙女禅十郎。

 どこからともなく現れた彼に古市も悪魔達も目を剥いた。

 

「たくっテメーら街中で暴れまくりやがって。後始末大変だぞ?これ」

「アンタ...なんで!」

「お前さんは頭冷やせクソッタレ」

「痛ッ!?」

 

 吃驚する古市の頭を殴り、彼女を背に一歩前へと出る早乙女。ナーガは警戒は解かずに問いかける。

 

「何者だ人間。邪魔をするならば」

「御託はいい。今日はさっさとそいつら連れて帰りな...お互い痛手をもらってどっこいだろ?」

「ふざけるな。我等が狙いは末子殿の契約者の殺害...人間相手に撤退などあり得ん」

 

「いや帰ってもらうぜ。力づくでもな」

 

 軽く掲げる早乙女の右腕は赤黒く燦々と輝く紋章が浮かび上がり、膨大な魔力がその場を支配する。

 蠅王紋と酷似しているものソレは後ろで見ていた男鹿と対峙しているナーガの度肝を抜いた。

 

紋章使い(スペルマスター)!?それにその紋章は!!」

「ベヘモットに伝えとけ。もうちっとばかし待ってろてな!!」

 

 予想外の正体に驚愕するナーガ達目掛け早乙女が思いっきり右拳を振り抜くと"魔王の咆哮(ゼブルブラスト)"にも似た津波のような魔力の奔流と激しい光を放ち彼等を飲み込んだ。

 

 強烈な光と衝撃が収まるとそこには既に悪魔達の姿はなく、大きくえぐれた道路だけがその凄まじい威力を物語っている。

 

「し、死んじゃったの...?」

「いや逃げたな」

 

 大きく目を剥いてあんぐりと口を開く邦枝の言葉にあっけらかんに答える早乙女が胸ポッケからタバコを取り出して咥える。

 突如現れたかと思えば一撃で悪魔達を撃退する彼の姿に唖然とする一同。早乙女は彼等の視線を物ともせずタバコの煙を胸一杯吸う。

 

「さぁ、さっさとそこの侍女悪魔のねぇちゃん運ぶぞ」

 

 

 そうして吐き出された煙は暗い夜の空へと消えた。

 





はい、長々とした戦闘回となってしまいました。文書にメリハリを付けれるように努力します。
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