TS異能力古市   作:ブッタ

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第35話 動く思惑と新たな想い

 

 都市の中心で天を貫かんとばかりに背を伸ばすタワーマンション。その高階層の一室、そこが彼等の人間界での拠点となっていた。居間の大きなテレビの前で一生懸命にコントローラーのボタンとレバーを動かす大魔王の嫡男、ベル坊の兄である焔王。

 テレビに映るキャラクターの動きに合わせて身体が動いてしまうほどにゲームに夢中になっている。

 

「...よっしゃー!!どうじゃみたか余の腕前!!」

 

 勝利画面が出ると共にガッツポーズをして勝ち誇る焔王。因みに2時間やって初めての一勝である。

 

「どうじゃ()()()()!!余は勝ったぞ!」

「拝見しておりました焔王様。父御の如き素晴らしき腕前でした」

「そうであろう!」

 

 彼のゲームプレイを側で見ていた()()のアスランへと話しかけると彼は()()()()()の優しい笑顔で彼を褒め称える。

 アスランの賞賛の声に気を良くした焔王は誇らしく胸を張る。

 

「アスランよ。お主もそこで見ておらんで一緒にやるぞ!」

「貴方様と遊ぶには私は余りにも役不足...恐縮でございますが、私は焔王様の勇姿を拝見させて頂くだけで胸一杯なのです」

「むぅ..()()難しいことを言っておるなお主は」

 

 アスランに断られ、頬を膨らませる焔王。

 

「それよりもベヘモットの柱将達が人間界へ来たようですが..合流はなさらないので?」

「ギクっ!ま、まぁまだいいだろう...人間を滅ぼす前に人間の暮らしを知っておくのも次の魔王をとなるために必要なことだからな...!!」

「それにベヘモット殿に見つかれば叱られますからね。ゲームは10年没収かもしれません」

「...あやつは苦手じゃ」

 

 王族の古参の忠臣であり焔王の教育も任されている男の姿を思い出し、身震いをする。信頼できる男ではあるが柱師団の()()()ということもあり教育は厳しめであり仕事嫌いの焔王とは少々ウマが合わないのだ。

 余談ではあるが柱師団団長の座は既に彼の息子に譲っており半隠居状態なのである。

 

 顔を顰める焔王を見てアスランは姿勢を正して口を開く。

 

「しかし、焔王様...ゲームに熱中するのは良いですが、私の提言もお忘れなきよう」

「う....わかっておる..」

 

「焔王様、以前にも申し上げましたが大魔王様は次の跡目を嫡男である筈の貴方ではなく生まれたばかりの末子殿へと譲るおつもりなのです。故に人間を滅ぼし支配するという大任を任せているのですよ」

「....」

「ですがベヘモット殿や柱将ら、侍女悪魔に多くの臣民、そして当然私も貴方様が跡を継ぐに足る器を持っていると確信しております。いえ、貴方様以外にあり得ません」

「余にしか...」

 

 目を合わせ、力強く語るアスランの言葉を反芻する焔王。そんな彼の肩に両手を置いて真っ直ぐに言葉をぶつける。

 

「今こそ..末子殿を出し抜き御身の器と力を父御に示すとき。王族の剣である()()()()()()()()()()()()()()()貴方様の功を立てましょう」

 

 

「....いやまだそれはできん」

 

 

 予想外にも否定的な姿勢を見せる焔王の姿にアスランは目を細める。視線を落とし、握るコントローラーへと目線を落としながら焔王の言葉は続く。

 

「...理由を聞いても?」

「お前の気持ちは嬉しい...だがそもそもベヘモットの奴は余が人間を滅ぼすのに否定派じゃ。彼奴は少し...いやかなり厳しいがそれでも余の為を思って動いてくれるのだ。奴の言葉を無視する訳にもいくまい」

「......」

「無論余が呼べば来るであろうが....もう少し様子見をしてから行動に移しても遅くはなかろう」

 

 真面目な顔で焔王は自身の考えを語る。

 

 彼は仕事嫌いで我儘な態度がよく目立つ反面、自身を慕ってくれる臣下や臣民を大切に扱う面もある。自身の要望の比重がかなり大きいが彼等の意見を取り入れることも真に重要であることを理解している。

 未熟ではありながらも懸命に足掻いて、大きな()の背を追いかける根っからの王族の子なのだ。

 

「それに人間滅ぼすのはゲームやり尽くした後でも大丈夫じゃ!はは!!」

 

 偉大なる王族の子ではあるが未だ自分の欲望に勝てない素直の子供である。ニパーッと笑う焔王の顔を見てアスランは()()()()()()優しい笑顔を作る。

 

「であれば、今は私が折れましょう」

「難しい話は終わりじゃ!!ジュースでも飲むか!──ヨルダぁ!ジュースを頼む!!」

 

 キッチンの方へと声を出すと、「はいただいま」と返事が聞こえてくるのを確認して、焔王はコントローラーを握る。

 そしてさっきまでと同じように1人でゲームに夢中となる彼の背後からヨルダがジュースを入れたコップを持ってくる。

 

「オレンジジュースを持ってきましたよぉ坊ちゃま」

「うむ、よく────...何故コップが一つしかないのだ?」

「はい?」

 

 トレイに乗せたジュースの入ったコップが一つ乗っていることに疑問を持つ焔王。

 彼の指摘の意図を汲み取れず首を傾げしまうヨルダ。

 

「いやだから..アスランの分はどうした?」

「アスラン...」

 

 

 

 

「───その方はどちら様でしょうか?」

 

 

 

 

「な..何を言っておる?ついさっきまでそこに居たではないか」

「私はずっとキッチンにいましたけど...坊ちゃまずっと1人で静かにゲームしていましたよ?第一..アスランなんて名前の悪魔、私は知りませんけど」

 

 聞いたこともない名前にハテナを浮かべる。当然だ、そんな名前を持つ悪魔など王国に1人もいないのだから。

 

「..そんなわけないだろう。だって余はついさっきまで....ん?さっきまで余は....」

 

 拭いきれない違和感に今度は彼が首を傾げる。自分は今誰かと何かを話していた気がするが、靄がかかったように思い出せない。

 何か大事な話をしていたような気もするが...気のせいな気がしてきていた。

 

「大丈夫ですか坊ちゃま?少し休まれてはいかがです?かなり長い時間ゲームしていましたからね」

「うーむ..そうするとしようか。所でイザベラ達はどこじゃ?」

「坊ちゃまの言われた通りに幾つかゲームを買いに行きましたよ?」

「そうじゃった!()()()()()()()()()()()!」

 

 頭の中にかかっていた靄を晴らすように()()()()()モノを思い出してスッキリした彼の表情を見て安堵の息を漏らすヨルダ。そして彼女は焔王の手を取る。

 

「イザベラ達はまだ帰るのに時間が掛かるそうなので一度寝室の方で仮眠をお取りください。あの子達が帰ってきたらお声がけします」

「うむ。頼むぞ....ふぁぁ」

 

 ヨルダに手を引かれながら大きな欠伸と共に寝室へと移動を始める。

 

「...なぁヨルダ」

「なんでしょう」

「お前は余が父上の跡目を継いだらどう思う...?」

「当然心の底から喜ばしいことです」

 

 ふと頭をよぎった疑問を投げかけると当たり前のことのようにヨルダは答える。

 

「...父上は余を見捨ててはおらぬであろうか」

「無論です。大魔王様はしっかり焔王様を愛しておりますよ」

「そうか...そうじゃな」

 

 はっきりと言い切るヨルダは焔王の手を少し握る。気がすんだのか焔王は彼女に手を引かれるまま寝室へと入っていく。

 

 

 その様子をタワーマンションの外から眺めるアスランの目は氷のように冷えていた。

 

 

「──...せいぜい焦れよ蝿の倅。我等の悲願の為に」

 

 

 

 

 


 

 

「イデデデデデッ!?!?」

 

 閑静な夜の住宅街に男の悶える声が響く。男鹿家の居間にてラミアに少々雑な治療を施されている男鹿の苦悶の声である。

 

「まったく信じらんない!!アランドロンの話を聞いて急いで来てみればヒルダ姉様めちゃくちゃ重症じゃない!幾ら弱っちいとはいえ身を挺して守ることすらできないの!?」

「ぐ..グビィ....じまっ..てる..!!」

 

 荒ぶるラミアは体中傷だらけの男鹿に力いっぱい包帯を巻いていき、彼の顔は徐々に血の気が引いて青くなっていく。

 すると横から邦枝がおずおずといった様子で手を挙げた。

 

「あの..あとは私がやっておくわよ?」

「何よ!そもそも誰よあんた!!すっこんでなさいブス!」

 

 プツリと何かが音を立ててキレた。

 

「だから変わるわよ?包帯巻くの苦手みたいだし。ね?

「ちょっと包帯放しなさいよ!!ホント誰よあんた!!」

「貴女こそ何?また悪魔なの?もういい加減驚くのにも飽きてきたんですけど?」

「知らないわよ!!勝手に飽きてなさいよ!!」

 

 ニッコリと優しく微笑みながら邦枝はラミアの握る包帯を掴む。しかしラミアとて医者の端くれ、手荒くとも治療中の患者を投げ出す筈もなく抵抗し、お互い一歩も引かずに綱引きの様に引っ張り合いを始めた。

 そして彼等の激しい争いの果てに得たものは一つ。

 

「────...」

 

 可哀想な患者(泡を吹いて気絶する男鹿)だけだった。

 

「ニョーッ!?」

「「あ、ごめん」」

 

 ベル坊の悲痛な叫びにようやく2人は我にかえるが時は既に遅く、患者(男鹿)は泡を吹くだけのもの言わぬ身体となっていた。

 そんな彼等の騒がしいやり取りをアランドロンはお茶を飲んで静観していた。

 

「皆様大事なく本当に....おやこれは男鹿殿のお母様、夜分遅くに失礼しています」

「え、えぇ...いやそれよりも貴方誰?」

「これは失礼。私古市殿の家で居候させていただいております、アランドロンと申します。以後お見知り置き」

「紬貴ちゃんの家で!?アナタが!?」

 

 丁寧な挨拶をするも息子の幼馴染かつ年頃の女の子の家にむさ苦しいおっさんが住み着いているということに驚きを隠せない男鹿の母、湘子。

 リビングは更に混乱に包まれていくが、そこへ静かに扉が開かれひと息吐きながらフォルカスが入ってくる事で収拾を納められる。

 

「師匠!!ヒルダ姉様は!?」

「ヒルダさん大丈夫なんですか!?」

「落ち着きなさい2人とも。それよりもラミアは包帯を緩めなさい。彼を殺す気か?」

 

 落ち着きなくヒルダの説明を急かす2人を鎮め、緊張していた心の糸を緩めるようにシルクハットを被り直すフォルカスは一つ一つ話し始めていく。

 

「まず、ヒルダ殿は一命を取り留めることが出来た。未だ油断を許さない状況ではあるが...正直私からすればあの様な重症から今の容態に落ち着いたのは奇跡に近い」

 

 するとファルカスは意識を取り戻し涙目で咳き込んでいる男鹿へと目を向ける。正確には彼に引っ付いているベル坊へと。

 

「治療中も意識が無いはずなのにずっとベルゼ様とついでではあったが男鹿殿を案じる言葉を漏らしていたよ。きっとその意志の強さが奇跡を手繰り寄せたのだろう」

「......」

 

 一命を取り留めた聞き安堵の息を溢す2人。対して男鹿は何かを考えているように静かに聞いている。

 

「しかし、ヒルダ殿の腹部を断ち切る寸前まで追い詰めたのはヘカドス殿の持つ魔槍...明日から時間をかけて植え付けられた術式を取り除き、彼女の魔力を安定させて自己再生を促していかなければいつまで経っても傷は塞がらない」

「師匠...ということは...?」

「しばらくは此処に留まらせて貰う形になる。それから....む?」

 

 顔を明るくするラミアを横目に辺りを見回すとファルカスは話をしたい人物が居ないことに気がつく。

 

()()()殿はどちらへ行かれた?」

「早乙女先生ならさっき紬貴と一緒に玄関から出ました」

 

 彼の問いに邦枝が答えるが彼女自身も疑問を抱いている様子を見せる。

 

「でも...先生、あの子と一緒に何してるんだろう」

「どうせ叱れてるんじゃないの?アイツの先生なんでしょ?だったら街を壊すなーとか言ってるんでしょ」

「..そう...かも」

 

 ばっさり切るラミアに邦枝は納得を示すが彼女の胸の内は古市に対して未だ何かが渦巻いている。大事な友人への心配か、それとも別の何かか。

 

「そんなことよりも私が気になるのは古市(アイツ)よ!なんなのアレ。明らかに()()()()()()わよ」

 

 その言葉でようやく理解した。彼女の胸の内に渦巻くのは心配などではない。

────これは恐怖だ。

 襲撃者を文字通り血祭りに上げていながら心から愉しそうに嗤っていた友人の姿をしたナニかへの恐怖が今でも胸の内で渦巻いてる。

 

 人間の種としての生存本能が古市に近づくなと警鐘を鳴らしていた。

 

 

 もう、知らなかったでは済ますことは出来ない。

 もう、無関係ではいられないのだ。

 

 

 

 

 街灯に照らされる男鹿家の門扉の前で壁に寄りかかる古市とタバコを咥えた早乙女が向かい合っている。

 

「話って何?ヒルダの側に居たいんだけどワタシ」

「...心配すんな。すぐに済む話だ」

 

 煙と共に一息吐く。

 

「お前さん..あの時何を考えて戦ってた?」

「...何をって..」

「侍女悪魔の嬢ちゃんや男鹿の奴が傷つけられて怒りに駆られたか?それとも容赦なく殺しに来たあの悪魔を恐れて焦って手が出たか?」

「.....」

 

 早乙女の問いかけに彼女は口を噤むばかり。そんな彼女の様子を見て早乙女は少し雰囲気を和らげる。

 

「言っておくが別に俺はあの時にお前さんが奴らを殺しちまっていたとしても何も言う気はない。どんな理由があれど殺す気でなけりゃ逆に殺されちまってただろーからな」

「おい教師」

「相手は悪魔だぜ?人間の秩序が通じる相手じゃねーんだから仕方ねぇよ。だがな」

 

 もう一度煙を吐いて目を細める。

 

 

「例え相手が悪魔だろうがなんだろうが、もし()()()()()()()()()()()()()()...俺は見過ごせん」

 

 

 空気が肩に重くのしかかる。見えない質量が彼女に圧迫感を与えた。

 

「最後の一撃、相手の首を切り裂いたが再生出来る程度までに手加減してたな。慈悲か無意識か....ま、それに免じて今は様子見にしてやる」

「.....」

「力と大きな才能に振り回されるな。怒りや矜持はともかく()()()に呑まれるな。それは人の道を大きく外れたものだ」

 

 いつもの飄々とした態度はなく鋭く目を細める早乙女の警告に古市は反論せずただ耳を傾ける。

 もう一度大きく煙を吐くと、携帯灰皿にタバコを捨て早乙女は家の玄関へ向かう。

 

「あまり魔二津の爺さんに心労をかけるなよ。あの人歳なんだからコロっと逝っちまうぞ?」

「──ッ!?なんでアンタ爺さんのことを!?」

 

 彼の口から予想外の人物の名が出た事に驚きを隠せない古市に早乙女は背中越しに笑いかけ答える。

 

「俺もあの人には世話になってんだよ。今のお前達と同じ歳からな」

「───....」

「さ、家に入るぞ。あの医者もう治療が終わったみたいだしな」

 

 話は終わったと言わんばかりに玄関から家に入っていく早乙女の背中をただただ眺めるばかり。たった1日で入ってきた多すぎる情報に、初めての能力戦。そして垣間見た自身の内に在るナニか。最早彼女の頭は既にパンク寸前だ。

 数秒遅れて我に返り玄関へと入っていく。

 

 靴を脱いでいると男鹿と早乙女の話し声がリビングから聞こえてくる。どうやら皆リビングに集まっているらしいが、古市は一度足を止めた後男鹿の部屋を目指して階段を登る。

 扉を静かに開けば、柔らかな月の明かりだけが照らしている部屋の中でヒルダが静かに寝息を立てていた。

 

「────...」

 

 男鹿のベッドで眠るヒルダの横に静かに腰を下ろすと、起こさないように彼女の手を優しく触る。目は覚さないヒルダの顔はまるで西洋人形の様に綺麗で、正気を感じさせない。

 胸に浮かぶ不安を拭うように古市は彼女の手を握る。

 消えてしまわないように。

 壊れてしまわないように。

 優しく、けれどしっかりと手を握る古市の脳裏には先程の早乙女の言葉を思い出していた。

 

(──()()()に呑まれるな)

 

 否定の言葉が見つからなかった。

 初めに感じたのは間違いなく相手の悪魔への途方もない怒りと男鹿とヒルダが死に近づいている恐怖だった。傷つく大事な友人達の姿を見て彼女の視界は真っ白に染まり、身体が勝手に動いていた。

 

 すばやく撃退して2人を助ける筈だった。

 なのに相手の悪魔が傷つく度に心が弾み、苦痛に歪む顔を見ると言いようもない悦びが胸を支配して、瞳に映る自身への恐怖を見て口が勝手に弛んでいた。

 

 時間が経った今では嘘のようにあの不気味な感覚は消えている。けれど同時に言いようもない不安が胸に溢れていくのが止められない。

 

 どうか、眠っているヒルダの目がまた開かれるよう。

 どうか、これ以上大事な人達が誰も傷つくことのないよう。

 ただそれだけを願い、彼女の手を握ることでしか古市の胸に溢れる不安は拭える事はなかった。

 

 

 どれだけの時間そうしていただろうか。そう考えた矢先部屋の扉が開かれる。そちらへと目を向ければ全身に包帯が巻かれた男鹿が立っていた。

 

「お前...どこにいるかと思えばずっとここにいたのかよ」

「..なんだ男鹿か」

「なんだってなんだ失礼な奴め。..ソイツは寝てんのか..?」

「うん、ぐっすり。ちゃんと息してる」

 

 ベッドの横で座り込んでいる古市と端的に話しながら横切る男鹿は机の棚に入れてある自転車の鍵を取る。

 

「..?どっか行くの?」

「邦枝の奴を送ってくんだよ。もう暗ぇからな」

「大丈夫?あんなことが起きたばっかなのに」

「....お前とバンダナヤローがある程度は痛めつけたから今日は大丈夫だろってアランドロンが言ってたぜ」

 

「そうなんだ...いやつーかあのオッサンが届ければ良くない?」

「ほぼ初対面のおっさんの身体の中に詰め込むわけにいかねーだろーが」

「それはたしかに」

 

 男鹿としては珍しい倫理的なダメ出しに古市は素直に納得して少し笑う。すると肩に引っ付いていたベル坊が彼の身体をするするとポールのように滑り降り、ベッドの横に座る古市へと近づく。

 彼もヒルダを心配していることを察して彼女はヒルダが見やすい位置へと小さな身体を抱き上げた。彼女の身体が少し動いてワイシャツの下にチラリと見えた包帯が男鹿の目に映る。

 

「肩、大丈夫なんか」

「腕も指も動くよ。日常生活にはなんの支障もないさ。それよりもアンタは自分の心配しなよ、深くはなかったとはいえ全身切り刻まれたんだから」

「屁でもねぇよこんなもん」

「また強がっちゃって...心配だよねベル坊?」

「ダ!」

 

 ヒルダが見えて安心したのか元気よく返事をするベル坊を見て優しく頭を撫でる彼女とは反面、反論の言葉が見つからない男鹿はなんとも言えない顔を浮かべていた。

 居心地の悪さを感じた男鹿は彼女を腕の中からベル坊を分捕ってドアへと向かって歩くが、ふと思い出した事を口にする。

 

「お前は今日どうすんだ。帰んなら少し待っとけ、邦枝送った後お前も送ってやる。泊まってくんならいつもみてぇ姉貴の部屋の余った布団使え」

「...申し訳ないけどさ..今日はヒルダと一緒に居させて。どうせ今日は眠れそうにないからさ」

「.....わーった。伝えとく」

 

 彼女の言葉を聞いて男鹿は手をドアノブに手を掛ける。

 

「男鹿」

「あ?」

 

 

「───ごめん」

 

 

 それは何に対しての言葉なのか。

 謝られる理由も、彼女が何を思っているのかも分からない。

 

 ただ、いつもの飄々とした態度とは正反対に消沈している彼女を見ると男鹿は不思議と言葉を返す事が出来ず、生返事を返して部屋を出るだけだった。

 

 

 

 

 街灯の灯りが点々と照らす道路を邦枝を後ろに乗せながら自転車を全速力で走り抜ける男鹿。胸の内から湧き上がる不愉快な苛つきを発散しようと乱暴にペダルを回しまくる。

 

「──クソッ!!!ムカつくッ!!!」

 

 しかしどれだけ回そうと行き場のない不愉快な苛つきは消える事なく、我武者羅にスピードを上げていき、籠に入ってるベル坊は楽しそうに風を全身に浴びる。

 

「あの..ごめんね?降りようか?

「ああ?んなこっちゃねぇよ!」

 

 申し訳無さそうな邦枝の言葉を男鹿はハッキリ否定する。

 

「どいつもこいつも知った風な顔で..!!勝手なことばかり言いやがる!!冗談じゃねえ!!こっちは巻き込まれてるだけなんだぞ!!」

「──その子も..ホントに拾った子だったのね..」

「あぁそうだよ!!偶然川で拾って懐かれて!!そしたら魔王で!人間滅ぼすだなんだ勝手にヒルダが家に居ついて!!横で古市のヤローは他人事みてぇに笑いやがって!!挙句の果てにコイツの兄貴の部下がオレを殺しに来るなんざ意味わかんねぇ!!!」

 

 叫ぶ様に愚痴にも似た言葉を溢して一心不乱にペダルを漕ぐ彼の背中を邦枝は静かに眺める。

 

 

 

「──でも..なんでかな。今は守り切れなかった事が何よりムカつく」

 

 

 

 その言葉は男鹿自身に向けられたもの。それなのに静かに聞いていた邦枝の胸にも重くのしかかる。

 

「死にかけの筈なのにベル坊だけを考えてたヒルダの忠誠心も...!あのエラ野郎のしたり顔も...!あのヒゲバンダナの先公ヅラも..!今まであんな力隠してた古市も!!アイツの背中で縮こまってたオレ(テメェ)の弱さも!!!全部ムカつくッ!!!

 

「───..うん」

 

 

 

「強くならなきゃなんねぇ...全員まとめて黙らせるくらいに...!」

 

 

 

 力強く口にした男鹿の頑固たる決意は彼だけではなく、邦枝にも伝播した。

 何もできなかった自分を辞める為、守られ助けられるだけではなく、共に戦えるようになる為。彼女もまた胸の内で強くなることを誓う

 

 

 自転車を走らせ約十分前後、邦枝の家の近くまで来ると互いに自転車を降り、男鹿は物珍しそうに辺りを見渡す。

 

「ほー..お前んち神社なんだな」

「うん。送ってくれてありがとう。...それでこれからどうするの?やっぱりさっき言われた様に早乙女先生のとこに行くの?」

 

 というのも、早乙女が古市との話を済ませリビングに入ってきた時に彼は男鹿に力の使い方を教えてやると言われていたのだ。同じ紋章術を使う彼に師事を仰ぐのは至極妥当でありそれが最良の選択ではある。

 

「それはヤっ!!男には譲れないプライドというものがあるのだ」

 

 しかし彼はその選択を捨てる。強くなることは決めたがそれ以前に彼は不良であり、教師に師事されるのを不良の本能として嫌う。あまつさえ今朝に一度一方的に負けた早乙女に教えられるのは我慢ならないほどに癪に障るのである。

 胸の前でバツを作りプライドを語る男鹿に邦枝は目が点となる。

 

「そ、そういうもんなの?」

「こら葵!!」

 

 すると神社の奥から老齢の男性の怒鳴り声が響く。肩まで伸びた白髪を後ろに流し、袴を着た老爺が額に青筋を浮かべ砂利を踏み締めて近づく。

 

「こんの不良娘が..今何時じゃと思っとる!!」

「いや..お爺ちゃんこれは..その..」

「..む?そこの若いモンは....」

 

 言い訳を考える邦枝の側に立つ男鹿に気づく。そして男鹿も見覚えのある老爺を思い出す。

 

「あ。夏休みん時に山にいたジジイ」

「ほほう?いつぞやの見どころのある悪タレじゃないか!」

 

 以前クワガタに泣かされたベル坊を鍛えるべく山に向かった際に彼等は知り合っていた。そこでトラブルに巻き込まれいつも通り男鹿がチンピラをめり込ませて収めた際に邦枝の祖父に見込まれていた。

 

 そこで男鹿の脳内に電流が走る。目の前に立つ老爺もまた邦枝の様に武術を修めている。彼の元で修行をすれば早乙女にもヘカドス達にも一泡吹かせる事が出来るだろうと結論づけた。

 あと修行といえば武術という固定観念もあった。

 

 強くなる為の最適解を見つけたと言わんばかりに男鹿は不敵に笑みを浮かべる。

 

「修行とやらを...受けにきたぜ..?」

「え。いや男鹿流石にそれは───

「ホウ?」

 

 慌てる邦枝に被せる様に薄く笑う老爺は前に一歩出る。

 

「ワシは一向に構わんが..良いのか?以前誘いはしたが....厳しいぞ?」

「上等だ。組み立てだろうが牛乳配達だろうがやってやるぜ」

「フン。よかろう...だがその前に名はなんじゃ」

「男鹿辰巳だ」

 

 素直に答える男鹿を真っ直ぐに見る老爺。

 

「邦枝一刀斎じゃ、明日の朝また来なさい。ほれ行くぞ葵」

「あ、ちょっとお爺ちゃん!..今日は送ってくれてありがとね」

 

 簡潔に伝えて神社へと歩き出す一刀斎を追う様に邦枝が走っていき、男鹿は自転車跨って帰路へと着く。

 

 

 こうして長い1日は幕を閉じた。

 

 

 複雑に巡り絡まる様々な思惑や想いと共に事態の混乱化は急速に進んでいくが誰もそれを把握しきれているものは居なかった。

 





 長い!!!8話に渡って漸く1日が終わるとは....!

 次回からはテンポ良くなりそうです。



 そういや昨日地球滅亡の日だったらしいですね。危うくAC6のボス、アイビスにブチギレれながら死ぬかもしれなかった....!
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