はちゃめちゃ遅れてしまいました...大変申し訳ありません。
突如訪れた襲撃と混乱の一夜が明け、男鹿の家にいつまでも居座る訳にもいかず古市は未だ目を覚さないヒルダに後ろ髪を引かれながらも男鹿の両親に礼を告げて家を出ていた。
歩きながらケータイに目を向ければ2つの着信、一つは母親からであり丁寧な口調でありながらも怒りが感じ取れる様なメッセージだった。昨日の焔王達の件に引き続き突然の外泊についてのお話がしたい様だ。
家に帰ってからの事を考えると気が滅入り少し溜息を溢す。
鬱屈となりながらも男鹿の部屋に居た時に確認したもう一つのメッセージの要件の消化をする為に風を纏うように操り空を飛び上がる。
もう一つメッセージは魔二津に住む幼馴染の樫野からだった。しかし要件があるのは彼女ではなく寺の住職らしく、出来れば今日の内にしたい話があるようだ。家に帰れば長時間の説教が待っている彼女にしてみればまさに渡りに船、早速魔二津の山に向かう。
風を切って速度を上げていくたびに、車窓の景色の様に目下の街並みは高速で過ぎ去っていく。
暫く飛行を続けていけば下の街並みが段々と自然豊かな田舎の風景に変わっていき、目当ての寺がある山を見つけ徐々に高度を下げていく。
風を巧みに扱い寺の石畳へと降り立てば、見慣れた巫女服に身を包んだ女の子が声を掛けてきた。
「おはよう紬貴ちゃん。ごめんねせっかくの休日なのに..」
「気にすることじゃないよ。むしろワタシも爺さんとイサに会いたいと思ってたから良いタイミング」
「それなら良かったけど...どうして制服?今日休みじゃ..」
パタパタと箒を持って駆け寄る樫野が古市の肩口を見て彼女の心臓は大きく跳ねる。肩の傷口は既に処置されているが、ワイシャツはそうもいかず大きく切り裂かれたまま血が付着していおり只事ではない事を物語っている。
「え!?肩大丈夫!?どうしちゃったの!?」
「大丈夫大丈夫..もう治療してもらってるからさ。ちょっと喧嘩で殺傷沙汰になっただけだから」
「それはちょっとで済ましちゃ駄目だよ!?」
あたかもなんでもない様に話す古市だが、殺傷沙汰は愚か暴力にも関わる事ない樫野から見れば立派な大事件である。しかし襲ってきた悪魔の事など面倒な説明をする気もない古市は強引に話題を逸らしていく。
「それで爺さんはいる?奥の部屋?」
「ううん。今麓まで降りてるよ。多分まだかかると思うけれど...」
「そっか...イサは今境内の掃除中?」
「いま丁度終わったところだよ」
「じゃあ爺さん帰ってくるまでお茶しよーよ。ワタシお茶淹れてくるから箒しまっといで!」
住職が来るまで手持ち無沙汰となった古市が提案して、すぐに寺の中へと入っていく。廊下を通る寺のお坊達に挨拶をしながら炊事場へと入り慣れた手つきでお茶の準備を始める。
幼少の頃からここの寺に世話になっている彼女は手伝いで炊事場に入ることも少なくなく、我が家のようにどこに何があるかを把握していた。
数分ポットのお湯が沸くのを待ち、茶を入れた急須と湯呑み二つをお盆に乗せ、炊事場を出る。
そしていつものお茶飲み場として使っている庭を眺められる縁側へとやってくるが樫野は未だそこにいなかった。
素直に待つことにする古市は腰を下ろしてお盆を置き、湯呑みにお茶を入れていきながら自らの失敗に気づく。
「しまった、どうせなら来る途中何かお茶請け買えば良かったな...いやそういえばお金無いわワタシ..」
悲しい現実を思い出してしみじみする古市。すると後ろからトタトタと足音共に樫野が現れその手には2つの大きめな大福が載せられた皿。
「お待たせ。これこの間差し入れで幾つか貰ったから一緒に食べよ?」
「貴女が天使か」
「ふふ、なにそれ」
古市の大仰な物言いにクスクスと笑いながら樫野も縁側に腰を下ろす。
「なんかさ..久しぶりだよね、こんな感じで一緒にお茶飲むの」
「ん?そうだっけ?」
「そうだよー、紬貴ちゃんも葵ちゃんも高校に入ってから忙しそうで全然来てくれないんだもん」
「えー?ワタシは結構ここに来てるじゃん。葵は..まぁ仕方ないけど」
月一程度で寺に訪れる古市とは違い、今まで列怒帝瑠のリーダーとして活動していた邦枝が訪れる数は年々少なくなっていた。
「でも紬貴ちゃんすぐ帰っちゃうじゃん..この間だっていつの間にか帰ってたし」
「うぐ...そう..だったかなぁ?..」
痛いところを突かれた古市は逃げる様に湯呑みを口に運ぶ。良質な緑茶の香りと共に少量の熱いお茶を口に含み、気まずさをお茶特有の苦味と共に飲み込んだ。
「..最近は色々立て込んでたからなぁ...というか今もだけど」
「あまり無茶しちゃ駄目だよ?怪我もしてるし..お爺ちゃんも喧嘩ばっかりだって心配してるんだから」
「省みるよ。ウチの母さんからいつも小言言われてるのに、爺さんからも貰ったら身が持たないや」
「もー、本当にわかってるのかな」
目を逸らして答える古市に樫野は溜息を溢して湯呑みを傾ける。自然の香りを運んだ涼しい風が縁側でお茶を飲む2人の髪を揺らした。
「昔よく此処の庭で遊んでたよね。3人で縄跳びとか」
「うん。お爺ちゃんからメンコとか昔の遊び教えてもらったよね」
「メンコ!懐かしい..!小学校の頃周りの誰も知らなくてビックリしたなぁ」
「ふふっ..どの遊びでもいつも私が先に負けて、紬貴ちゃんと葵ちゃんの勝負になるんだよね」
「一回全然決着付かなくて、あそこの木で木登り対決してたなぁ...あとで怒られたけど」
「そりゃそうだよ..」
脳裏に浮かぶいつかの光景を懐かしむ様に昔話に花を咲かせる2人。久しぶりに共に過ごすからか、会話は弾み時間が早く進んでいく。
「そういえばイサは今年受験だっけ?高校はどこ行くの?」
「まだ決めれてないけど....ここから通えるところがいいな」
「街へは出ないの?」
「うん..お爺ちゃんのお手伝いもしたいから。唯一の血の繋がった家族だし....お爺ちゃんには気にしないで良いって言われてるんだけどね」
「そっか...」
樫野の考えを聞いて古市はすっかりぬるくなったお茶を口に含む。彼女の考えもそして住職の考えも理解できる、だからこそこれは当人同士で話し合うものであり踏み込むべきではないから。
すると山門の方から人の気配が此処の庭の方へとやってくる。
「おや、もう来ていたのですね紬貴。お待たせしてしまいましたか」
「ん、お帰り爺さん。お茶貰ってるね」
麓から帰ってきた住職が縁側に座る2人に近づいていく。
「お爺ちゃんどこ行ってたの?」
「麓の医院までです。最近咳が続くので少し診てもらってました」
「え!?そうなの!爺さん大丈夫!?」
「心配はいりません、寄る年波の物ですよ。それよりも自分の身体を心配しなさい。用件の前にまずはその怪我を診ましょう」
驚き声をあげる古市を鎮め、寧ろ自身の怪我を軽視する彼女を咎める。
「着いてきてください。早速始めましょう」
「わかったよ。それじゃまたねイサ」
「うん」
立ち上がり住職について行こう歩き始める古市。しかし何かを思い出したかのように足を止めた。
「そうだイサ」
「?」
「受験とか勉強が落ち着いたらさ、昔みたいにどこか遊びに行こうよ。葵も誘って...それにもう1人会わせたい子もいるんだ」
「───..うん!約束だよ!」
「約束ね。それじゃ勉強も頑張ってね」
2人顔合わせて笑い合う..結んだ約束に思いを馳せて。
樫野に別れを告げ古市は住職の後を着いていき、住職の部屋へと入る。
「では怪我を診せてください。包帯は解かなくて結構です」
彼の言葉に従いワイシャツの片袖を脱ぎ包帯を巻かれた肩を露わにして部屋の畳に座り込む。彼女の痛々しい姿に住職は珍しく眉を顰め、懐から数珠を取り出した。
房を下にする様に左手で持ち右手は彼女の傷口部分へと触らない様に手を翳す。
そして住職は経を唱え始める。翳す右手はそのまま、左手に握る数珠を一定のリズムで振り音を鳴らす。対して古市はただ静かに座して瞑目している。
その光景が数分続くと古市の身体に変化が現れ始めた。肩に巻かれた包帯の隙間から黒い靄が立ち込める。
昨夜ヘカドスの槍に貫かれた事で傷口に槍の術式が埋め込まれていたのだ。その為に住職は解呪のために経を唱え、数分続くと傷口から出ていく靄の量は増えていった。
「..普通の傷ならば医者に診せたのですが、呪術にも厄介な似た術式が埋め込まれていますね..。これが貴女の妖力が乱れている原因ですね」
「あぁ...そういや昨夜の奴の槍に切られてから能力が安定しなかったな..今日も来る時いつもより速度でなかったし、やっぱりアレのせいか」
「無茶のしすぎです。現場を見ていた訳ではありませんが、相手は悪魔でしょう?それもかなり力を持った者...逃げる事は出来ませんでしたか?」
「そうしたら男鹿も葵も、そしてヒルダっていう友達も殺されてた。爺さんに悪いけどその選択肢は端からなかったよ」
「.....」
後悔は無いときっぱりと言い切る彼女の態度に住職は少し息を漏らす。すると傷口から出ていた靄が徐々に薄くなっていた。
「取り敢えず植え付けられていた術式は祓いました。怪我の傷口は誰が処置しましたか?」
「一応魔界の名医とかいう人。スライムだったけど」
「ふむ...包帯の巻き方も丁寧ですし、恐らく大丈夫でしょう。では次に乱れた妖力を整えます。背中をこちらへ」
「はーい」
素直に指示通り背中を向ける古市に住職も膝を折って彼女の背中に右手を添える。すると添えられた彼の手を中心にじんわりと暖かな熱が古市の体に広がっていく。
「そーいえばさ。昨夜戦った悪魔達、怪我を負ったらすぐに回復してたんだよね。先祖返りとはいえ妖怪の血が流れてるワタシも出来るのかな」
「出来ません。妖怪の末裔とはいえ貴女の身体は人間です。その様な芸当は魔力のこもった血と心臓を持つ身体を持つ悪魔のみに許されたもので、例え契約者であろうと出来るものではありません」
「そっかぁ...出来たら強そーなのに」
「...くれぐれも無茶をしないで下さい。妖術を使えるとしても貴女の身体は人間の身体。簡単に壊れてしまうのだから」
古市の考えに釘を刺す住職は、ゆっくりと手を背中から離した。
「はい、これで妖力の乱れは治ったはず...違和感があれば言ってください」
「ううん大丈夫。ありがとう爺さん」
礼を述べながら古市はシャツを着なおす。その姿を見て住職が口を開いた。
「紬貴..私が以前言ったことを覚えていますか?」
「ん?...容赦を忘れるなとかってやつ?」
「えぇそのことです」
彼の声はいつもの様に優しさを孕んだ静かな声色、しかし少しばかりいつもよりも真剣な雰囲気を帯びていた。
「昨夜がどれだけ激しく厳しいものであったのか、その場にいる事が出来なかった私には想像が及びません。ですが今日貴女の身体を診て気づいた事があります」
───僅かではありますが..以前より貴女の気質が妖怪側へと傾いています。
住職の言葉に古市は静かに目を見開いた。
「..昨夜早乙女君から連絡がありました。貴女が男鹿君達を守ろうと戦っていたことも、そしてその凄惨な戦い方も」
「...相手は本気で男鹿とヒルダを殺そうとしてたんだよ?実際ヒルダは一歩遅かったら死んでたんだ。そんな奴を許してなんかやれないよ」
「だから害してよいと?殺す理由になると?それではまさしく悪鬼となんら変わらない」
「許す理由もない筈だよ。現に逃した悪魔たちはまた男鹿達を殺しにくる...人間とは違うんだ、何度も逃してたらそれこそ命が足りない」
昨夜の傷ついた友人達を脳裏に浮かべ、無意識に声が冷たくなっていく古市に住職は更に言葉を紡いでいく。
「頭を冷やしなさい紬貴。ケダモノの考えだそれは」
「じゃあどうしたら良いんだよ!!小さい頃から友達も家族も大事にしろって飽きるほど言ってきたのはアンタだろ!!ワタシはアイツらを守れるなら──!」
「それで貴女が手を血に染めてしまっては意味がない」
生まれて初めて恩人に声を荒げてしまう古市を遮る言葉。穏やかな声色のまま住職は落ち着かせるように彼女の右手を両手で包み込んだ。
「..友人や家族を大事にするのは良い、その繋がりこそが貴女を人間として繋ぎ止めるものだ。しかし...いやだからこそ同じくらいに自分も大事にしなさい」
「.....」
「人の道を外れた先に待つのは破滅だけ...私は貴女に人間として幸せに生きてほしいのです。どうか...道を踏み外さないでください」
住職は祈るように古市の手を包み込み、そして真っ直ぐに思いを話す。
家族の中でも彼女だけに現れた天狗の先祖返りは、人並外れた能力や生まれながらの銀髪という特異な外見を生み出し、そして今回新たに彼女の気質へ影響を及ぼし始めた。
外敵である悪魔達に見せた殺害への容赦のなさと残酷なまでの嗜虐心。顔を見せ始めた妖怪の本能はいずれ不幸な結末を招くことを住職は確信を持っている。
だからここで強く釘を刺しておかねばならない、手遅れになる前に。
「本当は戦わずに逃げてほしいのですが...きっと貴女は同じ状況になれば迷いなく戦うでしょう。だからせめてこちらをお持ち下さい」
「...御札?」
住職が懐から出したのは印篆の書体が書かれた縦長の紙が数枚。所謂御札である。
「退魔の札です。祓うことまでは出来ませんが悪魔を相手にするならば有用となるはずです。そして...貴女の気質が傾くのも防いでくれます。一枚だけでも懐に入れておいてください」
「...わかった。ありがとう...」
未だ友人や家族を傷つける者を許すことに得心は得ていない。しかし住職が心配する理由は理解できる。
故に古市は素直に感謝を述べて御札を受け取った。
「忘れないでください。情けは人の為ならず..."容赦の心"は相手だけではなく貴女自身の助けになるものであることを..」
そう言葉を紡いだ住職の顔は不思議と彼女の脳裏に焼きついた。
その後、古市は住職と樫野に別れを告げて帰路についた。風を切って空を駆けるが彼女の脳裏には依然最後に見た住職の顔と言葉が浮かんで離れない。
昨夜の行動に後悔はない。友人を傷つけられて、命すら奪おうと襲いかかってきた男達を許すことなど出来る筈もない。
けれどきっとそれだけじゃ良くないのだろう。感情に任せて後先考えず力を振るうことは思考停止と変わらない...それでは駄目だ。だがどうすれば正解なのか、いくら考えてもしっくり来るものはいつまで経っても出てこなかった。
どこかに寄り道する気も起こらず真っ直ぐ家に帰ると、待っていたのは古市の母親による小言タイムである。いつも喧嘩で怪我をして帰ると小言を言ってしまう彼女にとって、昨夜の突然の外泊に重ねて包帯が巻かれた肩と血がついたワイシャツは刺激が強過ぎた。
いつもより長い小言もとい説教タイムの末、古市には暫くの登校以外の外出自粛令が下されたのだった。
長い長い説教によってすっかりと疲労困憊の古市は夕食を済ませた後、部屋のベッドに身を沈める。長く続いた説教の時間も夕食の時間も住職の言った"容赦の心"について考えたが、やはり納得いく答えは出なかった。するとベッドに横たわる古市は徐々に微睡んでいく。
昨夜の激闘に加えて、眠るヒルダの様子を徹夜で見て、住職との会話に長時間の母親の説教。意図せず溜まっていた疲労の蓄積は一切の抵抗を許さずに古市を眠りに落とした。
────.....る..ち....
────...きなさい..古...!
「いい加減起きろっての古市!!!」
「グゴォッッ!?!!!?」
突如襲いくる腹部への衝撃と痛みに白目を剥いて肺から空気を吹き出しながら古市は目を覚ます。何が起きたのか訳もわからずに起こされた古市の視界には自身の身体の上に跨る少女を見つける。
「ら..ラミア..ちゃん!?」
「もう昼よ!!さっさと起きて支度しなさい!!今から焔王坊ちゃま探しに行くわよ!!」
「は、はぁ?なんで?」
「つべこべ言わない!!ほら早くー!!」
「ちょちょ..お腹の上で跳ねないで...!」
有無を言わさないラミアの勢いに負け、困惑しながらも古市は身体を起こした。
「ほら、早くしなさいよ」
「いや..ワタシ今外出禁止されてるから無理だって。破ったら一年お小遣い削られるし」
急かすラミアに古市は母から自身に課せられた物によって外に出れないことを伝える。しかしラミアが気にする筈もなく、そして彼女にとっても引けない理由もある。
「なーにがお小遣いよ!!今焔王坊ちゃまを見つけなきゃこの間より更に酷いことになるわよ!!」
「...じゃあ、逆にアイツを見つけたらあのエラ共止められんの?」
「そりゃあ..柱師団は坊ちゃまの直属の配下だし?アイツらにとっちゃ焔王坊ちゃまの命令は何より尊ぶべき物よ。止まらない筈が無いわ」
古市が溢したダメ元の言葉にラミアが当然のように言葉を返す。
「大体大魔王様は御二方協力する前提で人間界に送られたのよ?本来ならば必要のない戦いなんだから、避けるべきなのよ!ヒルダ姉様も言っていたわ」
「...そりゃそうか。ぶっちゃけ言えば柱師団とかつー奴らの暴走だもんね。.....え?ていうかヒルダ起きたの?」
「昨日、貴女が出て行った後にね」
ヒルダが起きたと聞いた途端に古市はベッドから飛び降り、急いで着替え始める。
「それなら早く言ってよ!今すぐ見舞いに行くよ!」
「ちょちょ!!だからアンタは今からあたしと焔王坊ちゃまを探しに行くっつてんでしょーが!!つかあたしの前で服脱ぐな!!」
「もがっ」
脱ぎ捨てられたパジャマを下着姿の古市の頭に投げつけるラミア。
「時間ないのよ!!昨日アンタの家に行ったのに全然居ないし!!」
「えー...駄目なのぉ?大体なんでワタシなの?ラミアちゃんも悪魔でしょ?なんかこう...魔術的なもので見つけられるじゃないの?」
「出来ないわよそんなこと...それに..」
「それに?」
言葉を詰まらせるラミアを覗き込む古市。彼女がここまで古市に固執するには理由があるのだ。
時は遡り、昨日古市が男鹿の家から出て暫くした頃。窓から入る日の光を瞼の裏から感じヒルダが目を覚ます。未だ意識半分の重い頭を持ち上げる様に身体を起こせば腹部に激痛が走る。
「───ッ」
痛みに顔を歪ませると同時に自身が重傷であること、そして昨夜起きた事を思い出す。痛みを訴える腹部に手を当てながら辺りを見渡していると、部屋の扉が開かれシルクハットをかぶる紳士的なスライムのフォルカスが入ってきた。
「おや...目を覚ましたようだね」
「ファルカスか...坊ちゃまはどこだ?」
「ベルゼ様ならば今朝男鹿殿と一緒に出かけて行ったよ。それよりも貴女は自分の心配をしなさい。身体の調子はいかがかな?」
ベッドの横に医療道具の入った鞄を置くフォルカスの言葉で自分の主人が無事であることを悟り、内心密かに安堵する。
「メチャクチャ元気...とまではいかんが、お陰で落ち着いたよ。世話をかけたなファルカス」
「それは何より。しかし未だヒルダ殿の魔力は安定しておらず再生能力が追いついていない。数日かけて丁寧にヘカドス殿の槍の術式を完全に取り除かねばならない。それまでは絶対安静だ」
「ふむ...だがその間に柱師団への対策を打たねばならん」
忠言に対して首肯しながらも悩みの種について頭を悩ます
「やれやれ...根っこの君は変わらないな。魔界の頃から何があろうとベルゼ様第一だ」
「当然だ。それが侍女悪魔たる私の存在理由だ」
「だがそんな君にも良い友人ができたようだ...一晩中寝ずに君の手を握って君の傍から離れようとしなかったよ」
「.....」
「つい先程までここに居たが、彼女も急用が出来たらしく此処を出たばかりだ」
「そうか」
するとお盆にお粥を乗せて部屋に入ってくるラミアがヒルダを見て興奮した様子でお盆を投げ抱きつきにいく。
「あ、目が覚めたんですねヒルダ姉様!!私ずっと心ぱッムぎゅ──!?」
「医者が怪我人に飛びつくな」
興奮して抱きつこうとするラミアの首根っこをプルプルとした触手で掴んで止めるフォルカス。因みに投げられたお粥も伸ばされた彼の柔らかい触手によって空中で事なきをえる。
「...お前にも手間をかけたラミア」
「けほっけほっ...いえ、あたしもまた姉様の声が聞けて嬉しいです。本当に良かった。それにしても師匠...もう少し優しく止めてください」
「自業自得だ」
咳き込みながら恨み言を言う自分の弟子に簡潔に切り捨てるフォルカスはゆっくりとお粥を乗せたお盆を近くのテーブルに置く。
「大体お前はいつも」
「フォルカス、すまないが先に私の要件を伝えさせてくれ」
「要件...?」
「あぁ。──..ラミア、ふたつ頼まれごとをしてくれないか?」
「頼み..ですか?」
首を傾げるラミアにヒルダは更に言葉を続ける。
「柱師団の奴等は昨晩逃げる際に次元転送術式が埋め込まれた国宝を使っていた。だが膨大な魔力を有する代物...もう一度使うには最短でも1週間かかる筈。それまでに焔王坊ちゃまを探し出してくれないか」
「え..あたしが..焔王坊ちゃまを..!?」
「あぁ。私は業腹だが今動く事が出来ない...そして何よりあそこまで事態が動いてしまえば我々ベルゼ様の家臣が無闇に焔王坊ちゃまへと接触できない」
「....」
ヒルダの頼み事に目を見開き固まるラミア。
「私の方でも通信機を使って連絡を試みるが...期待はしないでくれ。ラミア、居場所を見つけるだけで良い。最早奴等を止められるのは焔王様以外に居ないのだ」
「..わかりました..頑張ってみます。それでもう一つの頼みとは?」
2つの頼みと言った。ならば当然もう一つあるのだからラミアはそれを聞く。しかしヒルダは何かを葛藤するかの様に一度目を瞑る。
数秒静かな時間が流れた。
「ヒルダ姉様...?どこか痛みますか?」
「いや。大丈夫だ...」
心配そうに様子を窺うラミアに首を振る。
「2つ目は....焔王坊ちゃまを探す間、ツムギと共に行動して妙な事があれば教えてくれ」
「ツムギって...アイツですよね?なんで..?」
「私は..素直に言えば友人と言って慕ってくれるヤツを好ましく思っている。だが...昨日2度ヤツの戦いを見た」
「───危険だ。いずれ我々の...坊ちゃまの脅威になるかもしれん」
ヒルダの言葉に驚くのはラミアだけではなく、静観していたフォルカスも目を細める。事実彼女の求める所は古市の監視及び動向の把握、警戒すべき存在であると言っているのだ。
「あ、アイツがいつか裏切るってことですか!?確かに人間のくせに変な力はあるけど...ヒルダ姉様が傷つけられてあんなに怒ってたアイツが!?」
「今すぐの話ではない。人間にしては奴は我々に理解のある...まぁ好い奴だ」
「..なら..!」
「だが遠くない未来、奴は選択に迫られる。人間を滅ぼす
淡々と話していく声色とは裏腹にヒルダの手は膝に掛かっている布団を軽く握っていた。
例え血を分けた同族であろうと、同じ窯の飯を食べた中であろうと、ヒルダはベル坊の障害となり得る存在は許さない。それが侍女悪魔たる存在の所以なのだから。
「頼むぞラミア。第一にツムギと共に焔王坊ちゃまの居場所を探し出してくれ」
(なんて理由...言える訳がない!?)
お前が怪しいから見張る為に一緒に行動しなければいけない、なんて馬鹿正直に言える筈もなく、なんと伝えれば良いか分からないラミアは言葉を詰まらせてしまう。
「おーい?どしたの?」
しかしここで何も言わずに無理矢理着いて来させようとしてしまえば逆に怪しまれてしまうのではとラミアは思考を巡らせる。言葉を選びに選んで、迷いまくった末..彼女の元々の性格と合わさって紡がれた言葉は...
「しょ..しょーがないでしょ?....だって
ツンデレのデレである。
「......」
「..な、なによ!!何か言いなさいよ!!何よその生暖かい目!?」
古市はなにも言わずにラミアの小さな頭に手を乗せ、ラミアただただ困惑する。
ちなみに側から見れば下着姿の女子高生が自室で小学生ぐらいの背丈の女の子を撫でくりまわしているという圧倒的に事案な光景が出来上がっているのだが、ご愛嬌である。
「わかったらさっさと着替えなさい!!早く行くわよ!」
「あいあい。ま、小遣いはどっかバイトすればいいか」
古市は手早くフレアパンツとショート丈のタンクトップを身につけ、お気に入りのジャケットを手に取る。
そしてクローゼットの奥にしまっていた普段使っていないスニーカーを取り出していると、扉の方から足跡が聞こえてくる。
「やばっ!?母さんだ!早く行こう!」
「きゃ!?」
焦った古市は急いでラミアを小脇に抱えて窓から外へと飛び出して行く。
そして無人となった部屋の扉が開かれる。
「ちょっと紬貴。さっきから何をさわ...」
古市の母親が入ってくるが、ついさっきまで騒がしかった部屋にはただ静かに開けっぱなしになった窓から入ってくる風よって揺れるカーテンの音が響くのみである。
「あ...あの子..!」
溢した言葉はただ虚しく木霊するだけだった。
部屋から飛び出した2人。焔王捜索の足がかりとしてまず初めにやってきたのは近所のゲームセンターだった。
四方八方からけたたましく鳴り響く機械音の中、2人は歩みを進めていく。
「すごいうるさい場所ねここ。坊ちゃま本当にこんなとこにいるの?」
「居ないんじゃない?日曜の真っ昼間に」
「はぁ?じゃなんでここにきたのよ?」
あっけらかんに言う古市にラミアはじとりと睨みつける。しかし彼女も考え無しで来たわけではなく、狼狽える様子もなく羽織った上着の胸ポッケから棒付きキャンディーを取り出しつつ答える。
「情報収集だよ。ワタシが知ってんのゲーム好きだけだし、あの性格ならゲーセン寄っててもおかしくない、もし寄ってたら目立つ容姿だし何かしら聞けるかもでしょ?」
「なるほど..それにもしかしたら活動範囲も絞れるかもってことね?」
「いぐざくとりー」
ラミアの言葉にキャンディを咥えた古市は親指を立てる。
「捜査ってのはやっぱ足使ってなんぼだよ?てことでさっそく聞き込みを始めよう。まずはメダルゲーのコーナーから行こうか」
「どうしてよ?」
「いいかい?日曜日真っ昼間からメダルゲームなんかしてる奴なんて持て余した時間を潰す趣味が無くてプレイしてる常連のジジババとか、金なくてパチンコ代わりにしてるダメンズばかりなんだよ?」*1
「妙に詳しいわね..」
「だからそういう人達こそ、よくゲーセンに入り浸ってる筈だから情報を聞き出せるかも。ほらあそこにいるジャージの金髪なんてまさに....」
そう言いながら指を指す古市は歩みを止める。何故ならば指を指す先にいるメダルスロットを回している男の姿に見覚えがあったからだ。
上下ジャージを着こなし、短髪を金髪に染め上げ、耳から口へ繋がるチェーン。ガラの悪い人間と検索すればトップ出てきそうな程の男はこちらに気づき目を向けた。
「おう古市じゃねぇか。テメェもメダルゲームか?」
「...パイセン..アンタパチンコ打っててよ。キャラ的に」
「あ?アホかテメェ。風営法知らねーのか」
「アンタ..ヤーさんの息子でしょーが」
神崎の意外にも法律に従順な一面に古市はキッパリとキャラじゃないと切り捨てる。ラミアは少し警戒するように古市の後ろへ隠れフレアパンツを掴んでいる。すると更に奥から2人近づいてきた。
「神崎くーん。ヨーグルッチ買ってきたよ...あれ?古市ちゃんじゃん」
「む?久しぶりだな古市。お前が見舞いに来てくれた以来だな」
幾つかのヨーグルッチを抱える夏目とメダルの箱を持つ城山だ。
「お?城山!おひさー!身体大丈夫?」
「あぁ、大事ない」
「ごめんねー?本当はもっと行きたかったんだけと...色々忙しくて」
「気にするな。俺こそ神崎さんやお前達の活躍を見届けられなかった...不覚だ。見たかった...!!神崎さんの殺人スパイク..!!」
「まだ言ってるよ城ちゃん...」
入院していて聖石矢魔とのバレー対決を見逃していた城山は血涙を流す勢いで悔しがっており、夏目はその様子を少し引き気味に眺めてヨーグルッチを神崎に渡す。
ヨーグルッチを受け取り一息付くように飲み始める神崎が口を開く。
「それで古市テメェ、メダルゲームしにきたんじゃねぇんなら何しにきたんだ?そんなガキ連れて」
「んぁ..そうだった。ワタシら人探しに来たんだよ」
「人探し?」
古市の言葉に片眉をあげる神崎。
「そ?お三方、最近ていうか、昨日今日このゲーセンで緑色の髪をした子供を見かけなかった?なんか偉そーな感じの」
「ふむ...俺は見たことがないな」
「俺も。そもそも俺と城ちゃんはあまり来ないしねここ」
「そっかぁ」
城山と夏目の言葉に少し落胆の色を見せる古市。しかし一発目から見つかるとも思っておらず次の人に話しかけようと切り替える。
「───見たぜソイツ」
だが神崎の言葉によってそれは必要なくなった。驚きのあまり古市とラミアは同時に声を上げる。
「「ウソ!?」」
「緑色の髪のエラソーなガキだろ?そんなら昨日見たぜ。なんせここは俺様の城だからな...目立つやつは覚えてる」
「パイセンそれあんま自慢にならんすよ。...それでどこで見たの?」
「...着いてきな」
ヨーグルッチを吸い上げながらゆらりと立ち上がり歩き出した神崎を古市達が追いかける。そうして彼等移動してきたのは格ゲーコーナー。
「随分とお熱になってたからな、もしかしたら今日もいるんじゃねぇか?ほらあそこの格ゲーの対戦台で───」
「ぐぁぁぁぁ!?また負けたぁ!?なんじゃこいつ鬼パネェ!?」
神崎が指を刺す先で悔しさに声を上げているのは焔王ではなく、よく見知った顔、烈怒帝瑠メンバーの花澤だった。
悔しさに頭を抱える花澤も固まる古市たちに気づいた。
「およ?神崎先輩、ツムッちも。レアな顔ぶれっすねー」
呑気という言葉が似合うぐらいの声で話しかける花澤に対して、神崎はアイアンクローで返す。
「アダダダダッ!?」
「パー子ォ...テメェなんで俺の城にいんだ?あれか?ファンか?ファンなのか?あ?」
「いやいや!?知らねーっすよ!!たまたまっつーか...つかパー子て何すか!?」
一悶着が起きたものの城山と夏目が神崎を剥がしヨーグルッチを咥えさせて落ち着かせた。取り敢えず古市は人探しをしている旨を花澤に説明する。
「緑色のガキ?いやぁ見てないっすねー。地球人っすかそいつ?」
「省略し過ぎだアホ」
「怖いよ緑色の子供は」
少し抜けてはいるが一応花澤から情報を聞き出すことはできた。今日はまだここの格ゲーコーナーには来てはなさそうだと古市が考えていると花澤が何か思いついたかのように口を開く。
「もしかしてウチが戦っていた相手だったりして。もしもーし、緑色っスかー?」
花澤の言葉に古市たち皆向こうの対戦席を覗き見る。
そこに居たのは緑色の髪を持つ焔王ではなく、
「誰が緑色のガキだ。殺すぞテメーら」
こんなに遅れた理由は活動報告に載せましたが、シンプルに怠慢です。ただ執筆意欲は消えていないので今後もよろしくお願いします。