注意!!!かなり自己解釈及び捏造が入ります。
男鹿が修行に励み、古市がゲーセン巡りに精を出していた同日、日本から離れたとある国のスラム街、裏路地でタバコをふかす2人のギャングがある噂話に花を咲かせていた。
「なぁ兄弟、お前街はずれにある大きな教会の噂知ってっか?」
「あの悪魔崇拝がうんたらかんたらとかってヤツか?そんなモン今時大して珍しくもねぇだろ。十字架も逆さまに付けてたりあからさまだしな」
興味なさげにバッサリと切り捨てるが、もう1人のギャングは話が終わってないと食い下がる。
「そうだけどそうじゃねぇよ!それにまつわる噂さ」
「..まつわる?」
「そうさ、そもそもあからさまに悪魔崇拝の癖に随分と羽振りが良いらしい」
「...確かに外からしか知らねぇがかなり豪華な装飾があちこちにあったな」
「だろ?その癖誰かが強盗に入った話も全然聞きやしねぇ。ここのスラム街が近ぇ癖にだ..」
「...そりゃ確かに妙だが...それが噂とどう繋がんだよ」
さっさと本題に行けと言わんばかりに次へと促す。そして男はそれに従って話し出した。
「───噂じゃああの教会は一種の人身売買に手を出してるらしいぜ」
「ああ?」
「何でも世界中から集めた人間の身体を使って悪魔の儀式を行なってるらしい。強盗も入られたことがねぇ訳じゃなく全員儀式の生贄にされたから生きて帰ってきた奴が居ねぇんだとよ..」
「...アホか..大体それだけじゃあの教会が金持ってる理由にならねぇだろ」
呆れ気味に言い放たれた言葉を聞いて、男は口角をあげる。
「そう..今時人身売買だけであれだけの金は作れねぇ....だが噂はもう一つあるんだ..」
────奴等、悪魔を売り捌いてるらしいぜ?
「......」
「最近、ここらで調子に乗ってたチンク*1のマフィア共が1人残らず殺されて話題になってたろ?噂じゃどっかのグループが教会から悪魔の力を買って虐殺したって話だ..」
「真面目に聞いた俺が馬鹿だった....」
突拍子もない話をする男への呆れと苛つきを隠さず、煙草を地面に投げ捨て踏みつける。
「夜な夜なその教会からは人間の断末魔が...!!」
「アホなこと言ってねぇでサッサと仕事にかかるぞ。今日中にジャンキー共から金巻き上げなきゃ、ボスに殺されんだからよ」
「へーへー......あ?そこにいんのは誰だ?」
噂を話していた男も煙草を踏みつけ、気だるげに歩き始めようとしたその時、薄暗い裏路地の奥に何者かがいることに気づいた。
奥から革靴の音を鳴らして2人へと近づいてくる存在に男達は警戒を高める。そしてようやくその姿を視認できた。
影のように真っ黒な髪を後ろに束ね、喪服にも似たスーツを身につけた男はギャング達に睨まれていていながら穏やかな笑顔を浮かべていた。
「アジア人..?」
「例のチンク供の生き残りか...そこの猿、ぶち抜かれたくなきゃそこで止まれ」
「.....」
ギャングの警告を聞いていないのか..それとも英語が通じないのか、アジア系の男は歩みを止めない。ならばと懐にしまっていた拳銃で近づいてくる男の脚を撃ち抜く。
甲高い火薬の破裂音と共に脚を撃ち抜かれ男は倒れた。
「ストップって聞こえなかったか?これだからアジアの猿は嫌いなんだ」
「お?兄弟、コイツ良く見ればそれなりにいい顔してるぜ?物好きな奴に売れればそれなりに金になるかもな?」
「..アホか、足がつきやすいビジネスなんかボスに殺されるぞ。こーいうのはなガワじゃなくて中身を金にすんだよ」
「そりゃ────」
近づいて顔を覗き込んだ男が運ぼうと体を屈めて手を伸ばし、
────彼の首から上が音もなく消し飛んだ。
噴水の様に血を撒き散らして倒れるギャングの姿に拳銃の弾を確認していた男が驚愕に染まる。スプラッタ映画さながらの凄惨な光景に固まっていると倒れていたアジア系の男が立ち上がる。
「いやぁ...いきなり撃つなんて酷いじゃないですか。痛くてつい倒れちゃいましたよ」
凄惨な光景に似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべてスーツの埃を叩いて払う。あまりにも不気味な光景にギャングは慌てて拳銃を突きつけて吠える。
「止まれっ!!なんだテメェ!?」
「あ、もう痛いの嫌なんでやめて下さい」
スーツの男が言葉と共に手を翳すと、拳銃を握っていたギャングの腕が雑巾の様に絞られ壊れていく。
「...あ゛ァァあぁぁぁあッ!?!?!?」
何も触れられてもいないのに突如襲い来る激痛にただ膝をついて叫ぶ。拳銃を持っていた筈の肘から先が捻じられすぎて細くなっている信じられない光景に男の思考は驚愕に混乱、そして何より本能的な恐怖でぐちゃぐちゃに染まる。
「上から人間を集めてこいと命令されたんですが...さっきの人よりも貴方の方が良さそうですね。つい片腕壊しちゃいましたが、まぁ大丈夫でしょう」
「な...何を言ってんだ?....何なんだよ..お、オマエ...!!」
「私はヨハンです。覚えなくて良いですよ?すぐに何も考えられなくなるので」
依然として穏やかな笑顔を浮かべてヨハンは怯えて固まるギャングの肩に手を置いた。すると2人はそこからコマを飛ばしたように姿を消して、そこの路地裏には首を無くし、辺り一面血の海を作る男の死体が一つ残るのみだった。
彼らが話していた絢爛な装飾をなされた逆さまの十字架が特徴的な教会。その中にある大きく広い礼拝堂の奥の小部屋に地下へと続く階段が隠されている。
地下の中にある窓もない薄暗い部屋にはベッドやテーブルなど必要最低限の物しかなく、そこに1人軟禁されていた。
「.......」
ボサボサな髪と線の細い身体を持ち、高校生ぐらいの若い日本人の顔つきを持つ男はベッドで身体を丸めていた。ただ静かにそして何かに耐えるように丸くなり腕を掴む手に力が込められていた。
そんな時に地下室の扉が開き、ローブを見に纏った長い白髪の若い男が入ってくる。
「ふむ....未だ私との契約を受け入れてくれないか..見た目に反して随分と頑固だね」
「......」
「けれどそれは良いことだ。その意思の強さは必ず───」
「ごちゃごちゃ...ウルセェな..!さっさと..この"痛み"..どうにかしろ!!」
藤と呼ばれた男はローブの男の言葉を遮るよう静かに語気を強めて言い放つ。彼の体には内側から虫に食われているかの様に不快感と痛みが走っているのだ。
「君が力を得る為にはまず魔力に慣れることが必要なことなんだ。何しろ私の魔力は誰よりも多いからね。分かってくれるかな?」
「何が..力だ..!サタンだか何だか知らねぇが..結局は俺達人間を見下して..手を組むなんざ無理な話だ!..お前が...殺したそのジジイの身体を使ってんのがその証拠だろ..!」
「この身体が気に食わないなら申し訳ない。だけどね、以前にも言ったが私の元の肉体は業腹にも壊されてしまっていてね...一時的な物だがこの肉体を依代にしなくてはいけないんだよ」
人間の身体を借りたサタンは部屋の中を歩きベッドにいる藤へと近づく。だが身体の中で暴れる痛みによる物かそれともサタンへの嫌悪感からくる物か藤は低い唸り声をあげる。
「...よく回る口だ...!人間の敵の癖に...!」
「敵?...どうやら君は何か思い違いをしているようだ」
藤の発言に引っかかったサタンはベッドの近くに配置された椅子にどかりと腰かけ足を組む。
「君は私達悪魔を誤解しているよ。かつて君の国に存在していた..なんだったか....そうだ!妖怪!君は
「..どっちも同じだろ..!」
「違う。その間違いは実に不愉快で不敬だ、君でなければ消し炭にしていたところだ」
サタンの言葉に藤は息を呑む。言葉では反抗していても実際命は目の前の悪魔に握られている状況なのだ。
「良い機会だ、少し私達のこと知ってもらおうか。まずはそうだな、君の国の妖怪と
サタンは椅子に腰掛けたまま話し始める。
「大きな違いは人間との関係だ。妖怪は君等人間を襲い、呪い、殺し、陥れ君達の本能的な恐怖や畏れを喰らうことで初めて存在を維持できる。途方もない怒りや怨み、未練が彼等の本能で人間を襲う事しかできない、人間にとっての捕食者、天敵だ」
「....やっぱり同じだろうが」
「違うよ、彼等人間の敵でありながら人間に依存せざるを得ない..儚くも矛盾した醜い存在だ..」
テーブルに置いてあるティーセットが1人でに浮いてカップに紅茶が注がれる。そして紅茶を淹れたカップはサタンの手元へとやってくる。
「対して私達悪魔にとって人間は襲うものじゃない。結んだ契約の元君等の欲望、願い、望みを叶え対価を貰う...そうだな、謂わばビジネス相手であり対等な立場なのさ」
「..その結果がお前が乗っ取ったジジイの末路か?魂?みたいのを消してやがったろ」
「ハハハ、彼とはちゃんと合意の元契約を結んでいた結果さ。第一私達悪魔は君達人間の魂を合意もなく奪い取ることが出来ないのだから」
藤の言葉にもスルリと受け流すように答えるサタンは紅茶の入ったカップを傾け味わう。
部屋に広がる茶葉の甘い香りが、苦痛に苦しむ藤を更にイラつかせる。
「どの道、不公平な契約を結ぶ気なんだろうがお前は!」
「...身の程を弁えずにこの私の力を欲す者には当然そうする、私は安くないのでな。だが君は違う、私は君の境遇に酷く心を打たれたんだ」
サタンはカップを紅茶を置き、立ち上がる。
「ただ一度の過ち、それだけで君は孤独となった。友人は愚か家族からも見放され君は社会から見捨てられ、四畳半の小さな世界に引きこもらざるを得なくなった」
「.....」
苦痛に耐えるように膝を抱えていた藤の手に力が込められる。そんな彼の肩にサタンの依代としている細い手が乗せられる。
「悲しいね...誰も君の味方になってくれなかった。そればかりか誰も彼も君を攻撃して心を壊す。そして君はそれをただ受け入れ赦している」
膝を抱える藤の耳にサタンを口を寄せ、囁く。
「だが何故君ばかりが辛い目をみる?」
「.....」
「心無い言葉を浴びせる両親、君の身体に消えない傷を残した友人達、そして助けを求める君を見捨て君の心を壊した社会。何故君は其れ等を赦す?」
────もう赦す必要はない
膝を抱え込む藤の肩の力がまるで憑き物が落ちたように抜けていく。彼の内側で暴れていた筈の苦痛が引いていく。
「容赦も我慢も全て捨て、君の生きやすい世界を作ろう。必要ないもの、君の足枷になるものは全て壊してしまおう。君を傷つけたものはその痛みの何倍も痛めつけて殺してしまおう。私はそれが出来るものを君にあげよう」
サタンの言葉に藤がゆっくりと首を後ろに向けるとそこには掌が差し伸べられていた。
「君に必要なものは強大な力と誰にも縛られない自由。私と
さっきまで嫌悪していた男の言葉が不思議なほどに心を打ち、響いていく。その不可解な程に心地よい言葉から逃げるように藤は口を開く。
「....その後にお前が俺を殺すのか?世界を支配するために...」
恐る恐るといったような藤の言葉にサタンを穏やかに笑う。
「ハハハ、生憎私はもう支配などに興味はない」
「..嘘くせぇ...」
「嘘ではない。悪魔は秘密や隠し事はあれど嘘はつけない。紛れもない私の本心だ」
虫のいい言葉だ。自身を誘拐して挙げ句の果てに苦痛に苦しませてきた奴の言葉など信じられる筈がない。
それなのにどうしてか嘘と断じる事が出来なかった。自信の説明できない感情に戸惑う藤の目の高さに合わせてサタンは言葉を紡ぐ。
「思うままに力を奮え、やりたいように壊してしまえ。この手を取れば私の力は君の物となる」
「.....」
「対価は...そうだな、もし今日から半年の間に君の心が折れてしまった時、私の望む物を君から貰う。折れなかったら私の力は永遠に君のものだ」
対等な契約はおろか藤に圧倒的に有利な契約、絶対に信じるべきではないはず相手だと分かっている、何かを企んでいる筈なのも分かっている...けれどサタンの言葉を、声を聞いていくたびに、今まで押さえつけていた何かが暴れ、止められなくなっていくのを感じる。
脳裏に浮かぶ友人や両親が藤の腹の奥をマグマの様に熱く煮えたぎらせ、無数の虫が走る様に不愉快に背筋が蠢く。
この身体中に現れた幾つもの不愉快な感覚を止めるには何が必要か、答えは分かっている。
藤が睨みつけるとサタンは薄く口角を上げる。
「オマエを..信じたわけじゃねぇ。俺の為の契約だってこと忘れんなよ....!!」
「当然」
差し出された手に藤は乱暴に手を重ねる。
────もう身体の痛みは消えていた。
すっかり冷え込んだ夜の魔二津の山の寺からは空に浮かぶ星空がよく見える。そんな寺の秘湯と揶揄される温泉で修行の疲れを癒した男鹿は邦枝に連れられて廊下を歩いていた。
「なぁ、お前のジーさんならともかく何でこの寺のジーさんがオレ達に用があんだ?」
「知らないわよ。お爺ちゃんからはただお風呂上がったら部屋に来いって言われただけなんだから」
「アレか?急に泊まりに来たオレ達シメようってか?返り討ちにしてやるぜ」
「バカ、住職さんはそんな人じゃないわよ...」
2人とも身に覚えのない呼ばれる理由に頭を捻らせていると、一刀斎と住職の待つ部屋に辿り着く。
障子を開ける邦枝に続いて中に入ると、2人の老爺がテーブルを囲んでいた。
「お爺ちゃん、連れてきたわよ」
「うむ、来たか。では2人ともそこへ腰掛けなさい」
「こんな夜遅くに申し訳ありません...今、お茶を淹れます」
住職が立ち上がり一刀斎の横へと移動し、男鹿と邦枝は一刀斎の言われた通りにテーブルを挟んで彼等に向き合うように座る。
そして2人の手元に湯気の立つ湯呑みと更に乗せられた数種類の和菓子が置かれる。
「こちらのお茶請け、麓の知り合いが作っていて美味しいんです。是非召し上がってください」
「おう、サンキューな爺さん」
「わぁ..!私ここのお菓子好きなんですよ!嬉しい!」
2人の反応が嬉しいのか住職は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「それで?なんでオレ達を呼んだんだジーさん」
「そうですね...まずは君に会って話してみたかったのです..男鹿辰己君。いつも紬貴がお世話になっています」
「あ?ジーさんアイツの知り合いか?」
予想にしていなかった名前が出てきた事に男鹿は片眉を上げて驚く。
「えぇ、そうです。よくあの娘の口から貴方の事を聞いており、いつか会ってみたいと考えていました」
「...ロクなこと喋ってなさそうだな..アイツ」
「ご想像にお任せ致します」
嘘の付けない住職が選びに選び抜かれた言葉に男鹿は内心この場に居ない幼馴染への実刑を誓う。
「...あの娘も素直じゃないですからね、愚痴を溢す事はあれど話しているあの娘の様子からも感じていましたが、実際相対してみると..あの娘が懐く理由がよくわかる」
「...?」
「あの娘は良い友人持った。これほど喜ばしいことはない」
住職の言葉の意図が分からず2人とも目を丸くする。
「いや失礼、私だけ勝手に舞い上がってしまいました...。お二人共お疲れでしょうから早速本題に入りますが、その前にお二人は紬貴についてどこまで知っていますか?」
「ど..どこまでって...?」
質問に戸惑う邦枝、古市の普段の姿や学校生活の事ならともかく、つい最近本人の口から知らされた先祖返りについて勝手に話す訳にもいかない。
そう考えた彼女はチラリと男鹿の顔を伺う。男鹿と目が合うと彼は邦枝の考えを理解したように頷き、口を開く。
「アイツが天狗だってのは聞いたぜ」
「何だったのよ今の頷きはっ!?」
全く意思疎通出来ていなかった事に邦枝は目を剥いて驚く。何故怒られたのかと目を白黒させる男鹿の肩を激しく揺さぶる。
「あぁ、そこまで知っているのですね。なら話はすぐに済みます」
「エェッ!?」
しかし予想外にもけろりと返す住職にさらに驚き声が裏返ってしまう邦枝。
「え、え?し、知ってたんですか..?紬貴の能力について..?」
「えぇ、あの娘は赤ん坊の頃から無意識に能力を使っていましたからね。目を離すと何を風で浮かすか分からず、あの娘の両親と一緒に四六時中目を光らしていたものです」
「え..えぇ...そんな昔から?」
「なんじゃ、知らなかったのか葵」
「知ってたのお爺ちゃん!?」
「むしろあの娘っ子と仲の良いお前が何故知らんのじゃ...」
住職はともかく祖父の一刀斎ですら認識していた古市の能力について、自分だけこの間知らされた事に邦枝は密かに落ち込む。
「まぁ..あの娘自身力を特別視していた訳ではありませんから....話す機会も見せる機会も無かったら仕方ありませんよ...?」
「そ、そうですよね...」
優しい声色でフォローを入れる住職の言葉が邦枝の心に沁みる。
「ですが、そこまであの娘を気にかけてくれているのは...小さな頃から見てきた身として嬉しいことです..。今日はそんなお二人にお願いがあるのです」
「お願い...?」
幼馴染の恩人とはいえ、男鹿にとっては今日会ったばかりの人間からの頼み、面倒事の匂いを察した彼が怪しむように呟く。
「あの娘が人の道を踏み外してしまわないよう、傍で見てあげてほしいんです」
「....そ、それはどういう意味..ですか?」
その言葉の意味が分からず邦枝は住職に聞き返してしまう。隣の男鹿も訳が分からないも言った様子だ。
「紬貴から天狗の先祖返りのあの娘が影響を受けているという話を聞いてると仰いましたが...実は少し違うんです」
「違う?」
「本来先祖返りというのはあそこまで大きく出るものではありません。あの娘の才覚が桁外れなこともありますが...それでも普通は出来てもそよ風程度の筈なのです」
綺麗に背筋を伸ばして真っ直ぐ目を向ける住職の言葉を、2人は静かに聞き入る。
「物浮かすことも、ましてや鉄を切り裂くことなど出来る筈がありません。これはあの娘にも両親にも言っていませんが、私はあれを"天狗の呪い"ではないかと考えています..」
「呪い...」
「つってことはアレか?ジーさんはアイツがこれ以上能力を使わねぇよう見張って欲しいってことか?」
男鹿の言葉に住職は首を横に振り、その問いに答える。
「いいえ..能力が問題だとは考えていません。むしろ適度に使って身体に宿る妖力を発散した方が良い。無論物騒な使い方は避けて欲しいですが...」
「ヨウリョク?ってなんだ?」
「貴方や悪魔が扱う魔力と似たようなものです。根本は違いますが..今は置いて、私が考えるに問題は彼女の"情緒"にあると考えます」
「情緒ですか?」
そこで男鹿は話の中で"違和感"を感じる。しかしその違和感の正体が分からず、今はただ静かに住職の話に耳を傾けることにした。
「彼女の感情が怒りや憎しみに振り切れると彼女の操る風は呼応するようにより強くなる....いえ、きっと強くなるのではなく
「え、ちょっと待ってください...それって」
元の強さ、その言葉を聞いて邦枝は嫌な予感が頭をよぎる。その様子を見て静かに頷く住職は、膝に乗せている両手を握る。
「"天狗の呪い"...それが正しいのであればきっとそれは、いずれ彼女を人間から妖怪へと堕とす...そんな呪いではないかと思います..」
人間から妖怪へ、住職が推測する古市が生まれ持った"天狗の呪い"。話を聞いていた2人はつい最近まで悪魔や妖怪といった怪異とはかけ離れた生活をしていた為、実感がわからず首を捻ってしまう。
「妖怪にって....そんなことがあり得るんですか?」
「非常に少なくはありますが...昔の文献にそうなった例があります。そういった例は総じて抱えきれないほどの怨みや嫉み、悲嘆など複雑に拗れて心を壊した結果、魂の在り方すら歪んでしまった。恐らく彼女のアレはその変化を増長させるものです」
「でもよ、例え妖怪になったとしても今まで通り過ごせばいいんじゃねぇのか?ベル坊もヒルダも悪魔の癖に結構馴染んでるぜ」
楽観的に男鹿は普段のヒルダの様子を思い出す。朝は自分達より早く起き母親と朝食の準備をして、昼は熱心に昼ドラを嗜み、買い出しで値引きされたものを勝ち取り、夜はベル坊の身の回りの世話を焼く......主婦かな?
ある日を境に悪魔と同居して迷惑や鬱陶しさを感じることはあっても命の危機など感じなかった彼にとってその呪いもそこまで大ごとに思えなかった。
「妖怪と人間が相入れることは決してありません。妖怪は人間を襲い、自身に向けられた人間の恐怖を喰らうことで初めてその存在を維持できる...それは元人間だとしても同じなのです」
「...まるで俺らは餌みてぇな言い方だな」
「抱えきれないほどの怒り等の激情を経て妖怪化してしまった人間は例外なく、その矛先すら忘れてただ嗜虐心と本能に従いひたすらに人間を襲うケダモノとなります。あの娘がそうなってしまうのを私は防ぎたい....!」
そう語る住職は溢れる感情を抑えるように膝に乗せた両手の拳を力いっぱい握り込む。
「あの娘は友人や家族の繋がりを何より大切にしています。反面身内の人間が傷つくことを極端に恐れ、外の人間に激情に任せて牙を剥くようになってしまいました..」
「...確かに紬貴って私達とか以外には結構塩対応よね...」
「つーかお前とかヒルダとか、身内判定した奴にはゲロ甘だからな、アイツ」
「そして今回、あの娘は手を血に染めることすら気に留めていなかった...。幾ら喧嘩に慣れていても普段ではあり得ない精神、危険な兆候だ」
住職の言葉に邦枝は襲撃を受けた夜の古市の姿を思い出す。城山がやられたの時の彼女も憤慨して教室にカチこむクレイジーさを見せていたが、あの夜は確かに比にならなかった。
喧嘩ではない、まさしく非日常である殺し合いでありながらも彼女は迷いなく相手を切り刻み、返り血を浴びて...そして愉快そうに嗤っていた。
その姿を見て邦枝は彼女に恐怖を覚えたのだ。本能的な恐怖を。
「昨日釘を刺しておきましたが..同じ状況下になればあの娘は迷いなく、容赦なく外敵を排除するでしょう。もしその結果紬貴が妖怪化してしまうと見逃すことが出来ない2つの大きな問題があります」
「問題..ひょっとして紬貴と戦わなきゃいけないとかですか?」
恐る恐ると問いかける邦枝に住職は首を横に振って否定する。
「いえ、一つは..この現代社会で妖怪化してしまうと、彼女は存在を維持できずに消えてしまうのです」
「...ぇ」
喉から声が漏れた。消えるという言葉を処理できない程に邦枝の頭の中が真っ白に染まる。
足元の床がバラバラに崩れ落ちたかと錯覚するほどのショックに邦枝はくらりと軽い眩暈を起こす。
「..き、消える..って..?」
「他国までは把握していませんがこの国にいたかつての力を持った妖怪は全て滅びました。時代が進むにつれて彼等怪異に対する人間の恐れる心が急激に減っていった為です。今では心霊スポットに住み着いた物を少し揺らす程度の小さな怪異ですら消えゆくのみ...」
───紬貴が妖怪化すれば消滅は避けられません。
余命宣告にも似た衝撃的な内容に邦枝は空いた口が塞がらない。隣に座る男鹿もいつになく静かにに耳を傾けている。
「そしてもう一つ...彼女が消滅すれば宿していた妖力が野放しとなります。今ではあの日以降増えたとはいえ少ない妖力...ですがそれが妖怪化してまえばどれほどの大きくなるかは未知数です」
「....」
「しかしそれでも野放しとなった妖力はいずれ周囲の魔素を巻き込みかねない。そうなれば.....」
そこで言葉が止まる。彼の顔はどこか葛藤しているように僅かに歪み、言葉を詰まらせていた。
それを見かねて、静観に徹していた一刀斎が口を開く。
「野放しとなった娘っ子の妖力が未曾有の災害を引き起こす可能性が高いのじゃ」
「どうしてそうなるのよ!?」
「妖力の性質上と娘っ子の能力を考慮した結果じゃ。大きな妖力が制御から外れてしまうことはそれだけで脅威...ましてやそれが元は天狗の風を操る力となれば、どんな嵐も生温くなる程の脅威になるじゃろうよ」
「..じゃあどうすればいいの」
「───そうなる前に...私があの娘を祓います」
震えた声の住職の言葉。
「ずっと見てきた1人の僧侶として、もし妖怪に堕ちたなら私がこの手であの娘を祓います。数多の日常を脅かしてしまう前に」
その言葉はまるで自分に言い聞かせるようで、
「あの娘の優しい心が穢れてしまう前に..」
そんな未来が来ないことを願う、祈りにも似ていた。古市が妖怪へと堕ちて仕舞えばその先に未来など何処にもない。
「...ですからどうか、あの娘のかけがえのない友人であるお二人にお頼み申し上げます...!」
丁寧な所作で畳の床に両手をつける。そして縋るように言葉を続けた。
「手前勝手なのは重々承知しています。ですがあの娘がまた激情に呑まれてしまわないように、過ちを犯してしまわないように..あの娘の手を取ってあげてくれませんか..!」
言葉と共に額をつける彼の姿は慈悲を感じさせる高潔な僧侶ではなく、子供のために頑張る小さな、けれど頼りある父親の背中を想起させる。
そんな住職の頼みに男鹿は...
「...んぁ?話終わったか?」
膨れていた鼻提灯を割って答えた。
「ちょっと男鹿!!何寝てんのよ!?」
「いやぁだって話なげーよ。ベル坊だって眠そうにしてるぜ?」
「赤ん坊と同レベルか!?」
目尻を吊り上げて怒鳴りつける邦枝に男鹿は眠たげに目を擦りながら弁明するが、当然彼女はそれでは収まらない。
「アンタは紬貴のこと心配じゃないの!?こんな話聞いて!」
「あぁ?よく分かんねーよ。こちとら既に悪魔の事で頭いっぱいなんだ、それがここにきてアイツの事あーだこーだ言われても頭に入んねーよ」
睨みつけてくる視線を受け流し男鹿は耳を小指で掻きながら立ち上がる。
「それにそんな来る筈ねぇ未来のこと心配してたってどうしようもねぇだろ」
「ホゥ?どうしてそう言い切れる?」
気怠げな男鹿の言葉に一刀斎は片眉をあげて興味を示す。対して男鹿は気怠げな態度を崩さずあっけらかんに答える。
「アイツが誰かを殺すなんざそんなくだらねぇことはしねぇよ」
「だが現にあの娘っ子はお前達の担任が止めなければ手を汚していたかもしれんぞ?」
「だからねぇつーの」
「その根拠はどこから来る?」
「──アイツはずっとオレの隣で闘ってきたんだ。だからしねぇよ」
その言葉を聞いた邦枝と住職は目を見開いて固まり、一刀斎も数瞬固まった後大口を上げて笑い声を上げる。
「ハッハハハ!!それの何処が根拠じゃ青二才め!」
「あぁ!?んだとクソジジイ!!」
愉快そうに大声で笑う一刀斎に馬鹿にされたと感じた男鹿が目を吊り上げ声を荒らげた。
「大体!もしアイツがメンドクセーことになりゃ取り敢えずブン殴りゃ良いんだよ!」
「いやいやいや!いい訳ないでしょ!ブラウン管テレビじゃあるまいし!」
トンデモ理論を振りかざす男鹿に鋭いツッコミを入れる邦枝。
そんな彼等の姿を見て固まる住職は、やがて先程までの思い詰めた雰囲気を無くしてなごらかに笑みを浮かべていく。その顔は憑き物が落ちたように柔いものとなっていた。
「男鹿君」
「あん?」
「やっぱり今日は君に会えて良かった...私もあの娘も色々と考えすぎてしまう節がある。..まさかこの歳になっても教えを貰うことになるとは」
眩しそうに目を細めて男鹿を見つめる住職は手を合わせ感謝を表す。
「その魔王の赤子が貴方を選んだ理由が...わかった気がします」
「......ん?いや待てジーさん」
そこで男鹿は話を聞いていた最中に感じていた"違和感"の正体に気づく。
「なんでアンタら、ベル坊が悪魔だって知ってんだ?しかも魔王のガキって...オレ話してねーぞ?」
「おや..これは失礼、実は私達この寺の僧は霊媒を主に生業にしているのです。基本は霊障に悩む人たちの相談や除霊がほとんどですが、稀に悪魔を祓うこともあるのです。その為その赤子は一目見た時から只者ではないと感じていました」
「ワシはその住職の仕事を偶に手伝うことがあってな」
突然のカミングアウト、その衝撃は初対面の男鹿はともかく小さな頃から近くに居た邦枝にとって身に余るほど大きかった。
ぶっちゃけ情報過多で頭から煙がでている。そんな孫娘を置き一刀斎は男鹿に話しかける。
「さて、住職の用は終わったようじゃから...ワシの用を話していこう」
「テメェも何か話すのかよ....」
ウンザリといった様子の男鹿に一刀斎は両の口端を吊り上げる。
「まぁ、そう言うな...明日からの修行の話じゃ」
「次は何すんだ?牛乳配達で足腰鍛えんのか?」
「そんな悠長なことはやってられんわ。オマエさんだけ別修行になる」
──悪魔の力の使い方、そして悪魔の倒し方についてな
この作品においての悪魔と妖怪(※私の解釈です)
悪魔→ヤクザ、マフィア。話も通じるし利害が一致すると手を取り合った事例もある。でも基本的に人間はそそのかして騙して利用するもの。人間ちょろ〜、若返らせてあげる、お金持ちにしてあげる。だから僕の欲しいもの全部ちょうだい?寄越せ
妖怪→害獣。言葉を話しても通じない、話が通じても全ては危害を加えることに繋がる。人間殺す。生前誰を恨んでいたか思い出せないけれど取り敢えず殺す。殺したら気持ち良くなれるから。殺す殺す殺す殺す。