TS異能力古市   作:ブッタ

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第41話 侍女悪魔の矜持

 

 焔王とのゲーム対決を制してから3日、柱師団との衝突を避けるために奔走していた古市とラミアは...

 

「くちゅんっ!!」

「大丈夫ラミアちゃん?風邪?」

「無理もねーよ...俺達ぁもう丸3日ゲームしてんだぜ?ガキにはキツいだろ」

 

 未だ彼等は焔王達と寝ずのゲーム対決をしていた。彼女達と一緒にコントローラーを握る神崎も目の下に大きな隈を広げつつ、ほぼ無心で操作している。

 ゲーム対決を制したあと相手の焔王がごねりにごねた。ごねた結果初めにこちらが初戦で食い下がったこともあり、最後の対決として最新タイトルの桃鉄1000年モードにて勝負が委ねられることになり、現在785年目時点で若干不良軍団に形勢が傾いてる状態だ。

 

「...いつもこうなのよ。アイツ自分の負けは絶対認めないから、こっちが負けてあげるまで永遠に終わらないわよ...」

「うへ〜...今までの時間無駄じゃんかそんなの..」

「もうやめだやめ!!」

 

 眠たげな目を擦るラミアの言葉を聞いて古市と神崎はコントローラーを投げた。

 

「ていうか神崎パイセン、流石にヨーグルッチ飲み過ぎでしょ。床空箱だらけじゃん」

「オメーこそ棒付き飴食い過ぎだ。空き缶5つすでにその棒で満杯じゃねぇか」

「どっちもどっちよアンタ達」

 

 床に寝っ転がる神崎は新しくヨーグルッチにストローを刺して、ソファに気怠げに座り込む古市も新しく棒付き飴を口に放り込む。

 そんな疲れ果てた彼等がゲームに勤しむ部屋の扉が開き、別室で仮眠を取っていた大森、花澤、谷村が交代の為に入ってきた。しかし彼等も疲れているようでいつもの凛とした雰囲気はどこかへと消え去り、眠たげな様子を隠さない。

 

「おはよぉ...。交代の時間よ....」

「..おー」

「はよー」

 

 珍しく覇気のない声の大森の挨拶に、これまた神崎と古市も力の抜けた返事を返す。

 

「...て、アンタ達はまたこんなに散らかして...」

「しゃあねぇだろ。徹夜のゲームするにはお口のお供が必要なんだよ」

「そのお供がヨーグルッチってどうなのよ....。──って!?ちょっと紬貴!!」

「むぁ?なーにー?」

 

「アンタまたそんな薄着で!!少しは女として危機感持ちなさいっての!」

「むぇー。でも今持ってんのこのタンクトップとジャケットだけなんだよぉ...流石にジャケットずっと着たくないよぉ..」

「ならせめて毛布かタオル羽織りなさい!」

 

 床に散らばるヨーグルッチの空箱とその他軽食の残骸、そしてソファでだらけて溶けている古市のラフすぎる格好に小言を言う大森の姿を見て、後ろに控えていた谷村は内心母親の姿を思い浮かんでいたが胸の内に留めた。

 

「つーかよぉ...まだ逆探知終わんねぇのかよ姫川のヤロー」

「なんだか姫ちゃんの雇ってるチームを使っても上手く行ってないみたいだよ神崎君。今朝も今日こそは..って珍しく燃えてたからね」

 

 神崎の代わりにコントローラーを握るが説明した通り、逆探知にはかなり手間取っている。アカウントのセキュリティや使っている機種番号等の特定など大体必要な物は済んでいる筈なのに、現在プレイしている筈の焔王達の居場所だけが不自然に捉える事ができていない現状なのだ。

 姫川が頑張っているが現状かなり手詰まりな状況でか現場の士気は下がり始めていた。

 

 そんな中ソファの上でとろけていた古市に電流走る。

 

「ていうかラミアちゃんって結構アレと仲良いの?」

「アレて....まぁ仲が良いというか、遊び相手させられてたというか...」

 

 

「じゃあラミアちゃんから呼びかけてみたら?」

 

 

 

「ゔぇ゛!?」

 

 

 

 聞いたこともないような声が部屋に響いた。

 

「おー。良い案じゃねぇか古市ぃ。い〜こといった〜!100点。お前とそいつ合わせて200て〜ん」

「うぇ〜い。ワタシ達200て〜ん、パイセン合わせて100億て〜ん」

「ちょちょっと待ちなさいよ!つーかアンタ達何言ってるか分かんないから一旦寝なさい!ね?一回寝ましょ!?」

 

 徹夜特有の支離滅裂なテンションの神崎と古市が話を進めていくのに妙な危機感を感じたラミアが焦りつつも止めようと画策する。

 

「そ、そもそもあたしが送ったてきっと同じよ!?」

「まぁまぁ、物は試しってことで」

「そーだ。もうそれしか道はねーんだ、腹くくってキャバ嬢みてーに誘惑メール送ってこい」

 

 しかし変なテンションになった彼等が止まる筈もなくラミアは背中を押されつつ画面前にセットされたキーボード前まで移動された。

 

「ささ!いっちょやっちゃって!」

「話聞きなさいっての!」

 

 強引な彼等の様子に負けラミアは不服ながらもキーボードを打ち始める。メッセージの内容は至って当たり障りのない普通の内容を目指して文章を作る。

 

『どうも。お互い大変長いことゲームをやられていますがお身体は大丈夫でしょうか。ここまで遊んだのも何かの縁、よろしかったら是非一度会いませんか?』

 

「じゃぁ...送るわよ?」

「いやいや、誰からのメッセか書いてないじゃん。これじゃ今までと同じく無視されるだけだよ」

「うぐっ....」

「何だこのつまんねぇメールはぁ..どけ俺が本当の誘惑メールてのを見せてやる」

 

 そもそも誘惑メールとはなんなのか甚だ疑問だが、キーボードを横取りした神崎が文書を作り替える。

 

『お久しぶりねぇエンオウちゃま〜。ラミアよぉうっふん♡♡』

 

「誰よコレ!!あたしそんな話し方したことないわよ!!」

「送信っと」

「聞きなさいよ!!」

 

 ラミアの抵抗虚しく神崎のメッセージは送信されてしまった。すると間髪入れずにメッセージの返信が返ってくる。

 

『ぬぉぉ!?ラミアか!?なぜお主がっ!?どこじゃ!?今こっちに来とるのかっ!?』

 

 今までにないほどの食いつきの良さをみせる焔王のメッセージ。それは手詰まり状態の彼等に光を見せた。

 

「こりゃあ想像以上に効き目があるぞ?」

「ちょっとパイセン次!次送って!!超色気のある感じで!!」

「だから止まりなさいって!!あたしが!!自分で打つから!!!」

 

 

『イヤーン♡ウフーン♡アハーン♡きてるきてるぅえれきてるぅ♡今度いっしょにご飯したいなぁ?エンオウさまのぉ、おうちイかせてぇ♡』

「「ヨシ、完璧だ。」」

 

「脳足りん供ッ!」

 

 あまりにもラミアの性格から外れた低俗すぎる内容の癖に全く気づく様子もない焔王は秒で返信してくる。

 

「返信はぇーな...コイツ絶対オマエのコト好きだぞ」

「アイツもアイツでなんで気づかないのよ...!」

 

「しかし居場所は教えてくれてないかぁ...お?見てよラミアちゃん。『余はいつでもお前のことを大切に思っているぞ』だって」

「えー!?何これ何これ!!」

「カレシっスか!?」

「ぜ、ぜんぜん違うわよ!!」

 

 古市の読み上げた部分にラブコメの波動を感じ取った大森と花澤が食いつく。ラミアが彼女等に捕まっている間に古市達はチャンスを逃さないためにダメ押しのメッセージを送る。

 焔王の一方的な好意を利用して居場所を吐かせるための文章を載せたメールを送信。

 

 そして、返信は来る。()()()()()()()()()()()()()()

 

「───来たッ!!居場所を吐かせた!!!」

「マジでコイツ好きすぎだろ」

 

 あまりのちょろさにドン引く神崎を他所に古市とラミアは獲物を捕まえる獣の如く画面に食いつく。そんな彼らの背後から覗き込むように神崎達も画面を見る。

 

「ちょっと!!何よこの最後のメール!!良い加減怒るわよ!!」

「ごめんて、今度ちゃんと埋め合わせはするからさ....それよりも位置情報開くよ」

「...いいわよ。開いて」

 

 唸るラミアを宥めつつ、メッセージに貼られたリンクへカーソルを合わせる。

 ベヘモット34柱師団、魔界の王宮直属の武装勢力。ラミア曰く襲撃の夜古市が撃退した3人の悪魔のうち2人は柱将という師団に所属する悪魔の中でも上位に力のある者達であり、その上にそんな彼等を纏める柱爵という化け物のように特異な者達がいる。

 そしてそれを纏める柱師団団長であり大魔王の腹心"ベヘモット"。

 

 今の彼等では実力的にも物量的にも柱師団と勝てる見込みはない。故に古市とラミア、そしてヒルダは彼等を止める為の唯一の方法として焔王の説得を試みるのだ。

 つまりこの位置情報のリンクは人類の未来とベル坊の未来を左右する希望のリンクである。

 

 しかし

 

「...は?」

「なによこれ...?」

 

 送られた位置情報に彼等は眉を顰める。決して偽物だったり変なサイトを開いた物ではなく、しっかりと位置情報が画面に映し出されていた。

 

 問題はその位置である。

 

「..神崎君。この住所って...」

()()()()()()()()()()()じゃねぇか..」

 

 そう送られてきた位置情報は姫川が所有している筈のこのマンション、しかもあろうことか今いる部屋の隣だ。しかしこのマンションに他の誰かが住んでいないことは姫川本人から聞かされており、現に同じフロアの部屋に誰も居ないことはこの三日間て確認済みだった。

 居るはずのない送られてきた位置情報に困惑していると、追加のメッセージが送られてきた。

 

『なんてな。余とゲームに勝てたら本当の居場所を教えてやるぞ』

 

 先ほどまでの情熱的なモノとは打って変わって、まるで人が変わったかのように冷めた返信が返ってきた。

 

「舐めたマネしやがる...オレ達をおちょくった訳か..」

 

 ぬか喜びさせられた腹立たしさと屈辱感は徹夜で疲れ切った彼等の身体に重くのしかかる。

 うんざりとした様子で画面から離れる神崎達、けれど古市とラミアは依然画面に映っているメッセージを見つめていた。

 

「...これ明らかに焔王のメッセージじゃないよね」

「えぇ、恐らく侍女悪魔の誰かの仕業よ。きっと上手く言いくるめてメッセージを打ったのよ」

「問題はこの位置情報が本物か..偽物か。一昨日隣の部屋を見た時は空っぽだったよね」

「本物だったらリンクを取り消さない理由が分からないわ..もしくはこのメッセージがブラフで、なにかそういう魔術で部屋を隠しているのかも..。」

 

 この位置情報のリンクだけのメッセージ、それを送ったのが焔王によるものか、それともこちらの混乱を図ろうとしている侍女悪魔によるものか...。

 

 追加で送られてきた一つの文で判断が困難となった。

 

「ただ一つ、もうメッセージから居場所を確定させることは期待できないわね」

 

 再度手詰まりへと落とされた現実に2人も気を落とした。

 

 

 

 落ち込んだ気分転換も含めて、古市とラミアはゲームを神崎達に任せて新たに食料などの買い出しへ出掛けていた。流れ作業のような店員のざつな挨拶を背に受けて、ビニール片手に2人はコンビニから出る。

 

「あーあ..折角居場所突き止めたかと思ったのになぁ。結局念の為に隣の部屋見たけどやっぱり空っぽだったね」

「あたしの尊厳を代償にした癖に上手く躱されるなんて...。あたしだけなんか無駄骨じゃない!?」

「ごめんなさい」

 

 居場所を掴むとはいえ妙なキャラ付けされてしまったラミアの怒りは未だ収まらず、古市はただ静かに謝るが彼女の愚痴は止まらず数分続いた。

 

「大体アンタは────」

 

 そんな時、ラミアの口が止まる。彼女の視線は古市ではなくその彼女の後ろを歩くキャリアウーマンだ。日本では珍しく美しくたなびく金色の髪と、その宝石を彷彿とさせる深みのある翠眼はまるで、古市とラミアが慕うヒルダと瓜二つだった。

 古市とラミアの視線に気付きその女性もこちらへ向いた。

 

────あ。

 

 誰がつぶやいたか、ただそれはお互いに誰かを認識した瞬間だった。

 

 

「「いたぁーー!?」」

 

「ヤバッ!!」

 

 キャリアウーマンのような格好していた侍女悪魔のヨルダとの思いがけない邂逅に驚く三者。すぐさま身を翻して逃走するヨルダ、そしてそんな彼女を見失わないように駆け出す2人。

 

 朝の出勤時間ということもありそこそこ人が溢れる街中でアスリート選手ばりのスピードでの追いかけっこ。ヨルダが人の間を縫うように走り、紛れて逃げようとするもラミアを小脇に抱えた古市は見逃さない範囲で付かず離れずの距離で追いかける。

 

「ちょっと古市!どうしてさっさと捕まえないの!?アンタの能力使えば追いつけるでしょ!!」

「捕まえるにはどうしても手荒になる、それをするには周りに人が多すぎるよ。それに、ここで捕まえても居場所なんて吐くわけないでしょ」

「..泳がせようてこと?」

「付かず離れず..相手を焦らせてお家に案内してもらう。きっとこれが最後のチャンス...!」

 

 こうして話している間にも多くの人に紛れ視界から外れるヨルダ、しかし古市は彼女が走ることで生じる微細な風を肌で感知し、すぐさま見つけ出す。

 走っても走っても撒ける様子が見えないことに痺れを切らしたのかヨルダはさらにスピードを上げ始め、そして街中から離れていく。

 

「ってこの道は..!?」

「どーやら、あのリンクを送ったのはあのガキんちょみたいだったね...!」

 

 ヨルダを追いかける道は見覚えのある道。そう彼等が滞在している筈の姫川マンションへと続く道だ。貸し出ししていない筈のマンションへと辿り着くとヨルダは足を止めずにマンションの入り口へと駆け抜ける。

 

 そしてセキュリティ万全で鍵がないと開かない扉を彼女はまるで何も無いかのように通り抜けた。

 

「通り抜けた..!?アレが姫川にもバレずに住み着いた方法ってこと!?」

「アレは次元転送悪魔特有の魔術..!そういうことね..どうやって隠れていたのか何となく想像ついたわ..!」

 

 そのままヨルダはマンション内を駆け抜けていくが、古市達は彼女のように通り抜けることは出来るはずもない。扉を開くのに中にいる神崎達へと連絡して開けてもらう他に方法はなく、しかしそれでは遅すぎる。

 部屋は特定出来ていても、先に入られてしまえばまた隠れられる。隠れられてしまえば絶対に拠点を変えられゲームオーバー。

 

 捉えられるのは彼女が部屋の扉を開けた瞬間のみ。

 

「ラミア!あの入り口壊しても後で直せる!?」

「え、ええ。あの程度ならあたしの魔術でも直せるけど..」

「ヨシ!ごめん姫川!!文句ならワタシとガキンチョ共によろしく!」

 

 ラミアの言葉を聞いて古市は追いかける足の速度を止めず、その脚に風を纏わせた。

 

 そして人並み外れた威力の飛び蹴りでセキュリティの万全の扉を轟音と共に蹴り破る。

 

 インパクトと同時に脚を中心に強風を発生させ瓦礫と化した扉を吹き飛ばす。蹴り抜いた姿勢から滑るように着地すると古市の視界に驚いた様子でこちらを見るヨルダを捉えた。

 

「..し、しつこいわね..!」

「ちょっと古市!!暴れるなら言ってよね!!ビックリするじゃない!!」

「大不評じゃん..」

 

 前を走るヨルダと小脇に抱えられるラミアからのクレームを受けつつ、古市達はアラームが鳴り響くマンション内を駆け抜ける。

 道中ヨルダによってエレベーターを止められる妨害を受けたが、長い非常階段を目的のフロアまで飛んで追いかけることで事なきを得る。

 

 そして目的の部屋、古市達が使っていた部屋の隣が目前といった所でそこの扉が開かれる。

 

「よるだぁ...余のぽてちはまだかのぉ...」

「坊ちゃま!?い、今はまずいですぅ!」

 

「「ビンゴ!!!」」

 

 目当ての人物が眠たげに目を擦って出てきたことに古市たちは狂喜する。

 

「捕まえて古市!!」

「合点!!」

 

 小脇に抱えられたラミアの合図に古市は風を生み出し、突風の如き素早さで飛び掛かる。不意をつかれたヨルダを巻き込むように彼等の部屋の中へと飛び込むことに成功する。その時耐震性の高いこのマンションが揺れたという。

 

 

 

 

「いやぁ!ごめんね!捕まえるつもりはあったけど巻き込むつもりなかったんだよ?いやホント」

 

 白白しさ満点で笑いながら謝る古市。彼女は今、ずっと探し続けていた焔王たちの拠点の部屋のリビングで腰を落ち着けている。

 お菓子の残骸やジュースの入っていた空のペットボトルなど、かなり散乱しているリビングのテーブルに古市とラミアの分のお茶を置き、彼女らの対面に座るのは眼鏡をかけた侍女悪魔のイザベラ。

 

「...この三日間坊ちゃまと遊んでくれたということで特別に許しましょう。坊ちゃまを巻き込んでいたらその限りではありませんでしたが...」

「分かってるって!だからちゃんとそちらのお坊ちゃんは避けたでしょー。あ、お茶ありがとう」

「せっかくこちらの世界で出来た坊ちゃまのゲーム相手を殺すことにならなくて私としても幸いです」

 

 そう会話を交わして古市とイザベラはお茶を一口。

 

「「何一息ついてんのよアンタ達!!!」」

 

 古市の隣で座るラミアと腰に湿布を貼るヨルダが同時に声を荒らげた。

 

「どうしてお咎めなしなのよイザベラ!コイツら明らかに坊ちゃまに近づこうとしてたじゃない!あとこの銀髪に至っては普通に危険人物よ!!」

「このタイミングでベルゼ様側の彼等が坊ちゃまに近づこうとした理由などわかっています。そしてその理由の限り彼等は坊ちゃまに危害を加える事は出来ません。それより貴女は早く痛めた腰を治しなさい」

 

 突撃時に巻き込まれた影響で腰を痛めたヨルダが不服と言った様子で抗議するが湯呑みから口を離したイザベラは至って冷静に考えを巡らす。

 

「大方、ベヘモット柱師団についてヒルダに頼まれたのでしょう?様子を見るにどうやら契約者の方は生き延びたようですね。貴女は───」

「古市アンタね!!どうしてあんな手荒な真似するのよ!!少しは抱えられてるアタシを気遣いなさいよ!!」

「ごめんて〜..逃がせないって考えたら焦っちゃったんだよぉ」

 

 イザベラの言葉は届かず、彼女の前で頭頂部に大きなタンコブ作ったラミアが目を釣り上げて古市の胸ぐらを掴み問い詰めている。古市も負い目があるのかされるがままで情けない声で謝っていた。

 このままでは話が進まないのでイザベラは咳払いしてそれとなくアピールをした。

 

「オホン。よろしいですかお二人、兎にも角にも柱師団のことならば申し訳ありませんがお力になることは出来ません」

「...はぁ?なんでさ?お宅の坊ちゃんの家来なんでしょアイツら」

「坊ちゃま自身が今彼等と会うことを拒んでいるからです」

 

 柱師団の直属の主人である焔王は今人間界なゲームを遊び尽くすことを望む。しかし団長兼教育係のベヘモットに見つかれば大目玉を喰らいゲーム没収もされることは避けられないと考えた彼は、全力で柱師団から隠れ潜み遊び尽くすことを決めた。

 それ故今の彼には直接会うことはおろか命令すら送らないこと、そしてヨルダ達の能力を使って拠点の引き篭もることでゲームに集中できる環境を作ったのだ。

 

 いわゆる完璧で究極な引きこもり体制である。

 

「ということですのでお諦めください」

「.....なによそれ。そんな身勝手な理由でベルゼ様とヒルダ姉様が危険に晒されたっていうの!」

「何を言ってんだよ。ヒルダの奴は兎も角、奴らがベルゼ様に手を出す訳ねーだろ?」

 

 ラミアの言葉に今の今まで床に寝っ転がってゲームしていた侍女悪魔サテュラが声をあげる。そして痛めた腰を治し、いつの間にかメイド服へと着替え直していたヨルダはラミアの耳元へと口を寄せる。

 

「それよりアナタ口に気をつけなさい?坊ちゃまの望みを身勝手というのはあまり気分が良くないわ」

「.......」

「それにいつもすました態度しておいて、ヒルダの奴あっさりやられたんですって?いい気味じゃない」

「────ッ!!」

 

 その言葉を聞いたラミアは瞬時に首を捻ってヨルダを睨みあげる。

 

「何かしら?」

 

 だが彼女の圧を感じさせる笑顔に口を噤んでしまう。ただのファルカスの助手である彼女がたとえ逆立ちしても勝てるはずない侍女悪魔に目をつけられ萎縮してしまった。そんなラミアの様子を見てヨルダは更に言葉を続けていく。

 

「アナタもそろそろ仲良くする相手を選びなさい?あんな性悪女じゃなくて。坊ちゃまに懇意にされるなんて名誉なことなんだから」

「....」

 

 ちなみに焔王は普段は尊大な態度でありながら、好きな人にシャイであるため遠くの物陰からラミアを見守っている。

 

 ヨルダの言葉にラミアは悔しそうに俯き、膝に置いた両手を握り込む。尊敬している人を貶されたことにではない。自身の内にあるヒルダの勇姿がその程度で傷つくことはない。しかし貶されているのに何も言えない弱い自分にどうしようもなく悔しさが込み上げてきたのだ。

 

 

 ──そんな彼女の肩に置かれたヨルダの手がはたき落とされた。

 

 

「なんの..つもりかしら?」

「とんだ無駄骨だった。帰ろうラミア」

 

 ヨルダの問いを無視して隣に座っていた古市が立ち上がる。

 

「そこの眼鏡メイドが言ったようにここに期待できるものは何もなかった。ヒルダのとこ戻って別の方法を考えようよ」

「ちょ、ちょっと古市!?」

 

 ラミアの手を取って立ち上がらせると困惑する彼女をよそにそのまま部屋の玄関へと歩き始めるが、古市の肩を掴んでヨルダが止める。

 

「まぁ待ちなさい。せっかく来たんだからゲームしていきなさいよ」

「オマエらとやったって最後にチートに頼るんだからヤダよ。つまんない」

 

 肩を掴む手を振り払い、古市は戸惑うラミアを連れてリビングを出て玄関への廊下を歩く。

 

「古市待ちなさいって!まだ...!」

「もう何もないよラミア。この先は平行線...なら別のことに労力を割いた方がいい、残りの時間も少ないんだから」

 

 一目見た、話を聞いた。ただそれだけで古市は彼女達にも焔王自身にも何も期待できないことを悟った。

 人間と違う悪魔の寿命がどれだけ長いのか、焔王がどれだけの年を重ねているのかは知らない。けれど彼は配下を統率する力もなく、周りの侍女悪魔は彼を育てずただ甘やかしているだけ。それは言動や態度、そして環境から容易に理解できた。

 

 彼等に柱師団を御することはできない、これが古市の得た結論だった。

 

 部屋を出る為靴を履いて玄関を開く。しかしそこで足を止めざるを得ない事態になっていることを知る。

 ───玄関から先、外の世界がなくなっていたのだ。

 

「無駄よぉ?今この部屋は外界から切り離した別次元にあるのよ。逃げられないし助けもこないわ」

「....ヨルダ..やっぱりアンタ、アランドロンと同じく次元転送悪魔だったのね。ここの部屋見た時空っぽだったのもアンタの仕業ね..」

「やだわぁ..あんな格下のオッサンと一緒にしないでもらえます?明らかにレベルが違うでしょう?」

 

 リビングにつながる扉を背に立つヨルダがお淑やかに笑う。だが彼女の目は決して笑っておらず、黒い靄を手に集めてモップを作り出す。

 

「ほら私はヒルダと違って優しいから...選ばせてあげる。坊ちゃまと遊ぶか..ここで死ぬか」

「...ッ」

 

 脅しという名の選択を迫るヨルダにラミアは歯噛みする思いで彼女を睨みつける。そんな視線すらものともしないヨルダはお淑やかな笑顔を貼り付けて一歩彼等へと近づく。

 すると古市はラミアを背に隠すように土足のまま前へ一歩出る。

 

「──どっちもクソ喰らえだ」

「残念...けど私としては好都合ね」

 

 古市の回答にヨルダは両手に持つモップに靄を手繰り寄せ、軽く構えた。対して古市は片手はフレアパンツのポケットに入れ、片手はぶらりと下げたリラックスな立ち姿をしていた。

 

「実は坊ちゃまは貴女の事も気に入っていたのよ..?あの日初めて会った日にゲーム一緒に遊んだ時から。けれど、どうしてかしらね?私は一目見た時から貴女が気に食わないのよ」

「気が合うね?ワタシもオマエが嫌いだよ」

 

 両者、氷のように冷えた眼で静かに睨み合う。

 

「初めはオマエとヒルダに個人的な諍いがあったのかと思ってたけど...今日ここへ来てようやく分かったよ。オマエが突っかかる理由が..」

 

 古市は嘲笑する。

 

「ただの僻みだ。まさか掃除も碌に出来ないオマエの醜い自尊心の為とはな」

「..遺言はすんだ?じゃあ殺すわね」

 

 能面のように感情が抜け落ちた顔でヨルダは即座に古市の顔面目掛けて魔力で強化したモップを突き出す。侍女悪魔とはいえ本気の踏み込みは人間が反応できるような速度を優に超えている。

 だが本気で殺す気で放ったモップの突きが当たることはなかった。

 

「───消え..!?」

 

 消えた訳ではない。避けたと認識することすらできない速さで既に古市はヨルダの懐へと潜り込んでいた。

 

(速───)

 

「ワタシの友達(ダチ)に..!!んな目ぇ向けてんじゃねぇよッ!!! 」

 

 モップ振り抜き無防備となったヨルダの腹に古市の乱暴な前蹴りが突き刺さる。肺の全ての空気が口から漏れ、背中へと突き抜けるような激しい痛みにたまらずヨルダは白眼を向いて気を失う。

 蹴りの衝撃は気絶したヨルダを吹き飛ばし、そのまま一直線にリビング扉を突き破った。

 

 すると開いていた玄関の先の世界が元に戻っていく。

 

「フンッ、この手の奴は術者本人をブッ飛ばせば元に戻るって昔から決まってんだ」

 

 スッキリしたと言わんばかりに、一息つく古市が一言。そして蹴り抜いた脚を軽く振って気づいたことに軽く考えを巡らせる。

 

(あの晩...エラ野郎の首に槍を突きつけた時も、さっきマンションの入り口を蹴り壊したときも思ったけど...やっぱり素の筋力が上がってるな。これも..気質が傾いた影響か?)

「古市ッ!!」

 

 切羽詰まった様子のラミアの声が背後から聞こえたと同時に後頭部に何かを突きつけられた。

 数秒にも満たない思考の隙を見逃さずいつの間にか古市の後ろに立っていたサテュラとイザベラが各々の武器を彼女へと突きつけていたのだ。

 

「これは流石に見逃せません。貴女達の行動は明らかに焔王坊ちゃまの領域を侵犯しています」

「多少は腕に覚えがあるみたいだが..これ以上暴れんなら敵意とみなしてお前の頭ぶち抜くぜ?」

 

 身動きひとつ見逃さないといった気迫で警告する2人。古市もどう抵抗をするか打開策を探るために視線を後ろへ向けるが、イザベラの手がラミアの首に添えられていることに気づく。

 人質を取られている以上無茶な動きは出来ずに素直に両手を軽く頭の上へとあげた。

 

 

《────敵意だと?笑わせる》

 

 

 古市の声ではない。ラミアでもイザベラでもサテュラでもない。しかしそれは聞き覚えのある声だった。

 

《貴様らの怒りは見当違いも甚だしいぞ..イザベラ》

「この声は..ヒルダ...」

 

 この場にいるはずのないヒルダの声、その声の発生源はラミアの持つ通信機からだった。

 

「此度の件は貴女にも責任を────」

《ラミア、通信機を置いて下がっていろ》

 

 イザベラの言葉を遮るヒルダの指示に従いラミアは通信機を床に置いた。

 

 すると通信機から魔力が波のように周囲に溢れ押し寄せていく。

 

「まさか..肉体の..転送!?」

 

 

《主君を危険に晒されて..頭に来ているのは私の方だ」

 

 

 通信機から溢れてた魔力はやがて人の身体を形成していき、

 

 

 ───瞳の奥で静かに激情をゆらめかせた、細剣を手に握るヒルダが姿を現した。

 

「この..!!」

「遅い」

 

 すぐさま反応して武器をヒルダへと向けるが、それよりも早く剣を振り抜きイザベラの武器を粉微塵にする。

 

「な────」

「先にベルゼ様へ牙を向けたのは貴様らの家臣だろう」

「コイツ!!」

 

 驚愕に目を剥くイザベラをフォローするべくサテュラが武器を構える。しかし逆にその手首を掴まれ、瞬時に片手で手首関節決められそのままヒルダにブン投げられた。

 床に倒れ伏すサテュラを踏みつけ、武器を失った隙だらけのイザベラの懐へとヒルダが踏み込む。

 

「がはっ!」

「それを止められる立場の者が知らぬ存ぜぬと惚け続けることが敵意と言わずなんという!!!」

 

 

 そして握る細剣に激しく燃え上がる激情と魔力を込めて、無防備なイザベラへ叩き込んだ。魔力と共に全身を駆け巡る衝撃に抗うことも出来ずイザベラはそのまま膝から崩れ落ちた。

 

 流れるように2人を沈めたヒルダにラミアは開いた口が塞がらず、古市は嬉しそうに口端を上げていた。

 そして床に倒れ伏す3人の侍女悪魔達をヒルダは蔑むように冷たい目で見下ろす。

 

「焔王坊ちゃまを甘やかすことだけが貴様らの仕事か?侍女悪魔が聞いて呆れるな」

 

 

 そう吐き捨てるヒルダの姿はまさしく誇り高い侍女悪魔の姿そのものだった。

 

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