TS異能力古市   作:ブッタ

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第42話 不良の古市ちゃん

 

 焔王の拠点であるマンションの一室にヒルダが現着するより少し前、ヨルダの次元転送悪魔式魔術により古市達が異空間に閉じ込められた頃。

 男鹿の私室にてヒルダはラミアの魔力が感知できなくなったことによりあらかじめ彼女に渡していた通信機の電源を入れていた。

 

「アランドロン、貴様の出番だ。準備はできているな?」

「無論です。ヨルダ殿の異空間を攻略する為に苦労して得た新式...その真価をご覧に見せましょう」

 

 切り裂かれていた腹部の傷も植え付けられていたヘカドスの術式も完全に癒えたヒルダはいつものメイド服に袖を通し、傘に仕込んである細剣をその手に握っていた。

 

「私を送った後、貴様はすぐに男鹿と坊ちゃまを迎えにいけ」

「心得ましたぞ」

「...まったく、回復したばかりだというのに直ぐに荒事とは...。医者の私としては頭が痛くなるな」

 

 プルプルとした弾力感ある手を額に当て、呆れたように溜息をこぼすファルカス。

 

「今回は手を煩わせたなファルカス、助かった」

「本音で言えばもう3日ほどは安静にして欲しいのだが...」

「もう十分..いや寧ろ休み過ぎた。私も動かねばな」

 

 医者の小言も意思を固めた彼女の前には意味を介さない。すると新式転送術の為に電源を入れていた通信機の向こうから荒らげられた怒鳴り声が聞こえてくる。

 

《ワタシの友達(ダチ)に..!!んな目ぇ向けてんじゃねぇよッ!!!》

 

 珍しく感情的に荒ぶった古市の怒号と共に通信機が揺れるほど大きな衝突音がスピーカーの向こうから聞こえてくる。何が起きたか、それ把握する前に今の今まで感知できなかったラミア達の魔力が見つかった。

 

「..ヨルダ殿の転送術が..看破されたとは..!流石私のフ・ル・イ・チ・殿ですなぁ」

「味方として頼もしい反面..先を考えると厄介でもあるな...」

 

 くねくねと身体をくねらせ頬を赤らめるアランドロンを無視してフォルカスは秘匿性の高いヨルダの魔術を看破する実力にしめやかに舌を巻く。

 

「やはり、念には念を...。貴女に言う通り彼女を見張るべきなのだろうね」

「...どれだけ仲が深まろうと..大魔王様が人間の滅亡を望み続ける限り、私達の道と奴等の道の行末が交わることはない」

 

 部屋の机に置いてあった通信機を細く繊細な指で丁寧に持ち上げる。

 

「私は侍女悪魔だ...坊ちゃまの歩む道を阻むのならその悉くを蹴散らそう。例えそれが初めて私を友と慕ってくれる者であっても」

「..君は本当に頑固というか、真面目というか...」

「フ...そうだこれが私なんだ。だが、世の中にはそれでも私と友であろうとする物好きがいる」

 

 ファルカスの言葉にヒルダは未だ声が聞こえる通信機に目を向けた。通信機の向こうにいる人間に思いを馳せるように目を細めて。

 

「だから..例えいずれ剣を突きつけなければならない相手だとしても..袂を分かつことが分かりきっていても」

 

 

────その時が来るまで..私は良い友人でいたい。

 

 

 初めてみる優しい笑顔だった。

 

 魔界に侍女悪魔として生を受けて、主人に仕えることにのみ至極の喜びを彼女にとって友人と言える者は1人として居なかった。上下の立場が激しい世界で出来る筈もなく、同族からは常に侍女悪魔としての訓練の中で優秀な成績を収めてきたストイックさを持つ彼女に親愛よりも敵意に近い妬み、嫉みを向けられ続けてきた。

 そんなもの気に病むなど微塵もなく、悉く蹴散らし返り討ちにしてきた。

 

 だからこそ上から見下してくるでもなく、下から睨み上げてくるでもなく、初めて己と同じ目線で真っ直ぐに親愛な感情をぶつけてくる存在が異色に映った。

 始めこそ利用するつもりもあったが、やがて彼女の胸の内に温かく心地よい物が芽生え始め、そして共に時間を過ごしていく内にソレはより存在感を増していく。

 生まれて初めての心地よい感情と侍女悪魔としての冷たい本能の狭間で振り回されたこともある。だがその本能すら受け入れ優しく笑う友人を見て..彼女は自然とその不思議な感情を大事していくべき物と受け入れられたのだ。

 

「..本当に良い友人が出来たようだ」

「...奴に言うなよ」

 

 自覚しているのかどうか初めて見る優しい笑みを浮かべているヒルダにフォルカスは目を細めて呟いた。そして温かい目で見つめる彼に気づいた彼女は少し恥ずかしげに睨む。

 そんな様子を魔力を練り上げながら静観していたアランドロンは内心"素直じゃないな"と考えたが口にはせず胸元で押し留めていた。

 

 そして通信機から聞こえてくる会話にヒルダはすぐに顔を引き締める。

 

「アランドロン」

「いつでも送れますぞ」

「いつまでもふざけたことを抜かしている奴等に侍女悪魔のなんたるかを教えてやろう..では行ってくる」

 

 彼女の合図と共に通信機へと魔力を流し込むアランドロン。

 

「行きますぞ.."新式転送術 バリサン!!"」

 

 言葉と共に目を刺すような激しい光が部屋を覆う。やがて光が収まるとそこにヒルダの姿はなく、通信機の向こうから聞こえてくる戦闘音で転送が成功したことがわかった。

 

 

 残されたのはプルプル愛らしいスライムボディーのフォルカス、そして服が弾け散り真っ裸のアランドロンのみである。

 

「...なぜ服が..?」

「耐えきれなかったようですな...。これぞバリ散」

 

 窓は空いていないのに冷たい風が彼等の間を通り抜けた。

 

 


 

 時は戻り焔王の拠点、マンションの一室の玄関からリビングに繋がる廊下にて彼に仕えていた侍女悪魔3人全員が床に沈んでいる。

 

「..ふん、侍女悪魔が聞いて呆れるな」

 

 倒れ伏す彼女らを冷えた目つきで見下すヒルダはラミアと古市へと視線を移す。

 

「怪我はなさそうだな2人共」

「ヒルダ姉様が助けてくれたおかげです!」

「..そういうヒルダこそ。もう動いて大丈夫なの?」

「ああ、問題ない。少し休み過ぎたくらいだ」

 

 腹を切り裂かれてた筈なんだけどなと呟く古市は改めて悪魔という種族の再生力に軽く引いていた。

 

「...この..オ..マエら..!」

 

 床に倒れながらも意識を保っていたサテュラが忌々しく睨み上げる。しかしヒルダは微塵も興味を示さず、というよりは見えない何かを警戒をしているかのように張り詰めている。

 

「ヒルダ姉様?」

「────来た」

 

 その呟きと同時に倒れているサテュラの上に突如影より暗い靄が発生する。サッカーボール台の大きさの靄はどんどんと空間を侵食していくように大きくなっていく。

 

「..私がここへ来る前に...ヨルダの術式とは違う僅かな次元の歪みを感じた。だから私はアランドロンを坊ちゃまの所へと向かわせたのだが...」

「ま..まさか..!早すぎます!転送玉の魔力充填は短くても1週間は掛かるって...!」

 

 膨れていく靄から感じる押しつぶすような魔力とヒルダの言葉にラミアは顔を青ざめた。

 

「ツムギ..お前が要だ」

「任せなよ」

 

 その言葉に不敵に口端をあげて拳を鳴らしつつ即答する古市。

 そうしている間に浮いている黒い靄はいずれ背丈の高い人が通れる程の大きさまで広がっていた。そして、彼女らの前に音もなく靄の中から歩いて出てくる。

 

 暗闇を想起させるほど黒く長い髪に爬虫類のようなエラの耳。軍服の上に純黒の外套を身につけた男は不気味にニヒルな笑みを浮かべていた。

 

「よぉ..あの夜以来だな人間..そして侍女悪魔よ」

「ヘカドス..」

 

 彼の瞳の奥では冷え切った殺意と静かなる激情が炎のように揺らめいていた。ヒルダは細剣を握り直し、何が来ても対処できるように軽く腰を落とすが、対してヘカドスは床に倒れ伏すヨルダ達に目を向けた。

 

「無様なものだ..。主君を堕落させた挙句命すら捨てることなく焔王様の拠点を守り切れぬとは」

 

 靄が彼の手に集結すると槍を形成し、足元に倒れていたサテュラの背中に穂先を突き立てる。肉が抉られる生々しい音と苦悶の声が廊下に響く。

 

「な゛..んで!?」

「貴様らのように焔王様にとって害悪にしかならない者はもう必要ない」

「酷いやつだなぁ。お仲間なんだから大事にしなよ」

「仲間?..害しかないコイツらは貴様と等しく敵だ人間」

 

 冷酷に吐き捨て槍を引き抜き、サテュラ乱暴に廊下の壁際へと蹴り飛ばすヘカドス。

 

「まぁ..オマエらが仲間割れすんのはどうでも良いけど、戦うってんなら早く準備しなよ。また切り刻んであげるからさ」

「いい度胸だが..オレはあくまで焔王様のために力を振るうまで。貴様との相手をしたい者は他にいるぞ?」

「..他?だれ───」

 

 突如、転送玉で作られたゲートの靄から高速でヒルダの横をナニかが通り過ぎた。

 そして彼女の後方から轟音と振動が響き渡る。瞬時に後ろへと視線を向けるといつの間にか古市が消えていて、玄関とその先のマンションの壁が壊され外へと通じる大きな風穴が空いていた。

 

「な...ツムギ!」

「グラフェルの奴め、張り切りすぎだ」

 

 ゲートの靄から更に若い声。柱師団柱爵ナーガも遅れて現れる、彼の後ろに複数名の邪竜族の柱師団員を引き連れて。

 

「ここは俺とヘカドスで十分だ。貴様らはグラフェルを援護しあの女を確実に仕留めろ」

 

 その一言で後ろに控えていた複数名の団員はヒルダとラミアを無視して素早く壁の大穴から外へ出ていくが、彼女らにはそれを止めることはできなかった。

 

「古市のやつ..あんなに自信満々だったのになにしてんのよ!」

「言ってやるなラミア。寧ろあれほどの数の邪竜族を奴に向かわせれたのは不幸中の幸い...奴なら死ぬことはないだろう」

「不幸中の幸い?面白いことを言う」

 

 ヘカドスは彼女の言葉を嘲笑し、悠然とヒルダの前へと歩み寄る。そして彼女の小さな顎を指で強引に持ち上げた。間近でヒルダの眼光が鋭く光るが彼は気にも留めずニヒルな笑みを深めた。

 

「侍女悪魔風情のお前1人でどうするつもりだ?あの夜で実力の差が分からなかったか?」

「ああそうだ、生憎この間は()()()使()()()()()()()だったからな」

 

 刹那、戦闘種族であるヘカドスよりも大きく膨大な魔力がヒルダの身体から溢れ、影より黒い靄が触手のように動き彼の身体を鷲掴みにする。

 両腕に力を入れてすぐに拘束を解こうとするも触手のような靄の締める力はより強くなり、骨の軋む音が大きくなる。

 

 

「───実力の違いとやらを..確かめてみようか」

「なめるな侍女悪魔風情がッッ!!!」

 

 

 激昂するヘカドスに魔力を込めた細剣が叩き込まれる。咄嗟に魔力を体内に巡らせ防御を固めるも意味を成さず剣先が僅かに腹を貫いた。

 溢れた返り血を頬に数滴浴び、ヒルダはそのままヘカドスを上へと押し込んでいく。拘束魔術で何一つ抵抗をさせずにいくつもあるマンションの部屋の天井を轟音立てて崩していく。

 

 いくつもの天井に風穴を開け、勢いよく空へと飛び上がり拘束したヘカドスを屋上のヘリポートへと思い切り叩きつける。

 呼吸が止まるほどの苦痛と屈辱に顔を歪ませながら咳き込むヘカドスは音もなく優雅にヘリポートへと降り立ったヒルダを睨みつける。

 

「..こ、小娘が...!図に乗るなよ..!!」

「立て..貴様への借りはこんなものではないぞ」

「止まれヘカドス」

 

 剣先が突き立てられていた腹を再生しつつゆらりと立ち上がるヘカドスの顔に青筋が浮かび上がる。しかしそんな彼を屋上まで空いた大穴を通り追いかけてきたナーガが諌める。

 

「この女は貴様1人では手が余る」

「..!待てナーガ!俺はまだ..!」

 

「女性相手に男が2人がかりとは卑怯千万。ヒルダ殿私めも助太刀致しますぞ」

 

 まるでヒーローのようなタイミングでヒルダへの助力に現れたのはいざという時に頼りになるアランドロン。

 

「..修行とやらはもう良いのか?」

「ああ見てのとーりバッチリだ。覚悟しろテメェら...ボッコボッコにしてやるからよ...!」

 

 

────そしてそのアランドロンを武器のように手に持つ男鹿だった。

 

 


 

 

 ゲートの靄から弾丸のように飛び出してきたグラフェルに不意を突かれた古市は口元を力強く鷲掴みにされながらマンションの部屋から勢いよく外へと押し出された。

 マンションの頑丈な壁を破壊した衝撃が無防備な体を駆け抜けたことで数瞬意識が朦朧とするがすぐさま気を取り戻す。

 

「───離せコラッ!!」

 

 鷲掴んでいた彼の手首を"伊太刀"を纏わせた自身の手で切り離す。しかし激痛であるはずなのに眉ひとつ動かさずグラフェルは切り落とされた方の手首で彼女の顔を思い切り殴りつける。

 切り口から溢れる血が殴りつけた彼女の顔を真っ赤に塗り付け、悪魔の腕力は古市を打たれた打球のように遠くへと吹き飛ばす。

 

 運良く近くのビルの屋上へと叩きつけられると身体を転がし、素早く身を起こす。

 

「いっつぅ..気持ち悪いっ!」

 

 頬にべったりとついた不快な大量の血を手で乱暴に拭いとる古市の前に大きな音を立ててグラフェルが着陸する。

 

「久しぶりだなぁ..人間」

「あ?どっかで会ったけ?」

「舐め腐りやがって..あの夜からずっと..!テメェを殺すことだけを考えてきた!!」

「..はい?」

 

 全く心当たりの無い様子の古市が首を捻るがそれがさらに彼の逆鱗に触れ、怒りを倍増させた。

 

「初めてだぜ..ここまでコケにしてくれやがったのはよ..。人間風情がこの俺に歯向かうことはおろか、まさか無かったものとして扱いやがる」

「はぁ」

「テメェは..テメェだけは絶対にオレの手でブチ殺してやる!!!!」

「そ。頑張ってね。"伊太刀"」

 

 激昂するグラフェルの言葉を適当にあしらい、右手を振り上げて獣の爪痕のような三振りの風の斬撃を彼へと撃ち放つ。

 意表つくようにいきなり放たれた不可視の斬撃はビルの屋上を抉りながら真っ直ぐグラフェルの身体へと進むが、彼は高速で向かうソレを身体を丸めて受け止めた。

 

 決して浅くはないがそれでもどこも切り落とされることもなく血に塗れながら凶暴に笑みを深める姿に古市は静かに驚愕する。

 

「...魔力で身体の強度を..」

「2度も同じ手を喰らうかよ..馬鹿が!」

「だったら直接叩き込めばいいだけだ」

 

 素早く飛び出して肉薄する古市、だが彼は激昂しているとは思えないほどに冷静に切り落とされていない方の手をこちらへ翳してくる。

 

「くたばれアバズレ..!!」

「..何を」

 

 翳した手を力強く握る彼の行動の意図を理解できずにいると、古市は彼の血に塗れた頬と掌から急激に熱を感じた。

 その異常に気づくと同時に爆発、凄まじい衝撃と熱量が彼女を襲う。

 

「────ッ!?──ッッ!!」

 

 予想外の爆撃、衝撃と至近距離の爆発音に軽くパニックになりかけながらも身を屋上に打ち付けられる痛みで正気を取り戻す。未だ揺れる脳内に響き渡る不愉快な耳鳴り、混濁しそうになる意識を保つため、頭を左右に振りながら倒れていた身体を起こす。

 

「"血の魔術"...オレたち悪魔は血にも魔力が宿る。それを使ったオレの得意な技、それがこの魔術だ」

 

 脳が激しく揺れた影響か両腕に力が入らず上手く立ち上がれないでいると、すでに切り落とされた手首を再生したグラフェルに目の前まで近づかれ見下ろされる。

 

「人間風情に使うのは癪だがテメェをぶち殺すためだ、感激に震えて死ね」

「聞いても..ないことを...よく喋るな」

「あの夜テメェがオレに傷をつけれたのはただのまぐれだったつーことを教えやる...よ!!」

 

 自身の頭を目掛けて虫を踏み潰すかのように振り下ろされる追撃の足を、風を巧みに操り上手く動かない身体を強引に横へと飛ばして寸前のところで躱す。

 視線を先ほどまでいた所へと向ければコンクリートがいとも容易く踏み砕かれていた。

 

「..いいぜぇもっと逃げろ。どこまでも追いかけ追い詰めてやる...楽に死なせはしねぇ」

「.....」

「瀕死まで追い込んだ後にテメェの目の前であの侍女悪魔と契約者を殺してやる。その後もテメェの家族も友人も全部皆殺しにして、泣いて命乞いにした後にゆぅっくり飼い殺してやるよ」

 

「ごちゃごちゃ五月蝿いな。オマエがどこのどいつだか知らないけど、やる気ってんなら...後悔すんなよ

 

 よろけながらも立ち上がる古市の鋭い眼光は前髪越しに妖しく光る。彼女の挑発を聞いてグラフェルはより青筋を浮かべ、身体から濃密な殺意が魔力と共に溢れかえる。

 

「上等だ...達磨にしてやるよ!!!!」

 

 激情に任せて吠えると同時に先ほど"伊太刀"で切り付けられた傷から血が吹き出し、空中で刃物のように鋭利な切先を形造る。彼の魔術の兆候を視た古市は迅速に周囲の魔素をかき集め生み出した風を脚に纏う。

 

 彼女の予想通りにグラフェルが創り出した幾つもの血の刃は高速でこちらへと飛んでくる。古市は焦らず其れ等の軌道を予測して、安全な方向の上空へと跳んで避ける。

 

 しかし血の刃は自我を持っているかのように方向を変えて、空中へと飛んだ古市を追いかける。

 

「ッ!?」

 

 想定外の動きに驚愕しながらも上手く身体を捻り、複数の血の刃に浅く切り付けられながらもギリギリで躱しきった。

 

 だが憤怒に駆られるグラフェルその隙を見逃さない。

 

 血の刃が通り過ぎた時には既に彼女の目前に肉薄していたグラフェルは力任せに乱雑な膝蹴りを叩きこむ。だが古市も強烈な膝蹴りが腹へと叩き込まれる寸前に掌を滑り込ませて直撃を防いでいた。

 

 それでも骨が軋む音が大きく聞こえるほどの衝撃に僅かに怯み、グラフェルはそのまま脚を振り抜いて彼女はなす術なく蹴り飛ばされる。

 風を切って真っ直ぐ地上へと落ちていくが即座に大勢を整え、足に纏った風を使って勢いを消しつつ地上の街に足をつけた。

 未だ痺れと痛みを感じる右手を揺らしつつ上空から降りてくるグラフェルを睨み上げる。

 

「"血の魔術"はオレの得意だが...やっぱ殴るのが1番しっくり来るぜ」

「...それでワタシをまだ殺せてねぇんだ。実力がよく分かるよ」

「まだその減らず口を叩けるかよ..アバズレ..!ぶっ殺してやる!!」

 

 油に火を注ぐ言葉に怒りを燃え上がらせ、傷口から血を取り出して大振りの刃を繰り出す。対して彼女も対抗するように"伊太刀"を放つ。

 血の刃と風の斬撃、衝突すると互いに相殺し()()()()()()()が辺りに飛び散る。

 

 すると古市は一瞬、道路脇へと視線をずらした。

 

「───」

「どこ余所見してんだ!!」

 

 すぐに視線を戻し、一瞬で間合いを詰めてくるグラフェルの拳を後ろへ下がって躱す。轟音を立ててコンクリートの地面を瓦礫に変える拳と蹴りが休みなく振り回して追いかけてくるが、後ろへ横へと跳んで次々と躱しいく。

 

「うざってぇなぁ!!」

 

 苛つき頭に血が上ったグラフェルは切り傷に手を突っ込んで血飛沫をあげながら大量の血を握る。

 

「爆心地にしてやる!吹き飛びやがれッッ!!」

 

 手にした大量の血液(爆薬)を投げる刹那、

 

 

 古市は彼のすぐ隣にある()()()に"伊太刀"を放ち破壊する。

 

 

 大きな水圧を止めていたものが突如破壊され、爆発にも似た衝撃と轟音と共に地下から大量の水がグラフェルを襲いかかる。

 

「何だ!?急に水が!?どこから!?」

 

 滝よりも勢いよく流れ出る大量の水に血は洗い流され、身動きがろくに取れず視界もロクに通らない。あまりの勢いに堪らずグラフェルは水の届かない上空へと素早く飛び上がって逃げた。

 

「クソがっ!奴はどこに...ウガッ!!?」

 

 しかし突然吹き荒ぶ暴風によって不自然なほどに巻き上げられた消火栓の水が上空へ逃げた彼を逃さない。

 

 先ほどまで周囲に撒き散らされていた水が生きた竜巻のように渦巻くが、当然この程度で悪魔の彼を拘束することなど出来るはずもない。鬱陶しい水の竜巻を蹴散らそうと右手から衝撃波を放つために魔力を込めた。

 

 

 ───だが突如その腕は予兆もなく肘から先が切り離された。

 

 

(あのアバズレッ...この水流に斬撃を紛れ込ませやがった...!!)

 

 グラフェルの読み通り、古市は巻き上げた水の竜巻の中に無数の"伊太刀"を放っていた。激しい水流にロクに目を開けることもできない状況、そして休みなく身体中が深く切り付けられる。

 傷から流れ出る血も魔術の術式構築する暇もなく洗い流されてしまう。

 

(クソがぁ....!!!)

 

 すぐに脚も片腕を切り落とされたグラフェルは痛む身体を強引に動かし、激流に逆らい脱出することに成功する。

 しかしそれすら見越したかのように彼より()()()()()()流星の如く勢いで古市が飛びかかる。

 

 空中で取っ組み合い、古市が握る拳に魔素を掻き集めて振りかぶるのを確認するがボロボロの身体で迎え打つこともできず、血の魔術の構築も間に合わない。危機的状況そして妖しく光る彼女の眼を見て、彼の喉から空気が漏れた。

 

 そして容赦なく思い切り振り下ろされる拳。

 

 

────直前、彼女が横から来る魔力弾に吹き飛ばされた。

 

 

 グラフェルも認識していなかった角度からの急襲攻撃に驚きつつ、そちらの方向へと視線を向けると見覚えのある姿が遠くから数名飛んできた。

 

「グラフェル殿、加勢に参りました」

「何だテメェら!!消えろ!!アイツはオレの獲物だッ!!」

「ナーガ様に助力しろと命じられました」

「...クソがッ」

 

 柱師団団員に威嚇するように吠えるが、彼より位の高いナーガからの命令だと告げられ口を噤んでしまう。しかし納得はいっていないのか不機嫌に顔を歪ませた。

 

「アイツ殺すのはオレだ!邪魔すんじゃねぇぞ!!」

 

 そう吐き捨てると切り落とされた脚と片腕を中心に数を再生し、グラフェルはまた地上へと落ちた古市の方へと向かい、団員達も彼の後に続いていく。

 

 思わぬ奇襲をモロに受けた古市は空中で姿勢を整えて地面に激突せず安全に着地する。衝撃で口の中が切れ、中に溜まった血を吐き出すと上から降りてくるグラフェル達を睨み上げた。

 

「痛いなぁ....なんだよお仲間かい。こちとら今ので終わらせる気だったのにさぁ」

 

 そう呟いた古市、それは決して強がりではなく寧ろ終わらせなければ()()()()()()が限りなく細くなってしまうことが分かっていた上での嘆き。

 それもその筈、今この周囲に彼女が妖術を使う為の魔素がほぼなくなりかけていた。その上グラフェルの使う"血の魔術"は全く魔力の残滓を残さないため、現状彼女はトドメの一撃を阻止された瞬間に彼等と素手で戦わなければならない状況に追い込まれたのだ。

 

「まだ..アイツらには知られていないはず。いやでも時間の問題か」

 

 一つの可能性を考えれば増援の団員達の魔術行使前の魔力もしくは、後の魔力の残滓だが...

 

「ひぃ..ふぅ..みぃ...全部で7人、流石に悪魔相手には人数不利が大きすぎるな」

 

 それでも薄氷のような可能性で現実味がない。

 そもそももし勝てたとしても()()()はどうするのか。逃せば必ずまた襲ってくる。奴等の危険性や激しい敵意は言葉を交わして確信している。むしろ次襲いかかってくる時は家族や友人を人質に取られるかもしれない危険が考えられてしまう。

 相手は殺しにきてるのだからやらなきゃ此方が死ぬ。だが住職の忠言を踏み躙るのか?

 

 追い詰められた古市は次々とあらゆる考えが脳内に湧いて思考が鈍る。そして未だ有効な策が考え付かないまま、悪魔たちが目の前に降り立った。

 グラフェルに負わせた怪我は既に全て再生しきっており、後に続いて降り立ってきた悪魔たちもグラフェル程ではないにせよ並外れた強さを持つことがわかる。

 

「...お友達が助けてくれて命拾いしたねぇ。弱い奴ほどよく群れる」

「安心しろよ..テメェはオレだけで殺す。コイツらは関係ねぇ」

「後ろの奴らはそうでもなさそうだけど...」

 

 言葉だけでも強がってみせるが、彼等はそれで引くはずもなく戦闘態勢に入り古市も姿勢をとり、一か八かの()()()()()()()()を使う為、ジャケットの内胸ポケットに手を入れる。

 

 

 だが先ほどまでいた姫川のマンションの屋上に突如膨大な魔力が現れたことで悪魔達の動きが止まる。

 

 

「これは..ベルゼ様の魔力...!?」

「...男鹿が帰ってきたのか」

 

 たった4、5日合わなかっただけなのに懐かしさすら感じるベル坊と男鹿が持つ魔力。それは追い詰められていた彼女の頭を冷やして落ち着かせる。

 深く息を吐く。

 胸ポケットから抜いた手とは逆の片手で彼女は前髪を掻き上げ、周りの団員がマンションへと視線を動かした中、ただ1人こちらを睨み続けてきたグラフェルを見据える。

 

「オマエは気にならないんだな」

「ナーガの野郎がベルゼ様を取り戻す。それに、獲物から目を離す馬鹿がどこにいる」

 

 隙を見せず戦意を高めるグラフェルに古市は腰を落として胸ポケットから取り出した()()()()()を握り直して構える。

 

 そして彼らが再度衝突する寸前、グラフェルの後ろから増援の1人が飛び出してきた。

 

「人間程度さっさと殺してナーガ様の所へ戻るぜ!!!」

 

 矢の如く勢いで飛び出した悪魔は魔術によって人型から獣のような姿を変え、古市の首元目掛けて牙を剥く。だが古市は身を捩って躱し、もう一つの勝ち筋、住職からもらった退()()()()を握りしめた拳を横っ面に叩き込む。

 

 

「"悪霊退散パンチ"!!!!」

 

 

 鈍い音と共に肩まで突き抜ける衝撃に負けず歯を食いしばり振り抜いて殴り飛ばした。面白い程綺麗に殴り飛ばされた悪魔は魔術が解けたのか獣化から先ほどまでの人型に戻って地面に倒れる。

 

「がああぁぁ!?顔がぁ!!焼けッ!!!?」

 

 顔を押さえて苦悶の声を上げつつ地面を転がる姿を見て増援の悪魔達はどよめき慄く。ただ1人グラフェルのみが視線を古市から逸らさない。そして彼女は拳を振り抜いた姿勢からゆらりと立ち上がりその視線を真っ直ぐに見返して不敵に笑う。

 

「悪魔だとか、殺す殺さないとか、難しいことごちゃごちゃ考えるのはやめだ。どの道やることは変わらない..」

 

 右手に退魔の札を握り左手にはなけなしの魔素を掻き集め風を纏わせる。

 

「ワタシは不良で、オマエらがコッチに喧嘩を売ってきた...売られた喧嘩は買って勝つまで」

「上等だ人間..!」

 

 両者、悠然と一歩前に出る。

 

「取り敢えずブッ飛ばしてから考えよう... 男鹿(アイツ)ならそうする..!」

「やってみやがれ..俺はベヘモット34柱師団柱将だッ...!!」

 

 

 悪魔と不良の喧嘩(殺し合い)は苦悶の叫びをゴングに、激化の一途を辿っていく。

 

 





原作との相違という名のご都合展開

 ヨルダ→一目見てから古市が気に食わない。ヒルダと仲良くしてるとこも見て更に嫌悪感マシマシ。
 グラフェル→古市絶許。傷をつけただけでなく、忘れてたことも相まって更に憎悪マシマシ。ヘカドスとナーガに任務を任せて独断専行中。
 ヘカドス→一方的に切り刻まれた事は気に食わないが焔王第一。古市興味なし。

 ヒルダ→得体の知れない強さに警戒。友人と慕ってくれることが密かに嬉しいが絶対教えない。


 ここの古市ちゃんいつも血生臭い戦いしてんな..もう少し高校生しろ。
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