「おいおい..なんだこりゃ。せっかくカッコ良く駆けつけたってのに既にボロボロじゃねぇかそこのエラ野郎。ヒルダ、テメェ1人で美味しいとこ持ってく気か?」
地上から遥か離れた高層マンションの屋上、風に髪をたなびかせる男鹿は悠然かつ不敵に笑う。
「貴様こそその手に持ったアランドロンをどうするつもりだ?」
「こちとら修行でみっちり仕込まれてきたぜ。悪魔の力の使い方って奴をよ...!」
「アーダッ!!」
「よく知らんがそういう使い方ではないだろう」
激しく辛い修行の日々を思い出し言葉に熱がこまる男鹿に反してヒルダは冷たく言い放つ。だが滅茶苦茶なことをしている彼に意外な人物から擁護する声。
「心配召されるなヒルダ殿。これは私からお願いしたのです...!何か力になりたいと...!」
「そうか」
武器にされているアランドロンである。覚悟を決めた彼は最早何人にも止められない。命すら捨てる覚悟で彼もこの戦いに挑むのだ。
無謀だということは彼が1番分かっている。それでもと死地へと赴くというのに、彼はこの人間界での思い出を胸に綺麗にそして儚く笑った。
「どうかフルイチ..いえ、
しかし彼の顔にヒールの高いブーツを履いたヒルダの足が突き刺さる。くるぶし辺りまでの深いめり込みがその恐ろしい威力を物語っていた。
「アランドロォォンッッ!!しっかりしろ!!ヒルダテメェ何しやがんだ!!」
「不愉快なことを言ったコヤツが悪い」
スライムのように顔が凹んだアランドロンとソレを抱える男鹿に背を向け、律儀にも事態を静観していた柱師団の2人を見据える。
「ベルゼ様が来た以上慎重に戦わねばならんが...」
「下がっていろナーガ。下らん茶番の合間に傷は癒えた、さっさと侍女悪魔を殺して俺がベルゼ様を取り戻す」
苛立つ様子で槍を構えるヘカドスに彼女も細剣を握る手に力が籠る。そして彼等の指の動き一つすら見逃さないように戦意を研ぎ澄ましていくのだが、
「ヒルダ、悪いが下がってくれねーか?コイツはオレ達だけでやりてーんだ」
「...」
後ろから優しく肩に手を置かれ頼み込まれる。契約者の男鹿はともかく自分の主人を戦いに身を晒させるなど従者失格なのだろう。
けれど、
「───頼むわ」
「───ダ」
その強い決意を孕んだ瞳に見つめられては彼女にもう断ることはできない。知らぬ間にたくましく、そして強かに育った主人の姿に彼女の胸はしめやかに熱が込み上げた。
「フ...よかろう。完膚なきまで叩きのめすがよい!!」
「応..!」
「ウィー!!」
彼女の激励に、男鹿もベル坊も声高に応え力強い歩みで前に出る。
「自殺志願か?まさか俺に勝てると思い上がっている訳ではあるまいな?女の背中で縮こまっていただけの貴様が」
「その女になす術なく一方的にボコされてた奴なんざ片腕で十分だボケ」
「アーイダブッッ!!」
「...愚かな」
古市に切り刻まれ、ヒルダに土をつけられ、男鹿に舐められ...幾重にも傷つけられたプライドに耐えられず、腹の奥から噴火の如く湧き出る殺意。
それはヘカドスを中心に爆発的に魔力という形として周囲に迸る。衝撃で彼の足元はヘリポートに減り込み、爆風のように強い風がこの場にいる全ての者を威圧するように身体を打つ。
「ヒルダ姉様!!」
「来たかラミア」
「な、なんて魔力..!早くアイツを下がらせないと殺されちゃいますよ!!そしたらベルゼ様が..!」
屋上までの階段をやっとこさ駆け上がってきたラミアが事態を見て焦りのこもった声を上げる。
だがヒルダはそんな彼女を落ち着かせるようにそっと笑いかけた。
「よい。これはもう男鹿と坊ちゃまの戦い。私達が出る幕はない」
「で、でも...」
「私の知らぬ間に...いや気づかぬ間に坊ちゃまは随分と良い顔をするようになった。なればこそ、彼奴と過ごした坊ちゃまの成長を見届けよう」
彼女の視線の先、魔力と殺意を撒き散らすヘカドスは槍を構えて男鹿に切先を向ける。
「一瞬で終わらせてやるよ..その目障りな三文芝居...!!」
「悪いけどよ..今回テメーのターンは無しだぜ」
武器を向けられているのにも関わらず男鹿はまるで壁でも触るかのように手を前に翳した。その意図はヘカドスもナーガもそしてヒルダすら図りかねるが、直後その手の先、ヘカドスの鳩尾辺りに赤黒く煌々と光を放つ蝿王紋が浮かび上がてきた。
「..な、なんだこれは?」
「目印だ。今からそこにしこたまぶち込んでやる為のなぁ!!」
悪魔の如く凶暴に口を歪ませる男鹿が拳を握り込み素早く距離を詰めていく。
「何をする気か知らんが、貴様の拳など当たる訳が..」
そこで気づく。己の脚がまるで杭を打たれたように動かせなくなっていることに。
「──な!?」
「"縛紋"..なんてこたぁねぇただの小細工さ。本命はコイツだッ!!」
男鹿のいう通り、悪魔である彼等にその拘束魔術はすぐに解かれるような小細工に過ぎない。けれどその驚愕と解呪により生まれた一瞬の隙がヘカドスの懐まで男鹿が潜り込むのに必要だった。
だがヘカドスとてただのサンドバッグではない、回避するよりも魔力で身体の強度を高め受ける方が最善と判断し、解呪に魔力を回さず全身に巡らせる。結果拳が届く寸前には既に彼の身体はコンクリートよりも鋼鉄よりも遥かに超える強度を作り出していた。
「らぁぁあああああぁッッ!!!」
鋼鉄よりも強度を誇る身体に男鹿の鉄拳が突き刺さり、胃の中の物が軽く吐き出された。
強烈な衝撃が背中を突き抜け、顔が苦悶に歪み身体がくの字に曲がる。涎と吐瀉物に塗れた口を拭うことも無く、鳩尾を抑えて動かない脚が勝手に震えてしまう。
そして男鹿は逃がさないと言わんばかりに肩を鷲掴んだ。
「おぉぉるらあぁぁアアアッッ!!!」
マシンガンばりの速度で何度も何度も何度も何度も何度も紋章が置かれた鳩尾に拳を叩き込み続ける。
そして、抵抗も出来ずひたすら殴られ続けるヘカドスへ最後に大きく振りかぶって吐瀉部に塗れた横っ面を殴りつける。
拳から肩へと突き抜ける衝撃を消し飛ばすように思いっきり振り抜き、"縛紋"すら留めておけない威力で、ヘカドスを空高く殴り飛ばした。
ロケットのように高く真っ直ぐに機動描いて吹き飛ばされる彼を見て、男鹿は蝿王紋が浮かぶ右手を握りしめる。
「新必殺"
瞬間、空高く飛んだ彼が空を焦がす程の大爆発。街を揺らすほどの衝撃に尋常ならざる熱は屋上にいた全員の肌を軽く焦がした。
大口を開いて驚くラミア、表情を変えずに男鹿を見据えるナーガとヒルダ。未だ顔が凹んでいるアランドロン。いずれの者が想定したものより遥かに超えて男鹿ば成長して帰ってきたのだ。
「借りは返したぜ..エラ野郎」
背後に煙を上げて落ちてきた焦げついたヘカドスに向けて静かに呟いた。
「す..すっご。..人間なのに...柱将倒しちゃった」
「フン、ようやく魔王の親らしくなったな」
驚くラミアに当然とばかりな態度のヒルダ。しかし平静を保つ彼女も内心、短期間での目を見張るほどの急成長を遂げた男鹿の資質に舌を巻いていた。
(やはりこの男..ツムギとは違った意味で計り知れんな)
自身の主を育てる者としての箔が一つ段階が上がった事に心強さを感じる反面、古市と同様いずれ来る人類を滅ぼすと決めた時を考えると恐ろしい物も感じた。
(男鹿..貴様は坊ちゃまと人類...どちらを選ぶのだろうな..。もし最悪敵対する時..坊ちゃまはどうなされるのか)
ヒルダはそこまで考えた思考を振り払う様に頭を軽く左右に振って切り替える。
事実、今はそんな事を考えているべきではない。ヘカドスは沈みグラフェル達は古市と戦闘中、ならば残っていたナーガに2人がかりで戦うべきだと彼女は剣を握りなおした。
柱爵、その王国最高戦力と謳われる武闘集団の中でも更に上澄みの者にのみ授けられる階級は伊達ではない。
例え中学生と間違えてしまうほど若々しく見えても、水竜王と恐れられるナーガの力は恐るべき物なのだ。
しかしそんなことを知らない男鹿はすたすたとナーガの前まで近づいていた。
だが決して油断をしている様子はなく寧ろいつでも動けるように警戒する獣の如く神経を研ぎ澄ましている。
「よぉ...テメェが3人の中で1番強ぇだろ。ってことは首謀者テメェか」
手練れが誰か、教える前に男鹿が既に見抜いていた事にヒルダは僅かに目を剥いた。数日修行を経たことで嗅覚でも備わったかと疑う。
そんな事を考えている内にナーガも表情を変えずに口を開く。
「いや..貴様を殺す事は柱師団全員の意思だ。我々は所詮先遣隊にすぎん」
「...つまりここでテメェをぶっ倒してもまた次の奴が来んのか」
「そうなるな」
男鹿の質問にナーガは端的に答える。
「大将をやるまで終わらねぇ訳だ」
「そうだ」
言葉のラリーは短く続く。
「オレを殺したとしてベル坊はどうする」
「ベルゼ様を連れ帰る」
「連れ帰ってどうする。テメェらが仕えるコイツの兄貴の為に殺すか?」
「どうもせん。大魔王様の元に連れて行く、その後は焔王様が人間を滅ぼすだけだ」
「....そうかよ」
その時、ヒルダは不思議と緩やかに口端をあげた男鹿の顔から目が離せなかった。
「良いことを教えてやる。テメェらの主と違ってベル坊は人間を滅ぼしたりしねぇよ...」
「なんでか解るか───..?」
────オレが親だからだ。
あり得るはずのない結末。
「オレがコイツにそんなしょーもねぇ事はさせねぇ」
あり得るはずがないのに、その言葉は不可解にも彼女の胸にストンと落ちた。
確信を持ち堂々と言い放つ男鹿の姿はまるで子を信じる父親のようで。
根拠も無いのに説得力を持たせる背中はまるで、
(───大魔王...様)
彼女が敬愛して止まない主の背中を想起させた。
突然男鹿はナーガの後方、遠くの空へと視線を移した。
「...」
男鹿だけではない。彼の肩に引っ付いているベル坊も彼と同じ方向の澄んだ青空の向こうを凝視している。
すると一瞬視線の先に小さく陽の光が反射するのが見えて男鹿は緩やかに口角を上げていた。
「.....来たな」
小さく呟いた時、彼等の頭上から幾人もの男達が音を立てて落ちてくる。かなり強めに頭などを打ちつけたはずなのに男たちは呻き声1つ立てず倒れ伏したまま。
そして彼等へと目を向けたナーガが驚愕した。
「..こ、これは...!」
それもその筈、倒れている男達は全員、グラフェルの援護へと送り出したはずの柱師団団員だったのだから。身体中傷だらけで酷い姿になっているが気絶しているだけのようだ。
そしてもう1人彼等に遅れて何かが勢いよく屋上のヘリポートへと叩きつけられた。コンクリートの床が崩れ、吹き荒ぶ風と砂塵が辺りに舞う。
「..グ..ソがぁ...!!」
「その声..グラフェルか?」
砂塵の向こう、血に混じりしゃがれた声で悪態を吐くグラフェル。
しかし砂塵が晴れるとそこには誰よりもボロボロに変わり果てていた彼、そしてそんな彼の上に跨り顔を右手で押さえ込む銀髪の少女の姿。
グラフェル他団員7名を叩きのめした古市紬貴がそこにいた。
「ハァ.....ようやく
静かになったグラフェルから手を離し、ゆらりと立ち上がる。
日に当てられ煌びやかに反射する綺麗な銀髪は乱れ、ジャケットやフレアパンツの服が所々煤けていたり損傷が目立ち、戦闘の激しさを物語っている。
けれども彼女の身体には目立った傷は一つもなく、強いて言えば傷が開いたのか肩に巻かれた包帯が内側から赤く滲んでいた。
軽く乱れていた息を整え辺りを軽く見回す彼女と、何一つ驚く様子を見せない男鹿の視線が交差、数日ぶりの再会を果たす。
「よぉ古市、どうした顔が焦げてるぜ?随分手こずったのか?」
「うっせ、最初の一手二手ミスって爆撃されただけだっつの。その後完封じゃい」
揶揄うような軽口をぶつけると古市も負けじと軽口を返してくる。数日離れただけなのにこんなやり取りが不思議と懐かしさを感じた。
くすぐったい様な気恥ずかしい様な、難しい年頃の男鹿は此方を見上げてくる古市の頭を誤魔化すように乱雑に掻き回す。
「うぐぅおぉぉ!?!?何すんだぁ?ワタシの髪がぐちゃぐちゃになるだろーが!」
「ニョー!!」
「ぅみ゚ッ!?ちょちょベル坊!?前が見えない!ちんちんで前が見えないよ!!」
抗議の言葉も虚しく彼女の髪は更に乱されていく。男鹿の肩に引っ付いてベル坊も再会に喜んだのか、それとも古市にボコボコにされた悪魔達の姿に興奮したのか、ハイテンションで肩から飛び出して彼女の顔に張り付いた。
ちっちゃなちんちんとタマに急に視界を塞がれて古市は軽くパニックになった。なんなら爆撃された時よりも動揺していた。
しかし、緩んだ空気を掻き消すような本能的な恐怖に襲われ、彼等の全身の総毛が立った。
青く澄んだ空に近い屋上を侵食していくドス黒い殺意と魔力、それは戦いの場に慣れていないラミアは愚か、侍女悪魔のヒルダやそれこそヘカドス達のソレより遥かに膨大で種族としての格の違い突きつけられる。
「────危険だな。お前達2人...今のうちに摘んでおかねば」
柱爵、そして水竜王と恐れられるナーガはこの瞬間、男鹿と古市を取り払うべき障害ではなく討ち倒すべき敵と認識した。
少年とも見える小さな体格とは反対に場を支配する程の大きな魔力に誰もが気圧された。
「上等だ。ワタシが相手になってやるぜ」
それでも尚、古市は牙を剥く。
「古市..顔にベル坊引っ付けたままじゃカッコつかねぇぞ」
ちんちんで視界が塞がれているけれど。
そして男鹿はヤル気になっている古市からベル坊をひっぺがし、彼女を背にするようにナーガへと一歩前へ出る。
「あ、眩しぃ..」
「それに悪いけどここは引っ込んでてもらうぜ。コイツはオレの喧嘩だ」
一気に視界が開けたせいで目をシパシパさせている古市に彼は言い放ち腕を捲る。
修行後の彼の成長は凄まじいものだった。人間が相手を出来る筈のない悪魔、その上戦闘種族邪竜族の上澄みである柱将相手にたった数日で完勝出来る強さを得たのは紛れもない彼の計り知れない資質とベル坊の魔力によるものである。
「えぇ..でもさこれ言ったら怒るかもしれないけど..。今のアンタじゃあのちびっこの相手は難しいんじゃない?」
その上で彼はナーガと戦うには分が悪い。
柱爵という存在はそれ程までに特異で強靭。悪魔という存在の中でも理の外側に居る者だけが柱爵の称号を得るのだ。
しかし彼とて考えなしに戦いを名乗り出た訳でもない。
「バカめ古市。オレはまだ修行の
「
男鹿は懐に隠していた
「ああ、名付けて"スーパーミルクタイム"だ」
「ダッ!!」
「....なんで哺乳瓶?」
同時刻、戦いの場へと赴く男鹿を見送った早乙女は魔二津の山の中の小さな河川で顔を洗っていた。
肌を指すような冷めたい川水から顔をあげて、獣のように左右に振って水を切る。
「あぁ゛...やれやれ。男鹿の野郎..とんでもねぇ技を編み出しやがって」
気怠げに嘆く彼は両の腕に目を向けた。
そこには掌から肘までにかけて無数の生々しい
「まさかオレが止めるだけでこんなになっちまうとはな...くそったれ」
彼の無数の傷は男鹿の編み出した
「アイツ...俺の言ったこと肝に銘じたかな?...いや少し抜けてっからすぐ忘れそうだな」
呟いて立ち上がると、曲げていた腰を叩いて後ろを振り返る。
「
彼の眼前に広がる、
切り札として用意したのは哺乳瓶、やかん、ポケットコンロ、そして王宮粉ミルク。
いつものベル坊ご飯セットだ。
古市やヒルダにラミア、そしてナーガに守られながら男鹿は男子高校生とは思えないほどに手慣れた手捌きでミルクを作り出していく。
コポコポと小気味のよい音を聞かせるやかんをとり、粉ミルクを入れた哺乳瓶に規定量注ぐ。
そしてバーテンダーのように優雅に哺乳瓶を振り粉ミルクを溶かし、再度できあがり量まで湯冷ましを注ぐ。
最後に哺乳瓶を頬に当てて温度確かめて、最適な温度になったら出来上がり。
「....まだ?」
「まだだ、人肌になるまで冷まさねーと。いつもやってることだろ古市」
「そうだけど...いやなんでこのタイミングでミルク?」
古市のツッコミにラミアとヒルダが内心同意する。
「あっちの人も困って立ち尽くしてんじゃん!あんなに戦闘体制とってたのに」
「困ってなどいない。王族であるベルゼ様の食事の時間であるならばそれが何より優先されるべきこと、邪魔するわけにはいかん」
「あぁ...そういう気遣いはできるのね..」
絶妙に気まずい空気がその場を支配していた。それでも我が道を往く男鹿は粉ミルクの温度確かめ続けている。
「うしっ。悪いな、そろそろいいカンジだ」
「ダーブッ」
完成したようで男鹿シェフは満足気に頷いた。彼の肩に引っ付いているベル坊も彼の真似をして頷いている。
そしてその哺乳瓶のミルクは
────男鹿が喉を鳴らして潤していく。
「アンタが飲むんかぁいッ!?」
古市全身全霊のツッコミが広く澄み渡った大空に木霊した。
「アーダッ!!アーダッ!!」*1
「ブハッ!!まず...!ダメだベル坊クン!!これ以上はもう...」
「アーイッ!!?」*2
「吐くぅ!これ以上は吐くから勘弁して下さい!!」
男鹿とベル坊のこれから戦うとは思えないやり取りに横で見ていた女子3人は思わず気が抜ける。
「一体何なのよアイツ....」
「なんかアルハラ受ける後輩と先輩みたい」
「あぁ..坊ちゃまのミルクが...」
いつもの悪ふざけのような、意味のないと思われる行動。
しかし、それは静かにそして大きな変化彼等の身体にもたらしていた。
「..うーい..あぁ...来た、きたキタァ...!!」
「..あれ?男鹿の身体が...」
そこで彼女らは気づく。バレー対決の際のように男鹿の身体全体に蝿王紋が表れ始め、彼から感じられる魔力が大きくなっていくことに。
何より浮かび上がった蝿王紋の色がいつもの赤ではなく禍々しい
「蝿王紋の色が...!」
「魔力量の絶対値が上がっていく..まさかアヤツ、無理矢理リミッターを外しているのか..!?」
「..アーダ..?ダーブダァ....!」
そして彼は
音もなく静観していたナーガへと襲いかかる。
「───何!?」
「ダッ!!!」
超速で間合いを詰め、言葉とは言えない短い声と共に打ち付けてくる拳をすんでのところでナーガは掌を使い受け止めた。
だが衝撃は殺しきれず男鹿とナーガを中心に足元のヘリポート全体が轟音と共に崩れ落ちる。
「やっばッ!!ラミアちゃん!!」
「きゃあっ!?」
足場が崩れていく前に古市は横にいたラミアを小脇に抱え、ヒルダと共に空へと飛び上がる。
「しまった..アランドロン!!」
「え?あ、オッサン!?」
ヒルダの声に視線を下に向けると瓦礫となって崩れていくヘリポートに飲み込まれていくアランドロンの姿。
抵抗もせず呑み込まれていく彼は最後に親指を上げて沈んでいった。
「....まぁ奴ならあの程度では死なんだろう」
「..ケロッとしてワタシの家に帰ってそう」
彼が飲み込まれた瓦礫を蹴散らして飛び出すナーガと追いかける男鹿。空高く飛び上がり再度激突、轟音と共に大気を揺らす。
「キャキャキャッ!!」
悪戯がバレた子供のように無邪気に笑う男鹿、しかし彼がナーガの腕を掴む力は凄まじい。強靭の肉体を持つ筈のナーガの腕の骨が握るだけで激しい乾いた音をたてて鉛筆の様にへし折れた。
「おのれ...!!」
折られた激痛に顔を歪ませながらも、ナーガはもう片方の拳を男鹿の鳩尾に突き刺した。
「ダブッッ!?」
突き刺さった拳に肺の空気が全ての口から吐き出され一瞬硬直する。それでも掴んで離さない腕をナーガは身体を捻って折れた骨ごと千切る。
血飛沫を上げる片腕に眉ひとつ動かさず、ナーガは身体回転させた勢いで男鹿の側頭部に容赦なく蹴りを叩き込む。
凄まじい炸裂音が空中に響き、直線を描いて男鹿は蹴り飛ばされ堕ちていく。だがナーガはそこで止まってくれる訳もなく、千切れた腕をすぐに再生し間髪入れずに追撃を撃ち込む。
空中で身動きの出来ない男鹿に高速で襲いかかる無数の魔力弾。それら一つ一つが手榴弾より規模の大きい爆発を引き起こす物であり、一つ喰らうだけでもひとたまりがない。
「終わりだな..人間。次はあの女だ..」
空中で避けるどころか身動きの取れない男鹿の様子に魔力弾が迫る中、勝敗を確信したナーガは次の目標へと視線を移す。
そして空が割れんばかりの爆発音と爆風を背に、同じく上空でラミアを小脇に抱える古市と視線が交わった。そして全身に魔力を巡らせ、戦闘態勢に入る。
────ダ。
足が振り抜かれると同時に直下のヘリポートだった瓦礫へと一直線蹴り飛ばされる。マンションを揺らす衝撃に大きな瓦礫と砂塵が舞い上がった。
脳が揺れたかぐるぐると視界が回りるが、ナーガは瓦礫を押しのけ立ち上がる。
「うわ...」
気味が悪いものでも見たような古市の声、立ち上がったナーガは蹴りを受けた下顎部が吹き飛んでいたのだ。
消えた鼻の下から多量の血が垂れ流しになりながらもナーガは頭上の男鹿を睨み上げる。
「アーダー....?」
不気味な程に無邪気な笑みを浮かべている彼は、空中に現れた蠅王紋の上に
身動きできない筈の空中で男鹿が無数の魔力弾を躱せた理由、展開した蠅王紋を足場に跳び上がることが手段だった。
「貴様ぁ...それは大魔王様の高貴な紋章だぞ...!」
下顎が吹き飛んでも眉ひとつ動かさなかったナーガ、だが再生した口から明らかに怒気の含んだ声が発せられる。
「貴様如きが足蹴にして良い物ではない!!!」
初めて声を荒らげ再度無数の魔力弾を放つ。先ほどの男鹿一点を狙うような撃ち方ではなく、空間を埋め尽くすような濃密度な弾幕だ。
「ウィー!!」
無作為に襲いかかる弾幕、男鹿は更に幾つもの蠅王紋を空中に出現させて魔力弾の合間を縫うように縦横無尽に高速で跳ね回る。
だがそこに隙が生まれた。
「甘い────"蛇竜掌"!!」
「ギャッ!!?」
紋章から跳ね次へと向かう最中を狙われ、男鹿の頭に魔力で威力と貫通力が強化された貫手が叩き込まれた。頭蓋が割れたか血を撒き散らし頭部が勢いよく後方へと跳ねる。
だが男鹿の手はナーガの胸ぐらを掴んでおり吹き飛ぶことは無く、
彼は叩き込まれる寸前に頭部に
「────ッ」
以前早乙女が古市と一戦交えた時と使っていた盾の役割を持つ紋章が、ナーガの全力の貫手の衝撃を7割防いだ。結果頭部から血がでる程度で済んだのだ。
そして男鹿の新技"
「アダッッ!!!!」
掴んだ胸ぐらと後方に跳ねた頭部を勢いよく引き寄せ、無邪気に笑う男鹿は紋章の浮かぶ血に塗れた額をナーガの小さな額に思いっきりぶつける。
鈍い音と脳の奥まで響く衝撃、
直後、身を焦がす灼熱を放つ大爆発が2人を巻き込んだ。
その熱風は空中で遠巻きに戦いを見ていた古市達にも届いていた。
「熱っ!自爆覚悟かよアイツ..!なんて滅茶苦茶だよ」
「にしても何か様子がおかしくない?言葉とか..まるでベルゼ坊ちゃまみたい」
「それは恐らく、無理矢理シンクロした影響だろうラミア」
小脇に抱えられたラミアの疑問にヒルダが答える。
「シンクロ?」
「"スーパーミルクタイム"...その名の通り坊ちゃまのミルクを奴が飲むことで2人の境界を曖昧にするのだろう。境界が曖昧になれば人の身体の枠を超えて奴は、無尽蔵に溢れる坊ちゃまの力をそのまま引き出せる..といったところか」
新境地"
しかし早乙女曰く、契約者の間で禁術と言われるソレは境界が曖昧になればなるほど身体の支配権が悪魔に取られるデメリットがある。
「...つまりベル坊の姿が見えないのは境界が曖昧になって融合したってこと?」
「厳密には違うかもしれんが概ねその通りだろう..」
「フュージョンかよ..」
古市は脳裏に某バトル漫画を浮かばせながら、彼等の戦闘へと再度視線を移す。
間違いなく先程よりも数倍強くなった男鹿は、柱爵であるナーガと戦えている。無茶苦茶で奔放的、恐ろしい程の破壊力で子供のように暴れ、ナーガの想定外の動きで翻弄している。
ただそれでも
「"水燼濁々 蛇竜掌"!!」
ナーガが上を往く。
まるで神話の大蛇のように大きく唸る魔力の奔流に男鹿はなす術もなく呑み込まれた。
ベル坊の本能故か咄嗟に魔力を巡らせて身体を守るが、それすら貫通して全身を焦がしていく。堪らず彼は紋章を爆発させて強引に奔流から抜け出した。
男鹿と契約したベル坊悪魔としての潜在能力は上回っていも戦闘種族として最前線で闘ってきたナーガの経験と本能が更にそれを凌駕しているのだ。
「ムー...」
そして何より許容上限引き上げたとしても人間の身体、男鹿に支配権がある限り無尽蔵に溢れる潜在能力は未だ全てを引き出すことは出来ない。
男鹿に支配権がある限り。
「ング...ング..」
「...まだ、上がるのか...?」
魔力の奔流から抜け出し、焦げた身体で男鹿は更に哺乳瓶のミルクを呷る。中身を飲み続けていくたびに上がり続ける魔力を感じ、ナーガは戦慄した。
ナーガだけではない、"
「───いかん!!それ以上は飲むな男鹿!!」
制止の声虚しくも既に彼は哺乳瓶の中身を全て飲み干した。
変化はすぐに現れる。
最早魔力はこの場の誰よりも遥かに上がったが、なにより顕著な変化は肉体から生えた蟲のような透明感のある大きな
「ダブ。」
お..終わらなかった..だと..!?文章書く語彙が足りねぇ..!!