オニRF様、またまた誤字報告ありがとうございます..!
街中に佇む一つの喫茶店。
スイーツが美味で有名なその喫茶店の店内の一角の席。そこに異様な雰囲気が醸し出されていた。
大和撫子を彷彿させるような黒く艶やかな長い髪と整った顔に真っ直ぐと筋が通った凛とした美しい姿勢。しかし大和撫子とは掛け離れた剣呑な雰囲気が身体から溢れている。
もう1人、西洋人形のように輝かしい後ろでまとめたブロンド髪と翠眼が特徴的な美少女が、テーブルを挟んで彼女の対面に座り涼しい顔でコーヒーを飲む。が、彼女も負けじと鬼も裸足で逃げ出すような恐ろしい圧を放っていた。
そして一際珍しく現実離れした綺麗な銀髪のウルフカットが目を惹く、端正な顔つきの少女が彼女らの間に挟まるように座る。場違いとも思えるほどにニコニコと笑顔を貼り付けて楽しそうな雰囲気を持っていた。
そんな信じられないくらい美しい少女達がテーブルを囲んでいるのにその重苦しさ感じさせる異様な雰囲気に周りの客もスタッフ達も近寄れずにいたのだ。
そんな修羅場からその日の朝まで時は遡る。
母親と長い話し合いの末、聖石矢魔にいる間に実施されるテストは必ず受けて一定の成績を維持すること、高校卒業後に必ず大学に進学し最低4年間は勉学に励むことを最低条件に和解が成立。
転校や男鹿との接触禁止令も諸々撤回され母親との仲直りを無事に出来た彼女は非常に清々しい朝を迎えたのだ。
そしてさらに良いことが一つ。
「紬貴。はいこれ」
「...え?何このお金?学校帰りなんか買ってきて欲しいの?」
「お小遣いよ、ゲーム機買って手持ち何もないんでしょ?今月はとりあえずこれだけ上げるわ」
久しく拝めなかった一枚の紙幣に古市は歓喜に身体を振るわせ静かに涙を流したという。
財布に渋沢さんが1人住み着き、母との関係も回復した古市は上機嫌で通学のために男鹿の家まで迎えに行く。足取りは軽く、スキップも織り交ぜながら古市は男鹿の家の近くまで辿り着いた。
「あ、おはようございます!!古市さん!!」
「おはよう!んーと、誰だっけ?不審者?」
その言葉に玄関の前に居た男がズッコケる。
「えっ!?お、オレですよ!アニキの舎弟のカズっス!!」
「しゃてい....?そういやそんなのいたね」
「ヒッデェ!?」
舎弟を名乗る男山村和也、通称カズはあまりにも彼女の対応が心に効いたのかガックリと肩を落とす。しかし当の彼女は気にする様子も見せず門扉のインターホンを押した。
「おーがーくーん!ヒールダちゃーん!いっしょに学校いこー!」
小学生のような声がけから数分後、開かれた玄関の扉の向こうからベル坊を抱えた制服姿のヒルダが出てきた。
「おはーヒルダとベル坊」
「おはようツムギ。ほら坊ちゃまも...」
「ダ!」
三者三様の挨拶を交わす。隅で山村が膝を抱えているがヒルダもベル坊もきにするどころか気づきもしない。
「あれ?男鹿は?」
「今来る」
「ヒルダテメェ!!ベル坊連れて勝手に外に出るんじゃねぇよ!!オレを殺す気か!!」
ヒルダの背後から慌てた様子で男鹿が怒鳴って出てくる。よっぽど慌ててたのか口元に歯磨き粉がついたままだ。
「おはー。口汚れてるぜ」
「マジかよ..クソ、朝から急かしやがって..」
「貴様いつまでもチンタラしているのが悪い」
乱暴に口元を拭きながら突っかかる男鹿にヒルダも毅然と切り捨てた。襲撃から少しは仲が良くなったかと思われたが相も変わらず憎まれ口を互いに叩き合う2人。
「まぁまぁ夫婦喧嘩もその辺にしてよお二人さん」
「「誰が夫婦だ誰が」」
「うんうん。息もピッタリ絶好調!じゃレッツラ登校ー!」
「....なんかいやに機嫌がいいな?..なにかあったのか?」
片手を上げて数歩歩き出した古市の背中に男鹿が問いかけた。上機嫌の古市は後ろを振り返って自身の口元に人差し指を置く。
「ひーみつー!」
そのままハイテンションで古市は軽やかに歩き出す。その姿を見てヒルダも男鹿も互いに顔を合わせ、後を追うように歩き出した。
「あっ!?ま、まって下さいアニキー!!オレを忘れないでー!!」
その後、特に悪魔の襲撃や他校の不良によるカチコミなどはなく、つつがない学校の1日を過ごした。
相変わらず自習だらけの授業も、雑談という名の小競り合いしてその度に早乙女がその生徒達に拳骨落とすこともあったけど至って平和な普通の1日だった。
────放課後、各々が荷物を持って帰る準備を始める。
「ねぇねぇ」
「あ?どうした?」
「今日寄り道してかない?久しぶりにゲンコツコロッケ食べよーぜ」
「小遣いねぇんだろお前。今日は奢んねーぞ」
怪訝そうな顔で言う男鹿だが、それに対して含み笑いを返す古市。
「小遣いがない?フッフッ...一体いつの話をしているんだい男鹿君?今ワタシの財布にはあの渋沢様が住んでいるのさ!」
仰々しい物言いと身振りで言い放った。
「てことで今日はワタシが奢ってあげる。ヒルダも学園祭の時のお返しにね?」
「スンってなるなスンって。ま、オマエが奢るってんなら断る理由もねぇな」
「私も異存はない」
それじゃ行くかと席から荷物を持って立ち上がるが、同時に男鹿の肩に背後から手が置かれた。
何事かと2人して背後を見ればそこにはバンダナを額に巻きタバコを咥えた我等の担任早乙女の姿。
「デートの邪魔してすまんが、今日からコイツは居残りだ」
「はぁッ!?ナニ言ってんだテメェ!!」
「奴等が襲撃する前に少しでも強くなんなきゃなんねーんだよオマエは。つーわけでこれから毎日放課後はオレと特訓だ」
「勝手に決めんじゃねえよ!?」
男鹿の叫びも虚しくそのまま首根っこを掴まれズルズルと引き摺られていく。
「じゃ、そういうわけだからすまんがコイツ借りてくぞ」
「うぇー..せっかく遊びに行こーと思ってたのに」
「ぶーたれてくれるな。それじゃまた明日」
「おい!!勝手に話進めんな!第一───」
そこで教室の扉が閉まる。廊下の方から未だ抗議の声が聞こえてくるが段々と遠ざかっていく。
その場に残された古市とヒルダが互いに顔を見合わせた。
「...じゃあ行こっか!コロッケ以外に食べたいものある?」
「別に...いや待て」
そこでヒルダは何かを思い出したように突然ケータイを取り出して操作を始める。
「おー..ワタシが渡したお古のスマホ随分使いこなせるようになったね?」
「当然だ、この程度造作もない。それよりアヤツが来ないのならばここへ行ってみないか?」
差し出された画面にはゲンコツコロッケの売っている下町の肉屋とは正反対の西洋の街角に佇んでいそうなお洒落な雰囲気の喫茶店だ。
「ここって最近インスタとかで流行ってる場所?」
「傷の療養中、テレビで多く流れていてな。少し気になっていた」
「なーほーね。ここの学校からも近いしここにしようか、じゃあ...」
ここで古市は視界の端で馴染み深い姿が席を立つのを捉えた。
「葵ー!いっしょにスイーツ食べに行こー!」
「...え」
「...む」
そして現在に至る。
古市は除いた2人はつい先日男鹿とベル坊を賭けて対立し、軽く一戦交えたため少し物々しい、気まずさ全開の空気があった。
「お、お待たせしました..こちらレッドフォレスト三つでございます..」
「ありがとーございまーす。うはー!綺麗で可愛い!インスタにあげちゃお!」
「ふむ...テレビで見た通りだ」
「確かに綺麗ね..」
引き攣った笑顔を貼り付けたウェイターによって3人の手元にケーキが置かれる。
上面に美しくそして所狭しと盛り付けられた小さな球状のスイカの果肉とカットされたイチゴ、スイカベースの鮮やかな赤いソースが特徴的なキューブ型のケーキ。
古市は瞳を輝かせてスマホのカメラを向けてシャッター切り、重々しい雰囲気を放っていた2人も和らいでいた。
「スイカのケーキなんて珍しい..では早速」
スマホ置きフォークを手に取るとケーキの一角を切り崩し口に運ぶ。スイカの爽やかな甘さとイチゴの芳醇な酸味、そして特製のソースと生クリームの濃厚で大胆な甘味が見事に調和を生み出す。そしてまぶされていたヘーゼルナッツと間に挟まれていたスイカクランチが軽やかな食感を生み出した。
たった一口、それだけで
「───..うっま」
古市の語彙力を奪った。
古市だけではない、上品な所作でケーキを口に運んだ邦枝も優雅に食したヒルダもその美味に軽く目を開いて驚く。
3人とも目を閉じて数秒余韻に浸った。
「美味しいねこれ!いやぁ...ホントにね!こう..美味しい!」
「食レポ下手ね...けど確かにこれは想像以上に美味しいわ..。びっくりしちゃった」
「テレビでやるだけのことはあるな。流石だ」
先ほどまでの雰囲気が嘘のように楽しげに各々目の前のデザートに舌鼓を打つ。
「むぐむぐ..葵もインスタやらないの?」
「うーん..私はいいかな。よくわからない人に写真見せるの怖いし」
「たしかに。かくいうワタシも鍵垢でゆかちーとかだけしかやりとりしてないや」
「ていうか、私達こんなゆっくりしていていいの?悪魔達の襲撃に備えた方が...」
そこで邦枝が素朴な疑問を投げつけた。当然の疑問ではある。
「...無論何もしていないわけではない..ウチのアランドロンやラミアの手も借りて備えもしてはいるが...」
「まぁ問題はどれだけ準備したってこっちは後手に回る他ないってとこだよね。罠とか作戦を組むにしても現状出方が分からなすぎる」
机に肘をつけた古市がヒルダの言葉に補足する。
「...そっか。向こうはこの世界とは違う場所にいるからいつ来るか予想も動きも分からないんだ..」
「ヒルダは向こうの世界に密偵みたいな仲間は居ないの?てかあのスライムさんは?本体は向こうにいるって話だよね?」
「...奴には頼れん、あくまで奴は医者として中立の立場を貫いているからな」
「八方塞がりって訳ね..」
やり場のないもどかしい気持ちを飲み込むように邦枝はケーキを口にした。
「男鹿とツムギ、奴らの狙いが分かっているだけマシだろう。そこから切り口を作り出す」
「男鹿は今日からあのオッサンが特訓つける為に側にいてくれるらしいし、今は力をつけるだけだよ。葵も頑張ってくれてるみたいだしね」
「え?私?」
唐突に名前を挙げられた事に邦枝はびっくりするが、古市は肘を着いたまま視線を彼女の
「昨日のヒルダとの戦ってるときもそうだったけど、そのちっこい
「え!?見えるの!?」
「え、見えないものなのコレ?」
古市の視線の先、邦枝の膝にも届かない背丈のずんぐりむっくりとした狛犬のような生き物が居た。
いや、彼女に足で顔を踏みつけられていた。
「ていうかソレ大丈夫?動物愛護団体に訴えられない?」
「大丈夫よ。むしろ足をどかした方が問題だわ」
「ナニソレこわ...」
「いや大丈夫やないわ!!!」
するとその変な生き物が息を吹き返し邦枝の足から飛び上がり脱出。彼女らが囲むテーブルの上に軽やかに着地、
「アッカーン!足滑ってもーた!(棒」
したかと思えばそのまま飛び上がる。狙うはヒルダの豊満の胸、その生き物がもう少しで触れる。
「メギュッ!?」
が当然彼女が反応できない訳もなく、容赦なく首を鷲掴んだ。
「..粗雑な隠匿術式だ。あの時の違和感の正体は貴様か」
「え、今コレ喋んなかった?何なのコレ?」
「..丁度いいわ、少し知っていて欲しいの。私が貴方達と一緒に戦うために」
邦枝はそこで説明する。悪魔達と戦う為にコマちゃんと名乗る天狗と契約した事、その魔力の制御及び身体の順応化の為
「なるほどね。色々と考えることはあるけど...マジでこれが天狗なの?」
「そうみたいよ?」
「えぇ..ワタシの先祖にコレいるの?...ちょっとやだなぁ」
テンションダダ下がりの古市が指を刺す先には力を一切緩めなかったヒルダの手によって顔の色が青くなって泡を吹いているコマ。白眼も剥いてる。
「先祖は一体何を考えて...」
「いや、恐らくだがこの犬とオマエの力は関係ないかもしれんぞ」
「え?」
落胆する古市に待ったをかけるヒルダ。
「この犬は"シーサリオン"という昔に魔界の生存競争に負け逃げ延びた種族の悪魔だ」
「あ、これ悪魔なんだ」
「犬からは魔力を感じるがお前から感じるのは似てはいるが別物だ」
ヒルダは片手を離して乱雑にコマを落とした。悪魔である彼女はやはり魔力と妖力の違いを感じることが出来ている。
「だから、..あれだ...そう気を落とすな」
「..フフッありがと。元気でた」
「──フン」
照れくさそうにそっぽを向くヒルダに古市は笑顔を向ける。
「うぉっほん」
それを面白くなさそうに邦枝はわざとらしく咳を立てた。
「とにかく、これが今私が現状できる事よ。役立てるか分からないけど覚えておいて」
「助けになるよ。絶対に」
真っ直ぐと目を見据えてハッキリと言い切る。
「ね?ヒルダ」
「..信頼できる人手が少なすぎる現状、お前の成長は我々にとって大きな物だ。だが..良いのか?お前にとって元々関係が無い戦い、喧嘩とは違い今度こそ死ぬかもしれんぞ?」
話を振られたヒルダは脅すような言葉で忠告をする。だがそれは意地悪で言っているわけではないことは明白、寧ろここで逃げる選択肢を提示している時点でヒルダにとっては珍しく見せた優しさだ。
「無関係じゃないわ」
当然、それで怖気付く邦枝ではない。
「確かに巻き込まれた形かも知れないけれど、私の大事な友達が、後輩が命狙われているのに見て見ぬ振りして過ごすなんて、私はそんな腰抜けじゃない」
その顔は普段の優しく慈愛の溢れる女子高生ではなく、恋に焦がれ振り回される天邪鬼な乙女でもない。
「───命くらい幾らでも賭けてやるわよ」
武士道にも似た覚悟を瞳に宿した女傑の貌だ。戦闘力は勿論、この確固たる意思の強さと高潔な精神が彼女を女王たらしめる所以なのだ。
「...そうか。では頼りにする」
「ええ。私も全力を尽くすわ」
互いに手を取り合う。その2人の間には先ほどまでの剣呑な雰囲気は無く、それを見て間に挟まる古市は心底嬉しそうに口元を緩めていた。
何を隠そう彼女、先日2人が対立していたことを朝から気にしていたのだ。喧嘩というほどでは無いが男鹿もといベル坊を賭けた対決の筈が当のベル坊が第三者の古市に抱きついてしまった。故に決着が有耶無耶になっていた為か未だピリピリしていた。
自分のせいで友人の2人が不仲になってしまうのが心配で無理矢理に会話の機会を作ったが、それは間違いなく杞憂だった。
「んー..ケーキ美味し!」
実にスッキリした気持ちで古市はケーキを楽しむのだ。
「それはそうとツムギ、今晩はこっちで夕食を一緒にしないか?」
「え?」
「...え?」
唐突に夕食の誘いに古市は驚いて声が漏れる。同じく邦枝も。
「どうせならこのまま一緒に過ごそうかと思ってな。襲撃の警戒もせねばならんしいっそのこと私の部屋に泊まっていくか?」
「え、え何?急にどうしたの?」
普段は見ない謎の積極的行動に古市はたじたじと困惑。急に、何故、基本的にそういう事には受け身というか、興味が薄い筈のヒルダの行動は古市の脳内に嬉しさよりも先に大量の疑問を生み出した。
そしてそれは邦枝にも例外じゃない。
「ちょ、ちょっとまて?紬貴ってそんなにしょっちゅう..お、男鹿の家に泊まってるの?」
「いやそんなに────」
「...基本的に私と過ごすことが多い、この間も一晩共にした。
「エ」
男鹿の家に泊まることもなくはないがかなりの少ない頻度だ。古市の記憶が正しければヒルダ来てから泊まったのは、ヒルダが重症を負ったあの日だけ。
確かに一晩過ごしてはいる。意識はなかったが。
ヒルダと過ごすことが多いと聞いて内心隠れて安堵した邦枝。
「お前はしないのか邦枝?」
「え?いや高校に入ってからは確かにしてないわね」
「フッ..やはり私の方が此奴と仲が深いらしい」
ヒルダは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「...なんですって?言っとくけれど私は小さな頃からこの娘と探してきたんですけど?」
「過ごした時間が多いからどうした?それが仲の深さの証明になるわけでもあるまい」
古市は両者の間に火花が散る幻を見た。
「フ..やはり貴様とはハッキリと決着をつけるべきのようだ」
「上等よ。簡単に勝てるなんて思わないでよね」
2人は冷たく恐ろしい微笑みを顔に貼り付け、間に飛び散る火花はより激しさを増す。
「....なんでそーなるの?」
互いに対抗心を激しく燃え上がらせる2人を見て肘をつきながら古市は呆れ気味に呟いた。
その後、バチバチの二人を古市が宥めつつスイーツを食べ終え、何事もなく店を出た。その時に店員らの顔が安堵しているようにも見えたが古市は見て見ぬふりをした。
泡を吹いたまま気を失っていたコマを袋に詰めた邦枝は店を出た後に別れ、古市とヒルダは帰路を共にする。
「はぁ..スイーツは美味しかったけど、なんかドッと疲れたなぁ..」
「もっと体力をつけろ。これしきでへばっていては勝てるものも勝てんぞ?」
「誰のせいだと...」
とぼけた様子のヒルダに呆れを孕んだ目を向けるが、こういう場合はいくら言ってもキリがないと古市は知っている。
気持ちを切り替えるように両手を伸ばして大きく伸びをした。
「でもま、今日は楽しかったぁ!ヒルダも初めて行きたい所に誘ってくれたしね」
普段は古市が行きたい所を提案してヒルダを誘い連れ回すことがほとんど。彼女も特に意見を言う事なく古市に着いて行くのみで、今回も最初はそのつもりだった。
しかし、今日は初めて彼女から行きたい場所の提案をした。それは彼女の心中の変化を表していた。
「...お前と友人でいることに決めたからな」
「..?なにそれ?」
その呟きに目を点にして首を傾げる古市。
「何でもない」
「あ、ちょっと」
ヒルダは薄く笑って一歩二歩先に出る。空をオレンジに燃やす夕陽を背に彼女は振り返る。ブロンドの髪が夕陽の光を反射して輝きを放つその姿は絵画の様だった。
「ツムギ」
「なに?」
「──今度の日曜、ランチでも食べに行こうか」
その言葉に古市は聞き覚えがある。以前彼女自身がヒルダに伝えた言葉だ。
侍女悪魔である冷徹な己の性と初の友人の接し方に揺れ悩むヒルダに気楽に考えて欲しかった。友人とはそんなに深刻なものじゃない、ランチにでも誘えればそれだけで友人になれるのだと伝えた言葉だ。
それを今、ヒルダが自身の言葉で返してくれた。
「...どうだ?」
ポーカーフェイスの得意な彼女がらしくもなく僅かに不安げに瞳を揺らす。古市は足取り軽く彼女の横へ並ぶと
「もち行くっしょ!!」
花咲く満面の笑みで受け入れた。
「どうせならまた葵と男鹿も誘おうよ」
「...私はお前とがいいのだがな」
「仲良くしてよぉ..」
夕焼けに照らされる2人の影は肩を並べ、何処までも伸びていく。その様は互いに心を許した友そのものだ。
「ここに居たのかジジイ」
魔界、その頂点に立つ大魔王が住む大きな城の中、一つの大きな部屋の扉をその男は無遠慮に開く。中に居た小柄な老人を見つけると男は溜息をつき、部屋のソファへ乱暴に腰を沈めた。
「お前からワシを訪ねてくるなど珍しいこともあるものだ」
部屋の窓から外を眺めていた老人は背中越しに話しかける。
「テメェこそ、もう団長の座はオレにゆずったんじゃねえのかよ。この部屋に来ることなんざねえって思ってたよ」
「可愛い息子の仕事ぶりを一目見ようと思うてな」
「ほざけクソジジイ」
老人の軽い口ぶりに男は青筋を浮かべて吐き捨てる。
「分かってんだろ、オレがテメェを探してた理由を。だからここにいんだろーが」
「ふむ、大方検討ついておる。焔王様の召集令のことじゃろう?」
「あのクソガキが魔王なんぞを継ぐ為に全軍率いるとか息巻いてやがる」
「クソガキ言うな、自分の主人に」
不遜な言い振りに老人呆れながらも指摘する。だが男は耳を貸さずに話を進めていく。
「政治だ権力だなんぞに毛ほども興味はねぇが、そんな俺でもわかる」
────あのクソガキ..何か吹き込まれてるぜ?
男の言葉に老人は何も言わず、視線を窓の外へと向けたまま。
「師団の奴等か城の貴族共か...はたまた別の何かか、明らかに今までと様子が違ぇだろ」
「..だとしてもそれを指摘する必要はない。お前が気にすることでもな」
顔を向けず老人は言葉を続けていく。
「お前達柱師団は大魔王様の、焔王様の"力"よ。何も考えずあの御方達の望むまま力を振るえばよい」
「....ケッ、まぁその方が俺の性に合ってるが」
「そういう面倒な犯人探しはな、ワシみたいな隠居ジジイがやることよ」
老人の言葉を聞いて、興味が失せたのかテーブルの上に置いてあったフルーツを掴み弄ぶ。
「オガタツミ..それとフルイチツムギ。女の方はともかく男は契約者か、少し楽しめるといいが..」
「期待しすぎるなよ。幾らあの早乙女禅十郎の弟子とはいえ、お前に敵うはずもない」
「ハッ..するかよ。それよりジジイさっきから何見てやがる?その向こうには"ヴラドの魔境"しかねぇだろ」
男の言葉に老人"ベヘモット"は何も答えず、窓の外に広がる魔境の大森林を眺めるのみ。
灯り一つない薄暗い牢獄
鎖に四肢を繋がれ、再生力を封じられた身体は全身隈なく痛々しい程に深い傷に塗れている。
されどその眼は死なず、
「...必ず..オレが殺してやるぞ..!銀髪の女ァッ..!」
一匹の悪魔は来たる復讐に燃えていた。