TS異能力古市   作:ブッタ

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 オニRF様...誤字修正誠にありがとうございます!誤字脱字をなくしたいな..



第49話 激突

 

 仄暗い校舎の中で鈍い剣戟の音が何度も響き渡る。目にも止まらぬ速度で壁を蹴り、天井を跳ね、縦横無尽に動き回るアギエルに少しずつ翻弄されていく邦枝。

 コマの魔力を込めた木刀で襲いくる刃をいなし続けるが、それでも凶刃は止まず彼女の身を何度も浅く斬りつける。

 

「あれだけ大見得きっといて守るだけならさ、早く倒れてくれない?アタシはフルイチと戦いたいんだ!」

「......」

 

 挑発の言葉、アギエルにとってはただの本音なのだろうがそれはまさしく邦枝を眼中の外に置いた発言。侮辱とも取れるそれに邦枝は少しも反応を示さず木刀を振い続ける。

 速度も膂力も魔力操作の精度もどれ一つとってもアギエルが数段上手で、そして何より躊躇なく急所を狙ってくる剣閃が彼女を追い詰めていた。

 

 されど、

 

「───っしぶといな!?」

「──...」

 

 迫り来る凶刃を弾く彼女の眼に恐怖の色も動揺もなく、諦めも無い。ただ虎視眈々と勝ち筋を探し続けていた。

 

 

 

 

 

 剣戟が響く廊下のその奥で、古市はオドネルとゼラを相手に攻めあぐねていた。

 

「おっと危ない。気を抜いたらあっという間に切り刻まれてしまうな」

「チッ..邪魔だなそのバリア...!」

 

 何度も斬撃を撃ち放つが2人を覆うオドネルによる魔力の障壁に悉く防がれてしまう。高速で回り込み死角から仕掛けても四方を守るその障壁は微風一つ通さない。

 そして何より彼女にとって厄介だったのがゼラの扱う()()()()

 

「───がッ!?」

 

 彼が視線を古市へと向けた途端、全身の筋肉が石のように硬直し指一つ身動き出来ず、表情すら動かせなくなる。

 古市の動きが止められるとゼラは障壁から飛び出して彼女へと肉薄する。目で見えていても身体は動かせず、魔力を巡らせた拳が彼女の腹部へと叩き込まれた。

 声にならない空気が口から漏れ、派手に殴り飛ばされ床を何度も跳ねる。

 

「クソッ」

「動かさん」

「───..ッ」

 

 すぐさま体勢を整えようとするが、ゼラはそれすら許さず再度拘束魔術を発動させた。無防備な隙を見逃さず彼は追撃の手を緩めず蹴りで襲いかかる。

 しかし古市も身体は動かせずとも風を巧みに操り、その場から動かない身体を飛ばして追撃を躱すことに成功。彼の拘束魔術は対象の全身の筋肉を固定させることで拘束する術式であり、外部からの影響があれば移動程度は出来るようだ。

 

 だがそれを見破ったところで彼女にとって窮地であることに違いはない。全身の筋肉が固定されるということは身体が動かせなくなるだけではなく、()()すら止められてしまうのだから。

 横隔膜などの呼吸筋の収縮すら固定される術式は古市を身体の内から追い詰めていく。

 

「───..ッ」

「..む」

 

 酸素が足りず朦朧とし始めた意識を叩き起こし、古市は突然側にあった柱を"伊太刀"で切り崩し始める。気でも触れたかと思われるその行動だが、意図を理解したゼラは警戒して飛び下がった。

 切り崩された柱によって辺りに土煙が舞い上がり彼女の姿が隠れていき、彼は眉を顰める。

 

「...俺のタネを見破ったな?」

「───ブハッ..はぁ、はぁ..ゴホッ」

 

 土煙の向こうで咳き込みながらも荒い呼吸をする古市。拘束魔術が解けた証拠だ。

 古市は彼の拘束魔術を発動するにはその視界に収める必要があると予測立てて土煙を上げて視界を塞いだのだ。その予測は当たっており、漸く身体と呼吸の自由を取り戻せた。

 しかしそのタネに気づかれたところで彼は焦る様子を見せない。それどころか優位にでも立っているかのような余裕の佇まいをしていた。

 

「...だが...それは逆にお前を追い詰めているぞ。その土煙から出た瞬間を俺が()()()終わる..」

 

 そう、ゼラは瞬時に古市の意図を理解して土煙の及ばないところまで下がっている。つまりは視界はしっかり確保できていて、彼女が何処へ飛び出してもその瞬間を視界に捉えられる状況。

 そして飛び出る瞬間を見られてしまえばまた拘束されて今度こそ終わる、まさしく袋の鼠である。

 

 そしてそれは彼女も理解している。土煙に紛れて彼を仕留めることが出来れば1番であったが、それを察知されて避けられたのは仕方がない。

 何より彼女の見立てではゼラの拘束魔術の発動条件はただ視界に収めるだけでは無いと踏んでおり、もう一つの条件がこの状況を打開する秘策となると考えていた。

 

「...オドネル..障壁はまだ張るな」

「わかっている..身体を止めても奴の風で好きに動かれては面倒だ。止めたらすぐに仕留めにいけ」

「...あぁ」

 

 オドネルの言葉に短く返し、ゼラは軽く構えを取り魔力を全身に巡らせる。オドネルもいつでも彼への障壁の展開ができるように準備をしながら土煙の向こうを見据える。

 土煙は一向に散っていかない。その向こうで古市の精密な風の操作により散らずに漂っているのだ。聞こえてくる呼吸もいつの間にか整っており、突撃の機会を伺っているのは明白だった。

 

 姿は見えずとも十分に距離は取れていて、どれだけ速く動こうと飛び出す瞬間を視界に収めることが出来る。

 気を抜かず、できるだけ視野を広くして煙の向こうを注視する。

 

 そして動く。一つの影が土煙から飛び出すが彼はそれを見ようともしない。

 

「───やはり囮だったな。実に安直」

 

 飛び出してきたそれは古市が身につけていた制服のワイシャツだった。風に乗り勢いよく飛び出す囮に惑わされることなくゼラは二つ目の影へと視線を向け、拘束魔術を発動する。他に動きは無くこれが本物だと確信を抱いた。

 

 影は土煙を掻き分け、真っ直ぐ彼へと進んでいく。弾丸の如く速度で飛び出したその()()を視界に収め、

 

「坊ちゃまッ!?」

 

 想定外の驚愕に染まる。

 

 飛び出してきたのは廊下に配置されていた筈の焔王の胸像だった。

 敬愛してやまない主人を模した銅像が飛び出てきたこと、古市の姿が見えないことの二つの想定外の出来事にゼラの視野が狭まる。土煙の向こうにはこの胸像以外に動く影も気配も無かった。故に彼はこれを古市と確信していたのだ。

 

 ならば彼女は何処へ消えたのか。

 

 答えは簡単。胸像に隠れるように共に飛び出して来ただけだ。

 

「貴様ッ!?」

 

 彼女の姿を確認して舌を巻き、タンクトップ姿の古市はその隙を見逃さずに胸像を投げつけた。主人を模したソレを打ち砕くことをできる筈もなくゼラは大きく身体を捻り躱す。

 すぐさま視線を彼女へと移すが、その時はすでに遅く接近されすぎてしまっていた。オドネルが彼の周囲に障壁を展開し始めるが、彼女はそれすら凌駕する速度で肉薄し彼の首を鷲掴んだ。

 

「捕まえたッ!!」

「このッ」

 

 ゼラは腕を振りかぶり頭を殴り潰して逃れようとするが、"伊太刀"によって四肢を切り離される。

 

「──っ」

 

───"叉韋"ッッ!!

 

 達磨となった彼にとどめと言わんばかりに床へ向けて"叉韋"と共に叩きつけ押し潰す。床が沈み、悪魔の強靭な体を持ってしても骨が砕け身体がひしゃげるほどのその颶風は意識を断つのも容易であった。

 

 彼の目から光が消えたのを確認し、古市はその首から手を離しゆらりと立ち上がる。

 

「あとはオマエだけだな。ミイラマン」

「...この短時間で拘束魔術の発動条件を見破るか。敵ながら見事」

 

 発動条件、それはただ視界に姿を収めることではなく全身を収めること。故にゼラが殴った後の数秒動けるようになったり、胸像に隠れながら飛び出した彼女を止めることが出来なかったのだ。

 

「能力もそうだがその頭の回転の速さもなかなか...。なるほど確かにお前を殺しておいた方が後々良さそうだ」

「随分と余裕そうだなぁ..」

「余裕だとも...お前は脅威だ。だが、それでも私の障壁は破れないのだから焦ることはないだろう?」

 

 グルグルと巻かれた包帯に隠れて表情は見えない。だが落ち着き払ったその声は決して追い詰められていない事を物語る。

 そしてオドネルは自身を覆うように魔力の障壁を作りだした。隙間一つないそれは今までのものより更に硬く埃ひとつ侵入を許さない鉄壁の防御壁となっていた。

 以前に早乙女が見せた紋章術による障壁など足元にも及ばない硬度を誇るそれは彼の絶対的な自信の現れであった。

 

「攻撃魔術は苦手故柱爵に甘んじているが...こと防御魔術ならば大魔王様を除いて私に並ぶものは居ない。お前が私に傷一つつけられることはないのだ」

「はは、知ってる?...そういうのベタベタの負けフラグっていうんだよッッ!!」

 

 威勢よく吐き捨て、無数の"伊太刀"をオドネルの障壁に打ち付ける。雨の如く勢いと物量で攻め続けるがそれでも本気で守りに入った彼の障壁にヒビ一つ入ることはない。

 同じ箇所に数十の斬撃を重ねようと、貫通力を如何に高めようとびくともしない障壁。されど、古市は考えなしでひたすらに妖力を消耗しない。斬撃だけではなく己の拳にも風を纏わせ連続で叩きつける。

 

 隙一つない強固な障壁を打ち破るため、古市の攻撃はより激しさ増していく。

 

 

 

 

 

「うはー..ゼラの魔術を看破しちゃったのか。オドネルのバリアが破られるとは思わないけどアイツじゃフルイチに傷一つつけられないだろうし...早く手伝いに行かなきゃ」

 

 剣を振る腕を止めたアギエルは悠々と古市と戦う仲間の状況を確認する。だが相対する邦枝はその露骨な隙を攻めず木刀を握る手を程よく脱力させて身構えていた。

 

「...まったく、今の隙に攻めてこないの?」

「そうしたら貴女は私の首を切り落としていたでしょう?露骨なのよ誘いが」

「ふぅん..?少し認識を改めるよ。フルイチだけじゃなくてお前も少しは楽しめそうだ」

 

 そう呟くとアギエルは握る剣をなぞる様に手を翳す。今までよりも濃密な魔力が剣に宿り夜闇のように昏く染まる。

 

「けどワタシはねメインディッシュは一番最初に食べるタイプなの..。我慢はニガテなんだよ..」

 

 彼女から発せられる殺意に邦枝の背筋に冷たいものが走る。しかし表情は崩さず邦枝は口を開いた。

 

「随分と舐めてくれるわね..さっきから私は眼中にないってこと?」

「今は違うけどさ、でもやっぱり極上のモノを前にお預けされてると気分が良い訳ないでしょ?」

「そう..やっぱり悪魔ってのは不義理なものなのね」

「は?」

 

 急に何を言い出すのか、邦枝の言葉の意味が分からず素っ頓狂な声が漏れた。

 

「そうでしょう?まだ勝ててもいない相手を前に心は既に別の相手に向けている。これを不義理と言わずなんと言うの?主人が主人なら部下も部下ね」

「坊ちゃまを侮辱する気か?」

 

 先程までの軽い調子は霧散し、剣呑な目つきとなる。殺意が洪水のようにその身から溢れ、後ろで見ていた石矢魔の生徒達はその濃密すぎる殺意に呼吸が苦しくなるが、全身にソレを向けられる邦枝は物ともしない。

 

「貴女の行動や言動がそうさせるということよ。何より」

 

────余所見をしていて勝てる相手に見えるの?

 

 木刀を正眼に構え、彼女の殺意に負けず劣らずの闘志をしめやかに燃え上がらせる。

 

 その姿を見て、アギエルの全身の肌が粟だった。なぜ、膂力でも速度でも魔力でも遥かに劣っている筈の目の前の存在に、なぜ己は今、気圧されているのか。

 いかに封魔の獣と呼ばれる悪魔と契約していようと負ける筈が無いのに、今己の前に立つ存在はそれ以上の何かを感じさせた。

 

 邦枝はこのような挑発にも似た舌戦は本来不得手だ。喧嘩の最中に売り言葉に買い言葉を返すことはあれど、自ら言葉で喧嘩を売ることはしない。真っ直ぐな性格と義理人情の厚さ故に誰かを罵ることや蔑むようなことはほぼと言っても良いほどに口にしない。

 そんな彼女が口にした挑発が意味がないことなどあるわけもなく

 

「...はは..吠えたね。後悔しないでよ?」

 

 アギエルは今漸く全身全霊を持って邦枝へと殺意と戦意を向けた。

 獰猛に笑みを浮かべその眼には邦枝しか映っていない。彼女の握る剣はより昏く染まり魔力が溢れ出していた。

 

 これからが本番だとうことを肌で感じる邦枝は息を吐き、早鐘を打つ胸を落ち着かせる。ジリジリとヒリつく肌が相対する脅威を伝えてくるがそれでも邦枝は落ち着いて木刀に魔力を込めていく。

 

 いついかなる時も頭の内は冷静に。

 

 魔二津の山で祖父の代わりに修行を付けてくれた住職の言葉だ。修行という修行はせず、坐禅での瞑想が殆どの時間を占めていた。

 彼曰く身体の動かし方は幼少からの祖父の修行により既に完成されており、身体の内に集中する術を身につける方が大事とのことだった。コマから貰う魔力という目に見えないもの扱うのならば必要だということは頭では理解していたが、それでも彼女は心の何処かで自身が強くなれたのか不安だった。

 けれど、今ここで悪魔と戦うことでその成果を理解する。

 

 数週間前の自分では既に今ここには立つことは出来ていなかった。契約したコマと魔力という目に見えない力の扱い方、得たものは大きく自分の強さは予想を遥かに超えていた。

 だからこそ、心を制さねばならない。魔力はなにより感情の起伏によって影響を受けやすい。

 怒りも恐れも焦りも胸にしまい、頭の内から雑念を捨て去る。それこそが邦枝が魔二津で得た境地である。

 

「コマちゃん..」

『はいよ』

 

 その合図をもとにコマは木刀へ込めた魔力に細工をする。だが、それをただ黙って見ているほど相手は優しくはない。

 

「───速ッ!?」

 

 余所見などしていなかった。しかし気がつけばアギエルに目と鼻の先までの接近を許していた。首を狙った剣筋を後ろに仰反ることで紙一重で躱す。

 

「油断大敵だよ!!」

「してないわよ..!」

 

 続く追撃を躱し、反撃に木刀で逆袈裟を振るう。しかし既にそこにアギエルは居ない。

 

「───遅いッ!」

 

 いつの間にか背後に回り込んでいた彼女が剣を振りかぶる。その剣を躱すには反応が遅すぎた。故に邦枝は躱すことを諦める。

 

「コマちゃん!!」

 

 その言葉と同時にコマがアギエルを横から前脚を勢いよく叩きつける。寸前防御に入られ直撃は避けられたが彼女の攻撃を防ぐことは出来た。

 吹き飛んだアギエルは空中で身を翻し体勢を整えて着地。

 

「ととッ..そういや居たんだっけか封魔の獣..。見えないから忘れてた」

『気ぃ付けや葵ちゃん..剣に込められた魔力も恐ろしいが..』

「分かってる。本命は剣だけれど..いえ、だからこそ脚にも相当量の魔力が込められてるのに気づけなかったわ..」

 

 確かに先程までも人では出せないほどの速度で動き回っていたが、今のように目で追えないほどの速度ではなかった。

 アギエルがこれ見よがしに剣に魔力を込めていた裏で脚に最大の身体強化の魔術を掛けられていたのだ。

 

「とんだ初見殺しね...」

「卑怯だなんて言わないでよ?そっちもなにやら木刀に細工してるみたいだけど...」

 

 アギエルの視線の先、邦枝の握る木刀には不自然な風が纏わりついていた。

 

「それはかまいたちかな?その獣の能力だろうけど..フルイチのと違って魔力が込められてるから不可視じゃない。ただの劣化版だ」

 

 一目見ただけでアギエルは見抜く。

 木刀に纏わりついている風は魔術により生成されているため魔力が込められていた。その為風を認識できなくともその魔力を感知できる彼女ら悪魔にとっては避けることも容易となる。

 

「斬撃を飛ばせたとしてもアタシには当たらないよ」

「それはどうかしら」

 

 不敵な笑みを浮かべるアギエル。しかし邦枝は依然動揺する様子をカケラも見せず風を纏った木刀を構えた。

 そして床が爆ぜる。アギエルの踏み込みは最早邦枝の目には追えるものでは無かった。

 

 けれど

 

「──"暗黒剣 ブラッディグレイブ"ッッ!!!」

 

 目で追えない物を捉えるのは初めてではない。学園祭の時のヒルダの鬼サーブを拾った時と同じ、視覚だけではない五感全てを駆使して彼女が何処へ走るかを感じ取る。

 刹那、最高に研ぎ澄まされた達人とも言える感覚はやがて正確な予測を叩き出す。邦枝はそれに従い、完璧な間合いと美しい太刀筋で木刀を振るった。

 

(────反応した!?)

 

 目で追えていない筈の相手が己の突撃に完璧に合して対処してきたことにアギエルは瞠目する。だがそれが彼女の負けになることはない。

 剣に込めた魔力は木刀に込められたソレを遥かに超えており、完璧に合わせられた所で防がれる筈が無い。風を纏った木刀ごと叩き斬るだけ。

 勝利を確信したアギエルは力一杯剣を振り抜き、

 

 己の剣は木刀に()()()()()()()弾き飛ばされた。

 

「.....は」

 

 意味が分からなかった。何故己の剣は弾き飛ばされ手を離れているのか、何故己の剣は木刀を叩き斬るどころか触れる事が出来なかったのか、

 心の底から襲いくる驚愕はやがて彼女にその答えを教えた。

 

「か、風かぁ...!?」

 

 木刀に纏わせていた風が触れる前に剣を掠め取り吹き飛ばしたのだ。

 

『確かに古市の嬢ちゃんの才能は大したもんや。なんせ小さい頃に祠にやってきたのを追い払う為に雑に振るったかまいたち...それを一目見ただけであそこまでの技に昇華させたやんからな...』

 

 誰の耳に届くでもないコマの独り言。

 

 邦枝は木刀を握り直し、

 

『せやけどそれがわしの風が弱い証明にはならん。古市ちゃんのが必中の風ならわしのは───

「──心月流抜刀術二式百花乱れ桜 魔装..」

 

 返す刀で無防備なアギエルの身体へ木刀を叩き込む。

 

『必殺や』

「"絢爛花吹雪"」

 

 かまいたちによる無数の斬撃と心月流の絶技がその身に叩き込まれ、アギエルはなす術なく地に崩れ落ちる。

 木刀を振り抜いた姿勢からゆらりと残心をとる。倒れて動く気配のないアギエルの姿を視界に収め、彼女は一息ついた。

 

『....ポロリは?』

「ないわよ」

 

 勝利の感傷に浸る間もなく背後で不満げな声を漏らすケモノに、邦枝は冷ややかな眼を向けた。

 

 

 

 

 雨の如く降りかかる無数の斬撃と風を纏う拳を防ぎ続けるオドネルは違和感を感じていた。破られるはずの無い己の障壁が何故か段々と悲鳴を上げ始めたのだ。

 確かに古市の攻撃は当たれば無視できない程の威力で、尚且つ斬撃に至っては回避がほぼ不可能な物だ。されどオドネルが誇る障壁魔術を破れる程のものでは決して無い。

 

 かのヴラドの主の攻撃すら苦労なく受け止める己の障壁は間違いなく魔界でも1、2を誇るもの。それが今悲鳴を上げ始めている。

 そしてなにより魔力を注いで補強しているのにも関わらずその効果が見られない。

 

(...何故だ..!一体..何が..!?)

 

 更に悲鳴を上げる障壁に内心に焦りを募らせる。だがそこで漸くオドネルはその違和感の正体に気づいた。

 

「───..貴様、障壁の魔力を使っているのかッッ!?」

 

 その言葉に彼女は答えず一心不乱に拳と"伊太刀"を叩き続けていく。

 

 彼女の扱う妖術は体内に宿る妖力と体外の魔素を繋ぎ合わせる術式。だが魔素は魔力の原子にも似た存在であり、魔力でも代用が可能となる。

 

 2度、男鹿の"魔王の咆哮(ゼブルブラスト)"の魔力を散らして威力を減らしたのと同じように。知らず知らずのうちに魔力を削られてきたオドネルの障壁は最早、鉄壁とは言えるものではなくなっていた。

 

「まずい..このままでは..!?」

「アンタみたいなバリアキャラはよ..!!」

 

 耐えきれずヒビの入り始めた障壁の向こうで、力強く踏み込んだ古市の握る右拳には"伊太刀"にも似た風が()()()()()()()()纏わりついていた。

 それを目にした瞬間にオドネルは背筋が凍る。今の障壁がソレを受けて耐えられることが出来ないことを悟った故だ。すぐさまありったけの魔力を込めて耐久力を上げていくが間に合うはずもなく、

 

「バリアごと真正面からブッ倒されるんのが定石なんだッッ!!!」

───"韋亥沙(イイズナ)"!!!!

 

 螺旋状で纏わりつくことで貫通力が高められた拳は障壁をぶち抜き、オドネルの顔面を捉えた。

 

 頭蓋が割れんばかりの威力に包帯の上から肉を削り取る風。ただの一撃だけでオドネルは意識を刈り取られた。

 

 古市は拳を力一杯で振り抜いて地面へと叩きつける。轟音と衝撃が辺りに響き、床を砕け散らしながらめり込ませた。

 

「はぁ......はぁ....たくッ..どうしてワタシの相手はこんな面倒くさいのばっかなんだ..?」

 

 男鹿に負けずとも劣らないめり込み具合を横目に古市は1人ごちる。乱れた息を整えるように深呼吸を繰り返していると横から白いものが差し出され、そちらへと顔を向けた。

 

「はい、ワイシャツ。2人も倒すなんて流石ね紬貴」

 

 囮として脱ぎ捨てたワイシャツを持った邦枝がそこに居た。

 

「そっちこそ..修行の成果ってのは凄まじいね」

「住職さんのおかげよ」

 

 差し出されたワイシャツを手に取りつつ、古市は向こうで倒れているアギエルの姿を見る。数週間前までは悪魔達とは無関係だったとは思えないほどの成長具合に彼女はしめやかに舌を巻いた。

 

「..やっぱり貴女烈怒帝瑠(ウチ)に入る気はない?入ってくれると安心なんだけどなぁ..」

「はは..無理だよ。言ってるでしょ?ワタシ、チームとかそういうの苦手だからさ」

「残念」

 

 突如勃発した戦闘に一息つき、軽く言葉を交わす2人。しかし、余りにも現実離れした戦いに見ていた花澤や神崎達は全員驚愕に呑まれっぱなしだった。

 

「な、なんスか..?今の喧嘩..マジパネェくねッスか?」

「コイツら本当に人間か?」

「どうなってやがる..?」

 

 ある物はただただ驚愕に呑まれ空いた口が塞がらず、ある物はある種の恐れを感じ、あるものは信じられない光景を前にただ立ち尽くす。

 彼等の反応は至極当然である。しかし古市達は説明する時間は無いと考え一度彼等を放置した。

 

「葵、とりあえず全員連れて一度退こう。今のレベルで更に襲われたら私達だけじゃ守りきれない」

「そうね..説明や誤魔化しはその後にしたほうが良いわ。今はとにかくここから出ないと」

 

 2人の考えが一致し、ここから逃げ出すために全員を説得しようと彼等へと向き直る。未だ呆けてる彼等、特に生粋のツッパリの神崎や姫川をどう説得していくか頭を悩ませると、

 

 

 突然外から雷鳴のような轟音とともに校舎全体が、いや街全体が地面から突き上げられるように大きく揺れた。

 

 

 その場にいた誰もが身を固くし警戒をして辺りを見回すが、揺れはその一度だけだけで終わる。

 

「地震...?にしてはやけに短かったけど..」

「今パネェ音しましたよね寧々さん!?バァーンッて!私校舎が壊れたかと思いしたモン」

 

 大森と花澤だけではない。その大きな揺れに誰もがどよめき困惑していた中で、邦枝と古市だけがその揺れを気に留めていなかった。

 否、気に留める余裕などなかった。

 

 2人とも校舎の窓から外を、遠く離れた聖石矢魔の方向から目が離せないでいた。身体中から冷や汗が流れ、呼吸が浅く繰り返される。

 遠く離れたここからでも感じられる程の膨大な魔力量と肌を突き刺す強烈な存在感。ソレが今、聖石矢魔の屋上にいた。

 

「....なん..なの、これ?」

 

 その存在感を感じただけで2人の本能は大声で警鐘を鳴らす。殺されるぞ。今すぐ逃げろ。

 どんな猛獣よりも、悪魔達よりも、その存在は明確に死の予感を投げつけてきた。

 

 そしてその強烈な存在感の傍らに急速に弱っていく見知った魔力を古市は感じ取る。

 

「───..ヒルダ...?」

 

 何が起きているのか、彼女に知る由はない。ただ、かけがえのない友人が急速に弱っていくことだけが彼女に分かること。

 その事実だけが竦みそうなった己の脚を、抜けそうになった腰を、挫けそうな心を奮い立たせる。

 今、助けに行かねばならない。

 そう心にして1人進みそうになった脚を、彼女は止めた。

 

(今..私がここで抜けて、葵や神崎達はどうする...?ただでさえ2人で守りながらでやっとって所なのに...!)

 

 しかしここで足を止めればヒルダは助けに行けない。感じられるヒルダの魔力は急速に弱っていきかなり危険な状態なのは明白。葵達もヒルダ、どちらも捨てられない。

 

(....どうすれば..!)

「───行って」

 

 ぐるぐると思考の海に沈んだ古市をただの一声で現実に戻す。

 

「ここは私がどうにかするから..。紬貴はヒルダさんを助けてきて...!貴女しか出来ないの」

「...でもっ」

「行きなさい!」

 

 食い下がる古市を邦枝が一喝。その眼に、貌に頑固たる決意が宿っていた。古市もそこで覚悟を決める。

 そしてこの戦いの場に残していく邦枝の手に一枚の紙を握らせた。

 

「..これは?」

「爺さん特製の退魔の札。悪魔にはかなりの有効だから...使って」

「なら尚更貴女が持ってた方が」

「爺さんは三枚持たせてくれた..。一枚はこの間使ってるから、ワタシはあと一枚持ってる」

「..わかったわ。ありがとう」

 

 その話を聞いて邦枝は退魔の札を受け取る。すると古市はその邦枝の手を祈るように両手で包み込んだ。

 どうか大事な友達に苦難も不幸も降りかからないよう...誰も傷つかないように。

 

「...絶対、無茶はしないで..」

「それは私の台詞よ..」

 

 古市は手を離して数歩離れて壁に向き合う。玄関まで行く時間すら惜しい彼女がどうするか。

 行く手を阻む壁をぶち壊せば良い。

 

 腕を雑に振り圧縮した風を撃ち放つ。大きな音をと土煙を立てて校舎の壁に大穴を開いた。像すら通れそうな程な大穴は焦りによって生じたコントロールブレによる結果だ。

 あんぐりと驚く石矢魔の面々と引き締まった貌の邦枝を背に、古市は大きく跳び上がる。

 そして校庭に生えていた木の枝を足場に、勢いよく空へと凄まじい速度飛び上がっていった。

 向かうは聖石矢魔、風を巧みに操り自身の出せる最高速度で飛んでいく古市はもう既に豆粒の大きさでしか見えなくなっていた。

 

「...と、とんだ?」

「あー..これ夢だな」

「さぁ!!私達も急いで動くよ!!全員しっかり着いてきて!!」

 

 古市を見送った邦枝は呆然とする面々を一喝して行動を始めた。

 

 騒動は収まる気配はない。

 





 聖石矢魔に現れたのは一体何ウォックなんだ..?
 もう既に遅いかもしれませんが、悪魔サイドにはガッツリ強化が入ってたり能力追加してたりしてます。ご注意を。


 古市ちゃんの簡単技解説こーなー

1.伊太刀(イタチ)...所謂かまいたち。目にも魔力感知にも認識されない不可視の風刃。速度も秒速300メートル近いので基本回避不可能。オドネルのようにバリアを張ったり、魔力で防御力を高めれば対処は可能。勘で避け切った早乙女先生?あれは人間じゃないから。初出は早乙女戦。
 派生技
  ・韋亥沙(イイズナ)...三振りの伊太刀を腕へと螺旋状に纏わせる技。貫通力と高まり、触れればドリルのように抉り削る。初出ヘカドス戦。
  ・(テン)...螺旋状の伊太刀を弾丸のように撃ち放つ技。所謂ライフル弾をモチーフで貫通力であれば1番。初出ヘカドス戦。

2.叉韋(サイ)...ただ高出力の風をぶつける脳筋技。トラックどころか大地の一部ごと吹き飛ばせる程の風はそれだけで必殺となるが、それなりの溜めや自身が吹き飛ばされない対策もしなくてはならないので使い勝手は悪い。移動手段として非常に優秀。初出早乙女戦。
  
3.捷舞叉(ハヤブサ)...全身に風を纏わせる身体速度強化技。パワーなどは変わらずただただ最高速度を引き上げる技。速度は重さ理論で攻撃力も引き上げ、尚且つ身に纏った流れるような風が相手の攻撃を自動的に受け流す。ただ強すぎる攻撃などは普通に貫いてくる為おまけ程度。初出は早乙女戦。

 話書いてて風の斬撃が便利すぎる。名前のセンス?..まぁ当て字はツッパリの文化ってことで
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