TS異能力古市   作:ブッタ

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第50話 狂竜ジャバウォック

 

「初めましてじゃな..男鹿辰巳」

「ベヘモット..!?」

 

 時は少し遡り、悪魔野学園にて古市達が戦闘を繰り広げていた頃、聖石矢魔学園ではベヘモットと男鹿が邂逅していた。

 屋上の入り口の屋根から見下ろす老爺の姿にいち早く反応したのは彼を知っているヒルダだった。彼女の発した名前を聞いて、男鹿もことの重大さを理解した。

 

「そうか..テメェがベヘモットかよ..。いきなり大将のお出ましってわけだ..!」

 

 冷や汗が背筋に伝わる。先ほどまで遠目で早乙女や一刀斎、岩動の三位一体の攻撃をいなしておきながら、目の前の老爺は涼しい顔で己を見下ろしている。如何に怖いもの知らずの男鹿といえどこの男を前に気は抜け無かった。

 だがカッコだけでも強がって見せるのは不良(ツッパリ)の習性、好戦的に笑みを浮かべていつでも戦えるように身構える。

 

 そんな姿を見てベヘモットは薄く笑い、

 

「いえ違います」

 

 男鹿の言葉をきっぱり否定する。

 

「..は?だってお前大将だろ?」

「全然違います」

「いやいやだって..」

「人違いです」

「テメェおちょくってんのか?」

 

 その態度を揶揄われていると捉えて男鹿の額に青筋が浮かび、ただでさえ悪い目つきが更に悪くなる。

 

「嘘ではない。確かにベヘモット34柱師団はワシが作った...だがの、ワシももう歳よ」

「あ?」

「お前たち人間よりも長命のワシら悪魔にも寿命はある...。ワシの心臓もあと100年もすれば寿命で止まるだろうて..。故に引退して隠居生活を最近始めた」

「何言ってんだオマエ?」

「────大将はソイツに任せておるということよ」

 

 ソイツ、誰のことを指しているのか分からない。舐めて揶揄い続けているのだと考えた男鹿は、口を開こうとして、

 

「───オヤジ」

 

 背後からの声に遮られた。

 

 否、遮られたのではなく口が勝手に閉じた。余計なことを言うなと、意思とは別に身体が勝手に自分の口を閉じたのだ。

 その強烈な存在感に全身の毛が逆立ち、金縛りでもかかったかのように指一つ動かせなくなった。男鹿だけではない、隣に立つヒルダも同じく圧倒されていた。

 

 革靴の音を鳴らしながら悠然と横を通り過ぎるそれを、男鹿は目玉だけでも動かして盗み見た。

 

「そろそろ時間だ...。焔王のクソガキが癇癪起こすぜ」

 

 こちらに一瞥もくれず話す存在を視界に収めて悟る。

 

 今自分はこの男を恐れた。この目の前の存在に本能が逃げろと煩いぐらいの大音量で警鐘を鳴らしているのだ。

 

「主君をクソガキ呼ばわりするな。ジャバウォック」

「フン...」

 

 諭す言葉に不機嫌に鼻を鳴して返すジャバウォック。その傍らで固まる男鹿に目もくれず、彼の隣に立つヒルダへと視線を向けた。

 

「何のつもりだ?女」

 

 魔力を溢れ出して臨戦体制をとるヒルダに問いかける。その問いかけには答えない。答える余裕はない。

 一挙手一投足、指の動きどころか呼吸のタイミングからも目を離さない。天と地がひっくり返ってもこの男に勝てないことは彼女も重々に承知していた。

 

 されど彼女は侍女悪魔。仕える愛しき主人をこの場から逃すためならば命すら笑って投げ出せる存在。

 魑魅魍魎な魔界の中でも圧倒的な強さを誇る目の前の男を前にして、彼女は臆せず剣を向ける。狙いであろう男鹿とベル坊を逃すために。

 

 そんな彼女だからこそ彼らの狙いに気づけない。

 

「...捕えろソドム」

 

 狙うは男鹿や古市ではなく、己であることなど。

 

「ギシャアアアアアアアッ」

 

「───な..!」

「───ヒルダッッ!?」

 

 地響きにも似た咆哮とともに突如現れた校舎にも匹敵するほどの巨大な竜の化け物にヒルダは咥えられてしまう。

 

「グランドバハムート..!?こんなものまで連れてきたのか貴様ら..!?」

 

 巨大で鋭利な牙の隙間へ器用に捕まえたソドムは威嚇するように唸り声をあげる。校舎に爪を突き立て破壊し、ヒルダを咥えた巨大な口に力が入る。

 

「ぐ...あぁぁッ....!!」

 

 痛々しく骨が砕ける音と共にヒルダのくぐもった苦悶の声が響いた。

 

「やめろ噛み殺すな。生かして連れてくるようにクソガキに言われてんだ」

「テメェッ!!そいつを────」

 

 震える脚を動かし、ジャバウォックへと襲いかかろうと駆け出す男鹿だが、それは一刀斎が関節を決めて阻止する。

 

「落ち着け!この場で戦っても勝ち目はない!まさしく無駄死でしかないぞ」

 

 それでも男鹿は抑えつけられる体を無理やり動かして拘束から逃れようともがく。そして男鹿とジャバウォックの間に石動と早乙女が遅れて滑り込んできた。

 

「ジャバウォック...話に聞いてはいたが噂以上にイカレた野郎だな..」

「早乙女禅十郎..先の大戦の覇者か」

 

 対峙する両者、すると早乙女に石動が小さな声で耳打ちする。

 

「早乙女君..!分かっているだろうが堪えるんだ。幸いにも奴らはあの穣さんを連れてここから離れようとしている。ここは一度行かせてこちらも体勢を整えて...」

「わーってますよ..そんなこと」

 

 石動の言葉に理解を示す早乙女。今この場で戦う訳にはいかない。人質を取られ、ジャバウォックとベヘモットがこの場にいる状況、たとえ人間界での弱体化があれど戦えば甚大な被害は免れない。

 

「分かってはいるが...」

 

 早乙女はジャバウォックの背後で衰弱していくヒルダの姿を見据えた。

 

「オレの()()に手出されて黙ってられる程...オレぁ大人じゃねぇよ..!」

「早乙女君ッ!?」

 

 だがその上で早乙女はここで戦うことを選ぶ。自身と負けず劣らずの威圧感と煌々と光を放つ紋章にジャバウォックは獰猛に笑って魔力を解放する。

 

「戦るか...ッ!!」

 

 驚く石動の静止を振り切り、早乙女は空間を塗りつぶすような圧倒的な魔力を放つジャバウォックへと地を爆ぜて肉薄。

 

「早えなぁ!」

 

 魔力を集中させた拳を好戦的に笑う顔面へと振るう。ジャバウォックも負けじと合わせて拳を振りかぶるが、

 

「ちょいと失礼」

 

 彼等の間に割り込んできたベヘモットが早乙女の拳を受け止めた。空気を切り裂く炸裂音と衝撃が彼の拳の威力を物語るが、受け止めたべヘモットは涼しい顔でいた。

 

「おい..」

「お前はそのお穣さんを連れて戻りなさい。ワシがコヤツら抑えておく」

「ふざけんなクソジジイ..横取りするんじゃねぇよ」

「せっかく人間界に来たんじゃ、隠居のジジイの楽しみを奪ってくれるなよ」

 

 青筋浮かべて凄んでも引かない姿勢のベヘモットにジャバウォックは舌打ちを鳴らす。

 

「ほらさっさと行かんと坊ちゃまにどやされてしまうぞ?」

「...クソが」

 

 吐き捨て彼は踵を返し、身軽な身のこなしでソドムの大きな頭部の上に登った。

 

「待て!!」

「いかせんよ。ワシが相手じゃと言ったろう早乙女禅十郎」

「ベヘモットォ...!」

 

「おい!離せ!!アイツが逃げる!」

「やめんか!お主が出る幕ではない!!」

 

 ベヘモットが石動と早乙女の行手を阻み、無謀にも戦おうとする男鹿を一刀斎が抑え付ける。

 不満げな様子を隠す気もないジャバウォックを乗せ、ソドムは空を覆わんばかりの巨大な翼を羽ばたかせる。

 一度羽ばたけばあまりの風圧に校舎の窓を割り、地を抉る。

 二度羽ばたいて木々や校舎の屋根が吹き飛び、巨大な体躯が宙に浮く。

 

「───離せつってんだろ!!!」

 

 三度羽ばたいて巨大な竜は風に乗り大空へと駆けていく。膨大な魔力を操り龍は物理法則を無視して空を飛ぶ。早乙女達の奮闘虚しく、ヒルダは空遠くへと連れ去れてしまった。

 

「ベヘモットテメェ...やってくれたなぁ」

「早乙女禅十郎..。お主が戦うとなればワシが出なければならん。何より何故お主はあの女に拘る?」

「アイツはオレの生徒だ..。先生が生徒守っておかしいかよ」

「おかしいの。アレは大魔王様の侍女悪魔だぞ?」

「オレの教室でダチと一緒に笑ってんならソイツはもうオレの生徒だ」

 

 怒気溢れていく早乙女を前にベヘモットも魔力を解放していく。

 

「先の大戦では味方側だったが、ワシとしてはお主ともやり合いたいと思っておった」

「味方?テメェはただ利用しただけだろうが...」

「そうとも言うな」

 

「早乙女!」

 

 焦りをはらんだ一刀斎の呼び声。目線だけそちらへ向けると、彼が抑えていた筈の男鹿の姿が何処にも無かった。

 武術の達人である彼の拘束をどう抜けたのか、それは一刀斎が握っている破けた制服の袖が物語っている。何処に消えたのか、驚愕に眼を見開いた早乙女は空へと飛んでいく龍へと眼を向けた。

 

「...あの馬鹿..!」

 

 

 

 

「クソッタレが...オヤジの奴め。期待してた訳でもねえが契約者の奴も話になりゃしねぇな」

「───何勝手なこと言ってんだコラ....!!」

 

 空高く飛ぶ龍の上で1人愚痴を溢したジャバウォックの背後から声がかかる。風に髪をたなびかせつつ悠然に立っていたジャバウォックの背中を男鹿は龍の背中に必死にしがみついて睨みつけていた。

 

「..意外だな。まさか追ってこられるとは思わなかった」

「ハッ、お生憎オレの隣でことあるごとに空の旅に連れてくバカが居るからな..。この程度の速さならとっくに慣れた」

 

 風に煽られないように注意を払いながら男鹿は立ち上がる。軽口を返して強がってみせた彼に、ジャバウォックは獰猛に笑みを浮かべた。

 

「そんなにこの女が大事か?男鹿辰巳..とやら」

 

 男鹿は視た。そこにはもう一匹の龍がいたのを。自身の足元にいる物より遥かに獰猛で恐ろしい、破壊と厄災の権化が此方を見ていた。

 その威圧感は、己だけではなく校舎にも負けない巨大な竜すら身を震わせて怯えさせた。

 

「行くぜ..ベル坊」

「ダブっ」

 

 震えそうになる身体を奮い立たせ、懐のスキットルを取り出す。中身は当然酒の類ではない。

 喉を鳴らす度に広がる紋章と共に彼の魔力量が上がっていく。

 

「スーパーミルクタイム..3()0()c()c()

 

 スキットルから口を離した男鹿は躊躇いもなく飛び出す。弾丸の如く速度で迫る彼にジャバウォックは構えも取らない。

 

「"魔王の烙印(ゼブルエンブレム)三連鎖"!!!」

 

 顔面目掛けて三つ重なり浮かびあがった紋章を力一杯に殴りつける。人の膂力を大きく超えた衝撃を受け紋章は爆発。

 ヘカドスに見せた時よりも精度や威力が一回りも二回りも向上している。そして何より意識を飛ばさずにスーパーミルクタイムを扱えていた。

 放課後の訓練により男鹿の魔力許容量が上がり、間違いなく戦闘力は格段に上がっていた。

 

 そのあまりに強すぎる爆発に巨体を持つソドムすら僅かに怯むほど。その爆発をノーガードで喰らって尚、

 

「悪くはねぇが..良くもねぇ」

 

 強大な龍は擦り傷一つ負わない。大爆発を真正面から受け跳ね返す、究極の脳筋の絶技をやって見せた彼は男鹿の首を鷲掴んだ。

 

「どうした?もう終わりか?」

「...がっ..う、るせえ!」

 

 暴れてなんとか拘束から抜け出した男鹿は距離を取り再度スキットルの中身を飲む。

 

「50cc..!!」

 

 更に飛躍的に向上した魔力で作り出した幾つもの紋章をジャバウォックを中心に展開。

 何をする気だと呟く彼に向かって男鹿は猛スピードで突撃する。当然馬鹿正直に真っ直ぐ向かってくる彼に何もしない訳もなくタイミング合わせて雑に拳を振るうが、

 

「躱すか..」

 

 展開した紋章へと進行方向を変えて大きく躱す。そのまま男鹿はいくつもの紋章を足場に高速で飛び回り撹乱を狙う。

 猛スピードの速度のまま背後とった彼はジャバウォックの頭部目掛け思いっきり回し蹴りを振るった。人の身体から出たとは思えないほどに鋭い炸裂音が響く。

 

 十分に速度が乗った男鹿の蹴り、魔力で強化されたそれはコンクリートすら軽々しく砕け散る威力。

 それすらジャバウォックにとっては軽く撫でられた程度だった。

 

「それだけか?」

「...化け物が..!」

 

 蹴りを受けて尚ビクリとも動かなかった彼の姿に男鹿は背筋に冷たいものが走るのを感じた。するとジャバウォックは男鹿の脚を掴む。あまりに強すぎる握力に骨が軋むのを感じとり、すぐさま逆の脚で蹴って逃げ出そうとする。

 だが、それよりも早くジャバウォックが男鹿を人形のように振り下ろして叩きつけた。

 

「が────..はッ」

 

 あまりの衝撃に呼吸が止まる。掴まれた脚から嫌な音が聞こえた。続いて乱雑に身体を投げつけられ、消えていきそうになる意識を痛みでなんとか保つ。

 

「どういう理屈知らねぇが、その中身を飲めば魔力が上がるらしいな..」

「ぐ..はぁ..足が..!」

「もっと飲め..。俺を楽しませろ」

 

 獲物前にした猛獣の如く獰猛な笑みを深め、悠然と歩く。そんな彼の姿を男鹿は霞み始めた視界で収める。

 全力の攻撃で擦り傷一つ付けられず、片脚は折られた。このまま戦っても一矢報いることも出来ずに殺されてしまう。

 

 最後の勝ち筋として彼が思いついたのはナーガと戦ったときの許容上限を超えた以前のあの姿。意識を完全に飛ばしてベル坊に預けるというリスクはあるがそれ以上に彼の潜在能力を全て引き出すメリットがある。

 それで目の前の存在に勝てるか分からない。しかし彼も大魔王に仕える存在で、もしかしたらベル坊相手なら可能性があるのかもしれない。

 

「──ち..どの道これしか..」

「飲むなッ!!」

 

 意を決した男鹿を止める声。それは彼の足元より更に下、巨大な竜の口元から聞こえてきた。

 

「ヒルダ...!?」

「アダッ」

「この間のように勝てる確証はない!!その男に勝とうと考えるな!!」

 

 捕えられていたヒルダが意識を取り戻したようで、必死に声を張り上げていた。

 

「私のことはいい!!貴様は坊ちゃまをつれて逃げろッ!!」

 

 身体を噛み砕かれて尚、自らを蔑ろにしてベル坊を優先する。しかし間違いなくそれは最善であることは彼にも理解していた。

 

「...そうだな..。ムカつくが逃げるしかねぇか」

 

 折れた脚を庇うように立ち上がりジャバウォックへと向き直る男鹿。

 

「テメェとの勝負はおあずけだ..。悪いが今日はズラからせてもらうぜ」

 

 逃げると決めた男鹿は何故か足元の竜へと向けて紋章を重ねて展開し始める。

 

「───何を」

「ヒルダを離しやがれクソドラゴンッッッ!!!!」

 

────"魔王の烙印(ゼブルエンブレム)六連鎖"!!!

 

 轟音と空を灼くほどの大爆発がソドムを襲う。あまりの衝撃に堪らずソドムは口を開けて怯み、ヒルダは空に放りだされた。

 

「ーー..」

 

 自身を捕らえていたソドムが遠ざかるのを横目に彼女は同じように青空に放り出されていたベル坊と男鹿を見つける。大爆発の余波に耐えきれなかったようだ。

 

「よう..簡単に捕まってんじゃねーよ」

「ダブ」

 

 折れた脚や煤けた肌でどれだけの無茶をしたのかが分かる。

 

「バカモノ..」

 

 だから彼女は、

 

「ほら、さっさと俺の手を..」

「────坊ちゃまを頼んだぞ。男鹿」

 

 彼の手を突き放す。

 

「貴様は..坊ちゃまにとって」

 

 魔力の衝撃波で彼等を吹き飛ばす。男鹿は何もできずにただ手を伸ばすのみ。

 

「この人間界でたった1人の父親だ」

 

 その手は届くことなく、彼女は戻ってきた怒り狂う竜に呑み込まれた。

 

 不本意ながらも頭を下げて行ってきた修行の成果も通用せず文字通り手も足も出ず負かされ、己の矜持を曲げてまで逃げを選択したのに、助けに来たはずの相手に庇われて目の前で奪われた。

 如何に強靭な精神を持つ彼とはいえ未だ齢16の少年。

 

 心が砕けるには十分たる現実だった。

 

「───..」

 

 此方へ目もくれずそのまま遠くへと飛んでいくソドムをただ眺めながら彼は地上へと落ちていく。肩になるベル坊が頬叩いても何をしてもただ呆然として落ちていった。

 こうして一矢報いることも出来ず完全敗北が彼の胸に深く刻まれたのだ。

 

 

 

 

 

───だが落下する彼を一陣の風が掬い上げた。

 

 

「ダ!?」

「男鹿!ベル坊!!大丈夫!?」

 

 古市紬貴だ。数十秒前に悪魔野学園の校舎から飛び立った彼女が今落ちゆく彼等を掴んだのだ。

 そして遠く離れた所に飛んでいるドラゴンから衰弱し始めていくヒルダの魔力ともう一つ強烈な魔力を放つ存在を確認し、古市は男鹿を抱えたまま追いかけ始める。

 

「ちょ、足折れてんじゃん!?本当に大丈夫なの男鹿!!」

「アーダ!」

「───..」

 

 しかし彼女の問いかけに答えず呆然としている彼。様子のおかしいことに気づいた彼女は男鹿の胸ぐらを掴み上げる。

 

「おい!!ヒルダはあのでかいドラゴンのどこ!?」

「....」

「聞いてんの!?答えてよ時間がないんだってばッ!!男鹿!!」

 

 彼女の声が届いた様子はなく心ここに在らずと言った状態。

 

 乾いた音が響いた。

 

「〜〜ッしっかりしろ!!辰巳!!!」

 

 片頬から伝わる熱と相当に焦りを孕んだ幼馴染の声に男鹿の瞳に光が戻った。

 

「..は、古市!?なんでここに!?つかここ何処だ!?」

「そんなんどーでもいい!!今ヒルダはあのドラゴンの何処!?」

 

 我を取り戻した男鹿を落ち着かせて端的に問いかける。気が動転している様子は有りつつも古市に抱えられた男鹿は遠くの空を飛ぶソドムを見つける。

 

「ヒルダの野郎はオレを庇って..アイツに喰われやがった」

「喰われた..じゃあ口か!!」

 

 狙いを定めた古市は追いつく為に更に速度を上げていく。

 

「今からアンタをあのドラゴンの口元までブッ飛ばす!!アンタがあの口こじ開けてヒルダを助け出せ!!この紙握ってブン殴れ!あのデカいのも魔界産なら有効な筈!!」」

「だが...敵はまだ..!」

「上のヤバい奴はワタシが引き付けて邪魔はさせない!アンタはとにかくヒルダに集中しろ!!」

 

 古市は有無を言わさないといった剣幕で捲し立てる。彼とて彼女が己より強いことは理解しているがそれでもジャバウォックに勝てる見込みは無い。

 しかし彼女強い決意と覚悟を孕んだ瞳に息を呑んだ。ジャバウォックを倒すではない、必ずヒルダを助けるという覚悟だ。

 

「いいか男鹿!!()()()()()()()()!!

「───..わーってる!!」

 

 男鹿も負けじと闘志を再度燃え上がらせて、狙いを見据える。渡された最後の一枚である退魔の札を握る手に力が籠っていく。

 

「じゃあブッ飛ばすから、ベル坊も強く捕まって!!」

「おう!!!」

「ダ!」

 

───叉韋!!!

 

 抱えた男鹿達を遠心力利用して妖怪の怪力でぶん投げると同時に強力な風に乗せる。風を切り、ミサイルのように真っ直ぐ飛んでいった彼等は雲すら吹き飛ばした。

 あまりの風圧に2人の顔の皮膚が引っ張られる。されど細まるその眼はずっと竜の口元のみを見ていた。

 

「ブベッ!?」

「ニョッ!?」

 

 凄まじい勢いのままソドムの顔面に激突する2人。その衝撃で鼻血が垂れるがそれを無視してなんとか顔面にしがみつくことに成功した。

 

 

 

 一方、ソドムの上に立つジャバウォックも男鹿達が戻ってきた事に気がついていた。

 

「..どうやって戻ってきた?まぁいい..吹き飛ばすか」

 

 疑問が浮かんできたがすぐに振り払い、ジャバウォックは掌を目下の彼等へと向けて魔力を集中させる。

 小蝿を振り払うかのように片手間で彼等を吹き飛ばそうとするが、

 

「───ッ」

 

 その攻撃は背後から急襲してきた第三者によって阻止される。超高速で速度に乗った古市が彼の頭目掛けて飛び蹴りを仕掛けて来た。

 想定外の登場に気付くのが遅れた彼は避けること出来ずにモロに喰らわされた。

 

「──とと..!?」

 

 蹴り抜いた古市はそのまま彼の背後へ滑るように着陸。すぐさま顔を上げると渾身の蹴りを喰らって尚、口から血を吐き捨て嗤うジャバウォックの姿を見て彼女は瞠目した。

 

「...お前、その銀色の髪..古市紬貴だな?」

「はは..ワタシを知ってるの?有名税ってやつかな?」

 

 軽口を返す古市だが内心焦燥感に襲われていた。遠く離れた悪魔野学園からでも彼の強烈な存在感に圧倒されており、目の前に立てばその存在感は重さをもって彼女を蝕む。

 しかし震えそうになる身体を奮い立たさて古市は不敵に笑う。

 

「オマエ達がヒルダに何の用があるか知らないけど...ワタシと大事な約束してるんだ。返してもらうよ..!!」

「どうでもいい、オレを楽しませてもらおうか..!!」

 

 獰猛に笑い底のない魔力を解放し、対する彼女も負けじと威嚇するように強風を身に纏い始める。

 

 ヒルダ奪還のため、少年少女は死地へと赴いた。

 





ヒルダ奪還2ラウンド目突入。
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