TS異能力古市   作:ブッタ

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第53話 追いつく

 

 周囲は一寸の先まで真っ暗闇、物のシルエットも何も見えず立っている場所も分からないそんな空間。気がつけばまたそんな場所に男鹿は立っていた。

 

 明晰夢、とでも言えば良いのだろうか。彼は直ぐにここが夢の中であることを理解する。困惑する頭を整理するように額に手を添えて思考を巡らせた。

 

「何だ..?俺は確か..」

 

 あの後、ヒルダ助ける為にソドムの口の中へ殴り込んだ後からの記憶がない。

 

「アイツは..どうなった?古市の奴も...。何で俺は夢なんか見てんだ?」

「そんなのお前が負けたからに決まってるだろ男鹿」

「───あ?」

 

 誰も居なかった、何の気配もしなかった筈なのに背後から声をかけられた。そちらへ身体を向ければよく見慣れた銀髪が見えた。それが身につけているのもよく知る石矢魔の制服だ。

 だが、

 

「誰だテメェ?」

「何言ってんだ、オレだよ。古市だ」

「訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇよ。テメェ男じゃねぇか」

 

 幼馴染の名前を名乗る不審な男がそこに立っていた。全体的に線が細く幼馴染の方の古市とは違って全くケンカ慣れしていなさそうな佇まい。

 絶対に会ったことのない筈なのに、何故かこの男に見覚えがある。

 

「...あれ?ちょっと、オレのこと無視?」

 

 男の声が聞こえるが男鹿は答えずに思考に耽る。どこで見たのか、数十秒目を閉じて考えるとやがて彼の脳内に答えを導き出した。

 

「───あ、前にラミアの奴に見せられた夢の中の女好きでキモい古市か」

「ひっでぇ!?」

 

 男鹿の言葉に男はショックを隠せない。

 

「おいぃ!もっと他に言い方あっただろーが!!つかもっと驚いても良くない!?なんで男になってるのとか!ここは何処だとか!!」

「ウルセェな。静かにしろやキモ市」

「キモ市言うな!!!」

 

 何故かこの男を幼馴染と同じ名前で呼びたくない男鹿の1秒で考えた渾名に古市が憤慨する。

 その勢いのまま彼は男鹿の胸ぐらを掴み上げた。その目は血走っていてとても正気とは思えない顔だった。

 

「いいか!!オレはお前が許せねぇんだ!!あんな超美人な幼馴染が居るだけじゃなくて邦枝先輩やヒルダさんに囲まれていながらスカした顔しやがって!!なんでお前みたいな頭が悪くて腕力こそパワーみたいなことを真面目に言ってそうな奴に可愛い女の子達が集まってくるんだ!!そのクセお前はそんなの全く興味がないですみたいな唐変木な顔して喧嘩ばっかりに精を出しばっかりで────」

 

「ウルセェ!!」

 

「あべしっ!!」

 

 血涙を流して捲し立て始める古市を全力でブン殴って口を閉じさせる。勢いよく吹き飛んだ彼は何度も跳ねて、情けない格好で地面に倒れ伏した。

 

「全く何なんだコイツは?いやこの場合はオレの頭を責めるべきか。一体ナニ考えてんだオレ?」

 

 我ながら相変わらず理解できない自分の脳内をぼやきながら辺りを見回す。

 

「しっかし..一体どうやったら目が覚めるんだ..?まぁそのうち目が覚めるだろ」

「────呑気なことを...言ってるんじゃねえよ...!」

 

 足が掴まれる。下を見れば殴った方の頬を大きく腫らしながらも男鹿の脚を古市が掴んでいた。

 

「なんだよ?呑気も何も()()()()()()()()()しかねぇだろ」

「それが呑気だ..ってんだよ。お前が寝てる間に外で何が起きたのか知らない癖に」

「..?」

 

 何を言っているのか男鹿は分からない。だが脚を掴む男の言葉が不思議と彼の胸を突き刺す。いや不思議ではない。

 

「わかってんのか!?お前..!負けてんだぞ!?強さしか取り柄のないお前が文字通り手も足も出せないまま!!」

「...お前に何が」

 

 男鹿が何かを言う前に古市が立ち上がり再度胸ぐらを強く、掴み上げる。

 

「その癖助けに行ったはずのヒルダさんに逆に助けられ!女の子の方のオレにケツ叩かれて!何やってんだお前!強くなったんじゃねぇのかよ!」

「ふざけたこと言ってんな..!お前みたいな弱い奴に分かんねぇだろ!ベル坊の力も借りて本気で殴って傷一つつけられなかった!!気にくわねぇ逃げの戦いを選んでそれでも届かなかった!!次元が違ったんだよ!!」

 

 勝手に口走った弱気な言葉に自分でも驚いた。あの時、ヒルダに庇われた時に現実を叩きつけられ砕かれた己の強さの矜持の奥底に隠れていた弱さだった。

 

「だから何だ。それで女の子の方のオレに全部任せてお前は呑気にお昼寝か?本当はお前あの子が来てくれた時に安心したんだろ?あの子に任せておけばあの化け物と戦わなくて良いって」

「知ったような口聞きやがって..!何なんだよお前は!!」

 

 古市の言葉に青筋を浮かべて男鹿も胸ぐらを掴み返し、鬼の形相で睨み返す。なのに、この男は身じろぎひとつせず睨み返してきた。

 なんなんだ。全く似ても居ないのに己の目をまっすぐ見返し来るこの男の目が幼馴染の物と重なる。この男の言葉は己の胸を、密かに自分で思っていたことを的確に抉ってくる。

 

「何度でも言ってやる..!お前は強くなったとか考えてんのかもしんねーけど全然弱いままだ!!」

「お前に言われなくてもそれぐらい分かってるわボケ!!」

「いいや!!分かってねぇ!お前はアホだからな!!」

「アホっつた方がアホだっ!アホ!!」

「小学生みたいなこと言ってんな!!うんこ!!」

「ハナクソ!!」

「ギョウ虫!!」

 

 幼稚な言い合い。やはりどう見てもこの男は自分の幼馴染とは似ても似つかない。

 なのに、どうしてなのか。この男とのやり取りがまるで初めてに感じない。

 

「弱いって分かってんなら早く強くなれ!!女の子のオレに置いてかれてんじゃねぇ!1人で戦わせてんじゃねぇ!!」

「───..ッ」

「どんな相手だろうが臆さずブン殴りに行く!傍若無人の化身!それが男鹿辰巳だろ!!一回負けたくらいで心折られてんなよ!!」

 

 その言葉は男鹿に不思議と突き刺さった。

 

「好き勝手言いやがって..!大体!!オレはまだ負けてねぇ!!勝負は預けただけだ!!」

「だったら!!いつまで寝かされてんだ!!さっさと起きろ!!全部手遅れになる前に強くなれよ!!」

「テメェに言われる間でもねぇ!!()()()()()()()()()()!!」

 

 売り言葉に買い言葉、古市の言葉に声を荒らげて返したその時。

 

 男鹿の足元が突然崩壊を始めた。

 

「────ぁ?」

 

 呆気に取られ、か細い声が漏れた。

 だが、その間にも身体は重力に引き摺り込まれるように落下を始めていく。

 

「うおぉぉぉ!?危ねぇッ!!」

 

 何とか大穴の淵に手をかけて首の皮一枚繋げることに成功する。

 

 しかしそこへ古市が彼の手そばにしゃがみ込んできた。

 

「お..おい。やめろよ?絶対にやめろよ..?」

「そぉいっ」

 

 盛大なフリに応えるように古市は男鹿の手を引き剥がした。

 

「あああああああぁぁぁ!!テメェ覚えてろよ!!」

「女の子の方のオレにオレのこと紹介しといてくれよー」

「ふざけんなああぁぁぁ.....」

 

 

 

 

 

 

 

「───ハッ!!」

「うぉッ。びっくりさせんな...クソッタレ」

 

 落下感に身体を跳ねさせて目を覚ました男鹿に側の椅子に腰掛けていた早乙女が文句を垂れる。枕元では同じく驚いたのかハムスターのように固まっているベル坊も居た。

 その文句を聞き流し、ベッドから上半身を起こした男鹿は辺りを見回せばそこは学校の保健室だった。

 

「...なんだ?何か変な夢を見た気がする..」

「しかし、よく自力で目が覚めたなお前」

「あ?どういうことだよ?」

 

 早乙女の言葉に男鹿が疑問を抱く。

 

「お前、ベヘモットの野郎に魔術で眠らされてたんだよ」

「あのジジイに..?」

 

 一体いつに眠らされたのか、とここで思い出した。あの時、ヒルダの手を取ろうとしたあの時、彼女の背後に突然黒い何かが現れて、そこから手が伸びてきたことを。

 

「その魔術が特殊で術者本人が解かない限り目が覚めないモンだ。フォルカスに診てもらってどうにか無理に起こすつもりだったんだが..」

「マジかよ...」

 

 自分の知らぬうちにかなり面倒な魔術をかけられていたことに軽く驚いた。

 

「...あいつは、ヒルダはどうなった?」

「攫われた。最後の最後で介入してきたベヘモットのせいでな」

 

 淡々と告げる早乙女に男鹿は拳を力強く握って悔しさを滲ませる。そして脳裏に最悪のケースが過ってしまう。

 

「まさかアイツ死んだんじゃ...」

「───生きてるわよ」

 

 声の聞こえた方へ顔を向ければそこにはラミアが壁にもたれかかっていた。意外にもその表情は冷静で落ち着きを払っていた。

 

「大丈夫、まだ魔力を感じるわ。ヒルダ姉様がそう簡単に死ぬものですか。それよりアンタは自分の身体を心配しなさい。足、折れてるんでしょ?」

「...わかった」

 

 ベッドから脚を出して座ればラミアも患部を観察する為にしゃがみ込む。手際よく観察し、足首や膝、股関節の可動域を調べて骨折の度合いを素早く確認したのちにポーチから薬を取り出した。

 骨折に塗り薬、と疑問に思いかけたが恐らく魔界の薬なのだろうと彼はとくに追求せずに眺めているとふと気づく。

 

 塗り薬の蓋を開けるラミアの手が震えていることに。

 

「───..お前...大丈夫か?」

「はぁ?何がよ。全然普通ですけど?」

 

 それが虚勢であることぐらい鈍い男鹿でも分かる。冷静なんかじゃない、きっと誰よりも心配で仕方ないのだろう。普段からあれだけ慕っているヒルダが囚われてしまっているのだから当然だ。

 だがここでいくら取り乱しても事態はいい方向に行くわけがないのも彼女は痛感しているのだ。

 

「そういや古市はどうした?」

「────ッ」

 

 すると突然彼女の動きが止まる。

 

「アイツ...オレを庇ってあの化け物と戦いに行ったんだよ」

「...生きてるわ」

「そうか。何処に...」

「其処に...居る。今師匠が診ているわ」

 

 ラミアが指差す先、男鹿のベッドから一つ飛び越えた窓際のベッド。カーテンが閉められていて何も見えない。

 

「診てるって..アイツも怪我したのか?」

「怪我なんて生易しいモンじゃねぇ。下手すりゃ...いや下手しなくても死んでておかしくないぐらいには重体だった」

「───..は」

 

 早乙女の補足に声が漏れた。死んてでもおかしくない?それは一体。

 理解ができないでいるとカーテンが開かれプルプルと弾力感のあるスライムボディのフォルカスが出てきた。

 

 そしてそのカーテンの向こうに全身包帯が巻かれた痛々しい姿の古市が眠っているのが見えた。

 

 両腕は添え木で固定され胴体から四肢の先まではもちろん、顔の右半分までもが包帯で覆われている。唯一肌が出ている左半分顔にも裂傷や火傷の傷跡が顔を覗かせており、一目で重体だと分かる変わり果てた幼馴染の姿に男鹿は固まってしまう。

 

「...おい、古市..?」

 

 名前を呼んでも当然声は返ってこない。

 いつもの生意気な憎まれ口も、ツッコミも、むず痒くなるような眼差しが向けられることも、あの夜に見た笑顔を向けられることも無い。

 いつもの飄々とした態度も無く眠り続けるその姿、生きているとあらかじめ聞いていても彼の胸の内に不安が募り始め締め付けていく。

 

「む?目が覚めたのか。これは意外」

 

 出てきたファルカスがベッドに腰掛けたまま固まる男鹿をみて呟く。

 

「ソイツ..傷大丈夫なのか」

 

 なんだその質問は、と男鹿は内心自分自身を毒づく。大丈夫な訳がないのは一目瞭然のだろうに。

 口が、脳がうまく働かない。

 

「危険ではあった。傷や火傷もそうだがそれ以上にもう少し血を失っていたら今も息をしていることはなかった」

「────ッ」

 

 突きつけられる事実に息を呑む。

 

「だが今はようやく容態も安定してきた。もう少し様子を見て、問題がなければそのまま傷の回復術式に移行できる」

「..傷は残んのか」

「深傷ではある。人間界の医術では多くの後遺症が残るほどの傷かもしれんが、私ならば痕一つ残さずに治せる範囲だ」

 

 にゅるりと伸ばした触手でシルクハットを頭に被せたフォルカスの言葉に安堵の息が自然に漏れた。

 

「聞けばあの狂竜と戦っていたと聞く、瀕死ではあったが五体満足で生き残れたのは不幸中の幸いだろう」

「..なんでだ?いやそりゃそうなんだが、お前なら治せんじゃないのか?」

「治せる、がそこまで行くと代償が必要になる」

「だいしょう?」

 

 疑問を抱く男鹿にフォルカスが言葉を続けていく。

 

「我々の魔術というのも万能ではない。こと回復魔術や医療魔術に至っては魔界の中ではそれほど重要視されても居ない」

「なんでだよ」

「腕を吹き飛ばされようが頭を落とされようが再生するのが常識の我等の間でそんなものが発展する訳もあるまい」

 

 確かに、と胸の内で納得してしまう。たたでさえ頑丈な上に高い再生能力持ちの種族だということは今までの戦いで嫌でも実感している。

 だからこそ高い練度の医療魔術を収め、常に新式を開拓しているフォルカスは魔界一と謳われるほどの名医なのだ。

 

「失われた四肢や機能を失った臓器、所謂死んだ身体の部位を取り戻すには相応の代償が必要になる。君もこれからも柱師団と事を構えるつもりなら肝に銘じておきなさい」

 

 彼は忠告を告げると鞄を持って保健室の出口へ向かい始める。

 

「では早乙女殿、私は一度戻り追加で必要な道具を取ってくる」

「わかった。来てくれて助かったよ」

 

 一言伝えてフォルカスが保健室の扉を開いた。するとそこには

 

「おや、君はいつぞやの」

「...どうも」

 

 邦枝がそこに立っていた。その手は空中を彷徨っていて入るのに躊躇っていたようだ。

 彼女の姿を確認した早乙女は咥えていたタバコの火を灰皿に押し付ける。

 

「来たか邦枝、丁度いい。一度話し合おうか、お互い何が起きてどうなったのか。邦枝も男鹿も得た情報を照らし合わせる必要がある。その上でこれからどうするかを考えろ」

 

 

 

 

 

 1週間の猶予。

 

 これは古市と別れた後に焔王と遭遇した邦枝が得た情報だった。魔界でも屈指の戦力である柱師団394名が全員揃うまでの猶予。

 そして焔王はそれらを用いて戦争ゲームを繰り広げようと画策している。その為の景品として彼はヒルダを攫ったとのこと。

 負ければヒルダは焔王付きの侍女悪魔として調教、及び人間界への侵略を開始、そして弟のベル坊の譲渡。勝てばその三つを諦め大人しく帰るという条件の開示。

 

 さらにもう一つ彼女が得たものとして相手の中に洗脳か、催眠術かは分からずとも人間を操る術を持つ者がおり、数々の石矢魔の生徒が駒として操られている事実だ。

 

 ふざけてやがる。

 

 話を聞いた男鹿の感想。勝手に学校を占領して喧嘩を売りに来て、いきなりゲームだと訳の分からないことをのたまい、挙げ句の果てにこちらに何のメリットのない条件を突き立ててきた。

 さしもの男鹿にも胸中に穏やかでないものが静かに立ち込めてくる。それを抑えて彼も戦った時の記憶を思い出しながら話しだす。

 

 ジャバウォックという正真正銘の化け物、ソドムという校舎に匹敵するほどの巨大な竜の襲来。ヒルダ奪還の為に来た古市と共闘し、ヒルダの手を取った後から記憶がないことも。覚えていることを全部話した。

 

 2人の話を一通り聞いた早乙女は椅子の背もたれに寄りかかり大きく息を吐いた。

 

「1週間か...好き勝手してくれるぜ」

 

 そう呟く彼の顔も険しく、眉間に深い皺が刻まれている。

 邦枝は古市の眠るベッドの近くの椅子に腰掛けて、眠る彼女の頬を慈しむように優しく撫でていた。夕焼けが窓から差し込み逆光となっていて彼女の表情を窺えない。

 

「...ねぇ男鹿」

 

 いつものように落ち着いた声で話しかけられる。ラミアに脚を治療されている男鹿は顔だけそちらへ向ける。

 

「この子がなにか悪いことしたのかな。ヒルダさんが何か悪いことしたのかな。何で2人がこんな目に遭わなきゃいけないのかしら..」

「.....」

「紬貴は喧嘩早いとこもあったりするけど、それ以上に仲間や友達を大事に想ってくれるの。私が笑うとさ、目一杯笑ってくれて。悲しんでると自分のことのように悲しんで、気が晴れるまで一緒にいてくれるの」

 

 彼女の細やかな指は古市の痛々しい傷を撫でた。

 

「ヒルダさんも分かりにくいけれど初めて会った時から変わってきて...この間一緒にスイーツ食べに行ったのよ。普通の友達みたいに話せたの」

「..そうか」

 

 彼女の言葉に男鹿は何か言おうとして、でも何を言えばいいか分からなかった。

 

「それがどうしてこうなったのかしら...」

「....」

 

 表情は見えず、されど頬を撫でる手とは逆の手が固く強く握られていて彼女の滲み出る悔しさを男鹿は悟り、だけどかける言葉が思いつかない。

 

 その時、治療されてた脚に何かが落ちたのを微かに感じた。

 

「───あたしのせいだ..」

 

 震えた声で、自分を責めるラミア。大粒の涙をぽろぽろといくつも溢していく。

 

「あたしが..あいつに逆らったから..!あたしが捕まったらよかったのに...!」

 

 取り繕うこともできず涙を流すその姿が、男鹿にはいつもより小さく見えた。いつもの気丈な振る舞いが見る影もない。

 

「なんでヒルダねえさまなの..?どうしてふるいちにこんなことするのよ..あの焔王(バカ)ぁ..!」

 

 一度溢れた想いは、涙は堰を切ったようにとめどなく溢れ出していく。頑張って抑えつけようとしても抑えきれず、子供のように声を上げてしまう。

 

 止まってよ。

 

 泣いても、嘆いても、どうにかなる訳じゃないのに。1番辛いのはあたしなんかじゃないのに。

 

 どうして止まってくれないの。

 

 どうしてあたしはこんなに弱いの。

 

 どうして、どうして...。

 

 

 

────ダ。

 

 

 

 

 泣きじゃくる彼女に手が乗せられる。

 

 柔らかい、ちいさなちいさな赤ん坊のおてて。

 

「...坊ちゃま..?」

 

 握ってしまえば簡単に壊れてしまいそうなそれに反して、彼女の頭を撫でるベル坊の眼には、

 

「ダブッ!!」

 

 確かに、確固たる意思が宿っていた。

 

「...いつもなら真っ先に泣き出してる奴がよ。いつの間にかいいツラするようになりやがって」

 

 そんなベル坊の頭に男鹿の大きな手が乗せられる。

 

「そうね。悔やんでいる暇も嘆いてる暇もないものね」

 

 すると座り込んで泣いていたラミアの目線に合わせるように邦枝がしゃがみ込み、懐からハンカチを取り出して零れてばかりのラミアの涙を優しく拭う。

 その手つきはまるで大事なものを愛でるように優しかった。

 

「泣かないで。大丈夫、ラミアちゃんが悪い訳ないんだから」

「..ほんと..?」

「本当。もしそんなこと言う奴がいたら私がはっ倒すわ。だからほら、そんなに思い詰めちゃ駄目よ」

 

 おそるおそると聞き返すラミアに邦枝は優しく笑って答え、安心させるようにラミアの手を優しく包み込んだ。

 その手から伝わる確かな暖かさと彼女の想いがラミアの胸の内を覆う。

 

「まぁ..そういうことだラミア」

 

 男鹿は立ち上がる。魔界の薬で治療された脚は未だ痛みを訴えてくるが、そんなもの無視して力強く立ち上がった。

 

「ヒルダの奴はオレたちが必ず取り返す。あのエラ野郎共は1人残らず必ずブッ飛ばす。それこそもう2度とこんなことが出来ねぇくらいに」

 

 それは決意表明だ。ラミアにむけて、そして何より自分に向けての決意表明だった。

 

「だから、後はオレ達に任せておけ」

「────..うん」

 

 男鹿の決意に、邦枝の優しさに、ラミアはまた涙が零れそうになる。けれど、彼女はただ涙を流すだけの子供ではない。手を差し伸べてくれる彼等に応えるように、涙があふれてしまわないように堪えて素直に頷いた。そんなしおらしい彼女の頭に男鹿は手を乗せた。

 すると静観していた早乙女が口を開く。

 

「本気か?奴等との実力差はお前が1番身に染みて分かっているだろ。今度こそ殺されるぞ」

「そうならねぇように強くなりゃいい」

「たった一週間でジャバウォックや古市に追いつくってか?どうやって?」

「知らねぇ。だがテメェは知ってんだろ?強くなる方法を」

 

 早乙女の目が僅かに見開かれ、男鹿は強く、そして真っ直ぐそれを見据える。

 

「気に食わねぇなりに利用してみろって言ったのはテメェだ。使ってやるからオレに、オレたちに手を貸せ」

「────..やれやれ、生意気言ってくれる。ま、どう説得したもんか悩んでたのは杞憂だったな」

 

 呆れたような、だが感心したような笑みを溢しタバコを咥えて火をつけ、味わうように紫煙をくゆらせる。

 

「まず言っとかにゃならんが、今回俺は戦えない」

「あ?なんでだよ」

「理由はベヘモットを抑える為だ」

 

 簡潔に答える早乙女は指を立てて補足をする。

 

「現状俺達が最も避けなければならないのはベヘモットとジャバウォックを同時に相手取ること。片方ならともかく両方となればまず勝てない。それが他の柱師団の連中も含めたのなら尚更、だから奴と契約を結んできた。俺が出ていかない限り、奴も出てこない」

「向こうがそれを破らないという保証はあるんですか?」

「限りなく無い。が、万が一の為俺も近くで備える。大人の俺がお前達に任せっきりなんざ不甲斐ないことこの上ない」

 

 思うように動けない己を嘆くようにため息と副流煙を吐き出して、自分の後頭部を掻く早乙女。

 

「恥を承知で、それでもお前達に頼らざるを得ない。だから責任持って強くしてやる」

「アイツらよりも強くなれるか?」

「さあな、だがお前には死んだ方がマシってくらいの地獄のメニューを用意してやる」

 

 そう言い放つ早乙女の目は本気だった。死んだ方がマシというのも恐らく比喩ではないのだろうと男鹿は悟る。

 しかし、それがどうした。たった一週間の猶予の間でジャバウォック(正真正銘の化物)古市(類稀なる天才)に追いつこうというのだ。

 その程度の苦難、

 

「───上等だ」

 

 笑って乗り越えてやろう。

 

 なにより、幼馴染(ダチ)2()()も尻を叩かれている。怖気付いてる暇なんかあるがない。

 

 さっさと強くなって追いついてやるから、だから今はゆっくり休んどけ。

 

 死に目にあっても、姿を変えて夢に出てきた忙しない幼馴染を一瞥して男鹿は新たに決意を胸に秘めた。

 

 





古市ちゃん「何それ知らないんですけど。こわ」
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