オクレテスミマセン..。
感想、誤字報告ありがとうございます。
緩やかで、それでいて重さをしっかり感じさせる鈍い波の音。
鼻をさす潮の匂いに、浮遊感すら感じさせる船の揺れ。
辺りを見渡す限り陸は無く、空と海の蒼さがせめぎ合う。
男鹿はいま、大海原を奔る船の甲板に立って居た。
「なんで?」
突然の謎の状況に理解できず困惑する男鹿。
「オレ前回これから修行パートに入りそうな引きだった筈だろ..?なんでこんなことに」
幾ら頭を捻って考えても何故こんなことになっているのかが思い出せない。というよりもここ数日間の記憶が非常に曖昧だ。
何かとてつもない、地獄で引き摺り回されるよりも恐ろしく酷い目に遭った気がする。が、靄がかかったように思い出せない。
何故己はこんな状況に晒されているのか、頭を捻りに捻りまくって捻り切った結果、名探偵もびっくりの彼の頭脳は一つの衝撃的な真実に辿り着いた。
目を覚ました時には既にこの船に揺られ、陸を離れていたこの状況は古来より伝わる死よりも過酷な刑罰と一致している。
「まさか..島流しッ!?」
「特訓に行くんでしょバカ」
突拍子もない答えに辿り着き狼狽する男鹿に背後でお菓子を食べていたラミアがバカを見る目で冷たく言い放つ。
「は、特訓?」
「何?アンタあのオッサンが言った事何にも覚えてないの?」
「つーかここ数日の記憶が曖昧でしかねぇ」
「限界すぎる..!」
記憶が無いことを聞いて、その原因を知っている彼女はただただ慄いた。すると彼女の背後からベル坊を胸に抱えた邦枝がやってくる。
「目が覚めたのね。室内に戻ったら居なくなってたから探しちゃった」
「邦枝..。お前も島流しに?」
「は?」
「真面目に聞くだけ無駄よ。コイツ今何でここに居るのかも分かってないんだから」
呆れ半分、同情半分なラミアの説明を聞いて邦枝もどこか的を得たような表情で遠い目をする。
「あぁ..なるほどね。この三日間毎日倒れるまで早乙女先生に鍛えれたもの。仕方ないわ」
私も全身の筋肉痛が...とベル坊を抱えたまま肩だけを回す邦枝の顔は端正な顔を苦渋に歪めていた。
そんな彼女の様子と先程行った早乙女先生という単語が耳に入った瞬間男鹿の脳内にかかっていた靄が瞬く間に晴れ、自身の身に起きた三日間の記憶が駆け巡る。
無惨にも撒き散らされまくった胃液、グランドに力無く転がる
脳裏に刻まれた地獄の光景と耐え難い苦痛に塗れた特訓の記憶を思い出した男鹿は、
────立ったまま気絶した。
「いい加減起きなさい!!話が進まないのよ!」
「ぐふっ」
白目を剥いた男鹿の背中を強く叩いて意識を取り戻させる。一撃で取り戻すその手腕はまさしく医者の卵として申し分ないほどに見事なものではあるがここは割愛。
意識を取り戻した男鹿は気持ちを落ち着かせるように深呼吸を繰り返しながらまた記憶を掘り起こす。
思い出すのは三日目の紋章術を中心とした修行が終わった頃。その時はすでに己もベル坊も疲れ果てて倒れ伏していて意識が混濁していたが、そんな彼等に早乙女がこれからについて何かを話していたのは覚えていた。
彼曰く、スーパーミルクタイムもとい別名"暗黒武闘"を完成させることが重要とのこと。
どれだけ紋章術を叩き込み、魔力耐性を上げようがたった1週間。それだけではどうやっても永遠に太刀打ち出来ない。
ならば、たとえ悪魔を憑依させる禁術だとしても彼の切り札であるそれを完成させて無理矢理にでも戦える状態にすることだ。それだとしても器である彼自身の急成長は欠かせないが。
だが、暗黒武闘に関して早乙女は門外漢であり教えることが出来ない。そこで彼はその禁術を詳しく知る伝手を頼るようにと指示した。
と、そこまで思い出して男鹿は一つ疑問を抱く。
「特訓に行くのは思い出したが何で俺たちは船に乗ってんだ?つーか、いつ俺は船に乗った?」
「早乙女先生の伝手が離島に住んで居るから、見送りに来た先生が気を失っていた貴方を無理矢理乗せたのよ」
「周りの人に変な目で見られて恥ずかしいったらありゃしないわ」
荷物のように雑に肩に抱えて船に運び込む姿は事件性しかなく乗船時にセキュリティと早乙女が一悶着を起こしたことはまた別のお話。
「で?どこの島だよそれ」
「"首切島"。かつて流刑の地として島流しの罪人が送られたことで有名な島よ」
「結局島流しじゃねぇか。ふざけてんじゃねぇだろうなあんにゃろう」
あの男ならやりかねなさそうだと男鹿は半目になる。
「それよりもさっきから島流し島流しってなんなのよ?」
「昔の人達はねすごく悪いことをした人を遠くの島へ流して追放したの」
「ふーん...アンタにピッタリじゃない」
「うるせ」
お菓子を頬張るラミアに揶揄われ、彼はつまらなさそうに切り捨てる。
その姿が面白いのかニヤニヤしていると彼女の横から手が伸びてきて、お菓子の袋が取り上げられてしまった。
「それより、お菓子食べ過ぎ!お夕飯入らなくなっちゃうわよ?」
「にゃー!返してよ!」
「だーめ」
「意地悪!」
取り上げたお菓子をカバンに仕舞い込む邦枝へポカポカと可愛らしい音を立てて叩くラミアだが、全く効いておらず逆に頭に優しく手を当てられ押さえ込まれる。
(こいつらいつの間にこんなに仲良くなったんだ?)
微笑ましさの溢れる光景を横目に男鹿は内心呟いた。記憶の限りでも彼女らはそこまで接点は無かった筈、ラミアに至ってもベル坊やヒルダ以外には対して心を開いてなかったと思っていたが、今彼等の間には隔てる壁や蟠りがまるで無い。
ラミアが歩み寄ったのか、邦枝の人当たりの良い人柄故か。
そこでふと男鹿の目に彼等の姿が古市とヒルダの姿に重なって見えた。
{そういやアイツらもいつの間にか仲良くなってたな)
それこそはじめの顔合わせは最悪だった筈だ。
ヒルダはベル坊を取り返す為になりふり構わず殺意と力を振りまわし、古市も好き勝手暴れ回られた事に間違いなく腹を立てていた。
なのに気がつけばあそこまで互いを想い合うほどまでの仲を築けていたのだから、きっと女という生き物はそういうモノなのだろう。
心の内で1人結論づけ男鹿は甲板の先、水平線の向こうへと目を向ければ、自然豊かな島が見えてきた。
「あれが首切島か?」
「えぇ。いい?私達の目的は早乙女先生の紹介してくれた斑鳩酔天という人と会って協力を仰ぐことよ」
「そー上手くいくといいが..」
「不安?」
「まさか、最悪力づくでも手を貸してもらうさ」
「最悪が最悪すぎる..。いい?初めての人に会うんだから乱暴なことは無しよ!」
「わーってるよ」
物騒なことを言い出した彼の様子に釘を刺す。
本当に分かっているのかと邦枝は一抹の不安を抱きつつも男鹿の隣で同じく島を見据えた。
これから何が待ち受けているのか不安と期待を胸に、ただ一つ強くなることを志して。
「ホンマ冗談通じん娘やで葵ちゃんはぁ...あ、イタッ!ヤメテッ!?」
因みに、スカートを覗こうとしたコマが顔をボコボコに腫らして、逆さ吊りで海鳥の餌にされていることは男鹿が知る由もない。
そして彼等を送り出した張本人、早乙女禅十郎は学校の保健室にて邦枝一刀斎と将棋の盤を挟んでいた。
パチ、と軽快な音と共に置かれた駒に早乙女が渋い顔で唸る。
「そういえばそろそろ着く頃じゃの」
「あぁ、しかしジーさんもよく大事な孫娘を行かせたな。子供2人と変なの一匹ついてるとはいえ年頃の男女だぜ?」
「フン、葵は父親に似てクソ真面目で不器用じゃからな。あの小僧はそもそもそういう類の気を持ち合わせておらん。間違いは起こらんよ」
「よく見てるな」
「歳を取れば嫌でもわかる」
あっけらかんに言い切る一刀斎に苦笑し駒を動かせば、即座に返の一手を打たれる。
「それに今の葵にとって必要な刺激にもなる筈」
「刺激?」
「斑鳩薺...今は酔天か。彼女は葵にとって、いや2人にとっていい刺激になる筈じゃ..力についてもそれ以外でも。お前では教えられん大事なことを彼女は知っとるからの」
「...痛いところを」
バツが悪そうに顔歪め誤魔化すように後頭部を掻きむしる。実の所早乙女は彼女を頼るのが個人的に気が進まなかった。
しかし、蛇の道はなんとやらということもあり背に腹を変えられない。最低限の礼儀として手紙をしたためた、変に臍を曲げてくれることのないことを祈るばかり。
するとまた駒の置かれた軽快な音が響く。
「ほれ王手じゃ」
「痛いところを....!?つーか俺まだ置いてねぇよ!」
「置いたぞ。お主の抱えるソヤツが」
一刀斎の指差す先、早乙女に膝に乗っていたいつぞやのブラックベル坊がペシャリと駒を動かした。
「ダ」
「ダ、じゃねえ!勝手に動かすな!」
「王頂き」
「ズリィ!」
抗議の声もなんのその、ホッホッと愉快そうに声を転がして手元の王の駒を弄ぶ一刀斎。一方でブラックベル坊は勝負がついたことも分からず香車の駒を斜めに動かしていた。ルール違反です。
「ま、彼女と会い今のフラフラとした葵の道が定まってくれれば御の字じゃ」
「フラフラね..」
やらせない気持ちを晴らす為にソファの背もたれに寄りかかってタバコに火をつけようとライターを取り出した。
「患者の眠る部屋で煙草は感心しないな」
カーテンが走る音。今まで閉まっていたベッドの方へと目を向ければプルプルと弾力のあるフォルカスが出てきた。
「あぁ悪い、つい手癖でな。経過はどうだ?」
「回復は進んでいるが順調とは言えないな」
意外にも後ろ向きな言葉に早乙女は軽く目を見開いた。たしかに古市は重症ではあったがそれでもフォルカスの手にかかれば、3日もあれば回復する筈だと見込んでいたからだ。
だが、想定を超えて彼女の治療は苦戦していた。
「彼女の身に宿している我々の魔力とは違う力...何と言ったかな?」
「妖力と言います」
フォルカスの問いに応えるのは一刀斎の隣に腰掛けていた魔二津の寺の住職だった。
彼も彼女の容態の確認の為にこの学校を訪れていた。
「どうやらそのヨウリョクというものと我々の魔力は互いに強く反発し合う性質を持っているようだ。あまり強く回復の術式をかければ上手く定着する前に容態が急激に悪化してしまう」
「なんと..」
初めて耳にする情報に一刀斎が驚愕する。いや彼だけではなく住職も驚きを隠せないようだ。
両者悪魔祓いに携わって長年にもなるが、やはり人間が魔力や魔術に対して得られる知見には限度があり、こと妖力に関してはそもそも彼女以外には使うものに出会ったことがない。ならば驚くのも無理はないだろう。
「元々三割程度まで占めていた妖怪の気質が今は八割までに傾いているように感じます。その紬貴の変化が恐らく原因かもしれません」
「確かに、以前の肩の傷はヘカドスの術式が阻害していたとしても今よりは治療が進んでいた。もう少し慎重に進めなければ負担は大きくなる」
住職の見立てに納得したようにプルルっ頷き、今後の診療計画の変更を脳内で行う。
1人、早乙女は表情を動かさず落ち着いた声でフォルカスへと質問を投げかける。
「治せるのか」
「治せる。だが戦いの日には間に合わん。時間を掛けねば術式が上手く定着しない」
「それでいい。しっかり治してやってくれ」
答えを聞くと納得したように頷き、テーブルに置いていた缶コーヒーを一気に呷る。
「いいのか?次の戦いでは1人でも戦力が居る筈だろう?そうでなくとも彼女はこちらの最高戦力の1人と言っても違いないだろうに」
「最高戦力の前にこいつはまだ子供だ。俺の不手際でここまで無茶をさせた...これ以上はやらせないし戦わせない」
そう答えると空っぽの缶をテーブルに置き、肘置きに気怠げに肘をついて眉間の皺を深く刻んで行き場のない思いを溜め息共に吐き出した。
「ただでさえ俺は情けない事に次は男鹿達生徒に頼らざるを得ないんだ。怪我人を引っ張り出すつもりなんざ無ぇよ」
「わかった。では治療はこのまま進めていく」
肘を付きながら窓の外を見ればグラウンド死にそうな顔しながら走る生徒達の姿。
謂わば彼等もまた巻き込まれた被害者と言えるだろう。知らぬ内に悪魔どもの巣窟に迷い込み襲われたのだからたまったものではない。誰1人殺されることなく帰ってこれたのは不幸中の幸いだ。
なのに彼等はやられたままでは居られないと立ち上がり、強くなるために行動を始めたのだ。
「どいつもこいつも反骨心の高い奴ばかりで、OBとして鼻が高くなるね」
無論早乙女は大人として、教師として彼等が一体何に挑もうとしているのか一から説明をした。
それこそ半ば脅すような説明だった筈だ。それでも彼等は立ち上がった。
全部本気と理解した上で覚悟を決めたのか、それともただの戯言と受け取ったのかそれは彼にも分からない。
ただ彼等が覚悟を決めて戦うことを選ぶのなら、せめて誰も死んでしまわないように出来る限りの手を尽くす。1週間という短い間でもやれることを詰め込みまくり鍛えまくる。
彼等が戦うのなら有利なれるように幾つもの戦略を用意する。それが彼の教師としての矜持だった。
「爺さんもわざわざ魔二津から来てくれて申し訳ない」
「いえ、むしろこの娘のことをいの一番に教えていただいたことを感謝します」
「やって当たり前のことだ。結局、今回のことをこいつの親に説明する時にアンタが居なかったらまとまるモンもまとまらなかった」
「愛娘が死の淵を彷徨えば彼等も荒ぶってしまうのは当然でしょう。ですがあのままでは事態は悪化するばかりだった為、手前勝手と知りながらも口を挟んでしまいました」
古市の重傷とその経緯、それを彼女の保護者に秘密する訳にもいかず早乙女は先程まで彼等にその説明をしていた。
しかし、いくら悪魔のような現実離れした話に慣れていた両親とはいえそれが娘の重傷に納得できる理由はない。むしろ慣れていたからこそ、危険性をよく理解していたからこそ特に彼女の母親は早乙女を許せない。
そしてベッドに横たわる娘の姿を見た刹那、思考を挟まずに早乙女に平手を打った。
何故あの娘に戦わせた。あの娘が傷ついている間何をしていた。大の大人が自分の戦いに子供を巻き込むな。
冷静とは言えない、荒ぶり抑えられない怒りをぶつけてきた。だが早乙女はそれに言い訳するでもなくただただ受け止め続けた。
彼女とて理不尽であることは理解していた、責めるべきは彼ではなく娘を襲った悪魔なのだ。それでも、それでもどうにか出来なかったのかと思わずにいれない。
父親に宥められるがそれでも腹の奥から湧き上がる怒りが抑えられない。
そうして収まる気配も見えなかった彼等の話し合い。それは途中に割って入った住職の手によって収められる。
彼女の怒りが収まった訳でも、納得できた訳でもない。だが、古市がゆりかごに寝ていた頃からの付き合いの住職が間に入ることでひとまずの収拾をつくことができた。
「確かに冷静じゃなかったかもしれないが至極真っ当な言い分さ。本当に情けない自分が嫌になる」
「それでも貴方は最善を尽くす為に奔走している..それは認められるべきものです」
ぽん、と肘をついて外を眺めていた早乙女の頭に手が乗せられる。日差しの温もりを感じさせる節くれだった手だ。
「よく頑張っていますね」
「..爺さん、もう子供じゃねぇんだぜオレは?」
「おやこれは失礼」
不満げに目を細めた反応に住職は彼と初めて会ったときの姿が脳裏によぎった。生傷だらけで野良犬のように睨みつけて威嚇してきた高校生の頃の姿。
誰にも頼らず1人で何もかもを背負おうとする不器用な少年の姿が。
むず痒さを振り払い早乙女は姿勢を正して部屋に集まった熟練達を見回した。
「..取り敢えず、オレ達はオレ達でやれることをやらにゃならん。悪いが校長の爺さんも邦枝の爺さんにも動いてもらう」
「全く老人をもっと労わらんか」
「事が終わりゃ労ってやるさ」
一刀斎の苦言を受け流す。無論彼とて本気で言っているわけではなく、事態はそんなことをしているほど小さくはない。
「奴らがゲームだとかなんだか言ってるが付き合ってやる気はない。此方が有利に進めて行けるような作戦が必要だ」
「道理だな」
「...その前に一つ、よろしいでしょうか」
作戦会議が始まろうとしたその時、住職が手を挙げる。
「これはまだ、非常に可能性の高いだけで憶測の域は出ないのですが私が調べていた事で耳に入れておいて欲しい事があります」
ただの憶測、と言うがこの場でそれを蔑ろにしようとする者は1人として居ない。
皆自分の話に耳を傾けていることを確認した住職は口を開いた。
「────巷で話題になっている多くの失踪事件、そして恐らくはこの戦いの裏に居るであろう組織.."ソロモン商会"の事について」
「と、これが今回の経緯じゃ出馬君」
「悪魔の襲来...ですか。しかも魔界屈指の強さを誇る集団、ホンマ好き勝手してくれますね奴等」
同日、万が一の危険を避ける為の臨時休校が漸く明けた聖石矢魔高校の校長室にて出馬は石動から先日の全容を聞かされていた。
「まったくじゃ..連中、まさかグランドバハムートまで人間界に引き摺り出してくるとは。おかげ様で方々への事後処理や隠蔽工作に忙しいったらありゃしないわい」
眠れない程の作業量に忙殺されていた彼は疲労に凝り固まったこめかみを強く揉みながらため息混じりに愚痴を溢した。
山のように積み重なった書類に保護者会への説明、校内全ての修繕箇所の確認及び見積もり。また話を聞きつけてきたマスコミ対応等未だ終わる気配の見えない仕事の量ではあるが、至急の物をあらかた片付け一息ぐらいはつけるようになったところで自身の弟子のような存在を呼んだのだ。
悪魔とのハーフである出馬も不可抗力だったとはいえ悪魔との戦いに巻き込まれ、それ以降悪魔の力の制御訓練を校長から受けていた。
元々制御の訓練は師事を受けていたが、それは力を抑えつけただただ暴発してしまわないようにするもの。以前の学校で力が暴発し居場所無くしてしまったが故の人間社会に溶け込む為の修練だ。
しかし、今彼が受けているのは真逆。僅かしか受け継ぐことの無かった悪魔の力の強化に精密な魔力操作を習得するための修練。謂わば戦う為の修練だ。
「今一度聞くが、本当に君も戦う気か?奴等は不良なぞとは比べ物にならんくらいに凶暴で狡猾、そしてなにより強い。だが君は彼等の狙われている訳じゃない。何も自分から死地に飛び込む必要はないだろう?」
「やけど僕もやられっぱなしでいられません。戦いに負けたことは勿論、僕等の学校にここまでやられて黙ったままなんて真っ平御免です。これでも生徒会長なんで」
言い分は理解できるが...、というのが石動の正直な心情。
確かに彼は生徒会長という立場に責任を持って行動してきた。故に外部からやってくる不良への制裁や素行の悪い生徒の指導などが認められている六騎聖へと推薦した。
少なくとも彼は私心で戦うことは無く、悪魔の力に至ってはこの学校に迎え入れてからは言いつけ通り一度も使う素振りを見せなかった。危険性もそれによる影響も身に染みて理解しているからだ。
だが、彼が悪魔に襲われた日から。否、もっと言えば
それが良い物かどうか、石動は秤りかねているのだ
すると、校長室のドアからノックの音が響いてくる。
一時間程は彼との面談で手が離せなくなると他の教師に伝えていた筈。何か先日の件でトラブルでも起きたのかと考え石動はドア越しに入室を促す。
「...む?何か用かな君達」
しかし、入ってきたのは教師では無かった。男女の生徒、しかも2人とも馴染みのある顔だ。
「お、来たな。待っとったで静さん、久也」
出馬は待ってましたと言わんばかりに片手を挙げて彼等を呼び込んだ。どうやら彼等を呼んだのは彼らしい。
状況が理解できず戸惑う石動を置いて入室してきた七海が口を開いた。
「説明、してくれるのよね?先日の件も、虎と貴方が襲われたあの夜の事も、貴方が隠していること全部」
「そのつもりや」
「どういうことかね?」
「先の騒動について2人に問いただされたので、ほんなら先生も混ぜて話をしよかと思いまして」
「...君の事を明かす気か?それで以前どうなったか覚えていない君じゃないだろう?」
彼の意図を察した石動が訝しむように目を細めるが、出馬は身じろぎ一つせずに答える。
「えぇもちろん。でもきっとそれは悪魔の力が原因やない。あんなことになってしまったのはきっと僕が弱かったからです」
そう語り始める彼の様子は石動にではなく自分に言い聞かせているようだった。
微かに揺れる己の手を握りしめ目を閉じれば、かつての光景が脳裏をよぎる。
破壊された校舎の壁に血を流して転がる不良共、鏡に映った黑い自分。
「僕が弱かったから力に呑まれた。弱かったから嫌われることを恐れて誰にも打ち明けられず、結果最悪の形で皆を巻き込んだ」
仲が良かった友人達から向けられる恐怖の眼差し。
「ずっと1人で抱え込んで隠してきた。先生に拾ってもらってからは悪魔の力を徹底的に抑え込んで隠した。けど僕がやるべきことはそうやなかったんです」
「...」
「やらなきゃいけなかったのは仲間を作ることでした。秘密を明かしてそれでも付いてきてくれる仲間を」
石動は驚く。彼がその答えに辿り着くにはまだ心の瑕が大きすぎる筈だった。
1人で押さえ込み隠し続けている現状が良い訳は無いと考えてはいたがそれでもそれは今ではなかった。
一体何が彼の心境に、瑕にここまでの変化をもたらしたのか。
「古市さんに一度聞いたことがあるんです、怖くないのかって。何せ彼女はバレーの試合最中でも躊躇なくあの
「ふむ..」
「そしたら彼女、
しめやかに開かれた彼の目は羨望にも似た色が浮かぶ。
「晴天の霹靂でしたわ、少なくとも僕には
そしてそれ以上に大きな決意を孕んでいた。
「なんで僕も隠すことはやめます。無闇に言いふらすこともひけらかすこともしませんけど」
「それで良いんだね?」
「ええ、例え悪魔の力だろうと全部含めて僕なんで。それを隠してたらいつまで経っても僕は前に進めない」
念を押して確認する問いかけに出馬は迷いなく答える。ならば何も言うまいと肩の力を抜いた石動は手元に置いていたマグカップを傾けて珈琲で口を湿らす。
その様子を見て出馬は入り口に立つ七海と三木へと向き直った。
「ほんじゃ本題に入る前に、これから話すことはどんなに突拍子がないことだとしても本当の事やと心にしてほしい」
出馬の言葉を静かに聞き入る。
「その上でもし2人が危険と感じて僕と距離を取ろうとしても誰も責めない。やから────
「馬鹿ね」
続く言葉を七海が遮る。驚いて目を向ければ彼女は不服さを隠さずに目を細めていた。
「一体何が起きて、何が関わっているのか知らないけれど」
頬膨らませ無遠慮に近づいてくる彼女は、拳を握り出馬の胸を叩いた。
「私達は貴方の力になりたくてここに居るの」
揺れることなく、真っ直ぐ、力強く見据えてくる彼女の眼から目が離せない。
嗚呼、この人は。どうしてこうも欲しい言葉をくれるのだろうか。
虫も殺せなさそうなくらいに優しさに満ちていて、なのに決して折れない美しい芯を持ち合わせている。
初めて出会った日から、変わらずこの人は近くに来てくれて、辛い時には事情も聞かず支えてくれた。心の内を見透かしたようにいつも欲しい言葉も想いもくれる。だから僕は────
「敵わんなぁ」
胸から溢れる想いを溜め息と共に吐き出す。どれだけ危険だと言い聞かせても彼女はきっと梃子でも動かない。
それにここまで自分のことを思っていてくれるのだ。ならばしっかり応えよう。例え彼女の心が他の人に向いていても。
「久也、お前も大丈夫か?」
「無論です。僕も一緒に戦います」
「今度のは喧嘩とは違う。相手は本気で殺しにくる奴等やで」
「それでも、僕はもう後悔したくない。その為に出馬さんに鍛えてもらったんです」
三木は胸の前に掲げた拳を力強く握って、決意を露わにする。
「男鹿や古市さんのことは尊敬してますが、同じくらいに出馬さんも尊敬してるしそれ以上に感謝してるんです。だからダメだって言ったって戦います。もう、何も出来ないまま知らないままなんて嫌なんです」
「────..」
見違えた。初めて会った時はおどおどと弱々しかったのにいつの間にかここまで強くなったのか。
いや、力はともかく決意の強さは元々あった。しかし、学園祭を終えてからは曇らせていた何かが晴れたようにその強さが良い方向に成長したんだ。
「..分かった。ならどっからはじめよか」
気がつけば、脳裏をよぎっていたかつての光景は消え失せた。軽くなった胸の内を感じながら、話を進めていった。
多くの人々が次の戦いに備えている中、長い船旅を終えた男鹿と邦枝は首切島へと降り立つ。
不気味な程に人の気配がしない島を練り歩き目的の斑鳩酔天を探していた彼等は今、
「もう何なのコイツら!!数が多すぎ!!」
「ウハハハハッ!全員あり得ない方向に曲げてやるぜッッ!!」
「マーッッ!!」
ひとりでに動くマネキンの大群を相手に大立ち回りしていた。
一見すればホラー映画も真っ青な状況にも見えるが相手が悪い。襲い来るマネキンの顔を次々と殴り砕く男鹿の拳に、拾った鉄パイプでまとめて薙ぎ倒す邦枝の抜刀術。
これにはマネキン達、もとい憑依していた下級悪魔達も敵わない。
「ば、化け物だ!コイツら化け物だぁっ!!」
「失礼ね!!アンタらには言われたくないわよ!!」
もう完全に襲われる側の台詞を吐いたマネキン。
「そ、村長!!どうしましょう!!奴等止められません!」
「ならぬ..!奴等は暗黒武闘を習う為酔天様の元へと行く気だ。あれは誰にも知られてはならぬ技..ここで追い返さねば」
村長と呼ばれた市松人形。人形であるにも関わらずその頬には冷や汗が流れていた。
「仕方があるまい、皆本気で...」
「────待ちな」
空気が変わる、その直前に割り込むようにかけられた鶴の一声。
それだけで動き回っていたマネキン達は動きを止める。突然の出来事に男鹿と邦枝達も攻撃を止めて、声の主へと顔を向けた。
モーゼの海割りのようにマネキンが道を開け、艶やかな黒髪を後ろに纏めライダージャケットを羽織る女性がその真ん中を歩いてくる。
「アンタ達が早乙女禅十郎のよこした子達だね」
────斑鳩酔天。
暗黒武闘の担い手との邂逅である。
書きたい場面を詰め込みすぎたら視点の切り替えが多過ぎたかも..。
ここの作品では出馬君は古市ちゃんの生き方の影響を受けて秘密を隠すことをやめました。彼女と同じく聞かれれば話す気軽なスタンスをとり、これから三木君と七海さんも悪魔との戦いに一歩踏み込んでいきます。
実は悪魔の説明を受けた神崎や烈怒帝瑠達の反応や古市ちゃんの親も早乙女先生の話し合いのシーンとか書きたいシーンがあったけど尺の都合カット。
次は流石にもう少し早く出るかも..?