TS異能力古市   作:ブッタ

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第55話 記憶が無くなる前に止めましょう。

 

 なんで。

 

「だぁかぁらぁ..禅は私のことなんて言ってたのかって聞いてんだよぉ!」

 

 一体なんで。

 

「ねぇ、おがもいっしょに呑もうよぉ..?呑みらさいよー!」

 

 一体なんでこんな事になってんだ...??

 

 

 

 酒乱の2人に挟まれ絡まれ続けるという極限までに面倒な事態に男鹿が白目を剥いて嘆いた時から時間は数時間程巻き戻る。

 

 突然襲いかかってきた大量の下級悪魔の憑いたマネキンを薙ぎ倒していた2人の前に悠然と姿を現わした斑鳩。

 意外にも彼女は協力的でマネキン達とは違い暗黒武闘を伝授することを簡単に了承する。しかし一つ、男鹿と邦枝が本気で戦うことを条件として。

 

 暗黒武闘は悪魔を身体に憑依させる一歩間違えれば身体を奪われる危険極まりない技術であり、故に身体に宿した悪魔をねじ伏せる強靭な精神力が必要だ。

 彼女が提示した条件はいわばこの技術を授けるかどうかの見極めの為の試験ということになる。

 

 途中男鹿との密着に邦枝がドギマギしてしまう等嬉し恥ずかしの軽いハプニングがあったが特に問題なく合格。

 その後斑鳩の住む神社にて合格祝いも兼ねた歓迎会が開かれた。村長の市松人形は優秀な板前でもあって、彼女?の作る豪勢な料理を皆堪能していた。

 

 していた筈だが、

 

「おいこら聞ーてんのか?てめーだこら男鹿。お?何多重残像拳使ってんだコラ」

「使ってねーよ。ベタな酔い方してんじゃねぇよめんどくせぇ」

「あぁ?面倒くせぇつったかテメェ!?禅の奴そう言ったのかよ!!やっぱりアタシ嫌われてるんだぁ!!

 

 突然豹変して涙を流しながら癇癪のままにテーブルを殴りつけ、真っ二つに叩き折られた。

 余りの乱れっぷりにドン引きの男鹿は逃げるように邦枝へと顔を背ける。

 

「なによ〜。わたしの顔なんかへんー?」

「あぁ、そこの酔っ払いと同じ締まりの無ぇ顔してる」

「え〜!やらぁはずかしぃ」

 

 赤ら顔で焦点の合ってない邦枝の様子に半目になる男鹿。とりあえず両手で持っているコップをひったくった。

 

「何で酔ってんだオメーは...飲んでんのは水の筈だろ?」

「アハハハッ!バーカバーカ!!そいつに注いだのは水じゃなくて泡盛だよーん!!」

「テメー未成年になんてモン飲ませてんだ!!!」

 

 ※未成年の飲酒は法律で固く禁じられています。良い子も悪い子も大人もお酒は20歳から。

 

「しっかし、アタシはてっきり禅の奴はアンタに昔の自分を重ねて手を貸してるのかと思ってたけど..全然似てないねぇ」

「あ?似てたまるかあんな髭面。つーかどういう意味だよ」

 

 突然落ち着いた様子で語り始めた彼女に話半分で聞き返す。

 

「禅の奴はそもそも負けたりしなかったもんねー!!」

「情緒どうなってんだコイツ」

 

 泣きじゃくっていたかと思えばゲラゲラと笑い、かと思えば物思いに耽り、またゲラゲラ笑って煽ってくる。

 2人の酔っ払いに疲れ切った男鹿は膝の上でスヤスヤと眠るベル坊が少し羨ましく思う。

 

「そう拗ねるなよ!アイツはまぁ色々規格外だったんだ。石矢魔に通ってた頃も誰ともつるまないで1人で喧嘩してばっかだった」

 

 何が可笑しいか楽しそうに笑いながらお猪口に酒を注ぐ斑鳩。

 

「1人で勝手に強くなって、そんで..勝手に1人で悪魔の事とか何もかも背負って」

 

 語る斑鳩は手でお猪口を弄ぶ。その目に帯びるは憂いか憧憬か、男鹿にはどちらも当てはまらないように見えた。

 並々と注ぎ、揺れる水面を眺めながらただ懐かしむように語る。

 

「アタシがどれだけ追いかけても追いかけてもそんなこと知るかってどんどん先に進んでさ」

 

 お猪口を持つ手を窓の外に浮かんでいる月へと伸ばす。されど注がれた泡盛の水面には月が映ることはない。

 

「終ぞこの手が届くことはなかった..」

 

 彼女が何に思いを馳せているのか、早乙女と彼女との間に昔何があったのか分からないし聞こうとも思わない。

 だが、男鹿には語る彼女の胸の内に渦巻いている感情だけが不思議と理解できた。

 

 悔しいのだ。死にたくなるほど。

 

「アイツが辛かった時、強引にその手を引っ張ってやれなかった。引っ張るにはアイツは遠くに行き過ぎて、アタシが置いてかれすぎた」

 

 無力な自分を殺したくて、隣に立てない現実が許せなくて。この女はそんな弱い己に怒り、呪い続けてきたのだ。

 

 今の己がそうなのだ。同じ眼をしている奴の考えることはわかる。

 

「だから、早く強くなりなよ二人とも。誰を追いかけてるのか知らないけど、きっとソイツもあっという間に手の届かない所まで一人で飛んでっちゃうんだから」

 

 お猪口を傾け、泡盛を飲み込んだ。

 

「ぷは...1人にさせちゃ駄目よ。しっかり隣で、そいつの手を握ってやんな。先輩からのアドバイス」

「言われねぇでもそのつもりだよ。俺も邦枝も」

 

 迷いなく答える。どんなに無茶だろうが危険だろうが残り三日間で強くなる覚悟はしてきている。ヒルダにも古市にも借りを作りっぱなしなのは許せないのだ。

 

「だから酔っ払ってねぇでさっさと暗黒武闘を───

「らぁにーおがぁ!わらしのことよんだぁ?」

 

 シリアスな雰囲気を吹き飛ばす陽気な声と共に顔を真っ赤にした邦枝が男鹿の頭に抱きついてきた。

 酔っ払っていて力加減のブレーキが壊れていたのかかなりの勢いで飛びついてきた為首の骨が変な音を鳴らしたのが男鹿には聞こえた。

 

「───..」

「ちょっとぉよんろいてむしぃ?あんたはいつもいつもそーやってわたしをもてあそんでぇー!もー!!」

 

 声を出さない男鹿に不服なのか頬膨らまし、人差し指で抱き抱えている彼の頬を突いている。

 するとテーブルの破片が散らばる床に力強くお猪口が叩きつけられた。

 

「仲良いわねぇアンタらぁ..それに比べてアイツときたら..!いうに事欠いて私が面倒くさいだとぉ!?」

 

 泣き上戸に笑い上戸とくれば次に来るのは怒り上戸。どこぞ百獣の海賊にも劣らない酒癖の悪い彼女は据わっていた目を釣り上げ、お猪口を握りつぶした。

 

「許せねぇ!!今からアイツぶっ飛ばしに行く!!」

「酔天様!!落ち着いて下さい!それバイクじゃなくて盆栽です!!」

 

 繊細で厳かな盆栽の枝を無造作に掴んで乱暴に捻る斑鳩に村長兼板前の市松人形が割って入る。

 最早自体は収拾がつかない程のカオスなものになっていった。

 

「ちょっとーきいてんろーおがぁ?」

「放せぇ!元関東最強悪糾麗の頭のドラテク見せてやんよぉ!!」

「だからそれバイクじゃないですって!!折れちゃう折れちゃう!!」

 

 

────大人になっても酒はやめておこう。

 

 そんな一つの確固たる決意とこの島に来たことへの一抹の後悔を男鹿は胸にしまい込んだ。

 

 ちなみにここまで少しも出てきていないラミアはお菓子の食べ過ぎで別室にて寝込んでいた。恐らくこの面倒な場を逃げ延びた、ただ1人の勝者である。

 

 

 

 決戦の日が刻一刻と近づいく。

 

 ベヘモットが仕える焔王の教育の場として、また柱師団の人間界侵攻前衛拠点として石矢魔高校跡地に建設された悪魔野学園。

 壮麗な装飾やランドマークの時計塔は何処かの宮殿のような学園にて柱師団もまた集結していく。

 総勢394名の幾つもの次元を超える転送をたった1週間で行うことは転送悪魔であろうと命に関わる程の無謀なものであるが、それを失態を犯した侍女悪魔ヨルダを酷使することで可能となる。

 

 日に日に弱っていく彼女を気に留めるものは誰も居なく、気絶を繰り返せば魔力によるショックで無理矢理起こし転送を繰り返させる。

 使い物にならなくなるまでになればその日の転送は終了、牢獄に入れ時間をおいて回復させる。そして明朝からまた酷使を始める。

 

 そんな荒技を駆使することで悪魔野学園に彼等が揃うのも目前となった頃、校長室と札が掛かった部屋の中で威厳ある椅子に腰掛け、スイカバーを齧るベヘモットの姿があった。

 

 しゃり。しゃり。静かな部屋の中で氷菓子を咀嚼する音だけが息をする。

 

「なんじゃ。そのようなアイスがありながら余には何もなしか?」

 

 窓を眺めながら食べていたベヘモットの背中に年若い少年の声がかけられた。椅子を回転させ入口の方へと身体を向ければ敬愛すべき主人、焔王の姿。

 

「これはこれは焔王坊ちゃま。失礼、腰掛けたままで...今お茶をお淹れしましょう」

「良い良いお主も楽にしろ」

 

 立ち上がるベヘモットを横目に焔王はどっかりと深くソファへと腰掛ける。

 

「それよりアイスはないのかのう?」

「3時のおやつの時間ならとっくに過ぎましたぞ」

「...あいも変わらずケチな奴じゃ。だから余はお前が苦手なんだ」

 

 誤魔化すことせず、歯に衣着せぬ物言いにうんざりしたような顔となるがベヘモットは眉一つ動かさない。丁寧に淹れたハーブティーの入ったカップを彼の前に置けば、ベヘモットも対面のソファに腰掛ける。

 

「何も甘やかすだけが教育ではありませんからな」

「フン....あちっ」

「....」

 

 不満げに唇を尖らせ、置かれたティーカップに口をつける焔王の姿を観察する。

 特に不自然なところはない。催眠系の魔術がかけられている痕跡も誰かが化けている様子もない、いつものように尊大でわがままな子供だ。

 

「なんじゃ?じろじろと見て」

「ふむ..単刀直入に聞いてよろしいですかな?一体どういう心変わりがあったのか」

「心変わり?」

 

 意味がわからんと言わんばかりに片眉を上げる。

 

「部下からの報告によれば坊ちゃまは今回の侵攻にて功をあげ、王位継承に名乗りをあげるつもりだと」

「ああ。そのつもりじゃ」

「何故?いえそれ自体はワシとしても喜ばしいが、坊ちゃまは今まで王位継承権など気にしたことなどなかった。何故今更になってその気に?」

 

 彼の教育を任せられている身として今まで何度も王族としての自覚を持つようにと忠言してきた。

 その度に焔王は嫌な顔をして面倒くさがっていた。王子としての業務は怠け、放っておけばゲーム三昧、王位継承など欠片も興味が無かった。

 ならば何がおきればそこまでの心境が変わるのか、王家に長らく仕えてきた忠臣として知らない訳にはいかない。

 

「...さぁの、だが余は許せんのだ。父上が余よりも弟を優先することが、余より弟の方へと期待を向ける視線が」

「...ふむ」

 

 腑に落ちないというのが正直な感想。

 

 魔界において少なくともベヘモットの目の届く範囲ではそんなものは無い。確かに手のかかる彼を疎む者が居るのも事実だが、さりとてそれが赤子でしかない弟君へと期待を向ける理由にはならない。

 何より主君である大魔王があそこまで適当なのだから周りの者はそこまで余裕はない。子が子なら親も親、少しは王族の自覚を持って振る舞ってほしいものだ。

 

 当然適当という言葉を体現した大魔王が子息のどちらかを優遇している事実もない。というよりまだまだ現役の彼は全くもって王位継承について何も考えておらずこの人間界侵攻についてもそこまでの深い意味を持っていない。

 故にベヘモットはこの度の人間界侵攻を然程重要視していなかったし、柱師団の中の過激派の者達がこの侵攻をダシにしようと躍起になっていた。

 

()()()()も前々から余にそれを進言してきたからの。お前達柱師団全員で攻め、余が功を上げる丁度いい機会じゃろ」

「────()()()()?」

 

 聞き馴染みのない名前に眉が動く。

 

「ワシの知らぬ名ですな?よろしければその者について聞いても?」

「む?知らぬのか?よく王宮に出入りしておったろう?」

「この数年間の警備の者が上げてきた訪問者のリストそのような名の者は一度も来た記録は無かったはず。何処の所属の者で?」

「所属...?どこじゃった..か?」

「容姿は?種族は何でしょう」

「..思い出せん。じゃがよく来てた筈じゃ!あの男...いや女じゃったか?」

 

 記憶改竄..いや認識阻害も混ぜ込まれた術式だろうか。熟練であるベヘモットの目にすら気がつくのに時間を要する程に術の痕跡を消されていた。

 

 まず間違いなく焔王は何者かに唆され誑かされている。それだけで万死に値する罪ではあるが、そのアスランという者が何者か調べるまでは派手に動かず泳がせる必要がある。

 ネズミどころか虫一匹倒さない堅牢な王宮の設備に精鋭で集められた五百は超える警備の目を幾度も掻い潜り何度も焔王と接触していたということは相手はそれだけに警戒しなければならいということ。

 だから早乙女を戦わせない為に契約を結んだ。弟君の契約者と事を構える中得体の知れない敵をも警戒しなければならない。そんな中で先の大戦の覇者である彼を相手していればこちらが痛手を負わされてしまう。

 

 それにここまで完璧に痕跡を消しているにも関わらず、偽名かどうか知らないが名前の記憶と接触した記憶が消されていない。

 まさか消し忘れたはずも無い。大々的にではなくともベヘモットなどの力量と経験が積み重ねられた者には察知される程度の情報が残され、ちらつかせている。

 つまりこの接触を悟られることが前提として動いているのだ。

 

 何故。何が目的なのか。何も分からないが、相手は焔王を人間界に引っ張り出したかったようだ。故に焔王の劣等感を煽り、大魔王へと侵攻の声を上げるように仕向けたのだ。

 

 気に入らない。しかしそれのおかげ焔王は王族の自覚を持ち出した。ならばこの機会を利用してやろう。

 魔界最強の柱師団を全員人間界へと連れ出し、弟君から契約者を奪い力を奪うことで人間界侵攻の功を全て焔王の手柄とし箔をつける。

 そして恐らくこの衝突で消耗したところを狙い焔王を狙う狼藉者が必ず尻尾を出すだろう。

 その尻尾も掴み、その背景にある者を芋づる式に引っ張り出し柱師団でまとめて叩き潰す。

 

 これを完遂することでこの人間界侵攻は初めて()()を孕むのだ。

 

 ただし不安要素はある。

 倅のジャバウォックを瀕死にまで追い詰めたあの人間の存在だ。

 

 柱将であるヘカドスやグラフェルを鎧袖一触にした程の実力の報告は受けていたが、まさか倅まで瀕死にまで追い込まれるとは思いもしなかったイレギュラー。

 しかし彼女も瀕死だった、その上に人間の身体は再生はしない。

 

 たった1週間では復活することはないだろう。魔界一の医者でもいない限り。

 

「むむむ..思い出せんぞ?」

「まぁその話は置いておいて、今日の日暮れには柱師団全員の転送が完了しますぞ」

「おお、そうか!」

 

 ベヘモットの報告に顔を明るくさせる焔王。

 

「であれば!決戦の明日に備えて余は早く寝るとするか!」

「まだ就寝の時間には早すぎですぞ。仕方がありませんな..どれ教育係として今日の課題を」

「ではの!!茶ご馳走になった!!」

 

 引き出しから紙束を取り出そうとする前に、俊敏な動きで焔王は校長室から飛び出ていった。

 

「...相変わらずこういう時の動きは度肝を抜かされるの..」

 

 あっという間に1人残されたベヘモットの呟きはただただ寂しく部屋に木霊するだけだった。

 

 

 

 

 

 そして決戦前夜。

 

 昏い夜空には欠けることない見事な満月が鎮座している。

 

 柱師団は全員の転送が終わり1人残らず集結。

 男鹿と邦枝は三日間にわたる斑鳩との修行を成した。

 六騎聖や石矢魔の生徒達も早乙女と一刀斎による特別強化も終えた。

 

 人間側は保健室で眠る古市を除いて決戦への準備を完了させる。

 だが悪魔側は現在、騒動が起きていた。

 

 転送悪魔ヨルダの逃亡、及び侍女悪魔ヒルダの脱走だ。

 2人とも見た目が類似していることを利用してヒルダがヨルダの姿に扮し大立ち回りを繰り広げる。その間に無茶な転送で重症だったヨルダに転送魔術を用いて逃亡されたのだ。

 

 結果、決戦前に団員12名柱将5名の犠牲を払ってようやくヒルダを捕縛するという許されない失態を犯した。

 

 監視を任していた団員達は後に処分するが、今は転送悪魔の逃亡を成した侍女悪魔への処罰をする為ベヘモットと数名の柱爵と団員は屋上へと集結していた。

 

「んー..良い眺めだね」

 

 人の良さそうな笑顔を貼り付けた長髪の男がしみじみと呟く。しかし、その視線の先にはヨルダの服を身につけた満身創痍のヒルダが十字架を背に磔にされていた。

 両の掌と重ねられた量の足首に銀の釘を穿ち、多くの血が屋上に滴り落ちる。いくら魔力で再生するとはい釘を打ち込まれたままではその限りではなく、ヒルダは衰弱していく。

 

「恐れ入ったよ..まさかたかが一介の侍女悪魔が12の団員だけでなく柱将まで、しかも5人も伸してしまうなんて。団長から優秀の太鼓判を押されただけはあるね」

「────..」

「ただ、ウチの大切な次元転送悪魔も流されちゃったし..。これ以上暴れられても困るってことで...始めちゃうか」

 

 長髪の男、柱爵サラマンダーは笑顔を貼り付けたまま指を鳴らす。軽快な音と共に火花が散り、焔を纏わせた。

 

「な..何を」

「磔と言ったら火炙りでしょ?本当は君のお仲間たちや末子殿の前で始めたかったんだけど...よろしいでしょ?団長?」

「いいぞ。どの道結果は変わらんじゃろ」

 

 ベヘモットからの了承を得て男は十字架の下へ火を放つ。焔は轟々と、叫び徐々に彼女の身体へと手を伸ばし始めていく。

 

「オレの焔の術式は特殊でね。焼くのは君の身体じゃない..ま、それ以上の苦痛は与えるけどね」

 

 焔が彼女に近づく度、彼の口の歪みは更に深まっていく。

 

「焼くのは記憶だ。君の肌が焼かれる度に、黒煙が脳を犯す度に、身体を傷つける代わりに君のこれまでに積み上げてきた記憶のアルバムを一枚一枚焼き尽くすのさ」

 

 今まで毅然な態度を貫いていた彼女が、そこで初めて息を喉から漏らした。

 

「や..やめろ...!」

「漸くそのすまし顔が歪んだね..」

 

 明確に恐れ、怯え、動揺した様子を見せたヒルダにサラマンダーは愉快そうに嗤う。

 焔の手が脚に届く。肌を焼き焦がすような灼熱の痛みに彼女の身体が悲鳴を上げる。意思とは別に身体が勝手に逃げようともがき苦しむ。

 しかし脚に目を向ければ灼かれた脚は揺らめく焔の向こうで無傷のままだった。

 

 ────すると、直ぐに彼女の脳の奥に電流が流れた。

 

「あ゛ぁ゛ッッ...!?」

「お?早速一つ消えたかな?ま、この分だったら明日の朝には消えてるだろうね。仲間のことも...末子殿のことも

 

 脳を襲った強烈な痺れにヒルダは無様にも涎を垂らしてしまう。しかし、休み無く焔が更に手を伸ばして耐え難い苦痛を与えてくる。

 

 苦痛が広がる度に脳の奥を無遠慮に踏み荒らされる。

 何も考えられない。

 

 嫌だ。

 

 このままでは私が..私でなくなる。

 

 嫌だ。忘れたくない。大事なものなんだ。どれも。

 

 いやだ。いたい。くるしい。こわい。

 

 もう..もう。

 

「...もうやめてくれ..。頼む...」

 

 苦痛に喘ぎながら縋るようにか細い声を絞り出す。しかし、

 

「 ダ メ 」

 

 サラマンダーは心底愉快そうに嗤い、屈辱と絶望に歪む彼女の顔に彼は恍惚とする。

 どれだけもがいても逃げ場はない。

 

 絶え間ない業火の苦痛と脳随を犯される気持ち悪さに彼女は何も出来ずに苛まれ続けていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「────..何だ?」

 

 苦しみ悶える彼女の耳には届かないが、突如として悪魔野学園中に轟き始めたサイレンにサラマンダーも動揺する。

 そして間髪入れずに警備であろう男の声が後を続くように轟き始めた。

 

敵襲!!!!!

 

 その言葉を聞いて学校中の悪魔達は臨戦態勢へと移行した。それと同時に人間の浅知恵に嘲笑する。

 正攻法では勝てないからとはいえ夜襲を仕掛けてくるとは。

 実に安直。

 奴等は本当に何を相手にしているのか理解していないらしい。

 

 呆れにも似たその考えは続く報告によって打ち消された。

 

襲撃者はただ1人..!!あの契約者ただ1人!!!!

 

 その報告を聞いた瞬間、ベヘモットは屋上から校門を見下ろせば、そこに件の襲撃者がいた。

 

 10名以上居たはずの門番を1人残らず仕留め、両の拳を血に濡らす男は隠れる事もなく我が物顔で校庭を歩く。

 

「..男子3日会わざれば...という奴じゃな」

 

 

 決戦の火蓋は明日を待つ事なく切り落とされたのだ。

 

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