TS異能力古市   作:ブッタ

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第56話 正面突破!!

 

 窓から降り注ぐ満月の光だけが仄かに照らす薄暗い保健室。

 静寂と月光に包まれたその部屋には1人の微かな寝息だけ。

 

 斑鳩との修行を終え、街へと帰ってきた男鹿はどこに寄るでもなく幼馴染の眠るこの保健室へとやってきた。

 何か話しかけるわけでもなく、ただベッドの側に立ち、静かな寝息を立てる幼馴染の姿を眺めるのみ。

 

 彼女が目を覚す事なく1週間弱が経った。フォルカスの治療のおかげか顔色は良くなっているが、それでも身体に巻かれている包帯の数は減っていない。未だ彼女の顔半分は包帯で隠れていたまま。

 

「.....」

「───1人で行く気ですかな?男鹿殿」

 

 いきなり声がかけられるも動揺した様子は見せず、男鹿はゆっくり振り返り声の主を見る。

 

「死にますぞ」

 

 そこにはいつの間にかアランドロンが立っていた。いつものようなふざけた様子は鳴りを潜め、真面目な顔でそこに立っていた。

 

「確かに貴方は強くなられた。1週間前とは比べ物にはならないくらいに..それこそ柱爵ですら貴方の相手にはならないかもしれません」

 

 彼の言葉に耳を傾けつつ、男鹿は再び眠る幼馴染へと目線を移す。

 

「しかし、それはかの狂竜に勝てる程までではありません。一対一ならば可能性は生まれるでしょうが、生憎彼等柱師団は丁寧に一対一に付き合ってくれる程行儀の良い連中ではありませんぞ」

「わかってる」

 

 忠告聞いても男鹿の考えは変わらない。

 

「何も1人で戦う気はねぇ」

「..何かお考えが?」

「ゲームなんざに付き合う気はねぇってことだ。律儀に勝手に取り付けられた約束を守って奴等に先手をくれてやる気もねぇ。今度はこっちから攻め込んでやる。寝込みを襲うのは気が進まねぇが..」

 

 瞼に掛かっていた銀色の前髪を傷つけないよう、優しく撫でてずらす。

 

「まぁコイツならそうするだろ」

 

 

 

 

 容赦のない拳が顔面に叩き込まれる。手首までめり込む程の恐ろしい威力は戦闘員の意識をいとも容易く奪う。

 

「17」

 

 振り抜いた直後の隙を狙うように魔力の込められた槍が複数向かってくるが、焦らず潜り込んで距離を詰めそれぞれの顔面に膝をぶちかます。

 

「18、19」

 

 人形のように力無く倒れていくのを捨て置き走り抜ける。目指すは焔の光が見える屋上。

 

『ヒルダ姉様は時計塔の屋上で磔にされてる..!!時間がないから急ぎなさい!!』

「わーってるからインカムで叫ぶな。鼓膜が破れる...」

 

 だだっ広い校庭を走る男鹿のインカムで叫ぶのはラミア。戦う力はなくとも何もせずに待つことなど出来ないと考え彼女は遠距離からできるサポートに死力を尽くすことに決めたのだ。

 

『あ!そこの非常階段の上から狙われてるわよ!!』

「ああ」

 

 インカムからの声に短く応えれば近くにあった校舎の壁を蹴って空中へと駆け上がる。同時に連続してのアスファルトの砕ける音が響き、先ほどまでいた彼の地面には幾つもの鋼鉄製のクロスボウの矢が突き刺さっていた。

 

 躱されると思っていなかったのか口をあんぐりと開いて驚き硬直する戦闘員の首目掛け、駆け上がった勢いのまま思いっきり振り抜く。

 

「20」

 

 全力で蹴り抜いた脚と非常階段の柵に挟まれ、明らかに無事ではない音と感触を感じたが男鹿は気にしない。そもそもこいつらは放っておいても傷が治るのだからやり過ぎなくらいが丁度いいという考えだ。

 

『下!!槍を構えてる!』

 

 男の手から離れ宙を舞っていたクロスボウを手に取り、すぐさま階下の槍を投擲しようとしている戦闘員へと鋼鉄製の矢を撃つ。

 風を切り直線的に疾る矢は投擲しようとしていた腕を貫通し、背後の壁に突き刺さり固定した。

 だが当然この程度、腕が矢で縫い付けられた程度で終わるほど柱師団団員は甘くはない。槍が使えずとも魔術は使える。

 反対の手を翳しすぐさま攻撃を仕掛けるが、

 

「21」

 

 突如降ってきた焔王の黄金胸像になす術なく押し潰された。

 蹴り落とした張本人は既に時計塔へと入る道を探す為再度走り始めていた。

 

「時計塔..どっから入るんだ?」

『ちょっと待ちなさい!その先は────

 

 インカムから慌てる声に片眉をあげながら男鹿は角を曲がる。するとその先には

 

「おぉ....」

『もう既に敵が集まってるわよ....!』

 

 武装を施した戦闘員達が大勢揃っていた。30は軽く超えている光景にさしもの男鹿も走っていた足を止めてしまう。

 

「そこまでだ人間..好き勝手やりがってまともに死ねると思うなよ」

「あー....」

 

 集団の中の1人が穂先を男鹿へと向けて怒気と殺意をぶつけ、彼に追随するように他の戦闘員達も殺意を膨らませていく。

 しかし地獄の鬼ですら諸手を逃げ出すような状況でありながら当の本人は、

 

「ひぃふぅみぃ...駄目だ数えられん」

「ブゥ..?」

 

 面倒くさそうに耳をほじり始めた。肩に掴まってるベル坊に至ってはオーバーフローを起こして頭から煙が立っていた。

 

「おいお前ら全部で何人だ?」

「は?」

「何人集まってんだって聞いてんだよボケ」

「オレ達はナーガ班総勢41人だ!!貴様にやられたヘカドス様達の仇を!!」

 

 そこまで吠えて団員達は固まる。

 

「そーか..それじゃあ21+41は?」

 

 男鹿の掲げる雷光が弾ける右拳に圧倒的な魔力が集結していくのを感じ、彼等の肝が冷えていく。

 王族であるベル坊の魔力、どこまでも高潔で純度の高いそれは特に悪魔である彼等には種族と潜在能力、そして命の格の違いをハッキリとその身に刻んでいくのだ。

 

「ろ、62?」

 

 だから、間抜けにも彼の問いに答えてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。

 

「ありがとよ!!!」

 

 魔王の咆哮(ゼブルブラスト)による赫灼と地を揺らす衝撃が1人残らず呑み込んで焼き尽くす。その勢いは背後に建っていた防魔の障壁が施された校舎の壁すらいとも容易く瓦礫へと変えた。

 

 轟音を建てて崩れた壁穴に男鹿はほぐすように右手を軽く振りながら足を踏み入れた。

 

「もー入り口探すのも面倒だ。全部ぶっ壊しながら真っ直ぐ進めば直ぐに着くだろ」

『脳筋にも程があるわ』

 

 焼け焦げた瓦礫と悪魔達を踏み越え先へ進む。その後も男鹿は数多の戦闘員を薙ぎ倒し、校舎を次々破壊して直線的に時計塔へと近づいていく。

 

 そして何度目かの校舎の壁を破壊した時、その先へと足を踏み入れた際に空気の違いを感じとり警戒を高める。

 壁の向こうに佇む六人の悪魔は明らかに先程まで薙ぎ倒した戦闘員達とは一線を画していることを直ぐに男鹿は悟った。

 

「信じられん..扉というものを知らんのか。まぁいい、貴様の蛮行も我等柱将が止める」

「第十一の柱ラベド」

「第二十一の柱ワスボガ」

「第四の柱ディン」

「第二十三の柱ユシエル」

「第十の柱クネ」

「そしてこの私第二十二の────ブベラッッ!!?!?

 

 痺れを切らした男鹿が近くにいた小太りの悪魔の顔面を拳を叩き込んだ。

 

「なげーよ。ブベラだかなんだか知らねぇし覚える気なんざねぇからいちいち名乗んな」

「い..いや、く、そぶらー...」

「あっそ」

 

 息も絶え絶えながら訂正してくる小太りの男の頭を力一杯踏みつけ校舎の床にめり込ませて行動不能にする。

 

「これで75。てめえら入れたらようやく80か」

「強いな。だがそれは油断だ」

 

 1人が間髪入れずに男鹿の顔面目掛け剣を抜き突きを放った。神速とも言える速度で距離を詰められ、男鹿は動くことが出来ない。

 

「油断...?誰が?」

 

 否、動く必要がない。顔面を貫かれたと思われた剣先は不敵に笑う男鹿に噛み砕かれていた。

 この程度の動きなど、幼馴染の動きに比べればハエが止まるぐらいに遅い。そして逆に驚きに身を染める相手を容赦なく殴り飛ばす。

 

「────ッ」

 

 殴り飛ばした男の影から残り4人の柱師団が纏めて攻撃を仕掛けてきた。仲間の犠牲すら戦いの布石にするそれは血も涙もないという言葉を体現している。

 容赦なく、えげつなく。曲剣が、短剣が、剛拳が、刀が男鹿の急所目掛け次々と襲う。

 しかし、絶え間なく攻撃の嵐を男鹿は難なく捌き続ける。掠ることもないが、反撃を入れるには攻撃が激しすぎる。

 

「仕方ねぇ..いっちょやるかベル坊」

「ダ!!」

 

 僅かな隙間を縫い跳んで彼等から距離を男鹿。彼の口にはいつの間にか器用にスキットルが咥えられていた。

 中身は当然酒の類などではない。

 

暗黒武闘(スーパーミルクタイム)30cc」

 

 何か呟いた。それを認識した刹那耳をつんざく爆発音と衝撃が響き、3人を壁にめり込ませた。

 

「な...何が!?」

 

 突然目で追えなくなった男鹿の動きに驚愕するが、それは彼の前では致命的な隙。気づけば凄惨な笑みを浮かべた男鹿が、懐に潜り込み拳を振りかぶっていた。

 しまった。そう考えた時には顔面を襲う衝撃に視界が暗転した。

 

「これで80」

 

 撃破した柱将達を横目に拳についた返り血を振り落とす。

 斑鳩との修行によって一段階向上した暗黒武闘(スーパーミルクタイム)、ミルクの1日総摂取量を400ccまでと限定することで完全に制御可能となる。また早乙女との集中的訓練による成果によって男鹿自身の魔力耐性が飛躍的に向上したことにより1cc毎に受けとれる魔力が増加。結果、彼の技は最早1週間ほど前までの物と比べて最早別物となる。斑鳩も技は完成したと太鼓判を押した。

 

 しかし男鹿自身は未だ満足していない。確かにこの技は遥かに強力となったが、彼の目指す強さのビジョンには未だ届いていない。

 あの時、許容量を完全に超え自我を奪われた時のあの暴力的な強さ。柱爵ナーガすら容易に吹き飛ばすことが出来たあの異次元の強さ。

 記憶はなくとも身体があの感覚を覚えている。アレを引き出せるようになればと男鹿は考えていたが、時間はそこまで彼の味方では無かった。

 

「ま、まさか柱将6人がたった1人の人間に瞬殺だと..!?」

「ば化け物..」

 

 増援に来ていたのか武装した戦闘員たちが1人残らず驚愕する。そちらへと顔を向ければ慄き、逃げ出し始めた。

 が、そこはアバレオーガの異名を持つ男。逃すまいと全力で追走を始め、1人、また1人と校舎にめり込ませ愉快なアートの量産を始めていく。最早どちらが悪魔なのか分からない。

 

「あー..5人床に埋めて、9人天井に突き刺して、3人壁にめり込ませたから、それに今までの80足したら....89か?」

『97よ、おバカ』

 

 階段を登りながら両手の指を折り計算する男鹿より早くインカムからの声が呆れた様子で算数の答えを訂正するが、まぁ馬の耳に念仏だろう。

 

 すると階段を上り切り二階の廊下へと出れば、そこに大柄な男の影が一つ。左眼にかかる二筋の傷跡に大層に生え揃った顎鬚。そしてその手には男鹿の背丈にも届く両刃の大戦斧。

 

「見事だ契約者。うちの柱将6人をこうもあっさり倒すとはな」

 

 "柱爵"バジリスク

 

 大きな体躯とは対象的な繊細なほどに隙の無い佇まい、鋭い眼光の奥でしめやかに燃やす戦意。

 強さは勿論、この男は自分より遥かに闘いというものに慣れている。

 

「しかし、ジャバウォックの連れてきた兵はどれも質が悪い。誉高い柱師団の末席についていながら敵前逃亡とは...情けない」

 

 心底不愉快そうに眉を顰めるバジリスクは咥えていた葉巻きを取り外し、片手で巨大な大戦斧を持ち上げる。

 音だけで重量感を感じさせる鋼鉄のそれを易々と片手で扱い、男鹿の鼻先へと切先を向ける。

 

「貴様のような剛の者..全力で相手するのが礼儀だろうに」

「..いいぜ。ぶっ潰してやる」

 

 対する男鹿も負けじと戦意を滾らせ拳を握る。

 両者の間に膨れていく緊張感。

 迂闊に手を出さず互いに出を伺う。

 

「────ッ」

 

 先に動いたのは、バジリスク。

 床が砕けるほどの踏み込みと共に大戦斧を頭頂部目掛けて全力で振り下ろす。大気を切り裂く音がその恐るべき威力と速度を物語るが、敵を捉えることなかった。

 紙一重、下がるどころか逆に身体を捻りながら踏み込む男鹿は前髪数束の先端を犠牲に懐へと潜り込んだ。

 

 斧の刃は床近くまで落ち、男鹿は流れるようにカウンターの拳を顔面目掛けて振るう。

 

「なんの!!」

 

 そこで突然床に叩き込まれると思われた斧が床に触れる事なくガラ空きとなった男鹿の脇腹へと跳ね上がる。燕が身を翻すが如く流麗な軌跡を描く刃。

 なんと卓越した技術、そしてそれを大戦斧でかつ片手で行う剛力。

 内心舌を巻き、逃れる為に男鹿は全力で後ろへ跳ぶがそれでも一歩遅く、脇腹から肩口に掛けて斜めに鮮血が舞う。

 

「ちぃッ!!」

「斬りが浅いかぁ!」

 

 舌打ちしながら更に下がって距離を取ろうとする男鹿へもう一度大戦斧を振り上げ追撃へと移る。

 先ほどとは違う、魔力が最大限まで込められたその一振りは男鹿の本能に大音量で警告を打ち鳴らした。

 受けたらヤバイ。どうにか躱そうとするが、

 

────なんだ..!?急に身体が...!

 

 突然全身が石のように固まり動かなくなる。指の動作一つ、呼吸一つ、思うように出来ない。

 無防備となった男鹿に息が詰まるほど濃密な魔力が込められた大戦斧が振り下ろされた。

 

────鋼羅閃斧刃!!!!

 

 校舎全体を揺らす轟音。

 地を割る衝撃は振り下ろした床だけでなく壁や階段にまで伝播する。あまりの威力に砂塵が舞い視界が見えなくなるが振り下ろした斧から伝わった確かな手応え。

 勝った。間違いない手応えに確信を抱いた。

 

「...わしの邪眼に目を合わせたのが貴様の敗因よ」

「なるほど..目か」

 

 だが男鹿は生きていた。

 その声にバジリスクは瞠目して驚愕した。まさか、確かに全力の一撃は無防備の男鹿に直撃したはず。

 どうやって生き延びた?その答えはすぐにその目に映る。

 

「目を合わせたら動けなくなるってか?デカい図体の割にセコイ技つかってくるじゃねぇか」

 

 舞っていた砂塵が晴れればそこにはあまりの衝撃下半身が床に埋まっていた男鹿と

 

「──ダ」

 

 彼の頭の上で大戦斧を白刃取りしていたベル坊の姿。

 

「え?...え ? ? ? ? ? ?」

 

 理解の及ばない光景にバジリスクはその強キャラな見た目とは不釣り合いの間抜けな声が出た。

 というか今でも訳がわからない。何?今の全力の一撃を赤ん坊が受け止めたの??いや無理だろそれ。

 そんな考えが頭の中堂々巡りになっていた中、大戦斧が音を立てて砕かれてしまう。

 

「何も暗黒武闘(スーパーミルクタイム)で強くなんのは俺だけじゃねぇ」

 

 いつの間にか咥えていたスキットルを傾け、喉を鳴らす。

 

「80cc....勘違いしてんじゃねぇぞ?テメェらが相手してんのは俺一人じゃねぇ」

 

 あんぐりと口を開け驚愕で動けない彼の鳩尾に煌々と輝く紋章が浮かぶ。埋もれていた下半身を床から抜け出し、拳を握り締める。

 

「テメェらが相手してんのは..王だ!!!

 

 紋章を目掛けその拳が真っ直ぐに、全力で叩き込まれた!

 背中まで突き抜ける強すぎる衝撃にその大柄な体躯がくの字に曲がる。肺の空気と胃の中身が無様にも撒き散らし、振り抜いた拳の勢いのままバジリスクはなすすべなく打ち上げられた。

 

「どいつもこいつも頭が高え」

 

 その恐ろしい威力を吸収した紋章は、空中に打ち上げられたバジリスクを巻き込みながら大爆発。

 先ほどのバジリスク一撃よりも更に大きな轟音と振動が校舎を襲うが、男鹿はそんなことを気にせず先を目指して歩き出す。

 

「ちっ..流石にあのレベルとなると無傷とはいかねぇな..」

 

 切り付けられた傷と叩きつけられた際の細かな傷に不満げに顔を顰めつつ先を急ぐ為足を早め、耳につけたインカムに指を当てる。

 

『ちょっと!!凄い爆発音したけどアンタ無事なんでしょうね!?』

「問題ねぇ。それよりもここの屋上にヒルダがいんだな?」

「そうよ。無茶かもしれないけど急いで...!ヒルダ姉様にもう時間は無いわ!今もあんなに苦しそうに...!』

「わかってる」

 

 焦燥を感じられる声に短く応えて、男鹿は走り出す。無限にも思える階段を駆け上がっていく。

 豪勢な装飾をなされた校舎内を一心不乱に駆け、道中で遭遇した悪魔達を1人残らず蹴散らす。

 

 そうして11階を過ぎた頃さしもの男鹿も手摺に手を乗せ乱れた息を整える。上を見れば未だ階段に終わりが見えない、いくら時計塔といえどここまで長いのかと辟易し始めた。

 

「...つーか..上に行けば行くほど未完成さが際立つな。仕事サボってんじゃねぇぞ」

 

 誰に向けた愚痴なのか分からないが、それぐらい溢さないと無限に続く階段に嫌気がさしてしまう。今この時ほど空を自由に飛べる幼馴染の能力を羨んだことはないだろう。

 

 そうして更に屋上を目指して駆け上がり、一つの廊下へと足を踏み入れた。そこは最早床の下組や天井の鉄骨が丸見えで、明らかに工事中の様子。

 しかし、彼が足を止めたのはそれが理由ではない。

 

「こんばんは。契約者殿」

「たく...次から次へと」

 

 視線の先、廊下の奥にゾロゾロと悪魔達が立っていたからだ。しかもその内の3人、ピエロの格好した男、刀を持つ男に三つ編みの男は先ほどのバジリスクに匹敵する強さを持っている事を悟る。

 そしてその後ろに立つ悪魔達も曲者揃いだ。

 

「では我々柱将8名、柱爵3名、計11名。お相手願えますかな?」

「上等だよ..全員まとめて土下座させてやる..」

 

 強がり..ではない。男鹿は本心でそれが出来ると確信を持って考えている。しかしその後は?まだ見ぬ多くの悪魔共にジャバウォック(化け物)も倒さなければならない。

 いくら勝てると確信を持てていても消耗が激しくなることは明白、なによりここで時間をかけていてはヒルダが更に苦しめられてしまう。

 

 どう切り抜けたものか。そう頭を捻り始めたその時、

 

「ふぁ〜...うるせぇな。人がせっかく気持ちよく寝てるのによぉ」

 

 予想外の聞き覚えのある声が脇の小部屋から聞こえてきた。薄暗い部屋の中でバジリスクに劣らない体躯の男がのそりと起き上がる。

 空気を目一杯に取り込むように大口を開けて欠伸をして、ぽりぽりと後頭部を掻く肉食獣のような雰囲気を持つその男は男鹿と目を合わせた。

 

「東条....?」

「んん?男鹿...」

 

 仮眠の邪魔をされたのが気に障ったのか、鋭い眼光向ける。そして

 

「──え、お前なんでこんなトコいんの?」

「いやコッチのセリフなんですけど!?」

 

 予想外の再会に2人とも呆気に取られることになった。

 

 どうやら彼は悪魔野学園建設作業スタッフのアルバイトとして既に一週間も泊まり込みで働いていたらしい。曰く、給料の払いも良いのも理由だが何より己が通う校舎を己の手で建てるのが筋だと考えたとのこと。

 何処の溶接が大変だったとか働いてた上での拘りとか能天気な顔して語り出す彼を見て男鹿は思う。

 

 アホだ。

 

 悪魔の根城とも知らずにせっせと働いていた彼へ不憫な気持ちを抱いた。何も男鹿自身も自らを頭の良い人間と本気で思っているわけではないがそれを棚に上げて驚愕する程にアホなのだと思った。

 そしてかなり拘りを持って作り上げた校舎を結構壊した事は胸の内に秘めておくことをここで決意したのだ。

 

「ま、何でお前がここに居るのか知らねぇが..せっかく久々に会ったんだ」

 

 ゆらりと立ち上がる。

 先程までの能天気な男は既にそこにはない。居るのは、

 

「───ケンカしようぜ..」

 

 極上の獲物を前に眼を鋭くギラつかせる猛獣が一匹。

 

「...」

「どうした?やらねぇのか?」

 

 しかし戦意をぶつけられても応える様子をまったく見せない男鹿。首を鳴らし臨戦態勢を取り始める東条が不思議そうに片眉を上げる。

 すると彼等の間に2人の悪魔が苛ついた様子で割って入る。

 

「貴様らいつまで話している!!俺は第三の柱ケモク!!」

「第十三の柱ネバ────」

 

 何故か男達は突然名乗りを上げるが2人目の名乗りを聞く事なく、無慈悲な東条の拳が2人の顔面に突き刺さる。

 柱将である筈の2人がただの人間、悪魔と契約している訳でもない喧嘩自慢の男の拳一発でなすすべなく吹き飛んだ。

 一瞬で倒された男達を見下ろす東条は不機嫌そうに眉を顰めていた。

 

「なんだテメーら...人の喧嘩に茶々入れやがって邪魔くせぇ」

 

 なんだこの強さ。

 以前に早乙女から悪魔にズタボロにされたと聞いていたが、そんな様子は一欠片もない。自分のように悪魔と契約しているわけでも古市のように血筋に特別な物が混ざってる訳でもない。

 ただの人間、ただの腕力だけでここまでの強さに至ったのかと男鹿は驚愕混じりに若干引いた。

 

「これはこれはとんだ伏兵ですね?」

「あん?まだいやがったのか.....ん?その制服..てめぇらまさかくまちゃん学園か?

 

 なんだそれは。男鹿だけでなくピエロの風貌した男を筆頭とした悪魔達も同じ疑問を抱いて首を捻る。

 しかし当の東条は1人は何か得心を得たように顎を撫でた。

 

「ははーん?男鹿お前くまちゃん学園と喧嘩してんのか」

「してねーよそんな学園とは」

「つぇーだろこいつら。何せオレもくまちゃん学園にゃ借りがある」

「頑なっ!?」

 

 くまちゃん学園だと信じてやまない様子に男鹿はもう訂正するのを早々に投げ出す。

 

「よし!この喧嘩オレも混ぜろ」

「はぁ!?なんでだよ!!」

「こんなおもしれー喧嘩独り占めすんじゃねぇよ。絶対オレも混ざるはい決定」

「ふざけんな!」

 

 無茶苦茶強引に話を進めることに目くじらを立てて抗議するもウズウズして拳を鳴らし始めた(アホ)には届かない。

 するとピエロの風貌の男が音立てて手を合わせて口を開いた。

 

「ではお二人には私の用意したゲームに参加してもらいます。せっかく明日のためにたくさん用意したのに無駄になってしまっては勿体無いですからね」

「てめーもふざけんなクソピエロ!こっちは急いでんだゲームなんかしてられるか!」

 

「急いでる?なんかあんのか?」

「ヒルダがこの上で捕まって火炙りにされてんだよ。とりあえずアイツを助けんのが先だ」

「ほう..ヨメが」

「ヨメじゃねぇーよ..もういいさっさとこいつらぶっ飛ばして前に進む」

「ふむ....」

 

 今こうしている間にもヒルダは屋上で燃やされ耐え難い苦痛に耐えているはず。普段毅然とした態度を崩さない彼女がああも声をあげて苦しむのだからこれ以上時間をかけていられない。

 激しい消耗を覚悟にスキットルを取り出した男鹿。

 

「行け」

 

 しかしそんな彼の背中を東条が叩く。

 

「俺が仮眠とってた部屋の奥に作業員用の階段がある。ここは俺に任せて先に行け」

「てめぇ...」

 

 

「今自分のことカッコいいと思ってるだろ」

「思ってねぇよ!!いちいち茶化すな!!」

 

 純粋に思った事言っただけなのに。

 しかし、気は進まないがこれは渡りに船という奴だ。ヒルダ救出の為には一刻も早く屋上へと向かわねばならないし、この先の戦いを想定すればここの大きすぎる消耗は抑えるべき。

 なによりどうやったかは知らないがここまで強くなったこの男ならここを任せられる信頼感がある。

 

「悪ぃ!恩にきる!全部終わったらまた喧嘩しよーぜ」

 

 だから迷いはなかった。身を翻し男鹿は作業員用階段へと走り始めた。

 

「逃すか..!」

「礼を言うのは俺の方だ男鹿....」

 

 刀を持つ男と三つ編みの男、柱爵の2人がその後を慌てて追いかけようとするが当然それをさせないように前に立ち塞がる東条。

 

「嬉しいぜ。またテメェらまたやれるなんてよ」

 

 猛獣が唸りを上げた。牙を剥いて口端を吊り上げ、獲物を見定める。

 さぁ、楽しい時間の始まりだ。

 

 

 

 

 

「第5の柱エリムちゃんが相手になるよー!」

「.....」

 

 作業員用階段上り、屋上に近づいてきた頃にそれは居た。

 自身の腰丈程度の背丈にブッカブカのコートと魔女の帽子を被る明らかに幼い女の子。

 やー!と元気よく両手に持つ杖を振りかぶり、トテトテと小さい足を懸命に振って男鹿へと肉薄する。

 

「えいっえい!まいったか!この!」

 

 一生懸命に杖を男鹿に何度も叩きつける。ぽすぽすと寧ろ心地良いくらいの衝撃で何度もお腹辺りを叩いてくる。

 無抵抗に彼女の攻撃を受け続ける男鹿の脳裏には一つの疑問が走る。

 

 それ魔法の杖じゃねえのかよ。

 

「邪魔ァッッ!!!」

「ぎゃーーーあああぁっっ!!」

 

 大声で脅かせば両手をあげて泣きながら逃げ出した。なんなんだコイツはと困惑していると女の子は近くにいたバンダナを頭に巻いた女性の後ろに隠れる。

 

「パミエルちゃん!!アイツが侵入者だよ!こわいよぉ!!」

「アハハうぜぇ。お前からしばくぞエリム」

 

 にこやかに笑い罵倒するが女の子は気にすることもなく隠れ続ける。

 

「アンタは戦闘に関しては蟻よりも弱いんだから最初から下がってな」

「蟻よりも!?」

「それよりジャバウォックの奴に言われた魔術の維持に集中しな。後で殺されても助けてやんないよ」

「ひーん..アレもこわいよぉ..。急にあんな無茶振りするなんてぇ」

 

 目尻に涙を浮かべたまましょげはじめるエリムを置いてパミエルと呼ばれた女性が困惑したままの男鹿を見据える。

 

「もうコイツが言ったが..第十五の柱パミエルだ。ヨロシク色男君..そしてサヨナラだ」

「あ?」

 

 急に何を言い出すのかと思ったその刹那、男鹿の背後から二つの人影が飛び出してくる。

 阿吽の呼吸ともいえる連携で直剣と双剣で切り掛かってくるが、潜り掻い潜るように次々と躱していく。

 

「あぶねーなこのッ!!」

 

 空気を切り裂く直剣をいなし、反撃に拳を振りかぶるが

 

「きゃあぁ!こわぁい!!

「ッ..!」

「ウソ」

 

 あざとさすら感じさせるその反応に身を固めてしまい、その隙に2人に男鹿の身体を切り付けられてしまう。

 なんとか攻撃に合わせて下がる事で深くは切られることはなかったがそれでも血がなかなか止まらない。

 血を止めるように傷口を圧迫して、ぎらりと睨み上げるが直剣を持つ縦ロールの女性と双剣を握るパンクな女性はそんなものどこ吹く風とおかしそうに笑う。

 

「アハハハっ!ダッサ。ひょっとして女の子には手をあげないとかそーゆー感じ?キモ」

「ケケッしょーもないねぇ」

「てめぇら..」

「女も殴らないくせに魔王の親のつもり?ただの腰抜けじゃない..がっかりね」

「上ォッ等!」

 

 言いたい放題の様子に青筋を浮かべ、今度こそ殴ろうと拳を振りかぶる。

 しかし、縦ロールの女性ティリエルは再度やめて..と涙を浮かべ上目遣いであざとく見つめてくる。

 いかに傍若無人と言われる彼でも殴りにくいことこの上ない。たとえそれが嘘だとわかっていても。

 レディースの総長の姉と幼馴染に囲まれて育った彼にとって女性に手を挙げる事自体苦手だ。それでも今はそれを投げ捨て殴ると決めた。

 

「遅い!!」

 

 だがその一瞬の躊躇の隙にティリエルは距離を詰めていた。そして二振りの直剣が彼の身体に届く

 

「────がっかりはこっちのセリフよ卑怯者」

 

 ことはなく、間に入り込んできた日本刀に遮られた。金属同士が激しくぶつかり合い火花を散らす。

 

「何よアンタ..ッ!?」

 

 突然の乱入者にティリエルが驚愕、その致命的な隙を突かれ握っていた二振りの直剣が跳ねるように弾かれてしまう。

 体勢が大きく崩されガラ空きとなった腹部に魔力を込められた刀の峰が炸裂し、人形のように容易く吹き飛んだ。

 

「邦枝!」

「まったくアンタは..!1人で突っ走りすぎよ!こんなに無茶して!」

 

 女衆の悪魔達から目を離さず背中越しに男鹿へ声をあげる。

 

「少しは私の連絡を待ちなさいよね」

「時間をかけてる暇はないんだよ。それで?どれだけ連れて来れた?」

「もう..港着いてから急に言うんだから大変だったわよ。()()()連れてくるの..」

 

 その時だった。男鹿のインカムの音声が一瞬乱れた。砂嵐の音が数秒続き、すぐに止んだ。

 

『よう男鹿。夜襲なんて上等な作戦..古市にでも影響されたか?てめーみたいな奴にゃ似合わねぇよ。ここからは俺が指揮取ってやる』

「...誰だっけ」

『姫川だよ!約束なボケかましてんじゃねぇ!!』

 

 大きな声で怒鳴られるのをインカムを外す事で回避に成功。再度つければ更に違う声が声が聞こえてくる。

 

『おいこら姫川ァ!なにが指揮とってやるだ偉そーにぶっこいてんじゃねぇぞ!!』

『神崎さん!前から来てます!!』

『それより相変わらず血の気が多いね男鹿ちゃん。一人でカチコミなんてさ』

 

 神崎達の声が。

 

『一人でかっこつけてんじゃないわよ!!アタシ達だってコイツらには腹立ててんのよ!』

『..紬貴の仇!』

『そーっす!ツムッちあんな目に遭わされてて引っ込んだままいれねーっちゅー話っスよ!!』

 

 烈怒帝瑠の声が。

 

『なにも強くなったのはキミらだけやないって話や男鹿君』

『今度は僕も一緒に戦うよ!もう見ているだけのあの時とは違う!』

 

 六騎聖の声が。

 

「皆んな一緒に戦いに来てくれた。だから他の奴らは私達に任せて、あんたは自分のやるべきことだけに集中しなさい」

「ああ..!」

 

 そうだ。

 男鹿はなにも初めから1人で戦う必要はないことを理解していた。しかし、一緒に戦いに来てくれと一人一人に頼みに行くには時間はない。あと面倒臭かった。

 だから、首切島から本島へ戻ってくる際に邦枝に全員連れてくるように頼み込み、その間に先駆けとして襲撃をかけたのだ。

 

 きっと昔の自分なら、本気で1人で全員倒すことを考えただろう。

 なのにこんな人を頼りにするなど器用なことが出来るようになった。

 なにか変わったかといえば、きっとここには居ない幼馴染の所為だ。一人で勝手に進んでいくアイツの背中に追いつくには意固地になってても仕方ない。

 

 悔しさはある。だからこそ進むのだ。

 アイツが1人で飛んでいくのなら、自分はみっともなく誰かの手を借りてでも進み続ける。

 もう一度アイツの隣にたどり着くために。

 

「く  に  え  だ  葵!!!!」

「────っ!!」

 

 高速飛んできた人影は男鹿に見向きもせず邦枝へと襲いかかる。とっさに振った刀が火花を散らして人影の攻撃防いだ。

 

「貴女..アギエル!」

「アハッ♡ようやく来たね邦枝葵!!あの日アンタと負けた日からずっとアンタともう一度戦いたいって思ってたんだよ!」

 

 よく知らないが邦枝はアギエルと呼んだ悪魔と面識がある様子で、新たに敵が増えてしまった。

 これではいくらなんでも数の不利が大きすぎる。そう考えた男鹿が意を決して前へ出ようした。

 

「貴方は早く行きなさい!!ここは私が引き受ける!」

「お前...」

「大丈夫だから。だからヒルダさん絶対助けてよね」

 

 そう言う彼女の眼には強い覚悟が宿っていた。死ぬ覚悟じゃない、必ず勝つ覚悟だ。

 真っ直ぐに見つめてくるその眼、一歩も譲らないその眼はよく知っている。

 

「....わかった、任せとけ!!」

 

 男鹿は直ぐに部屋の奥の階段へと走り出した。

 

 なりふり構わず、全力で走る。駆け上がる。

 

 託された物、思い、確固たる決意を抱いて。

 

「待ってろよヒルダ!!そんでぶっ飛ばしてやるからなジャバウォック!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『柱師団全軍人間界への転移が終了。現在蠅の赤子の契約者達と交戦を開始しました』

「よろしい...これより計画は第二段階へと移行する。集めた屍供と転送玉の用意を」





 まだ描写してませんが例によって第五の柱のエリムちゃんを実は超強化しています。この作品いつも敵ばっか強化してんな。
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