TS異能力古市   作:ブッタ

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第57話 風雲急を告げる

 

「おい早く止めろ!!これ以上上に行かせるな!!」

「無理だ!全然止まらねぇ!!あの契約者本当に人間か!?」

「どけぇ!!!」

「「あべしッ!!」」

 

 屋上が近づくにつれ敵はだんだんとなりふり構わないようになってきたが、そんなもの男鹿にとっては屁でもない。

 行手を立ち塞がる雑兵を蹴散らし、男鹿は一心不乱に階段を進み続ける。

 

 その彼が目指す、満月にすら手が届きそうな時計塔の屋上。

 

 灼かれる苦痛に喘ぐヒルダの叫びが響き続けるそこで、その姿を愉しそうに眺めていたサラマンダーがふと首を傾げた。

 

「随分としぶといね?もうそろそろ記憶が全部消えていてもおかしくない...そうでなくとも苦痛で気を失っていても良い頃合いなのに」

「まぁ、慌てる必要はないぞ。奴らとてここまでは辿り付かまいて」

「それは困りますねぇ..せっかく余興を色々準備したのに。坊ちゃまもなかなか起きてきませんし」

 

「────ならその余興は俺が使わせてもらおう」

 

 ベヘモットサラマンダーの会話に背後から割り込んできた声。2人は特に動揺することもなく、圧倒的な存在感を放つ声の主を見つける。

 

「おや、これはジャバウォック殿。いえこれからは団長とお呼びすべきかな?」

「フン、そんなもんテメェの好きにしろ」

 

 ニコニコと笑顔を貼り付けるサラマンダーの軽口をジャバウォックは鼻で笑い一蹴。2人を掻き分け不遜に歩く彼は、ヒルダの磔られた十字架の元、煌々と燃え上がる焔を背に佇む豪華な装飾の椅子にどかりと腰掛けた。

 

「そこは坊ちゃまの為にご用意した席なのですが?」

「そのクソガキは今も呑気に部屋で寝てるだろうが」

「やれやれ...まぁそれは良いですが、一体どういう風の吹き回しで?」

「言ったろうが余興だと。お前の催眠炎法(メズマライズ)を施した部屋があるだろう。そこで選別をする」

「選別...何を?」

 

「俺とやれる奴をだ」

 

 肘掛けに肘をつき、凶暴な笑みを浮かべる。

 そして、彼は一度視線を動かす。遠方から此方を監視し続ける無粋な愚か者共へと。

 一瞬、一瞥されただけ。それだけで遠く離れているはずラミアと姫川の全身から冷や汗が溢れ、脳裏にこびりついた明確な死のイメージに怖気付く。

 

「ふむ..意外じゃな?ワシはてっきりお前がやる気になる事ないと思っておった」

「今更有象無象とやるつもりはねぇ..。だが前菜としてならここまで辿り着けた奴とやって良い。俺も()()身体の調子を確かめておきたいからな」

「....」

 

 そう語る彼の身体をベヘモットは見た。そして彼の考えている事を悟る。

 

「まさか..来るとでも?」

「奴は来る。必ずな」

「ありえん..死に体だった。ワシら悪魔とは違い再生することもできないんだぞ..それとも何か裏付けがあるのか?」

「実際に拳を交えた俺にしか分からねぇよ」

 

 確信を持って言い切るジャバウォック。すると2人の話を聞いていたサラマンダーが割って入るように口を開いた。

 

「お二人が一体誰の話をしているのかは知りませんが、何がここに来ようと問題ありません。すでにこの屋上から半径5キロメートルに高感度の感知系統術式及び迎撃術式を展開しています。奴等にこれ以上の増援は来ませんよ」

「と、言っておるが?」

「...フン」

 

 これ以上は何も言わせない、そして言う気もないと言わんばかりに強引にジャバウォックは会話を打ち切り肘掛けに肘をつき眼を閉じる。

 しかし彼の内に沸る戦意はより研ぎ澄まされていき、蠢く魔力はより深みを増していく。

 口よりも雄弁に語り始めたその途方もない魔力。一切合切余分な情報を捨て、ただただ己と戦える者が来るのを待つだけ。

 

 下で暴れている契約者がここへ来るのが先か、

 

 心待ち遠しい愛しきあの宿敵が来るのが先か、

 

 

 

 

 

 そして、柱師団の雑兵を蹴散らして階段を登り続けた男鹿はいま一つの部屋へと辿り着いていた。

 その部屋は現代には似つかわしくない無骨な石レンガ製、灯りには壁に等間隔で立て付けられた松明の灯。

 まるでファンタジー小説に出てくるダンジョンの一部屋をそのままくり抜いてここへ移したかのような部屋だ。

 

 その部屋の真ん中に立つ三つの影。

 見覚えのあるピエロの格好をした男。これはまだ良い、雑兵とも柱将と称する奴等よりも手強さを感じるがそれでも余力をもつて勝てる相手だ。

 しかし他2人、見覚えのない2人の男が問題だ。

 

 腰までに伸びた漆黒の髪を持つパンク風の男。

 そして布で目隠しをしている寡黙な男。

 

 この2人は遥かに強い、1人ならまだしも2人、いや3人を相手取るならば先を考えて余力を残すなんてことは出来ない。

 だがここで力を使い果たして勝てるほど、この先に待つジャバウォックという男は甘くはない。

 

 等間隔に立て付けられた松明の火が揺らめいた。

 

「ようこそ契約者。よくぞここまで」

 

 優雅に語りかけてきた長髪の男の顔を殴りつける。どれだけ考えても仕方ない、やることは決まっているのだから。

 言葉を遮り、叩き込んだ拳を振り抜いて吹き飛ばした。

 

「ごちゃごちゃうるせぇ。そいつみたいボコられたくなけりゃ全員今すぐどきやがれ」

「まぁまぁ落ち着いてください契約者殿。ここはひとつ私の顔に免じて」

 

 拳が炸裂。衝撃に松明の灯が揺らめく。

 

「ピエロなんぞの顔に何の価値もねぇ」

 

 容易く倒れたピエロを見下ろして吐き捨てる。

 

 しかし殴り飛ばした2人は何事もなかったかのように起き上がり始めた。ダメージなどこれっぽっちもないような様子に男鹿は驚いた。

 

 当然今の程度で倒せたとは思ってはいない。しかしダメージを受けた様子を見せないのは予想していなかった。

 だが、この先にいるはずのヒルダには時間が残されていないのだ。ここで止まる訳にもも足止め喰らっている訳にもいかない。一発の拳では効かないのならば倒れるまで何度でも殴るだけだ。

 そう決意して距離を詰めて思いっきり踏み込んで、

 

────突如顔へと襲いきた衝撃になす術なく吹き飛ばされる。

 

 なんだ。何が起きた。

 見えない程に速い攻撃とかではない、奴等は一歩たりとも動いていないではないか。

 なのに何故オレは血を流してぶっ倒されているんだ。

 

「言い忘れていましたがこのフロアでは貴方に限り暴力禁止となっており、暴力によって与えたダメージは全て本人に返されます」

「なんじゃ..そら。つまり今のは俺の拳の威力っつー訳か..流石俺だな、今でも脳が揺れてやがる」

 

 よろけながら身体を立ち上がらせる男鹿にピエロはため息をこぼす。

 

「本来ならば同じく暴力禁止を我々にも適応させて、私の考えたゲームで勝敗をつけたいのですが」

「ジャバウォック様は下らんゲームなぞに付き合う気はない、ここはオレたちに従ってもらうぞケツァル」

「...と、いうことでリンドブルムさんとキリンさんに脅されてしまったので予定を変更しました」

 

 ピエロもといケツァルは不服といった様子を隠す事ないが、歯牙にも掛けないリンドブルムと呼ばれた長髪の男が前へ出て、よろける男鹿を見据えた。

 

 ────そして、リンドブルムもまた鼻から血を流し膝をついた。

 

 いや、リンドブルムだけではなく同じく殴られたケツァルも遅れてダメージの影響を受けていた。

 何故?

 この部屋はサラマンダーが仕掛けた催眠炎法(メズマライズ)によって男鹿の攻撃は一切此方へと通さないようになっている筈。証拠に男鹿は返ってきた自らの攻撃によろめいてるではないか。

 なのに何故己も膝をつかされている?そこまで考えてリンドブルムはすぐに答えにたどり着いた。

 

「一体...何を..。そうか!末子殿の魔力か..!」

 

 考えれば簡単な事。

 たとえどれだけ優れた魔術だろうと格式の高い魔力を持つ悪魔を相手をすれば効き目は薄れるもの。

 王族の血を引いたベル坊が持つ高潔で格式の高い魔力をすれば当然柱爵であるサラマンダーのダメージを打ち消す術式すら貫通する。

 

「だが、お前にとって不利なことには変わるまい。俺達に攻撃を通そうが必ずお前に返ってくるんだ」

 

 鼻血を拭うリンドブルムは尚も薄く嗤う。

 ベル坊の魔力を込めた拳ならば攻撃は通る、しかし与えたダメージはただの人間である男鹿の肉体に返ってくる為防ぐ術はない。

 そう、彼に勝ち目などありはしないだろう。

 

 そしてそれが男鹿が諦める理由にもなりはしない。

 

「うるせぇな。ようは我慢比べだろ?俺の拳にどれだけ耐えられるか」

 

 靄がかった脳内を晴らすように頭を振りながら立ち上がる。そんな彼の顔は依然として不敵で獰猛な笑みを浮かべている。

 

「末子殿の契約者は随分と頭が足りないらしいな?オレたちは何のリスクもなく攻撃を繰り出せるんだ。それのどこが我慢比べになるんだ?」

「馬鹿はテメーだろパンク野郎。テメェらの攻撃なんざいくら受けようが屁でもねぇっつってんだよ」

「────ハッ。いいなお前...ジャバウォック様が気にかける訳だ」

 

 リンドブルムはそれを大言壮語とは受け取らない。

 強がりではあるのだろうが、それでも男鹿辰巳という男はこの部屋で3人を前に勝ち筋を構築している様子。

 それを肌で感じ取ったのだろう3人は静かに戦闘態勢へと移る。

 

「ならばやってみせろ。このジャバウォック様直属の柱であるオレ達と柱爵を相手に」

「一瞬でカタつけてやる」

 

 スキットルを傾けさらにミルクを呷り魔力を向上させる男鹿。対する3人の悪魔も魔力を滾らせ始める。

 

 松明の妖しい火が揺らめいた。

 

 

 

 

 同時刻、悪魔の学園へと乗り込んできた石矢魔勢は各地で戦いを繰り広げる。

 しかし、その戦況は始めの勢い虚しく徐々に劣勢を強いられ始めていく。

 

 男鹿を先へと見送った東条は残された柱将8名、柱爵2名を相手にただ1人で見事勝利を収めていた。

 満身創痍ではあるが、それでもただの人間が柱将はおろか柱爵を相手に勝ちをもぎ取るなど偉業とも言って良い程だ。

 だがそれでも、そこが今の彼ができる限界。

 

「..お前は...見覚えがあるなぁ。ちっこいの」

 

 肩で息をする彼の視線の先、暗闇が漂う廊下の先から1人の悪魔が現れた。

 漆黒の外套と浅葱色の髪をたなびかせるその小柄な悪魔は東条にとって2度目の邂逅となる。

 小柄な悪魔は倒れ伏す柱爵の悪魔を冷たいで見下ろす。それはもう、虫を見るかのように冷たく、感情を何も写さない。

 

「たかが人間1人...契約している訳でもない者にこの体たらくか。様はないな」

「..ナーガ..!」

 

 倒れ伏していた悪魔が恨めしそうにその名を呼ぶが、ナーガは既に視界からそれを外し満身創痍の東条を見据えていた。

 

「貴様、グラフェルに一撃入れていた人間だな?」

「覚えていてくれたのかよ、嬉しいねぇ..ツレのあの野郎はいねぇのか?」

「奴は居ない。居たとしてももう貴様には微塵も興味はないだろうさ」

「じゃあお前が遊んでくれんだろうな?」

「遊ぶつもりはない」

 

 ナーガの姿がブレる。

 そう感じた時には既に彼の拳が登場の鳩尾に深く突き刺さっていた。

 背中へと突き抜ける衝撃に体内にある空気が口から全て吐き出されてしまう。

 あまりの威力に視界が明滅し、大柄な身体をくの字に曲げて膝をついてしまう東条。そんな彼を小柄なナーガが見下ろす。

 

「2度だ。俺は2度人間を相手に敗走した..どちらも貴様と違い契約者だったが、俺はもう人間だろうと侮るつもりはない」

 

 ゆらりと魔力の靄がまとわりついた片脚を軽く上げる彼は、床に蹲る東条の頭目掛け振り下ろす。

 振り下ろした足を中心に派手な轟音が鳴り響き、コンクリートの床が崩れた。

 

「────本気で殺してやる」

「あっぶねぇ..な」

 

 頭を踏み抜かれる寸前、激痛に震える身体を無理やり横に跳ばせることで東条はなんとか一命を取り留めた。

 肌が粟立つ。

 冷や汗が止まらない。持ち前の野生の勘が大音量で警鐘を鳴らし続けている。

 自分よりも一回りも小さな体格である筈の目の前の悪魔が不思議にも自分より遥かに大きく見えたように錯覚する。

 

 他の柱爵と名乗っていた者達とは格が違う。理屈ではなく本能でそれを東条は理解した。

 

 事実、ナーガという男は柱師団の中でも特異な立場にある。先の独断専行及び襲撃の失敗という失態を犯したにも関わらず罰せられたのはナーガ班と呼ばれるものに属するグラフェルとヘカドスのみ。

 指揮者である彼にはベヘモットからの警告はあったにしろ実際に罰が行使されることはなかった。何故か?

 単純に彼が強いからだ。魔界最強の柱師団でも他の追随を許さぬほどに。

 "水竜王"と呼ばれる彼の強さは柱師団の中においてそれほどまでに一線画すものなのだ。ジャバウォックという例外を除いて。

 

「死ね。焔王様の為に」

「エンオーだかなんだか知らねぇが..ぶっ倒してやるよくまちゃん学園!」

 

 

 

 

「こ..これで全部ですか?」

「ここはそうみたいやな..。三木も静さんも怪我は無いか?」

「何とか。殆ど出馬君がやっつけてくれたもの」

 

 三木に七海そして出馬は校舎内のホール中心に立っており、床には無数に悪魔たちが転がっている。

 

「どうやらこっちにはそんなに手強いヤツはおらんかったみたいや。少し肩透かしな気もするがまぁええか」

「出馬さんにとってはそうかも知れませんが..僕には恐ろしかったです。数や気性の荒さもそうですがそもそもの地力が人間と別物...全力の冥鶯殺の傷すらすぐに回復するなんて..」

 

 先ほどまでの戦いを思い出す三木は震えそうになる身体を無理矢理抑え込む。いや三木だけではなく七海も同じだった。

 初めての悪魔との戦闘、柱将などとは違う有象無象ともいえる無数の構成員ではあったがそれでも悪魔というものは伊達ではない。

 校長からも出馬からも事前に聞かされていた悪魔の凶悪さに圧倒的な種族差、しかしそれを実際に目にしてしまったとき意思とは反して恐怖に身体が竦んでしまった。

 何度、出馬に助けられたか数えられない。

 

「それが悪魔や。気張れよ三木..まだまだ戦いはこれからや」

 

 悔しさか恐れか、握る拳が震える三木を見て出馬は彼の肩に手を置く。そして、

 

────即座に2人を突き飛ばした。

 

 直後立っていた床が大きな音を立てて爆発。突き飛ばされた三木と七海は身体を床に転がしながらもすぐさま身を起こして何が起きたのかと状況把握に移る。

 立ちこめる塵煙。

 不明瞭な視界のその向こうに見えるは2人の人影。奇襲から庇ってくれた出馬に取っ組み合うように襲いかかる1人の男。

 

 その男は既に身体がボロボロで全身傷の無いスペースなど無いというほどに痛めつけられている。

 戦いで傷ついたというよりは何か、一方的にかつ無抵抗で痛めつけられたような姿だ。手脚にも引きちぎられたようではあるが枷と鎖が繋がれている。

 

「いきなり危ないな..!久しぶりの出番ではしゃいどるんかぁアンタ..!」

 

 乱入者の襲撃を抑える出馬は軽口とは反して辛そうに顔を歪ませる。このままでは分が悪いと察し取っ組み合っていた両手を引いて、後ろへ倒れ込むように脚で男を蹴り飛ばす。所謂巴投げの要領だ。

 しかし男は空中で身を翻して音もなく着地、出馬もすぐさまに身を起こし魔力を纏って構える。

 

「出馬さん!」

「出馬君!」

「2人ともちょいと下がっといて。ちと面倒なのが出てきよったわ」

 

 駆け寄ろうとする2人を手で制し、獣のように唸り声を上げる男を見据える。

 

「あの夜以来やな。見ないうちに随分と様相が変わって一瞬誰か分からんかったわ。確かグラフェルいうたっけ?」

 

 彼の言葉にグラフェルは答えず唸り声を上げるだけ。対して出馬は先の攻防にて何かを悟ったようで冷たい汗が頬を伝っていた。

 

「これでも君にボコボコにされてから必死こいて修行したんやで?少なくともキミと同じぐらいの魔力を持ってた悪魔だって何人も倒せるくらいに強くなった」

「.....」

「やのに、今の攻防で分かった。キミもずいぶん強くなったようやな、肌を指してくる圧があの夜と比べもんにならへん」

 

 以前、修行をつけてくれた校長から聞いたことがある。魔力や妖力というものは感情の強弱によって大きく出力が変わることが多いのだと。

 特に怒りなど激しく燃え上がらせる感情は魔力の出力もまた比例して向上する。だが同時に急激に向上した魔力の操作は困難を極めるとも聞いた。故に校長は己に心を常に落ち着かせ淀みない魔力操作を行える修行を付けたのだ。

 そして今、目の前に立つグラフェルの姿を見て出馬は一つの仮説に辿り着いた。

 

 きっとその感情による魔力の出力変化という現象は人間よりも生命を魔力に依存する悪魔の方が影響を受けるのではないか?

 

 彼が一体何に感情を昂らせているのかは知らないが随分と心を乱している。元々粗野な気性であったがそれでもここまでではなかった。

 手強い、だがやりようはいくらでもある。

 魔力差で勝てないのなら、他でいくらでも補えば良い。感情を昂らせるということは判断や思考鈍らせる。

 怒りで魔力が強くなろうと、付け入る隙はいくらでもあるのだ。

 そう結論づけ堅実に攻める型の構えを取ったその時。

 

「────..どこだ」

「ん?」

 

 初めてグラフェルが唸り声以外の言葉を発した。しかし要領が得ないもので思わず聞き返してしまう出馬。

 

「あの女はどこだぁッ!!来てんだろ!?」

「..お、女?」

 

 突然の訳の分からない質問に出馬は困惑。

 

「あの生意気な銀髪の女はどこだ!!」

「銀髪...古市さんのことか..?」

 

 急かすように声を荒らげて捲し立ててくるグラフェルの勢いに出馬は押される。

 銀髪、という言葉でただ1人覚えのある人間の名前をボソリと溢したのはきっとその勢いと剣幕に呑まれてしまったからだろう。

 

「フルイチ...そうか奴はフルイチというのかぁ..!」

「アカン、うっかり口滑らしてもた」

 

 仇敵の名を得たグラフェルが浮かべる凶暴な笑みを見て彼は失態を悟る。と同時に背後からの冷たい視線が突き刺さる。

 

「出馬君...私は貴方ほど悪魔のことに詳しくないけれど、迂闊に悪魔に名前を教えるのは危険な事なんじゃないかしら?」

「そうでなくともあの男は明らかに危険人物ですよ、あんなのに名前知られたら古市さんもたまったもんじゃないですよ」

「わーっとるよ..2人して責めんといてぇな。耳が痛すぎる」

 

 突き刺してくる非難の声に出馬はバツが悪そうな顔をして後頭部を掻いた。

 

「しゃーない、やらかしたのは僕やし自分でケツ拭くか。なぁ、アンタの探しとる人なら来てへんで。多分今夜は来ない、せやから僕が相手したるよ」

「ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ?混ざり物風情が...!」

「ふざけとるかどうか試してみよか?元々僕とて君に余裕で勝てるくらいに修行してきたんや」

 

 獣のように両手を地につけ低く構えるグラフェル。瞳の奥で燃え盛る激情は膨大な魔力となって身体の節々から滲み出ていく。

 対して出馬は余分な力を抜き、半身になって構える。しかし全身を激流の如く勢い循環する魔力の気配は明らかに普通ではない。

 

「あの夜の続きといこか?大将」

「減らず口を..」

 

 薄く冷たい笑みを浮かべる出馬、牙を剥いて怒りを露わにするグラフェル。

 両者の間で張り詰めていく空気は鋭さを増していく。

 

 

 

 東条や出馬だけではない。

 女勢の相手を1人で引き受けた邦枝、各方面で柱師団の勢力と事を構える神崎一派に烈怒帝瑠。誰もが柱師団相手に徐々に劣勢を強いられていく。

 だがこうして手をこまねいている間にも時間は無情に過ぎていく。

 

『まだ屋上に来れないの男鹿!?』

 

 耳につけたインカムから焦燥の孕んだラミアの声が鼓膜を突き刺した。

 

「うるせぇ!いちいち叫ぶんじゃねぇよ集中出来ねぇ!!危なッ」

「他所に気をやる余裕があるのか契約者!!」

 

 インカムの向こうへと怒鳴り返したその一瞬の隙に仕掛けてきた攻撃を辛うじて躱わす。

 三人の連携の取れた攻撃は捌くのが精一杯で、反撃の隙が無い。その上反撃をすれば必ずこちらへもダメージが蓄積していく為無闇に仕掛けられない。

 思うように戦えない現状に腹を立てるばかりであり、それは音だけでも聞いていたラミアも理解している。

 だがそれでも彼女は彼を急かさずにはいれない理由があった。

 

『何でも良いから早く来てよ!!もう..!もうヒルダ姉様が限界よ!!』

「────ッ」

 

 焦りを隠せない彼女から告げられた言葉に男鹿は密かに息を呑んだ。

 

『声が聞こえなくなった!きっともう意識もない!!サラマンダーの術が最終段階まで進んでる証拠よ!!』

「く..クソが...!」

『お願い!!急いで!!』

 

 上擦ったその声からどれだけ深刻な状況か考えるまでもなく理解した男鹿。

 更にミルクを呷りより勢いを増す魔力を込めた拳を背後に回り込んできたケツァルへと思いっきり叩き込む。その恐るべき威力に身体をくの字に曲げてその愉快な顔を苦悶に歪ませる。

 そしてその衝撃がすぐに男鹿の腹部に襲いかかってきた。

 

 肺の空気が全て吐き出る。我ながらなんともふざけた拳の威力なんだ。

 

「....良い加減どきやがれテメェら!!」

「ハッ!それでどく馬鹿が何処にいる!」

 

 苛立ち激しく声を荒らげる男鹿、しかしリンドブルムが嘲笑う。

 

 そして彼等の激しい戦闘音をインカム越しに聞いていたラミアは男鹿の助けを諦める。

 修行を経た彼の強さも頼もしさもよく理解しているがそれでも彼があの場を抜け出すのは難しい。負けることはなくとも今すぐに倒して屋上に行くことは出来なく、ヒルダを苛むサラマンダーの焔は待ってくれないのだ。

 焦燥感に駆られたラミアは、同じビルの屋上にて石矢魔勢の後方支援をしていた姫川とその使用人たちへと顔を向ける。

 

「ねぇ!そっちで誰か屋上に来れるヤツいないの!?誰か1人でも...!」

「無理だ..全員それぞれの戦いから手が離せねぇ」

 

 全員に渡しておいたボディカメラと繋がっているモニターを眺めながら姫川は首を振る。

 

「なにより、仮に誰か屋上を抜けられたとしてどうやってオガヨメを助け出すんだ?あんな化け物が目の前で陣取ってやがんのに...」

「それは...」

「あんなの誰が勝てんだよ..こんなに離れてんのに嘘みてぇに鳥肌が止まらねぇ」

 

 彼の言うことはもっともだ。

 もし仮に屋上へと辿り着いてもそこにはジャバウォックが居る。そうでなくとも柱爵のサラマンダーだっているのだ。

 そんな2人の手を掻い潜ってヒルダを助けるなど誰が出来る。

 どれだけ頭をこねくり回そうと有効な解決策は何一つ浮かぶことはない。

 

 それでもここで突っ立っているだけなど出来ない。

 

「────!馬鹿どこ行く気だ!」

「離して!誰も行けないならアタシが行かなくちゃ!!アタシがヒルダ姉様を...!!」

「お前が行ってたどり着ける訳ねぇだろ。仮に奇跡的に辿り着けたとしても屋上で殺されるだけ、読んで字の如くの無駄死だ!」

 

 敬愛するヒルダがあれだけ痛ぶられているのに、ただ双眼鏡越しに眺めることしかできない己の何と無力なことか。姫川の言葉は正しく、ただ込み上げてくる悔しさにラミアは唇を噛みちぎる。

 

「でも...それでも!!このままヒルダ姉様が壊されるのなんて嫌!!あの人が何もかも忘れちゃうなんて嫌なの!!」

「だから落ち着けっての!!ったく子守なんざ俺のキャラじゃねえっつーのに!」

 

 居ても立ってもいられないと言った様子で暴れて姫川の手を振り払おうとするも、当然それを許す彼ではない。

 

「竜也坊ちゃま!」

 

 そこへ姫川の付き人、蓮井から声がかけられた。

 

「なんだ!つか俺じゃなくててめーらがコイツを抑えとけよ」

「申し訳ありません。しかしそれよりもアレを!」

 

 双眼鏡を手渡してくる蓮井が指差す先、悪魔野学園の時計塔の屋上へと双眼鏡越しに目を向ける。

 するとそこにはラミアがサラマンダーと呼称していた男がこちらへと片手を上げて手を振る姿があった。ニコニコと張り付けたような笑顔で。

 

「な、なんだアイツ..?しかも片手に蒼炎なんざ纏わせてやがるぞ..」

「なんですって!?」

 

 困惑を隠せない姫川の蒼炎という言葉にラミアが横から双眼鏡を奪い取って見る。

 そしてサラマンダーの姿を確認したラミアの顔は血の気が引いてくように一気に青ざめていった。

 

「..だめ..仕上げに入る気だわ...」

 

 真っ青な顔色で力無くボソリと溢した。

 早まる鼓動の音が煩く、呼吸が苦しいくらいに浅くなる。

 もう間に合わない。

 蒼炎の纏うあの手がヒルダに触れれば、もう記憶は、いやきっとヒルダの人格すら燃やし尽くされてしまう。

 

「...男鹿!!早く屋上にきてよぉ!!」

 

 胸を締め付ける焦燥感のままにインカムへと縋るように叫ぶ。しかしインカムからは激しい戦闘音が繰り広げられるており手詰まりなのがわかる。

 

「誰か!お願い..!だれかぁ...」

 

 他の石矢魔の生徒達にもインカムで助けを縋る。

 

 でもその願いは届かない。

 

 東条も、邦枝も、神崎も、夏目も、城山も、出馬も、三木も、七海も、大森も、花澤も、谷村も。

 

 男鹿とベル坊も。

 

 誰も手が届かない。

 間に合わない。

 

「まったく相変わらず性格が悪いのう。わざわざ向こうの奴らに見せびらかすとは」

「悪魔ですから。おかげで1人だけではありますが良い顔が見れました」

 

 サラマンダーとラミアの視線が交わる。

 

 涙混じりの瞳と真っ青に青ざめた彼女の顔を遠目で見て彼は、

 

────恍惚と愉悦に浸る。

 

「やめて....おねがい!!」

 

 その懇願が彼の耳に届くはずがない。

 サラマンダーは踵を返し、磔にされたまま意識を失ったヒルダへと向き直る。

 

「やめて!やだやだ!!やだぁ!!」

 

 取り乱して必死に手を伸ばす。

 

「ひるだねぇさまぁ!!」

 

 サラマンダーの手が、その煌々と揺らめく蒼炎が、彼女の身へと触れる

 

 

 

 

 

 

────筈だった。

 

「来たな」

 

 ジャバウォックが嬉しそうに何かを呟いた。

 

 横目でそれを確認しながらヒルダへと伸ばしていたサラマンダーの手は、あらぬ方向へと空振った。

 

 待て。何故手をそちらへと伸ばしている?

 

 侍女悪魔を磔にしていた十字架はどこへ消えた?

 

 何故地面が逆さになっている?

 

 あれは私の脚?

 

 そこでサラマンダーは漸く気づく。気づく間も無く上半身と下半身が分たれていることに。

 

 敵襲?それはおかしい。ならば何故広範囲に広げていた感知魔術が反応していない?迎撃魔術が反応していない?

 気配も風の起こりも何も無かった。魔力の反応もないから超遠距離攻撃でもない。

 

 1秒にも満たないその思考を阻むように、空気が爆発したような鋭い炸裂音が辺りに響いて一陣の風が屋上の上で吹き荒れた。

 そして遅れるように感知魔術が脳内へと来襲者の反応を伝えてくる。

 

 まさか。

 1秒のラグもなく反応するはずの感知魔術。そのあるかないかのごく僅かの隙間にこの奇襲を為したのか?

 風よりも、音よりも速く?

 

 そんなまさか。

 一体何だ。何に襲われているんだ。

 

「───ぁ」

 

 不意に声が漏れたのは、荒れ狂う風に上半身を吹き飛ばされ月を仰ぎ見た時。

 

 背後に浮かぶ満月の光に照らされた神秘的な銀の髪。

 不自然に渦巻く風にたなびいて見える顔立ちは端正で、しかしその顔にはうっすらと残る大きな傷痕。

 遙か上空でヒルダを横抱きで抱えるその姿は見る人が見れば天使だとか神の使いだとか崇め始めそうなほどに現実離れしている。

 だが、月の光を受ける銀の前髪から覗かせる彼女の眼はただひたすらに冷たく。

 瞳の奥でしめやかに渦巻く激情を覗かせる様は地獄の鬼すら裸足で逃げ出すものだろう。

 

「ふるいちぃ..!!」

 

 予想だにしていなかった救いの手。安堵か歓喜か、糸が切れたように膝から崩れ落ちたラミアは涙で大きな瞳を揺らす。

 

 

 彼女の来襲は混乱と混沌が入り混じるこの学園に風雲を呼び寄せた。

 





 乱入ボス系女子古市ちゃん。
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