狼の掌篇   作:華歳ムツキ

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道玄とエマ

「よいか、エマ。そなたをわが娘とする前に、ひとつ言っておかねばならぬことがある」

「はい、道玄様」

 

 

道玄は一心と旧知の薬師であった。ゆえに城に出入りすることも多く、そんな彼に引き取られたエマも同様に城へ出入りすることが増えるだろう。その前に、言っておかねばならぬことがあった。

 

 

「この葦名の城には二人、そなたと年の近い子供がおる。だが、彼らにみだりに話しかけてはならぬ」

「何故でしょうか?」

「うむ。一人は丈様……尊き竜胤の御子だ。御子の間から出てこられることは滅多にない故、会うこと自体あまりなかろうが……見かけたとしても、話しかけてはならぬ」

 

 

エマはひとつ頷いた。尊い御方に話しかけてはいけない。それは子供にも自然と呑み込める理屈だった。

 

 

「よいな? たとえ丈様が病に身罷られてもだ」

「それは……治療はしないのですか?」

「竜胤とは、人ならざる身。ゆえに、尋常の方法では病も傷も負わぬ。そんな竜胤の御子が負う病や傷といえば、常人の知恵で治せるものでもなし。だからこそ、近付かぬことしかできぬ」

「……はい」

 

 

嗚呼、人とは無力なものだ。ぼんやりとそう考えながら、エマはやはり素直に頷いた。

戦争によって全てを失ったエマは、幼くして世の中には抗いがたい道理があるのだと知っていた。

 

 

「もう一人は弦一郎様。一心様の御孫だ」

「孫? ですが、一心様のご子息はすでに……」

「如何にも」

 

 

一心にもかつては寄り添いと子がいたが、そのいずれもすでに国盗りの戦に巻き込まれて命を落としている。それだけ激しい戦だったのだ。一心が尋常ならざるほどに強いからこそ、生き延びただけで。

 

 

「弦一郎様は一心様とは血が繋がっておられない。貰われてきたのだ。しかし、そのようなことは些末なこと。一心様が認める以上、出自に関わらず弦一郎様がこの国の跡取りであるのには変わらぬ。加えて、巴殿も弟子入りを認めるほどの才覚の持ち主でもある」

「それはよきことですね」

「うむ……だが、それでもつまらぬことを気にする者が皆無というわけではない。弦一郎様の周りは何かと不穏な思惑が渦巻くこともあろう。ゆえに、近付いてはならぬ」

「わかりました、道玄様」

 

 

一見素直に頷きながらも、エマは内心残念に思う気持ちを全て捨てずにはいられなかった。

今の暮らしに満足はしているが、幼い子供ゆえにやはり年の近い話し相手がほしかったのだ。兄弟子も皆自分より年上で、エマは大人たちの邪魔をせぬよう遊ぶ時といえばいつも一人だった。

そんな事情があったものだから、道玄の知り合いである大忍びが幼子を連れてきた時は少しばかり期待したものだ。今度こそ話し相手になってくれるかもしれないと。けれど、

 

 

「どこか痛いところはありませんか?」

「…………」

「……何か入用のもはありませんか?」

「…………」

 

 

呆れたことに、歓談どころか問診にすら応じない。ただただ、黙り込んでいるだけ。これにはエマも困り果てた。

梟が拾ってきた幼子はひどい傷を負っており、それを治さなければならない。私情を抜きにしても、言葉を交わさねばならない理由があったのだ。

 

 

「道玄様、どうしましょう……あの子供、ちっとも喋らぬのです」

「ふむ。ならば、私が相手をするとしよう。なに、無口な相手の治療は左腕を亡くした我が友のお陰で心得ている」

 

 

可笑しそうにそう言った道玄は、確かに言った通りにその子供の言葉を引き出し、見事に怪我を治してみせたものだ。もう、遠い遠い記憶。師が健在であった頃の思い出。その時からどれほどの時間が流れたかは、目の前にいる相手を見れば自ずと知れる。

 

 

「なんだ」

「……いいえ。喋るようになったものだと思いまして」

「……?」

 

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