最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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某作品に影響を受けて書き始めました。
よろしくお願いします。


第一章:暴嵐怒涛のヴァナルガンド
第1話:ポケモンの せかいへ ようこそ!


「でねぇー……」

 

 手にしたゲーム機の画面を眺めながら死んだ目で青年が呟いた。

 青年は流れるような動作でボタンを操作。どうぐプリンターへと"ヤミラミのほうせき"を放り込み、レバー(ガチャ)を回す。

 演出とともに表示される合成結果。ものの見事に爆死したそれを見ながら、青年は再び呟く。

 

「でねぇー……」

 

 さて、先ほどよりどうぐプリンター(ガチャ)で爆死し続けているこの青年、名をカナタ。御年19歳のフリーターである。

 大学受験に失敗し、生活費を稼ぐべくバイト漬けの日々を送るカナタ。そんなストレスフルな生活の中で彼を癒してくれる唯一の楽しみ、それこそが彼が幼い頃より続けて来たゲーム……『ポケットモンスターシリーズ』であった。

 カナタは『ポケモン』の大ファンである。シリーズ初プレイは幼稚園の時分。生まれて初めての"ゲーム"というものに触れ、その面白さにカナタはどっぷりと嵌った。以降、新作が出る度にプレイし続け、それだけに飽き足らず過去作や外伝作品にさえ手を伸ばし……気がつけば立派な"ポケモン愛好家(マニア)"になっていたのだ。

 そんな彼が今プレイしているのは最新作『スカーレット』。そのDLCで追加された要素の1つ、どうぐプリンターであった。これはポケモンの素材である"おとしもの"とBP(ブルーベリーポイント)を消費し、どうぐを生成するというものである。

 そしてこのどうぐプリンター、ランダムなアイテムに加えて低確率で珍しいボール──いわゆる"オシャボ"と呼ばれるもの──が生成されるガチャのような要素を持っているのだ。カナタの目的はこの"オシャボ"集めであった。カナタは可能な限りそのポケモンに似合ったボールで捕獲したい"オシャボ勢"である。特に捕獲困難な伝説のポケモンを狙ったボールで捕えられた時には画面を眺めながら数時間ニチャニチャする、どうしようもない輩であった。

 と、そういった訳で今日も今日とて捕獲用のボール集めのため、どうぐプリンター(ガチャ)を回していたのだが。

 

「でねえー……いくらなんでも確率渋すぎんだろ……」

 

 残念ながらその成果ははかばかしく無かった。

 集めたBPとおとしものを全てつぎ込んだにも関わらず、お目当てのボールは全くと言ってよい程に集まっていない。

 おまけにそれ以外のオシャボすら数えるほどしか入手できない始末。端的に言って大爆死であった。

 

「もうBPも切れちまったし……また集めなおしかよ、めんどくせえ」

 

 ガチャに必要なBPが切れたことに気が付き、カナタは悪態を吐く。無理も無い。BP稼ぎのためのブルレクは基本的にマルチプレイが前提の調整であり、ソロでの稼ぎは苦行といってもよい。

 ならばマルチプレイを行えばよいのであるが、残念ながらカナタは筋金入りのボッチ。BP稼ぎに付き合ってくれるような友人などいる筈がなかった。

 

「まったく通信進化やらバージョン限定出現やら……ゲーフリはもっとボッチに優しくしてくれんかねえ」

 

 ゴローニャ? フーディン? ゲンガー? ああ、それって幻のポケモンでしょ。確か「友達」っていう限定アイテムがないと解放されないっていう。

 え、僕はどうやって手に入れたのかって? もちろん本体・ソフト2台持ちです(課金しました)が何か?

 

 ……と、そんなボッチの悲しい思い出はさておいて。

 ゲーム機から目を外し時計の方を見ると、もう日付も変わろうかというところ。

 悲しかなカナタは明日も朝からバイトの予定が入っている。そろそろ床に就かねば寝過ごすかもしれない。

 翌日の仕事を思い起こし、憂鬱な気分になりながらSwitchの電源を切ったカナタはそのまま部屋の電気を消し、布団に潜り込む。

 

(はー……仕事行きたくねえ。いくら生活のためとはいえ、何でこんなイヤイヤ働かなきゃなんねえんだか。あーあ……こんなクソみてえな現実世界じゃなくて、ポケモンの世界に行けたらなあ……)

 

 布団の中、目を閉じながらつらつらとカナタは思う。

 兎にも角にも生きづらいこの世界。いっそ大好きな空想(ゲーム)の世界に行けたならどんなによいだろう。

 かっこよくて、うつくしくて、かわいくて、かしこくて、たくましい……そんな不思議な不思議な生き物と友達になって、見たこともない世界を心ゆくまで冒険できたなら。

 子供の頃に誰もが一度は夢見たであろう空想。それが決して叶わぬことは知っている。しかし現実の辛さに打ちのめされる度、あの優しい夢のような世界への憧れがますますとして積もっていくのだ。

 

(はーあ、いっそ神様でも何でも良いから俺をポケモンの世界へ連れてってくんないかね。そのためならだったら何でもするのに……)

 

 と、半ば本気で考えて……カナタは思わず苦笑する。

 

(ハハ……何バカなこと考えてんだろうな、俺。この世界に神様なんているわきゃないってのによ)

 

 そもそもこの現実に神様なんて存在しない。故にいくら祈ったところで彼の願いが叶えられる筈もなく、考えるだけ無駄というものである。

 脳内に過ぎった益体もない考えを打ち消し、カナタは強く目を瞑る。明日も早いのだ、早く眠って脳と体を休めねば。

 布団の中で微睡みながら、少しづつ意識を闇に溶かしていくカナタ。やがて彼の意識が完全に夢に墜ちる刹那──ふと何かの声を聞いた気がした。

 

 

 ────ならば丁度いい。キミのその願い、このワタシが叶えてやろうじゃないか。代償としてキミにはワタシの使命を手伝ってもらうがね。

 

 

 その声が何と言っているのかはよく分からない。ただ、願いを叶えてやろうと言われたような気がする。

 夢か現か分からぬまま、カナタは謎の声に"是"と返す。願いの代償が何たら言っていた気がするが、構うものか。あの夢の世界に行けるんなら、何だってしてやるさ。

 

 

 ────良いだろう。これで契約は成立だ。精々ワタシの役に立ってくれたまえ、我が使徒よ。……では、早速だが

 

 

 謎の声が何かを続けている。が、カナタはもう限界だった。

 襲い来る睡魔に抗えず、意識が急速に暗闇へと墜ちていく。

 

 

 ────全ての■■■と出会え

 

 

 そして──()()()()()()()()()()()()を最後に、今後こそカナタは夢の世界へと旅立っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪原の空に極光(オーロラ)が輝く。

 ゆらゆら、とまるで天蓋にかかるカーテンのように揺らめきながら極光(オーロラ)は刻一刻とその色を変え、星一つない夜空を極彩色に染め上げていた。

 

 かつて古代の哲学者は揺らめく極光(オーロラ)を「天の裂け目より噴き出す炎」と形容したらしい。なるほどこうして実際に目にすれば確かに、これを「炎」と評した者の気持ちも理解できる気がする。

 まさしく大自然が作り出した神秘の光景。これを目の当たりにして感動を覚えない人間など存在しないだろう。事実、カナタだってこんな状況下でなければ驚愕でため息の1つ、ともすれば涙の1粒だって流したかもしれない。

 

 

「──寒い寒い寒い寒い寒い寒い寒い死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ絶対死ぬゥ!!」

 

 

 尤も、それは所詮"もしかしたら"の可能性のお話。現実にはカナタにそんな景色を楽しむ余裕なんてなかった。

 天に揺らめく極光と地に広がる銀世界。眺める分には美しい雪原の景色はその実、専用の装備がなければ人では生存することすら厳しい極寒地獄だ。

 そしてカナタが今の身に纏っているのは寝間着代わりのジャージが一丁。当然の如くこの地獄に耐えられる筈もない。

 

「チックショウ!! 何でオレがこんな目に遭ってんだッ!?」

 

 一体何がどうしてこうなったのか。

 昨日はオシャボを求めひたすら素材を集めてはどうぐプリンターにぶち込むという虚無の時間を過ごしていた筈。それがひと段落したところで布団に潜り込んで──謎の声を聞いたのだ。

 確か、声は願いを叶えてやるだのなんだのと言っていた。どう考えても怪しさ100%の提案、普段のカナタであれば何言ってんだオメーと一言で切って捨てていただろう。

 だが、あの時のカナタはマトモな判断など出来ない夢現の状態であった。故に謎の声に言われるがままホイホイと頷き……気が付いた時には極光(オーロラ)の揺らめく雪原に一人立っていたのである。

 

「ガッデム! どう考えてもそれが原因じゃねえか!」

 

 原因と思しき記憶を思い出したカナタは、頭を抱えながら全力で叫ぶ。

 どうやら夢か幻聴の類いだと思っていたあの声は自分を見知らぬ場所に転移させるチカラを持ったトンデモ存在であり、そして自分はそんなトンデモねーヤツと何がしかの契約を結んでしまったらしい。

 確かあの声はカナタの夢を叶えてやると言っていたが、もしやその結果が今のこの状況なのだろうか。だとすれば詐欺もいいところだ。出るとこ出てやる。

 

 自分をこんな目に遭わせやがった謎の声(あんきちしょう)を、いつか絶対思い知らせてやると決意しつつ……カナタはそこで思考を切り替える。

 なぜなら彼には今、何よりも先に対処しなければならない喫緊の危機が迫っていたからだ。

 

「つーか、それよりもどっか寒さ凌げるとこに探さねえと……!」

 

 "じゃなきゃ、マジで死ぬ!"と、カナタは必死になって周りを見回す。

 感じる冷気はもはや"寒い"を通り越して"痛い"ほど。歯はガチガチとやかましく鳴り続け、全身の震えが止まらない。見れば前髪の毛先も白く凍り付き始めていた。

 生憎カナタは北国に住んだ経験はない。それでもこんな格好(ジャージ一丁)こんな環境(極寒地獄)に長時間いれば命が危ないことは分かる。

 故に一刻も早く人家──あるいは最低でも寒さの凌げる場所を見つける必要があった。

 ……の、だが。

 

「ガッデム! なーんにもありゃしねえ!!」

 

 周囲に広がるのは見渡す限り一面の銀世界。人家はおろか寒さを凌げそうな洞窟や樹木すらも見当たらない。

 打つ手なしの現状に焦りつつ、カナタはこの状況で役に立ちそうなもの……あるいは助けを呼べるようなものでも無いかとジャージの中を探る。

 

「何か、何かこの状況をどうにかできそうなものは……ガッデム! なんもねえ!!」

 

 しかし現実は非情であった。

 身に着けたジャージのポケットを全てひっくり返し、出て来たのはほつれた糸くずのみ。さもありなん。カナタはここに飛ばされる直前、自宅でまさに眠りに就こうとしているところだったのだ。常であれば肌身離さず身に着けていたスマホも目覚ましに枕元へ置いていた。

 故に今のカナタの状態は文字通り着の身着のまま。残念ながらこの状況をどうにか出来そうなものなど何も無かった。

 

 寒さを凌げる場所もない、助けを呼ぶことも出来ない……まさしく絶望的な状況。

 それでも一縷の望みを抱き雪原を歩き回るカナタ。しかし、彼の望みとは裏腹に事態はさらに悪い方向へと転がっていく。

 

「……おん? 何だ、って──おわあああ!?」

 

 腰まで積もった雪を掻き分け進んでいたカナタ。その時、彼の足先に何か固いものがぶつかった。

 "何だ"と疑問を抱くカナタであったが、しかしその正体を確かめる間はなく。次の瞬間、足元よりせり上がった何かによって吹き飛ばされてしまう。

 幸いカナタが飛ばされたのは分厚い雪の上。着地した衝撃で強かに尻を打ち付けたが、大きな怪我を負うことはなかった。

 ──尤もそれは何の慰めにもならなかったが。

 

「イテテテ……いったい何、が……?」

 

 痛む尻を擦りながら立ち上がり、足元より現れたものを見たカナタ。

 途端、それを目の当たりにして思わず絶句する。

 

「──は」

 

 輝く極光に照らされ浮かびあがるシルエット。

 それは全身が白い毛皮に包まれた一頭の獣であった。目測であるが3メートルを優に超えるであろう巨体。大木をも一薙ぎするような太い腕にはとがった鉤爪が備わり、開かれた顎から鋭い牙を覗かせていた。

 

 獣は一見すればシロクマにも似た姿をしていた。

 しかし獣はシロクマと決定的に異なる特徴を備えていた。

 

 相違点は獣の口元。そこからまるで髭のようにも見える()()()()()が垂れ下がっていた。

 

 自らの体から氷柱を伸ばす、通常の生き物ではありえざる特徴。

 ならば必然として目の前の獣は通常の生物ではないということ。

 そしてカナタは通常の生物とかけ離れた特徴を持つ、目の前の生き物のことをよく知っていた。

 

 ──同時にその生き物がこの世に存在しない空想の存在であることも、また知っていた。

 

「ツ、ツンベアー……!?」

 

 

【ツンベアー とうけつポケモン タイプ:こおり】

 

 

 そう──今、カナタの目の前に居る存在は紛れもなく"ツンベアー"そのもの。

 夢でも、ましてや幻でもない。実体のある()()()()()()()がそこに居た。

 

(おいおいおい、どういうことだ? 何でポケモンが現実に──?)

 

 ポケモンは画面の向こう側にのみ存在する「架空の生き物」の筈だ。だというのに今カナタの目の前には生きて動いているツンベアー(ポケモン)が確かに存在している。

 想像を超える事態に直面し混乱するカナタ。だが、次の瞬間ほんの少し前に体験したとある記憶を思い出す。

 

(……そうだ! 確か、あの時……!)

 

 思い起こすのはこの雪原に転移させられる直前、夢うつつの中で聞こえて来た声のこと。

 あの時、声は確かに"カナタの夢を叶えてやる"と、そう言っていた。

 

 そして聞こえた声に対しカナタが望んだ夢は──。

 

(はは、ははは! マジかよ……! まさか、マジで叶えるなんて思わなかったじゃねえか……!)

 

 "ポケモンの世界へ行きたい、そのためなら何でもする"。あの時、カナタは確かにそう願った。

 どうやらあの声の主は確かにカナタの願い(ユメ)を叶えてくれたらしい。

 叶うことなどありえないと諦めていた筈の夢が叶った──その事実に歓喜するカナタ。

 

 だが、そんな彼の感情はすぐさまに吹き飛ばされることとなる。

 

 

「ベアアアアイス!!」

 

 

「うわあ!?」

 

 ツンベアーが咆える。

 体を叩く強烈な音圧。カナタは思わずして尻もちをついてしまう。

 ──それが間一髪のところで彼の命を救うこととなった。

 

 

 

どごお!

 

 

 

「ひ、ひええ……」

 

 瞬間、振動とともに目の前の雪が弾け飛ぶ。

 ツンベアーが先ほどまでカナタの立っていた位置めがけ、その巨大な爪を振り下ろしたのだ。

 見れば叩きつけられた衝撃で降り積もっていた分厚い雪が抉れ、奥から黒い地面が露出していた。

 これほどの衝撃。直撃すればカナタの体など一瞬でミンチとなっていたに違いない。

 

 その事実に気が付いた途端、ゾッとカナタの背に冷たいものが走る。

 ツンベアーは明らかにカナタを狙って爪を振り下ろしていた。それが示すことは即ち、カナタはツンベアーに標的として見なされているということに他ならない。

 カナタは恐る恐る顔を上げ、ツンベアーを見る。

 

 ──獣性にギラつくその瞳はカナタのことをしっかと捕えていた。

 

 

「ゴロロロルルゥ……!」

 

 

「ひぃ、あ……」

 

 目と鼻の先に迫った命の危機。カナタの脳裏にとある博士の言葉が過ぎった。

 

 "ポケモンは 怖い 生き物です!"

 

 そうだ。いかに画面上で可愛らしく描写されようと、ポケモンは容易く人間を屠りうる危険な存在。

 対抗手段が無ければ人はどうすることも出来ない、怖い生き物なのだ。

 そして今のカナタに目の前の脅威に抗する手段は──ない。

 

 夢見た世界から叩きつけられる、現実という名の冷酷な洗礼。

 「ポケモン世界」が優しいだけの夢のような世界でないことなど、これまでの描写から分かり切っていたというのに。

 浅はかにも、"危険生物(ポケモン)の跋扈する世界に行きたい"などと願ったことを今更ながら後悔するカナタ。

 だが後悔先に立たず、何もかもが手遅れであった。

 

 カナタの視線の先、再び剛爪を振り上げるツンベアー。

 逃げなくては死ぬ。そう確信しつつもしかしカナタの体は恐怖に竦み、その場から動くことさえできなかった。

 

(ちきしょう……俺の人生、これで(しまい)いかよ……)

 

 絶体絶命。

 もはや死は避けられぬものと覚悟し、カナタはゆっくりと目を瞑った。

 

 

「ベアアイス!!」

 

 

 カナタの耳に再びツンベアーの咆哮が響く。

 

「──ッ!!」

 

 次の瞬間にもツンベアーの剛腕が振り下ろされ自分は雪原の染みへと変わる……そう確信し、身を縮こまらせたカナタ。

 だが──終ぞとして、その瞬間が訪れることはなかった。

 

 

「がるるるる……うわおおおおん!!」

 

 

 突如聞こえたツンベアーのものとは異なる鋭い雄叫び。すぐそばで何かが大地を蹴って飛び上がる。

 

 

「べアアス!?」

 

 

 次の瞬間、ツンベアーから悲鳴のような鳴き声が漏れ、どたどたと大暴れする気配が伝わってきた。

 

(……ッ、何が……!?)

 

 先ほどまでと一変した場の雰囲気に"いったい何が起きたのか"と眼を開いたカナタ。

 真っ先に目に飛び込んだのは両腕を必死になって振り回し、何かを振りほどこうと暴れるツンベアーの姿であった。

 

「……! あれは……」

 

 次いで視線を動かすと、目に入ったのはツンベアーの暴れる原因であろう、鼻先に噛みつく一匹のポケモンの姿。

 大きさは目測で50センチ程度だろうか。一見すれば小型犬にも似た四足の外見。全身を覆う薄茶色の毛皮に、白く長い大きな尻尾。首元にはどこか首輪を思わせるこれまた白い体毛が伸び、その中にゴツゴツとした装飾のようなものが埋まっていた。

 自身より何倍も大きなツンベアーへと食らいつく犬のポケモン。曲りなりにも愛好家(マニア)を自称をするカナタの脳はすぐさまにその正体を弾き出していた。

 

 

「──イワン、コ?」

 

 

【イワンコ こいぬポケモン タイプ:いわ】

 

 

 その名は"イワンコ"。第七世代『S・M(サン・ムーン)』で初登場したポケモンであった。

 

(な、なんでこんなところにイワンコが? ……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃねえ!)

 

 "何故イワンコが突然ツンベアーに襲い掛かったのか"……一瞬疑問に思うカナタであったがしかし、すぐさまそんなこと考えている場合でないと頭を振って切り替える。

 イワンコが襲い掛かったためにツンベアーの注意はカナタから逸れている。逃げるのには絶好のタイミングだ。

 

(理由は分からねえがお前のお蔭で助かったぜ! ありがとよ!)

 

 内心でイワンコに礼を言いながら、気付かれないようにそろそろと立ち上がったカナタ。

 そのまま彼は争い合う両者に背を向け、その場を後にしようとした。

 

 ──その時である。

 

 

「ぎゃうん!?」

 

 

 突如として背後より悲鳴のような鳴き声が響く。

 反射的に振り返ると、ツンベアーの剛腕によってイワンコの体が雪原へ叩きつけられる光景が目に映った。

 

 

「──きゅ、うううぅぅ……!」

 

 

 打ち付けられた衝撃でダメージを負ったのだろう。

 苦し気に呻きながらそれでも立ち上がろうとするイワンコだったが、しかし堪え切れなかったかのように途中で崩れ落ちてしまう。

 

 

 

「ベアアイス!!」

 

 

 

 一方のツンベアーは目障りなイワンコを引き剥がし、怒りの咆哮を上げる。

 そのまま動けなくなった獲物へトドメを刺すかのように、再び腕を振り上げた。

 

(おいおいおい! 何やってんだよアイツ、このままじゃ死んじまうぞ!)

 

 今にもイワンコ目掛け振り下ろされんとする剛腕。

 しかし当のイワンコは命の危機を前にして立ち上がることさえ覚束ない様子。このまま放置すれば命を落とすことは明白であった。

 

(……ああ、くそっ!)

 

 ──その事実に行きついた途端、反射的にカナタは走り出していた。

 

 

「せりゃあ!」

「──わうっ!?」

 

 

 ツンベアーの剛腕が振り下ろされる、その刹那。

 全力で走り寄ったカナタが地に伏せるイワンコを抱き上げ、雪原を転がった。

 

 

 

どごお!

 

 

 

 瞬間、背後から剛爪が空を切り裂き、轟音とともに大地を叩き割る衝撃が伝わってくる。

 あと少し遅ければイワンコ諸共ペシャンコになっていたであろう。その事実に冷や汗を流しつつ、カナタは脇目も振らず全速力で逃げ出した。

 

 

「ベアアアアア!!」

 

 

(うおおおああああ! やっちまったやっちまったやっちまったあああああ!!)

 

 怒りに燃えるツンベアーがこちらを追ってくる。姿が見えずともその気配を背中で感じ、内心で悲鳴を上げるカナタ。

 どうしてわざわざ見ず知らずのイワンコのため火中の栗を拾うような真似をしてしまったのか、今更ながら彼の心に後悔の念が湧き上がる。

 

(クソクソクソ! 何でこんなことやっちまったんだよ、俺ぇ!?)

 

 確かにイワンコのお蔭でカナタが危機を脱したのは事実。しかし、イワンコがツンベアーに襲い掛かったのは決してカナタを救うためではない。

 つまりカナタが助かったのは偶然の結果であり、彼がイワンコに義理立てする理由はないのだ。

 

 だが、それでも──目の前で自らの命を救った相手が死にかけているのを目の当たりにして、咄嗟に体が動いてしまった。

 その結果がこれである。

 

(──ええい、ちくしょうめ! こうなっちまったらもう腹を括るっきゃねえ!)

 

 だが、しでかしたことを後悔したところでもう遅い。

 それに、いかに衝動的とはいえ選択したのはカナタ自身。ならば潔くこの結果を受け止め、いま自分に出来ることを全力で行うのみだ。

 

 覚悟を決め、全力で足を動かすカナタ。

 その時、必死の形相を浮かべるカナタの顔を腕の中のイワンコが不思議そうに見上げていることに気が付いた。

 

 

「よお元気してっか、相棒! 安心しろよ、お前は俺が安全な場所まで連れってやるからよおっ!」

 

 

 こちらを見るイワンコに精一杯の笑みを浮かべ、安心させるかのように言葉をかけるカナタ。

 尤もその笑みはどう見ても引きつっており、安心させるどころか逆に不安を覚えるようなものであったが。

 

「うおおおおおお唸れや俺の両脚ぃ! 無駄にバイトで鍛えた筋肉ここで使わないでどこで使うってんだああぁぁ!!」

 

 腿を振り上げ、降り積もる雪を蹴散らしながらカナタは疾走する。

 火事場の馬鹿力というヤツであろうか。これまで人生に経験したことのない速度で駆けることが出来ていた。

 加え全身を駆け巡るアドレナリンにおかげか疲労感もまるで感じない。このまま数時間は走り続けられそうだ。

 

 "ひょっとすればこのまま逃げ切れるのでは"、とそんな淡い希望がカナタの心に生じる。

 しかし、それも所詮は裏付けのないカナタの妄想に過ぎず。抱いた希望(もうそう)はすぐさまに冷たい現実によってへし折られることとなる。

 

 

 

【ツンベアーの こごえるかぜ!】

 

 

 

「──げふぁっ!?」

 

 突如としてカナタの体に凍てつく突風("こごえるかぜ")が吹きつけられる。

 吹きつける風に煽られ、つんのめったカナタはそのまま勢いよく分厚い雪の上に倒れ込んだ。

 

 幸い、倒れる間際咄嗟に抱き込んだおかげでイワンコは地面に投げ出されることなく無事。

 しかし、カナタ自身は決して無事とは言えなかった。

 

 

(い、息が……吸えねえ……! 体が……うまく動かねえ……!)

 

 

 呼吸が覚束ない。体が酷く重く感じる。尋常でない怠さに指の一本も動かすことが出来ない。

 周囲に広がる極寒の環境に加え、先ほど吹きつけられた極低温の冷風。これらによって体温を奪われた結果、カナタの身体が限界を迎えたのであった。

 

 

 

「ベアアアァァス……!」

 

 

 

 倒れ伏し、身動き一つとれないカナタを(もてあそ)ぶかのように一歩、また一歩と近づいていくツンベアー。

 その口からさらに冷気を吹きだし、カナタの体を氷漬けにしていく。

 

 ツンベアーは捕らえた獲物に冷気を吐きかけ、凍らせて保存する生態を持つ。

 どうやらカナタはツンベアーにとって格好の獲物(エサ)と見なされたようだ。

 

 凍てつく冷気に蝕まれ、ますますとして鈍くなる体。

 異常なまでの寒さに意識までもが少しづつ遠のいていく。

 

 

(クソ……クソッ……! 動け、動けよ……俺の、体……!)

 

 

 それでもカナタは必死になって体を動かし、迫る命の危機より逃れようとする。

 しかし如何に意思の力を振り絞ろうとも冷え切った体はまるで言う事を聞かず、出来たのは精々ツンベアーから隠すようにイワンコの体を抱き込む程度であった。

 

「……くぅん」

 

 その時、カナタの頬が僅かなぬくもりを感じ取る。

 辛うじて視線を動かせば、イワンコが心配そうな顔で彼の顔を舐めていた。

 その様子はまるで彼のことを勇気づけているようであった。

 

「は、はは……ありがと、な……イワンコ。それ、と……すま、ねえ……大口、叩いたってのに……こんな……体たらくで、よう……」

 

 助けようとした筈の相手に心配され、逆に気まで使わせてしまった。

 あまりにも情けない体たらくに思わず自嘲の笑みをこぼすカナタ。

 

 それでもイワンコの行為は彼を思ってのこと。

 まるで自らの決断が決して間違っていなかったと肯定するかのようなイワンコの行動に、僅かな安堵を覚えつつカナタは意識を手放そうとして──。

 

 

 

 

 

 

 

 ルオオォーー……ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──雪原に響く、高らかな遠吠えを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

(なん、だ……?)

 

 

 静寂の雪原に木霊する遠吠えの音。

 同時に突如として轟々と唸る風が吹き荒び、積もった雪を巻き上げ辺りを白く染めていく。

 ──そして、起きた変化はそれだけに留まらず。

 

 

 

「ベ、べアアアス……」

 

 

 

 遠吠えが響いたその刹那、ツンベアーはピタリと動きを止め、まるで何かに怯えるように周囲を見渡す。

 その姿に先ほどまで見せた残虐性はどこにもなく。その変貌ぶりは例えるならば、今まで狩る立場だった者が急に狩られる立場に変わったかのようである。

 

 

 ルオオオオーー……ン!

 

 

 雪原に再び木霊する遠吠え。

 風の唸りを貫きハッキリと響いたそれは、先ほどよりこちらに近づいているようであった。

 

 

 

「ベ、べ、べアアアイス!!」

 

 

 

 瞬間、堪え切れなかったようにツンベアーは逃げだした。

 捕えた獲物(カナタたち)には目もくれず、尻尾を巻いて一目散に。

 やがてツンベアーの姿は周囲を覆う吹雪に紛れ、すっかり見えなくなったのであった。

 

(たす、かった……?)

 

 すぐ傍まで迫っていた捕食者(ツンベアー)が突然逃げ出したことに疑問を抱きつつも、それ以上に命の危機が過ぎ去ったことにカナタは安堵する。

 同時に張っていた緊張の糸が解けたのか、カナタの意識が急速に遠のいていく。

 

(あー……でも、ここで寝たら……死……)

 

 "こんなところで寝たら死ぬのでは"と朧げな意識で思うカナタであったが、しかし襲い来る睡魔には抗えず。

 ほどなくしてその意識を完全な暗闇へと落とす──その刹那。

 

「わふ、わんわん! わおおおん!」

 

 

「ルガルオオオオン……」

 

 

(ああ……そうか……アレは、おまえの……)

 

 カナタの目に映ったのは、嬉し気な様子で尻尾を振るイワンコと──吹雪に座す巨大な蒼き狼の姿であった。

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