最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
4/1からもうだいぶ過ぎているけれど気にしてはいけない。
────あーあーあー……聞こえるかな?
────ふむ、どうやらワタシの声は届いているようだね。
────うん? ワタシが誰かって? 酷いなあ、ワタシはキミの夢を叶えてあげたオンジンだというのに。
────お前の所為で死にかけた? 何を言ってるんだい。ちゃんと助けは呼んだじゃないか。現に、こうしてキミはいま五体満足で生きているだろう?
────ワタシは
────何を言っているのか分からない? 大丈夫だよ、
────まあ、そんなことはどうでもいいんだ。重要なことじゃあない。というか、今回はそんなことを話すために来たわけじゃないからね。
────じゃあ、何をしに来たのかって? ふふ、実はキミにちょっとしたプレゼントを上げようと思ってね。
────転移してからこっち、だいぶ苦労しているようだし。偶にはご褒美があってもいいだろう?
────これから見せるのは、辿りえるかもしれない
────目覚めれば消えてしまう程度の泡沫の夢に過ぎないけれど……せいぜい楽しんでくれたまえ。
「──起きて」
「んが……」
体が揺さぶられる感覚とともにカナタの意識が覚醒する。
「ううん……もう朝っすか……」
「ん、おはよう。よく寝てたね? もうお昼だよ?」
「くあああぁ……ぁ、師匠……おあようございま……す……」
どうやら中々起きない彼をルピナスが起こしにきたらしい。
起き抜けのぼんやりした頭でしばし彼女の顔を眺めていたカナタ。だが、だんだんと意識がハッキリとしてくる内に、自らがいま置かれた状態を把握し──一挙にその顔を蒼ざめさせる。
(やっっっっべ!! 寝過ごした!!)
先ほどルピナスはすでに昼だと言った。
つまり、カナタは午前中の鍛錬をまるまるすっぽかしてしまったということである。
マズイ。これは非常にマズイ。
鍛錬をサボったとなれば大目玉は確実。どんな折檻が待ち受けているか、考えるだけでも恐ろしい。
「ん? どうしたの、何だか顔色が悪いよ?」
「し、師匠! すんません! すぐに着替えて準備を──!?」
すぐさまに支度をせんと慌てて飛び起きるカナタであったが、次の瞬間ルピナスのとった行動に思わずして固まった。
「──ん」
ぴと。
「…………へ?」
自らの額をカナタの額にくっつける。所謂、熱を測る行為。
冷たい目で詰められるでもなく、ましてや“弛んでいる”とぶん殴られることもない。
それは普段の
「熱は……ないね。少し根を詰めすぎた?」
「あの、師匠……怒ってないんすか?」
「? どうして怒ったりなんかするの? ──ん、大丈夫そうだね。それじゃあ早く着替えてダイニングまで来て。ごはん、できてるから」
「え。あ、はい。…………えぇ?」
そう言ってそれ以上何をすることもなく寝室から出ていくルピナス。
残されたカナタは果たして、常とあまりにかけ離れた彼女の言動に困惑する他ないのであった。
(──おかしい)
朝食──時間的には昼食──をモソモソと口に運びながら、カナタは内心で独り言ちた。
「ん、なあに? わたしの顔に何かついてる?」
「あ、いや……なんでもないっス」
「そう?」
視線の先にはこちらを見るルピナスの姿。
その視線に気が付いたのか、首を傾げる彼女に何でもないと返し、カナタは目を逸らす。
いかにデリカシーのないカナタとはいえ、流石に面と向かって“様子がおかしい”とは言えなかった。
そう、起き抜けから薄々思っていたが
普段カナタと接する際に発していた、よそよそしさやトゲトゲしさをまるで感じない。いつもどこか張りつめているような……無理をしているような様子であったのに、なぜだか今の
常と異なるルピナスの態度。されどもその様子に悪い感じはない。むしろいつもよりも居心地がよいくらいである。……だが、常のあの態度に慣れ切ったカナタにはどうしても違和感が拭えなかった。
「ん。カナタ、また難しい顔してる。そんなに悩んだら眉間に皺が寄っちゃうよ?」
「え、ああ……はい」
「……やっぱり今日のカナタ、少し変。この時間までずっと寝てたし……どこか体調悪い?」
「い、いやいや! そんなことはないっス!! ほれこの通り元気いっぱいっスよ!!」
「そう? ならいいけど……」
と、流石に態度を怪しまれたか。
いぶかし気な顔でそう問うルピナスに慌てて両手を振り、問題ないことをアピールするカナタ。
何とか誤魔化すことはできたようだが、しかしルピナスの表情は変わらぬまま。このままではマズイ、と彼は慌てて話題を逸らしにかかる。
「そ、それより! 午後の鍛錬メニューは何スかね!? 午前中はサボっちまったし、じゃんじゃんバリバリ修行してくっスよ!!」
「──ん、向上心があるのはいい事だと思うけど……根を詰めすぎるのもよくない。何だか様子もおかしいし、今日はもう鍛錬はお休みでいいと思うよ?」
「……え゛」
“鍛錬は休みでよい”。聞き間違いではない。確かにルピナスはそう言った。
彼女の口から飛び出したありえざる言葉に、カナタの思考が完全に停止する。
バカな、ありえない。
カナタの身を案じて休みを提案する? そんな思いやり、あの胸の内も外も貧しい鬼畜ロリータにある訳がないだろう。
(どうなってんだ一体? 俺は幻覚でも見てるのか? ストレスの溜めすぎでとうとうおかしくなっちまったか?)
あまりにも現実離れした出来事に直面し、とうとう自らの正気まで疑い始めたカナタ。
いけない。チェックに失敗してSAN値がガリガリ削られている。このままでは「不定の狂気」一直線だ。
(待て! 落ち着け、
今にも狂気に突入しそうな精神を叱咤し、必死になって記憶を手繰るカナタ。
このありえない現象の手がかりはきっと過去の記憶にある筈。
(──あッ!!)
瞬間、カナタは“はた”と思い出す。
意識が目覚める直前の……“あの声の主”とのやり取りを。
声の主は言っていた。これは辿りえるかもしれない可能性の景色。目覚めれば消えてしまう泡沫の夢であると。
(……つまりこれはあの“あんきしょう”が見せてる「夢」って訳か)
そう考えればいま置かれたこの状況にも納得がいく。
道理でルピナスの態度がおかしい筈だ。
何せあの声の言うことが正しいのならば、目の前の彼女はいずれ至りうるかもしれないifの存在。つまりはカナタが知るよりも未来の時間軸におけるルピナスなのだから。
これから辿るかもしれない未来の時間軸を夢として垣間見せるなど一体どういう力なのかとも思うが……しかし、あの声の主はカナタを
(しっかし、あの鬼軍曹がこんなに優しくなるとは……。まあ、「if」の世界線とはいえ仲良くなれる可能性があるってんなら僥倖ってとこかねぇ)
実際、あの鬼軍曹ぶりしか知らないカナタからしたら違和感が凄いが……しかし、師と教え子という間柄である以上、関係性は険悪なものよりも良好なものの方がよいのは当然である。
そして目の前のルピナスの態度は、少なくとも未来において二人の関係性が改善したことを示す紛れもない証拠。つまりは自分とルピナスはいつか仲良くなれる可能性がある……それが知れただけでも収穫であった。
「ねえ、カナタ。さっきから一人で百面相してるけど……本当に大丈夫?」
「ああ大丈夫っスよ、師匠。ちょっと色々納得しただけなんで。心配かけて申し訳ねっス」
「そ、そう……?」
と、そこで思考の海に沈んでいたカナタの意識が現実へと引き上げられる。
どうやら考え事に集中するあまり表情がくるくると変わっていたらしい。
困惑した様子のルピナスに改めて問題ないことを告げる。事実、こうして現状を把握した以上、先ほどのように混乱することはもうあるまい。
(──ま、小難しいことは置いといて。夢とはいえ、せっかく休みを貰えたんだ。久しぶりの休日を満喫するとしますかね)
これが夢だというならば気負う必要はない。所詮、目覚めれば消える泡沫のひと時。ならば精々楽しむとしよう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて今日は休みにさせてもらうっス」
「うん、いいと思う」
「ウッス、ありがとうございまっス。……さーて、何すっかなあ」
転移してよりこっち(夢の中とはいえ)久方ぶりの休みである。
この空いた時間で何をしようか、と思案するカナタ。
とはいえ、ここ『奔狼の氷原』は大自然の真っ只中。
となれば自然と娯楽の種類も限られてくるという訳で。
「んー、
故に、カナタが手持ちとの
何せカナタはマニアを自称するほどのポケモン大好き人間。ポケモンと直に接することは彼にとっての最高の娯楽である。
そうと決まれば早速、とばかりに食卓から立ち上がったカナタ。
が、ルンルン気分であった彼へ唐突にルピナスから“ひやみず”が浴びせられる。
「ん、
「──え、マジっスか? 相棒が? 一匹で? ……危なくない?」
「ん、
「お、おっす。そ、そうっスね」
ルピナスから告げられた思わぬ事実にカナタは衝撃を受ける。
まさか相棒がシナトマカミの後を継ぎ、キング場の新たな「王」となっていたとは。確かにキャプテンの相棒がキングの後継候補であることは承知していたが……自らの相棒が“そう”なるなんて思いもよらなんだ。
いや。この夢はカナタが知る“現在”よりも未来の時間軸。これから先の未来にどんな出来事が待ち受けているのか分からない以上、いかなる可能性もありえるのだ。
これはその一例という訳であろう。
自身の相棒が辿りうる一つの結末を知り、何とも不思議な気分となるカナタ。
とはいえ、それはそれ。
いまここに相棒が不在である以上、考えていた
「うーん、しっかし相棒がいねえとなると……後はなーにすっかねぇ?」
「ねえ、カナタ。他に予定がないなら──」
手に入れた余暇を果たしてどう過ごそうか。
頭を捻るカナタにルピナスよりふと、提案が投げられる。
「──わたしとデート、しよ?」
「え」
刹那──もう何度目かも分からぬが──カナタはピシリと固まったのであった。
デート。デエト。逢い引き。
男女二人がなんかこう、あんなことやこんなことをする、アレ。
誰が?
誰と?
………………Why?
ルピナスの口より飛び出した、衝撃を越えた衝撃発言。
あまりにも衝撃的すぎたためか、その後の記憶が若干消えてしまっている。
おそらくはその際に「アッハイ」とか何とか言ったのであろう。
気がつけばカナタはルピナスに手を引かれキャプテン小屋前の広場へと連れ出されていたのであった。
(え、俺マジで今から師匠とデートすんの? あの師匠と? うそでしょう?)
例え夢であったとしても、起こりうる可能性の世界の話であったとしても、それでもなお信じがたい。
だってデートて。あの師匠が自分とデートて。
(おいおいおいマジで師匠に何したんだよ、未来の俺は。「アレ」が「こう」なるとかどれだけ好感度稼いだの?)
いくら未来が不確定とはいえ本当に自分がやったのだろうか。ぶっちゃけあのツンデレを通り越してツンドラレベルの
と、想像を超えた事態を前に現実──夢の中ではあるが──逃避していたカナタであったが、しかしいつまでも逃避している訳にもいかない。
どのみちここまで来てしまった以上、もはやデートを断るという選択肢はない。ならばもういっそ開き直ってデートを楽しんでやろうではないか。
人生には激流に身を任せることが必要となる時もある。多分、今がその時だ。
かくして当惑する思考に折り合いをつけ、どうにかデートに臨む覚悟を決めたカナタ。
見ればルピナスは既にアーマーガアを外に出し、カナタのことを待っている様子。
あまりデート相手を待たせてはいけない。カナタは
「ん、カナタ。どこにいくの? あなたが乗るのはそっちじゃなくて、ここだよ?」
だが、その時。唐突に、不思議そうな表情を浮かべたルピナスから呼び止められる。
そう言う彼女の指さす先は自身の後ろ、アーマーガアの背中であった。
「──え? あの……師匠、いいんすか?」
「いいも何も、アーマーガアにはここ以外乗るところはないよ?」
「いや、あの。前に二人乗りは狭いから無理だって……」
「詰めて乗れば大丈夫。それにポケモンライドの出来ない素人ならまだしも、あなたは立派なキャプテン。乗ったところで振り落とされたりしないでしょう?」
なるほど。どうやらあの吊り下げ飛行はライドに慣れない素人が万一にも振り落とされないよう安全に運ぶための方策という訳だったらしい。
危険極まりないと思っていたあの飛行方法にもそれなりの理由があったという訳か。と、内心そう納得しつつ、ならばといそいそアーマーガアの背中に乗り込んだカナタ。
果たしてそれを見とめたルピナスは次いで、自らの相棒へと飛翔の指示を出す。
「アーマーガア、お願い」
「ガアーア!」
「うっおっ……!」
瞬間、“轟”という音とともに強烈な風がカナタの体を襲った。
黒鉄の翼を羽ばたかせ、グングンと空高く上昇していくアーマーガア。
その強烈な風圧に思わず目をつぶり、“こりゃ確かに素人は危険だわ”と改めて実感しながら振り落とされないよう必死にしがみつく。
そのまましがみ続けることしばし、やがて風が弱まり受ける圧力も小さくなる。
「──ねえ、カナタ。見て」
果たして聞こえてきた彼女の声に応え、恐る恐ると眼を開いたカナタ。
「──すげえ」
次の瞬間、目の飛び込んできたのは──絶景であった。
極北の地の太陽が照らす、黄昏の空。
陽光に薄れつつも、それでもなお輝きながら天を覆う“オルタナの帳”。
そして雪に覆われ白銀に染まった、台形の山々の聳える平原。
遥か天の高みより眺望した『奔狼の氷原』の景色であった。
それは人の手に依らぬ、自然が自ずから造り出した芸術。
カナタに乏しい語彙ではただ“すごい”としか表現ができぬ、圧倒的なまでの美しさがそこにはあった。
「この景色はね、ユールの中でわたしが一番好きな景色なの」
眼下に広がる氷原を眺めながら、ルピナスは言葉を紡ぐ。
「
それは『奔狼の氷原』を守護する一族に生まれた彼女の、どこまでもキャプテン足ろうと願っていたルピナスの──原点。
「この景色を守って、次に受け継いでいく。それが自分たちの為すべきこと。
文明の存在が許されぬ、人が生きるにはあまりにも厳しいユールの大地。
それでもそこにはこんなに美しいものがあって、厳しい自然にも負けずに息づく命があって……だからこそ彼女はそれを守りたいと願った。
「だからカナタにもこれを見て欲しかった。この厳しくて、でもとても綺麗な景色を……好きになってもらいたかった」
“──ねえ、カナタ”。
そして彼女はどこまでも真っ直ぐに──その声音にほんの僅かな不安を滲ませながら──カナタに問うた。
「カナタはこの景色を見てどう思った? あなたが守って伝えていくこの大地を……好きになってくれた?」
「──勿論っスよ」
対するカナタの答えは──“是”。
それは決してルピナスを傷つけないための嘘ではない。カナタにとっては偽らざる本音である。
何せこの世界は彼にとっての「夢」そのもの。いかに厳しく、残酷な側面を有していようとも、愛するポケモンたちが息づくこの地を──カナタが嫌いになんぞなる筈がなかった。
「そっか」
果たして、その答えを聞き及んだルピナスは安堵するように息を吐き──。
「よかったあ」
「…………綺麗だなあ」
唐突にカナタの口を
それは一体どこを見て出た言葉であったか。
「……? カナタ、何だか顔が赤いよ? 大丈夫?」
「えっ……あー、うん。ちょっと寒くなってきたからかもしんないっスね」
「ん、それもそうだね。じゃあ、そろそろ戻ろうか」
ただ、彼女から咄嗟に視線を逸らしたその顔は──どうしようもなく赤くなっていた。
その夜。
暗い寝室でカナタは一人身悶えていた。
(うおおおおおおあああああああ!! 何だこれ何だこれ何だこれ何だこれェ!?)
それもまた致し方なし。
先の空中デートからこっち、脳裏からルピナスの浮かべたあの微笑みが離れないのだ。
しかも思い起こす度に頬が紅潮し、動悸が激しくなるというおまけ付き。
いかに鈍感なカナタとて19年も生きていれば流石に分かる。これは間違いなく……アレだ。
(待て待て待て待て待て待て!! 落ち着け、落ち着くんだ俺!! 相手はあの師匠だぞ!? こんなもん一時の気の迷いに決まってらぁ!!)
そう。そうであるが故に、カナタにとっては認めがたいのだ。
何せ相手はあの
(思い出せ、あの起伏も何もあったもんじゃねえ大平原を!! ほっそくてちっせえあのロリータボディーを!! あんなもんに欲情したりなんぞしたらいよいよもって犯罪者じゃねーか!!)
“俺はロリコンじゃねーーッ!!”。
ベッドの上をのたうち回り、枕に顔を埋めながら叫ぶカナタ。
しかし、その叫びとは裏腹に脳裏には相変わらずあの“日溜りの笑み”がこびりつき、カナタの鼓動を早めさせるのであった。
──その時である。
「──ん、カナタ。ちょっといい?」
「わひょいっ!?」
部屋響いたノックの音。
掛けられた声は、絶賛カナタの中で存在感が大きくなっている
「師匠!! な、なにか用っすか!?」
「ん、少し話したいことがあって……中に入ってもいい?」
「な、ななな中にっスか!? ちょ、ちょちょちょおおおおっと待って欲しいっス!!」
“中に入ってもよいか”。そう尋ねるルピナスの言葉に、カナタは動揺しつつしばし待つように懇願。
「スゥ……──フンッ!!」
そのまま自らの頬を思い切り殴り飛ばし、強制的に思考を鎮める。
流石にあのままの状態でルピナスを迎え入れるのはマズイ。具体的には万が一のことが起こりかねない。
(よし、頭は冷えたな。正直無茶苦茶痛えが、ここで間違いなんぞ絶対にあっちゃならねえ)
脳内で何度も“相手は鬼軍曹”、“相手は鬼畜ロリータ”、“俺はロリコンじゃない”と念仏のように唱え続ける。
お蔭で脳裏の“あの微笑”も消え、激しい鼓動も収まってきた。
かくて何とか冷静さを取り戻したカナタ。これならば何とか大丈夫であろうと、ルピナスを部屋へと迎え入れる。
「ん、お邪魔します……カナタ? 何だか頬が腫れてように見えるけど……大丈夫?」
「気にしないで欲しいっス。ちょっと転んだだけなんで」
「そうなの?」
「ウッス」
部屋に入ったルピナスは何故だか頬を腫らしているカナタを見て首を傾げるが、気にするなというカナタの言葉に納得したかそれ以上の言及はしなかった。
「──んで、師匠。話したいことってのは何スか?」
「ん、そうだね。えっと……その前に隣、座っていいかな」
「あ、はい。どうぞっス」
話とは何か。そう問うたカナタに、ルピナスは少しだけ歯切れ悪く返すと、次いでカナタの隣にちょこんと腰かける。
──暗がりで見え辛いものの、その顔はどことなく赤らんでいるように見えた。
「その、ね。あの子も独り立ちしたし……いい機会だからあなたに話しておきたくて」
「ウ、ウッス」
「……あなたがキャプテンに選ばれてすぐの頃。わたし、酷い態度だったでしょう? そのこと、ずっと謝りたくて……」
“ごめんなさい”。
そう言って、ルピナスはペコリと頭を下げる。
「あー……いや、今さらそんな謝んなくてもいいっスよ。ぶっちゃけあん時は俺も大分キツかったスけど……でも師匠の境遇を考えたら、それもまぁいた仕方ないっつうか」
「……優しいね、カナタは。ありがとう、そう言ってくれて。──あの頃のわたしはキャプテンであることが自分の
ポツリ、ポツリと。呟くようにルピナスは言葉を紡いでいく。
「選ばれたくて。でも選ばれないのは分かっていて。それでもやっぱりキャプテンとして在りたくて。だからあなたに嫉妬して……さっさと逃げ出せばいいって思いながら、必要以上に厳しく接してた」
「キャプテンであること。キャプテンとして役目を果たすこと。そうでないわたしに何の価値もない。キャプテンでないわたしは、もう何者でもなくなっちゃうって……そう、思ってた」
“でもね”。
ルピナスは続ける。
「あなたと一緒に旅をして。あなたと一緒に戦って。あなたが言葉をかけてくれて……わたしは“わたし”でいいんだって、そう思えるようになったの」
「
「今、わたしは“わたし”でいられる」
「だから、ね。わたし自身を見つけてくれて、わたしが“わたし”として生きることを許してくれて」
「ありがとう、カナタ──
──だいすき」
────シミュレーション、終了。
────さて、いかがだったかな。ワタシの夢は? 楽しんでくれたのなら何よりだけれど。
────うん、続きはどうなったのかって? それは
────だから、この記憶も持ち越せない。“オルタナ”の見せる未来は、量子の揺らぎが織りなす須臾の虚像。夏の夜の夢の如く、目覚めれば消えてしまう儚いものなのだよ。
────ああ、でもそうだね。キミが使命を果たした暁には、もしかしたらもう一度この景色を見られるかもしれない。
────未来とは不確定なものだ。ワタシはあらゆる未来を識っているけれど、どの未来を選ぶかはキミの選択次第だよ。
────おっと、それじゃあそろそろお目覚めの時間だね。
────ワタシの課した使命を果たすため、精々頑張ってくれたまえ。我が“救世”の使徒。
────「黄昏」を越えた先で……会えるのを楽しみにしているよ。