最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第13話:それぞれの岐路Ⅱ

 さて、そんな一幕を経たしばし後。

 カナタたち一行は現在アースシティ行きの船の上にいた。

 

 船旅の期間は一泊二日。船室は個室の優雅な旅。

 個室となれば運賃もそれなりに値が張る筈であるが、しかしミスト博士の()()を考えればそれもやむなしだろう。

 まあ、そもそも船代はミスト博士持ちである。カナタたちが気にする必要もあるまい。

 

「ハア……ようやく落ち着けた……」

「船着き場でもガッタガタ震えてましたもんね。飛んできた鳥ポケモンにビビって海に落っこちそうになってましたし」

「ああ、危なかったよ。君が支えてくれなければ私は海のモンスターどもに体を切り刻まれて、奴らの餌になっていただろうからね」

「例えが一々物騒なんだよなあ……」

 

 気持ちは分かるがどうしてそこまでスプラッタにしたがるのだろう。

 そんなホラー映画の怪物(モンスター)でもあるまいし。

 

 確かに先の“ぬしツンベアー”や『奔狼の氷原』に跋扈する凶暴な野生ポケモンを目の当たりにして、ポケモンが決して可愛らしいだけのぬいぐるみのような存在でないことはカナタとて理解している。

 しかしどれだけ凶暴な側面を見たところで、やはりカナタにとってポケモンとは人間と心を通わせ、共に生きることが出来るパートナーなのだ。

 それは──創作物という形であるが──ポケモンという存在に長らく触れ続け、カナタの奥底に刻まれた強固な価値観。もはやカナタという存在の根幹に位置するものと言ってもよい。

 故にポケモンという存在を理解不能の怪物(モンスター)とみなし恐怖するミスト博士の物言いにはどうにも違和感を覚えてしまうのである。

 

 とはいえ、それはあくまでもカナタ自身の価値観に依るもの。

 携帯獣恐怖症(ポケモノフォビア)なる病を患うミスト博士にはまた別の価値観がある。

 何よりカナタの価値観とて()()()()からみれば些か変わった価値観であることに相違ないのだ。自らを棚に上げて彼女のそれを異常と判断するのは間違っていよう。

 結局のところ価値観は人それぞれ。例えどんなにおかしいと感じようとも、それに折り合いをつけていく他ないのだから。

 

 と、柄にもなく小難しいことを考えていたカナタであったが、その時ふと気が付く。

 そういえば先ほどより師匠(ルピナス)が妙に静かである、と。

 いや、確かに師匠(ルピナス)は元々口数が多い方ではないが、それにしたって静かすぎる。

 一体どうしたのであろうか。

 

「師匠、何かさっきから妙に静かっスけどどうし──ウワァ!? 凄い冷や汗!?」

 

 気になったカナタが彼女を方を向けば、そこにあったのは顔面蒼白で大量に冷や汗を流す明らかに様子のおかしいルピナスの姿であった。

 

「ちょ、師匠!? 明らかに顔色ヤベーっスけど大丈夫っスか!?」

「……う、ぷ……きもちわるい……吐きそう……」

「──アンタまさかもう酔ったんか!?」

 

 吐き気。

 冷や汗。

 顔色不良。

 どう見ても船酔いです。本当にありがとうございました。

 

 こみ上げる吐き気に抗うように口元を抑え、プルプルと小刻みに震えるルピナス。

 聞けばどうやら彼女は今回、人生で初めて船に乗ったのだとか。そのため自分がここまで酔うものとは思っていなかったのだという。

 だがそれにしたって酔うのが早い。まだ出港してから10分も経っていない。波だってほぼ揺れを感じないほどに穏やかだ。あまりにも弱すぎる。

 というか、普段からこれと比べ物にならないほど揺れるアーマーガアに平気で乗っているだろう。にもかかわらずどうして船だとこんなに酔うのか。

 

「……アーマーガアは……たぶん……わたしに合わせてくれるから……乗り物は……そういうこと……してくれない……うぷ」

 

 そういうことらしい。

 

「おや、ルピナスくん。もしかして酔ってしまったのかい? ならこの薬を上げよう」

「……うぅ……ありがとミスト……んぐ……」

 

 と、そこでルピナスの体調不良を見て取ったか、ミスト博士が恐らくは酔い止めであろう薬品を渡し飲ませる。

 

「おお、流石博士。酔い止め持ってるなんて準備いいっスね」

「? いいや、これは酔い止めじゃないよ」

「え」

「これは昨今のコンプライアンス的なアレコレに配慮した薬さ。具体的には──飲むと吐しゃ物が1600万色に発光するようになる

「おまえは何を言ってるんだ」

 

 ドヤ顔で薬効を語るミスト博士に、カナタのツッコミが飛ぶ。

 

 何だその何一つとして意味のない薬効は。

 ゲーミングパソコンじゃないのだ。ゲロを無駄に光らせて何の役にたつというのだ。

 何でそんなものを作ってしまったのだ。まるで意味が分からない。そんなことより絶対にもっと優先すべきものがあっただろう。

 こんな訳の分からない薬を躊躇なく知り合いに飲ませるあたり、やはりこの女は頭のおかしい学者(マッドサイエンティスト)に違いない。

 

「……お、おえ……も、もうげんか──ウォロロロロロロロロ」

「うわっ!? ホントにメッチャ光ってる!? キッショ!!」

 

 と、その時。とうとう限界を迎えたルピナスの口が決壊、光り輝く吐しゃ物が溢れ出る。

 1600万色フルカラー発光のゲロ。それがゲーミングPCさながらにキラキラと輝きながら人体から吐き出される様はあまりにも気色悪かった。

 しかも無駄に輝いているだけでゲロはゲロ。普通に臭いし汚い。本当に最悪である。

 

「って、んなこといってる場合じゃねー!! 袋!! エチケット袋!! 博士もほらボーッとしてないで探すの手伝って!?」

「……フフフ、実はルピナスくんを見ていたら私も気分がオロロロロロロ」

「貰いゲロしてんじゃねーか!! ああ、もうめちゃくちゃだよ!!」

 

 部屋中に立ち込める据えた臭い。

 床にぶちまけられた輝くゲロ。

 まさしく阿鼻叫喚の地獄絵図を前に、カナタは頭を抱えて叫ぶ他ないのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ひでえ目にあった」

 

 ゲーミングゲロ騒動より数時間。

 諸々の後始末を終え、ようやっと落ち着けたカナタはゲッソリとした顔で呟く。

 

「はっはっは、大変だったねぇカナタくん」

「何笑ってんだ半分くらいアンタの所為だよ」

 

 そんなカナタに対し呑気な言葉をかけるミスト博士。

 まるで他人事のようなその物言いにカナタの額に青筋が浮かぶ。

 

 一体誰の所為でこんな目にあったと思っているのだ。他人のゲロをゲーミング化させた挙句、貰いゲロまでくれやがった人間の言うこととは思えない。

 実際、あのゲーミング発光のおかげで掃除に来てくれた船員から怪しい薬でもキメてんのかと疑われて大変だったのだ。

 幸いキャプテンの証(オルタナストーン)を見せることで何とか誤解はとけたものの、そうでなければ危うくアースシティに着いた途端にしょっぴかれるところであった。

 

「つーわけで、頼むから怪しげな薬を他人にホイホイ飲ませようとするのはやめて下さいね。いやホントマジで」

「ふむ、君がそういうのならばそうだね。以後は気を付けよう」

「……その言葉本当っスね? 嘘じゃないっスよね?」

「ダイジョウブダイジョウブ、ミストハカセウソツカナイ」

 

 ……正直信用できるかと言われれば凄まじく怪しいが、今はこれでよしとする他あるまい。

 内心釈然としないものを覚えつつ、カナタは矛を収めるのであった。

 

 

 

 さて、一通り話し終えたところで──矢庭にミスト博士が口を開く。

 

「──それにしても、こうして二人きりで話すのも久しぶりだね」

「確かにそうっスね」

 

 言われてみれば確かに、こうしてカナタがミスト博士と二人きりとなるのは久方ぶりのこと。ルピナスに研究所へと連れていかれて以来であろうか。

 あの時は実験に付き合わされた疲労に加え、結局すぐに『奔狼の氷原』へと逆戻りしてしまったため、こうして話す余裕もなかった。

 

 ちなみにルピナスは現在、グロッキー状態で自室のベッドにてダウンしている。しばらくは起きてこないだろう。

 

「……ふむ、ならば丁度いい。実はねカナタくん、君に提案したいことがあるんだ」

「提案したいこと……って、何スか?」

「うん、それはね──」

 

 そうして一拍の間を置いて、ミスト博士は言った。

 

「──()()()()()()()()()()()?」

「……へ?」

 

 “自分の助手にならないか”。

 博士の口から放たれた、予想外の言葉。その意図が掴めず、カナタは思わず間抜けな声を上げた。

 

「じょ、助手っすか……?」

「ああ──まあ助手というのは言葉の綾で、要は君のことをもっと研究したいんだ」

 

 ミスト博士は続ける。

 

多元宇宙(マルチバース)からの漂流者(ドリフター)。この世界とは異なる次元の存在を証明する“生き証人”。君という存在によって私の研究は長足の進歩を遂げた。さらに研究を続けていけば、いずれは特定の世界を観測し、跳躍することさえ可能となるかもしれない。ああ、つまりは──」

 

 そして彼女はカナタに、決定的な一言を告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「──!! ホントっスか!?」

 

 それを聞いた瞬間、カナタは思わず叫んでいた。

 帰れる。元居た世界へ──あの安全で快適な素晴らしき故郷へ帰れる。

 代わり映えのしない退屈な場所であったが、それでもあそこはカナタにとっての故郷。帰れるものなら一度帰りたい……そう思うのもまた無理からぬことであった。

 

「ああ、そうだとも。──だからカナタくん、()()()()()()()()。この怪物(モンスター)どもが()()()()()()()()()()()()を飛び出し、()()()()()()()()()を目指そうじゃあないか」

 

 果たして自らの言葉に目の色を変えたカナタを見て、満面の笑みを浮かべながら片手を差し出すミスト博士。

 だが、そんな彼女に対するカナタの返答は──。

 

「……すんません。気持ちはありがたいんスけど……一緒には行けないっス」

「──ほう」

 

 ──“否”、であった。

 

「何故かな? さっきの態度を見る限り、元居た世界へ帰りたがっていたように思えたのだけれど?」

「正直に言えば、帰りたいっていう気持ちもない訳じゃないっス。こっちに来たばっかの時にそう言われてたら多分一緒に行ってたと思うっス。……でも、今の俺は」

 

 そっと、腰元にぶら下がったボールを触れる。

 カナタにとって初めての相棒が収まったボール。

 感じるのは固い木の感触、だがそこに確かに相棒(イワンコ)の気配が感じ取れた。

 

「この地方のキャプテンで、こいつ(イワンコ)の相棒っスから」

 

 “一緒には行けない”、とカナタは彼女にそう告げる。

 

「……理解できないね。キャプテンなど、いかに“人と自然を繋ぐ調停者”と嘯いたところで所詮は(てい)のいい人身御供。(キング)の機嫌一つで命すら落としかねない狂った役目だ。いくら選ばれたからといって、この地方(ユール)に縁もゆかりもない君がそれを担う義理も理由もないだろうに」

「それでもっスよ。何者にもなれなかった俺を、アイツはそれでも選んでくれたんス」

 

 あの世界に居た時、カナタは何者でもなかった。

 嫌なこと、面倒なこと、すべきことから目を背け、逃げて逃げて逃げ続けた……何者にもなれず、何事もなせず、ただただ不平不満を漏らすだけの詰まらない人間。

 そんなカナタのことを、相棒(イワンコ)はそれでも選んでくれたのだ。

 

 何者でもなかった自分を相棒(パートナー)としてくれた。

 “他でもない。お前(カナタ)でなくてはダメなのだ”、とそう言ってくれた。

 その信に応えるためならば──ああ、キャプテンでも何でもなってやるさ。

 

「だからせっかく誘って貰ったんスけど……」

「──そうかい。ああ、ならば仕方ないね」

 

 と、気まずそうな顔で言うカナタに、ミスト博士は仕方ないとばかりに肩をすくめ、差し出した手を引っ込める。

 

「……何か申し訳ねえっス」

「いいや、気にすることはないよ。大切なのは自らの意思だ、無理強いはしないさ」

 

 “まあ、でも……”と彼女は続けて言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私はいつだって歓迎するよ?」

「ははは、そうっスね。その時は是非ともお願いするっス」

 

 “気が変わったのならいつでも歓迎する”、残念そうな様子で告げた博士に笑顔で“その時は是非”と返すカナタ。

 

 尤も、その時が来ることは多分ないだろうが。

 

 そう内心で思いつつもしかし決して表には出さず、カナタは談笑を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「──フラれてしまったなあ」

 

 自分以外、誰もいなくなった船室でそう独り言ちる。

 

「私としては、かなり本気で誘ったのだがねえ」

 

 ああ、残念だ。実に残念だよカナタくん。

 君は実に素晴らしい存在だ。君が現れてくれたおかげで、私の研究(ユメ)は限りなく完成へと近づいたんだ。

 

 だからこそ君には是非とも私の下へ来て欲しかった。

 君の齎したもの、その功績に報いたかった。

 そして何より──君を救ってあげたかった。

 

「ああ、そうだ。カナタくん、()()()()()()()()()()。君は──救われるべき存在なのだよ」

 

 誤った世界。

 間違った歴史。

 何もかもが狂ってしまったこの場所へ(かどわ)かされてしまった君は、正しく被害者以外の何者でもないだろう。

 

「まあ、いい。君もいずれ気が付くさ。君の執心するその存在が、いかにおぞましく……恐ろしい怪物(モンスター)であるのかね」

 

 その事実に気が付いた時、君は今度こそ私の手を取ってくれるだろう。

 

「待っているよ、カナタ君。君がこの世界の危うさに気が付くのを。私と共に、在るべき場所へと帰る──その時を」

 

 そう言い終えると同時に、私はポケットから幾つか錠剤を取り出し口へと放る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……こうして栄養を効率的に摂れるようになったのはむしろ幸運だった。

 その分味は最悪らしいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何より、今の私に食事を楽しむ余裕などないのだから。

 

「──なあ、おい。そこで見ているんだろう? 【■■■■■■】」

 

 虚空の先、“オルタナの帳”の向こう側で今もこちらを見下ろしているであろう【■■■■■■】(こうじげんのかんそくしゃ)に呼びかける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()。それまでは精々、嗤っているがいいさ」

 

 果たして、全ての元凶へ向け放たれた宣戦布告は──他の誰にも聞かれることなく虚空へと溶けたのだった。




──(つが)えられし神殺し(ミストルテイン)、放たれる時を待つ。
──自らの本懐を果たす時。神を撃ち堕とす、その時を。
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