最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
カツン、カツンと、静まり返った会場に杖音を響かせながら現れた老人──アッシュ。
その顔に見覚えがあることに気が付き、カナタは思わず叫んだ。
「──あ!! アンタ、あん時の!?」
「いよぅ、久しぶりだな兄ちゃん。
そんなカナタに“ニィ”と笑みを浮かべ、ひらひらと手を振る老人。
そのいたずらな笑み、忘れる筈がない。“アッシュ”と名乗ったこの老人は紛れもなく、カナタとイワンコを引き合わせた上、ルピナスの危機を救うよう唆したあの老人に他ならなかった。
未来を垣間見せるなどという不可思議な力を持っていたことから只者ではないと思っていたが……よもや同じキャプテン同士だったとは。
予想外の人物の登場に口をあんぐりと開けるカナタ。続けて
「──まあ、色々気になることはあんだろうが後にしてくれよぃ」
“先にこっちを片付けねぇとよぅ”。そう呟くと、アッシュは未だ睨み合う二人のキャプテンへと向き直った。
「ルピナス嬢、エルダ嬢。双方、矛を収めろよぃ。
「……しかし、アッシュ
「──
「まあまあ、落ち着け。言い分は分かるがどっちもちぃっと頭に血昇らせ過ぎだぜぃ? 互いに思うところがあんのは仕方ねえが、
「チッ……サザンドラ、戻りなさい」
「むう……戻って、アーマーガア」
果たしてそんなアッシュの言葉に不満げな表情を浮かべつつも、己が手持ちをボールへと収めた二人。
『氷原』の“狼”と『沼地』の“蛇”はどちらも伝統と誇りを重んじる一族。故、ユールに仇なすつもりかと指摘されれば、どうしたって矛を引かざるを得ない。
あるいはこれを言ったのがどこのウマの骨とも知れぬ凡百の輩であれば聞く耳など持たなかったであろうが……アッシュは
「さあてとだ、お二人さん。他の連中も待たせてるんでねぃ、とっとと位置についとくれぃ。そろそろ
己が弁で以て一触即発の場を収めたアッシュ。
そのまま彼は二人に向けて己が立ち位置へと向かうよう促す。
「しかし、アッシュ
それでもなお食い下がろうとするエルダであったが、しかしアッシュに“自らの顔を潰す”つもりかと問われれば引き下がる他ない。
そのまま憎々し気に舌打ちすると、ルピナスたちを睨みつけながら己が立ち位置へと歩みだすのだった。
一方のルピナスもまたアッシュの言葉に従い、カナタを連れ『奔狼』の立ち位置へと進む。
しかし、その顔は明らかに不満げであった。
「ん、邪魔が入った。二度と減らず口を叩けないようぶちのめしてやりたかったのに」
「もの凄く物騒」
「当然。アイツはよりにもよって
「ひえ……」
完全に据わりきった目でそう呟くルピナスの姿に思わず小さく悲鳴を漏らすカナタ。
(ヤベーよカチコミかける気満々だよこの人)
ここは一体いつから歌○伎町になったのだ。本当に勘弁して欲しい。
と、現代人とはとても思えぬ
見ればキャプテンたちは小さな岩を中心として、半円を描くよう配置されていた。
「うし、全員揃ったな? んじゃ、さっそく始めようかねぃ」
カナタたちが配置に着いたところで、中心の岩に長老たるアッシュが腰かける。
そして彼はその顔に、常と変わらぬいたずらな笑みを浮かべながら……
「──楽しい楽しい、
「さあて、本題に入る前に全体連絡だ。最近、ガイドを伴わず
さて、とうとう始まった
議長たるアッシュからの言葉にキャプテンたちも各々と頷く。
ちなみにユール地方においてユール外の人間が街の外に出る場合、必ず地元のガイドを伴わなければならない。
文明の利器が使えないユール地方は遭難の危険が他の地方と比しても極めて高い。地元であるユールの人間でさえ、年に何人かは行方不明者が出るのだ。慣れない外部の人間など言わずもがな。それを防ぐための措置として、ガイドの帯同が義務付けられているのである。
さらに言えばガイドの存在はユールの摂理を知らぬ人間が、不用意に野生ポケモンの領域に入り込むことで起きるトラブルを防ぐものでもある。
ユール地方では野生ポケモンの捕獲が極端に制限されている。特に外部の人間が許可を得ぬまま野生ポケモンを捕獲した場合、即時ユールからの強制送還の上、入国禁止措置が取られる程だ。
ポケモンの捕獲というこの世界の一般的な行為に対してあまりにも重いペナルティではあるが、それもいたしかたなし。
例えば捕獲した個体が子供であった場合、子を奪われた親が人里に報復に来る可能性がある。
例えば群れの一体を捕獲した場合、その個体を連れ戻すべく群れ全体が人里へと押し寄せるかもしれない。
あるいはそれが“キング”の眷属であったのならば……ユールの人類圏が崩壊する可能性さえあるのだ。
故にこそユール地方において不用意なポケモンの捕獲は厳しく制限されるのである。
ユールにおいて、人間は最弱の存在。
“ユール地方”とはキングの庇護の下、危ういバランスの上で辛うじて成り立っている極めて脆弱な社会なのだ。
だからこそのガイドであり、それを統括するキャプテンが居るのである。
なお余談だがキャプテンを失った『
他のガイドは王の庇護を失った地域の危険性からまともに活動することが出来ず、他の地域に拠点を移すか、比較的危険性の少ないミッドタウン近辺の見回りなどに従事している状態だ。
一応、正統なキャプテンとして選ばれたカナタがいるものの、彼は未だ修行中の身。その実力はとてもでないがキャプテンとしての務めを果たせるものではない。
『奔狼の氷原』がかつての在り方を取り戻すにはまだまだ時間が掛かる見込みである。
閑話休題。
「──これで連絡事項は以上だ。んじゃ、そろそろ
と、諸々の連絡事項を伝え終えたところで、アッシュは唐突にそう切り出す。
「此度、永らく空位であった『奔狼の氷原』に新たなキャプテンが選ばれた」
瞬間、カナタは自ら目掛け一斉に視線が突き刺さるのを感じる。
拒絶、疑念、好奇。含まれる感情に差異はあれど、どれも完全に好意的であるとは言い難い。
言ってしまえば
「伝統に則り、新たなキャプテンを
「──“否”です。論ずるまでもありません」
さて、新たなキャプテンであるカナタを受け入れるか否かと問うたアッシュ。
対し、真っ先に口を開いたのは『
彼女の答えは案の定、“否”。先のやり取りを考えればまあ妥当であろう。
「ほう、その理由は?」
「あの男は何処より来たのかも知れぬ余所者。そのような者がキングに選ばれるなど到底考えられない。おまけにアレをキャプテンであると主張しているのはあの
「──ん、そんなことする訳がない。本当に傀儡にするつもりなら、こんなヘッポコじゃなくてもう少しマシな人間を選ぶ」
「黙れ落伍者。貴様の言葉など信用できるか」
余所者がキングに選ばれるなどあり得ない。
そう主張するエルダに対し、ルピナスは鼻で笑って傀儡に仕立てるならもうちょっとマシな輩を選ぶと答える。
実際、傀儡とするにはカナタという存在はあまりにも怪しすぎる。ユールの外から来た余所者というのみならず、知識もなければ実力もない……誰がどう考えてもキャプテンには相応しからざる人物だ。
こんな存在を偽キャプテンに仕立て上げようとしたところで怪しまれるのは当然。ならばこそ本当に傀儡とするつもりならば偽物はもう少し説得力のある人物にする、という彼女は言葉は的を射たものではあった。
が、それでも“落伍者の言葉は信用ならぬ”と頑なな態度を崩さぬエルダに“ならば”とアッシュは返した。
「──エルダ嬢、ルピナス嬢の言葉が信用できねえのは分かるが、
「……それでもです、アッシュ翁。正統であるか否かが問題なのではない、
「ふむ」
エルダは言う。問題は正統か否ではなく、信用に足るかどうかである、と。
「ユールにおいてキングの意思は“絶対”。アッシュ翁が言うならば、間違いなくあの男は狼王のキャプテンとして選ばれたのでしょう。そこに疑う余地はありません……ですが、同時にキャプテンとは人界を脅かす存在に立ち向かう守護者でもある。果たして、見ず知らずのあの男がその任を担えるのか……私にはそれが信用ならない」
キャプテンの役割はキングと人間の間に立ち、両者を繋いで調停すること。
故に、キャプテンの出処進退はキングの特権であり、そこに人間側が口を差し挟む余地はない。
だが、同時にキャプテンには自然の脅威より人界を守護する役割もある。
そしてキャプテン同士はいざ事が起きれば背中を預け合い、共に脅威に立ち向かうことだってあり得る。そんな中に足手纏いが居られては迷惑なのだ。
──いや、迷惑だけならまだいい。最悪足を引っ張った挙句、無用な犠牲を増やすことにさえなりかねない。
「……業腹ではありますが、あの落伍者は我ら三人を打倒し、その実力を示してみせた。故に私は
「──うむ!! その点においては吾輩も同意であるな!!」
と、そこでエルダの言葉に続くように『鳴神の霊峰』がキャプテン・ラクサが声を上げた。
「ユールに危機あれば、身命を賭して立ち向かうのがキャプテンとしての責務!! なればこそ!! カナタ青年には正統なるキャプテンとして、我らが命を預けるに足るか示して欲しいである!!」
その言葉に同意するかのようにラクサの隣、『噴煙の入江』キャプテン・ソーレイも無言で頷く。
彼らの言うことは、要約すればカナタが“本当にキャプテンとして相応しい実力を持っているのか示して欲しい”というものだった。
なるほど、同じキャプテン同士これから背中を預け合うこともあり得る以上、その実力が信用に値するのか確かめんとするのも当然のこと。
元々『奔狼の氷原』の守護者の一族であり、さらに他のキャプテンを実力で打ち負かしたルピナスとは違い、カナタは完全なる余所者でかつその実力も──他のキャプテンにしてみれば──未知数。彼らが信用に足るのか疑うのも無理はない。
問題なのはカナタの実力が、彼らの懸念通り全くもって足りていないという点である。いくらルピナスに修行をつけられているとはいえ、カナタはこの世界にやってきてほとんど間のない素人。
そんなカナタが長年の修行を続けた、あるいはトレーナーとして抜きんでた才覚を持つであろう他のキャプテンと対等に渡り合えるかといえば……まず不可能であった。
「って、ことだが……兄ちゃん、ルピナス嬢。何か言うことはあるかよぃ?」
「「……」」
事実、それを分かっているが故にアッシュの問いかけに対して二人は押し黙る他なかった。
何せ、彼らの懸念は間違いなく当たっているのだから。いくら弁を尽くそうとも、覆せない事実なのだから。
「……あい、分かった」
果たして、何も言い返さぬ二人を見て、フッと息を吐くアッシュ。
「他のキャプテンら示した懸念は当然のこと。我らキャプテンは人界の守護者故に、力無き者を我ら
……キングに選ばれし正統なるキャプテンでありながら、
ユール開闢以来の
──が、しかし。
「だが、同時にキングに選ばれた正統なるキャプテンを同胞と認めぬこともまた、我らが習わしに反する」
「──え?」
続けて放たれた言葉にルピナスは思わず呆けた声を上げた。
新任のキャプテンは
それはユールに“キャプテン”というものが出来て以来、連綿と続いてきた伝統である。
それを実力が足りない、信用がならないという「人間側」の理由で捻じ曲げるのもおかしな話。
そもキャプテンの進退はキングの特権。元より
──だからといって、キャプテンたちの懸念を無視することもできない。
確かにキャプテンの信任はキングの意思が優先されるが、それでもユールの危機に立ち向かう戦士として、足手纏いとなる者の存在を許容する訳にはいかないのだ。
ならば、どうすべきか。
「──故に、
アッシュには考えがあった。
「キャプテン・カナタの──」
次の瞬間、アッシュはニヤと口角を上げ、居並ぶ面々を見据えながら言い放ったのであった。
「──