最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
──今より3000年は昔。
俺たちの先祖がまだ大陸に住んでいたころ。大きな戦があったそうだ。
血で血を洗う抗争。吹き荒れる戦渦。終わりの見えない戦いの日々に疲れた先祖は、故郷を捨て平和な新天地を求めて絶海へと漕ぎ出した。
先祖たちの旅路は過酷を極めた。
何せ、行く先は前人未到の最果ての海原。記録も無ければ
おまけに行く手を阻むのは荒れる海、嵐、大渦、暗礁の数々……出航時は百を超えた船団は気が付けば片手で数えるほどに減っていた。
脱落する仲間たち、すり減る食料に水。先祖たちは体力も気力も、限界に近づいていた。
だが、先祖たちがもはやこれまでかと諦めかけたその時。
──海原の彼方より、天を舞う乙女たちが現れた。
美しい羽衣を纏い輝きながら空を舞う乙女たち。彼女らに導かれた先祖たちはやがて緑豊かな美しい島にたどり着く。
そこは、未だかつて誰もたどり着いたことのない無垢の大地。人の足跡なき、ポケモンたちのみが暮らす争いなき新天地だった。
目の前に広がる豊かなる
それから100年の間、平和な日々が続いた。
先祖たちが移り住んだ当時、今と違ってユールは森と草原に覆われた穏やかな気候だったらしい。
先祖たちはユールの隅々まで開拓し、島中に住処を広げた。豊穣の大地は尽きぬ恵みを先祖たちに齎し、先祖たちは誰一人として飢えることはなかったという。
争いも、諍いもない。穏やかで満ち足りた日々。先祖たちはこの大地を神々が自らに与えたもうた恩寵とみなし、無数の神殿を建て感謝の念を現した。
先祖にとってユールの大地はまさしく
だが、そんな穏やかな日々は……突然として終焉を迎えた。
100年経ったある日のこと、突如として大地が裂け──地の底から巨大な二体の
──片や
──片や
炎と氷、相反する力を持った二体は互いを不倶戴天の敵とみなして激しく争った。
二体の戦いはまさしく天変地異そのもの。
争いは7日7晩に渡って続いた。
際限なく広がる災厄に多くの人やポケモンが呑まれて消えた。
生き残った僅かな者たちもいずれ訪れるだろう滅びに怯えて震えるだけだった。
──だが、永遠に続くかと思われた怪物たちの争いは8日目に唐突に終わりを迎えた。
二体が互いを滅ぼそうと解き放った一撃。それがユールの中心でぶつかり合い、凄まじい光が二体を包み込んだ。
そして光が収まった時……怪物たちの姿は跡形もなく消えていたんだ。
姿を消した怪物たちの行方は
分かってるのは光が消えた跡に底も見えねえくらいバカでかい穴が空いていたことと……そして、空には輝く
以来、ユールの空は常に
先祖たちはこの極光を怪物たちを封じ込める帳だと考え、“オルタナの
そして怪物たちが姿を消した穴を『
──さて。
災厄が去り、多くの同胞を失いながらも先祖たちは生き延びた。
だが、先祖たちを襲った試練はそれで終わりじゃあなかった。むしろ、そこからが本当の始まりだったのさ。
災厄が収まった後、先祖たちが目にしたのは見る影もなく荒れ果てたユールの姿だった。
怪物たちの戦いによって緑豊かなユールの大地は不毛の荒地と極寒の氷原へと変わり、おまけに何処から現れたのか、見たこともない巨大で凶暴なポケモンどもが闊歩するようになっていた。
尽きぬ恵みを齎した豊穣の大地は失われた。
変わり果てた大地に、もはや暮らしてはゆけぬとユールを去るものさえ現れた。
先祖たちが築き上げた“ユール地方”は滅亡の瀬戸際まで追い込まれたんだ。
……それでも、先祖たちは諦めなかった。
どれだけ変わり果てたとしてもユールは紛れもなく彼らの故郷。自らの根を下ろすべき場所だ。それを捨て去ることなぞ出来ねえ。
そこで立ち上がったのは先祖たちの中で選りすぐりの戦士たちだ。彼らはユールを滅びから救う手立てを探し、自らの相棒と共に旅立った。
そして艱難辛苦の旅路の果て、戦士たちは一際強大な5体のポケモンと出会ったのさ。
“オルタナの帳”にも似た極光のオーラを纏う彼らは、まさしくユールの新たなる
彼らに戦士たちは自らのゼンリョクを以て挑み、力を示したことでその信頼を勝ち取ったんだ。
戦士たちの腕を見込んだ“キング”たちは信頼の証として自らの力を封じた“オルタナストーン”と後継者である眷属を預け、新たな“キング”として鍛えること命じた。
そして、その対価として人間が自らの縄張りに住まうことを許したんだ。
キングより選ばれその眷属を鍛える役目は後に“キャプテン”と呼ばれ、戦士たちの子孫が代々受け継ぐようになった。
──かくて今の“ユール地方”が形作られたって訳だ。
「──これがユールの民の
そう言うとアッシュはふう、と一息吐き、静かに酒杯を傾ける。
「
彼らの為し得た偉業。それが今の“ユール地方”を形作る起源となった。
キャプテンの役目とは極論を言えば彼らの偉業を受け継ぎ、それを護ることにある。
──そのためにはキングとの信頼とその信頼に応えるための強さが必要不可欠なのだ。
「だからよぅ、兄ちゃん。アンタは強くならなきゃならねえ。アンタを信じたキングの信頼に応えるために。何より自らの
「……うっす」
「──そして、ルピナス嬢。アンタにとっちゃ酷かもしれねえが、どうか兄ちゃんを一人前のキャプテンに鍛えてやってくれぃ。それがユールの存続のため──先祖たちの偉業を未来に伝えるためなんだ」
「──言われるまでもない。元よりそれが
「ああ、そう言ってくれて安心したぜぃ」
果たして、そんな若人たちからの返答にアッシュは安堵したかのように笑みを浮かべるのだった。
一方、アッシュの語る
(どう考えてもパケ伝です。本当にありがとうございました)
アッシュの語った“サーガ”。そこに名の連ねる二体の怪物……
カナタの知り得る
それも「炎」と「氷」という相反する属性を有している辺り、バージョン違いのパッケージに描かれる──所謂、パケ伝と呼ばれる存在に違いあるまい。
神話あるいはおとぎ話の存在が、ポケモンとして実在するのがこの世界の在り方。こうして神話に語られている以上、
──そこまではよい。
神話存在が実体を持ったポケモンとして存在する……実にロマンあふれる話だ。カナタもまたゲーム上でこうした存在が語れる度、ワクワクしたものである。
が、いざこうしてポケモン世界に転移し、画面の向こうではない一つの現実として伝説のポケモンを捉えた時──それはまさしく“天災”に他ならない。
翼の一打ちで嵐を巻き起こす、吠えるだけで火山を噴火させる、時空を歪め
伝説に語られる強大な力は確かに心躍るが、現実としてそれに巻き込まれる側となればたまったものではないのだ。
しかも、先の“サーガ”の内容から察するに、この二体は第七世代以降に増えた人間に友好的な伝説ではなく──天然自然の力の化身、災害の象徴としての属性をもつ伝説のポケモンであろう。
(ってか、てか小さい島とはいえ地方まるごと氷と溶岩で覆うって何よ!? しかも、今のユールの環境を考えたら無茶苦茶長いこと影響残ってんじゃねーか!! ゲンシグラカイだってそこまで無法なことはやってねーぞ!!)
大日照りと大雨によって世界を滅ぼすと謡われた二体ですら、年月を経ればその影響は薄まっていったというのに、こちらは年月が経っても延々とその影響が残り続けているのだという。
そんな力を持つ化物が今もこの世界のどこかに潜んでいて、しかもいずれ復活する可能性がある。おまけにもし彼らがこの地に復活した場合、キャプテンであるカナタは真っ先に立ち向かわねばならないのだ。
下手すればグラードン・カイオーガをも上回りかねないモンスターを相手にするなど命がいくらあっても足りやしない。
(クソが!! 俺ァ原作主人公たちみてえなぶっ飛んだ才能なんてねーんだっつの!!)
この世界に来てこっち、
残念ながらカナタには彼ら彼女らのような稀有の才能なぞない。あるのは精々現実世界で培った原作知識くらいのもの。だがそれも未知の地方たるこのユールでは碌に役に立たないことは身に染みている。
一体どうすればいいのかと、カナタが頭を抱えるのも無理からぬと言えよう。
(──いや、待てよ?)
と、その時カナタの脳に閃きが走る。
(俺は原作主人公に遠く及ばない……ってことは、俺は“主人公”じゃないってことだよな? “主人公”は伝説に邂逅するのは“主人公”の運命力があるからで……つまり、主人公でない俺が伝説に遭遇する確率ってのは低いんじゃねーか!?)
そう、ゲームにおいてはシナリオ上で必ず邂逅するために忘れがちだが、そも伝説のポケモンなどという存在は一般人にとって一生に一度会えるかどうかというもの。
ならば“主人公”ならざる自身が伝説に遭遇することはほぼあり得ないといってよいだろう。
それに、そもそもカナタが生きている間に復活すると決まった訳でもないのだ。
伝説のポケモンの寿命は長い。休眠期間が云千年に及ぶことさえある。そんなものがいつ目覚めるか怯えるなど天がいつ落ちてくるか不安に思うようなもの。つまりは杞憂というやつである。心配するだけ時間の無駄というものだ。
(はっはっはァ! そう考えりゃあ一安心だ! ってか、そんな化物どもがそうホイホイ出てきてたまるかってんだ。ああいうのは主人公に任せりゃいーんだ主人公に)
どこに居るのか知らないがここがポケモン世界である以上、きっとこの地方にも主人公に相当する存在はいるのだろう。
ならば世界の危機は彼ないし彼女に任せればよい。主人公ならざるカナタは精々キャプテンの一人として彼らの前に立ちはだかったり、彼らの活躍を手助けすればよいのだ。
(よーし、待ってろ未来の
──と、そう考えて一安心するカナタであったが……当人は気が付いていないものの、その思考は完全に現実逃避のソレであった。
残念ながら、この
そして、この
彼がそれを心の底から思い知ることになるのは……まだ先のことであった。
──それからしばしの後。
若人二人が立ち去った酒場で、一人盃を傾けながらアッシュは内心独り言る。
(──悪ィな、兄ちゃん)
思い起こすのは自らの
やむを得ずとはいえ、半ば誘導するような形で命がけの旅路に引きずり込んだことに、アッシュは若干の罪悪感を覚えていた。
(だが仕方がねえ。オメーさんには、早急に力をつけて貰わなきゃならねえからよぅ)
そう。キャプテンとして必要な力を身に着けるだけならば、何も
ルピナスの下で修行を続ければ、いずれ名実ともにキャプテンに相応しい存在になっただろう。
だが──それではダメなのだ。
それを悠長に待てる程の時間が、もはやユールに残されていないのだ。
(兄ちゃん、オメーさんは俺たちの唯一の希望なんだ。霊王が予言せし勇者。
先に語って聞かせたユールの
それには歴代の“霊王のキャプテン”のみが知る続きがあった。
艱難辛苦の果て、見事に霊王の信を勝ち得た初代キャプテンは……霊王より一つの予言を授けられたのだ。
──“これより千の年を三度繰り返した時、災厄は蘇りユールの地は滅びるであろう”。
告げられたのは遥か未来に待ち受ける──
同時に彼はユールの全てが光に呑まれ跡形もなく消え去る光景を垣間見て、予言が紛れもない真実であることを知った。
“滅亡の瀬戸際にあったユールに、この事実を広める訳にはいかない”。
そう判断した初代“霊王のキャプテン”は故に予言を門外不出とし、己の後継者にのみそれを伝えることを定めた。
そして、来る
以来、“霊王のキャプテン”たちは
霊王と通じ合うことで身に着けた予言の力、未来を垣間見る異能を以て、何としてでも滅びの未来を変えんとした。
──だが、その試みは悉く失敗した。
いかに手を尽くそうとも。どれだけ可能性を探ろうとも……最後に必ずユールは光に消えた。
変えられぬ未来を前に多くの者たちが絶望した。
ある者は絶望のあまり自らの命を絶ち、ある者は耐えきれず狂気に呑まれた。
事実、歴代の“霊王のキャプテン”でまともな死に方をしたのは数える程しかいない。
それでも、アッシュの一族は予言されし
先祖の為し得た偉業を未来に繋ぐため、先祖が積み重ねた屍を無為のものとしないため──歴代のキャプテンたちは皆血反吐を吐きながら探求を続けてきた。
──そして他ならぬアッシュもまたその内の一人であった。
霊王に選ばれ、待ち受ける運命を知り、それに抗う術を求める。
その過程で自らの片目を失って、それすらも必要な犠牲と割り切った。
かくて探求し探索し観測し観想したその果てに──ようやく新たな“予言”を得た。
──“星、終焉に至る時、異世より旅人来る。その者、終焉に抗う勇士なり。汝、滅びを覆さんとするならば、この者を鍛えよ。オルタナの示す意思のまま、最果ての玉座を巡らせよ”。
それを得た時の情感は筆舌に尽くしがたい。
3000の時を経て、ようやっと現れた希望。
先祖たちの努力は決して無駄ではなかった。屍の山を積み重ねた探求が、ようやく報われたのだ。
──ならばこそ決して失敗は許されない。
カナタという存在はユールに齎された唯一にして最後の希望。
例え何を犠牲としても、どれほど過酷な運命を強いようとも──必ず予言は成就させる。
(──全てはユールの未来のために)
果たして、見えざる