最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第2話:おいでませ、最果ての地

「んえあ……?」

 

 パチパチと火の爆ぜる音でカナタは目を覚ます。意識を失う直前まで感じていたあの身を切るような寒さはない。

 ぼんやりした視界の中、真っ先に飛び込んできたのは赤々と火の灯る暖炉。次いで辺りを見渡すと、ここがどこかの小屋ような建物の中であることが見て取れた。

 

(あー……取り敢えずは俺、生きてるっぽい?)

 

 あの時てっきり死んだものと思っていたが、どうやら間一髪のところで命を拾ったらしい。

 体に毛布が掛けられていることから察するにあの後、誰かが倒れていた自分を救助しここ運び込んだのだろうか。

 と、寝起きの回らない頭でつらつらと考えていたその時、カナタの耳に突如バタンという大きな音が響く。振り向けば音の出所は小屋の入り口。据え付けられていたドアが開き、外から誰かが入ってきた。

 

「ん、起きたか」

 

 小屋へ入って来たのは分厚い帽子と防寒コートに身を包んだ小柄な少女であった。

 無骨な防寒帽子からは金色の髪が覗き、こちらを見る眠たげな半目は快晴の空を思わせる碧眼。シミ一つない肌に目鼻立ちの整った顔立ちはどこか精巧な西洋人形を彷彿とさせた。

 

「……あん、たは」

「無理して喋らなくていい。まだ体が冷えてるだろうから」

 

 こちらへ近づく見知らぬ少女に"一体誰か"と問おうとするカナタ。

 一方の少女はカナタを"無理に話すな"と制するとそのまま暖炉の傍へと歩みより、置かれていた鉄鍋の蓋を取る。

 

 鍋の中に入っていたのは湯気のたつ赤みがかったスープのようなもの。

 少女はそれを匙で一掬いすると、深皿に盛り付け、暖炉の傍に座るカナタの方に差し出してきた。

 

「ん、飲むといい」

「これ、は……」

「"マトマ"と"ヨプ"のスープ。冷えた体にはこれが一番効く」

 

 差し出された皿から漂う刺激臭に、カナタは思わず顔をしかめる。

 カナタが知る限り、"マトマのみ"と"ヨプのみ"はどちらもからい味のきのみであった筈。

 辛い味付けが得意でないカナタとしては正直、遠慮したい気持ちであったが……しかしせっかく出されたものを断るのも(はばから)れる。

 

(ええい、ままよ!)

 

 腹を括ったカナタは皿のスープをひと口含んだ。

 

 

 

(かっっっっっっら!!)

 

 

 

 次の瞬間、カナタの舌を襲う猛烈な辛さ。

 しかし辛さの中に確かな旨味も感じられた。

 

(辛い! でも意外といける!)

 

 辛い、確かに辛い……が、食べられる。

 口に中に広がる辛みと旨味の絶妙なハーモニー。予想以上の美味さに手が止まらず、カナタはひと口またひと口とスープを頬張っていく。

 気が付けばよそわれた皿はすっかり空となり、冷えていたカナタの体は芯から温まっていた。

 

「ぷはっ! ごちそうさん!」

「お粗末さま。元気になったようでよかった」

「ああ、おかげさんで大分よくなった。それにあんたが俺をここまで運んでくれたんだろ? いやあ、助かったぜ! ありがとな、あんたがいなけりゃマジで死んでた」

「ん、お礼はいい。遭難者を助けるのも()()()()()の役目、わたしは当然のことをしただけだから」

 

 食べ終えた皿を返しながら、目の前の少女に礼を述べたカナタ。

 対し少女は“遭難者を助けるのもキャプテンである自分の役目”と、何でもないことのように言う。

 その発言から、どうやらカナタを救ったのはこの少女で間違いないようだ。

 

「──元気になったところで、あなたに一つ質問」

 

 と、その時カナタに対し少女から一つ問いが投げられる。

 

「どうして“キング場”で倒れていたの? ここは一般人の立ち入りが禁止されているのだけれど」

「……え゛」

 

 少女からのいきなりの質問にカナタは言葉を詰まらせる。

 話の流れから察するに、少女の言う“キング場”とはカナタが転移させられたあの雪原のことだろう。なるほど確かにあそこへ入る際にカナタは許可など取っていない。そもそも気が付いたらあの雪原にいたのだから取れる筈もない。

 だが、カナタとて気が付いたらあそこに居たのだ。なぜ居たのかと問われたところで、ありのままを答える他なかった。

 

「いやあ……それは、その……気が付いたらあそこに居たっていうか」

「……誤魔化そうとしてるならムダ。人里から正規のルートで“キング場”に入ろうとすれば必ずキャプテンであるわたしの目に留まる筈。でも、あなたが“キング場”で倒れているのを見つけるまでわたしはあなたの姿を見なかった……つまりあなたが不正なルートで神聖な“キング場”に入り込んだのは確実」

 

 が、いかに事実とはいえ要領を得ないその態度を怪しまれたか。

 すっと目を細め、少女はカナタを詰問する。

 

「……その上でもう一度聞く。どうしてあなたは“キング場”で倒れていた? 理由の如何によっては私もキャプテンとして()()()()の対応を取らざるえなくなる」

「うえ!? ええと……それは、その」

 

 "理由の如何によってはそれなりの対応を取る"という少女の言葉に思わず冷や汗を流すカナタ。

 その声音から少女がカナタのことを怪しんでいるのは明白。早急に誤解を晴らさねば、このままではブタ箱一直線である。

 

(ど、どうする……!? ここはそれっぽい理由で誤魔化すべきか……!?)

 

 ただ問題なのはここに至る経緯を洗いざらいしゃべったところで、目の前の少女にそれを信じてもらえるかどうかである。

 何せ今回の一件は、当のカナタでさえ傍で聞けば「何言ってんだオメー頭おかしくなったんか」としか言いようもないほどに突拍子もない出来事である。明らかにこちらを疑いを持っている初対面の人物にこんな突拍子のない話をしたとて、それが事実であると信じられようか。

 ならばいっそのこと、もっともらしい理由をでっち上げて語った方がマシなのでは……とそう思案するカナタ。

 

 だが、しかし。

 

(いやいやいや、無理無理無理! こんな何もかんも分からねえ状態でそれっぽい理由なんて思いつくわきゃねー!)

 

 ”そんなこと出来んなら俺はボッチになぞなっとらんわい!”、と内心で激しくツッコミを入れる。

 昔から思ったことをついつい口に出しては周囲の顰蹙を買い、終ぞボッチであり続けたカナタである。そんな彼がアドリブでそれっぽいウソを吐き続けることなど土台無理な話。途中でボロがでること請け合いであった。

 

(ええい、どうする!? どうするよ、俺!?)

 

 正直に話しても信じられないだろうが、かといって誤魔化すことも難しい。八方塞がりの状況に焦りまくるカナタ。何とか無い知恵を絞って状況を打破する一手を考えるが、残念ながらカナタのお粗末な頭脳では何一ついいアイデアなど思いつかなかった。

 

「……さっきから唸ってるけれど、何か答えられないような理由があるの?」

(ヒエッ……!)

 

 口ごもるカナタに苛立ったか、”答えられないような理由でもあるのか”と言う少女。その言葉にカナタは内心で縮み上がる。

 見れば少女の瞳には明らかに苛立ちの色が混じっていた。これ以上黙秘を続けるのはどう考えても悪手だ。

 

(ええい、ままよ!)

 

 事ここに至りカナタはとうとう腹を決める。

 どのみちウソで誤魔化すことなぞ到底不可能なのだ、だったら全て正直に話してしまう以外に方法はない。

 如何に信じがたい出来事であろうとカナタにとっては自ら体験した紛れもない真実なのだ。ならばあるがまま話すのが誠意というものだろう。

 それでもなお信じられなかったのなら……その時はその時だ。

 

「信じられねえと思うんだけど、実は俺……」

 

 カナタは意を決し、自らが雪原にて行き倒れるまでの経緯を洗いざらい全て白状する。

 一方、カナタの語る荒唐無稽な話にしばし無言で耳を傾けていた少女は胡乱気な顔で言った。

 

「──正直に言って、あなたの言ってることは荒唐無稽に過ぎる。(にわか)には信じがたい」

ですよねー……

 

 全然ダメだった。信じてもらえてなかった。

 全てを包み隠さずあるがまま正直に話したにも関わらず、疑いが晴れなかったことにカナタはガックリと肩を落とす。

 もはや万事休す。このままブタ箱一直線かとカナタの目の前がまっくらになりかけた……その時である。

 

「でも、そうであるとすれば全て辻褄があうのも事実」

「……へ?」

 

 続けて呟かれた少女の言葉にカナタは思わず顔を上げる。

 

「ぶっちゃけ自分でも信じられないような話なんだけども……信じてくれるのか?」

「全て信じた訳じゃない。でも、そうでもなければあなたには不自然な点が多すぎる」

 

 そう言って”まずは”、と少女は指を一つ立てる。

 

「一つ目。あなたのその恰好。何か目的があって“キング場”へ侵入したとしても、どうしてそんな自殺同然の恰好なのか意味不明。よしんば本当の自殺志願者だったとして、わざわざ人里から遠く離れた“キング場”までやってくる理由はない。……それにこうして会話してみた限り、あなたが自殺するほどに思いつめてるとは到底思えないし」

 

 続いて少女は”二つ目”、とさらに指を立てる。

 

「あなたはポケモンを一匹も持っていない。人里から“キング場”までの間は完全な無人地帯で、おまけに攻撃性の高い野生ポケモンたちもうようよしてる。手持ちなしでたどり着くのなんて現実的に不可能。つまりあなたが意図的に“キング場”へ入り込んだ可能性は低い」

 

 ”そして最後に”、と少女は三本目の指を立てた。

 

「あなたはイワンコに──キングの眷属に触れて無事だった。もしも不埒な考えを持って“キング場”に入り込んだのなら、眷属に触れることなんてキングが許す筈もない。下手すれば近づいた瞬間に八つ裂きにされててもおかしくない」

 

 「……でも、あなたはそうならなかった」、少女は続ける。

 

「つまり、キングにとってあなたは眷属と触れ合っても問題のない存在──己の縄張りを脅かす存在でないと認められたということ。なら、キャプテンであるわたしがあなたを疑う理由はない」

 

 “脅すようなこと言ってごめんなさい”、とそう言ってペコリと頭を下げる少女。

 対しカナタは慌てて少女に頭を上げるように言う。いつまでも年下の少女に頭を下げさせるのは流石に気まずい。

 

「あ、いや。大丈夫、大丈夫。何も気にすることはねえから、頭上げてくれ」

ん、ならそうする

「お、おう(何の躊躇もなく頭上げたなコイツ……)」

 

 カナタが言い終わるか言い終わらない内に、少女はアッサリと頭を上げる。

 そこに躊躇などというものは微塵もなかった。ついでに上げた顔にも申し訳なさは欠片としてなかった。

 何という切り替えの早さであろうか。確かに“気にすることはない”とは言ったが……もうちょっとこう、あるだろう。

 少女のあまりの図太さに舌を巻きつつ、カナタはどこか釈然としないものを覚えるのであった。

 

「──そういえばあなたの名前をまだ聞いていなかった」

 

 と、何ともモヤモヤした気分を抱えていたカナタに少女から再び声がかかる。

 なるほど言われてみれば、まだ目の前の少女に名乗っていなかった。

 そのことにハタと気が付いたカナタは居住まいを正し、口を開いた。

 

「俺の名前はカナタ。ポケモン好きの異世界人だ。よろしく頼む」

「ん、よろしくカナタ。わたしはルピナス。ここ『奔狼(ほんろう)氷原(ひょうげん)』のキャプテン……代理を勤めている」

 

 カナタの名乗りに応じ、自らのもまた名を名乗った少女──ルピナス。

 そして彼女は見知らぬ世界よりやってきた異邦人(カナタ)に、お決まりの文句を告げたのであった。

 

「ようこそ、お客人。極光のたもと、炎と氷の(せめ)ぐところ。文明の果つる「最果て(いやはて)の地」──"ユール地方"へ」

 

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