最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
──それから、しばし後。
カナタたちはラクサに先導されながら、一路『鳴神の霊峰』へと歩いていた。
「ガッハッハッハァ!! 驚かせてすまなんだな!! おっとり刀で駆けつけたが故、ついうっかり服を着るのを忘れていたである!!」
「おう笑いごとじゃねんだわ。普通に大惨事なんだわ」
そう言って屈託のない笑顔で“ガハハハ”と笑うラクサにカナタはツッコミを入れる。
実際、ここが街であれば普通にお縄につくレベルである。“うっかり”で済まされてはたまったものではない。
ちなみに現在、彼の腰にはぐるりとカナタの上着が巻かれており[お見せできないもの]をギリギリで隠していた。
とはいえ、本当に隠せているのは本当に“辛うじて”といった具合。全てを覆い隠すには丈が足らず、ラクサが足を踏み出す度チラチラとナニかが覗いてる状態である。
何が悲しくて筋肉ムキムキのおっさんの「ポケットモンスター(隠語)」をチラ見させられなければならないのか。カナタは何だか頭が痛くなってきた。
なお、どうでもいいがラクサの「ポケットモンスター」は例えるならばハガネールであった。
しかも見た限りではまだ
「……というか“うっかり服を着るの忘れる”ってどういうことなんスか。まさか普段から全裸で過ごしてる訳じゃあねっスよねぇ」
「まさか!! 吾輩にそのような変態的な趣味はないである!!」
「……まあ、流石にそうっスよね」
「うむ!! 全裸など精々──湯浴みの後にキング場を走り回る時くらいしかならんである!!」
「やっぱり変態なんじゃねーか」
「ガハハハッ!! 全身に風を浴びながら大自然を駆ける快感は……何者にも代えがたいものであるからな!!」
「紛ごうことなき変態じゃねーか」
自らに変態的な趣味はないと言いながら、全裸で野山を駆けまわるのが快感だというラクサ。
残念ながら屋外を全裸徘徊するなどどう考えても変態以外の何者でもない。
“このおっさんいつか捕まるんじゃないのか”。そう思うカナタであったが、しかしここは人界の法が通じない
なお、このおっさんはどちらかと言えば捕まるよりも捕まえる方の立場の人間である。世も末だ。
「ん、カナタ。ラクサは
「マジっすか。……というか師匠、あのおっさんのこと直視して大丈夫っスか? よかったら目隠ししましょうか?」
「変な気を使わなくてもいい。あれくらい見慣れてる」
「ああ、そうなんスね。……え、見慣れ……え?」
「……ナニを想像したか知らないけど、そんな変な意味じゃない。ただラクサとは昔からの知り合いで、昔からこんな感じだったというだけ」
「あー、なるほど。それなら安心っスわ……いや、よく考えたら全然安心じゃねーわ。年端もいかねえ女子の前で全裸晒すとか普通にヤベー奴だわ」
「否定はしないし、わたしも正直どうかとは思うけれど……でも、
「えぇ……これがマシって嘘でしょう。てか、その分だともっと酷いのが居るんスか?」
「ん、
「なにやってんだ先代」
ボソリとルピナスが漏らした一言にカナタは思わずツッコミを入れる。
おかしい。ルピナスは
というか基本無人の
端的に言って頭がおかしいのではなかろうか。これのどこが立派なキャプテンなのだ。カナタはいぶかしんだ。
「ガッハッハッハア!! 確かに
「ん、お酒の飲みすぎでいっつもトラブル起こしてたし、女の人にセクハラして捕まったことも何回もあるし……あとギャンブルで借金して漁船に乗せられそうになってた」
「控えめに言ってカスじゃねーか」
酒、女、ギャンブル、ダメ人間要素の数え役満である。
知りたくなかった自らの先任のあまりのダメ人間ぶり。カナタは思わず“何でこんなダメ人間がユールの重職たるキャプテンの地位に就けたのか”と呟く。
そんなカナタの呟きにラクサは同意するよう頷いた。
「うむ、確かに
瞬間、彼は“ニィ”と口角を吊り上げ……言う。
「──強かったのである!!」
「存命の折、彼の御仁はアッシュ翁すら凌駕するユール最強のキャプテンであった!! 自慢ではないがこのラクサ、彼の御仁との勝負で一度たりとも勝てたことはない!!」
目をキラキラと輝かせ、立て板に水の如き淀みのなさでかつての
「先代殿と相棒たるルガルガンの戦いぶり!! その攻め手は剣の如く鋭く!! その速さは風の如く目にも留まらぬ!! 一たび駆ければ暴嵐を巻き起こし、戦場を吹雪にて閉ざす様はまさしく
と、そこまで一息で言い切ったところで、ラクサは声をトーンダウンさせる。
「──だからこそ、あの一件が起きてしまったことは本当に残念で……っと、すまぬ。キャプテン・ルピナスの前で言うべきことではなかったであるな」
「……気にしなくていい。わたしが何を思おうと、
バツの悪そうな顔でルピナスに謝罪の言葉を送るラクサ。
対しルピナスは“気にしなくていい”と返しつつも、その表情をどことなく固くしていた。
両者の間に流れる少々気まずい雰囲気に、カナタは恐らく先代に関わる「何か」があったのだと察するが、しかしそれをこの場で聞きだす勇気はなかった。
さにあらん。この話題はどう考えても見えている地雷だ。下手に突っつけば非常に厄介なことになりかねない。少々空気の読めないところのあるカナタでも、それくらいは分かった。
だが、いつまでもこの空気の中にいるのも気まずい。故にカナタは話題を変えにかかる。
「えと、つまり先代がダメ人間でもキャプテンをやれてたのは、他の誰よりも強かったからってことっスか」
「うむ、然りである」
果たしてそんなカナタの思惑を知って知らずか、ラクサは彼の言葉に鷹揚に頷いた。
「キャプテンの選定はキングの特権! その判断に我らが口を挟むことは許されぬ! しかし、同時にキャプテンは“ぬし”の脅威より人界を護る
ユールの強大な自然から脆弱な人界を護るのが「キャプテン」の役目。故にキャプテンは何よりも『強さ』が求められる。
逆に言えばそれ以外の要素は全て些事と言ってもよい。いかに性格が悪かろうとも、私生活がダメダメであろうとも、
だからこそ
そしてそれは、そっくりそのままカナタとルピナスにも当てはまる。
キングに選ばれていないルピナスが代理としてキャプテンに準じた扱いを受けるのも、他のキャプテンを下しその実力を認められたがため。
逆に未知数のカナタは、キングに選ばれし正統なキャプテンであるにもかかわらず、未だ
「故に!! 吾輩はユールのキャプテンとして!!
カナタを真っ直ぐ見つめ、総身より隠し切れぬ闘志を滲ませながら、ラクサは言葉を続ける。
「“戦士の一合は千の言葉に勝る”!! それこそが吾輩のモットーである!! だからこそカナタ青年!! キングが認めし若き
「──ッ!」
雷の如き眼光がカナタを射抜く。
その実力も、経験も、己を遥かに上回る強者の闘気を浴びて、カナタは一瞬目を伏せ──。
「──勿論っス」
──次の瞬間、真っ向から睨み返した。
「ぶっちゃけ、アンタと比べりゃ俺は弱いっス。知識も経験も、実力だってまるで足りてない。それでも
それこそ単純なトレーナーとしての技量はラクサの足元にも及ばないだろう。
だが、ポケモン勝負とはトレーナーの技量の差だけで決まるものではない。
ポケモンそのものの能力、対峙したポケモンの相性、ポケモンのコンディション、そして時の運──いかな実力者と言えども、時に格下によって足元を掬われることもままある。
──ならば、やってやれないことはない。
「その期待に応えるためにも、俺はとっとと
虚勢半分、しかしもう半分は本気で
果たしてラクサはカナタの宣言に一瞬、キョトンとしたような顔を浮かべ……次いで心底愉快気に呵呵大笑したのであった。
「ガーハッハッハァ!! 何とも不遜、しかれども豪胆!! それでこそ
「とは言ったものの、実際どうすっかなあ……」
極光の夜空の下、温かい湯に浸かりながらカナタはそう独り言ちた。
さて、時はカナタたちが『鳴神の霊峰』にたどり着いた、その日の夜。
ラクサの案内で『霊峰』のキャプテン小屋──多少大きいが基本的には『奔狼の氷原』と同じ半地下の
既にとっぷりと日が暮れていたこともあり、試練は翌日として今夜はキャプテン小屋にて一拍することとなったのだが……夕食時、ラクサの放った一言にカナタの心は沸き立つこととなった。
『カナタ青年はご存じでないだろうが、実はこの近くに天然の温泉が湧いているである!! よければ入っていかれるがよい!!』
『温泉!!』
“温泉”。
日本人であるカナタにとり、何とも心躍る言葉である。
カナタの元居た世界において、アイスランドは活発な火山活動により数多の温泉が湧出する温泉大国であった。
そしてそれは、そのアイスランドをモデルとするであろうここユール地方においても変わらない。
特に溶岩原に覆われた西側では、地熱の影響によっていたるところで温泉が湧き出しており、ユール地方の重要な観光資源として重宝されているのだとか。
事実、アースシティ滞在中、街中でチラホラ温浴施設と思しき建物を見かけることもあった。残念ながら急遽決まった“
故に、カナタはラクサの提案を一も二もなく承諾。意気揚々と小屋近くの温泉へと向かったのであった。
──ちなみに、温泉へと向かう際にラクサから共に汗を流さないかと誘われたが、カナタは一人で考え事をしたいからと丁重に断った。何せ昼間に散々ぱらおっさんの裸体を見せつけられている。もう一度見せられるのは勘弁してもらいたい。
と、まあそんな理由で大自然の中、一人風呂と洒落込んだカナタ。
天然の少し熱めの湯に浸かり、リラックスしながらも、頭に思い浮かぶのは明日の試練のこと。
先のラクサとの会話では“首を洗って待っていろ”と強気に出たはいいものの、実際には勝利は相当に厳しいものと言わざるを得ない。
ラクサから聞かされた試練の内容は、キングの眷属たる相棒同士の一対一の真っ向勝負。豪放磊落なラクサらしい、真正面からの力比べである。
キャプテンの本分とはキングより預かった眷属を育て、次代のキングを継ぐに相応しい力を身に着けさせることにある。ならばキャプテンに相応しいかを見極めるにあたり、実際に眷属の力を見ることは当然のことと言えよう。
問題なのは、この勝負内容がカナタとイワンコにとって非常に不利だということである。
だが、此度の戦いの相手はイワンコと同じ、キングの血を引く眷属。その才覚もまた相棒に引けを取るものではなく、凡百とは程遠い存在だ。
しかも、相棒と違って相手は長年に渡り
才は互角、地力と経験には歴然とした差、オマケに試合形式は策を弄することを許さぬ真っ向勝負──総合して、勝利は非常に厳しいと言わざるをえなかった。
「単純な力比べじゃ相棒は絶対に勝てねえ。かと言って小手先の小細工が通用するような相手とも思えねえしなあ……どうすっか」
まさしく絶望的な布陣を前に、カナタは“ハァ……”と嘆息する。
「一応、手はないこたぁねえが……これも一か八かの賭けみたいなもんだしなあ……」
絹よりもか細いものであるが、一応勝利を掴む手立てはある。
が、果たして本当にそれが成功するのかは分からない。むしろ失敗する確率の方が高いだろう。
しかし、それ以外に手立てがないのも事実。故にカナタはそれに賭ける他ない。
「──くよくよ考えたって仕方ねえ。俺に出来るのは相棒を信じることだけだ」
ピシリと頬を叩き、思考を切り替える。元よりカナタに出来ることなど極少ないのだ。ならばできもしないことを悩むのは時間の無駄だろう。
策はなる。
と、そう結論づけたところで、少々頭がボーっとしてきたことに気が付いたカナタ。
どうやら長時間思考していた所為で些かのぼせてしまったらしい。
「ふぅ……考え事してたらちっとのぼせちまったか」
“そろそろ上がるとするかね”、とカナタが立ち上がって湯舟から出た──その時であった。
「ん、カナタ。そろそろ上がっ──あ」
「──んえ」
湯煙の向こう、聞き覚えのある声に反射的に顔を上げたカナタ。瞬間、見知った顔と目が合い思わずビシリと固まった。
視線の先、そこにはこちらを見て目を丸くするルピナスの姿。見れば彼女は色気もへったくれもないシマシマの囚人水着に身を包んでいた。
“クソダサい”と、一瞬場違いなことを思うカナタ。しかし、そんな現実逃避染みた考えはすぐさまに吹き飛ぶこととなる。
カナタの眼前、ルピナスの視線がつっと彼の下腹部辺りへ移り、次の瞬間
そして彼女は口を開き──ボソりと呟いた。
「──変態」
「いや違います誤解です誤解なんですだから待ってくださいお願いだから後ずさりしないでっ!?」
「ん、大丈夫。趣味性癖は人それぞれ。幸いここは
「違うんです! 違うんですって! 誤解なんですって師匠! だから変質者を見るような目でこっち見るのはやめて!? 師匠の外見でそれやられるとマジで心にクるから!?」
不審者を見る目つきでこちらから距離を取ろうとするルピナスに、必死になって弁解するカナタ。
たださえ師匠の態度から若干のよそよそしさを感じているというのに、このままではもっと酷いことになりかねない。というか、カナタを見る目つきが完全に先ほどのラクサを見ている時と同じになっている。これは非常にマズイ。
どうにか誤解を解かんと全身全霊で言葉を紡ぐカナタ。尤も、恰好が恰好のため傍目にはどう見ても事案不可避の絵面なのだが。
ここが余人のいないワイルドエリアで幸いであった。でなければカナタは間違いなくお縄についていただろう。
一方、必死になって誤解であると主張するカナタに、ルピナスは頭を振って言葉を返す。
「──ん、さっきから誤解だって言っているけれど、わたしにはどう見てもあなたがラクサと同じ趣味を持っているとしか思えない」
「いや! だから、それは──「そもそも」!?」
しかし、それを遮って放たれたルピナスの一言に完全にトドメを刺されることとなった。
「
「………………あ゛」
──そう。
カナタはすっかり忘れていたのだが……そもそもユール地方において屋外の温泉では水着の着用が一般的なのである。
日本人の感覚からつい全裸で入浴してしまったが、しかし水着着用が常識の人間からすれば屋外で裸体を晒すなど、変態の謗りを受けても仕方のない行為であった。
まさしく“カルチャーギャップ”──文化の違いが引き起こしたあまりにも悲しいすれ違いである。
「……あの……師匠……すんません……その……えっと、俺の元居たところだと露天でも全裸は普通だったというか……」
「ん、言いたいことは後で聞くから、取り敢えずその粗末なモノをしまってくれる? いい加減見苦しくて仕方がない」
「アッハイ、スンマセン」
果たして最後の言い訳もバッサリと切り捨てられたカナタは、ルピナスの言う通り大人しく服を着る他ないのであった。
このあと無茶苦茶言い訳した。