最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
「──オルタナストーンだとッ!?」
カナタの掌に収まるオルタナストーンを見つめ、驚愕の表情を浮かべるラクサ。
その驚き様はカナタにとって少々困惑を覚えるほどであった。
ジムバッジ然り、ひでんスパイス然り。ポケモンという作品においてストーリーの関門を乗り越えた先で、何かしらのキーアイテムを得られるのは一種のお約束。
故にこのユールでも例に漏れず、
「えっと……何かえらく
「──そうか、キャプテン・カナタは異国の出ゆえ知らなんだか。オルタナストーンは眷属と不可分の間柄。キングよりキャプテンにストーンが授けられる際は必ず眷属を伴うのである」
と、そこでカナタがユールの常識に疎いことを思い出したか。ラクサは“ならば”と頭に疑問符を浮かべるカナタへ、己が驚嘆の理由を説明する。
「オルタナストーンとはオルタナバーストを発動させる媒体。キャプテンとして選ばれた者は、キャプテンの証としてこれをキングより眷属と共に授けられる……これはキャプテン・カナタも存じておろう」
「ウッス」
「うんむ。しかし、キングにとってオルタナストーンとはそれだけではない……また別の“機能”があるのだ」
オルタナストーンにはオルタナバースト発動の媒体、そして“キャプテンの証”という役割の他に、キングにとってもう一つ重要な“機能”があるのだとラクサは言う。
「端的に言えばな。オルタナストーンとは、
「補助輪……っスか?」
「左様。キングは自らの命が尽きる時、後継者たる眷属に己が“オルタナオーラ”を継承させる。そうすることで眷属は歴代のキングの持つ「力」と「経験」を受け継ぎ、次代のキングと
“そのためにオルタナストーンが必要なのだ”、とラクサは続けた。
「オルタナストーンにはキングの“オーラ”が込められている。そして後継者たる眷属はキャプテンとの修行の中でオルタナバーストを繰り返しすことでキングのオーラを己に馴染ませ、「力」を受け入れるための「器」を成長させるのだ。故にキングはキャプテンの証としてオルタナストーンを、相棒として自らの眷属をキャプテンへと授けるのである」
「はえーなるほど……あれ? じゃあ俺が貰ったこれって……」
「然り。故にこそ、眷属なしにストーンのみを授かった此度は異例中の異例なのよ」
そう。ラクサが語った内容に依れば、キングがオルタナストーンを授けるのは相棒たる眷属に力を受け継がせるため。
だが、今回カナタに与えられたのはオルタナストーンのみ。これでは「眷属を育てるため」という話と辻褄が合わない。
念のため“この後、あらためて眷属が与えられる可能性はあるのか”と問うが、ラクサは首を横に振った。
「ゼロでは無かろうが……まず無いとみてよかろう。オオイカヅチは既に吾輩というキャプテンを選定している上、
「──そっスか」
そんなラクサからの回答にカナタは神妙な顔で頷く。
実際、いかに実力を示したとはいえ、カナタのトレーナーとしての実力はラクサには遠く及ばない。
そも、現時点ですら
数多の“特別”を平気で使いこなす
“特別は相棒だけで十二分”。偽らざるカナタの本音であった。
「じゃあ、何でキングは
──と、そんなカナタの内心はさておいて。
眷属を鍛えるためでないとしたら、一体どうしてキングは自分にオルタナストーンを渡したのか。
いくら頭を捻ってもその理由がまるで掴めず、思わずとして呟くカナタ。
「ううむ、此度のこれはユール始まって以来の珍事。吾輩にも見当が付かぬである」
そんなカナタの呟きにラクサは難しい顔で返しながら、“だがしかし”と続けた。
「キングがキャプテン・カナタに二つ目のオルタナストーンを授けたのは何かしらの意図があってのこと。キングの意思とは即ちユールの意思なれば、ユールにとっては其方がそれを持つことが必要なことであったのだろう……と吾輩は思う」
“キングの意思はユールの意思”。
ならばオオイカヅチがカナタにオルタナストーンを授けたことも、ユールにとっては必要なことだったのだろうと、ラクサは言う。
「なれば、授けられた理由も何れ明らかとなろう。故、今はオオイカヅチより認められた証として素直に受け取られるがよい」
「……ウッス」
果たしてラクサの言葉にカナタは首を縦に振る。
持っていたところで邪魔となる代物でもなし、受け取りを拒否する理由もない。
それに何よりもユールにおいて“
(それにしても、“キングの意思はユールの意思”……か)
その時、ふとカナタの心に過った一つの疑問。
(じゃあ、マカミが俺をキャプテンに選んだのも……それが
“キャプテン”はユールにおける重職中の重職中。それにどこの馬の骨とも知れないカナタが選ばれるなど、どう考えてもおかしい。
そも、キャプテンの役割がキングの後継を育てるためだというのなら、なぜわざわざ素人のカナタを選ぶ必要があるのだ。
確かにゲームの経験で多少の知識はあるが、所詮はそれもゲーム上のもの。当然といえば当然だが、カナタに本物のポケモンを育てた経験なぞない。
それがどうしてだか
ハッキリ言って、トレーナーとして素人もいいところの余所者がユールの重職たるキャプテンに相応しい筈もない。それはカナタ自身も自覚しているところである。
それでもカナタがキャプテンを続けているのは──無論、相棒が望んだからというのもあるが──偏に生きるためであった。
金も無ければ寄る辺もなく、
何者でもない者を許容できるほど、
そしてあの時、カナタが手に入れられた地位はキャプテンか……あるいは
どちらを選んでも地獄の選択。ならば相棒と一緒のがまだマシと、かくてカナタはキャプテンとなることを受け入れたのである。
と、こうして流されるままにキャプテンを続けてきたカナタであったが──此度の試練にて二つ目の
(二つのオルタナストーン……キングは俺に「何か」をさせようとしている?)
選ばれる筈のないキャプテン。
渡される筈のないオルタナストーン。
他のキャプテンとは明らかに異なるキングからの扱い。
これらを総合して考えれば、カナタという存在が尋常のキャプテンでないことは明白。
そして尋常でないのならば、そこには尋常でない理由が必ずある筈。
(……俺がこの世界に呼び出されたことも、その「何か」に関係があるのか?)
あの時、カナタをこの世界に呼び出したと思しき声の主は“自らの使命を手伝え”と言っていた。
ならばキングたちが為させようとする「何か」も、その使命とやらと関わりがあるのだろうか。
(……ダメだな、情報が少なすぎる。これ以上考えても仕方ねえ)
と、そこまで考えたところでカナタは思考を打ち切った。
確信に至る情報がない以上、いくら考えてもそれはあくまで憶測にすぎない。
憶測のみで判断を下すのは早計。ここはさらなる情報を得られるまで判断を保留すべきだろう。
(どのみち“
結局のところ、カナタが置かれたこの状況は全てキングの意思に依るもの。“
ならばその時にこそ、その理由を確かめればよい。故に今は“
カナタは内心でそう結論づけるのであった。
「うんむ! では、いい加減寒くなってきた故、そろそろ戻るとしよう! 風邪をひいてはいかんであるからな!」
さてさて、カナタが内心にて己の指針を定めたその時。まるで見計らったかのようなタイミングでラクサより声が掛かる。
寒いのはラクサが単にパンイチであるからだと思うが……まあ、それはさておき。実際、戻るのには丁度よいタイミングであることは確かだ。
カナタはラクサの提案に素直に頷いた。
「──っと、了解っす。んじゃ、師匠。そろそろ戻りますよ……って、師匠?」
「……」
次いで傍らのルピナスにも声を掛けるカナタであったが、しかしどうしたのであろうか。当のルピナスは返事をすることもなく、ぼんやりと地面を見つめ何事かを考えている様子であった。
「師匠? 聞こえてますか師匠? 師匠ー? ……しーしょーう!」
「──ッ! ……なに?」
常と異なる茫とした様子のルピナスに、いぶかしみながらも引き続き声をかけるカナタ。
幾度かの呼びかけの後にようやく気が付いたか、ルピナスは“はた”とした表情を浮かべる。
「いや、ラクサさんがそろそろ戻ろうって言ってるんで……てか、さっきから何かぼんやりしてますけど大丈夫っスか?」
「別に……大丈夫」
「……そっすか? それならいいんスけども」
カナタからの呼びかけに対しぶっきらぼうな調子で“大丈夫だ”と返すルピナス。
その口調は一見すればいつもと変わらぬ鬼軍曹のそれであったが、しかしカナタにはいつもよりどことなく弱弱しいようにも思えた。
試合前とは明らかに異なるルピナスの有様に内心で首を捻るカナタ。されどもそれ以上の詮索を拒むようなルピナスの雰囲気を前に、引き下がる他なかった。
「そんじゃまあ、戻りましょ──」
「おおう、そうだ! キャプテン・カナタ! 戻る前に吾輩とひとっ風呂浴びていこうではないか!!」
「……え?」
と、その時。戻ろうと踵を返しかけたカナタの腕をガシリと丸太のような腕が掴んだ。
「え、あの、ラクサさん? いきなり何を?」
「ガハハハッ!! 先の試練にてキャプテン・カナタもイワンコもだいぶん傷を負われたであろう! 実はユールの温泉にはポケモンの傷を癒す効能があるのである!! 故にキャプテン小屋へと戻る前にひと風呂浴びて、ポケモンたちを回復させるがよい!! ──それに聞くところキャプテン・カナタは湯に浸かる際に全裸となるのが趣味であるとか!! ならばここは同じ趣味を持つもの同士、裸の付き合いといこうではないか!!」
「待っていま聞き捨てならない台詞が聞こえたんですけど」
ラクサの口から放たれた衝撃的な発言に、カナタは思わずとしてツッコミを入れる。
温泉に浸かって傷を癒す。回復効果のある温泉*1は原作にも登場していたものだ。故にそれについては問題ない。
問題なのは後半部分だ。同じ趣味とはどういうことだ。カナタは全裸趣味なぞ持っていない。風評被害も甚だしい。出るとこ出れば勝てるまである。
どうやら先の全裸晒し事件が曲解されて伝わったらしい。とんでもない誤解だ。カナタのアレはあくまで文化的なものであって、断じて趣味という訳ではない。それを全裸趣味のオッサンに“同士”と思われるなどたまったものではなかった。
「いや! あの! ラクサさん! アレは誤解で──「なーに、遠慮なされるな!! 勝負にて語らいあった吾輩らはもはや身も心も晒し合ったが同然!! 今さら恥ずかしがることなど何もないである!!」──ちくしょう!! 話聞いてねえ!!」
誤解を解こうと言葉を発するも、しかしながらラクサにはまるで届いた様子はない。自分の声が大きさでカナタの声がかき消されているのだろうか。
ともあれこのままでは、筋骨隆々のむくつけきおっさんと二人っきりでビバノンノンである。なぜだろうか、想像するだけでとても嫌な気分になった。
(い、嫌だ! 全裸趣味のおっさんと二人っきりで温泉とか、何かこうすごく嫌だ! 一緒に入るならせめて師匠がいい! いや、むしろ師匠がいい!)
迫りくる巨漢の肉体美に圧され、混乱のあまり自分でもよく分からない思考に陥るカナタ。
そのまま何とか振りほどこうともがくも、彼我の圧倒的筋力差の前には意味をなさず。
抵抗も空しくそのままひょいと持ち上げられ、俵担ぎの体勢でドスドスと為す術もなく連行されていく。
「し、師匠! 助け──「という訳で吾輩らは共に温泉に行ってくるゆえキャプテン・ルピナスは先に戻られるがよい!! ガーハッハッハア!!」──ちょ、足速っ……アッー!?」
果たして、なっさけない悲鳴と共にカナタはドナドナされていったのであった。
誰もいない『鳴神の霊峰』を一人歩く。
他の場所では危険極まりない行為。でも
だからこそ、ラクサもこうしてわたしを一人にしてくれたのだろう。
実際、本当に助かった。
そうでもしなければ
──ありえない。
トレーナーとしての実力も、経験も、何もかもが劣っているにもかかわらず。
ついこの前まで素人だった
でも、もっと驚いたのは
──ありえない。
オルタナストーンはキャプテンの証。
それが託されるということは、キングがアイツの実力を認めた……キャプテンとして相応しい存在だと認めたことに他ならない。
わたしが
でもアイツに対しては呼びかける前から姿を現した上に、前例のない二つ目のオルタナストーンまで手渡した。
……どうしてキングがアイツをここまで贔屓するのかは分からない。
キングの意思はユールの意思。人間がその意思を慮ることなんてできやしない。
だから、わたしに分かることはただ一つだけ。
先代亡き後、6年以上キャプテン不在だった『奔狼の氷原』にようやく現れたキングと人界を結ぶ調停者。
正当なるキャプテンがユールの他のキャプテンやキングにその実力を認められつつある。『奔狼の氷原』のキャプテン代理として、本来であれば喜ばしいことの筈だ。
だというのに──。
──ありえない。
わたしの内に湧き上がったのは、どうしようもなく昏い感情だった。
胸中を埋め尽くす驚愕と嫉妬……そして焦燥。
『奔狼の氷原』のキャプテン代理として相応しくない、ドロドロとした黒いものが渦巻き、わたしの内をじりじりと焼いていく。
──どうしてアイツなんかが。
──ポッと出の余所者のくせに。
──わたしの方がずっとずっと。
「──ッ!!」
思わぬ言葉が口を
力を入れ過ぎたのか痛みと共に鉄臭い味が口いっぱいに広がるが、その不快感がほんの少しだけ胸の焦燥を紛らわせてくれた。
「……スゥ」
怒涛のような感情の波に出来た僅かな間。
その間に深呼吸を繰り返し、荒れ狂う感情を無理やりにでも鎮めていく。
「わたしは『奔狼の氷原』のキャプテン代理……」
わたしはキャプテン代理。
この胸を焦がす嫉妬も、焦燥もキャプテンには相応しくない。
この思いは決して許されない。これは間違っているものだ。
わたしはかつて過ちを犯した。
だからもう二度と過ちを繰り返さない。
それが、先代との約束で──わたしに出来る唯一の贖罪なのだから。
決して忘れることの出来ない罪の記憶が、まるで冷や水のように胸の焦燥を掻き消す。
代わって心中に満ちたのは圧し掛かる罪悪感と……どうしようもない自己嫌悪。
ああ、そうだ。これこそがわたしの抱くべき感情だ。
愚かな罪人に相応しい、生涯に渡って背負うべき劫罰だ。
「わたしは……キャプテン代理……」
キャプテン代理とは、正当なキャプテンが現れるまでの間、その役目を肩代わりするもの。
そしてもし正統なキャプテンが未熟な存在であったのならば、これを教え導くのも役目の一つ。
アイツが立派なキャプテンになれば、
わたしはキャプテン代理ではなくなって、誰もわたしのことを必要としなくなる。
そうなったらわたしは──。
わたしは──。
「わたしは……どうすればいいの?」
思わず口を吐いて出た言葉に、応える者は誰もいなかった。