最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第29話:破綻

 戦場を流れる異様な空気にカナタは動けないでいた。

 

 片や、ほぼ“ひんし”状態にもかかわらず立ち上がった相棒(イワンコ)

 片や、そんな相棒の姿を見て俯いてしまった師匠(ルピナス)

 

 先ほどまでとは打って変わった、静かで、それでいて張りつめた──不吉な気配。

 何か致命的なことが起ころうとしている。そんな嫌な予感がカナタの背をぞわぞわとはい回り、その身を動かすことを拒んでいた。

 

(──って、何やってんだよ俺! ボーっとしてる場合じゃねえだろ!)

 

 と、そこでカナタは自らの内より湧き上がる嫌な予感を振り払うように、無理やり思考を切り替える。

 

 いくら立ち上がったとはいえ、相棒の姿はどう見ても満身創痍。これ以上の戦闘など不可能だ。頑丈なポケモンであろうとも無茶すれば命にかかわる。一刻も早くボール(安全な場所)に戻さねば。

 

「おい、相棒! そんなボロボロの体で無茶してんじゃあねえ! さっさとボールに戻っ──!?」

 

 そう言って、カナタがボールを構えようとした……その時である。

 

「──どうして」

 

 俯くルピナスの口からぽつり、と言葉が零れる。

 それを耳にした瞬間、カナタの体はまるで縫い留められたかのように静止する。

 

「どうして、どうして、どうして」

 

 無理もない。

 呟くように密やかに、されども止めどなく流れるルピナスの言葉。

 

「ずっとずっとがんばったのに。これがわたしのできることだって、そうおもってがんばってようやくみつけた“いばしょ”だったのに」

 

 その声音に隠し切れぬ程の──。

 

「けっきょくわたしのやってきたことはぜんぶむだだったの? わたしの“いばしょ”なんて、はじめからどこにもなかったの?」

 

 ──“絶望”が込められていたのだから。

 

「じゃあ──もういい」

 

 ルピナスがゆっくりと顔を上げる。

 どろりと濁った昏い瞳が目の前のイワンコを捉える。

 

 ──刹那、戦場に絶叫が響いた。

 

「ボスゴドラアアアア!! アイツを叩き潰して!! もう二度、アイツがわたしの前に現れないよう消し去って!!」

げえええいがああああ!!

 

 トレーナー(ルピナス)の悲鳴のような叫びに、雄叫びを以て応えるボスゴドラ。

 己がトレーナーを苦しめる元凶を絶たんと、黒鉄の尾に鋼色の輝きを宿らせ眼前の敵(イワンコ)目がけ鞭の如く一閃。

 

 

【ボスゴドラの 早業(ワザプラス) “アイアンテール”!】

 

 

 果たして、限界寸前で気力のみで立っていたイワンコにこれを避けることなどできよう筈もなく。

 鉄棍の如き尾に跳ね飛ばされ、敢え無く大地に叩きつけられたのであった。

 

「相棒ッ!!」

 

 力無く地面に伏せる相棒の姿に、思わずして叫ぶカナタ。

 ただでさえ先の戦闘で満身創痍だったのだ。そこに弱点タイプ(こうかばつぐん)の一撃を受けて無事で済む筈がない。

 このままでは相棒の命が危うい。そう判断したカナタはすぐさまイワンコの下へと駆け寄ろうとするが……。

 

「ヘビーボンバーァ!!」

げえい!? げ、げあいあああんす!!

「んなっ!?」

 

 それよりも速く、ルピナスの口から信じがたい指示が飛んだ。

 

 

【ボスゴドラの 早業(ワザプラス) “ヘビーボンバー”!】

 

 

 超重量の爆撃がイワンコを再び地の底へと沈める。

 強い震動が襲い掛かり、カナタはもつれるように地面に倒れ込んだ。

 

 とっくに戦闘不能となった筈のイワンコに対して、余りにも過剰な追撃。

 しかしルピナスはそれだけに止まらず、己が手持ちにさらなる攻撃を命ずる。

 

「アイアンテール! 10まんばりき! ふみつけ! ボディプレス!」

「げ、げあ……」

 

 戦術も、タイプ相性も考慮していない、ただ思いついた技名を叫ぶだけの粗雑極まりない指示。

 さながら癇癪を起した子供のような攻撃指令にボスゴドラは戸惑いつつ、それでも指示に従いわざを繰り出し続ける。

 

「ストーンエッジ! いわくだき! ラスターカノン!」

 

 怨みを。

 憎しみを。

 己が内に渦巻くあらゆる感情を。

 全て叩きつけるかのように、執拗にイワンコへ攻撃を加え続けるルピナス。

 

「てっていこうせん!!」

 

 そしてトドメを刺せと言わんばかりに、一際大きな声で己が手持ちへと命令を発し──。

 

やめろっ!!

 

 瞬間、鋭い怒声がそれを遮った。

 ボスゴドラの口腔に集ったエネルギーが炸裂する刹那、横合いより飛び出す一つの影。

 “てっていこうせん”の射線を遮るかのように躍り出たカナタは、倒れ伏した相棒(イワンコ)を掬い上げ自らの胸へ掻き抱く。

 次いで“ぐるり”と首を回すと、怒りを込めた鋭い目でルピナスを睨みつけた。

 

「アンタ何やってんだ!! いくら相棒のことが気に食わねえからってやり過ぎだ!!」

 

 ポケモン勝負で一方的に打ちのめされるのは仕方がない。

 だが、既に戦闘不能となった相手へ執拗に攻撃を加えるのは勝負の範疇を越えている。

 “ひんし”状態となったポケモンへの追撃など、マトモなトレーナーであれば絶対に行わない所業。

 それを躊躇なく命ずるなど、今のルピナスは明らかにおかしい。

 

「どうしちまったんだよ、師匠!? どんなに怒ったって、アンタはそんなバカなマネするような人間じゃねえだろう!?」

「うるさい……!」

「それにボスゴドラのこともだ!! あんな辛そうな顔してんのに……アンタ自分の手持ちの状態にすら気づいてねぇのかよ!!」

「黙れ……!」

「オレが知ってる師匠は、いつだって自分のポケモンたちのことを考えてた!! ポケモンのことを信じて、ポケモンからも信じられてた本当に強えトレーナーだった!! それがどうして!! 自分の手持ちが嫌がってんのにも気づかず、無理に攻撃なんてさせてんだよ!!」

「黙れぇ!! 黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れぇ!!」

 

 自らの手持ちの状態すら目に入らない、あまりにも異常な状態。

 しかし、それを指摘する言葉に返ってきたのは憎悪と怨嗟に満ちた叫びだった。

 

「わたしのこと何も知らない癖にっ!! わたしから何もかも奪った癖にっ!! 今さら正論なんて吐かないでっ!!」

 

 元よりルピナスにとって、カナタは己が全てを奪い去った元凶。

 彼がいかなる正論を並べようとも、今のルピナスには理不尽な糾弾としか映らない。

 

 ふざけるなふざけるなふざけるな。

 オマエの所為でこうなったのに。オマエが全て悪いのに。

 またオマエはわたしを追い詰めるのか。わたしの存在を否定するのか。

 許せない許さない消えろ消えろ消えてしまえ。

 

 荒れ狂う「黒」に呑まれるまま、狂気と憤怒に身を任せ、ルピナスは己が武器(ボスゴドラ)に命令を下す。

 

「その減らず口、二度と叩けないようにしてやる!! ボスゴドラァ!! アイツを消し飛ばして!! てっていこうせん!!」

 

 が、しかし。

 

「……げん」

 

 下された指示に困惑したように、ボスゴドラはカナタとルピナスの間へ数度視線を彷徨わせると、悲しげな顔でその場に座り込んでしまう。

 それは己がトレーナー(ルピナス)に対する控えめで……しかし、明確な拒否の姿勢だった。

 

「──は?」

 

 手塩に掛け育てたエースからの明確な拒絶の意思。

 それを見たルピナスの顔に愕然とした表情が浮かぶ。

 

「どうして……どうしてどうしてどうして!! ボスゴドラ!! あなたはわたしの味方でしょう!? なんで言うこと聞いてくれないの!? 言うこと聞いてよっ! 聞きなさいよっ! ……聞けよっ!!」

 

 瞳を揺らし、錯乱したかの如く“言うことを聞け”とボスゴドラを怒鳴りつけるルピナス。

 しかし、いくら怒鳴られようともボスゴドラが彼女の指示に従うことはなく。

 “こんなことは辞めよう”とでも言うように、ただただ悲しげな顔で首を振るのみであった。

 

「……ッ!! もういい!! この役立たず!! 言うこと聞けないならさっさと戻って!!」

 

 梃子でも動かぬ様子のボスゴドラに業を煮やしたか、罵りながらボールへと戻すルピナス。

 次いで彼女は新たに二つのボールを取り出し構えると、開閉錠を押し上げながら金切り声で叫んだ。

 

「アーマーガアッ! ニャイキングッ! アイツらを叩き潰しなさい!!」

 

 例えエースを失ったとて、ルピナスにはまだ二匹の手駒がある。

 アーマーガアにニャイキング。どちらもボスゴドラ(エース)には一歩劣れど、彼女が鍛え上げた実力者である。

 その力を以てすれば、“ひんし”のポケモン一匹に丸腰の人間一人、消すことなぞ造作もないこと。

 かくて殺意の赴くまま、ルピナスは己が手駒に命令を下した。

 

 が、しかし。

 

「……何で!! どうして出てこないの!?」

 

 返ってきたのは、沈黙だった。

 

 開閉錠が外れ、解放されたモンスターボール。しかし、錠が外れたにもかかわらずボールから二匹が飛び出してくることはなかった。

 癇癪を起したルピナスがいくら喚こうとも、いくら怒鳴り付けようともボールは固く閉じられたまま、うんともすんとも動く様子はない。

 

 ──それは先のボスゴドラと同じ、ルピナスの命令に対する二匹の明確な拒否だった。

 

「何で……何でよ!! 信じてたのに!! あなたたちだけはわたしの味方してくれるって信じたのに!! あなたたちまでわたしを裏切るの!? わたしのことを見捨てるっていうの!?」

 

 自らを拒絶する手持ちたちの態度に愕然とし、遂には“自分を裏切ったのか”と叫ぶルピナス。

 

「──違う!! いい加減に気づけよ!! このバカ師匠!!」

 

 そんな彼女の世迷い言を、カナタは聞き捨てならぬと一喝する。

 

 カナタにはポケモンの言葉は分からない。

 彼らとルピナスがどのような道を歩んできたのかもしらない。

 それでもこの世界で生きる一人のトレーナーとして、これだけはハッキリと言える。

 

「アイツらはなあ!! “ひんし”の相手をいたぶるような卑劣なマネなんてしたくねえし!! 何より、()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 例えモンスターボールに捕らえても、ポケモンの心までは縛れない。

 彼らは決してトレーナーの言いなりになるだけの存在ではない。心を持ち、自ら思考し行動する一個の生き物だ。

 

 カナタはルピナスの手持ちたちがどれだけ彼女のことを信頼しているかを、どれだけ強固な絆を結んでいるのかを知っている。

 彼らがルピナスを裏切るなぞあり得ない。ならばその行動は自らのためだけではない。他ならぬルピナス(トレーナー)を想ってのもの。

 

 例えパートナーの不興を買うとしても、それがパートナーの為にならぬのなら止める。

 阿諛追従ではない、真に信頼するが故の直諫(ちょっかん)

 それは紛れもなくルピナスと手持ちたちが強い絆で結ばれていることの証明であったのだ。

 

 ああ、されども。

 

「うるさい……うるさい、うるさい、うるさい!!」

 

 狂乱に曇る彼女の心には……届かない。

 自らの人生を否定され、すでに精神が限界を迎えていたルピナスには、彼女を想うポケモンたちの直諫も自身に対する裏切りとしか映らなかった。

 

「きらい! きらいきらいきらい! 言うこと聞いてくれないオマエたちなんか大嫌い!! わたしのこと裏切るようなポケモンなんていらない!! どこかにいっちまえ!!」

 

 絶望に瞳を揺らし、慟哭の叫びを上げながら、吊り下げていたボールを投げ捨てるルピナス。

 叩きつけられたボールが音を立て、悲し気に地面を転がっていく。

 

「!! アンタ、自分のポケモンに何てこと──」

「うるさい!! 黙れ!!」

 

 自らを信頼していたポケモンに対する、ルピナスのあまりの仕打ちに思わず非難の言葉を上げかけるカナタ。

 だが、彼女はそれを一喝して黙らせると、勢いよくカナタの傍へと駆け寄りその襟首を掴み上げた。

 

「オマエがっ!! 全部オマエが悪いんだっ!! オマエなんかが現れた所為でっ!! わたしは……わたしはっ!!」

 

 やり場のない怒りをぶつけるように、掴んだ襟首を何度も揺らしながらルピナスは叫ぶ。

 

「ラッセルがキャプテンじゃなくなって!! 誰もキャプテンに選ばれなくて!! 誰もやれないなら……わたしが代わりにやろうって……それがわたしの果たすべき責任(しょくざい)だからって……そう思ったのに!!」

 

 ルピナスが抱え続けていた心の闇が堰を切ったように溢れ出す。

 胸中に荒れ狂うそれを押し留めるものは最早ない。

 湧き上がる衝動のまま彼女は眼前の怨敵(カナタ)へと闇を叩きつけた。

 

「何で!? どうして今さらになって現れたの!? オマエが正統なキャプテンだっていうなら……()()()()()()()()()()()()()()()()()!? わたしはもう、後戻りなんてできないのに!!」

「──ッ!」

 

 あらゆる負の感情がない交ぜとなったドス黒い闇。

 彼女が抱え続けてきたそれを真正面から叩きつけられ、カナタは思わずとして凍り付く。

 

キャプテン(そこ)はわたしの居場所でしょう!? 何でオマエなんかが座ってるんだ!! 返せよ……返してよ!! わたしのたった一つの居場所、返してよ!!」

 

 ルピナスからぶつけられた言葉は紛れもなく、今の今まで押し隠されてきた彼女の本音。

 よく思われていないことは分かっていた。疎ましく思われていたことは察していた。

 ──だが、ここまでとは思わなかった。

 

 ガツン、とまるで頭を殴られたような感覚がカナタを襲う。

 相棒(イワンコ)からキャプテン足れ(共に居よう)と望まれたから。

 右も左も分からない状態で生きるためには居場所が必要だったから。

 だからカナタは『奔狼の氷原』のキャプテンとなることを選んだ。

 

 キャプテンとなったことに後悔はない。

 だがしかし、その選択の結果が自らの恩人(ルピナス)をこれほどまでに追い詰めてしまったのだとしたら。

 

(クソッタレ……師匠がこうなっちまったのは全部、俺の所為じゃねえか……!)

 

 結局のところ、軽い気持ちでこの世界(ポケモン世界)に来たいなどと願ってしまった異分子(カナタ)の所為ではないか。

 

 自らの軽率な願いが、目の前の少女の人生を狂わせてしまった。

 その事実を自覚し、カナタの胸中に言いようのない罪悪感が湧き上がる。

 

 何と言っていいのか分からない。

 それでも何か言わなくてはならない。

 

「師匠……俺、は──ガッ!?」

 

 かけるべき言葉も見つからないまま、それでも何か発しようと口を開きかけたカナタ。

 だが、その音が明確な意味を持つ前に──強制的にかき消される。

 

「返せないなら……消えてよ……わたしの前から消えてよ!!」

 

 原因は、彼の喉元。

 絡みついたルピナスの指が首筋を思い切り締め上げたからだった。

 

「じ、じょ……やめ……ぐる、じ……」

 

 万力のような力で喉元を絞められ、思わず苦悶の声を漏らすカナタ。

 反射的に締め上げる手を外そうと藻掻くも、あの小さな体のどこにそんな力があるのか、まるで引き剥がすことができなかった。

 

「消えて、消えて消えて消えて消えろ消えろキエロキエロキエロキエロ」

「……ガッ……ハ……ァ゛……」

 

 カナタの視界が明滅する。

 身体に取り込まれるべき酸素が途切れ、意識が少しずつ遠のいていく。

 

(あ……これ……死……)

 

 徐々に薄れゆく意識の中、自らが死に近づいていることを理解するカナタ。

 しかし理解したところで、それをどうにかする手立ては何一つとしてなく。

 その事実に絶望を覚えながら、カナタはゆっくりと自らの意識を手放し──。

 

「ガルルルルォッ──!!」

「うぐぅ!?」

「げっはあ──!? ゲホッ、ゲホゲホ……!」

 

 瞬間、突如として鳴り響く──咆哮。

 衝撃とともに肺へと一挙に空気が流れ込み、カナタは思わずとして咳き込んだ。

 

 瀕死の身体に酸素を送り込もうと、本能が必死になって呼吸を繰り返す。

 圧迫されていた血流が復活し、薄れていた意識が覚醒する。

 

(なに……が……)

 

 どうやら意識を失う寸前、何者かがルピナスを引き剥がしたらしい。

 死の危機より脱したことに安堵しつつ、いったい何者がと眼前を見たカナタ。

 

「!? あい……ぼ……」

 

 果たして目に飛び込んできたのは仰向けに押し倒されたルピナスと、その上に馬乗りになって唸り声を上げる相棒(イワンコ)の姿だった。

 

「ガウゥゥゥ……!!」

「ひ……ぃ……」

 

 如何なる理屈か。トレーナー(カナタ)の危機を察し、イワンコは再び意識を取り戻したようであった。

 半身たるカナタを殺されかけ、怒り心頭に達したのだろう。逃げ出さぬよう身を押さえつけながら、殺意に満ち満ちた眼光でルピナスを射抜くイワンコ。

 そのまま彼女の喉笛を噛み切らんと、ゆっくりと(あぎと)を近づけていく。

 

 一方のルピナスは相棒から本気の殺意をぶつけられ、恐怖のあまり動くことができないようだった。

 迫りくる命の危機に怒りと狂気が完全に霧散したのか。その顔にはただただ怯えの色だけが浮かんでいた。

 

(マズイ……このままじゃ師匠が……!)

 

 眼前で繰り広げられる光景に、反射的に相棒を止めようとするカナタ。

 このままでは怒り狂った相棒に師匠(ルピナス)が殺されてしまう。

 そんなことさせてはダメだ。絶対にダメだ。

 

「あい……ぼ……や、め……!」

 

 “一線を越えてしまう前に何としても相棒を止めなければ”。

 その一心で、カナタは必死に相棒(イワンコ)へと呼びかける。

 だが、先ほど喉を締め上げられた影響か、どんなに声を張り上げようとしても碌な音は出なかった。

 

 そうこうしている間にも顎は近づき、その牙がとうとうルピナスの首筋へと添えられる。

 後は相棒がほんの少し力を込めるだけ。それだけで彼女の命は終わる。

 

 ──もはや一刻の猶予もなかった。

 

「やめ……ろ……あい……ぼう……もう、やめ……!」

 

 喉も裂けよと声を張り上げる。

 しかし傷ついた喉はゼイゼイ、とかすれた音を漏らすばかり。

 

 届かない。

 彼の声はどうやっても届かない。

 

 胸中に湧き上がる無力感、恐怖、そして焦燥。

 形容しがたい数多の感情がカナタの内側を満たし……()()()()()()()()()()

 

 

『やめろ!!』

 

 

 カナタの感情に呼応するかのようにオルタナストーンが光を放つ。

 瞬間、びくりとイワンコの動きが止まる。

 

 驚愕に目を見開きながら、ゆっくりとカナタへ振り返るイワンコ。

 次いでカナタと視線を交わし……力尽きたように、“ふっ”とその場に崩れ落ちたのであった。

 

(止まっ……た?)

 

 理由はまるで分からない。だが相棒を制止することには成功した。

 同時に先ほどまで感じていた、“ナニか”に繋がったような感覚も消える。

 

(何だ……今の……)

 

 いったい何が起きたのか。

 あの時、イワンコにはカナタの声は届いていなかった筈。にもかかわらず、イワンコは動きを止めた。

 ──さながら、カナタの声が直接脳内に響いたかのように。

 

 そして、あの感覚。

 一瞬であったが、自分が異なる“ナニか”と接続したかのような形容しがたい感覚を覚えたのだ。

 同じタイミングで呼応するように手元のオルタナストーンも輝きを発していた。

 

 自らの身に起きた正体不明の現象。

 “恐らくこれら一連の現象には何かしらのかかわりがあるのだろう”と察するも、残念ながら今ののカナタにはそれを深堀する知識も、余裕もない。

 

 ひとまずは「相棒(イワンコ)師匠(ルピナス)を殺める」という最悪の事態を回避することができた。

 今はそれだけで十分と、カナタは判断を保留する。

 

 胸中に湧き上がった疑問を片隅へと追いやり、意識を再び前方へとやるカナタ。

 ──と、その時である。

 

「──ぁ……いやっ……!」

 

 イワンコからの殺気が消え、体の自由を取り戻したのだろう。

 反射的に力尽きたイワンコの体を払いのけるルピナス。

 次いで震えながら上体を起こすと、呆然とした表情で自らの両手を見つめた。

 

「わ、わたし……何を……」

 

 ルピナスの顔に怯えの色が浮かぶ。

 嫉妬に狂って他者を殺めかける、という人として決して許されない所業。

 それを他ならぬ自らが為そうとした事実を知覚し、彼女は心から恐怖していた。

 

「……ぁ」

 

 何かに気づいたかのようにルピナスは顔を上げる。

 そして彼女の視線が苦痛に喘ぐカナタの姿を捉えた瞬間、その瞳が大きく見開かれ──。

 

「──ッ!!」

 

 堪えきれなくなったように、その場から駆け出したのであった。

 

「あ……じじょ……まっ……!」

 

 逃げ出したルピナスを反射的に押し留めようとするカナタ。

 だが、彼の喉から発せられたのはかすれたか細い声のみ。

 また先の首絞めより回復しきっていないのか、体の自由も効かず。

 

 かくてカナタはいずこかへと走り去る彼女の背中を、呆然と見送る他なかったのであった。

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