最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第30話:めのまえが まっくらに なった

「うぅ……グス……」

 

 岩陰にうずくまり、抱えた膝に頭を埋めてしゃくり上げる。

 

 ──どうして。

 

「うあぁ……」

 

 胸中を焼いていた怒りの炎は、いまは完全に消えている。

 代わってがらんどうの心を埋め尽くすのは、尽きることのない後悔の感情だった。

 

 ──どうして、どうして、どうして。

 

(どうしてあんな酷いことを……)

 

 怒りに任せて眷属に執拗に攻撃した。

 それを止めようとした手持ちたちを“裏切り者”と罵った。

 挙句の果てには嫉妬に狂って、他者をその手に掛けかけた。

 

 どれもトレーナーとして、人として許されざる行い。

 それを他ならぬ自分自身が行ったという事実に、猛烈な自己嫌悪が湧き起こる。

 

 気持ちが悪い。吐き気がする。

 自分がこんなにも浅ましく、おぞましい行為をしでかしてしまったなんて。

 おまけにその原因がお門違いの怒りだなんて、ますますもって救いようがない。

 

(……アイツ(カナタ)だって、別にキャプテンになりたくてなった訳じゃないのに)

 

 そうだ。アイツ(カナタ)は別にキャプテンになりたくてなった訳じゃない。

 アイツがキャプテンになったのはキング(眷属)に選ばれたからで、アイツはそれに応えただけ。

 そして身寄りも無ければ後ろ盾もないアイツが、それを受ける以外の選択肢なんてなかったこと……とっくに理解していた筈なのに。

 

(……結局、わたしは()()過ちを繰り返した) 

 

 “もう二度と過ちを繰り返さない”。

 わたしは先代(ラッセル)にそう誓った筈だ。にもかかわらず、こうしてまた過ちを繰り返してしまった。

 何が“キャプテン(そこ)はわたしの居場所”だ、笑わせる。こんなことをしでかす人間がキャプテンに相応しい筈がないだろう。

 

(どうして……どうして()()()()()()()()()()()の……?)

 

 思い起こせば、いつもそうだ。

 わたしはいつも肝心なところで失敗して、かかわった人を傷つけていた。

 

 なぜ自分はいつも肝心なところで失敗するのか。

 罪悪感と自己嫌悪が渦巻く中、一つの疑念がわたしの頭を埋め尽くす。

 それに触発されたかのように、わたしは深く深く思考に没頭していき──

 

(ああ……そうか……)

 

 ──やがて一つの結論を導き出した。

 

(わたしは……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アイツ(カナタ)が死にかけたのも。

 先代(ラッセル)がキャプテンを辞めさせられたのも。

 お父さんとお母さんが、死んだのも。

 

 全部全部、「ルピナス(わたし)」が存在していたから。

 

 わたしが居なければ、お父さんもお母さんも死ななかった。

 わたしが居なければ、ラッセルがキャプテンを辞めさせられることもなかった。

 わたしが居なければ、アイツ(カナタ)だってもっと別の道を選べた。

 

 事ここに至り、わたしはようやく理解した。

 わたしはただ生きているだけで誰かを傷つける害悪な存在。

 わたしは存在してはいけない生き物なのだ。

 

「ごめんなさい」

 

 気が付けば、口から勝手に言葉が零れていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 心がひび割れる。

 わたしを支えていた全てが、わたしという存在の根幹がガラガラと音を立てて崩れていく。

 まるで底なしの奈落に落とされたかのように、全てが真っ黒に染まっていく。

 

「迷惑かけてごめんなさい。存在していてごめんなさい。生きていてごめんなさい」

 

 悲しみも、自己嫌悪も、罪悪感も、全てがない交ぜになって融けて消える。

 後に残ったのはどこまでも果てしない……虚しさだけだった。

 

「……産まれてきて、ごめんなさい」

 

 虚しい。何もかもが虚しい。

 心にぽっかりと穴が空き、そこからあらゆる感情が零れ落ちてしまったようだ。

 もう何も感じない。頬を撫でる風も、座る大地の感触も、息を吸って吐く感覚さえも……その全てに現実感がない。

 

(──わたし、何で生きてるんだろう?)

 

 どうしてわたしは生きてるの。

 わたしは存在してはいけないのに。

 わたしは生きているべきでないのに。

 わたしは産まれてきてはいけなかったのに。

 

 ああ、ならば。答えは一つだ。

 

「──死のう」

 

 産まれてきたことが間違いならば、それは正されなければならない。

 生きていることが過ちならば、それを正さなくてはならない。

 

 だって、わたしは“過ちを繰り返さない”と誓ったのだから。

 ならばそう、きっと“わたし”という最大の過ちを消すことが──わたしの果たすべき責任(しょくざい)なのだ。

 

 どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。

 間違いだらけのわたしはさっさとこの世から消えるべきだった。自分勝手な執着でたくさんの人を傷つけ、悲しませてしませる前に自ら命を絶つべきだったのだ。

 

 埋めていた顔をゆっくりと上げ、前を向く。

 お誂えな向きなことに、少し先は切り立った崖だ。あそこから飛び降りれば確実に命を絶つことができるだろう。

 

 ふらつく体に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。

 そのまま覚束ない足取りで一歩、一歩、崖へと歩みを進めていく。

 

 崖までの間はほんの数メートル。普段であれば十秒と掛からずたどり着ける距離だ。

 でも、どうしてだろう。足が酷く重くて、中々たどり着けない。

 

 まさかこの期に及んで無意識に“死にたくない”とでも思っているというのだろうか。

 だとすればなんと浅ましいのだろう。人を一人殺しかけておきながら、自分の番となった途端に怖気づくだなんて。

 本当に救いようがない。

 

 吐き気を催すような自らの醜悪な本性に、今更ながら嫌気がさす。

 

(でも、それももう終わり)

 

 すでに崖までもう一歩の距離だ。後もう二、三歩踏み出せば奈落に真っ逆さまだろう。

 そして崖の高さは軽く見積もっても20メートル以上、一たび落ちれば助かる術はない。

 

 これでようやく全てが終わる。

 産まれるべきでなかった命が、生きるべきでなかった罪人が消えて、世界が正常な形に戻る。

 害悪しか振り撒かない、存在すべきでない生き物は疾く消えるべきなのだ。

 

(ごめんなさい……さようなら)

 

 わたしが散々傷つけた人々。そして、それでも最後までわたしのことを見捨てなかった人々。

 思い浮かんだ彼らの顔に、内心で謝罪と別れの言葉を告げて、かくてわたしは奈落へと身を躍らせる──

 

 

 

 

 

 

パシュン!

 

 

 

 

 

 

 ──直前、聞きなれない音がわたしの耳朶を叩いた。

 

「──!?」

 

 突如として響いた異音に、わたしは反射的にその場へ伏せる。

 聞こえた音は自然物由来ではない、明らかに人工的な響きを帯びたもの。

 ユール地方内陸ではあり得ざるその音に、わたしの意識が強制的に“キャプテン”としてのそれへと切り替わった。

 

 皮肉なことに中身が虚無となってしまった結果、却って外面の支配が強まったらしい。

 長年に渡って被り続けた強固な“キャプテン”の仮面(ペルソナ)が、自らの感情を無視してわたしのことを突き動かす。

 

(……確かめなきゃ)

 

 頭の奥で“今さらキャプテンの真似事などしてなんになる”という叫びが聞こえる。

 でも、その声はさっきよりずっとずっと遠くて小さいものだった。

 だからはわたしは「今はそれどころじゃない」とその声を遠くに追いやって……“キャプテンらしく”異音の正体を確かめるべく動き始めた。

 

 息を潜め、気配を殺しながら、先ほどまで寄りかかっていた岩へと這い戻る。

 異音は変わらず断続的に、“パシュン、パシュン”と辺りに響いていた。

 同時にわたしの耳が“ピィ、ピィ”と、甲高い悲鳴のような声を捉える。

 

 これまでキャプテンとして活動してきて、一度も遭遇したことのない異常な音。

 明らかな異常事態に警戒しつつ、わたしは岩陰からそっと音のする方を覗いた。

 

(──!!)

 

 そして目に飛び込んできたのは……予想外の光景だった。

 

「ヒロロピーッ!」

「ヒョロロッピーッ!!」

「ピピッ、ピッ──!?」

 

 視線の先、逃げ惑うように宙を舞う無数の小鳥たち──“ことりポケモン”ココガラの群れ。

 そして、その中に向け紅白の球体(モンスターボール)を次々と打ち込む一人の女。

 

 白を基調とした迷彩服に同色のベレー帽。胴には複数のボールを格納した近代的なベスト、そして右腕に射出機構(スリンガー)が付いた奇怪な装置を身に付ける……明らかにユールの外から来たであろう人間だった。

 

 一見すれば外から来た観光客がポケモンを捕獲しているだけの光景。でも、これはこのユールでは絶対にあり得ない光景だ。

 何せ“パシュン”と音を立てて捕獲が完了する度、モンスターボールが光と共にその場から消えていたのだから。

 

 昔、知り合いの学者(ミスト)から聞いたことがある。

 ユール外で使用されるボールにはボックスへの自動転送機能が組み込まれていると。

 勿論、ユールの木製のボールにそんな機能は存在しない。ならば必然、あのボールはユールの外から持ち込まれた──()()()()()()()()()に違いない。

 

 そう……あのボールは間違いなく電子機器が組み込まれたもの。

 つまり本来、ユール内陸部(この場所)では使えない代物の筈なのだ。

 にもかかわらず、投擲されるボールが機能の制限を受けている様子はない。

 従来のユールの常識ではありえない、まさに異常事態だ。

 

 ──さらに不可解な点はもう一つある。

 

「……」

 

 それはあの女が一人で──そう、ユール外の人間がたった一人で街の外(ウートガルズ)に居るという事実。

 ユール外の人間が街の外に出る際には、必ずガイドトレーナーを伴わなくてはならない。これはユール地方の(ルール)を知らぬ人間が、無用な諍いを引きこさないよう定められた法。破れば厳罰に課されることもある、極めて重要な法だ。

 外の人間がユール入国する時は必ずこの法の説明を受ける。あの女がユールの外からやって来たのであれば、このルールを知らない筈がない。

 

 ならば、あの女はそれを知った上でこの場に居るということで。

 つまりは、他人に知られたくない後ろ暗い理由があるということだ。

 

 そしてあの女が今まさに行っている行動と、外部の人間がユールのポケモンを捕獲する際にはガイドの許可がいる規則を考えれば……答えはおのずと見えてくる。

 

(──密猟!!)

 

 禁止区域での規則を無視したポケモンの大量捕獲。

 間違いない、あの女は密猟者(ポケモンハンター)だ。

 

 その結論に到達した瞬間──わたしは“キャプテンらしく”その場から飛び出していた。

 

「──あなた、何してるの!?」

「……アアン?」

 

 人気のない場所で突然呼びかけられたためだろう、女が怪訝な顔でこちらを振り向く。

 

「……何って見りゃ分かんだろ? 捕獲だよ、ほーかーく。トレーナーならポケモン捕まえんのは当然だろ。てか、いきなり出てきて誰だよテメエ」

「わたしはルピナス。『奔狼の氷原』のキャプテン」

 

 “自分は単にポケモンを捕獲していただけ”。いけしゃあしゃあとそう宣う女に、わたしは自らの身分を明かす。

 それを聞いても女はさして動揺などしていない様子だったが……続けてわたしがガイドトレーナーの統括者であることを告げると、その顔に僅かに面倒そうな色を浮かんだ。

 

「……ふーん。んで、そのキャプテンサマがこのアタシになーんの用でございやすかねえ? こっちは観光先でちょっとポケモン捕獲を楽しんでただけの、善良な観光客でいやがりますよ?」

「とぼけないで。ここは捕獲禁止区域、許可のない捕獲は違法行為にあたる」

「んじゃあ、問題ないでやがりますね。アタシはガイドからキッチリ許可貰ってるんでえ」

「例え許可を得ていたとしても、捕獲に際してはガイドの立ち合いが必須。勿論、乱獲なんて以ての他」

「……」

 

 それでもなお、自らを善良な観光客であると嘯く女。

 しかしながら女に対し詳らかに規則を語ってやれば、何も言い返せなかったのかとうとう黙り込んでしまう。

 

「何よりあなたは今、ガイドを帯同せずに街の外に出ている。これは立派な違法行為」

「……あー」

 

 トドメに現在の状態がユールの法に違反していることを告げると、女は観念したかのように天を仰ぎ、うめき声を上げる。

 

「分かったら、大人しくわたしに着いて──」

 

 そんな女にわたしは──ハッタリと知りつつも──空のモンスターボールを突きつけながら、大人しく着いてくるよう促し──。

 

「あーあーあーあー面倒くせえ面倒くせえ。面倒くせえなあ、オイ」

「!?」

 

 突如感じた悪寒に、思わずとして身を竦ませた。

 

 頭をガリガリとかきむしりながら、苛立しげな口調で呟いた女。

 ぞわり、と不快な感覚が肌を撫でる。何か危険なものが迫っていると、本能がわたしに警告を発していた。

 でも、外面(ペルソナ)だけで動いていた今のわたしに、それを受け取るだけの余裕はなく。

 

「消すか」

「何、を──ガッ!?」

 

 気が付いた時にはもう、手遅れになっていた。

 

「シィ──キィン」

【???の “でんじは”!】

 

 突如として全身を貫く電流。

 強烈な痺れが四肢を襲い、わたしはその場に崩れ落ちた。

 

 腕が、足が、舌が、体中の筋肉という筋肉がわたしの意思を無視して痙攣する。

 どんなに力を込めようとも動かない体。文字通り全身が“まひ”した状態に、わたしは内心で歯噛みした。

 

(やられ、た……!)

 

 この感覚、間違いなくポケモンのわざ──“でんじは”だ。

 あの女、どうやらこちらの気づかない位置に自らの手持ちを潜ませていたらしい。

 

 唯一動かせる目で周囲を見渡せば、すぐ近くの岩陰に下手人らしき一匹のポケモンの姿を捉えられた。

 

「シィィィ……」

 

【キリキザン とうじんポケモン タイプ:あく・はがね】

 

 総身を覆う赤と黒の甲殻に、鋭い鋼の刃を纏うポケモン──“とうじんポケモン”キリキザン。

 このユールには本来生息していないポケモンだ。間違いなくあの女の手持ちだろう。

 

 倒れ伏すわたしに最早隠れる必要はないと見たか、キリキザンが岩陰を離れこちらへ近づいてくる。

 その構えた片腕には赤黒いエネルギーが纏わりついていた。

 

「掻っ切れ、“つじぎり”」

「シィッ、キィン!」

 

【キリキザンの “つじぎり”!】

 

 次の瞬間、女の指示と共にキリキザンが片腕の刃(“つじぎり”)をわたし目がけて振り下ろす。

 

「ギッ……ァ!?」

 

 背中に走る、鋭い痛み。

 羽織った外套が引き裂かれ、切り付けられた傷口から血がしたたり落ちた。

 

 ……幸いにして、分厚い外套が盾となったためか傷はそれほど深くない。すぐに命にかかわるようなものではないだろう。

 だが、それ以外は最悪だ。先の“つじぎり”で身に付けていたポーチとモンスターボールが体から外れてしまっている。これでは中のどうぐを使って、状況を打破することも叶わない。

 実際、女はそれこそが狙いだったのだろう。落ちたポーチをすぐさまに手の届かないところへ蹴飛ばし、ボールを拾い上げながら言った。

 

「“みねうち”」

「キン」

 

 キリキザンの刃が振るわれ、ボールの開閉錠を的確に破壊する。

 ああなってしまえば、もうボールを破壊する以外に中のポケモンを外に出すことはできない。

 敵ながら実に鮮やかな手並みだ。不意打ちで真っ先にトレーナーを無力化する戦術といいこの女、()()()()()()()相当手慣れている。

 

 眼前の相手は単なる密猟者(ポケモンハンター)ではない。それを理解して今更ながら、自身が無警戒で軽率に飛び出てしまった事実に臍を噛む。

 だがいくら後悔しても全ては後の祭り。今のわたしは指一本動かせないまま、敵の前で無防備に這いつくばうことしかできなかった。

 

 一方の女はといえば、手にしたボールを掌で弄びながら、這いつくばうわたしを心底面倒そうな顔で眺め、言う。

 

「はーあ……ったく、折角こっちが穏便に済ませてやろうとしてたのによぉ。変な正義感で突っかかって来やがって……おかげでテメエを“処分する”っていうめんどくせえ手間が増えちまったじゃねえか。こちとら、ただでさえ同僚(バカ)の所為で余計な仕事増やされてイライラしてんのに……いったいどーしてくれんだ、よっ!」

「ガッ……!?」

 

 ブツブツと何やら不平を呟いていた女が、矢庭にわたしの体を蹴り飛ばす。

 ブーツの先が鳩尾に食い込み、腹部に突き込むような痛みが走る。

 衝撃で胃液が逆流したのだろう、苦い液体が喉元へせり上がり、思わずとして吐き出してしまう。

 

「お、え……げふッ、ごほ……!!」

「あんのアバズレも、自分の作ったもんくらいキチンと管理しとけってんだ。おかげでこっちは余計な仕事増やされて面倒くせえったらありゃしねえ。ったく、陰険メガネの奴はバックレやがるし、クソガキは何考えてんのか分かんねーし、新入りは役に立たねぇしよお。結局いつもアタシにお鉢が回ってくんじゃねえかふざけんなよ」

「ぃ……ぎ……」

「おまけに息抜きで小遣い稼ぎしてたらこれだ。まったくツいてねーぜ、テメエみたいなのに絡まれることになるなんてよぉ。人の貴重な息抜き時間を台無しにしてくれやがって……。空気ってもんを読めよ。社会不適合者かテメエは?」

 

 ぐりぐりとブーツでわたしの顔を足蹴にしながら、不平不満を垂れ流す女。

 どこまでも自分勝手なその言葉には、吐き気を催すような悪意が満ち溢れていた。

 

「そんなんじゃあ周りのヤツラからも嫌われてんだろうな。テメエが消えたら大喜びするだろうぜ、きっと。あーボランティアで社会のゴミを掃除してやるアタシやっさしー……テメエもそう思うよなァ? なァ?」

「……ぅ……ァ……」

「幸いこの辺にゃあ“ゴミ処理”してくれるポケモンどもがうようよしてるからな。後処理も楽チンだ。血の臭いを嗅ぎつけたら直ぐに寄って集って、キレイさっぱり()()してくれるぜ? ポケモンどもは腹がいっぱいになって喜ぶ、社会の連中はゴミが消えて喜ぶ……良かったなァ、テメエみたいなヤツでもみんなの役に立てるぞ? ほら、嬉しいだろ? 涙流して喜べよ」

 

 女の口から垂れ流される悪意に満ちた言葉の数々。

 それが何の意味もない罵詈雑言だと理解していても、今のわたしには無視することができなかった。

 

 “社会不適合者”、“社会のゴミ”、“消えればみんなが喜ぶ”。

 

 女の言ったそれは、紛れもなくわたし自身が抱いていた思いそのもの。

 その思いが悪意ある他者にとはいえ“肯定”された。

 その事実はとっくに限界だったわたしの心をへし折るのには十分すぎた。

 

 わたしを辛うじて動かしていた“キャプテン”の外面(ペルソナ)が崩れる。

 代わって再び押し寄せる虚無感と絶望。全身から力が抜け、瞳から勝手に涙が零れ落ちた。

 

「あん? んだ、テメエホントに涙流してんのかよ? 気色ワリィな。泣いたところで何にも解決しねえっての」

「……」

「あー自分の運命を理解して絶望したってとこかあ? ま、いいや。抵抗しねえなら始末する手間が省ける。……キリキザン」 

「シィ……」

 

 女の言葉とともにキリキザンの片腕に再び赤黒いエネルギーが集まっていく。

 先とは違って狙いはわたしの命。あれが振り下ろされれば間違いなくわたしは死ぬだろう。

 でもそれも、もうどうでもいい。元々何の抵抗もできないし、何よりわたしは消えるべき存在だ。

 そもそも犯罪者に負けた挙句、好き勝手弄ばれる者が“キャプテン”などお笑い草。結局のところ、わたしにはキャプテンとなる資格なんてなかったのだろう。

 

 ──身の程知らずのわたしにはきっと、こんな無様な最期がお似合いなのだ。

 

「……ああ、そうだ。テメエの手持ちはいただいてくぜ。迷惑料と手間賃だ」

 

 ……幸いだったのは、こんなわたしの最期に手持ちたちを巻き込まずに済んだことだろう。

 手持ちたちは皆あのキャンプに置いてきている。持っていたボールは全て空。あの女にわたしの大切な家族が奪われることはない。

 

 自慢げに奪ったボールを揺らす女を見ながら、わたしは僅かに安堵した。

 

 これで思い残すことは何もない。

 

 わたしは自らの運命を受け入れるようにゆっくりと目を閉じる。

 

「んじゃあな、キャプテンサマ。せいぜい自分の軽率さを恨むこった。キリキザン、“つじぎ”──」

 

 

 ──ガァン!!

 

 

 ……その時だ。

 突如として響き渡る、何か固いものが叩きつけられるような音。

 鋼の刃が肉を裂く音とは違う、火花が散るような硬質な音だった。

 

 聞こえる筈のない異質な音に、わたしは反射的に目を開ける。

 

 真っ先に目に入ったのは片手を押さえ、驚愕の表情を浮かべた女の姿。よく見れば女が掲げていた筈のモンスターボールがどこかへ消えている。

 いったいどこへ行ったのか、と少しだけ視線を動かす。すると女のすぐ傍らに、散らばったモンスターボールの残骸と──

 

(あれ……は……!!)

 

 地面に深々と食い込む一丁の手斧が見えた。

 

 瞬間、わたしの背筋がゾッと凍り付く。

 ユールにおいて街の外(ウートガルズ)の手斧とは、とあるポケモンの存在を示す証。

 同時にそれは、“見た者はすぐさま逃げろ、さもなくば死ぬより恐ろしい目に遭う”という伝承が残る程の──「ぬし」にさえ匹敵する危険の象徴であった。

 

(まさか……!)

「なんっ、だ……テメエら!?」

 

 驚愕に揺れる女の声に、わたしも同じ方向へ視線を向ける。

 果たしてそこにあったのは、わたしが予想した通りの──最悪の存在だった。

 

「ヌチャ」

「カヌチ」

「カヌヌン」

 

 人の腰ほどの矮躯に、濃い桃色の体色。顔には色とりどりの戦化粧(フェイスペイント)を施し、頭には小さな角付きのとんがり帽子。自らより一回り小さな、鉄棍を構えた妖鬼たちを従える……『人喰い鬼(ユールラッズ)』。

 

 

【ナカヌチャン(ユールのすがた) アックスポケモン タイプ:フェアリー・あく】

 

【カヌチャン(ユールのすがた) りゃくだつポケモン タイプ:フェアリー・あく】

 

 

 ──かつてこのユールにおいて最も多くの人間を襲撃した、悪名高きポケモンだった。

 

「……っ」

 

 ずらりと居並ぶカヌチャンたちの数十を超える瞳に見つめられ、僅かに怯んだ様子を見せる女。

 一方、女を品定めするかのように眺め回していたナカヌチャンは、次いですっと女を指さし──

 

「ヌチャ」

 

 ──小さく鳴いた。

 

 

「「「「「ヌチャチャチャチャチャチャチャチャチャ~~~~~~~ッ!!」」」」」

 

 

 そしてそれが合図だったかのように……次の瞬間、カヌチャンが群れが女とキリキザン目がけ一斉に飛び掛かった。

 

「ぐあっ! こんの……畜生風情が、このアタシになにしてやがる!! 離れろ!! 離れやがれ!! ──クソが!! 何やってんだキリキザン!! さっさとコイツらを振り払え!!」

「キ、キィン!?」

 

 女とキリキザンの体に次々と飛びつき、手にした鉄の棍棒で所かまわず殴り付けるカヌチャンたち。

 女に振り払うよう命じられたキリキザンも必死に刃を振るうが、多勢に無勢。いくら鋼鉄の刃を振るっても、後から後から湧いて出るカヌチャンを全て振り落とすなど出来なかった。

 

「ぐげ!! ぎい!! あ゛あ゛あ゛あ゛……こんのクソッタレどもがァ!! いい加減に!! 離れろっつってんだろうが!! ──ブロロロームッ!!

「ブロロローーーン!!」

 

 振りほどけないカヌチャンたちに耐えかねたか、何とか引っ張りだしたボールから新たに自らの手持ちを呼び出す女。

 飛び出したのは岩の車体に発動機(エンジン)のような頭部を持つポケモン、“たきとうポケモン”ブロロローム。これもユールには生息していない珍しいポケモンだ。

 

「コイツら全員振り払え!! “どくガス”を撒きながら“ホイールスピン”!!」

「ブロロ……ブオン! ブオン! ブオオオオオオン!!」 

 

 女の指示を受けて、ブロロロームが異臭のするガスを放ちながらその場で高速回転する。

 周囲に濛々と“どくガス”がまき散らされ、女たちの体を包み込んだ。

 

「「「ヌ、ヌチャ……」」」

 

 女の捨て身の策が功を奏したのだろう。

 “どく”と“はがね”という弱点タイプのダブルパンチにやられ、女たちの体からカヌチャンたちがボロボロと引き剥がされていく。

 

 だがいかにカヌチャンたちを引き剥がしたとはいえ、無事とはいかなかったか。

 女が苦し気な表情で咳き込みながら“どくガス”の雲より転がり出る。その顔色はお世辞にも良いものではない。恐らく“どくガス”を少し吸い込んでしまったのだろう。

 

「ゲホッ、ゲホッ……! ああ、クソ! 踏んだり蹴ったりだよチクショーめ!! もうこんなとこ探索なんかしてられっか!! おい! さっさと戻れ、キリキザン! すぐにズラかるぞ!」

 

 流石にこの状態では戦えないと見たか、悪態を吐きながらズタボロのキリキザンをボールへ戻す女。

 次いでブロロロームの口に“メンタルハーブ”らしきものを押し込むと、その車体へと飛び乗った。

 

「行けっ!!」

「ブロロン、ブロロローン!!」

 

 女の指示を受け、耳障りな音を立てながら凄まじい速さで走り出すブロロローム。

 背部に濛々と排気ガスを残しながら、その姿はあっという間に小さくなっていく。

 

「ヌチャ! ヌチャチャ!」

「「「ヌ、ヌッチャ~~~……!」」」

 

 一方で怒ったように手を振り回しながら、目を回した手下(カヌチャン)たちを殴り付け、文字通り叩き起こしていくナカヌチャン。

 次いで逃げていくブロロロームを指差し、“追え、逃がすな!”と言うように大声を張り上げると、手下(カヌチャン)たちは慌てて後を追い始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

(大変なことになった……!)

 

 逃げ出したブロロロームとそれを追いかけるカヌチャンたちの背を見ながら、わたしは内心で焦りを覚えていた。

 

(まさか『人喰い鬼(ユールラッズ)』がキングの縄張りに出るなんて……!)

 

 無理もない。『人喰い鬼(ユールラッズ)』……カヌチャンは過去にその危険性から徹底的に駆除され、人間の活動領域から駆逐された種。生き残りはキングの縄張りの向こう側、ユールの深部にしかいない筈なのだ。

 だというのに、わたしの目の前には『人喰い鬼(カヌチャンたち)』が居る。理由は全く不明だが、彼らは再び人類の領域に進出してきていた。

 

(何とかして、伝えないと……)

 

 カヌチャンたちを放置するのはあまりにも危険だ。

 キング場を往来する観光客やガイドに……いや、最悪の場合は首都(アースシティ)にさえ被害が出かねない。

 何とかしてこの情報を誰かに伝えなければ。

 

 内心でそう思いながらも、しかし“まひ”した体はまともに動いてくれず。

 打開策を見出せぬまま、焦りばかりが募る中で……事態はさらに悪い方へと転がっていった。

 

「ヌッ……チャ」

(──!!)

 

 倒れ伏すわたしの眼前、ナカヌチャン(ユールラッズ)が地面に突き刺さっていた獲物(アックス)を引き抜く。

 次いでその瞳がぎょろりと動き、“わたし”の存在をしっかと視界に捉えた。

 

「ヌチャ」

「……ぁ……ぁ……」

 

 ザリザリ、と鈍色の手斧を引きずりながら『人喰い鬼(ユールラッズ)』が近づいてくる。

 

「……ぃ、ゃ……ぁ……」

 

 一歩、一歩と迫りくる悪鬼を前に、身を捩り必死になって逃れようとする。

 でも、痙攣を続ける体はまるで言うことを効かない。

 

(嫌だ……嫌だ……!)

 

 死ぬのは、怖くない。

 だけど、明確な脅威を前にこのまま何もできないのは嫌だ。

 役立たずになりたくない。何にもなれないわたしでも、せめてその“死”だけにはなにか意味があって欲しい。

 

 ああ、嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。

 

 このまま無意味に死にたくない。

 だって……だってこのまま死んだら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 神様、お願いです。お願いします。

 ここから逃れられるなら何でもします。欲しいものなら何でも差し出します。死ねって言うなら喜んで死にます。

 

 だから──わたしに生きていた証を残させてください。

 わたしという人間の人生にはほんの僅かでも価値があったのだと、証明させてください。

 

 ああ、ああ。

 

 誰か、誰か。

 誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 たすけて。

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 涙に滲む視界。振り下ろされる鈍色の刃。

 

 瞬間、“ゴッ”と鳴り響く鈍い音。

 同時に、頭へ強い衝撃を感じて。

 

 

 めのまえが まっくらに なった。

 

 

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