最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
「師匠ーーッ!! どこだーー!! 返事してくれーー!!」
岩の転がる荒野を喉も裂けよと声を張り上げながら、カナタは駆ける。
周囲に動くものは一つとしてなく、彼の声以外に響く音もない。
ルピナスが近くにいるのならば確実に声は届いている筈。しかしながらいくら叫ぼうとも彼の呼びかけに応えるものはなかった。
「クソッ! これじゃ埒が明かねえ……!!」
キャンプ地より走り去ったルピナスを探すこと早数十分。
未だ彼女の姿はおろか、僅かな手がかりさえも見つけられていなかった。
太陽は疾うに中天を過ぎ去り、地平へとかなり近づいている。
夏季の近づく極地ゆえ未だ周囲は明るいが、それでも日が落ちれば光源となるのは天を覆う
彼女が危機に陥っていると思しい中、これ以上時間の浪費はできない。
「……背に腹は代えられねえか」
危機的状況の中、カナタはとうとう腹を括る。
確執ゆえにあまり頼りたくはなかったものの、こうなってしまっては背に腹は変えられない。
かくてカナタは覚悟を決め、腰のボールを地面へと放った。
「──相棒」
「わっふ!」
瞬間、光と共に飛び出したのは茶色い毛皮の子狼──彼の唯一無二の相棒たるイワンコである。
溌剌とした鳴き声とともに軽やかに着地するイワンコ。ひんしの重傷すら瞬く間に回復する“げんきのかたまり”の効能か、あるいはポケモンという種族の驚異的な回復力の賜物か。その様相に先の戦闘によるダメージは一切として見受けられなかった。
相棒の姿をしかと見上げ、イワンコは機嫌よく尻尾を振る。
そんな相棒の傍らへカナタは膝をつくと、視線を合わせ口を開いた。
「相棒、頼みがある」
「わふ?」
畏まった様子のカナタに不思議そうな顔で小首を傾げるイワンコ。
「俺と一緒に
「……がぅ」
しかしながら続けてカナタが口にした言葉を聞いた途端、露骨に不機嫌そうな表情を浮かべる。
それもまた当然のこと。イワンコにとってルピナスはその存在そのものが
消えて喜ぶことはあれど、わざわざ探さねばならぬ理由などどこにもない。
そしてカナタも──詳しい事情は知らねど──相棒がルピナスのことを嫌っていることは承知の上。
それでももう、相棒以外頼れる者はいないのだ。
「──ッ! お前が師匠のことを嫌っているのは分かってる……でも!」
不機嫌そのものの相棒の目を真っ直ぐ見つめ、カナタは言う。
「師匠のこと、どうしてもほっとけねえんだ……!」
ここで自分が何もしなかった所為で、ルピナスにもしものことがあれば後悔してもしきれない。
彼女はあそこまで追い詰めてしまったのは他ならぬ自分が原因。だからこそ、例え彼女が望むまいとも決して見捨てることできない。
「これが終わったら何でもする……! 気に食わねえなら俺のこといくらでもぶっとばしてくれて構わねえ……!」
無理やり言うことを聞かせることはできない。
故にカナタに出来ることは相棒に頼み込むことだけ。
「だから頼む、相棒! 今だけでいい、俺に力を貸してくれ──!」
そう言ってカナタは頭を地に擦り付けた。
「──わおん」
それから、どれだけの時間が経っただろう。
鼻を鳴らすような音を聞き、カナタは顔を上げる。
果たして視線の先にあったのは、“仕方がない”と言わんばかりの表情を浮かべた相棒の姿。
「力を貸してくれるのか……?」
「わふ」
そんなカナタの問いに、彼の唯一無二の
「~~~!! すまねえ、相棒!! 恩に切る!!」
「いわんぬ」
自らの我が儘を相棒に押し付けてしまったことに罪悪感を覚えながら、それでも応えてくれた相棒へこれ以上ない程の感謝を告げるカナタ。
対しイワンコは“分かっている”とでも言うように鳴くと、踵を返しスンスンと地面を嗅ぎ分け始めた。
「ふんふんふん……がるるわ!」
しばし後、目当ての匂いを嗅ぎつけたのだろう。
カナタを見上げ一声吠えると、イワンコは矢庭に駆け出した。
(無事で居てくれ……
果たして内心で師の無事を祈りつつ、カナタは相棒の跡を追い走り出したのであった。
匂いの痕跡を辿りながら、カナタたちが荒野を駆けること十数分。
「──! わお!」
「見つかったか、相棒!」
唐突に相棒が足を止めると、先を見据え一声吠える。
まるで“あれを見ろ”とでも言うかのような相棒の声。カナタはすぐさま傍へと駆け寄り、その指し示す先に目を凝らす。
幸いにしてまだ空は明るく、見通しは十分。おかげでカナタはすぐさまに
「あれは……
地面に転がる岩の上に無造作に引っかけられたガイドトレーナー用のウェストポーチ。
──ガイドトレーナーのポーチは、
故に
無論のこと、キャプテン代理たるルピナスがそれを知らぬ筈もない。
しかしながら今、カナタの目の前にはルピナスのものであるポーチが放置されている。
……ならば、考えられる可能性は一つだけ。
「──ッ!! 遅かったってことかよ……クソッタレ!!」
ルピナスが既に危機的状況にある。
その事実がほぼ確定し、思わずとして歯噛みするカナタ。
同時に最悪の可能性が脳裏をよぎり……頭を振って無理やりに打ち消す。
「いや、まだ死んだって決まった訳じゃねえ……!」
そうだ。今はただ放置されたポーチを見つけただけ。実際に亡骸を目の当たりにしていない以上、彼女が死んだとは限らない。
あの
「今はとにかく手がかりを見つけねえと……」
と、どうにか思考を切り替えたカナタがルピナスの手がかりを探るべくポーチへと近づいた……その時である。
「!! ガルルオッ!!」
「どうした、あいぼっ……!?」
突如として背後から響く、
“何だ”とカナタが疑問を抱いた次の瞬間、彼の耳が僅かな風切り音を捉える。
直後、キャプテンとしての訓練で鍛えられた警戒本能に従い、反射的にカナタはその場から飛び退った。
「ぬっちゃーっ!!」
カナタが飛び
すぐさま音の方角へと視線を遣るカナタ。果たして彼の瞳に映ったのは大地に深々と食い込む鈍色の
「かぬぬ……!」
「こいつは──!!」
角付きの帽子を被る、桃色の妖精の姿。
「『
果たしてその姿を目の当たりにしたカナタはすぐさまに正体を看破する。
カナタに奇襲をしかけたこのポケモンの名は、ナカヌチャン“ユールのすがた”──またの名を『
金属資源の乏しいユールの環境に適応し、
(師匠のポーチを餌にした待ち伏せ!! つーことは、師匠はコイツらに襲われたのか!?)
『
これ見よがしに放置されていたポーチは恐らく人を誘い込むための罠。ポーチに気づいて近づいてきた人間を奇襲で以て仕留めるつもりだったのだろう。事実、相棒の警告がなければカナタも先の一撃で手斧の錆となっていたに違いない。
そしてポーチが罠として使われている以上、ルピナスもまた彼らに襲われた可能性は非常に高い。
その結論に達すると同時に、カナタの記憶の奥底よりルピナスより聞き及んでいたユールカヌチャンの
(コイツらは確か、襲撃した人間を自分たちの巣に連れ帰る──!)
そう。ユールのカヌチャンたちは更なる人間をおびき寄せるための“餌”として、襲った人間を
ならば、彼らに襲われたルピナスもまたカヌチャンの巣穴に連れ去られていたとて不思議ではない。
それ即ち──。
(
無論、凶暴なポケモンの巣穴に連れ込まれた以上、未だルピナスが危機的状況であることは変わらない。
しかしながら完全な生死不明の状態から、僅かでも生きている可能性が高まったことも事実。
絶望的な状況の中に垣間見えた、一筋の希望。ならばこそ、カナタが次にすべきことは一つであった。
「とっ捕まえてコイツに師匠のところへ案内させる! ──やるぞ、相棒!」
「がるるわっ!!」
ポーチを罠として利用した以上、目の前のナカヌチャンがルピナスの行方を知っている可能性は高い。
故に目の前のナカヌチャンを捕獲、然る後にルピナスの元へと案内させるのだ。
果たしてカナタの呼びかけに応えるように、前へ進み出る
直後、雄たけびと共に手斧を構えたナカヌチャンが再びカナタたちへと飛び掛かった。
「かぬぬっちゃーっ!!」
手斧を構え一直線に迫りくるナカヌチャン。
対しカナタが真っ先に選んだのは逃走経路の封殺であった。
「(まずはアイツの逃げ場を塞ぐ!)相棒、“かげぶんしん”だ!」
「いわんぬ!」
目の前のナカヌチャンはルピナスへと続く数少ない手がかりだ。
万が一にも逃がす訳にはいかない。
そのような思惑のもと、カナタは相棒に指示を飛ばす。
果たしてカナタの指示に応じるように四肢に力を込めたイワンコは次の瞬間、無数の分身となってナカヌチャンを取り囲む。
「か、かぬぬ……!?」
自らを包囲するイワンコの姿に驚いたか、ナカヌチャンはその場にて停止し、困惑したように目を白黒させた。
一方のカナタはそんなナカヌチャンの姿を視界に捉えながらも、他に動く気配があればすぐに動けるよう神経を尖らせる。
(コイツらは群れで行動するポケモン! 一匹が姿を見せたってことは、辺りに別の他の奴らが潜んでるかもしれねえ!)
“ユールのすがた”のカヌチャン系統の真骨頂は群れによる数の暴力。高い知能を駆使した連携プレーで巨大な“
しかしながら、その一方で単独になると途端に逃げだすほど臆病なポケモンでもある。
奇襲に失敗したナカヌチャンが逃走ではなく戦闘を選んだ以上、目の前の一匹以外にもこの場に同族がいることはほぼ確実といってもよい。
故にいつ襲撃を受けても対応できるよう、バッフロンのボールを片手に備えていたのである。
──だが、しかし。
(……こない?)
どれほど神経を尖らせ探っても、周囲には何の気配も感じない。
もしや自らの備えを警戒されているのかと思い、一瞬ワザと隙を作ってみせるも、それでも動きは一切としてなかった。
どうやら目の前のナカヌチャンは本当に単独でカナタたちに襲い掛かったようである。
(どういうことだ……?)
聞き及んでいた生態とは明らかに異なるナカヌチャンの行動に、僅かに疑念を覚えるカナタ。
だがすぐさまに“今はそれどころではない”と思考を切り替える。
ありえざる単独行動の理由を考えたところで結論が出る訳でもなし。
何よりも今、優先すべきはルピナスの救助である。
(あっちが一匹だってんならむしろ好都合だぜ)
理由は不明だがあちらが自らの強みを封じているのならば好都合。
この機を逃さず速やかに目的を果たす。
かくて意識を切り替えたカナタは、相棒へ次なる指示を飛ばした。
「一発で仕留めるぞ、相棒! 一斉に“とおぼえ”だ!!」
「ガウッ! ウルルルオオォォォ!!」
【イワンコの “とおぼえ”!】
【イワンコの こうげきが あがった!】
カナタからの指示を受け、分裂したイワンコが一斉に雄たけびを上げる。
四方八方に響き渡る
「ぬ、ぬっちゃあ……」
四面より響く荒々しき叫びに怯んだか、身を震わせ思わずといった様子で後ずさるナカヌチャン。
その場より逃げ出さんと慌てて周囲を見渡すも、そこでようやく自らの逃げ道がどこにもないことに気がつく。
「ぬ……ぬぬ……ぬっちゃーーッ!!」
周囲四方どこにも逃げ場のない
その真っ只中へと捕らわれた事実に絶望し、もはや破れかぶれでナカヌチャンは手斧を振り回す。
「──ガウ」
しかしながらそのような破れかぶれの行動が、
かくして斧を必死振り回すナカヌチャンをあざ笑うかの如く、イワンコは“蹂躙”を開始した。
【イワンコの “でんこうせっか”!】
「ぬっ……ぬっちゃ!?」
周囲を囲う分身の一匹が刹那の間にナカヌチャンへと肉薄する。
【イワンコの “かみつく”!】
「かぬあ!?」
強靭な顎がナカヌチャンの腕を捉え、その身を中空へと放り投げる。
【イワンコの “いわおとし”!】
「かぬぬっちゃ!?」
周囲を囲む分身が無数の岩塊となってナカヌチャンへ雨あられと叩きつけられる。
圧倒的な速度差を前に一切の反応も抵抗も許さず、叩きつけられる岩塊がナカヌチャンの体力を瞬く間に削り取っていく。
かくて与えられたダメージに耐え切れず、ナカヌチャンの意識が暗転する──その刹那。
「せいやっ!!」
ナカヌチャンの肉体が収縮する寸前、完璧なタイミングを図って投擲されたボールがその身を光と共に包み込んだ。
果たして多大なダメージを受け、本能的に安全な場所を求めていたナカヌチャンがモンスターボールの齎す安寧に抗える筈もなく。
そうして地面へと落ちたボールは二度、三度と飛び跳ねた後、“パン”と小さな花火を上げて捕獲完了を告げたのであった。
【やったー! ナカヌチャンを 捕まえたぞ!】
【ナカヌチャンのデータが新しくポケモン図鑑に登録されます!】
ナカヌチャン(ユールのすがた) アックスポケモン タイプ:フェアリー・あく
図鑑説明:『狡猾だが臆病な性格。群れれば巨大なはがねポケモンさえ仕留めるが、一匹になると途端に逃げだしてしまう』