最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
眼下を高速で流れるは、見渡す限りの雪原の景色。
穢れなき雪原がどこまでも広がり、時おり野生ポケモンの群れが駆けていく光景はまさしく絶景と呼んで差し支えないだろう。
尤も、カナタにそんな景色を楽しむ余裕はなかったのだが。
──ユールの空に絶叫が響く。
「うおおおあああああ落ちる落ちる落ちる落ちるうぅぅぅ!!!!」
アーマーガアの脚に全力で縋り付き、悲鳴を上げながら飛翔の風圧に耐えるカナタ。
ここはユールの遥か上空、地面に落ちれば一巻の終わりの高さだ。にもかかわらず、自身とアーマーガアを繋ぐのは頼りない命綱が一本だけ。手を離したら絶対に死ぬ、その一心でカナタは握力の限界を超えてしがみつき続ける。
一方、アーマーガアの背中で悠々と過ごしていたルピナスは、うるさく悲鳴を上げる彼に呆れたような表情を浮かべ、言う。
「そんなにギャーギャー騒がなくても大丈夫。わたしのアーマーガアは優秀。落とすようなヘマはしない」
「クロウク」
「そっかあ、なら安心♪ ……とでも言うと思ったかあ!! こちとら命綱一本で足にしがみついとんじゃ!! おかげで風に煽られる度いつ落ちんのかと生きた心地がしねーんだわ!! おまけにその命綱もクッッッッソ細いし!! 俺も
「ん、無理。狭い」
「出来る出来る大丈夫だってもうちょっと詰めればいけるってどうしてそこで諦めるんだ諦めんなよネバーギブアップ!!」
「ん、うるさい。アーマーガア、スピード上げて」
「クラークラー」
「あああああああナマ言ってすんませんでしたああぁーーー!!!! だからこれ以上スピードアップはやめぎゃああああああーーーーーっ!!??」
トレーナーの指示に従い、アーマーガアがスピードを上げる。
ユールの空に再びカナタの悲鳴が響いた。
「シヌカトオモッタ……」
「ん、大げさ。人間はあれくらいじゃ死なない」
背の低いカラフルな建物が立ち並ぶ通りをカナタとルピナスは歩く。
ここは「炎と氷の狭間の町」ミッドタウン。溶岩原と氷原の中間地点に位置することからその名が名づけられた、ユール地方南東部に位置する小さな港町である。
キング場『奔狼の氷原』を出発して数時間、日も高く昇ったころに二人はようやっと目的地である
さて、覚束ない足取りで歩きながらの蒼白な顔で“死ぬかと思った”と呟くカナタ。どうやら先の長時間の宙吊り飛行で心身に多大なダメージを負ったようだ。かわいそう。
一方のルピナスは彼の呟きに呆れた表情で大げさと返す。
「いや、大げさじゃねんだわ。あんな目に遭えば人間誰だって死ぬかと思うんだわ。てか、一歩間違えたら死んでたんだわ」
「ちゃんと命綱も着けてるし、万が一落ちそうになってもアーマーガアが回収する。どこにも死ぬ要素なんてない。それにわたしだってあれで何回も運ばれたけど全然平気だった」
「いやいやそんな死ななきゃ安いみたいな──待って、何回も運ばれたの? アレで?」
「うん。先代キャプテンに修行つけて貰ってた時……えっと、確か5歳くらいの時からずっと」
「──辛いことがあったら信頼できる大人に相談するんだぞ」
「? なんで急に可哀そうなものを見る目になったの?」
あまりに酷い仕打ちに文句の一つでもつけようとしたカナタであったが、しかし暴露されたルピナスの過去に出かけた文句も思わず引っ込む。
察するに先の宙吊り飛行はルピナスにとって過去に自分もされたものだったのだろう。しかも、かなりの頻度で。
曰く、それは先代キャプテンによる修行期間中のことであったらしいが……ハッキリ言って幼子にあんな一歩間違えれば死ぬような移動方法を取らせる先代は頭がおかしい奴だったに違いない。
そして
しかしルピナスに罪はない。悪いのは全て頭のおかしい先代だ。彼女はそんな頭のおかしい先代による頭のおかしい修行によって頭がおかしくなってしまった被害者なのだ。
人として失っちゃいけない大事なものを失ってしまったこの憐れな少女に、どうか常人の感性を取り戻させたまえ。
届かざるとは思いつつも、カナタは
そんなカナタの内心はさておき。
ミッドタウンの通りを迷いのない足取りでズンズンと進むルピナス。その様子は明らかにどこかを目指している風であった。
一方のカナタはそんな彼女を見失わないよう後を追いつつ、一体どこに向かっているのかと問うた。
「なあ、ルピナス。これって今どこに向かってるんだ?」
「ん、知り合い学者の家。昨日も言った通り、今からあなたの面倒を押し付けゲフンゲフン……力になってくれるよう頼みにいく」
「おういま面倒つったか?」
「ん、気のせい。あと、アイツはちょっと──いや、かなり──生活力のない研究バカだけど……でもあなたが異世界出身者だって知ったらきっと実験台として歓迎してくれるから安心するといい」
「ねえ今の発言のどこに安心できる要素あった?」
「大丈夫。命まではたぶん取られない」
「すいません、逃げてもいいですか?」
「ん、ダメ。もし逃げてもわたしが絶対に捕まえる。一文無しの犯罪者予備軍を放置する訳にはいかないし」
「打つ手なしかあ」
残念ながらカナタには大人しく件のマッド学者の下に赴く以外に選択肢はないらしい。
まるでドナドナされる子牛のような気分でトボトボとカナタはルピナスの後についていくのだった。
「──ん、着いた。ここがアイツの研究所」
やがてルピナスはとある建物の前で立ち止まる。
建物の外観は他の家屋と大差ない三角屋根のこじんまりとしたもので、言われなければとても研究所とは信じられなかっただろう。
次いでルピナスは遠慮なく家の敷地に入ると、扉を開け中に入るよう手招きする。
「カナタ、こっちこっち」
「いや、勝手入ってもいいのかよ」
「ん、大丈夫。どうせノックしたって聞いてない。それより寒いから早く」
「あ、はい」
ルピナスに促されるまま家の中へと入るカナタ。カーテンが全て閉めきられている所為だろうか、中はかなり暗かった。
そんな中でもルピナスは迷うことなく奥へと進んでいく。カナタも遅れぬよう暗い廊下を恐る恐ると進んでいくと──唐突にカサリと何かを踏んだ感触が足元を襲う。
(何だこれ……紙?)
拾い上げてみれば、それは何か波形のようなものが描かれた紙であった。周囲の薄暗さ故に今の今まで気が付かなかったが、よくよく見れば似たような紙が床のあちこちに、それこそ足の踏み場もないほど散乱していた。
(ここに住んでるっていう学者サンの資料なのか? にしちゃあ、散らかり放題で汚ったねぇな──ッ!?)
と、その時であった。
突如としてポン、と背後から彼の肩に手が置かれる。
置かれた手はルピナスのものではない。彼女にしては明らかに背が高すぎる。
そして今、把握している限りこの建物の中にいる人間は三人。ならば必然的にこの手は……。
瞬間、サアとカナタの背筋が冷える。
何せカナタたちはこの家に入る際、住人に何の断りも入れていないのだ。
顔見知りであろうルピナスならばまだ問題は少ないだろう。だがこの家の住人と何の面識もないカナタでは……どう考えて不法侵入者と見なされるのが当然であろう。
タイミングの悪いことに、ルピナスは先に行ってしまってここにはいない。これでは取り成してもらうことも出来ない。
「あ、あの! すんません、俺はルピナスの知り合いで……!」
それでもどうにか誤解を与えぬようにと、カナタはルピナスの名を出しながら後ろに振り向き──。
「ど~ち~ら~さ~ま~?」
「ギャアアアアアアッ!!?? 出たああああ!!??」
暗闇に浮かび上がる青白い女の顔に、思わずビビり散らかしたのであった。
数分後、同宅のリビングルーム。
死んだ目でソファに腰かけるカナタを見ながら黒髪の女性がタハハと笑う。
「チビルカトオモッタ……」
「いやあ、すまない。予備のヒューズを取りに行ったら見慣れない人影がいたのでね、つい驚かせてしまったよ」
「ん、あんまり人を驚かせて遊ぶのはやめて欲しい。ただでさえカナタは命綱付きの飛行で“死ぬかと思った”なんて言い出すくらい肝が小さい。やり過ぎると本当に死にかねない」
「ははは、以後は気をつけよう。それはそれとしてあの飛行方法についてはカナタくんの方が正常だねえ」
こうしてルピナスと軽口を叩きあっているところを見るに、彼女こそ件の学者で間違いないようである。
年は20台の半ばであろうか。スラリとした体躯の、縁なし眼鏡が特徴的な中々の美人であった。
「おっと、自己紹介が遅れたね。私は
「霧が濃くなってきたな……」
「うん? 何か言ったかい?」
「あ、何でもないっス。──えっと、自分カナタって言います。よろしくです」
「ああ、よろしく頼むよ。……しかし、ルピナスくん。一匹狼な君が人を連れてくるだなんて珍しいね? いったいどういった風の吹き回しだい?」
「ん、実はあなたに頼みたいことがあって」
「頼みたいこと?」
そう言って黒髪の女性──ミストは首を傾げる。
対し、ルピナスはミストに昨日の出来事を──カナタの証言も挟みながら──つまびらかに話してゆく。
その荒唐無稽とも言える話に当初は半信半疑の様子のミストであったが、話が進むにつれその表情はだんだんと真剣なものへと変わっていき……果たしてルピナスがすっかり語り終えた頃には、完全に思考に没頭しているようであった。
「──という訳で、あなたにカナタの身柄を預かってほしいのだけれども……ミスト?」
「異世界……それもモンスターの存在しない世界だって……ということは、あのパターンはまさか……!」
「あの~すんません。ミスト博士? 話聞いて──」
顔を俯かせ小声で何やらブツブツと呟き続けるミスト。まさしく"心ここに在らず"といった様子の彼女に、カナタは一体どうしたのかと話しかけた。
──が、次の瞬間。
「そういうことかァ!!」
「ウェ!?」
ソファを蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がったミストのクソでかボイスに思わずビビり散らかしたのであった。
細身の体の一体どこからそんな声が出せるのかと、一瞬疑問に思うほどの大叫声。元よりビビりの気質があるカナタには”こうかばつぐん”である。
さらにさらに、次の瞬間”グリン!”と勢いよく首を動かしたミストにがしりと腕を掴まれ、カナタは“ヒェ……”と小さく悲鳴を漏らす。
「異次元からの転移! その話が本当ならば、カナタくんは“オルタナの
「ん、喜んでくれたようでなにより」
翠緑の瞳をギラギラと怪しく輝かせながら、ルピナスに早口で感謝を述べるミスト。その姿はどう見てもマッドな科学者のソレである。こわい。
だが、ルピナスはそんな彼女の姿を見慣れているのか、我関せずとばかりに出された茶菓子をモグモグと頬張っていた。
そのあまりの図太さにカナタは感心すら覚えるが、すぐにそれどころではないと小声で助けを求める。何せカナタはマッドな学者に逃げられないよう腕をがっしりと掴まれている状態、このままではナニされるか分かったものではない。
(ルピナスさん! ルピナスさん!? お菓子なんか食べてないで助けて!? この人絶対ヤバいって! だって明らかに目がイっちゃってるんだもの!!)
──が、そんな助けを求めるカナタの必死の叫びも空しく。
「ん、そうだミスト。余ったお菓子持って帰ってもいい?」
「勿論だとも! いくらでも持ち帰ってくれたまえ!」
(──ルピナスさあああああん!?)
もはやカナタの処遇になど興味はないとばかりに、ルピナスが放ったのは菓子の持ち帰り許可の言葉。どうやら彼女にとっての優先順位はカナタ<菓子であるようだ。憐れ。
唯一の味方──になりそうだった──ルピナスに見捨てられ、孤立無援の状況となったカナタ。もはやなりふり構っていられないと、無理やりにでも逃げようとするが……。
「ええい、こうなりゃ無理矢理にでも……って、力強っ!?」
にげることが できない!
その細腕のどこにそんな力があるのか、カナタがいくら振りほどこうとしても掴まれた腕は決して離れず。それどころかズルズルと部屋の奥に引きずられていく始末であった。
「ん、それじゃあわたしはそろそろ行くから」
「ああ! 気をつけて帰ってくれたまえよ!」
「待って待ってよ待ってくださいルピナスさあん!! 頼むから見捨てないで!? だってこの人ホントにヤバいんだもの!! 洒落になってないレベルで怖いんだもの!! マジで助けてくださいお願いします何でもしますから!!」
「ん、今何でもするって言った? ……じゃあ、実験をがんばって」
「それじゃあ意味ねぇんだわ!! ──あ、待って待って待ってホントに待って帰らないでルピナスさん! ……ルピナスさん? ルピナスさあああああん!!」
「ようし、いくぞ
「とうとうモルモットつったよこの人!? ヤ、ヤメロー! ヤメロー! シニタクナーイ! シニタクナーイ! だ、誰か助け……アッーー!?」
このあと滅茶苦茶実験した。