最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第5話:彼方に思う

「疲れた……」

 

 ゲッソリとした顔でソファにもたれかかりながら、カナタは呟く。

 マッドな学者(ミスト博士)に部屋奥へ連れ込まれ、実験に付き合うこと数時間。ブオンブオンと音を立てる怪しげな機械にぶち込まれ全身を計測されたり、やたらとケミカルな謎の液体を飲まされたり、挙句の果ては体が七色に発光し始めたりと……まあ、とにかく大変な目に遭ったカナタ。さらに実験を受けている間中、カナタのすぐそばではガンギマリのミストが”ウッヒョー!”だの”ヴェハハ!”だの叫んでいる始末だ。こんな状態で身も心も休まる筈がなかった。

 

 窓の外はすでに日がとっぷりと暮れ、闇色の夜空に極光が揺らめいているのが見えた。

 カナタがこの研究所を訪れたのは正午ごろ。それから今の今までぶっ続けで実験を行っていたのだ。疲弊するのもむべなるかな。

 午前中の宙吊り飛行のダメージも相まって、カナタの身心は共に疲労の極みにあった。

 

「やー、お疲れのようだね。カナタくん?」

 

 と、黄昏るカナタにかかる呑気な声。

 その一切悪びれの無い言葉に”一体どの口がほざくのか”と、カナタは声の主(ミスト)へじっとりとした視線を送る。

 

「……そらそうっすよ。てか、いったい誰の所為だと思ってんすか」

「はっはっは。いやぁ、すまない。何せ得られた計測結果があまりにも素晴らしかったのでね。ついつい興奮してしまったよ」

 

 そんなカナタの視線を浴びて、しかし気にした様子もなく笑うミスト。

 口では”すまない”と言いつつも、そこに反省の色はまるでない。何という面の皮の厚さであろうか。

 この世界に転移してよりこっち、ルピナスといい、ミストといい、出会った人物の神経が皆あまりにも太すぎる。過酷極まりないというユール地方で生きていくには、これくらいの図太さがなければやっていけないという訳か。

 

「ハァ……いや、まあこっちも命はまでは獲られなかった訳ですし、別にいいんスけどね。……で、肝心の実験結果っていうのはどんな感じだったんすか?」

 

 内心釈然としないものを覚えつつも、しかしこれ以上文句をつけても仕方がないと、ため息を一つ吐いて頭を切り替えたカナタ。次いで話題の転換を兼ねて、ミストへ実験結果について問う。

 対しミストは「ああ」と一つ頷くと、実験中とは打って変わった落ち着いた調子でカナタの質問に答えた。

 

「実験の結果、君の体から未確認パターンの“オルタナ粒子(りゅうし)”が観測された。やはり君は“オルタナの(とばり)”の向こう側、この世界とは異なる次元(マルチバース)からやってきた漂流者に間違いないね」

「はあ、さいでっか」

 

 伝えられた実験結果。それはカナタが異世界からの転移者であることが証明されたというものであった。

 まあ、実際に転移を経験をしたカナタからすれば“知ってた”という他ないが。とはいえ、カナタがどうやってこの世界にやってきたのかが判明したことはそれなりに重要なことである。

 何せ、もし仮に元の世界に帰ると決断したとして、どうやって来たのかが分からなければ帰る方法を探すこともままならないからだ。

 今回の実験ではカナタが“オルタナの(とばり)”──空に揺らめくあの極光(オーロラ)だ──を通ってこの世界にやってきたことが判明した。

 向こうからやって来ることができるならば、こちらから行くこともできるのは道理。つまり今回の実験の結果は、カナタの元居た世界に帰れる可能性が出てきたということに他ならない。

 最終的にこの世界に留まるか、それとも元の世界に帰るのか。どうなるのかはカナタにもまるで分からないが、それでも帰れる可能性が出てきたということは大きな前進だ。それだけでもマッド学者(ミスト)の実験に付き合った甲斐はあろう。

 

 と、それはさておき。

 ミストより実験結果を聞き及んだカナタは、その中にふと気になる単語を聴きつける。

 

「“オルタナ粒子”……って、何すか?」

 

 カナタが気になった言葉。それは自らの体から観測されたという“オルタナ粒子”なる謎の代物。同じ“オルタナ”の名を冠していることを鑑みるに、“オルタナの(とばり)”と何か関わりがあるのだろうか。

 果たしてカナタの口からこぼれた素朴な疑問に、ミストはまるで教え子に質問された教師のような調子で答えた。

 

「“オルタナ粒子(りゅうし)”は“オルタナの(とばり)”からユール中に降り注いでいる特殊な粒子さ。強いエネルギーを帯びていてね、影響下にある電子機器を狂わせてしまうんだよ。ユール地方では電子機器が使えないのもこれが原因だね」

 

 “尤も島中央から離れるほど影響は弱まるから、沿岸部だと使える場所もあるけどね?”、と付け加えるミスト。

 なるほど言われてみれば確かに、先の実験で使われた装置の中には明らかに電子機器と思しきものもあった。

 ユールでは電子機器が使えないと聞いたにも関わらず、なぜ動作しているのか若干疑問に思っていたが、どうやらこれが理由であったらしい。

 疑問が解消され、すっきりした気分でなるほどと頷くカナタ。そんな彼の姿に気を良くしたか、ミストはさらに立て板に水とばかりの口調で解説を続けていく。

 

「ちなみにオルタナ粒子には僅かだけど時空間を歪める性質があってねぇ。多量に集まると空間がたわんで不可思議な現象が発生するんだよ」

「“空間がたわむ”……あー何か、ガラル粒子みたいっすね」

「おや、ガラル粒子なんてよく知っているね? それも君の言っていた『原作』とやらで語られてたのかい?」

「ええ。まあ、はい。そんなとこっす」

「なるほど……辿りえた無数の可能性。高次元の観測者によって証明される無限数の代替宇宙(オルタナティブ・ユニバース)、か

「ん? 何か言いました?」

「──いいや、何でもないさ」

 

 会話の最中、カナタにはミストがボソリと何事かを呟いたように見えた。

 だが、発されたであろう声はあまりにも小さく。カナタの耳がそれを聞き取ることは出来なかった。

 念のため何か言ったかと尋ねてみるも、帰ってきたのは“何でもない”という素っ気ない言葉だけ。

 その態度が気になったカナタは、ミストへさらに問いかけようとするが──それを先んじて制するかのようにミストが再び口を開く。

 

「──それで、オルタナ粒子についての話だったね? うん、さっきカナタくんはガラル粒子のようだと言ったけど、当たらずとも遠からずだ」

 

 “アレもまた空間を歪める性質を持つからね”、とミストは続ける。

 

「でもより近しいものとしては……そうだね、カナタくんは“メガシンカ”を知っているかな?」

「え? あ、はい知ってます」

「うん、それなら話が早いね。メガシンカによって発せられる強大なエネルギーは時空を歪ませ、()()()()()()()()()()()()()()()()()。……オルタナ粒子の持つ性質はそれに近しいものなのさ」

 

 彼女の語る言葉、それははかつてとある「流星の民」が語った内容に通じるもの。

 世界を揺らがせるメガシンカのメカニズム。この世界とは似て非なる別の世界の観測、そして確定さえも可能とするその性質に、“オルタナ粒子”の持つ特性は酷似しているのだとミストは言う。

 

「そしてオルタナ粒子のエネルギーによって歪められた空間、即ち“次元の揺らぎ”は──私たちの目には揺らめく光という形で観測される。……うん、ここまで言えばもう分かると思うけどオルタナの(とばり)──あの極光(オーロラ)の正体は、超大規模なオルタナ粒子の集合体。揺らぎ揺らいで薄らいだ世界を隔てる壁そのものなのだよ」

「はえー」

 

 淡々とした口調で、それでもその奥に隠し切れぬ興奮をにじませながら、そう言葉を紡ぐミスト。

 が、対面のカナタはといえば専門用語だらけの彼女の説明を半分も理解できず、さながら念仏を聴くドロバンコの如きアホ面を浮かべるのみであった。

 しかし置いてけぼりを喰らっているカナタの様子を知って知らずか、ミストの語りは止まることなく。むしろますますとして熱を帯びて(ヒートアップして)いく。

 

「さらに付け加えるとオルタナ粒子には生物の体内に蓄積された場合、帯びたエネルギーの作用によってその生物の身体能力を劇的に強化する性質があるんだ。この強化現象は沿岸部を除くユール地方の各地で見られるもので、通称『オルタナ「ぎゅるるるる!」』と呼ばれ……おや?」

「あ」

 

 と、その時であった。過熱する彼女の語りを突如として異音が遮った。

 鳴り響いた異音に冷や水(ひやみず)を浴びせられたミストはそこで語りを止め、次いで音の出所へと視線を向ける。

 

 異音の出所はカナタの腹部。

 発生要因は胃袋の収縮運動による空気の移動。

 ──要は腹の虫である。

 

 ……思い起こせばカナタは今日、ロクに食べ物を口にしていない。朝は早くから叩き起こされて朝食抜き。昼は飛行のダメージで一切の食欲がなく。午後はこの時間までぶっ続けの実験三昧、食事を取る暇なんぞなかった。

 つまりは、ここに来てストレス要因から解放されたカナタの体がようやく自らの空腹を自覚したという訳である。

 

「……何か、すんません」

 

 語りを遮る程の腹の虫に、気まずげな顔を浮かべるカナタ。

 そんなカナタの様子に思わずミストは“ぷっ”と吹き出してしまう。

 

「クッ……ククク……! いや、大丈夫だよ……プククッ! ふぅ……うん、確かにもういい時間だね。休憩がてら食事にするとしようか」

「あ、はい」

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

「なあにこれ」

 

 数分後、出された“食事”を目の前にしてカナタは思わず呟く。

 原因は無論、小皿に盛られた色彩豊かな「それら」。

 赤、青、緑……色とりどりの()()が皿の上にこんもりと乗せられていた。

 

 そんな思わずしてまろび出たカナタの呟きに、ミストは“何を当たり前のことを”とばかりに不思議そうな表情を浮かべ、言う。

 

「何って、栄養サプリだけど?」

──んなもん見りゃわかるわい!! 何で! それが! いかにも料理でございと皿の上に乗っかって出てきてるんですかねえ!?」

「……? 食事なのだから当然だろう?」

「いや、どう考えてもこれは“食事”じゃねんだわ! ってか、そもそも栄養サプリは飯の代わりにはならねえんだわ!!」

「生命維持に必要な栄養を補給するという点は一緒だろう? ならば調理という無駄な手間を省ける分こっちの方が効率的じゃないか」

お前は何を言ってるんだ

 

 盛られた錠剤をポイポイと口に放り込みながらそうこともなげに言うミスト。

 そのあまりにも信じがたい言葉にカナタは思わずしてツッコミを入れる。

 さらに詳しく聞けばなんとこのミストという女、生命維持に必要な栄養を全てサプリと栄養ドリンクで補給するという狂気の食生活を送っているのだという。バカじゃねえの。

 そもそも普通人間がそんな生活していたら確実に体を壊す。なぜかミストはピンピンしている様だが、それはミストがおかしいだけだ。

 もちろん、常人であるカナタがそんな無茶苦茶な食事に耐えられる訳もない。というか、栄養サプリなんぞで腹が膨れる筈がない。

 

「せめて! せめてマトモな食べ物はないんすか!!」

 

 せめてマトモに食べられるものが欲しい。そう切実に訴える彼の姿に頭を捻りつつも、それならばとミストは口を開く。

 

「うーん、来客用の茶菓子ならあったと思うけれども……」

 

 果たして彼女からの返答は、茶請けの菓子ならばあるというもの。正直、10代の健康的男子であるカナタにとっては些か物足りない代物だが、それでもサプリよりはずっとマシである。

 という訳で、さっそく菓子が保管してあるという戸棚を漁ったカナタであったが……しかし。

 

「すんません、戸棚の中もぬけの殻なんすけど」

「え? ……あー、もしかしたらルピナスくんが全部持って帰ったのかも……」

マジかよあいつ

 

 なんということだろうか。まさか出された分に飽き足らず、他人の家の菓子を根こそぎ持っていくとは。どれだけがめついのだ、あの少女(ルピナス)は。

 ミスト曰く“欲しかったら遠慮なく持っていってよい”と言ってあるとのことだが、にしたって限度というものがあるだろう。いくら何でも遠慮がなさすぎる。

 ルピナスのあまりのやりたい放題ぶりに閉口するカナタであったが、しかしすぐさまそれどころではないと焦りを覚える。

 何せ、これで僅かな頼みの綱が切れてしまったのだ。このままではあの錠剤の山を飲むか、それとも空きっ腹のまま眠るかの二択である。

 

「あの……すんません、ミスト博士。マジで他に何か無いでしょうか。この際、錠剤じゃなきゃもう何でも良いんで……」

 

 眼前に聳える究極の二択を前に、何とかそれ以外の可能性はないものかと、一縷の望みをかけてミストに懇願するカナタ。

 

「ふむ、そんなに錠剤が嫌なのかい? フゥ……ならば仕方がない。客人には滅多に出さないのだが、君には特別に私のとっておきを出してあげようじゃないか」

「マジすか! あざっす!!」

 

 果たしてそんなカナタの情けない姿を憐れんだか、自らのとっておきを出してくれるというミスト。

 対しカナタは彼女の言葉に目を輝かせ、一も二もなく首を縦に振る。

 これでクソみてえな二択を選ばずに済む。降って湧いた希望にカナタは躊躇なく飛びついたのであった。

 

 ──が、この時空腹で若干錯乱状態にあったカナタは失念していた。

 このミストという女が錠剤と栄養ドリンクを主食だとのたまう頭のおかしい人間であることを。 

 そして、そんな頭のおかしい人間が言う“とっておき”なる代物がマトモな食べ物である筈がないということを。

 

 “では、取ってくるから少し待っていてくれたまえ”。そう言って部屋奥に引っ込んだミストを待つことしばし、戻ってきた彼女が手にしたものを見た瞬間、カナタはピシリと固まった。

 

「やーやーお待たせ」

「あの……その手に持ってるものって……」

「ふふふ……もちろん、これが私のとっておきさ!」

 

 果たして、とてもいい笑顔を浮かべながらミストが掲げたもの。

 それはどう見てもやたらケミカルな色合いの薬品が封入された注射器そのものであった。

 

「これをブスッとやればどんな疲労だって一発でポンっと「ヤメロヤメロヤメロそれ以上何も言うなァ!! あぶねーんだよ!! いろんな意味で!!」

 

 それ以上いけない。

 

 ミスト博士の危険すぎる発言にカナタは渾身のインターセプトを決める。

 これ以上発言を許していたら危なかった。本当に危なかった。いろんな意味で。

 何とかギリギリで阻止できたが、もう勘弁してもらいたい。

 

 頭のおかしい学者の奇行に付き合い続け、いい加減精も根も尽き果てたカナタ。

 最終的に彼は出された中でもまだマシだった栄養ドリンクだけを飲み干し床についたのであった。

 

 なお、味は普通にゲロマズだった模様。哀れ。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 ──ガンガンガンガン!!

 

「──んがっ」

 

 部屋に鳴り響いた激しい音でカナタは目を覚ます。

 寝床代わりのソファより身を起こし、寝ぼけ眼を擦りながら慌てて周囲を確認すれば、音の出所は玄関の方角。どうやら誰かがドアをノックしているらしい。

 

 窓の外を見ればすでに日は高く昇っている。

 どうも昨日の疲労でだいぶ寝過ごしたようだ。

 

 ノックの音は相変わらず家中に鳴り響いている。にもかかわらず、家主のミストが姿を現すことはない。

 まだ寝ているのか、それともとっくに起きてどこかに出かけているのか。どちらかは分からないが少なくともすぐすぐ来客に応対するのは無理そうだ。

 そのままカナタはしばらく様子を見るが、ノックの音が止む気配はなかった。いい加減諦めてもよいと思うのだが、よほど大事な用事でもあるのだろうか。

 ……ならばここは家主(ミスト)が不在である旨を伝えた方がよいのでは?

 

「……しゃあねえ」

 

 しばしの逡巡の後、来訪者にミストの不在を告げることにしたカナタ。居候の身で勝手にやってしまってよいものかとも思ったが、流石にこのまま放置するのも気まずい。何、家主(ミスト)には後で一言報告しておけばよいだろう。

 と、そう脳内で言い訳しつつ、手早く着替えてカナタは玄関へと向かう。その間もノック音が止むことはなかった。

 「へいへいちょっと待ちなさいよ、っと」、そう呟きながらカナタはがちゃりと扉を開けた。

 

 

「──いよぉ(あん)ちゃん、やっと出てきてくれたな。待ちくたびれたぜぃ?」

 

 

 玄関の外側、扉を開けたカナタの前に立っていたのは一人の背の高い老人であった。

 カナタより頭半分は高い背丈、おそらく180㎝の後半はあろう。痩身に雪避けの長い外套を羽織り、頭にはつば広の帽子。白い髭を長く蓄え、手には凝った装飾の杖が握られている。

 だが、カナタが何より目を引かれたのは老人の顔。悪戯っぽい笑みを浮かべたその顔には、片目を覆い隠すように無骨な()()が巻かれていた。

 

 老人のその物々しい風貌に一瞬面食らうカナタであったが、すぐさま取って食われる訳でなしと、意を決して家主の不在を伝える。

 

「えーと、すんません。ミスト博士は今ちょっと対応できなくて「ああ、違う違う。俺が用があんのはアンタだぜぃ? 兄ちゃん」──へ?」

 

 が、そんなカナタの言葉を途中で遮り老人はこう言う。即ち、自身が用があるのはミスト博士ではなくカナタである、と。

 老人の予想外の発言にカナタは思わず間抜けな声を上げる。当然だ。何せカナタがユール地方(この地)に転移してきたのはつい先日のこと。その間に顔見知りとなった人物といえばルピナスとミストくらいのものであり、無論、眼前の老人と知り合った覚えはない。

 見ず知らずの老人が果たして自分に一体何の用だと警戒するカナタ。そんなカナタの様子に気づいたか、老人はひらひら手を振り“心配するな”と言う。

 

「そう身構えなさんな。オレァ、アンタを探してるってヤツを連れてきただけだからよぅ」

「俺を探してる? ……誰が?」

「あぁ、そりゃ──いや、直接会った方が早えか。こっちももう待ち切れねえみてえだしなァ」

「へ? そりゃどういう──「わおおおん!」──ブヘッ!?」

 

 と、老人の言葉にカナタが首を捻った次の瞬間。老人の足元より薄茶色の何かが飛び出し、カナタの顔面へ覆いかぶさった。

 突然の衝撃にバランスを崩し尻もちをついたカナタ。同時にカナタの顔面に生暖かく湿った物体──おそらく動物の舌──が押し当てられ、べろべろと嘗め回される。

 

「うわっぷ! ちょ、やめ……ぶひゃひゃひゃ!?」

 

 鼻と言わず耳と言わず顔中を嘗め回され、くすぐったさのあまり笑い転げるカナタ。

 しばし笑い転げた後、ようやく下手人を引き剥がすと、そこあったのは子犬に似た薄茶の生き物の姿であった。

 

「……イワンコ? ……!! お前……まさか、あの時のイワンコか!?」

「わんわんお!」

 

 空色の瞳でこちらを見つめるその生き物は、紛れもなく【こいぬポケモン】イワンコそのもの。

 何でイワンコがこんなところに、と一瞬疑問に思うカナタであったが、しかしすぐさま転移直後の出来事を思い出し、あの時助けたイワンコかと合点する。対し、イワンコもまた彼のその認識を肯定するように嬉し気な声で鳴いたのであった。

 

「お前……一応キングの眷属の筈だろ? それが何でこんなところまで……」

 

 カナタの記憶が正しければ、このイワンコはキングの眷属たる特別なポケモンの筈。それがどうしてこんな街中までやってきたというのか。

 と、思わず疑問の言葉をこぼしたカナタに、老人が“何を言っているのか”と言わんばかりの口調で答えを返す。

 

「おいおい兄ちゃん、何言ってんだ? んなもん、兄ちゃんに()()()からに決まってんだろうがよぃ」

「──ほ、惚れたぁ!?」

「応ともさ。じゃなきゃ、アンタのことを探して遥々キング場から人里くんだりまで来たりしねえよぃ……なぁ?」

「わおん!!」

 

 老人の答え、それは即ちイワンコがカナタに惚れたからだというもの。

 何をバカなことを言っているのかと素っ頓狂な声を上げるカナタであったが、しかし当のイワンコが老人の言葉を肯定するかの如く鳴いたことで、それが完全に事実だと裏付けられてしまう。

 

「いやまあ、確かに俺はコイツのこと助けようとしたけども……でも、途中で失敗しちまったし……。それに結局、命が助かったのはキングのおかげだろう? 別に惚れられるようなことなんて何にも……」

「おいおい、兄ちゃんそれ本気で言ってるのかよぃ? だったら、こいつ(イワンコ)の人を見る目をナメすぎだぜぃ。そんだけの間がありゃ、そいつが手前(てめえ)相棒(パートナー)に相応しいかなんて十分に見定められらァ」

 

 “惚れられるようなことは何もしていない”、そう口走るカナタに対し老人は呆れた様子でそんな訳ないだろうと返す。

 即ち、カナタの為した行いはイワンコが自らの相棒(パートナー)に相応しいと認めるに足るものであった、と。

 

「いやあ、でも……」

「──シャキっとしろぃ兄ちゃん、アンタはコイツ(イワンコ)に選ばれたんだ。お前しかいない、お前こそが自分の相棒(パートナー)だってなァ。だからこそコイツはキング場を離れて、命の危険を冒してまでここに来たんだぜぃ? だったら是にしろ否にしろ、応えてやるのが筋ってもんだろうがよぃ」

「それは……」

 

 余りにも突然のことに狼狽え、逡巡するカナタに老人からピシリと言葉が飛ぶ。

 ……なるほど、確かに言われてみればその通りだ。イワンコは遥かキング場からカナタに逢うため命を賭してまでここまでやってきた。カナタをこそ自らの相棒として相応しいと信じて。ならばカナタもまたその意思に、覚悟に応えてやるべきだろう。

 それにこれから先どうしていくにせよ、相棒となるポケモンは必須なのだ。であれば、それが自らに親愛を向ける個体であるに越したことはない。

 ああ、そして何より。

 

「わふん……!」

 

 視線の先、こちらを見るイワンコの瞳が雄弁に物語る。

 “お前なのだ。お前だけなのだ。お前しかいないのだ”、と。

 

 故に──。

 

「なあ、イワンコ。俺と──相棒(パートナー)になってくれるか?」

「! わおん!!」

 

 イワンコの強い意志を宿した瞳をしっかと見つめ、自らの相棒となってほしい、とカナタはそう告げる。

 果たして、そんなカナタからの問いにイワンコもまた“無論だ”と答えるかの如き力強い鳴き声で返したのだった。

 

「よーし、それじゃこれからよろしくな相ぼ「わふふん!! わん!! わおおん!!」イダダダダダ!! 分かった! 嬉しいのは分かったから岩を擦り付けるなイダダダダダッ!?」

「はっはっはっ! これでユールに新しい相棒とトレーナーが誕生したって訳だ! こりゃメデてえなァ、おい!」

「笑ってないで助けてくれませんかねえ!? このままじゃ顔がモゲちまいそうな勢いなんですけど「きゃうん♪」アダダダダダダダダダダッ!? やめて、ホントにモゲちゃうからァ!?」

 

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