最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~ 作:野傘
「──あんのクソジジイ! 何の断りもなく飛ばしやがった!」
一面に広がる雪原の只中、カナタは一人怒りの咆哮を上げる。
老人の頼みを承諾したその直後、老人の命じた“テレポート”によってカナタは何もない雪原へと飛ばされてしまったのだ。
「飛ばすんだったらせめて一言くらい言えや!! こっちにも心の準備っつーもんがあるんだわ!! ──それにこの
周囲に誰もいないのをいいことに、己をこんな目に遭わせやがったかの老人を散々に罵倒するカナタ。転移してから散々な目に遭い続けたストレスも相まってか、実に十数分もの間聞くに堪えない罵詈雑言を吐き続けるのであった。
そうして罵倒を繰り返した後、ゼイゼイと荒い息を吐きながらカナタは
「……つーか、マジでどこだよここ」
一頻り怒りを吐き出したことで冷静さを取り戻したカナタ。あらためて周囲を見渡せば、そこには視界一面に広がる銀世界。目印となるものの何もない、寒風吹き荒ぶ極寒地獄である。
実に3日ぶり二回目となる雪原への置き去り。前回と違って防寒着は着込んでいるものの、それでもこの寒さだ。そういつまでも耐えられはしないだろう。
となれば一刻も早くどこか寒さを凌げる場所を探す必要がある。老人は“ルピナスを救けてくれ”と言っていたが、このままではルピナスより先にカナタ自身がお陀仏だ。勇んで救けに行った先で遭難死など全くもって笑えない。
幸いにして今回、カナタには
と、そんなことを考えていたカナタは、そこでふと一緒に転移した筈の
(やっべ!! はぐれちまったか!?)
姿を消した相棒に、内心焦りを覚えながら大声で呼びかけるカナタ。
何せ相棒たるイワンコは今のカナタにとっての生命線。逸れてしまえば最後、そのまま遭難死一直線なのだから。
「おーい、イワンコー! どこいったんだー!」
雪原にカナタの必死の叫び声が響く。が、それに相棒が応えることはなかった。
頼みの綱たる相棒から全く音沙汰のないこの状況に、ますます焦りを募らせたカナタはさらに必死になって声を張り上げる。
「相棒ー! 頼むから見捨てないで「わふん!」うおっ、びっくりした!!」
と、その時。カナタの足元に積もった雪が盛り上がり、そこからひょこりと
突然の出来事に思わずビビり散らかすカナタであったが、出てきたのが相棒であることに気づくやホッと胸を撫でおろした。
「まったく、どこに行ってたんだよ相棒。てっきり見捨てられたのかと思って焦っちまったよ、俺ァ」
「わん! わん! わふおん!」
「おん? 何だ、着いて来いってか? ……もしかして、
「わおん!」
カナタからの問いに対し肯定するかのように力強く鳴くイワンコ。
どうやらカナタがキレ散らかしている間に、雪原から抜け出るルートを探してくれていたらしい。何と優秀な相棒であろうか。流石はキングの眷属たるイワンコ、略してさすイワである。
(やだ、俺の相棒頼りになりすぎ……!?)
相棒のあまりのしごでき振りに感心し、内心で舌を巻くカナタ。頼りになりすぎる相棒への信頼度はもうこの時点でMAXである。チョロい。
そのまま歩き出したイワンコの後をカナタはホイホイついて歩く。どこに向かっているのかなどの疑問は一切として抱かない。
これが人間相手であればカナタももう少し警戒しただろうが、今回先導するのは自らに信頼を寄せる相棒ポケモン。ならば疑う余地など何一つとして存在しなかった。
実際のところ人をだまくらかして害を与えるポケモンも存在するため、相手が相棒だからと無条件に信頼するカナタの態度はあまり褒められたものでは無いのだが……とはいえ、今回はカナタのその姿勢は正解だった。
何せイワンコは確かに、カナタを安全な場所へと案内しようとしていたのだから。
──もっとも、その場所が
「──わう?」
「おん? どうしたんだイワンコ?」
目印の無い雪原を迷いなく歩んでいたイワンコが、まるで何かに気が付いたかのように顔を上げる。
突如として足を止めた相棒にどうしたのかと問うカナタ。だが、イワンコがそれに応えることはなかった。
そのまま探るようにスンスンと鼻を動かしていたイワンコは何かに気がついたかのようにハッと目を見開き──。
「!! がうぅぅぅ……!!」
──次の瞬間、全身の毛を逆立たせ低い声で唸り始めた。
「い、イワンコ……?」
纏う雰囲気をいきなり豹変させた相棒の姿にカナタは思わずぎょっと目を剥く。
牙を剥きだし、眼光鋭く虚空を見据え唸る様はまさしく“野生の獣”のソレであった。
「──がおん!!」
「あ、イワンコ!?」
戸惑うカナタを尻目にイワンコが脱兎のごとく駆け出す。
突如走り出した相棒に驚きつつ、カナタもまた後を追った。
(いきなりどうしたってんだ……?)
相棒の姿を見失わないよう必死で走り続けるカナタ。
また、先を駆けるイワンコもカナタを置いていくつもりは無いのだろう。時折立ち止まってはまるでカナタのことを急かすように吠え立てた。そしてカナタがある程度まで近づくと再び走り出すのであった。
そうして走り続けることしばし、小高い丘を登ったところでイワンコはようやく立ち止まる。
その少し後、息を切らしながらイワンコの元へとたどり着いたカナタ。
「ぜえぜえ……どうした、イワンコ……いきなり立ち止まっ──!?」
膝に手を置き呼吸を整えながら、何気なく相棒が見据える先を見遣った彼は──瞬間、絶句する。
彼の視界に映ったもの。それは満身創痍のアーマーガアとその背後にて決死の表情を浮かべたルピナス。
そして……
「ベアアアアアイス!!」
ルピナスたち目掛け猛進する
それは先ほど垣間見た、最悪の未来を思わせる光景。
瞬間、脳裏に血だまりの中倒れ伏すルピナスの姿がフラッシュバックし、カナタは思わずして叫んだ。
「──ルピナスッ!!」
同時に、カナタの足元より鋭い咆哮と共にイワンコが飛び出す。
「ぐるる……うわおおおおん!!」
「ベアアアア!?」
一方のカナタは足止めされたツンベアーの隙を突き、全速力でルピナスの元へと駆け寄る。
「ルピナス!! 無事か!?」
「──カナタッ!?」
見たところ多少のかすり傷などはあれどもルピナスに深手を負った様子はない。
どうやらカナタは間一髪のところで間に合ったようであった。
ルピナスの命に別状がないことを確認し、内心安堵するカナタ。
対し、ルピナスは来るはずのない
「……どうしてこんなところに来たの? ここは危険、すぐに逃げて」
「俺はルピナス、アンタを救けに来たんだ。アンタを置いて俺だけ逃げる訳にはいかねーよ。逃げるんだったらアンタも一緒に……」
「無理。代理でもわたしはキャプテン。あなたような“キング場”に迷い込んだ一般人の命をできる限り保証する義務がわたしにはある。……
「それは……」
厳然と、かつ有無を言わせぬ口調でカナタにそう言い放つルピナス。
その反論など許さないと言わんばかりの正論に、カナタは思わず口ごもる。
なるほどルピナスの言うことは確かに正しい。常識的に考えれば彼女の言葉に従って逃げるべき状況であることは明白だ。
だが、今ここで自分がこの場を離れれば、待ち構えているのは間違いなくあの最悪の未来であろう。何せ先のツンベアーの攻撃には間一髪で間に合ったものの危機は未だ脱せてはいないのだ。ルピナスの未来が未だ未確定である以上、ここで彼女を見捨てる選択など出来る筈がなかった。
「けど、ルピナス……俺は「──ッ!! 危ない!!」──んな!?」
反論の余地のないルピナスの言葉に、それでも何とか食い下がらんとして口を開きかけたカナタ。
だが、続く言葉は突如としてルピナスが彼の体を突き飛ばしたことで中断される。
【ツンベアーの こおりのいぶき!】
次の瞬間、二人の間を凄まじい冷気の奔流が駆け抜けた。
ツンベアーより放たれた凍てつくの氷の
吹雪とも見まごう勢いのそれに大気が一瞬で凍り付き、まるで二人を分断するかのような氷の
(ッ、なんつー威力だ! こんなの直撃したら一瞬で氷漬けだぞ!?)
間近でポケモンの“わざ”を目の当たりにし、その威力にあらためて戦慄するカナタ。
直前でルピナスに突き飛ばされたおかげで助かったものの、あのままでは全身氷漬けとなっていただろう。
幸いにしてカナタも、そして彼の見る限りルピナスにもダメージはない。だが、二人の間は分厚い氷によって分断されてしまっていた。
「ぐるおん!!」
「! イワンコ!」
と、その時。カナタのすぐ傍へ
どうやら先の“こおりのいぶき”はツンベアーが顔面に張り付くイワンコを無理矢理剥がすべく放ったようだ。
とはいえ、当のイワンコは放たれたブレスをしっかり避けたのか大きなダメージを負った様子もなく未だに意気軒昂。首の岩を雪の大地に打ち付け、ツンベアーを威嚇する程であった。
「ベアァ……ベアアアアイス!!」
果たしてその姿が癪に障ったか、はたまた先の攻防にてすでに怒り心頭であったか──憤怒の雄たけびと共にイワンコ目掛け一直線に迫るツンベアー。
熊をモチーフとするが故に運動能力も受け継いでいるのだろう。走る速度は極めて速く、逃げることなどとてもではないが不可能だ。
それに傍らの
ツンベアーより逃げることは叶わない。そしてイワンコもまた逃げるつもりは毛頭ない。ならば、相棒たるカナタの取れる選択肢は一つだけ。
(ここでアイツを食い止めるっきゃねえ!)
ここでツンベアーを足止めし、何とかルピナスと自分たちの逃げる時間を稼ぐ。それより他に全員が生き延びる術はない。
“そうと決まれば”、とカナタは己が人生の大半を費やして蓄えた知識より、イワンコが使える技で足止めに使えそうなものを選び出していく。本物の廃人とまではいかずとも、一端のマニアとしてポケモンバトルの知識もある程度心得ていた。
「(イワンコが覚える技で使えそうなヤツ……よし、あれなら!)──イワンコ、“かげぶんしん”だ! 分身してアイツを攪乱しろ!」
「わふん!!」
カナタからの指示を受け、すぐさまに動き出したイワンコ。四肢で強く大地を蹴り上げ、走り出したかと思えば、その体が瞬く間の内に十を超える数へと分裂する。
【イワンコの かげぶんしん!】
【イワンコの 回避率が 上がった!】
「ベアアッ!?」
突如として分裂したイワンコに驚き、戸惑うツンベアー。
近くにいた一体目掛け剛腕を振り下ろすも、その姿は触れた途端に消え去ってしまった。
ならばと闇雲に両腕を振り回し本体を捉えんとするも、素早く動き回る分身たちを全て消し去ることは出来ず。むしろ減らしたそばからさらに分身が増えていく始末であった。
無数の姿に分裂し、素早い動きで見事ツンベアーを翻弄してみせたイワンコ。
ここでカナタは状況をさらに有利なものとすべく次なる指示を飛ばす。
「“すなかけ”だ! アイツの目を潰してやれ!!」
「がるるおん!!」
【イワンコの すなかけ!】
【ツンベアーの 命中率が 下がった!】
カナタの声を受け、分身したイワンコがツンベアー目掛けて一斉に砂──正確には雪──をかける。濛々とした雪煙に覆われ一挙に視界を奪われるツンベアー。これでは動き続けるイワンコを捉えることなどとてもでないが出来はしない。
(“かげぶんしん”+“すなかけ”の害悪戦法! どんなに強い技だろうが、当たらなければどうってことはねえってなァ!!)
カナタの取った策。それは“かげぶんしん”による回避率上昇と“すなかけ”による命中率低下による害悪戦法。一度嵌れば最後、相手は何一つ行動が出来ぬまま延々と時間のみが過ぎる極めて悪質な戦法だ。
事実、幼い頃にNPC戦でこれを使われた際は苛立ちのあまり泣きながらゲーム機をぶん投げたほどである。が、そうであるが故にその有効性はお墨付き。
「ルピナス! 俺たちが時間を稼いでいる間に早く──!」
無数の虚像に囲われた上、立ち込める雪煙で視界をふさがれたツンベアーにイワンコを捉えることはほぼ不可能。
この間に何とかルピナスをこの場から逃がさねば、と声を張り上げたカナタ。
が、そんなカナタの思惑は──。
「──アーマーガア、“はがねのつばさ”! ぬしの注意をこっち引き付けて!」
「ガアーア!」
「わおん!?」
走り寄ってきたルピナスがアーマーガアへ攻撃指示をしたことで瓦解する。
トレーナーからの指示に応え、翻弄されるツンベアーから却って狙われやすくかのように、満身創痍の体にむち打ち
一方、自分たちの行動をわざわざ無為にするかのようなルピナスの指示に、カナタは信じられないとばかりの表情を浮かべ、思わずして怒鳴る。
「──んな!? おい、何やってんだ!! 折角俺たちがアイツの目を引き付けてたってのに!!」
「“何をやってる”はこっちのセリフ!! 素人がぬしを相手取ろうなんて自殺行為!! わたしがアイツを引き付けるからすぐにイワンコを呼び戻して逃げて!! じゃないと、本当に
だが、ルピナスが浮かべた表情はそれ以上に鬼気迫るもの。
カナタの大声など気にする様子もなく、カナタに逃げるよう促すその声は明らかに焦っていた。
「なあ! さっきから間に合わなくなるって、一体何に間に合わねえってんだよ!?」
「詳しく説明している暇はない!! 早くしないと
と、ルピナスが言葉を続けようとした──その時。
「べアアアアアアアイス!!」
戦場に、凄まじい咆哮が鳴り響いた。
「「──!?」」
大気を震撼させ、大地をも打ち震わせるほどの轟音。
音量のみに留まらず、心胆を寒からしめるほどの“威”が込められたそれを間近に受け、二人は思わず耳を塞ぎその場にうずくまってしまう。
まるで絶対の捕食者に目をつけられたような感覚。例えるならば
それでも辛うじて目だけを動かし、プレッシャーの発生源であろうツンベアーへ視線を向けたカナタ。
彼はそこで雪煙越しでも分かるほど眩い光がツンベアーより漏れ出るのを目の当たりにする。
【ツンベアーの “ぬしオーラ”!】
──次の瞬間、ツンベアーの総身より眩い
【ツンベアーは 自分にかかっている 悪い効果を打ち消した!】
【ツンベアーが 味方のステータス変化と 特性の効果をかき消した!】
「わうっ!?」
放たれた極光の輝きがツンベアーを覆う雪煙を吹き散らす。
同時に、ツンベアーを囲っていたイワンコたちの虚像も瞬く間に消え去ってしまう。
後に残ったのは全ての技の効果をかき消され、無防備となったイワンコのみ。おまけにイワンコは先の咆哮によってカナタ同様その場から動くこともできない。
「ベアアアアアス!!」
散々に自身を翻弄した相手が無防備を晒している状況を前に、再び雄たけびを上げるツンベアー。
その総身に纏う極光の輝きが、彼の両腕へと収束していく。
「バハアアアアッ!!」
次いで、極光輝く両腕に自らの息を吐きかけるツンベアー。
極低温のブレスにより腕は瞬く間に凍り付いていき──やがて巨大な氷刃を形成する。
氷刃はさながら
「べアアイス……!!」
そしてツンベアーは身動きの取れぬイワンコ、そしてカナタを見据えながら、造り出した氷刃を大上段に振りかぶり──
「──カナタ!!」
「ッ!? ルピナ──」
「べアアイアアアアイス!!」
──勢いよく、振り下ろした。