最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第8話:反撃の狼煙

「──ぐ……ゲッホ……! いったい、何が……」

 

 呻きながらカナタは目を覚ます。

 どうやら僅かな間気絶してしまっていたらしい。

 

 自身が意識を失っている間、一体何が起きたのか。

 覚えているのはツンベアーが巨大な氷刃を振り下ろしたことと、衝撃とともに視界が白一色に染まったこと。そして──。

 

「……! ルピナスッ!!」

 

 ──ツンベアーの攻撃から自身を庇うように覆いかぶさったルピナスの姿。

 

 弾かれたように胸元を見ればそこには、カナタを庇った姿勢のままぐったりと力なく伏せるルピナスが。

 目を閉じ、か細く息を漏らす姿に不穏なものを覚え、カナタは思わずその名を呼ぶ。

 だが彼女がその声に応えることはなく。ただ、苦しげに吐息を漏らすばかりであった。

 

「……ぅ…………」

「ルピナス! どうしたんだ!? しっかり──ッ!?」

 

 明らかに尋常でない様子のルピナスを、カナタは咄嗟に抱き起そうとして──そして気が付く。

 彼女を抱き起そうと触れた手に、べっとりと赤い液体がへばりついていることを。

 

 見れば彼女の背中には、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたかのような傷が刻まれ、そこから止めどなく血が溢れ出ていた。

 ゾッと、カナタの背中に悪寒が走る。彼女の傷は間違いなく重傷、それも早く手当しなければ命にかかわるようなものだ。

 

 “何とかしなければ”と咄嗟に周囲を見渡したカナタ。

 

「──は」

 

 そして、彼はそこで怪物(ぬしポケモン)が引き起こした恐るべき破壊の痕を目の当たりにする。

 

 分厚い雪の降り積もる雪原、そこに深く刻まれた巨大な斬撃痕。斬撃は表層を覆っていた雪を吹き飛ばしたのみに留まらず、下層の永久凍土さえも抉り飛ばし、黒々とした傷跡を大地に刻み込んでいた。

 さらに視線を斬撃痕の先にやれば、そこには雪原に倒れる二匹のポケモンの姿。ルピナスのアーマーガアとカナタのイワンコである。

 倒れる二匹の内、イワンコは比較的軽傷に見える。アーマーガアの体に圧し潰されてある程度のダメージを負ってはいるようだが、意識自体ははっきりしているのか、何とか下敷きとなった状態より脱出せんと藻掻いていた。

 一方のアーマーガアは完全に意識を喪失したのかピクリとも動く様子はない。その体には新たに巨大な裂傷が刻まれており、明らかに“ひんし”状態であった。

 

 状況から推測するに、恐らくアーマーガアは先の氷刃が振り下ろされる直前、その身を挺してイワンコを庇ったのだろう。でなければイワンコがあれ程の軽傷で済んだことに説明が付かない。

 まさしく彼はキャプテン(ルピナス)の手持ちとして、己が身を犠牲としてでも“ぬし”の脅威より「キングの眷属」(まもるべきもの)を護り抜いたのだ。

 だがその代償は瀕死(ひんし)の重傷を負った末の戦闘不能。

 

 ──そして護るべきものに迫る脅威は、残念ながら未だ()()であった。

 

 

「ベアアア……!!」

 

 

 雪原に響く低い唸り。瞬間、カナタの目に巨大な影が映る。

 斬撃の根本、そこに佇む白い怪物──“ぬし”ツンベアー。

 纏っていたオーラが消失し、ゼイゼイと荒い息を吐きながらも、なお圧倒的な威圧感を以てカナタたちを見据えていた。

 

(……クソッタレ!)

 

 疲労こそしているものの、未だ健在なぬしポケモン(ツンベアー)の姿を目の当たりにして、カナタは内心悪態を吐き捨てる。

 これではルピナスの手当はおろか、この場から逃げることも不可能。幸い、先の一撃で疲労したのか今すぐ襲い掛かって来る様子はないが……それでもいつまで続くことやら。

 結局のところアレをどうにかしなければルピナスも含む自分たち全員が生き延びることは叶わないのだ。

 かといって、アレをどうにか出来るような策などカナタにはない。確かに相棒たるイワンコは軽傷であるが、先の攻防を鑑みれば……挑んだところで返り討ち、逃げるための時間稼ぎすらも出来るかどうか怪しいところであろう。

 立ち向かうことも、逃げることも不可能。しかし手をこまねいていれば待っているのは確実な死。まさしく八方ふさがりの絶望的な状況にカナタは歯噛みする。

 どうすればこの状況を脱することができるのか、無い知恵を絞って必死に考えるカナタ。しかし、そう都合よく良いアイデアなぞ浮かぶ筈もなく。ひたすらに焦りばかりが募っていくだけであった。

 

 と、その時。

 

(……カナタ……無事?)

「!! ルピナ──んぐ!?」

(しっ! 静かに……アイツに感づかれる……)

(! 分かった)

 

 いつの間に目を覚ましたのか、ささやくような声でルピナスが話しかけてくる。

 ツンベアーに感づかれないよう小声で話すよう言うルピナスに、カナタもまた小声で返す。

 

(ルピナス……すまねえ! 俺を庇っちまったばっかりに……!)

(……謝らなくていい。わたしはキャプテンとしてやるべきことをやっただけ……)

(でも!)

(……それに、今さら謝られたところで状況は改善しない。それより今は次にどうするかを考えるべき)

(──ッ)

 

 自分の所為で傷を負わせてしまったことに反射的に謝罪を述べるカナタ。

 だが、それに対するルピナスの返答で思わず言葉を詰まらせる。何せルピナスの言ったことはまさしく正論。カナタには返す言葉もなかった。

 

 そして、そんな黙りこくってしまったカナタに対し、ルピナスはさらに言葉を重ねていく。

 

(……一つ聞く。カナタ、あなた走ることはできそう?)

(? ああ、多分大丈夫だと思う)

(そう……分かった)

 

 唐突に出されたルピナスからの“走れるのか”という問い。対し、カナタは困惑しながらも“是”と返す。

 ルピナスに庇われたおかげか、カナタは大きな怪我を負うこともなく五体満足の状態。彼女の言う通り走ることも可能だろう。

 

 果たして彼からの返答を聞き及んだルピナスは了解したと一つ頷き……次いで衝撃的な言葉を放った。

 

(……わたしが囮になってアイツ(ツンベアー)を引き付ける。その隙に、あなたは眷属(イワンコ)を連れて逃げて)

(──んな!?)

 

 それはこの状況においてもっとも有効な……そしてカナタにとってはもっとも受け入れがたい提案。

 

(何言ってんだお前! ただでさえ重傷だってのに……そんなことしたら確実に!)

(──だからこそ。どの道、この傷じゃどうやってもアイツからは逃げられない。なら、少しでも時間を稼いであなたの助かる確率を上げる方がいい)

(それは……!)

 

 無論ルピナスの自らを犠牲とするような提案をカナタが受け入れられる筈もない。

 すぐさま反論を試みるが……しかしルピナスの正論によって黙らされてしまう。

 

(近くにわたしの住んでる小屋がある。あなたも泊まった、あの小屋。全力で走ればアイツに気づかれる前に逃げ込めるはず)

 

 “それに”、ルピナスは続ける。

 

(わたしの身にもしものことがあれば、キングはすぐに気が付く。キングが駆けつけさえすれば、あんな奴どうにでもなる。……それにキングは自らの縄張りで眷属が傷つくことを決して許さない。眷属(イワンコ)と一緒に居れば、キングはきっとあなたのことも守ってくれる)

 

 自らの身に万が一のことがあれば、キングがすぐさまに駆けつける。

 そうすればカナタも、イワンコもきっと助かる。

 だからこそ、ここで自らが犠牲(おとり)となることが最善の選択なのだ。

 

 ルピナスは、そう言った。

 

(……ん、そうだ。逃げる時はこの子たちも一緒に連れてって)

 

 と、次いでルピナスは言うべきことは言い終えたばかりに、凍り付いたモンスターボールをカナタに押し付け、立ち上がる。

 そのまま傷の痛みに顔をしかめつつ、ツンベアーの意識をカナタから遠ざけるように雪原をふらふらと歩み出した。

 

 なるほど、ルピナスの言うことは尤もだ。

 この状況下で嘘を吐く理由がない以上、彼女の語った言葉は真実なのだろう。

 ならば彼女の言う通り、このまま全力で逃げればきっとカナタもイワンコも助かるに違いない。

 

 それにキング云々を抜きにしたところで、彼女の言葉は正しく正論。

 元より二人で逃げることが叶わぬのなら、逃げられぬ方が犠牲となってもう片方を生かそうとするのは方策として間違いなく有効である。

 

 ──そう、理屈で考えれば彼女の言うことは正しい。それに従うことが最善であることも分かっている。

 

「バ……」

 

 が、頭で理解したところでそれに納得できるかは、別だ。

 

 

「バッキャロー!! んなこと出来るかってんだ!!」

 

 

「……!? カナタ、何してるの……!?」

 

 ルピナスがカナタから離れるように歩き出した、その刹那。

 カナタは弾かれるように立ち上がると、雪原に佇むツンベアー目掛けて一直線に走り出した。

 

「バカな真似はやめて……! ここから逃げ……づッ!? くぅ……!」

 

 まさしく狂ったとしか思えないカナタの行動。ルピナスは咄嗟に止めようとするも背中に激痛が走り、思わずその場にうずくまってしまう。

 もはや今の彼女に、カナタを止めることは叶わなかった。

 

 

「べアアアアアアアアアアアイス!!」

 

 

 自ら目掛け走り寄るカナタの姿を目にし、再び二足で立ち上がり吼えるツンベアー。

 その身から極光の輝き(オルタナオーラ)を溢れ出させ、“ぬし”の覇圧で以て迫る獲物(てき)を威嚇する。

 

 カナタの全身を貫く強烈な重圧(プレッシャー)。絶対の捕食者を前に彼の本能が最大級の警報を告げる。

 逃げろ。逃げろ。今すぐ逃げろ。さもなくば死ぬ、と。

 

「うるせえ!! 今さら尻尾捲いて逃げられるかよォ!!」

 

 だが、そんな生命としての本能をねじ伏せてカナタは怪物(モンスター)と対峙する。

 恐怖はある。理性もある。だが、それ以上に彼の中には抑えがたい“怒り”が満ちていた。

 

「こっちは必死こいてアンタのこと救けようとしてんだ!! だってのにアンタはすーぐ自分のこと犠牲にしようとしやがって!! ふざけんな!! こうなりゃ意地でも死なせてなんかやらねえからな!!」

 

 これが最善? これが確実? そんなこと知ったことか。

 カナタがこの場にやってきたのはルピナスを救けるため、なのに自分が助かるために彼女を犠牲とするなど本末転倒もいいところである。

 故にカナタはそのような方策を認めない。彼が認めるのはただ一つ、自分もルピナスも、そしてポケモンたちも誰一人欠けることなく生き延びる結末のみ。

 

 そのためにはどうすればいいか──答えは簡単だ。

 

 目の前の“ぬしポケモン(ツンベアー)”を倒せばいい。

 

 そもそもこのような状況に陥った最大の理由は目の前のツンベアーなのだ。ならばこれを倒せば問題は全て解決する。

 元よりお世辞にも頭のよろしくないカナタである。アレコレ頭を悩ませたところで時間の無駄。 

 

 真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす。

 目の前の敵をぶっ飛ばす。

 

 策など、この程度シンプルなぐらいでちょうど良い。

 

「おうコラ、この熊畜生が!! デカい面して居座ってんじゃねーぞ、邪魔だどけ!! こっちにゃめんどくせー怪我人がいんだよ!!」

 

 猛り吠えるツンベアーの前に立ちはだかったカナタは一歩も引くことなく、それどころか中指をおったて啖呵さえ切って見せる。

 無論、ポケモンであるツンベアーに彼の言葉が理解できる筈もない。しかしまるで彼の意を感じ取ったかの如く、カナタ目掛け一直線に突進してきた。

 

 

「べアアアアアッ!!」

 

 

 雪煙を蹴立て猛進する白き巨獣(ツンベアー)。自らへと迫る絶対の捕食者を前にして、しかしカナタは退かない。

 もちろんのこと、カナタとて丸腰で対峙すれば死は免れないことは重々承知。あの牙と爪が振るわれればカナタなど一撃で雪原のシミと化すに違いない。

 だが、今のカナタは丸腰ではない。転移直後ならばいざ知らず、今の彼には己が命を預けるに足る相棒がいるのだから。

 迫るツンベアーの白き巨体より目を逸らさず、カナタはその名を叫んだ。

 

「来い、相棒(イワンコ)ォ!!」

「ぐるわおおおん!!」

 

 刹那、カナタの呼びかけに応え、雪原より薄茶の影が飛び出した。

 雪の地面を掻き分け、ツンベアーの目の前に現れたのは彼の相棒にしてキングの眷属たる子犬ポケモン──イワンコ。

 イワンコは飛び出した勢いそのままツンベアーへと吶喊、その無防備な鼻先(きゅうしょ)へ牙を突き立てる。

 

 

「べアアアアス!?」

 

 

 不意打ちで“きゅうしょ”への一撃を喰らい、思わず(ひる)んでしまったツンベアー。

 咄嗟に鼻先へ食らいつく小さな影を振り払おうと急停止し、結果突進の勢いが殺されてしまう。

 

 一方のイワンコはツンベアーが足を止めた瞬間に咥えていた鼻先を離すと、慣性を利用しその場を離脱。身軽な動きで相棒(カナタ)の傍らへと降り立った。

 そのまま大地に首の岩を打ち付け、痛みに悶える“ぬし”に威嚇するよう唸りを上げるイワンコ。先の“バースト”による蹂躙を受けてなお、その闘志に些かも衰えはない。

 

 何せ、今のイワンコには背中を預ける相棒(カナタ)がいる。ならばキングの血を引く(イワンコ)が、たかが一介の“ぬし”風情に後れを取る道理もなし。

 先の決闘においてはいささか遅れを取ったが、それももはや過去のこと。今度こそ自らのキング場(なわばり)を荒らしたことを後悔させてやる、と全身より闘志を漲らせる。

 

「あの熊公さえぶっ飛ばしゃあそれで全部解決だ。気張れよ、相棒!」

「わおん!」

 

 闘志あふれる相棒の姿を見て、さらに発破を掛けるカナタ。

 果たしてその声に応えるようにイワンコもまた力強い鳴き声を返す。

 今、この場において一人と一匹の相棒は“目の前のぬしポケモンを倒す”という目的で正しく心を一つとしていた。

 

 ──これはまさしく二人の間に「(つながり)」が生まれたことに他ならず。

 ──だからこそ、「それ」が起きたのは必然であった。

 

 

「ぐるわおおおおおおおっ!!」

 

 

 イワンコが吼える。

 闘志の漲るその瞳が空色から黄昏へと変わる。

 同時にイワンコの放つ“威”が膨れ上がり──次の瞬間、その身から()()()()()()()が溢れ出した。

 

 

【イワンコの──】

 

 

 イワンコの身体より放たれる極彩色の輝き、それは紛れもなく目の前のぬしポケモン(ツンベアー)が纏うものと同じ──極光の加護(オルタナオーラ)に他ならぬ。

 それが示すことは即ち、今のイワンコが“ぬし”と等しき存在であるということ。

 

 自らの相棒に“オルタナオーラ”を纏わせ、“ぬし”に匹敵する存在へと押し上げる、その力。

 ユールにおいてキングに認められた一握りのトレーナー(キャプテン)だけが使うことを許される、その名を──。

 

 

【──オルタナバースト!

 

【イワンコはオーラをまとい 全ての能力が上がった!】

 

 

 ──“オルタナバースト”という。

 

 

 

 

 

 

 彼我の力量、ここに埋まりて。

 いざ、反撃の刻。

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