最果てのサーガ ~夢のポケモン世界に転移したんだが、転移先があまりにも過酷すぎる件~   作:野傘

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第9話:“狼王”

 目の前で起きた、信じがたい事象。

 突如として身体より極光の輝きを放つイワンコに、ツンベアーは低い警戒の唸りを上げる。

 

「ベアアアア……!!」

 

 ツンベアーは己が身に極光の加護(オルタナオーラ)を宿す、“ぬし”たるポケモン。当然、自らの身に宿ったその力の性質も知悉している。

 故に輝く極光のオーラを纏ったイワンコの姿を一目見て、すぐさまに理解した。

 

 目の前のポケモン(イワンコ)が、ただ狩られるだけの「()()」から──己を打ち倒す可能性を持つ「()」に変わったことを。

 

 極光の加護(オルタナオーラ)は“ぬしポケモン”の証。それを纏うものは即ち、“ぬしポケモン”に他ならぬ。

 “ぬしポケモン”を倒せるのは同じ“ぬしポケモン”だけ。それはこの地方(ユール地方)における不文律である。

 

 そして眼前にて極光を纏うイワンコは紛れもなく、自らの身を脅かすぬしポケモン(がいてき)

 ならば──

 

 

「ベアアアアアアアイス!!」

 

 

 “即刻に排除する“。

 判断は刹那。ツンベアーは剛腕を振りかぶり、イワンコ目掛け叩きつける。

 衝撃が大地を揺らし、雪の地面が抉れ飛んだ。永久凍土さえも穿つツンベアーの一撃。直撃すれば確実に眼前の外敵(イワンコ)を仕留めただろう。

 

「──?」

 

 だが、しかし。

 振り下ろされた剛腕は確かにイワンコを捉えた筈。にもかかわらず、まるで空を切ったかのように手ごたえがない。

 よぎる違和感にツンベアーが頭を捻った──その刹那。

 

「ぐるるるわおおおおお!!」

 

 彼の目の前に、極光を纏う岩狼子(イワンコ)の姿があった。

 

「叩きつけろ! “いわおとし”!」

 

 トレーナーの呼びかけと共にイワンコの眼前に作り出される、極光を帯びた岩塊。

 

【イワンコの “いわおとし”!】

 

 次の瞬間、尾によってはじき出された岩塊が呆けたツンベアーの顔面に突き刺さった。

 

「べアアアアアアッ!?」

 

【こうかはばつぐんだ!】

 

 顔面に走る衝撃と痛みに悲鳴を上げ、ツンベアーは思わずしてのけ反る。

 生物共通の弱点である顔面への一撃。いかに頑健なる“ぬし”と言えどもダメージは免れない。さらに“こおりタイプ”であるツンベアーに【いわおとし(いわタイプの技)】は“こうかばつぐん”。おまけに岩塊の帯びるオルタナの力によってオーラの加護(ダメージ軽減)は効かなかった。

 不意を打たれ手痛いダメージを負ったツンベアー。それでも持前のタフネスで以て踏みとどまると、怒りとともに今度こそイワンコを叩き潰さんと顔を上げる。

 

「攪乱しろ! “かげぶんしん”!」

 

【イワンコの “かげぶんしん”!】

 

「べアッ!?」

 

 ──次の瞬間、ツンベアーの目に映ったのはオーロラの纏いながらこちらを睨む、()()()()()()()の姿であった。

 

「べ、ベアアア……ベアアアアイス!!

 

 

【ツンベアーの “ぬしオーラ”!】

【ツンベアーは 輝くオーラを解き放った!】

 

 

 周囲四方を取り囲むイワンコの姿に危機感を覚えたか。ツンベアーは咄嗟に“ぬしオーラ”を解き放ち、分身を一掃しようとした。

 が、そんな彼の思惑はしかし──。

 

【しかし うまく きまらなかった!!】

 

 ──敢え無く空振りに終わる。

 ツンベアーの体から迸った極光のオーラが何の効果も及ぼすことなく虚空へと消える。

 それも当然。“ぬしオーラ”は“ぬし”ならぬ弱兵の抵抗を打ち消す選別の波動。故に同格たる“ぬしポケモン”相手には通用しない。

 動揺のあまりにその事実を失念していたツンベアーは、果たして手痛い報いを受けることとなった。

 

「チャンスだ! 一斉に──“いわおとし”!」

「「「ぐるわおおおおお!!」」」

 

 “ぬしオーラ”が空振ったがために生じた巨大な隙。それを見逃すことなく、無数のイワンコが一斉にツンベアー目掛け飛び掛かる。

 次の瞬間、数多のイワンコの姿が──ただ一匹を除いて──解け、無数の輝く岩塊となってツンベアーへと降り注いだ。

 

 

「ベアアアアアアアイス!?」

 

 

 雨あられと叩きつけられる岩塊の数々。もはや“いわおとし”を越え、“いわなだれ”といってもよい規模のそれをまともに浴びてツンベアーは苦痛の咆哮を上げた。

 身を護る加護(オーラ)を貫通して突き刺さる弱点(いわ)タイプの攻撃。身体に刻まれる強烈なダメージは“ぬし”のタフネスを以てしても無視できぬ程である。このままでは手を拱いてはいずれ“ひんし”に追い込まれるのは必須──。

 故にツンベアーは賭けに出た。

 

 

「バハアアアアーーッ!!」

 

 

 叩きつけられる岩雪崩を構うことなく、オーラを両腕へと収束。加護が消えたことで与えられるダメージは増加するが、ツンベアーは敢えてそれを無視した。

 さらにツンベアーは輝く両腕へと極低温の息吹を吐きかけ、鉄をも切り裂く氷刃を造り出す。

 

 

「べアアアアアアアアアアアイス!!」

 

 

 次の瞬間、勢いよく振り回された氷刃が降り注ぐ岩塊をただの一撃で粉砕した。

 

「いぃっ!?」

「わおっ!?」

 

 吹き荒れる氷熊颪(ひぐまおろし)。のべつ幕無く振るわれる氷刃が、大気を引き裂き大地をも叩き割る。

 その凄まじい圧に思わずしてイワンコの攻め手が止まる。暴風の如く吹き荒れる斬撃の嵐は、イワンコをして攻めあぐねる程の代物であった。

 

 振り回される氷刃に怯んだことでイワンコに生じた隙。

 果たしてツンベアーはその隙を見逃すことはなく。この一撃で以て決着をつけんと、一気呵成に攻め立てた。

 

 

「べアアイアアイス!!」

 

 

【ツンベアーの バーストわざ!】

 

 

 極光の輝き(オルタナオーラ)炸裂(バースト)する。

 両腕より目もくらむような輝きを迸らせながら、ツンベアーは氷刃を交差(クロス)させ──次の瞬間、イワンコ目掛け凄まじい勢いで猛進し始めた。

 

 

 

【“大荒切り(おおあらぎり)氷熊颪(ひぐまおろし)”!】

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「がうるるるる……!!」

 

 イワンコの眼前、氷刃を極光に閃かせながらツンベアーが迫りくる。

 幸いにして先の四足の突進と比べれば速度は遅い。今のイワンコならば避けること自体は容易いだろう。

 だがそれを理解してなお、イワンコには避けるという選択肢はなかった。

 

「──くっそ、あんなんどうすりゃ……!」

 

 その理由はイワンコの背後、護るべき相棒であるカナタの存在。

 オルタナバーストによって身体が強化されたイワンコならばいざ知らず、カナタはポケモンですらないただの人間。迫るツンベアーの大技より逃れることは叶わない。

 仮に大技を避けたとしても、避けた一撃が相棒に当たってしまえばその時点で一巻の終わり。故にイワンコは何としても逃げる訳にはいかなかった。

 ──が、かといって甘んじて大技を受けることもまたできない。鋼をも切り裂き、永久凍土の大地に抉り飛ばしたあの一撃。直撃すれば今のイワンコであっても耐えることは不可能である。

 

 避けることも、耐えることも叶わない。ならばどうすればよいか──答えは一つしかなかった。

 

「……わおんっ!」

「イワンコ……? ──!!」

 

 ──即ち、それ以上の大技を以て真正面から叩き潰す。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()もの。カナタとイワンコ、双方が生き残るにはこれより他に術はない。

 

 確固たる決意の元、強い意思を込めた瞳で相棒(カナタ)を見るイワンコ。対しカナタもすぐさまに──詳細は分からずとも──相棒(イワンコ)が何がしかを為そうとしていることを察した。

 

「──分かった。信じてるぞ、相棒。お前のやりたいようにやっちまいな!」

「──わん!」

 

 果たして一瞬の逡巡の後、カナタは相棒の意思に肯定を以て応える。

 元よりこの場において他に頼りになるものなどないのだ。ならば自分はイワンコの相棒(パートナー)として、ただ信じるのみ。

 そんな相棒(カナタ)からの信頼の言葉に、“まかせろ”と言わんばかりの力強い鳴き声で応えたイワンコ。

 次いでイワンコは迫るツンベアーを見据え、体勢を低く全身に力を込める。

 

「ぐううううう……!!」

 

 四足を大地に食い込ませ、力を溜めるイワンコ。許されたチャンスは一度きり。故に、この一撃で以て仕留めんと必殺の意思を込めながら、弓を引き絞るが如くひたすらに力を溜め続ける。

 同時にイワンコの意思に応えるように周囲に吹き始める風。吹き寄せる風はやがて渦を巻き、気が付けば轟々と唸り上げる小さな雪嵐へと変貌していた。

 イワンコの全身を狂飆の鎧が覆う。その様は奇しくも、イワンコの太祖たる王狼のソレに酷似していた。

 

 ──そして、遂にその時がやって来る。

 

「──がうッ!」

 

 溜める(チャージ)溜める(チャージ)溜める(チャージ)──弾ける(バースト)

 イワンコが溜め続けていた力、それがとうとう臨界へと達する。

 同時に全身より迸るオルタナオーラが四肢に集約。器の限界を超えた力をイワンコへと齎した。

 

 

「がるるおおおおおおおおん!!」

 

 

 次の瞬間、イワンコの体が()()される。

 足元が文字通り爆発したかのような加速。解放された(バーストした)オルタナエナジーを推進力として、狂飆の矢じりと化したイワンコがツンベアー目掛け一直線に疾駆する。

 

 これなるはこそイワンコが持ちうる必殺の一撃。王の血を引く眷属のみが扱うことを許されし“秘伝王技(ヒデンオウギ)”。

 粗削りなれど確かに王の面影を宿す、その名も──。

 

 

【イワンコの バーストわざ!】

 

 

【“■■■■■エッジストーム”!】

 

 

 

 ──刹那、荒れ狂う狂飆の矢と氷刃が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「べアアアアアアアアアアアイス!!」

 

 

 突っ込んでくるイワンコ(てき)に、ツンベアーが取ったのは迎撃の構え。元より“バーストわざ”で以て粉砕せんとしていたところ、丁度よいとばかりにツンベアーは交差させた氷刃を振りかぶり、イワンコへと叩きつける。

 対し、イワンコもこれを避けることなく、むしろこれを食い破らんと真正面よりツンベアーの一撃を受け止めた。

 

 ぶつかり合う氷刃と狂飆。

 永久凍土をも切り裂く斬撃にイワンコの額が×字に裂け、そこより鮮血が吹き出した。

 

 ──しかし。

 

「──ベアッ!?」

 

 確かにツンベアーの“バーストわざ”はイワンコに癒えぬ傷を刻んだ……だが、それまで。

 放たれた大技がイワンコの身体を切り刻むことなく止まる。永久凍土をも切り裂く氷刃が狂飆の圧に押し返される。

 ぶつかり合う二つの“バースト”。当初拮抗していた筈の両者の天秤は徐々に徐々にイワンコへと傾いていき──そして。

 

 

「べアイアスッ!?」

 

 

 次の瞬間、氷刃が堪え切れなくなったように砕け散る。

 

 突如として腕部の重量が消失し、思わずたたらを踏んでしまうツンベアー。

 それはこの極限のせめぎ合いにありてまさしく致命的な隙だった。

 

 

「がるるおおおおおお!!」

 

 

 バランスを失い態勢を崩したツンベアーの無防備な胴へ叩き込まれるイワンコの一撃。

 果たして先の戦闘も含めすでに大幅に体力を削られていたツンベアーが、これに耐えられる筈もなく。

 

「──ベ、ア」

 

 さながら糸が切れた人形の如く、“どう”と雪原へ沈んだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ッシャオラァ!! 見たかこんニャロー!! ウチの相棒なめてんじゃねーぞ!!」

 

 雪原に崩れ落ちるツンベアーの姿を目の当たりに、ハイテンションでカナタは叫んだ。

 倒れ伏したツンベアーは完全に沈黙し、起き上がる気配はない。明らかにひんし状態である。

 彼の相棒(イワンコ)は見事、恐るべき強敵“ぬしツンベアー”を打倒し、彼らの命を救ったのだ。

 

「わふわふわおん!!」

「相棒! よくやったな!! お前のおかげで……ってウワーーッ!! 血まみれ!?」

 

 その時、アドレナリンドバドバで叫んでいたカナタの元へ件の相棒が駆け寄って来る。

 自らの窮地を救った立役者を笑みを浮かべて迎え入れようとしたカナタであったが、次の瞬間、駆け寄ってきた相棒のスプラッタな姿に思わずビビり散らかすこととなった。

 見ればイワンコは額が×字にパックリと裂け、そこから鮮血がドバドバと噴き出ている状態。どう見ても重傷そのものの様相に“こりゃいかん”とカナタは大慌てで手当てしようとする。

 

「ヤバイヤバイ手当て手当てすぐ手当て! な、何か止血できそうなもんは……!」

 

 と、そんな慌てふためくカナタの元へ、ルピナスが呆然と声を漏らしながら歩み寄って来た。

 

「──まさか、本当に“ぬし”を倒すだなんて……」

「あ、ルピナス! ちょうどいい、何か止血できそうなもん……ってウワーーッ!! そうだこっちも血まみれだったァ!!」

 

 やってきたルピナスに止血できそうなものはないかと問うカナタ。が、彼女の方へ顔を向けた途端、衣服を真っ赤に染めたその姿に再びビビり散らかした。

 戦闘に夢中になるあまり頭からすっぽ抜けていたが、ルピナスは先の大技を受けて背中がさっくりと裂けている状態。要はイワンコに負けず劣らず──いや、人間とポケモンの種族差を考えればこっちの方がよっぽどの重傷であった。

 

「うおおい、何やってんだ! 怪我人が無理して歩くんじゃねえ!」

「ん、応急処置したから大丈夫。それよりキズぐすり(これ)を使って眷属の手当を、はやく」

「──ええい! とりあえずありがたく使わせてもらうけど、それはそれとして大人しくしとけよ! ぜってえ無茶なことしようとすんじゃねえぞ!」

 

 と、差し出されたキズぐすりでイワンコを手当しながら、しかめ面でそう言うカナタ。

 

「ん、勢いで“ぬし”相手に喧嘩を吹っ掛けたあなたにだけは言われたくない。それに自分がどういう状態なのかくらい自分でも分かっ……──ッ!! カナタ、後ろ!!」

 

 一方のルピナスは余計なお世話だと言わんばかりにカナタへ言葉を返し──その最中、突如として血相を変え叫ぶ。

 

「あん? いきなり何言っ、て……」

 

 果たしてルピナスの突然の変貌を怪訝に思いつつ、振り向いたカナタは……次の瞬間絶句する。

 

 

 

「ベ……アアア……!!」

 

 

 

 彼の視界に映ったもの。それは雪原に仁王立つ白き影。

 打倒した筈のツンベアーが、再び立ち上がっていた。

 

「嘘だろ……! あれを受けてまだ立てるのかよ……!」

 

 イワンコ渾身の大技を受けて、それでもなお立ち上がる“ぬし”のタフネスにカナタは戦慄を覚える。

 大技の直撃を受けた腹部はズタズタに引き裂かれ、見るも無残な有様。身体を覆っていた極光の輝きは消え去り、先の威容は見る影もない。さらに蓄積されたダメージのためか足元はおぼつかず、今にも倒れてしまいそうだ。

 にも拘わらず、ツンベアーが倒れる様子はない。それは“ぬし”たるものの矜持か、それとも危機に瀕した生命の末期の輝きか。

 どちらにせよ分かっていることは、もはやカナタたちにツンベアーへ対抗する手段は残されていないということだ。

 

 素人であるカナタは勿論、重傷を負ったルピナスにも目の前のツンベアーをどうにか出来る筈がなく。

 ルピナスの手持ちもまたアーマーガアはひんしの重傷、他はボールの中で氷漬けで何もできず。

 唯一の頼みの綱であったイワンコも、先の大技で体力を消耗し尽くして戦闘は不可能。

 戦う手立てはまるでなく、かと言って重傷のルピナスとイワンコを抱えて逃げることも難しい。まさしく絶対絶命の危機であった。

 

(くそっ……! ここまでか……!)

 

 状況は打つ手なしの八方塞がり。相棒の命がけの奮闘もこれで水の泡と消えた。

 どうしようもない現実に絶望を覚えながら、“それでも”とカナタは迫りくる怪物を見据え──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【──の “アクセルエッジ”!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──戦場に、一陣の風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それはまさしく一瞬の出来事であった。

 

 

「ベ──ア──」

 

 

 一陣の風が目の前を過ぎ去った。そうとしか表現しかできぬ感覚をカナタが覚えた刹那──突如としてツンベアーの体が崩れ落ちる。

 

「──は」

 

 “いま、何が起きた”。

 訳も分からぬまま、カナタは呆けたように息を漏らす。

 

 目の前でツンベアーが倒れている。ならば必然的に何がしかの攻撃が放たれたのだろう。

 だが、何も見えなかった。攻撃の動作も、攻撃者の存在そのものさえも。

 

 文字通り、目にも留まらぬ速さで行われた攻勢。

 いかな手段でそれを為したのかカナタには皆目見当もつかなかったが……それでも理解できたことはある。

 

 一つは、あのツンベアーが今度こそ完全に戦闘不能(“ひんし状態”)となったこと。

 そしてもう一つは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

「何、だ……ありゃ」

 

 カナタの眼前、銀世界の只中に佇むのは一頭の()()()

 

 「それ」の全体的なシルエットは“たそがれのすがた”のルガルガンに酷似していた。

 だが、全体を包む毛皮の色は夕暮れの橙ではなく……蒼穹を思わせる深い「蒼」。その部分だけを見れば単なる色違い個体とも思えるが、しかし相違はそれだけに留まらない。

 首周りに生え揃うふさふさとした毛は「ルガルガン」のそれより長く伸び、先端はさながら鎖を思わせる形状となって背部に流れる。

 また首より伸びる岩棘は、まるでいくつもの矢じりを重ねたかのような形となり、その材質も極彩色に輝く水晶の如きそれへと。

 そして瞳の色は緑閃光(グリーンフラッシュ)のような翠緑から、黄昏の空を想起させる紫がかった青に変わっていた。

 

 ──が、それらを差し置いてなお際立つのは……その体格だろう。

 

 通常、黄昏ルガルガンの平均的な高さは0.8mほど。だが目の前のポケモンの大きさは、体高は少なくとも2メートル、体長は3メートルはあった。ルガルガンにしてはあまりにも巨体すぎる。

 平均個体を遥かに上回る体格に、「たそがれのすがた」とは明らかに異なる種々の特徴。それらはまさしく目の前のポケモンが「ルガルガン」と似て非なる存在であることを示していた。

 

 一体、あれは何なのか。

 ポケモンマニアたる自身の知識にも存在しない、未知なるポケモンの姿を目にして無意識の内に呟いたカナタ。

 ──そんな彼の疑問は果たして、すぐさまに氷解することとなった。

 

「──そんな……どうして、ここに……!?」

「……ルピナス?」

 

 その時カナタの傍らでルピナスが何事かを呟く。

 振り向けば彼女はまるで()()()()()()()()()()()のように目を見開き、呆然とした表情で「蒼い狼」の姿を眺めていた。

 次いで、ルピナスは思わずといった風で目の前のポケモン──その名であろう言葉を呟いた。

 

「……キング──“シナトマカミ”……!!」

 

 

 

“氷原キング” シナトマカミ じんろうポケモン タイプ:???】

 

 

 

 ルピナスの口から零れた名……“シナトマカミ”。

 どうやらそれが眼前に佇むあのポケモンの名前らしい。

 

「キング──そうか、アイツが」

 

 同時に、漏れ聞こえたその言葉によってカナタは確信した。

 あのポケモン……シナトマカミがこの地統べるキングポケモンであり、相棒(イワンコ)たちを統べる主であることを。

 

「ぬわん! わふ、わふ! わおん!」

「ルガルオン……」

 

 まさしくそれを裏付けるかのように、シナトマカミへと親し気な鳴き声を上げる相棒(イワンコ)。対するシナトマカミもまた、イワンコへ穏やかな声で鳴き返す。

 

「わん! わんわんお! いぬぬ……うわわん!」

「ルガ……? ──ガルルオ」

 

 そのまままるで会話をするように鳴き声を交わす両者。

 が、次の瞬間。突如として、シナトマカミがその視線をカナタへと向けた。

 

「──ッ!!」

 

 途端に、強烈な重圧(プレッシャー)がカナタの全身に圧し掛かる。

 今まで感じたことのない、それこそ先のツンベアーのものさえもそよ風と感じるほどの圧力。例えるならば絶対の強者──あるいは「神」と相対したかのようであった。

 同時に、まるで魂を抜かれるかのような……自己という存在の奥底まで見透かされるかのような感覚がカナタを襲う。

 

(視られて──いや「見定められて」んのか……!)

 

 なぜこれほどまでの重圧を与えてくるのか。

 カナタに心当たりは……あった。

 

(そりゃ、自分の眷属を相棒にしようとしてんだ。見極めようとすんのは当然か……!)

 

 自らの相棒──イワンコはキングたるシナトマカミの眷属。そして今まで聞いた情報を鑑みればシナトマカミは自身の眷属を大切に思っていることは間違いない。

 そんな大事な眷属を──イワンコ自身が望んだとはいえ──預けようというのだ。(おや)として、カナタがイワンコに相応しきトレーナーなのか見定めようとするのも当然だろう。

 

(──だとしてももちっと手加減してくれや! こんなもん気を抜けば一瞬でお寝んねだぞ!)

 

 が、それを理解してなおカナタは思わず内心で悪態をつく。

 感じる重圧はますますとして強まっている。それこそ一瞬でも気を抜けば、瞬く間に意識が途絶えるであろう程に。

 “いかに見定めようとはいえこれは少々やり過ぎなのでは”と思いつつ、カナタは今にも飛びそうになる意識を歯を食いしばって必死に繋ぎ留める。

 ここで意識を飛ばせば、恐らくキングはカナタのことをイワンコに相応しからずと判断し、引き離そうとするだろう。

 ──そのようなこと絶対にさせてなるものか。

 

アイツ(イワンコ)は俺の相棒だ! 親だかキングだか知らねえが、俺たちを引き剥がそうたってそうは問屋が卸さねえ!)

 

 イワンコはカナタの相棒だ。例え誰が相手であろうとも、自分と相棒を引き剥がそうすることは許さない。

 その一心でカナタはキングを睨みつけ、襲い来る重圧に全霊で抗い続けた。

 

 ──どれほどの時間が経っただろう。

 

 

「──ガオン」

 

 

 唐突にキングからの発される重圧(プレッシャー)が霧散する。

 同時に魂が抜け出るような感覚からも解放され、カナタは思わず激しく咳き込んだ。

 

「──ブハッ!! ゲッホゲッホ……!!」

 

 どうやら重圧にさらされていた間、呼吸が止まっていたらしい。息苦しさからカナタはぜいぜいと激しく息を吸い込む。雪原の冷たい空気が流れ込み気管に痛みが走るが、それも無視した。

 そのまま必死に呼吸し続けることしばし、ようやく息を整えたカナタは再びその視線を眼前のシナトマカミへと向ける。

 

「ガルル」

 

 果たしてカナタの目にはシナトマカミが僅かに頷いたようにも見えた。

 

(……お眼鏡には叶った、ことか……)

 

 どうやらキングもカナタ(自分)を眷属の相棒として認めてくれたらしい。

 その確信を得ると同時に、全身から力が抜けカナタは思わず雪の地面に座り込んでしまう。

 

「はあ、ビビったあ……」

「わん!」

「おーう、相棒。どうやら王さま(キング)も俺たちのこと認めてくれたみてーだ。ハハ、これで晴れて公認の仲ってヤツだなあ」

「くぅん! わお!」

「へいへい、こっちもよろしく頼まァ……あででで、だから顔に岩擦り付けるのはやめれ」

 

 そんなカナタに声をかけ、あらためて親愛をアピールする(首の岩を擦り付ける)イワンコ。

 顔面を削られる痛みにやめろと止めるカナタであったが、その言葉とは裏腹に声色はどこか嬉し気であった。

 と、その時。

 

 

「ルオオォーーン!!」

 

 

 雪原に高らかな遠吠えが響き、反射的にそちらの方角を見遣った。

 遠吠えの主は無論、シナトマカミ。彼はそのまま倒れ伏したツンベアー(えもの)の首筋を掴み、くるりと踵を返す。

 次の瞬間、轟と吹き荒んだ強烈な風が雪を捲き上げ、カナタの視界を白く染める。

 

 そして風が吹き止み、視界が戻った時──シナトマカミの姿はもうどこにもなかった。

 

「流石はキング……お帰りも随分立派なこって……」

 

 一瞬にして吹雪を巻き起こしたかと思えば、目にも留まらぬ速さで消え去る。

 キングの持つ力の一端を見せられ、思わずおかしな感想を呟くカナタ。

 

「わんっ!」

「……おん、どしたんだ相棒?」

 

 と、そんなカナタにイワンコから声がかかる。

 見ればいつの間に拾ってきたのだろうか、何やらキラキラとした石を手渡そうとしているようであった。

 

「何だこれ、宝石? 俺にくれんのか?」

「わん!」

「んじゃ、遠慮なく受けとっとくぜ。ありがとな相棒。……しっかし、キレーな石だなあ」

 

 一見すれば水晶にも似た、透明な石。光に翳せば天の極光(オーロラ)を反射し色とりどりに煌めく。

 さらによくよく見れば石の内部には何やら紋様らしきものが浮かび上がっており、どことなく神秘的な雰囲気を醸し出していた。

 その時、カナタの脳裏にふととあるものが思い浮かぶ。

 

(あれ、もしかしてこれメガストーンとかZクリスタルみてえな──)

「それはっ!!」

「──ウェッ!?」

 

 ──が、そんなカナタの思考は横合いより飛び込んだルピナスの鋭い叫びによって中断される。

 突然の大声に例によってビビり散らかすカナタ。しかしルピナスはカナタの様子を気にすることなく、目の色を変えて彼の手の中の石を見つめる。

 

「ビビったあ……何なんだよ、いきなりそんな大声だして」

「嘘……まさか……そんなことって……でも、これは確かに……!」

「おーい? ルピナスー? ……ダメだこりゃ、話聞こえてねえ」

 

 突然の大声に一体どうしたのかと問うたカナタであったが、ルピナスはそれに答えることなく。石を見つめながら何やらブツブツと呟き続ける。

 思考に没頭してしまったルピナスに何度か声を掛けたカナタであったが、残念ながら結果は暖簾に腕押し。こりゃもうダメだと匙を投げ、諦めて彼女の好きなようにさせたのだった。

 そのままルピナスの意味の分からぬ独り言を聞き続けることしばし、ようやく何かに納得するように顔を上げたルピナスは、真剣な表情でカナタへと語りかける。

 

「カナタ、落ちついて聞いて欲しい」

「お、おう」

「あなたが手に持っているその石は──“オルタナストーン”。“オルタナバースト”……さっきの戦いでイワンコに起きたような現象を発動させるための媒介となるもの」

「へー(やっぱ、メガストーンとかZクリスタルみたいなもんだったのか)」

 

 ルピナスが告げたその石の名は、“オルタナストーン”。

 “オルタナバースト”を引き起こすための媒介となるユール地方の神秘の宝石であるという。

 そんなルピナスの説明を聞き及び、内心でやはりメガストーンやZクリスタルと似たような代物だったかと納得するカナタ。

 

「──そして、“オルタナストーン”は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いわばキャプテンの証」

「へー……へ?

 

 が、次の彼女の言葉に思わずビシリと固まった。

 

 曰く、オルタナストーンとはキャプテンの証。

 キングに選ばれたトレーナーが眷属とともに託されるもの。

 

 カナタの相棒であるイワンコはキングの眷属たる個体。

 そして、カナタはつい先ほどキングから眷属を託すにたるトレーナーだと認められた。

 その上で、カナタの手元には今キャプテンの証たる“オルタナストーン”がある。

 

 ──これらが示すのはただ一つの事実。

 

「カナタ。あなた、選ばれた」

「え?」

「あなた、キャプテン」

「え……」

「今からあなたは、ここ──『奔狼の氷原』の──シナトマカミの正統な、キャプテン」

 

 彼が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

 ルピナスの口から告げられた、信じ難い事実。

 困惑しつつも真剣な表情を浮かべた彼女の姿に、カナタはそれが冗談でも何でもないことを認識し──。

 

 

「──えええええええええええ!!??」

 

 

 瞬間、雪原へ間抜けな叫び声を響かせたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

第一章:暴嵐怒涛のヴァナルガンド(完)

 

 

【カナタは レポートに しっかり書き残した!】

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