一般通過レジェンダリアンの〈超級〉〜指名手配を添えて〜 作:苦悩
「はーいこんにちはー、はじめましてー」
猫がいた。
二足歩行する奇妙な猫がいた。
……
「ねこはいます、わたしのめのまえにいます、あなたはねこです」
「僕はそんな怖いSCPじゃないから安心して欲しいかなー?」
いや、でも、ネコ……
「僕は管理AI13号の、チェシャ。初仕事からなんだか疲れるような人だけど、改めてよろしくねー?」
「あぁ、うん、管理AI、いや、でも、ネコ……」
ネコは……ねこは怖いって、昔から……
「ほいっ」
「あでっ」
て、はっ!
やばい、ネットで拾ったねこの知識で混乱してた。
ていうか、管理AIならどんな姿でも有り得なくはないだろうに、何を戸惑っているのやら……
「そうだよ!このゲーム、一日が72時間あるって本当!?」
「おおぅ、すごい粋だねー……うん、本当だよー、この世界、〈Infinite Dendrogram〉は現実世界の3倍で時間が流れる。今でもログアウトできるから見てくるー?今だいたいこっちの時間で1分ちょこっと経過してるけどー、君たちの世界の時間では25秒くらいしか経ってないんじゃないかなー?」
「……いや、このままでいい。多分ホントだろうから。自分にとっては、1分1秒すら惜しい」
逆に嘘だったとしても、管理AIに嘘を言わせて顧客を騙したって、運営と開発者を訴えられるからな。
「そうー?じゃあチュートリアル、操作説明していくよー?」
「あぁ、頼んだ」
なにぶん説明書を途中で放り投げて───というか、1番最初に3倍速のことが書いてあったから最初しか読んでない──直ぐさまこのゲームに入ったのだ。仕様なんてだいたい分からない。
「じゃあまずはねぇー、お名前を聞いてもいいかなー?」
名前、名前と言うと……
「こっちでの名前のこと?」
「そうだねー、一応リアルの名前でもいいけど、この後容姿の設定があるからねー……あ、もしかして先にそっちの方がいい感じかなー?」
「そりゃあなぁ。例えば『バ〇キン〇ン』みたいな名前付けといて、『ド〇〇もん』のキャラクターだったら変でしょ、どう考えても」
「なるほどねー、ありがとー。初めてのお客さんだから勝手が分からなかったんだー。965番目以降のお客さんにはちゃんとキャラクターの容姿から決めるようにしておくよー」(なお余談だが、この意見は参考資料として記録されただけで、実際にはプレイヤーごとにバラバラの順で行われることになった)
そうか、自分がこの管理AIにとっては初めての……初めて……まて。
「965番目?そんなに管理AIがいるのか?」
そんなに管理AIを用意できるようなら、それはスパコン何台稼働させて……
「いやいやー、そんな居ないからねー?管理AIは全部で13体。いまはまだ処理能力が空いてるから全員で対応してるけど、大部分は僕が担当してるよー」
「こんな風に」
と言って、猫───本人の言なら、チェシャ───は、2体に
「───」
「こんな感じで、僕は処理能力がかなりあるからねー。1人1体って感じで派遣してれば、かなりの人数を……どうしたのー?」
「─いや、なんでも、なんでも、ない」
本当に……なんでもないんだ。
……ふたつに分裂した……に……た、なんて……。
「そうー?じゃあ改めて、容姿を作ってみるけど、なにか希望する容姿とか「リアルそのままで」……えぇ……」
動揺が、口に出ていたらしい。
思わず引き気味になったチェシャをガン見し、ふと頭に浮かんだ疑問が出てくる。
「……そもそも、リアルそのままってできるの?」
「そこは超技術どりゃーって感じで、ほいっ」
なんだそりゃって思ったのもつかの間、そこには現実の自分の全身像が現れ──■ぁ……
「……さっきからどうしたのー?」
「……」
チェシャからの呆れた目線に、思わず赤面してしまう。
だって……ねぇ……
「髪の質、ホクロの位置、細かなシワ……ほんっとにそのまんまなんだな」
「そりゃあねー、超技術だからねー」
そうかー、超技術かー、ならしかたないなー。
「で、このまんまで通すけど、ほんとにいいのー?」
「あぁ、うん、構わない、むしろこの方がいい」
なんたって、どこに出しても自慢の自分の姿だ。
これを使えてゲーム出来るなんて、むしろ大歓迎だ。
「それじゃあ名前はー?」
「ーーー、いや、……ペル・ナルシー」
ペル・ナルシー……意味は……
「それで登録するねー。次は描画の設定ねー、今から目に見える光景が変わるけど、どれが一番いいか選んでねー」
そう行った後に、自分の視界が切り替わる。
今まで見えていたのはリアルな描写だったけど、それがCGに、アニメーション風に、と、それが数秒ごとにループしている。
「あ、最初の設定で」
「いいよー。やっぱり慣れ親しんだ視界がいいのかなー?」
「まあ、うん、そりゃあ」
なんだかんだでこの景色が見慣れてきてるから、ってのもあるけど。
「それじゃあアイテムも渡しておくよー」
そう言ってチェシャは、どこからともなくカバン──腰に据え付けるタイプ───を渡してきた。
「これがアイテムボックスねー。ペル君の所有物以外は入らないしからー。PKされるとランダムドロップするし、壊されると中のものが飛び散っちゃうから気をつけてー」
「え、このゲーム、PKってOKなの?」
「そうだねー、何をするにも自由だよー」
へぇ、なら気をつけないといけないかな。
あまり自分のものを取られるのって、気持ちのいいものじゃないから。
「ちなみにー、《窃盗》スキル使うとこのアイテムボックスの中から直接アイテム取れるからー」
……
「え、じゃあ《窃盗》スキルって最強じゃない?!」
どんなレアアイテムも盗れるなら、すごいクソゲーになりそう。
ドロップしたレアアイテムを盗り合って……誰が盗ったか分からないから只管にギスギスした疑心暗鬼ゲームが展開されて……運営から《窃盗》スキルの下方修正食らって……グリッチ等を使ったアイテム増殖法が出来上がって……運営が介入して……バグって……運営がクソ修正して……プレイヤーがSNSでクソゲー呼びして過疎って……
「行き着く先はプレイヤーの民度崩壊からのサービス終了、か」
「嫌な想像はやめてー」
はっといつの間にか上を向いた視線を戻すと、チェシャが本気で嫌そうな顔していた(猫なのに表情がわかる)。
「心配しなくても耐久力が高かったり、《窃盗》対策してるのはあるからー。幾らかプレイしたら買えばいいよー」
「あ、そうなの?じゃあなるはやで買うかな」
どうやら自分の想像は杞憂で、誇大妄想の類だったらしい。
……でも実例が山ほどあるからなぁ……。
「何故かさらに遠い目になってるところ悪いけどー、そろそろ進めてもいいかなー?」
「あ、はい」
呆れた目で見られているので、改めてチェシャの話を聞くために一度頭の中をスッキリさせる。
「じゃあ次に初期装備ねー、はい、これカタログ、この中からすきなのえらんでねー」
チェシャはそう言って本棚の中から一冊の本を取りだしてくる。
ていうか今更気づいたけど、結構部屋の中がしっかりと作り込まれている。ボードゲームとかかなりあるし。
「じゃあこのいかにも冒険者、って感じの装備で」
革……革?の上下一式に黒めの外套がかかってる感じで渋めの装備だ。
どことなく弱そうに見えて最強なキャラがつけてそうな感じがする。
「オッケー、じゃあ次のページ開いてみてー。初期武器のカタログだから、そこからも好きなのを選んでねー」
言われて次のページを開いてみると……おぉ。
「オーソドックスな長剣は当然として、短剣にバスターソード、槍に斧槍、鎌に斧に弓、杖、玉、紐……木の棒もある……」
「それはひ〇きのぼうだねー」
最強装備じゃないか。
「冗談はともかくとして、どれ選ぼうかな……」
まじで悩む。特にこの体で振り回すって考えると……
「あ、ちなみに魔法とかってあったりするの?」
「勿論あるよー、火に水に土に風に光に闇、あとは回復魔法とかー?」
それじゃあ。
「木の棒で」
魔法を使いたい。
「オッケー。それじゃあ……とりゃー」
ゆるーいチェシャの声とともに、突然体に重さを感じる。
特に重かった背中を見てみると、さっきカタログで見た木の棒があった。
「おぉ……」
うん、普通にワクワクする。やっぱり男の子、長いものを背中に括りつけてあると何歳でも興奮するんだよ。
「あとは路銀ねー。これが5000リルで、おにぎり500個は買えるからー」
言いつつ、これまたどこからか取りだした銀貨5枚を自分に手渡してくる。
「微妙に例えが分からないけど、まあ、それなりに高価だってのはわかる。ありがとう」
「どういたしましてー、あとは頑張って自分で稼いでねー」
……なんでだろう、ヒモを切られた駄目男みたいな気持ちだ……
「それじゃあ、お待ちかねの〈エンブリオ〉を移植しよっかー」
「エンブリオ?もしかして説明書に書いてあったりした?」
吾輩、何度も言うがほぼ未読でプレイしてる故。
「書いてあったかもー?まあいいよー、説明するからー」
こほんとひとつ咳払いをして、
「エンブリオはねー、全プレイヤーがスタート時に手渡される相棒だけど、同じ形なのは最初の第0形態だけだよー。第1形態からは持ち主に合わせて色んな形になって、色んな姿かたちに変化するからねー」
「え、ちょ、タンマ」
「うん、いいよー」
持ち主に合わせるってことは、だ。
「それって、プレイヤー一人一人で全く違うシステムを用意するってことだよな……?処理落ちとか、大丈夫なの?」
幽体離脱して感覚とかは先に進んでるのに、描画がめちゃくちゃカクついたりして当たり判定ごと何十メートルも離れたところにあったままになるのは勘弁。
「それは全然問題なしー。〈InfiniteDendrogram〉の処理能力、舐めてもらっちゃぁ困るねー」
「まじ?」
「まじだよー」
ウッソだろお前、どんだけスパコン並列接続させてんだよ。
「続きに行って大丈夫ー?」
「……混乱してるけど大丈夫」
「そうー?じゃあ続き話すねー。エンブリオはさっきも言ったように千差万別、ひとつとして同じものは無いけどー、一応傾向としてカテゴリーはあるよー」
「まあ……数があれば似通ったのは当然あるよな」
「大まかにはー
プレイヤーが装備できる武器や防具、道具の形のtype:アームズ
プレイヤーの護衛のtype:ガードナー
プレイヤーが搭乗出来る乗り物のtype:チャリオッツ
プレイヤーが居住可能なtype:キャッスル
プレイヤーが展開するtype:テリトリー
が基本的なのかなー」
「うーん……相性みたいなのはある?」
例えば、武器のアームズは鎧のアームズに強いとか、破城槌のアームズは城のキャッスルに強いとか。
「もちろんあるよー。ただ、カテゴリー別での相性って訳じゃなくて、その〈エンブリオ〉自体の持つ能力の相性だけどー」
へー、普通だったらカテゴリー別にあったりするけど、そこは違うのか。
「ちなみにー、このカテゴリー以外にレアカテゴリーとか、〈エンブリオ〉が進化すると上位のカテゴリーになったり、あまりないけどオンリーワンカテゴリーになったりすることもあるからねー。」
「レア……オンリーワン……欲しいなぁ」
「そこに関しては運次第だねー」
そうかー。
「あ、ちなみに自分って、何でかわかんないけど物壊しやすいんだよね。もし今使ってるハード壊れた時のために、バックアップ作っときたいんだけど、どうやってやればいいの? 」
いやほんと、自分では気をつけてるんだけど……いきなり壊れるんだよな……うぅ、買ったばかりの釣竿、3秒で壊れた思い出……
「んーとねー、脳波で登録してるから、どの機械でプレイしても同じデータで遊べるよー」
脳波登録……え、まじか。
もしかして説明書に書いてあったりした?
「だからデータリセットは無いし、リセットしても〈エンブリオ〉ってその人のパーソナルが反映してるからー、余り変わらない性能になるんじゃないかなー?変わるのはジョブくらいなのさー」
「なら安心だ。で、ジョブって言うと、もしかしてジョブシステム系のゲームだったの?」
「勿論さー、下位のジョブを鍛えて、頑張ってより上位のジョブを目指してみてー。数自体はもちろん、組み合わせの種類が凄いからねー」
「そうする……あー、時間……足りるかなぁ……」
魔法はもちろん使いたいけど……テイムモンスターで疑似ペット体験……いや、物理とレベルの暴力で無双ゲーム……いやいや、支援でみんなからチヤホヤされて……いやいやいやデバッファーになって根暗プレイも……いやいやいやいや……
「……あ、ごめん、想像が膨らんでた」
「いいよいいよー、時間はたっぷりあるから、いっぱい悩んでー」
いや、取らぬ狸の何とやらだ。
ここで時間を使ってもまだチュートリアルなんだ。本当の楽しみはゲーム本編、忘れない忘れない。
「で、えーと、そう、話がズレたけど、〈エンブリオ〉ってのはどんなのなんだ?」
「あ、それなら左手をご確認くださいー」
「ん、え、いつの間に……」
確認してみると、淡く輝く卵型の宝石が埋まっていた。
「だいたい〈エンブリオ〉の説明がジョブの説明に流れたあたりかなー?」
「気づかなかった……」
「まあ、余り変な感触は無いからねー。で、それが第0形態の〈エンブリオ〉。今はくっついてるけど、進化して第1形態になれば外れるからねー」
ふーんと、返しながらつついてみる。
感触としてはやっぱりツルツルの宝石って感じで、どこか信頼感のようなものが湧く。
これからこのゲームを続ける限りにおいて相棒になるものなんだから、無意識にそう考えててもおかしくないかな。
「ちなみに外れると、代わりに紋章が描かれた刺青になるよー。それがプレイヤーの証明書だからー。じゃないとプレイヤーって認識されないから気をつけてねー」
「うぃ、了解」
そうか、これがないと他のプレイヤーからNPCと間違われるのか……今はまだ1000人近くしかいないはずだけど、結構なクオリティのゲームだからそのうち増えるだろう。
まあ、会話すればそもそも間違われる心配はないだろうけど。
「あとは紋章に〈エンブリオ〉を収納できるよー。このゲームの中にいる時はずっと一緒なので、大事にしてねー」
「ものの思い入れは強い方だから大丈夫」
「そうー?それじゃあ〈エンブリオ〉関連はこれで以上なので、最後に所属する国を選んでくださいねー」
チェシャは少し移動して、机の上に地図を広げる。
丸まった、まるで海賊映画で見るような地図だったけど、広げ終わると変化が起きた。
地図上の7箇所から光の柱が伸びて、その光の中に街の様子が映し出されているのだ。
「この光の柱が初期に所属可能な国ですねー。見えているのはその国の首都の様子ですー」
チェシャと机を挟んで正面、左右逆になった地図を見てみると、ひとつの大陸と島国からなる世界だということが分かる。
取り敢えず本を見るように、右から、つまり逆になった地図で言うと西からサラッと見ていくことにした。
「あ」
「どうしたのー?」
「ここに行きたい」
そして自分が指さしたのは、実にファンタジーな……
世界樹の麓に作られた、The異世界と言わんばかりの街の……
「レジェンダリア?ってところに行きたい」
「オッケー、ちなみに軽いアンケートだけど、選んだ理由はー?」
「1番魔法使ってそうな雰囲気があるから」
特にエルフがいることが決め手だ。
エルフ、すごい魔法使いが多い種族、つまり魔法が発達してる。
「うーん、そういう考え方もあるかー」
「え、ちょっと不安なんだけど、大丈夫?」
「あー、うん。確かにこの国は、自然魔力が多いからねー、魔法使い向けっていえば確かにその通りかなー?」
「尚更行きたくなったんだけど」
「まあ、後で所属国家は変えれるから、何時でもどの国にも行けるんだけどねー」
なるほど、だから”初期に”所属する国家なのか。
「じゃあレジェンダリアの霊都アムニールに送るねー」
「あいー」
……あ、そうだ。
「最後にひとつ、説明書読めばいいかもだけど、このゲームの目的って何かある?」
わざわざ現実に戻って読むよりも、ここで聞いた方が早いし、ニュアンスを勘違いして積んだら嫌だから聞いとこう。
「何でもー」
「何でもっ、て」
「さっきも言ったけど、自由なのさー。だからなんでもー。英雄になるのも魔王になるのも、王になるのも奴隷になるのも、善人になるのも悪人になるのも、何かするのも何もしないのも、<Infinite Dendrogram>に居ても、<Infinite Dendrogram>を去っても、何でも自由だよ。出来るなら何をしたっていい」
そこまで言って、チェシャは自分の左手を指さす。
「〈エンブリオ〉が無限の可能性で溢れているように、これから始まるのは君の無限の道行き」
これまでの間延びした口調とは裏腹に、どこか真摯に語りかけてくる。
「さあ、行きたまえ。〈
そこまで聞くと、瞬きをした瞬間に全てが消え失せた。
眼科に広がるのはさっき逆さに見た地図の形。
その一点……自分が選んだレジェンダリアに向かって一直線に吸い込まれ……否。
落ちている。
それも風圧、気温、気圧全てが上空にいることを教えてくれて、なおかつ風圧が強くなるにつれて気温と気圧がどんどん快適なものになっていくのを感じながら……
「あぴゃぁぁぁぁーーーーー!!!」
思わず変な声を出しながら……自分は落ちていった。