黒の中の黒   作:エンゲルス

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ブルアカ4周年なので初投稿です


完全武装中立

 数多の自治区の連邦であるキヴォトスには幾つか公的権力の及ばない場所がある。

 

 その代表的な例の1つが自治区間での未確定領域の存在であり、得てしてそういった場所はアウトローの吹き溜まりとなっていた。

 

 トリニティの1年生、阿慈谷ヒフミが恐る恐る足を踏み入れたボーダーゾーンもそういった領域の一つであり、アビドス、ゲヘナ、トリニティの3者の境界上に発生したキヴォトス最大の無法地帯であった。

 

 平凡な学生を自認するヒフミがこのような似つかわしくない場所にいるのにはれっきとした理由がある。

 

 彼女が愛してやまない「モモフレンズ」その季節限定品を入手するためであった。

 

 折しも学期末ということもあり進級のかかった試験を投げ出すことを最後まで悩んだ末に断念した結果、下校する頃にはどの店でも売り切れ。やむを得ずボーダーゾーンの闇市に一縷の望みをかけたのであった。

 

 ヒフミがトリニティに進学したばかりの頃はゲヘナとトリニティが戦火を交えていたこともありおいそれと近付くことの出来ない危険地帯であったが、ゲヘナの「雷帝」が失脚しなし崩し的に双方が手を引いた結果、戦災の痛々しい跡があれど人の営みが息づく元のボーダーゾーンに戻りつつあるそうだ。

 

 ヒフミがボーダーゾーンに来たのは初めてであるが、それでも違和感を覚えざるを得ないものがある。

 

 キヴォトスは銃社会ということもあり、治安の良い場所であっても銃撃戦が絶えない。

 

 しかし、ここは確かに表社会と比べて確かに治安が悪い要素がそこらにあれど、想像した程には荒れていない。

 

 ヘルメットをかぶった集団からリンチを受けている少女がいるなど、暴力を忘れているわけではないのであろうが、少なくともヒフミはここに来てからというもの一度もカツアゲの類に遭遇していない。

 

 それどころかヒフミの方にチラチラと目をやりながら、何やらヒソヒソと噂話をしている。

 

 何にせよ長居をしていて良いことは何もないだろうと歩みを進めるヒフミの肩が叩かれる。

 

 振り返ると見慣れたトリニティの制服に、見慣れない黒い腕章を付けた集団。

 

「あはは……」

 

 

 

 

 学園都市「キヴォトス」、それは各学園の治める自治区とその勢力圏から成る連邦。その中でも一際栄華を極める構成体が3つ。

 

 研究者たちの集まりを原点とする新興勢力ながら、圧倒的な科学力から生み出される最先端技術で他の追随を許さない『ミレニアム』

 

 自由と混沌を標榜するが故に、圧倒的な力とそれに見合った我の強さを持ち合わせた「問題児」の集まる無秩序『ゲヘナ』

 

 経典を同じくする大小様々な団体の連合から生まれ、今なおその名残が派閥として色濃く残る、伝統と政争の地『トリニティ』

 

 ヒト、モノ、カネにおいてキヴォトスに覇を唱える各勢力であるが、ミレニアムは求道者の集まり故外部と係わることを疎み、ゲヘナは星の数ほど居着いた凶悪犯達により本土のマンパワーを統制出来ず、ゲヘナと敵対関係にあるトリニティはあらゆる行動に政治的制約が付き纏うためパフォーマンスを発揮仕切れないという各々の事情を抱えており、そこに中央政府たる『連邦生徒会』が掣肘することで、キヴォトス情勢は三者鼎立の形で落ち着いていた。

 

 嘗てはここに『アビドス』という、キヴォトス随一の歴史と生徒数を誇る列強が名を連ねていたが、現在は本土の砂漠化によりかつての繁栄は見る影もなく、瀕死の病人は乾いた口から時折か細い息を上げる程度に落ちぶれている。

 

 自治区だけでも数千はあると言われるキヴォトス、強大な自治区に阿諛追従しその庇護下に入るか一部となる勢力も存在する。

 

 伝統的に海上戦力を重視し、鉱山開発の副産物である先進的な船舶と鉄道を早期に獲得せしめていち早く外に飛び出したトリニティと、その後を追い掛ける陸上戦力では負け知らずのゲヘナ。

 

 トリニティとの砲艦外交と権謀術策の応酬の中、創立以前からの対立をさらに深めるゲヘナに1人の指導者が誕生した。

 

 後世の評価において曰く「暴君」「天才」「発明家」。

 

 圧倒的なカリスマと鉄拳政治、そして革新的な発想により危険な新兵器の数々を生み出し、キヴォトスにその威を見せつけた彼女を内外の人間は恐れを込めてこう呼んだ。

 

 

 

 

 ゲヘナの『雷帝』

 

 

 

 雷帝の生み出したものは有形無形問わず数多あれど、その中で最大のものは何か。

 

 物を知る人々は口を揃えてこう言うだろう。

 

「戦争」と。

 

 幾つもの地名を地図から消し去る程の暴力の応酬は、普段から銃弾が飛び交うキヴォトスにおいて「平時」という概念を生み出すことに成功した。

 

 戦火と共に拡大された軍需産業は民需を圧迫し、肥大化した実力組織は既得権益の牙城と成り果て腐敗と専横の温床と化した。

 

 しかし、終戦は夥しい数の行く当てのない人間と、民需に転換不可能な先進兵器のサプライチェーンの発生を意味する。

 

 しかし盛者必衰。

 

 多くの者が望むと同時に恐れてもいた終結は、ゲヘナでの政変に伴う雷帝の追放によってもたらされた。

 

 それを受けたトリニティ側も継戦論と講和論が衝突する事態となったが、結論を言えば時代は終戦を選んだ。

 

 

 

 そして宴の後は片付けをしなければならない。

 

 

 

 正義実現委員会内部の「諸事情」により例年より数か月早く成立した新体制下の幕僚達に非常招集がかかったのは、戦後処理もあらかた落ち着いた年度末のことであった。

 

 正実の事務を預かる蘆洲リサが、幼馴染であり今晩の警備の責任者である仲正イチカと合流し会議室に入ると主要なメンバー達は全員揃っていた。

 

「仲正イチカただいま参りました」

 

「蘆洲リサ右に同じく」

 

 高級幹部とはいえ1年生である両名が最後というのは本来であれば叱責されてしかるべき事であるが、事態が事態故気にするものは誰もいなかった。

 

 正実の重責を担う人間が全員集まったことを確認すると、彼女達の総領である剣先ツルギ委員長が口を開く。

 

「手短に言う。先程セイア様が倒れられた。表向きは病ということになっている」

 

 百合園セイアはトリニティの3大派閥サンクトゥス分派の首領であり、次年度の政権においてトップであるホストの地位に就く予定のトリニティ政界の重鎮である。

 

 正実としてもそれを見越して懇意にしていたし、そうでなくてもセイアが病に臥せったというのは確かに緊急事態であるが、高級幹部を全員叩き起こして集合させるには理由としては弱い。

 

 だが剣先ツルギが正実を掌握して作り上げた新体制においてその意味を理解できない無能は存在しない。

 

「巡回部隊からは特段これといった報告は上がっていないっす」

 

 イチカからの報告に一同は「だろうな」という顔で応じる。

 

 ティーパーティーに属する3大派閥は私兵を抱え込んでおり、自らの身辺警護にそれらを重用している。

 

 今回のような場合であっても、正実の警邏は関わりようが無いというのが正直なところだ。

 

 故に一同の視線が今度はリサに向けられる。

 

「3派閥とも混乱しています。その他の派閥に関してはそもそも情報が降りてきていないかと。シスターフッドに関しては……いつも通りです」

 

 総務局は内部に正実の情報部門を抱え込んでいる。

 

 故にリサは諜報面での働きも期待されているわけだが、今回は何の成果も上がらなかった。

 

「オーフィス分派としてはどうだ」

 

 水を向けられた蘆洲カノンは2人いる副委員長の片割れとして裏方を司っており、リサの直轄の上司であり姉でもある。

 

 カノンが領袖を務めるオーフィス分派は3大派閥には及ばないものの中堅派閥としてはそれなりの規模と歴史を持っており、ツルギ以前の旧体制においては多くの幹部を輩出し権勢を誇っていた。ようは正実の「お嬢様」の集まりである。

 

 ツルギがカノンを側近としておいたのも、正実の官僚機構がオーフィス分派の軍官僚無しには維持できないという現実的な理由と、彼女達にトリニティ政治とのチャンネルとしての機能を期待したためであった。

 

 ツルギ自身も上流と呼んで差し支えない出自ではあるが、本人の気質が生粋の武人である為、カノンのような味方が必要不可欠であった。

 

「何も。正直、本当に倒れただけと考えた方がまだ筋が良いかと」

 

 どこか投げやりに返すカノンをハスミを始めとした幾人かの幹部が不快気に睨むが、ツルギの視線を受けると皆目を逸らす、そして当のカノン本人はどこまでも飄々としている。

 

 ハスミ率いる非上流階級中心の実働部隊、カノン率いるお嬢様中心のデスクワーカー、そして両副委員長を圧倒的な武勲とカリスマで統制するツルギ。目の前の光景こそがまさに今の正実の縮図であった。

 

「改めて宣言しておくが、私は政権の担い手が誰であれ中立を貫く」

 

 ツルギの表明に対し歴戦の兵達の唱和が響く。

 

 不満そうな者、心酔しきった者、一切の興味を見せない者、千差万別の面持ちであっても全員に共通することがあった。

 

 それは正義実現委員会への強い帰属意識、自らがトリニティにおける唯一無二の秩序の担い手であるという自負、そして剣先ツルギという英傑への敬意である。

 

 

 

 

 その後、セイアが病に倒れたことが公式に発表されたが、不気味なほど政局は静寂を保ち次代を導く総首領が欠けたまま1日、また1日と時が流れていった。

 

 桐藤ナギサが代理としてホストの地位に就いた頃、期待と不安を胸に抱えた新入生達が例年と同じくトリニティへと迎え入れられた。

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