冒険者になりたい俺の特技は『間違い探し』   作:公私混同侍

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冒険者検定

 

剣と魔法がまだ健在の時代――。

大国ルーピアは活気に満ち、津々浦々から旅人や商人たちが集う冒険者たちの楽園だった。しかし、この豊かな地を脅かす存在がいた。

 

ビースト――人間界に脅威をもたらす怪物たち。

元は人間に飼われていた動物たちだが、心ない飼い主に捨てられ、育児放棄され、やがて行き場を失い野生化した彼らは、人間を襲う恐ろしい存在へと変わり果てた。

 

その理由はさまざまだ。

人間への深い憎しみから復讐を誓う者、魔法によって理性を歪められ狂気に囚われた者……。

 

それでもルーピアの人々にとって動物たちは愛されるペットであり、時に頼れる労働力でもある。人間と動物たちが共存する一方で、ビーストの存在は彼らの好奇心や探求心を掻き立ててやまない。冒険者たちにとってビーストは敵であり、挑むべき試練であり、時には理解されるべき存在でもあった。

 

「ビーストは悪だ――でも、すべてがそうとは限らない」

 

そんな矛盾を抱えながらも、冒険者たちは今日もその命を懸けてビーストに立ち向かう。

 

これは、そんな世界で一人の青年と、一人の少女、そして一人の騎士が織りなす物語。

彼らが目指すのは、ビーストの牙をくぐり抜けた先にある「真実」――。

そして、まだ誰も見たことのない「未来」だ。

 

ルーピアの片田舎に住む青年、ロッド・アウグスクロイツは、冒険者として新たな一歩を踏み出そうとしていた。

 

――未来への希望を胸に、そして何より育ての両親への恩返しを果たすために。

 

「行ってきます!」

 

玄関を出るロッドに、明るい声がかけられる。

 

「ロディ!今日から冒険者検定を受けるんだよね? ワタシに追いつけるように頑張ってね!」

 

そう言って笑うのは、ロッドと同い年の幼馴染、ラナ・ケステリア。ロッドのことを「ロディ」と愛称で呼ぶ彼女は、すでに冒険者として一歩先を進んでいた。

 

ラナは動物が大好きで、戦うことを好まない性格からヒーラーを選んだ。それでも、どんな冒険者にとってもヒーラーはなくてはならない存在。ラナはその手で人間とビーストを区別することなく治療し、冒険者として着実に経験を積んでいた。

 

ロッドが冒険者になりたいと決意したのは、彼をわが子のように育ててくれたラナの両親――ケステリア夫妻への恩返しがしたかったからだ。捨て子だったロッドを家族として迎え入れ、実の娘であるラナと分け隔てなく愛情を注いでくれた両親に、少しでも感謝の気持ちを形にしたい。

 

「冒険者になって、ちゃんと一人前になる。それが俺の目標だ」

 

ただ、ロッドが一人で旅立つつもりだったことに、ケステリア夫妻は首を縦に振らなかった。

 

「一人じゃ心配だから、検定場所までラナも一緒について行ってあげなさい」

 

その提案に反対できるわけもなく、ロッドは感謝しつつも、少しだけ気まずそうにラナを連れて検定場所に向かうことにした。

 

――こうして、ロッドの冒険者としての物語が静かに動き出した。

 

「ロディ、冒険者になっても無茶したらダメだからね?」

 

「ラナこそ、俺より先に無茶するなよ。俺は一人前になって両親に恩返しがしたいだけだ。それまではラナに迷惑をかける気はないさ」

 

「腰に差してるの、それって剣だよね?」

 

冒険者検定に向かう道中、ラナがロッドの腰に目を留めて言った。

 

「ロディの戦い方なら、ナイフの方が使い勝手がいいんじゃない?」

 

「ナイフか……」

 

ロッドは自分の剣を見下ろしながら少し考える。

 

「ここは()()()の言うことを聞いた方が無難かもしれないな」

 

「そうそう!こういう時は、素直に目上の人の意見を聞くのが一番。それに剣が折れちゃってもナイフがあれば護身用にもなるしね」

 

ラナは軽い口調で言いながら笑顔を見せる。

 

「でも、ロディは剣士とか騎士に憧れてるんだもんね?」

 

「……三年前のあの騎士団のパレードを見たとき、何かが弾けたんだよな」

 

ロッドの目がふと遠くを見るようになる。

 

「『弱き者のために剣を振りたい』とか、『大切な人を守れる騎士になりたい』とか、いろんな思いが湧き出てきた。それからずっと夢だったんだ」

 

ラナはその様子に微笑みながら、茶化すような声を上げる。

 

「ロディってさ、ワタシから見てもけっこうイケメンだと思うし。騎士になったら女の子たちが『助けて〜』って、か弱いフリして寄ってくるんじゃない?」

 

「はあ?何だよ、それ」

 

ロッドは呆れたようにため息をつく。

 

「でもナイフ使いの騎士なんかに、守られたい感じしないかな」

 

「お前が持たせたんだろ!」

 

突っ込みを入れるロッドに、ラナは楽しそうに笑い声を上げた。

 

――この二人には血の繋がりはない。だが、姉弟のような絆が確かにあった。

 

「ロディってば、本当に真面目だよね」

「お前が自由すぎるだけだろ」

「へへ、それがワタシのいいところなんだから!」

 

ロッドにとって、ラナは時に幼馴染であり、時に良き相談相手であり、何より絶対的に信頼できる存在だった。

 

村を二つ越え、ロッドとラナは目的地である冒険者検定の会場に到着した。そこは人知れず森に隠れるように佇む小さな洞窟だった。

 

「それじゃあ、ワタシはここまでだから、あとは頑張ってね〜!」

 

ラナが軽く手を振り、ロッドを見送る。

 

ロッドはその声に応えるように頷くと、洞窟の中へと足を踏み入れた。壁には蝋燭が等間隔に並び、その火がゆらゆらと揺れている。あたかも、ロッドが来るのを待ち構えているかのようだった。

 

蝋燭の一本を手に取り、足元を照らしながら進むと、奥に人のような影が浮かび上がった。

 

「……誰だ?」

 

ロッドが慎重に近づくと、その影が彼に気づいたのか、ふっと顔を上げた。

 

「君が、今日の受検者か?」

 

声の主は女性だった。姿は……まるで登山家のような出で立ちだ。重そうなリュックが一際目立っている。ロッドは一瞬、人違いではないかと思い、怪訝そうに口を開いた。

 

「俺、ここで冒険者検定を受ける予定になってるロッドって言うんだけど……」

 

その女性は無言で手元のバインダーをめくり、そこに挟まれた書類の写真とロッドの顔を見比べると、軽く頷いた。

 

「ああ……君がロッド・アウグスクロイツか。私は冒険者検定会社『ドラクラ』から派遣されたパルリーネ・フィルナインだ。今日の担当を務めるのは私だよ」

 

「ええと、パルリーネさん……でいいのか?」

 

「同僚たちからは『パル』って呼ばれている。だから君も好きに呼べばいい」

 

「それじゃあ……パルはどうしてそんな登山家みたいな格好をしてるんだ?動きやすい探検家っぽい服装の方が適してる気がするけど」

 

ロッドの問いに、パルリーネは一瞬黙り込んだ。そして、少しだけ寂しげな笑みを浮かべながら話し始める。

 

「……昔、私はギルドに所属していたことがあるんだ。その時、ある男に『一緒にパーティーを組まないか』と誘われてね。期待に応えようと頑張ったけど……私の不手際で仲間を危険に晒してしまった。そのことがどうしても忘れられなくて……結局、自分からギルドを脱退したんだよ」

 

「……それで、一人で行動するようになったのか」

 

ロッドは蝋燭の明かり越しにパルリーネの表情を窺い、真剣な眼差しで言葉を続ける。

 

「パルは仲間が傷つくのを耐えられなかったんだろ?それに責任だって一人で背負ったんだ。だから自分の道を選んだ。それって何も間違ってないと思うけどな」

 

パルリーネはロッドの言葉に目を細めると、くすりと小さく笑った。

 

「フフッ、ギルドに登録すらしたことのない君に言われても、説得力がないな」

 

「うっ……それは、まぁ……そうだけどさ」

 

「それに君は端正な顔立ちをしているな。それに写真より実物の方が、私は……」

 

パルリーネは手元の写真とロッドの顔をじっと見比べながら、神妙な面持ちで呟く。

 

その視線に何かしらの意図を感じ取ったロッドだったが、彼自身は別のことが気になって仕方がなかった。

 

「パル、ちょっと言いにくいんだけどさ……その、ベルト、裏返しじゃないか?」

 

ロッドの言葉に、パルリーネの目が一瞬見開かれる。

 

「……え?」

 

彼女は慌てて腰に手を伸ばし、自分のベルトを確認する。その瞬間、顔にサッと赤みが差し、思わずロッドに背を向けた。

 

「……本当だ。気づかなかった……」

 

小声でぼそりと漏らすパルリーネ。普段の毅然とした態度とは裏腹に、どこか気まずそうにしている姿が新鮮だった。

 

「いや、気にするなって。誰にだってそういうことはあるしさ。冒険者って、もっと大胆なミスだってするもんだろ?」

 

ロッドは気まずさをほぐそうと、軽い調子で言葉を続ける。しかし、パルリーネは視線を合わせようとせず、わずかに肩を震わせたまま。

 

「……言わなくてもよかったのに。こんなところで指摘されるなんて、恥ずかしいじゃないか」

 

「えっ?いや、悪気はなかったんだよ。ただ、ほら、試験中に気になったら集中できないだろうし……」

 

ロッドが慌ててフォローしようとする中、パルリーネは一瞬だけちらりと彼を睨みつけるように振り返った。

 

「次、余計なことを言ったら、その場で減点するからな」

 

その一言に、ロッドは思わず背筋を伸ばし、「了解!」とだけ答えるしかなかった。

 

一方で、パルリーネは顔の熱が引くのを待ちながら、ベルトを正す手を止めない。どこか不器用なその仕草に、ロッドは少しだけ微笑みを浮かべた。

 

「……なんだ、その顔は?」

 

「いや、別に。ただ、パルって意外と可愛いところあるんだなって思っただけ」

 

「……減点、確定だ」

 

彼女の低い声が洞窟内に響き渡り、ロッドは慌てて「冗談だってば!」と弁明しながら歩き出した。その後ろ姿を見送りながら、パルリーネも小さく息をついて、歩みを進めるのだった。

普段は感情を表に出さないパルリーネが、耳まで赤く染めながらバインダーの書類に星マークをつける。

 

洞窟内は薄暗く、湿気を帯びた空気が肌にまとわりつく。その中を歩くロッドとパルリーネ。地図を手にしたパルリーネは、時折それを回転させながら眉間に皺を寄せていた。

 

「パル、地図読めてる?」

 

ロッドが何気なく尋ねると、彼女は即座に否定した。

 

「私を誰だと思っている?地図の読み間違いなどあり得ない」

 

だが、その言葉とは裏腹に、地図を眺める彼女の手元は微妙に落ち着きがない。ロッドは肩をすくめて目の前の道に意識を戻しながら、口を開いた。

 

「そういえば、ビーストって元は普通の動物だったんだよな? 捨てられたり、魔法の影響で狂ったりして、理性を失ったって話だけど……」

 

「その通りだ。一度ビースト化した生き物は、もう元の姿に戻ることはない。本能のまま凶暴化した存在だ。もともとは人間の無責任さが原因なのだから、罪は動物たちにではなく、人間の側にあるのだがな」

 

パルリーネの冷静な声に、ロッドは少し間を置いてから言葉を続ける。

 

「俺さ、捨て子なんだ。でも、育ての両親がすごくいい人たちでさ。実の子供みたいに俺を育ててくれたんだよ。だからさ、一人前の冒険者になって恩返しがしたいんだ。俺がちゃんと成長した姿を見せたい」

 

「恩返しか。君がそれを成し遂げれば、育てのご両親も誇りに思うだろう」

 

「ま、その前にランクEの試験をクリアしなきゃ話にならないんだけどさ」

 

ロッドの軽口にパルリーネが小さく微笑む。そして地図を再度確認しながら、冷静に状況を整理し始めた。

 

「この洞窟には、足元を中心に罠が仕掛けられている。ランクEの冒険者が引っかかる程度のものだから、注意して歩けば特に問題はない。だが、問題はビーストの方だ――」

 

彼女の言葉が終わるか否かのタイミングで、暗がりの中から低い唸り声が響いた。

 

「来たか」

 

ロッドとパルリーネの目の前に姿を現したのは、ビースト化した巨大なネズミだった。その体毛は所々抜け落ち、濁った目が二人を睨みつける。

 

「これがビーストか……」

 

ロッドが身構える一方で、パルリーネは冷静そのものだった。

 

「ロッド、君の試験だ。まずは自分の力で対処してみてくれ。私がフォローするから安心していい」

 

ロッドはビーストと向き合いながら、自信ありげに口を開いた。

 

「確か、ネズミ型ビーストって知能が低いんだよな。けど耳が良くて動くものに反応するって昔、聞いた覚えがあるけど」

 

その言葉に、後ろからパルリーネの声が返ってくる。

 

「よく勉強してきているな。その知識をどう活かすかが、冒険者としての資質を問われるところだ」

 

ロッドは小石を手に取り、それをビーストの目の前に放り投げた。軽い音が洞窟内に響き、ビーストは音の方へと目を向ける。狙い通り、横腹を無防備にさらした。

 

「よし……ここだ!」

 

ロッドは剣の柄に手をかけ、音を立てないよう慎重に抜き取る。その動作はぎこちなかったが、集中力は十分だった。息を潜め、一歩一歩ビーストに近づく。そして、振りかぶった剣を力任せに振り下ろした。

 

「――ッ!」

 

鈍い音が響き、ビーストは苦しげな唸り声を上げる。傷を負った体を震わせながらのたうち回ると、痛みから逃れるように洞窟の奥へと姿を消した。

 

「うぅ……嫌な感触だな、これ」

 

ロッドは剣を見下ろしながら顔をしかめる。返り血はなかったが、独特の重みが腕に残っていた。そんな彼をパルリーネが冷静な声で評価する。

 

「剣の筋は悪くないが、力み過ぎだ。次はもう少し冷静に――それと、ビーストは急所を一撃で仕留めるのが基本だ。仕留め損ねれば、反撃の隙を生む可能性がある」

 

「……減点されるのか?」

 

ロッドが恐る恐る尋ねると、パルリーネは微かに笑みを浮かべた。

 

「ランクDまでは加点式だ。それに、今の程度では失点にはならない。だが、担当者を侮辱したり、不適切な言動をとれば――その時は容赦しないがな」

 

その言葉に、ロッドは小さく肩をすくめた。

 

「わ、わかってるよ。靴ひもが緩んでても、俺が黙って結び直してあげれば減点はなしってことだろ?」

 

そう言うなり、ロッドはパルリーネの足元にしゃがみ込む。そして、緩んだ靴ひもを丁寧に結び直し始めた。

 

「……おい、何をしている」

 

「ルールに従ってるだけだよ、パル。これで減点される理由はなくなるだろ?」

 

パルリーネは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに険しい表情を作り直し、バインダーに手を伸ばす。

 

「次、勝手な行動を取ったら本当に減点するからな」

 

そう言いつつ、彼女の耳が少しだけ赤くなっているのを、ロッドは見逃さなかった。

 

「……加点式なのに独断で減点するなんて職権乱用だ」

 

「今、何か言ったか?」

 

「いや、何も!」

 

ロッドの軽口に、パルリーネは深くため息をつきながら地図を再び広げた。その背中越しに、ロッドは小さな笑みを浮かべていた。

 

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