ロッド、ラナ、そしてパルリーネは正式にパーティーを結成した。朝を迎え新たな旅路に向けて、まずは次の目的地を決めることにする。
「二人はまだ新米冒険者だ。ギルドで仕事をこなしながら経験を積むっていうのはどうだろう?」
と、パルリーネが提案する。
しかし、ラナは首をかしげた。
「ずっとギルドを行ったり来たりするのって、冒険なのか?」
「そうだよな。せっかくの旅なんだから、別の町も見てみたいよな」
ロッドの言葉に、パルリーネは少し考え込む。そして、すぐに新たな提案を口にした。
「なら、隣町のベルノックへ向かうのはどうだ?あそこにはギルドはないが、冒険者で賑わう飲食街がある。情報を集めるには最適だと思うんだが」
「ベルノックか、面白そうだね」
「よし、決まりだな」
こうして三人はベルノックへ向かうことになった。
町を出ようと酒場の前を通り過ぎると、酒樽に寄りかかり、項垂れている男の姿が目に入る。パルリーネがふと足を止め、眉をひそめた。
「あの男……もしや」
パルリーネの様子に、ラナが興味深そうに目を細める。
「もしかして、あの小太りでお腹がはみ出てる男がモルドなの?」
その言葉に、パルリーネは思わず吹き出した。
「いや、違う。あの男は『カリバーン』のラングだ。酒とギャンブルが好きで、モルドに借金をしていたと聞いている」
「借金してまでギャンブルするのか……あんまり関わらないほうが良さそうだな」
ロッドが肩をすくめる。三人はそのままラングの前を通り過ぎようとした。
しかし、その瞬間――
「……ゲプッ」
ラングが大きくゲップを放ち、それと同時にロッドたちの行く手を遮った。
行く手を阻む男に、ラナがすかさず声を荒げた。
「ちょっと、そこどいてよ!酒臭い男に用はないんだけど!」
しかし、男はどこ吹く風とばかりに、空の酒瓶をラッパ飲みするフリをしながらヘラヘラと笑っている。
「そう堅いこと言うなよぉ。おたくらベルノックへ向かうんだろぉ?ちょいと稼ぎのいい仕事が舞い込んできてるんだけどよぉ、人手が足りなくてさぁ。手伝ってもらいたいんだよぉ」
ラナは思い切り顔をしかめ、ロッドはため息をついた。そのとき、パルリーネが険しい顔で横槍を入れる。
「……ラング・ハンザ。『大筒持ちのガンナー』の異名を持つお前が、なぜこんな人目のつく場所をほっつき歩いている?『カリバーン』は活動もままならない状況なのだろう?」
ラングはぼんやりとした顔で、しばらくパルリーネを眺めていた。しかし、次の瞬間、弾かれたように飛び上がる。
「……ん?今の声って……んあっ!?なんで『白銀さん』がこんなとこにぃおるんだい!?」
「私は新しい仲間と共に旅をしている。お前はモルドの所に戻らなくていいのか?」
パルリーネの冷ややかな問いに、ラングはゲップをしてから肩をすくめた。
「いやぁ、うちのリーダーがあんな状況だから、こちとら仕事も手がつかなくてねぇ。でもこうして出会えたのも何かの縁なのかねぇ」
ラナは「なんか胡散臭い」と呟き、ロッドは腕を組んでじっとラングを見つめた。そして、一つ気になることを尋ねる。
「ラングって言ったっけ?さっき、稼ぎのいい仕事があるって聞いたんだけど、本当なのか?」
その言葉に、ラングはロッドの顔をまじまじと見つめ、にやりと笑った。
「おぉ……こりゃまた随分とお堅そうな坊ちゃんだなぁ。けどまぁ、嘘なんかついても仕方ねぇし、ちゃんとした依頼だぜ?」
ラングの真意は分からない。依頼主が来るまで三人は酒場の前で待つことに。ラナは未だ不満が燻っているようだ。
「いくらお金がほしいからって、あんないかにも怪しい男の話、信じなくてもいいのに」
酒場の前で、ラナが小声でぼやく。
ロッドは腕を組みながら、やや申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「俺のせいで報酬減らしちゃったからさ、少しでも足しになればいいかなって思ったんだけど……嘘はついてなさそうだし、大丈夫だろ」
しかし、すぐ横でパルリーネが鋭い視線を向ける。
「ロッド。私はラングと初対面ではない。だからこそ、あの男の趣向や行動原理も知っている。だが、君たたちは違う。ましてや、カリバーンの名が絡むとなると、腹の中に何を隠しているかわからない」
その忠告に、ロッドは少し考え込み、やがて苦笑しながら頷いた。
「わかってる。あのラングって奴を全部信じてるわけじゃないし、もし危ないと感じたらパルを頼るからさ」
パルリーネは静かに頷く。その様子を見て、ラナがすかさず口を挟んだ。
「ちょっと、ワタシも守ってよね?ロディの騎士様?」
「わ、私はロッドの騎士になったつもりは――」
その瞬間、絶妙なタイミングでラングが姿を現した。しかも、彼の後ろには、華やかな衣装に身を包んだ二人の女性がついてきている。
「お待たせしましたぁ。こちらが依頼主の麗しきダンサーのお二方だぜ」
ダンサーの一人が優雅な仕草で微笑みかける。
「あら?こちらが護衛してくださる騎士の方々かしら?」
もう一人のダンサーは、明るい調子で手をひらひらと振る。
「ウチラ、今日中にベルノックのダンスショーに間に合わせなきゃいけないから、なるはやでヨロシク!」
依頼内容は女性ダンサーの護衛。ロッドたちが納得する間もなく、ラングが馬車の扉を開け、彼女たちを先に乗せる。
しかし、その直後――
「ラング様は女性陣をおもてなししなきゃいけねぇのさ。御三方はベルノックまで護衛を頼んだぜぃ」
のんきな顔で言い放ったラングに、ラナのこめかみがピクッと跳ねた。
「……ちょっと待ってよ。なんでワタシたちだけで護衛しなきゃいけないの?あんたが頼んできた仕事なのに、無責任にも程があると思うけど!」
ラングはラナの怒りを涼しい顔で受け流し、逆に鼻で笑うと、ロッドの手に一枚の紙を押し付ける。
「ほらよ、ラング様が描き直した安全安心ルートだぜ。これで御三方も心置きなく仕事をこなせるだろぉ?さあ、大船に乗った気で行こうかねえ」
ロッドは受け取った地図を広げ、目を細めた。妙に綺麗な線だが、何か引っかかる――。
とはいえ、馬車はすでに動き始めていた。ロッドを先頭に、ラナとパルリーネは警戒しつつも、ユゼフの町をあとにする。
……この護衛依頼、無事に終わるのだろうか?
昇り始めた太陽が、草原に金色の光を落としていく。ロッドは手にした地図を確認しながら、馬車の先頭を歩いていた。後方ではラングの陽気な語り口が響き、ダンサーたちの笑い声がそれに混ざる。
しかし、その和やかな雰囲気とは裏腹に、パルリーネは何度もロッドの方へと視線を送っていた。
「ロッド、ベルノックからだいぶ迂回しているようだが、本当に地図通りに進んでいるのか?」
彼女の冷静な指摘に、ロッドは振り返ることなく答える。
「草原地帯を最短距離で進むと、ビーストの群れに遭遇する可能性があるってラナから聞いてたから、地図もその通りに描かれてるし問題ないと思うんだ」
「しかし、このまま進むと別の問題がある」
「別の問題?」
その言葉の意味を問う間もなく、森の入り口が視界に入った。
――そして、突然。
低く響く獣のうめき声が、木々の間から漏れ聞こえてきた。
ロッドは少し足を止めかけたが、すぐにまた歩き出す。
その瞬間、森の茂みが不自然に揺れ――
「……っ!」
一頭のトラが飛び出してきた。
鋭い牙をむき出しにし、金色の瞳がギラリと光る。
「ビーストか!?」
ロッドは反射的に剣の柄へと手を伸ばす。しかし、トラはすぐには襲いかからず、じりじりと距離を詰めながら、獲物を狙うような動きを見せる。
そんな緊迫した状況の中、パルリーネが冷静な声で告げた。
「落ち着け。こいつはビーストじゃない」
ロッドはトラから視線を外さぬまま、彼女の方へわずかに顔を向ける。
「……どういうことだ?」
「ビーストであれば、目の白みと黒みが反転する。だが、こいつの目は正常だ。つまり、ただのトラ――恐らく我々は、こいつの縄張りに足を踏み込んでしまったのだろう」
ロッドはゴクリと唾を飲み込む。
なら、襲われる前にこの場を離れるべきか?それとも――
ラングの罠とロッドの策
ロッドは再び手元の地図を見直した。
左目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
――『間違い隠し』、発動。
瞬間、地図の経路の所々に黒い靄がかかったように見えた。
「……っ!? この地図、ところどころ上書きされてる……!」
驚愕の声が漏れる。
「ラングの奴、やりやがったな……!」
ラナがロッドの肩越しに地図を覗き込み、憤慨する。
「ちょっと待ってよ!? つまり、ワタシたちはあのふざけた男に騙されてたってこと!?」
その言葉にロッドが頷くより早く、パルリーネが剣を抜いた。
「ここは私が時間を稼ぐ。君たちは先に森を抜けるんだ」
鋭い刃が陽の光を反射し、静かに構えを取る。
だが――
「ダメだよ!」
ラナが強く叫んだ。
「トラを殺しちゃだめ!それにパルだって無傷じゃすまないよ!」
その言葉にパルリーネの剣先がわずかに揺れる。
ロッドは一瞬考え、すぐに右目を閉じた。
――『間違い隠し』、再修正。
今度はラングが上書きした部分が正しい経路へと塗り替えられていく。
ロッドは馬車の方へと駆け出す。
ラングを一喝するかと思いきや――
「なあ、誰か肉を持ってないか?」
思わぬ言葉に、ラングはもちろん、ダンサーたちまでもがきょとんとした表情を浮かべた。
「え、肉?」
一人の女性ダンサーが、おずおずと袋を取り出す。
「ウチが食べようと思ってたカツサンドがあるんだけど……これでも使い物になんの?」
「ああ、それで十分だ」
ロッドはそう言うと、手早くカツサンドのパンを外す。
「でも、このパンの部分はいらないかな」
次の瞬間――
外したパンを、目の前のダンサーの口に押し込んだ。
「んぐっ!?」
突然の出来事に、ダンサーは目を丸くする。
その様子を見ていたもう一人のダンサーが、口を尖らせた。
「あら?随分大胆なことをする騎士様ね」
彼女はなぜか、パンを押し込まれた相手に嫉妬しているようだった。
ロッドはそんな二人を気にも留めず、肉だけを手に取り、トラの方へと振り返った。
『間違い隠し』の奇策と少女の優しさ
ロッドは手のひらに乗せた揚げられたカツを見つめた。
「……よし」
右目を閉じ、意識を集中させる。
――『間違い隠し』、発動。
すると、衣をまとったカツがゆっくりと元の生肉へと戻っていった。
ロッドはそれをすかさずトラに向かって放り投げる。
「ほ〜ら、朝飯だぞ〜」
宙を舞う赤々とした肉を、トラは鋭い動きでキャッチした。
骨の奥まで響くような咀嚼音が響く。
獲物に夢中になったトラの目から、先ほどまでの殺気が薄れていくのが分かった。
「……これなら、もう攻撃してこないな」
ロッドがそう言った時だった。
「――待って」
ラナの声が響く。
彼女はじっとトラを見つめ、あることに気がついた。
「あのトラ……足、怪我してる!」
次の瞬間、ラナは迷うことなく駆け出していた。
「おい、ラナ! 下手に近づくと――」
ロッドが制止する間もなく、ラナはトラのすぐそばまでたどり着く。
トラが一瞬、警戒心を強める。
だが、ラナは焦らず、優しく、静かに手を差し伸べた。
「大丈夫……怖くないよ」
柔らかな声と穏やかな手つきでトラをなだめていく。
じっと様子をうかがっていたトラだったが、生肉を食べることに意識を向けると、次第に警戒を解いていった。
その隙に、ラナはトラの傷を丁寧に治癒魔法を行う。
「よし……これで大丈夫」
トラの足元に巻かれた包帯を確認し、ラナは微笑んだ。
「元気でね」
トラは満足そうに生肉を平らげると、しなやかな動きで森の奥へと姿を消した。
静寂が戻る。
ロッドは深く息をつき、パルリーネも剣を鞘に収めた。
「……助かったな」
「ラナがいなかったら、きっとこの森は血の匂いに染まっていた」
パルリーネの言葉に、ロッドも同意するように頷く。
ラナは少し誇らしげに胸を張り、
「ふふん♪ワタシにかかれば、こんなの朝飯前よ!」
と、得意げに笑ってみせた。
そんな彼女の姿にロッドとパルリーネは苦笑しつつも、全員で森を抜けるべく足を速めた。
その頃、修正された正しい道を進む馬車の中では――
「ラング!道をわざと書き換えたってマジ?」
「そうよ!もし襲われてたらどうするつもりだったの!?」
二人のダンサーが、ラングを挟み込むように詰め寄っていた。
ラングは渋い顔をしながらも、
「いやぁ~、酔った勢いで落書きしちまったみたいでぇ」
と、しきりに頭をかいていた。
ベルノックまでの道中、それ以降は特に危険なこともなく――
彼らは無事に目的地へと到着したのだった。
ベルノックの噴水広場に到着すると、ロッドたちは馬車を止め、ダンサーたちを降ろした。
町の中心にある美しい石造りの噴水からは、透き通るような水が涼しげに流れ続けている。
馬車を降りたダンサーの一人――やや砕けた口調の女性が、にやりと笑いながらロッドの前に歩み寄る。
「うち、結構アンタたちのこと気に入っちゃったよ。特にそこのロッドっていう男の子」
いたずらっぽい視線がロッドに向けられる。
ロッドは警戒しつつも、どこか面倒なことが始まる予感を覚えた。
「それとさっきのお返し」
「は?」
言葉を理解する間もなく、ロッドは不意に腕を引かれ――
唇を奪われた。
「――っ!?」
周囲が一瞬で静まり返る。
ロッドの脳内が真っ白になったのも束の間、唇が離れると同時に、目の前のダンサーが満足げに笑ってみせた。
「んふ♪サンドイッチのソースの味がするっしょ?」
その場の空気が凍りつく。
「……」
パルリーネは無言でロッドを見つめ、ラナは憤りを通り越して、明らかに彼の隣に立つ騎士の様子を心配していた。
そして、もう一人のダンサーが申し訳なさそうに肩をすくめる。
「ごめんなさいね。このコったら、気に入った男の子の唇を平気で奪うキス魔なのよ。まあ、許してあげてちょうだい?」
そう言って、彼女は懐から小さな袋を取り出し、ロッドに差し出した。
「報酬も、助けてくれたお礼に五百ルーピアコインに上乗せしておくわ」
ロッドは依然として硬直したまま、無言で袋を受け取る。
そして、すかさず先ほどの調子のいいダンサーが、悪びれもせずにウインクを飛ばしてきた。
「今夜、ウチらのダンスショーがあるから、ロッドたちも見にきなよ」
気まぐれな猫のように、彼女はくるりと踵を返す。
大人びたダンサーが軽く会釈し、立ち去ろうとした直後——
パルリーネの鋭い視線が、馬車の中を素早く見渡した。
しかし、そこにいるはずの男の姿がない。
「待ってほしい。ラングも馬車にいただろう? あの男はどこに消えた?」
二人のダンサーは顔を見合わせたが、特に心当たりがある様子はなかった。
「……何も知らないって顔してるな」
ロッドが苦々しく呟く。
あの男、散々こちらを振り回しておいて、謝罪もなしに逃げたというのか。
「酒臭い男が消えたなら、別にいいじゃん。その分の報酬ももらえたんだし」
ラナはあっけらかんとした口調でそう言いながら、手のひらで金袋を軽く弾いてみせる。
その時——
大人びたダンサーが、ふとパルリーネの白い鎧をじっと見つめた。
「……あら? 騎士様、その鎧、少し欠けていませんこと?」
指摘を受け、パルリーネは思わず身構える。
女性ダンサーが「ここよ」と言わんばかりに手を伸ばしたその瞬間——
パルリーネは、まるで雷に打たれたような勢いで後ずさった。
その拍子に、足がダンサーの衣装の裾を踏み——
「——ッ!? えっ……」
ビリッ、と布が無残に引き裂かれる音が響く。
場が凍りついた。
「……げっ!?」
ロッドがようやくキスの余韻から現実に引き戻され、驚きの声を上げる。
ラナは呆れたように苦笑し、肩をすくめた。
「あちゃー……パル、やっちゃったね。そんな大袈裟に避けてさ……まさかキスされるとでも思ったの?」
しかし、ラナの皮肉はすでにパルリーネには届いていなかった。
「……あらあら、どうしましょう」
破れた衣装の裾をつまみながら、大人びたダンサーがため息をつく。
「今夜のダンスショーでこの衣装が使えなければ、仕事ができませんのよ」
「……っ!」
パルリーネの顔がみるみる青ざめる。
責任を感じてか、硬直して動けなくなった彼女を横目に、ロッドが静かに前へ出た。
「一日で良ければ、元に戻せるけど……それじゃダメかな?」
ダンサーは興味深げにロッドを見つめる。
「まあ、それは助かりますわ。でも、破れたものを直すなんて、本当にそんなことが可能なのかしら?」
ロッドは無言で左目の『間違い隠し』を使う。
次の瞬間、破れたはずの衣装が、まるで時間が巻き戻ったかのように修復されていく。
継ぎ目すら残さず、もとどおりの優雅な姿へと戻った衣装を見て、ダンサーが目を見開いた。
「まあ……本当に戻っているわ」
彼女はそっと衣装をなぞり、何の違和感もないことを確認すると、にこりと微笑む。
「素晴らしい魔法ですわね。まるで初めから破れていなかったみたい」
パルリーネはホッと胸をなでおろしたが、ラナは呆れたようにロッドを見やる。
「ロッドがいなかったら、パルの貯金が吹っ飛んでたかもね」
「う……」
パルリーネが微妙に目を逸らす。
ロッドは苦笑しながらも、これで一件落着だと安堵の息をついたのだった。
「それじゃ、またどこかで」
そう言い残し、二人は軽やかに去って行った。
ロッドは、唇に残る微かなソースの味を噛みしめながら――