ランクD合格から一週間後、ロッドはランクCに挑むべく、森林地帯へ向かっていた。今回の検定は複数人で挑める形式であり、仲間として同行してくれるのは幼馴染のラナだ。彼女は軽快な足取りで、横に並ぶロッドを小突きながら言う。
「ねえロディ、意外だよね? ワタシがもうランクDまで受かってるなんてさ!」
ロッドはラナを見やり、少し驚いた表情を浮かべた。
「いや、それはすごいけど……まさかもうそこまで進んでたとは思わなかったよ。ラナって、いつの間にそんな腕を磨いたんだ?」
「ふふん、ヒーラーだって冒険に役立つ存在だってところ、ロディにも見せつけてあげるんだから!」
「そういや、ラナも俺と同じ条件で検定受けたのか?」
ロッドがふと尋ねる。
ラナは即座に吹き出した。
「そんなわけないでしょ! ヒーラーは戦闘を支援するのが役割なんだから、別のプランで受けるのが当たり前じゃん?」
「ああ、そりゃそうか…」
ラナは笑いながら続けた。
「それよりランクDのときの担当者って誰だったの?」
ロッドは少し間を置き、ため息をつく。
「……同じ人だったよ」
「えっ! ランクEの担当者と同じだったの? 面白いね! もしかして、今回もその『お馴染みさん』が出てきたりして?」
「いやいや、そんな偶然が三回も続くなんてありえないって……」
ロッドは苦笑しながら言い返すが、どこか落ち着かない様子だった。
―――
指定された集合場所に到着した二人。広がる森林の中、陽光が木漏れ日となって差し込む静かな空間だった。だが、そんな穏やかな空気を切り裂くように、ロッドの背筋に冷たい感覚が走る。
そこに立っていたのは──間違いなく、見知った姿の女性だった。
「遅かったな」
腕を組み、冷静な声で挨拶するその女性。鋭い視線がロッドを捉え、彼女の口元は無表情のままバインダーに何かを書いている。
ロッドは目を見開き、震える声でつぶやいた。
「ま、まじかよ……」
ラナは彼女を見て、いたずらっぽく微笑む。
「へえ、ホントにお気に入りの担当者だったみたいじゃん。これ、運命ってやつ?」
パルリーネはロッドたちに近づき、ふとロッドの隣に立つラナに目を向けた。少し驚いたような表情を浮かべる。
「……ラナも一緒なのか?」
すると、ラナは肩をすくめながら軽く手を振った。
「ロディと一緒に応募したんだから、別に変じゃないでしょ?それに久しぶりだね、パル?」
その言葉にロッドは思わず目を丸くする。
「えっ、ラナもパルが担当だったのか?」
「そうだよ。ランクEのときはね。でもランクDの担当者は、髪ボサボサの地味なおじさんだったけど」
ラナは笑いながら軽口をたたく。
パルリーネはロッドからラナに視線を移し、少し納得したように頷く。
「……ロッドの幼馴染というのはラナだったのか」
その言葉に微妙な安心感がにじんでいるように見え、ラナは鋭い視線でパルを見上げた。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「あっ! 今の反応、ロディの隣にいるのがワタシだってわかって安心したでしょ?しかも、三回もロディの担当になるなんて、これって偶然? もしかしてパルが裏で何か仕組んだんじゃない?」
「ば、馬鹿なことを言うな!」
パルリーネは顔を赤くして即座に否定するが、その動揺した様子がラナをさらに楽しませる。
「ほらね、怪しい!」
ラナはにやにやと笑うが、ロッドがため息をついて割って入った。
「ラナ、根拠もないのにパルを責めるのはやめてくれよ」
ロッドはパルに目を向けて続けた。
「それに俺はパルの方がやりやすいし、楽しいからむしろ感謝してるくらいなんだ」
「ロッド……!」
不意に真面目なトーンでそう言われ、パルリーネは戸惑いながらも軽く目を伏せた。わずかに顔を赤くしながら、
「……感謝する必要なんてない。私はただ試験官として職務を果たしているだけだ」
とつぶやいた。
ラナはそのやり取りを見ながら、ロッドにひじで軽く突っつく。
「へえ、ロディって案外人たらしだったんだね。これも才能かな?」
「余計なこと言うなって!」
ロッドは顔をしかめながら、ラナに向き直った。
こうして、気まずい空気の中、ランクC試験は幕を開けた。
ランクCの検定が始まってしばらく経った頃、三人は森の中の一角で立ち止まっていた。パルリーネがふと疑問を口にする。
「ロッドの、目の力についてだが」
不意に話題を振られたロッドは目を瞬かせるが、隣のラナが真っ先に反応する。
「ロディの目の凄さ、パルもやっと気づいてくれたんだ!ロディの右目に『間違い探し』って名付けたのワタシなんだよ!」
しかし、パルリーネは首を横に振りながら淡々と言葉を続けた。
「いや、私はまだその力を完全には信じ切れていない。嘘や弱点を見抜く、なんて手品か何かだと思えて仕方がない」
その言葉に、ラナは眉を上げてニヤリと笑った。
「じゃあさ、試してみようよ。手の中に小石を隠してみて。それをロディが百発百中で当ててみせるから!」
「ちょ、ちょっと待てラナ!」
ロッドは慌てて手を振った。
「そんな挑発的な態度を取る必要ないだろ!」
「だってパルが信じてくれなかったら、減点されちゃうかもしれないじゃん?」
ラナはふてぶてしい態度を崩さず、パルを挑発するような視線を向ける。
ロッドはその言葉で思い出した。ランクCの検定は減点式。信頼されなければ、そのまま失格の可能性だってあるのだ。
「……わかった。なら試してみよう」
パルリーネはしばらく考え込んだ末、ラナの提案に応じた。
パルリーネはその場にしゃがみ込み、小石を拾い上げて片手に隠す。そして、無表情を保ちながらロッドをじっと見据えた。
「これでいいのか?ロッド、当ててみろ」
「……仕方ないな」
ロッドは軽く息をつき、集中するように左目を閉じた。
「ウインク……!」
パルリーネはロッドが手を使わずに片目を閉じたことに、敏感に反応する。
「それぐらいで動揺してたら、ロディに全部見抜かれちゃうよ」
ラナの忠告にパルリーネは仕切りなおす。
パルリーネは途中で嘘を混ぜたり、動きで撹乱を試みたりしたが、ロッドは迷うことなく答えを導き出した。
「右手だ」
ロッドが指摘すると、パルリーネは無言で手を開き、そこに隠されていた小石が現れた。
さらに試みを重ねても結果は同じ。ロッドは全ての選択肢を百発百中で当ててみせた。そのたびにパルリーネの表情が徐々に険しくなっていく。
やがて、パルリーネは静かに立ち上がり、小石を足元に落とした。
「……なるほど。本当に見抜いているのか……?」
「だから言ったでしょ?」
ラナは得意げに笑い、ロッドの肩を叩いた。
「ロディの力は本物だって」
ロッドは肩をすくめてため息をつく。
「なんかすごい疲れた……俺の力、まだ信じられないなら他の方法で試してくれよ」
パルリーネはそんなロッドをじっと見つめると、わずかに頷いた。
「……悪かった。少しだけ……いや、かなり驚いている」
それでもどこか不思議そうに眉をひそめるパルリーネに、ロッドは苦笑した。
検定が進む中、ラナがふとパルリーネの方に目を向け、何かに気づいたようにロッドの耳元に顔を寄せた。
「ねぇ、ロディ。パルの服のどこかに穴が空いてるんだけど、どこに空いてるか当ててみて?」
突然の提案に、ロッドはぎょっとした表情を浮かべる。
「はぁ?そんなことしたら余計パルを怒らせるだけだろ?」
彼の低い声が耳に届いたのか、パルリーネは眉をひそめて怪訝そうに尋ねる。
「一体何の話だ?検定と関係のない話なら、もう終わりにしろ」
だが、ラナはまるで気にする様子もなく、ロッドの肩を軽く叩きながら続けた。
「ロディは女性に恥をかかせるつもり?もし黙ってたら、逆恨みされて不合格にされちゃうかもよ?」
「うっ……一理ある」
ロッドは渋々認めると、観念したように溜息をついた。
「本当にやるのか……?」
内心の葛藤を隠せないまま、ロッドは右目の力を発動させた。そして、視線をパルリーネに向けると、一瞬で事態を把握してしまった。
「パ、パルのズボンに穴が空いていて……」
言いかけたところで、ロッドの顔はみるみる赤く染まる。パルリーネは状況が飲み込めず、不機嫌そうに腕を組む。
「それが何だ?ちゃんと説明しろ」
「ほら、ロディ。最後まで言わないと伝わらないよ?」
ラナは満面の笑みでロッドを煽るように囁いた。
「くっ……!」
ロッドは意を決して、顔を真っ赤にしながら言葉を絞り出した。
「……可愛らしい縞模様の下着が見えてる!」
その瞬間、パルリーネの顔は見る見るうちに赤く染まった。慌ててズボンを確認すると、確かに小さな穴が空いている。その隙間から覗いていたものに気づき、目を見開いた。
「……ッ!な、なぜもっと早く言わなかった!?」
「いや、それを言ったら確実に怒られると思ったから……!」
ロッドは手を振りながら弁解するが、パルリーネはバインダーに殴り書きしていた。
「……これで検定中に余計な恥をかく心配はなくなった。感謝しておく」
そう言いながらも、パルリーネの耳まで赤く染まっているのを、ロッドとラナは見逃さなかった。
ラナはロッドの隣でニヤニヤと笑いを浮かべながら囁く。
「やっぱりロディの目って便利だねぇ」
「もう二度とこんなことで使いたくない……!」
ロッドはため息をつきながら、赤い顔を手で覆った。
三人は黙々と森を進んでいた。ロッドとラナは息の合った動きで、次々と現れるビーストや仕掛けられたトラップを鮮やかに掻い潜っていく。その軽快な連携を目の当たりにしながら、パルリーネの胸中には言いようのない感情が渦巻いていた。
――羨望と……少しの嫉妬。
そんな感情を押し殺し、パルリーネは淡々とした口調でロッドに指摘する。
「ロッド、無闇に剣を振り回すな。余計な体力を消耗するだけでなく、味方との連携が取りにくくなる。減点だ」
「うぅ……了解」
ロッドは肩を落としながら、しょんぼりと応じた。
すると横でそのやり取りを見ていたラナが、にやりと笑いながら口を開く。
「パルって剣の扱いになるとやけに細かく指摘するよね?もしかして以前の職業って剣士だったりするんじゃない?」
その問いに、パルリーネは鼻で笑い、肩をすくめた。
「要領を得ない質問だな、ラナ。私が剣を扱うことに長けているというだけで、剣士だと断ずるつもりか?」
「でもさ、パルの動きってどこかで見たことがある気がするんだよね」
ラナは顎に手を当て、思案するような仕草を見せた。そしてふと隣のロッドに目を向ける。
「ロディはどう思う?」
ロッドは少し考え込んでから答えた。
「俺も同じことを考えてたんだ。三年前の騎士団パレード、覚えてるか?先頭に立ってた仮面を着けた騎士の動きに、パルの剣さばきが似てる気がする」
その言葉に、パルリーネの表情が一瞬だけ硬直した。そして、視線を伏せ、沈黙する。
「もしかして、思い出したくないことを思い出させちゃった?」
ラナは申し訳なさそうに眉を下げた。
「もし余計なことだったら、ごめんね、パル。」
その素直な謝罪に、パルリーネはふっと口元に作り笑いを浮かべる。
「いや、謝る必要はない。だが……」
一度言葉を切り、目を閉じる。そして再び二人を見つめながら、続けた。
「二人の目は誤魔化せないんだと思うと、喜んだ方がいいのか、それとも悲しんだ方がいいのか、正直わからないな」
どこか寂しげな声色に、ロッドとラナは何も言えなくなった。だが、そんな空気を振り払うように、パルリーネは先を指さし、冷静に告げる。
「そろそろボス戦に備えた方がいい。休憩は短めにして、準備を整えるんだ」
その背中を見つめながら、ロッドは小さく呟いた。
「やっぱり、パルって……ただ者じゃないよな」
ラナも頷きながら、静かに準備に取り掛かった。
ランクC試験の最終戦。三人の前に立ちはだかるのは、全長三メートルを超える巨大なサル型のビースト。その赤い目は鋭く光り、威圧的な咆哮が森全体に響き渡る。腰に巻かれた分厚い鎖が地面を擦り、ガリガリと不気味な音を立てていた。
その背後には、翡翠色に輝くペンダントが壁に引っ掛けられている。どうやらこれが今回の最終目標らしい。
パルリーネが冷静な声で説明を始めた。
「最後の課題は、このサル型のビーストの背後にあるペンダントを取ることだ。ビースト自体は無視しても構わないが、鎖の範囲内では行動が制限される。それを利用すれば難易度は幾分下げられる」
そう言うと、彼女は小さな岩に腰掛け、目を閉じた。
「今回は二人で挑む課題だ。私は傍観に徹する。二人で知恵を出し合い、この難局を乗り越えてみせるんだ」
「えっ、パルは助けてくれないの?」
とラナが驚きの声を上げる。
「その必要はないだろう?お前たち二人ならできるはずだ」
そう告げたパルの顔には、どこか余裕すら感じられた。
ロッドは目の前のビーストをじっと睨む。その威圧感に小さく息を呑みながら、呟いた。
「サル型って知能が高いし、腕力も桁違いに強いんだよな?」
「そうだよ!」
ラナは焦りを滲ませた声で答える。
「だから捕まったりしたら、握り潰されちゃうんだから!」
ロッドはラナに視線を向け、決意を込めた表情で言った。
「じゃあ、俺が囮をやるからペンダントを取ってきてくれ」
「えっ、ワタシが!?む、無理だよ!」
ラナは目を見開いて即座に否定した。
「あんな怖そうな見た目したおサルさんに近づくなんて……!」
「じゃあ、俺が取ってくるからラナが囮をやるか?」
ロッドは肩をすくめながら提案を変える。
「敵の行動範囲は鎖で制限されてるから、危なくなったらすぐに距離を取ればいい」
「そ、そんな簡単に言わないでよ!」
ラナの声には不安が色濃く滲んでいた。
ロッドは小さく息を吐き、提案を一旦保留する。
「はぁ、仕方ない。まずは相手の行動範囲を自分の目で確かめてみるか」
ロッドはビーストの動きを見据えながら、死角を突くよう慎重に足を進める。
「もう少しで背後を取れる……!」
だが次の瞬間、ビーストは気配を察知したのか巨体を振り返ることなく太い尻尾を薙ぎ払った。
「うわっ!?」
ロッドはその一撃を避けきれず、まともに腹部を打たれて弾き飛ばされる。背中から地面に叩きつけられた衝撃に、思わず腹を抑えながら顔をしかめた。
「ロディ!」
すぐさま駆け寄るラナは、手のひらに魔力を集中させ治癒の魔法を放つ。淡い光がロッドの体を包み込み、痛みが徐々に和らいでいく。
「ありがとう、ラナ……いててっ……」
ロッドは息を整えながら、ゆっくりと体を起こすと冷や汗を拭いながら呟いた。
「尻尾まで完全にコントロールできるなんて厄介だな。これじゃ、背後を取るのも簡単じゃなさそうだ」
「だよね。鎖で行動範囲が限られても、あんな尻尾で攻撃されたらって想像すると悲惨な光景しか浮かばないよぉ……」
ラナも困ったように眉をひそめる。
ロッドはナイフをくるくると回転させると、左目を閉じた。