冒険者になりたい俺の特技は『間違い探し』   作:公私混同侍

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獅子と剣

朝日が差し込む廃屋のリビング。昨日までの荒廃した様子は見る影もなく、そこにはまるで時間を巻き戻したかのように整った空間が広がっていた。

ロッドの左目の能力、『間違い隠し』によって、屋敷はかつての美しい姿を取り戻していたのだ――ただし、それは一日限りの奇跡。

 

テーブルの上には、湯気の立つスクランブルエッグや焼き立てのコッペパン、フレッシュなオニオンサラダ、そしてホットミルクが並んでいた。

その見事な朝食の光景に、ラナが目を丸くする。

 

「これ、どうやって作ったの?」

 

答えたのは、リビングの片隅にぼんやりと立つ霊体のジョバンニだった。

 

「昨夜、少し手伝ってくれる魂を呼び寄せてね。おもてなしの気持ちだよ」

 

ラナとパルリーネは顔を見合わせたあと、ジョバンニに礼を言った。ロッドは黙々とパンにジャムを塗りながら食べ始める。

 

ふと、ジョバンニがロッドに視線を向けた。

 

「アッシュ、その目についてどれくらい知ってる?」

 

「さあ。調べたこともないし、詳しいことは何もわからない」

 

ロッドの答えに、ジョバンニは少しだけ考えるように間を置いた。

 

「なら、僕の知っていることを教えよう。ゴルガノン家は伝説の怪物メデューサに仕えていたと言われているんだ」

 

「メデューサ?それって……見たものを石に変えるやつだよね?」

 

ラナがパンをかじりながら、首をかしげる。

 

「その通り」

 

ジョバンニは静かに頷く。

 

「ゴルガノン家は、討たれたメデューサは力を従者たちに分け与え、魔法として引き継いだと言われている。そして、その力の一部が今もお前の両目に宿っているんだ。真のゴルガノン家の血を引いているものであれば、両目を閉じていても力を発揮するらしい」

 

「……へえ」

 

ロッドは興味がなさそうに卵を一口食べるだけだったが、パルリーネはナイフを止め、ジョバンニに問いかけた。

 

「だが、片目でも死角を作ってしまうのに両目を閉じるとなれば、もなや戦うこともままならない。敵の前で無防備になれと言っているようなものだ」

 

「まあ、僕も全部を知ってるわけじゃない。何せ、僕は養子だったからね。ゴルガノン家の秘密に深く触れることはなかったよ」

 

ジョバンニは苦笑すると、ふといたずらっぽい表情でパルリーネを見た。

 

「そんな怖い顔をしないでくれ。せっかくの美人が台無しだ」

 

「……死人の言葉など、真に受けるものか」

 

パルリーネは軽く舌打ちし、ナイフを再び動かしたが、その耳は僅かに赤くなっている。

 

一方、ロッドはジョバンニの話にはまるで関心がないかのように、コッペパンの最後の一切れをホットミルクで流し込む。

 

ジョバンニがロッドたちをじっと見つめる。彼の声が空気を揺らすように響いた。

 

「お前の父が残した伝言を伝えるよ。遺言になってしまったのは残念だけどね」

 

その言葉に、ラナとパルリーネが顔を上げる。ロッドは、手にしていたナイフを一瞬止めただけで、それ以上の反応を見せなかった。

 

ジョバンニは物語を読み聞かせるような穏やかな声で、静かに言葉を紡ぐ。

 

「神の意のままに、偽にして装う」

 

その一節に、ロッドの動きが完全に止まる。彼の目がわずかに揺れたのを見て、ラナはロッドの顔色を伺うように視線を向けた。パルリーネも同じく、緊張した面持ちで言葉を待っている。

 

ジョバンニは間を置くことなく、さらに続けた。

 

「瞳の裏に黄昏の宇宙を思ひ描くこと能はば、天地は自ら転倒せん」

 

リビングに漂う緊張感が一気に高まった。ロッドはゆっくりと目を閉じる。ラナが、たまらず口を開いた。

 

「ねえ、それってどういう意味?パル、わかる?」

 

「……ゴルガノン家の言い伝えか何かだろう。だが、その意味がロッドの目の力とどう関係するのかは、私にもわからない」

 

パルリーネは困惑した表情を浮かべながらも冷静に答える。彼女の疑問にジョバンニは苦笑いを浮かべ、はぐらかすように肩をすくめた。

 

「残念だけど、僕もその真意はさっぱりなんだ。ただ、アッシュ――お前にはいずれこの言い伝えの意味を理解する時が訪れるはずだ」

 

ロッドはしばらく目を閉じたままだったが、やがてゆっくりと開き、重い口を開いた。

 

「……今の俺には何も感じないな。ただ、たまに瞳の裏に星たちが散らばるような光みたいなものは見ることがある。それが、クリストフって人が言う“宇宙”ってものなら、俺にもいずれ使いこなせる日が来るかもしれない」

 

その言葉にジョバンニは目を細め、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「その力をお前の意思で扱えるようになれば、ゴルガノン家の正当な後継者として認められる。そして、僕の魂もようやく役目を終えることができるんだ」

 

ジョバンニの微笑みには、どこか切なさと安堵が混じっていた。

 

彼はそっとテーブルの上に一つの腕章を置いた。獅子と剣の紋章が刻まれたそのデザインを見た瞬間、パルリーネの顔色が変わった。硬直する彼女を横目に、ジョバンニが淡々と口を開く。

 

「アッシュ、君が『間違い隠し』の力で屋敷を復元してくれたおかげで、僕たちが……殺された瞬間の物証が見つかったんだよ」

 

そう言いながらジョバンニはその腕章を手に取り、ロッドの目の前に差し出した。

ロッドは黙ったまま腕章を凝視する。その小さな紋章が持つ意味を、彼はまだ完全には理解できていなかった。

 

「もちろん復讐のために渡すわけじゃない。けれど、いつかお前にとって役立つ時が来るかもしれない。そう思ってね」

 

ジョバンニの声にはどこか静かな諦念と、微かな希望が混じっていた。ロッドはしばらく黙ったまま腕章を受け取ると、それを無言でポケットに滑り込ませた。

 

だがその時、隣にいたパルリーネが震える声で口を開いた。

 

「まさか……本当に……?」

 

彼女の瞳が腕章に釘付けになる。その震える瞳からは信じたくないという思いと、揺るぎない現実の狭間で揺れる感情が見て取れた。

 

「カリバーンの人間が……ゴルガノン一家を……亡き者にしたというのか……?」

 

彼女の言葉に静まり返る部屋。ジョバンニはその視線を受け止めるように、軽く肩をすくめた。

 

「伝説の名を背負う者たちが、全て清廉潔白だなんて誰が決めたんだろうね。結局のところ、力を持つ者ほど傲慢になり、無実の人間さえ平然と踏みにじる」

 

ジョバンニの呟きは、過去への憤りや悲しみを全て飲み込んだ、乾いた声だった。

 

パルリーネは拳を強く握りしめ、俯いたまま何も言えなかった。ラナも言葉を失い、ただロッドの横顔を見つめる。

 

ロッドはポケットの中の腕章をそっと撫でると、静かに呟いた。

 

「……もしこれが、俺にできることを示す鍵だとしたら……無駄にはしない」

 

その瞳に宿るのは決意。それが何を意味するのかは、彼自身もまだ完全にはわかっていない。それでも、ゴルガノン家の血を引く者として背負うべき何かが、確かにそこにあるように感じていた。

 

ロッド、ラナ、パルリーネの三人はジョバンニに礼を告げると、食事を終えてギルドへの報告に向けて屋敷を後にした。

 

遠ざかる彼らの背中を見送りながら、ジョバンニは静かに呟いた。

 

「神の思し召しか……黄昏の宇宙か……どうか、アッシュがその答えに辿り着けますように」

 

薄れゆく霊体の彼は、最後まで穏やかな笑みを浮かべていた。

 

 

―――

 

ロッドたちはユゼフのギルドに戻り、屋敷での幽霊騒動について報告するため受付に向かった。三人が現れると、受付嬢は驚愕の表情を隠せずに目を丸くする。

 

「戻られたんですね……」

 

彼女は息を飲みながら言葉を継いだ。

 

「あの屋敷に挑んだ冒険者は、みんな途中で逃げ帰ってくるっていうのに……」

 

ロッドは鼻先を軽くかきながら肩をすくめた。

 

「俺たちのこと、覚えてくれてたのか?」

 

受付嬢は微笑みを浮かべながら頷く。

 

「ええ、覚えていますよ。だって、そんな目が痛くなるような純白の鎧をまとった騎士様を連れた冒険者なんて、そうそういませんからね」

 

その言葉を聞いて、パルリーネの眉間にわずかに皺が寄る。一方で、ラナは受付嬢の言葉をそのまま受け取り、陽気に笑った。

 

「パル、よかったねー。ほら、褒められてるじゃん!」

 

「どう考えても皮肉に決まってるだろ!」

 

パルリーネが鋭く切り返すが、ラナはまったく気にする様子もなくおどけ続ける。

 

「でもさー、ロディって登山家スタイルのパルより、騎士姿のパルのほうが好きなんだよね?」

 

突然のラナの言葉に、パルリーネの顔が一瞬で赤く染まる。ふと、屋敷でロッドの手を握った瞬間が脳裏に蘇り、その温もりを思い出してしまう。

 

「ロッド……そうなのか?」

 

恋する少女のような戸惑い混じりの声でパルリーネが尋ねると、ロッドは肩をすくめながらラナを軽く睨んだ。

 

「ラナ、パルを困らせるようなこと言うなよ。パルはパルのままでいてくれれば、それで十分だって」

 

その言葉に、パルリーネは言葉を失ったように俯き、赤くなった顔を隠すように視線を逸らす。一方で、ラナはロッドをからかうようにニヤリと笑う。

 

「へぇー、そういうことなんだー。さっすがロディ」

 

「いい加減にしろ、ラナ」

 

ロッドはため息をつきながら屋敷での経緯を受付嬢に説明し始めた。

 

彼の話を真剣に聞いていた受付嬢は、説明が終わると記録用のメモをまとめながら言った。

 

「屋敷の立ち入り検査が完了次第、正式な報酬をお渡しします。それまで少々お待ちくださいね」

 

報告を終えた後、ロッドは少し間を置いてから、妙に真剣な顔で口を開いた。

 

「あのさ、一つお願いがあるんだけど……あの屋敷、俺たちで買い取りたいんだ」

 

その言葉に、受付嬢はペンを落としそうになりながら驚愕の声を上げた。

 

「か、買い取りですか!? あの屋敷を……ですか?」

 

後ろで聞いていたラナは、パルリーネと顔を見合わせて首をかしげる。

 

「ねえ、ロディ。どうしてあんなボロ屋敷が欲しいの?報酬さえあれば、もっと豪華で快適な家が買えるじゃん!」

 

パルリーネも疑問を隠さず、ロッドをじっと見つめた。

 

「私もロッドの考えには理解しかねる。ましてや、ロッドがゴルガノン家の末裔だとする確たる証拠もない状態でだ」

 

ロッドは申し訳なさそうに頭をかきながら、少し居心地悪そうに視線をそらした。

 

「悪い、二人に相談しなかったのは謝るよ。でも……百歩譲って俺がアッシュ・ゴルガノンだとして、ジョバンニが十年も屋敷を守ってくれてたって聞いたら、放っておけないだろ?」

 

ロッドの本音が漏れた瞬間、ラナの顔には複雑な表情が浮かんだが、やがて肩をすくめて苦笑した。

 

「まあ、ロディらしい考えだとは思うけどさ、せめて事前に相談くらいはしてよね?……でもジョバンニって結構イケメンだったし、たまに会うくらいなら私は別にいいけど!」

 

「イケメンかどうかはさておき」

 

とパルリーネが冷静に遮った。

 

「ロッドがジョバンニという男に恩義を感じているのは理解できる。だが、幽霊屋敷に出入りするのはロッドが『間違い隠し』を使った時だけにしてくれ。それでどうにか妥協点としよう」

 

「ありがとう、ラナ、パル」

 

ロッドが二人に感謝の言葉を述べると、受付嬢が表情を引き締め、業務的な口調で説明を始めた。

 

「廃屋敷には現在も所有者がおられますので、その方に買い取りの意思があることをお伝えさせていただきます。その際、買い取り金額を報酬から引かせていただく形となりますが、それでもよろしいでしょうか?」

 

受付嬢の言葉に、ロッドはラナの顔をそっと窺った。するとラナは明らかに不満げな顔で腕を組み、そっぽを向く。

 

「えー、せっかくの報酬が減っちゃうなんて、ありえない!」

 

ラナの不満を察したパルリーネが、なだめるように小声で何かを囁いているのが聞こえた。

 

「それで話を進めてくれ」

 

ロッドは受付嬢にしっかりと頷いた。そして、ポケットに手を突っ込みながら続ける。

 

「あと、それとこれを――」

 

彼は手の中から取り出した『カリバーン』の腕章を受付嬢に差し出した。その瞬間、受付嬢の表情が再び驚きに染まる。

 

「こ、これは……」

 

「その屋敷で見つけた。重要な物証だと思うから、ギルドで預かってほしい」

 

ロッドの静かな声に、その場に緊張感が走った。

 

「実は……この腕章なんだけどさ、パルリーネが以前所属してた冒険者パーティー『カリバーン』と、ゴルガノン家の死について関係があるかもしれないんだ」

 

その言葉に受付嬢の表情が固まった。

 

「……少々お待ちください」

 

受付嬢は慌ただしく奥へ引っ込み、やがて母性あふれる女性が現れた。気品ある佇まいと冷静な瞳を持つ彼女が、三人の前に立つと、深い声で口を開いた。

 

「話は聞きましたよ。『カリバーン』――あのモルド・ナイゼルバックがリーダーを務める最強の冒険者パーティーが、ゴルガノン家の死に関わっている可能性がある、と。もしこれが事実なら、ギルド全体の信頼を揺るがす重大事ですね」

 

「モルド?」

 

ラナが首を傾げると、パルリーネは険しい表情を浮かべながら答えた。

 

「ああ……私を『カリバーン』に勧誘した男だ」

 

ロッドは横目でパルリーネを見やり、少し考え込むような表情を浮かべた。ギルドの女上司は重々しく頷きながら続ける。

 

「本件は、我々ギルドと警察で徹底的に調査します。皆様方にはこれまで通り冒険を続けていただいて結構です」

 

それを聞いたロッドは一歩前に出ると、強い意志を込めて頼んだ。

 

「もし犯人が捕まったら、俺たちにも教えてほしい。……伝えたい人がいるんだ」

 

ラナは切ない笑みを浮かべながら、そっとロッドの顔を覗き込む。

 

「ジョバンニに伝えるんだね?」

 

ロッドは小さく頷いた。女上司もそれを受け止めるように深く頷き、毅然とした声で宣言する。

 

「分かりました。我々の権限で、『カリバーン』を重要参考人として指名手配します」

 

 

―――

 

ギルドを後にしたロッドたちは、報酬が支払われるまで町をぶらつくことにした。昼下がりの市場を歩きながら、ラナがふとパルリーネの方を見やる。

 

「ねえ、パル。やっぱり『カリバーン』のことが気になってる?」

 

パルリーネは少し歩調を緩め、黙り込んだ後、重い声で答えた。

 

「ああ……一年前に所属していたとはいえ、もし『カリバーン』の人間がロッドの父親を手にかけていたとしたら、私にも責任の一端があるかもしれない」

 

「それはないよ」

 

ラナはすぐさま否定した。

 

「だって、ジョバンニたちが殺されたのって十年も前の話でしょ?パルが『カリバーン』にいた時期とは全然違うじゃん」

 

「それはそうなんだが……」

 

パルリーネは眉を寄せ、なおも苦悩の表情を浮かべている。そんな彼女の横で、ロッドが穏やかな声で語りかけた。

 

「パルが気負う必要なんてないよ。俺は仇を取ってやろうとか、そんなことを考えてるわけじゃないからさ。それに……俺はパルが事件とは無関係だって、信じてる」

 

その言葉に、パルリーネはハッと顔を上げた。ロッドの瞳は真っ直ぐに彼女を見つめている。

 

「ロッド……」

 

パルリーネの声には、わずかに震えが混じっていた。それを感じたラナが場を和らげるように笑いながら、ロッドの肩を軽く叩いた。

 

「ほら、ロディに慰められちゃったね、パル!やっぱり頼れるリーダーじゃん!」

 

「……うるさい、ラナ」

 

少し赤くなりながら、パルリーネはそっぽを向いた。

 

そんな二人のやりとりを見ながら、ロッドは少しだけ笑みを浮かべた。

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