冒険者になりたい俺の特技は『間違い探し』   作:公私混同侍

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孤児院狂想曲

 

ロッドたちは時間を潰すため町をぶらついている。ふと病院の前を通りかかると、一人の少女が地面に座り込み、破れた写真を手に涙を流していた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

心配になったロッドが声をかけると、少女は涙をぬぐいながら顔を上げた。

 

「……おじいちゃんが見たいって言うから、家に飾ってた写真を持ってきたの。でも……病院に向かってたらワンちゃんに追いかけられちゃって……転んじゃって……」

 

そう言って差し出された写真は、真ん中から裂けていた。そこには、穏やかな表情の老人とその隣に寄り添う女性、そして白い毛並みの犬が写っている。

 

「……おじいちゃんが大事にしてた写真なのに……」

 

再び涙をためる少女に、ロッドはしゃがみ込んで目線を合わせた。

 

「一日だけでいいなら、この写真を直してやれるけど……それでもいいか?」

 

その提案に、少女の顔は一瞬でぱっと明るくなった。

 

「本当に!? 一日で大丈夫だよ!」

 

その笑顔を見た瞬間、ロッドとパルリーネの表情が曇る。少女の言葉の裏に潜む何かに気づいたからだ。それでもロッドは黙って頷き、左目を写真にかざした。

 

「間違い隠し」

 

薄く光が差し込み、裂けた写真が一瞬で元の美しい姿を取り戻す。

少女は写真を手に取り、その完成度に目を輝かせた。

 

「すごい……ありがとう、お兄ちゃん!」

 

ロッドは軽く両肩を上げた。

 

「おじいちゃんに見せてあげるんだぞ。きっと喜ぶからさ」

 

少女は屈託のない笑顔でお礼を言うと、小さな手で写真を大事に抱え、病院の中へ駆け込んでいった。その姿を見送るラナが微笑む。

 

「おじいちゃん、喜んでくれるといいね」

 

「そうだな」

 

ロッドはふと空を見上げ、満足げに息を吐いた。

 

「やっぱりいいことすると、気分がいいもんだよな」

 

横に立つパルリーネと目が合うと、彼女も小さく頷く。その静かな仕草に込められた感情を感じながら、ロッドは微かに笑みを浮かべた。

 

ロッドたちは昼食の店を探して町を歩いていると、一軒のレストランの看板が目に留まり、足を止めた。

 

「まだお金もらってないし、昼ご飯には早いでしょ?」

 

ラナが首をかしげると、ロッドが苦笑いを浮かべる。

 

「だよな。ギルドに戻って次の仕事でも探すか?」

 

そんな二人の会話をよそに、パルリーネはふと耳を澄ませた。近くの孤児院から、楽しそうに遊ぶ子どもたちの声が聞こえてくる。その時、先ほど病院で会った少女が歩いてくるのが目に入った。

 

「さっき写真を直してくれたお兄ちゃんだ!」

 

少女はロッドたちに気づくと、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 

「おじいちゃん、すっごく喜んでたの。本当にありがとう!」

 

礼儀正しく頭を下げる少女に、ロッドは優しく頭を撫でた。

 

「良かったな。おじいちゃんも喜んでくれてるなら、俺も嬉しいよ」

 

すると、少女は少し寂しげな顔を浮かべながら、小さな声で話し始めた。

 

「ねぇ……わたし、おじいちゃんが死んじゃったら孤児院に行くことになるんだ。おばあちゃんもいないし……でもね、孤児院にはもうたくさん友だちがいるから、寂しくないよ」

 

そう言って微笑む少女の瞳は、どこか透き通るように真っ直ぐで、ロッドをじっと見つめた。

 

「お兄ちゃんにお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」

 

その瞳に押されるように、ロッドはラナとパルリーネに視線を送る。

 

「いいんじゃない?ワタシたち、暇してるだけだし」

 

ラナは肩をすくめながら笑う。その隣でパルリーネも小さく苦笑いを浮かべた。

 

「ロッドが世の中の役に立ちたいなら、子どものお願いでも当然叶えてやるんだろう?」

 

「ごめん、パル。もう少しだけ付き合ってくれないか」

 

その言葉に、パルリーネは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに頷いた。

 

「……ああ、問題ない」

 

少女の話によると、孤児院の子どもたちが困っていることを解決してほしいというのだ。

 

「遊び相手くらいにしかなれないかもだけど、それでもいいの?」

 

ラナが確認すると、少女は力強く頷いた。

 

「でもわたし、お金持ってない……」

 

「お金なんていらないよ。だからその孤児院に連れてってくれ」

 

三人は少女に案内され、孤児院へと向かう。建物の門をくぐると、外で遊んでいた子どもたちがすぐに気づき、駆け寄ってきた。

 

「お兄ちゃんたち、新しい遊び相手!?」「お姉ちゃん、強そう!」「おじちゃん、誰なの?」

 

「おじちゃんって誰のことだ?」

 

ロッドは子どもたちに囲まれながら、苦笑いを浮かべた。

その光景を見て、ラナとパルリーネも思わず笑みをこぼす。

 

これが、彼らと孤児院の子どもたちとの小さな交流の始まりだった。

 

ロッドは孤児院の庭先で、壊れた絵本やおもちゃを修理していた。手際よく作業を進めていたが、左目の力は使わず、あえて手作業で慎重に進めている。ふと、そばにいた男の子が不思議そうに尋ねた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん。オレのお気に入りのおもちゃ、魔法で直せるって聞いたんだけど…」

 

ロッドは作業の手を止め、少し申し訳なさそうに微笑む。

 

「魔法で直すと、一日経てばまた元に戻っちゃうんだ。それでもいいか?」

 

男の子は目を輝かせながら力強く頷いた。その様子にロッドの目尻が下がり、自然と優しい笑みがこぼれる。周りの子どもたちも「魔法」という言葉に興味津々で、彼の手元に集まり始めた。

 

「よし、じゃあ特別にやってみるか」

 

ロッドが右目を軽く押さえながら『間違い隠し』を逆さに読んだだけの『シクカイガチマ』と唱えると、手の中のおもちゃがまるで新品のように輝きを取り戻した。子どもたちから歓声が上がる。

 

その一方で、ラナは孤児院で飼われている動物たちの健康チェックに忙しくしていた。子犬の耳を掴んで調べたり、猫の爪を切ったりと、冒険者らしからぬ光景に、動物たちもどこか気を許している様子だ。

 

「次は……あ、ウサギさんだね。よしよし、お姉ちゃんが見てあげるからね~」

 

一方、パルリーネは子どもたちに木の剣を使った稽古をつけていた。

 

「ほら、構えが甘い。もっと腰を落とせ。剣を振るときは相手の目を見ろ」

 

彼女の厳しい指導に最初は戸惑っていた子どもたちも、次第に楽しそうに剣を振り回していた。

 

そんな賑やかな時間が流れる中、太陽が頭上に差し掛かった頃。ロッドとパルリーネは、ようやく昼食の時間を迎えた。孤児院のテラスで休んでいると、男の子と女の子が料理を持ってきた。

 

「ロッドお兄ちゃんとパルリーネお姉ちゃんに、先生が『どうぞ食べてください』って!」

 

「そっか、ありがとう。でもなんか悪いな。そこまでしてもらうつもりじゃなかったんだけどさ…」

 

ロッドが恐縮したように言うと、パルリーネが子どもたちに向かって穏やかに微笑む。

 

「じゃあ、先生に『ありがたくいただきます』と伝えてくれないか?」

 

「うん!わかった!」

 

子どもたちは満面の笑みを浮かべて料理を手渡すと、そのまま立ち去るかと思いきや、さらに言葉を続けた。

 

「それでね、お願いなんだけど……お兄ちゃんたちと一緒におままごとがしたいの!」

 

突然のお願いに、ロッドは思わず飲みかけていた水を噴き出した。

 

「げほっ、げほっ……お、おままごと!?」

 

隣で料理を眺めていたパルリーネも、一瞬目を丸くしてから渋い表情を浮かべる。

 

「……まあ、ロッドならきっといいお父さん役になるんじゃないか?」

 

「おい、なんで俺が父親役なんだよ!」

 

ロッドが抗議する間にも、子どもたちの瞳はキラキラと期待に満ち溢れている。こうして、ロッドたちの「おままごと」劇場が幕を開けることとなるのだった。

 

「じゃあ、ロッドお兄ちゃんはパパ役で、パルリーネお姉さんはママ役ね!」

 

子どもたちの無邪気な声に、ロッドは「まあそうなるか」と苦笑しつつも快諾する。一方でパルリーネは、どこか納得のいかない表情を浮かべていた。

 

すると、そばで見ていた男の子が突然口を開く。

 

「ロッドお兄ちゃんとパルリーネお姉さんは仲がいいから、夫婦になっても全然大丈夫だってラナお姉ちゃんが言ってたよ!」

 

「……何が大丈夫なんだ?」

 

ロッドは軽い疑念を込めて呟いたが、パルリーネは顔をそらしつつ目を泳がせている。

 

「動じるな、私。これはたかがお遊びだ。子どもの頼みを聞くだけで私たちに害があるわけじゃない……」

 

どこか自分に言い聞かせるようなパルリーネの言葉に、ロッドは肩をすくめた。しかし、そのやり取りを見ていた子どもたちは無邪気にニコニコしながらさらに追い打ちをかける。

 

「ママとパパは仲良しだから、一緒に手を繋いだり、お風呂に入ったりするんだよね!」

 

「……風呂?」

 

パルリーネがビクリと体を硬直させた。

 

「手を繋ぐぐらいなら、どうってことないよな?」

 

ロッドが軽く言い放つと、パルリーネはギクリとしつつも表情を曇らせた。

 

「風呂に入るだと……?プールか何かに入れとでも言うのか!」

 

「いや、そこまで要求してないだろ。ただ、子どもたちは『仲良し夫婦』を見たいだけなんだ。ほら、そんな大声出すと泣かれるぞ?」

 

ロッドが子どもたちを指差すと、確かに彼らは戸惑い始めている。それに気づいたパルリーネは、仕方なくため息をついた。

 

「……わかった。だが、手を繋ぐだけだ。それ以上は断じて無理だからな」

 

そう言うと、パルリーネは渋々ロッドの手を取った。手を繋ぐその瞬間、二人の動きはぎこちなく、どうにも不自然だった。

 

「……これで満足だろう?」

 

パルリーネがそう子どもたちに問いかけたが、彼女の顔はみるみる赤くなっていく。その様子を見た子どもたちは我慢できず、ケタケタと笑い出した。

 

「ママ、顔赤くなってる~!」「照れてるんだ~!」

 

「……っ!」

 

子どもたちに指摘され、さらに赤くなるパルリーネ。

 

「そんなに恥ずかしがるなって。俺たち、ただの“夫婦役”だろ?」

 

ロッドが苦笑いを浮かべてフォローするが、その無頓着な態度が逆にパルリーネを追い詰めている。

 

「……っ、いいから早くおままごとを終わらせろ!」

 

そう叫ぶパルリーネの声を聞き、子どもたちは再び笑い声をあげる。

 

「ママとパパは仲良しだから、一緒のお布団で寝るんだよ!」

 

子どもたちの純粋すぎる要望に、さすがのロッドも堪えた。

 

「さすがに、それは……」

 

目の前の無邪気な瞳たちは期待に満ちている。断るのは簡単だが、ここで拒否すれば、彼らの笑顔が曇るかもしれない。ロッドは深い溜息をつくと、そっとパルリーネの耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。

 

「布団で寝ることはできないけど、添い寝で寝たフリをすればいいか?」

 

その距離の近さに、パルリーネはピクリと肩を震わせた。

 

「……子どもの頼みとはいえ、そこまでやる必要があるのか?」

 

彼女は囁くように反論したが、その視線はちらりと子どもたちに向けられていた。満面の笑みで二人を見つめる彼らの瞳は、無邪気で、どこかキラキラと輝いている。

 

「……仕方ない。今回だけだ」

 

渋々承諾したパルリーネに、ロッドはほっとした表情を浮かべる。そして、用意された布団の上に二人で横になることになった。

 

「お兄ちゃんたち、本当に夫婦みたい!」

 

子どもたちの歓声に、パルリーネは顔を赤くしつつも何とか目を閉じた。

 

「ほら、これで満足だろ?」

 

ロッドが子どもたちにそう言うと、「うん、すごくいい感じ!」と笑いながら返される。だが、その返事を聞いた後も、子どもたちの視線は二人の方から離れない。

 

パルリーネは目を閉じたまま微動だにせず、ロッドは横でその様子を見つめていた。彼女の長い睫毛が微かに震えているのが分かる。

 

「もしかして本当に寝てる?」

 

ロッドはパルリーネの透き通るような肌を見ながら、ふと気がついた。彼女の表情がどことなく穏やかで、その横顔に妙な安心感を覚える。

 

――いやいや、何を考えてるんだ、俺は。

 

頭を振り払い、ロッドは目を閉じる素振りをして寝たフリを決め込もうとした。しかし、不意に耳が熱くなる感覚がした。

 

「……なんだこれ、俺まで恥ずかしくなってるじゃないか……」

 

子どもたちはそんな二人の様子を見て満足げに笑顔を浮かべている。

 

「ママとパパ、これからもずっと仲良しでいてね!」

 

その言葉にロッドは咳払いをしてごまかし、パルリーネは布団の中で何かを呟いたが、ロッドには聞き取れなかった。

 

「さて、これで夫婦ごっこも終了だよな?」

 

そう言ってロッドが体を起こすと、パルリーネもすぐに布団から飛び出した。その動きの速さに、ロッドは少しだけ笑みを浮かべたのだった。

しかし、子供たちは二人にトドメを刺すかの如く禁断ともいえるお願いを突きつけた。

 

「ママとパパは毎日、チューしてから仕事に行くんでしょ?」

 

――その一言で時間が止まった。

 

ロッドはその場で硬直し、パルリーネは完全に取り乱している。無邪気すぎる子どもたちの期待に満ちた視線が、二人に突き刺さる。

 

「ま、毎日チューって……」

 

ロッドは何とか声を絞り出したが、その震える声に説得力は皆無だった。一方で、パルリーネの耳元は赤く染まり、限界寸前の様子だ。

 

「ママとパパは仲良しだけど、毎日チューする関係じゃないんだよ!」

 

ロッドは苦笑いしながら、必死に否定する。しかし、子どもたちは納得していないようで、不満げな表情を浮かべた。

 

「そ、そうだ。家族だからといって、スキンシップにも限度がある!」

 

パルリーネも慌てて続けるが、その声は震えていた。

 

だが、子どもたちは諦めない。そこに現れたのはラナだった。腕を組みながら、面白そうに二人を見下ろしている。

 

「せっかく夫婦になれたんだから子供たちのお願いは聞かなきゃダメだよ、ロディ?」

 

彼女の挑発的な言葉が、さらなる火種を投じる。そして、次の瞬間――

 

「チュー! チュー! チュー!」

 

ラナが率先してコールを始めたのだ。周囲の子どもたちも楽しそうに声を合わせ、あっという間に孤児院全体がそのコール一色に染まった。

 

「おい、やめろって! ラナ、お前まで何やってるんだよ!」

 

ロッドは焦りながらラナを止めようとしたが、彼女は楽しそうに笑いながら煽り続けるだけだった。

 

「だって面白いじゃない! この状況、逃げられると思ってるの?」

 

ラナの言葉に反応した子どもたちが、さらに二人の距離を詰める。気がつけば、ロッドとパルリーネの顔は至近距離に――逃げ場などどこにもない。

 

「ちょ、ちょっと待て! 冗談だろ……?」

 

ロッドは冷や汗を流しながら視線をさまよわせるが、すぐ隣ではパルリーネが今にも爆発しそうな顔でうつむいている。

 

「……うぅ……」

 

限界を迎えたのは彼女の方だった。耳まで真っ赤になりながら、とうとう耐えきれず――

 

「うわぁぁぁ!!」

 

叫び声を上げ子供たちを引き剥がしながら、パルリーネは孤児院の外へと飛び出していった。

 

「パル!?」

 

慌てて追いかけようとするロッドだったが、子どもたちに取り囲まれて動けない。

 

「ママ、逃げちゃったね……」

 

その言葉に、ロッドは呆然と天を仰いだ。遠くから見えるのは、全力で走り去るパルリーネの背中。

 

「……これは後で謝らないとヤバいやつだな……」

 

一方、ラナは腹を抱えて笑い転げている。

 

「フフッ、最高だったよ、ロディ! やっぱり夫婦ごっこはこうでなくちゃね!」

 

ロッドはラナを睨みつけるが、彼女の笑い声は止まらない。

 

「……マジで勘弁してくれよ……」

 

ロッドは深い溜息をつきながら、騒ぎの余韻に包まれる孤児院の中で頭を抱えるのだった。

 

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