「そもそもっすよ。ヒーラーとかのジョブがあったり、治癒魔法があったりするっすよね。アマギ先生はなんで歯医者なんてやってんすか? それもモンスターの」
始業前に、フォンファが椅子の背もたれに顎を乗せながら突然核心をつく。しかもそれ、言うならもっと早くない? っていうタイミングで。
「フォンファは、ヒール使えるんゆ?」
僕が答えようとした矢先、キリアが質問を横取りする。
「軽い擦り傷とかならまぁ、治せる程度には」
「それ、本当に治ってるんゆ?」
キリアの目がじっとフォンファを見つめる。これは、来るぞ。説教のターンだ。
「はーい、キリちゃん。素人をいじめないの」
一応フォローを入れてみるけど、止まらないのがキリア。
「フォンファ。ヒールってのはゆ。各解剖とその機能を熟知した上で、脳内のイメージ通りにその人の治癒能力を魔力で代替して創傷を治すんだゆ。いわば芸術ゆ」
出た、芸術。キリア、医療の世界を神格化しすぎじゃない?
「擦り傷ひとつでもいろんな組織が関わるゆ。それ全てをイメージして繋ぎ合わせない限り大変なことが起こるゆ」
「た、たとえば?」
フォンファが身を乗り出す。食いつくの早いな。
「頭皮を怪我したとして、毛そのものと、毛の周囲の組織をイメージせずに直したとしたらどうなるゆ?」
「毛が無くなるっすか?」
「そうゆ。ハゲるゆ」
「ハッ……!」
フォンファ、全身が硬直してる。何か、思うところがあるのかな?
「歯にまつわる機能や解剖を知らない人がヒールしたらどうなるゆ?」
「想像もつかないっす」
「歯は臓器と、ある人は言ってたくらいだゆ。下手すると神経や血管が外に飛び出して、そこから菌が入って全身にいくゆ」
「ゾゾゾ……ッ」
「最悪フォンちゃんの適当なヒールで死人がでるかもゆ」
「ひぇ!!」
フォンファ、どんどん顔が青ざめていく。
「まぁ、ありえないことではないけど、脅しすぎだよ」
さすがにそこはツッコむ。
「そしてなんと言ってもゆ。このアマギ大先生は、数々のモンスターの口腔を熟知しているゆ!」
「そ、そうなんすか! 知らなかったっす! いつも行き当たりばったりかと思ってたっす」
「おい、聞き捨てならんぞ。」
(まだまだ勉強中だし、知らないことも多いよ!)
僕は、思わず心の声と発言が逆になってしまう。
「そんな謙遜しないでゆ、先生。それに、アマギ先生の数々の論文が学術誌に載っているゆ。この謙虚さと造詣の深さも歯に悩めるモンスター界隈では人気の秘訣ゆ」
急に持ち上げられて、ちょっと照れる。キリアってこういうとこあるよね。ん?さらっと心読んでない?
「そんなすごい人だったとは……今度からちゃんと敬うっす」
「人気っていうかさ。AMDSぐらいしかモンスターを診てないからじゃないかな。ていうか普段から多少は敬ってね?」
軽口を叩いたはずなのに、二人は妙に尊敬の眼差しを向けてくる。普段ないことだから、つい調子に乗っちゃった。得意げに更なる知識を披露してしまう僕。恥ずかしいので目は閉じたけどね。
「ちなみに、歯はヒールじゃ治らないよ。キリちゃんが言った通り、ヒールは自己治癒能力を魔法で活性化させてるわけだからね。欠けた歯は自然と元には戻らないでしょ。ヒールができる部位は自然に治る場所のみだ。つまり、歯を治すには、そのモンスターの歯の特性に合ったもので補填しなきゃならないんだ」
得意げに語ったあと、そろそろ「先生すごい!」って声が来るかなって期待して目を開ける。
いない。
だぁれもいない。
スタッフルームには、僕と静寂だけが残されていた。
二人の驚いている顔を楽しみに目を開けた僕は、スタッフルームで独りごとをいう変態院長になっていた。ま、わかってたよこのオチは。
消えた二人を探しに廊下へ出ると、二人とも待合室の窓に張り付いて外を覗いている。まるで猫。
「どうしたの?」
「あのっすね、一瞬ものすごい大きな影がAMDSの上に来た気がしたっす」
フォンファが振り返りもせず、窓の外を指さす。彼女の声がいつもより低い気がする。珍しくビビってる?
そう思った瞬間、横にいたキリアが僕の方をちらっと見て、次の瞬間には目を瞑り、頭を抱え込む。あ、これ、またなんかやらかしたパターンのやつじゃない?
「あ、これ……先生、私やっちゃったかもゆ」
キリアがパッと目を開けた。そのタイミングで、窓の外が真っ赤に染まる。
正確には赤黒い。いや、そんな細かい色合いどうでもいい。今重要なのは、それがただの朝焼けじゃないってことだ。
窓の外の赤い背景がぐにゃりと蠢き、次に見えたのは……目だ。巨大すぎる目。窓に映った虹彩だけで、僕の顔がすっぽり隠れそうなサイズ感。
「でっか……!」
思わず声が漏れる。心臓がばくばくしているのか、それともワクワクしているのか、自分でもわからない。でも、確かに僕はこう思った。
これぞモンスター歯医者にふさわしい訪問者じゃないか。
「二人とも中にいてね!」
冷静さを装いながらも心は踊っている。こういう場面に動じないのが僕の長所だ。きっと。
二人を呆然とさせたまま、僕はつっかけを雑に履いて玄関へと飛び出した。
外に出ると、AMDSの前に赤黒い“山”があった。いや、山じゃない。僕の目が次第にそれを捉える。これは……。
「レッドドラゴン……!」
そうつぶやいた瞬間、ドラゴンが大きく鼻息を荒らげた。その音が地響きみたいに響く。
目の前の景色がどんどん非現実味を増していく。赤黒い鱗が光を反射し、その巨大な体がごく自然に動くたび、空気がビリビリ震える。
ドラゴン。レッドドラゴン。ファンタジーの象徴。そいつが今、このAMDSの前に堂々と現れている。
僕が見たことあるドラゴンの中で、ずば抜けて大きい。
「やば……本物初めて見たっす」
「お、おっきいゆぅ……」
出てくるなと言ったのにいつのまにかフォンファとキリアが僕の後ろにいて感嘆の声を漏らした。
その場の空気が熱を帯びる。いや、本当に暑い。鼻息だけで火を吹かれてる気分だ。
僕は一瞬息を呑んだ。それからすぐに気づく。あ、この前訪問の依頼があったドラゴンさんかもしれない。キリアが門前払いしたあのドラゴン。
(だとすると、これってもしかして焼き討ちにきた?)
目の前に立つ赤黒い巨体を見上げながら、僕はおそるおそる尋ねた。
「あ、あのう、今日はどうされました?」
すると、ドラゴンの大きな目が、ぐるりと僕を見据えた気がした。
おそらく、これが今日の診察の始まりだろうね。
「おい、この前断ったやつはどいつだ」
音が爆弾のように炸裂した。空気が震え、建物が揺れる。その音圧は耳から心臓まで響き、僕の身体を冷たくしびれさせた。後ろで怯えたように縮こまる二人。たじろぐなと言いたいけれど、僕もまた無力感に震えている。
目の前のドラゴンは、巨大な赤黒い塊だった。目にするだけで精神を削られる。肺の中の空気が全部絞り出されていくような重圧が、空間ごと僕らを押しつぶそうとしていた。
診察は、始まらないかもしれない。