怪物の歯医者さん   作:寳田 タラバ

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Dragon in Dragon Ⅱ

 

 

 

 僕はその圧倒的な存在感の正体を知っている。いや、知りたくなかった。少し前に訪問依頼を断った、あのドラゴンだろう。後悔と自己嫌悪が同時に込み上げてきた。

 

「す、すいませんでした! 僕です!」

 土下座をして反射的にそう叫んでいた。怖すぎて、全責任を一人で背負うしかなかった。どんな言葉が正解かわからないが、今はひたすら謝ることしかできない。土下座なんて意味があるのか?いや、ドラゴン族に土下座の文化があるかなんて知るわけがない。でもやらないわけにはいかなかった。この首筋に刃物を押し当てられるような感覚の中で、選択肢なんて存在しない。

 

「違うだろ! 女の声だった」

 低く唸るような声。その言葉が、背後に立つキリアに鋭く突き刺さる。

 

「わたしゆ」

 キリアは小さな一歩を踏み出した。その背は震えていない。

「でもなんで、あなたはここに来れてるゆ?」

 

 あのドラゴンの目が動いた。恐ろしいほどの熱量を宿した瞳が、キリアを見据える。まるで意志そのものが凝縮されているかのようだった。

 

「ああ、うるせえなチビのくせに」

 言葉とともに、その巨体がゆっくりと近づいてくる。空間が揺れ、地面が軋む音がする。やがて、その口がキリアの眼前に迫った。巨大すぎて遠近感が狂う。その頭部だけでAMDSを丸ごと飲み込めそうだった。

 

「そ、その!! あれは僕が指示したんです!」

 恐怖で動けないかと思ったが、なぜか僕はキリアの前に飛び出していた。何をするつもりだったのかは自分でもわからない。ただ、彼女を守らなければならない。それだけだった。

 

「今はこのチビと喋ってんだ。お前は下がってな」

 その言葉が聞こえた瞬間、ドラゴンの鼻孔が膨らむ。

 

 ああ、終わったかもしれない。

 

 構えた僕に襲いかかるのは、圧倒的な力。いや、力そのものじゃない。鼻息だ。

 

「ぐわっ!」

 僕の体は軽々と吹き飛ばされた。地面から引き離され、景色がぐるぐると回転する。咄嗟に受け身を取る余裕なんてあるはずがない。茂みに叩き込まれた僕は、潰れたカエルのようにうめき声を漏らした。

 

 

「……ゆうぅぅう──」

 遠くから聞こえるキリアの声。その声には怒りが込められていた。茂みの中にも彼女が放つ魔力の光が差し込んでくる。

 

「なあぁにすんだゆううう!! このクソモンスターペイシェントオオ!!」

 

 茂みから這い出ると、キリアが拳を振り上げ、地面を叩きつけている。その瞬間、地面からAMDSほどはあろう巨大な氷の拳がせり上がり、ドラゴンの顎先を正確に打ち抜いた。

 

 ゴンッ!

 

 衝撃でドラゴンの巨体が揺れ、大地が波打つように震えた。その威力に目を見開く。キリアの力は、そんなに強かったのか……?

 

「イッ痛ァァイン……くぅ……チビのくせにやるじゃあねえか」

 揺れる巨体を支えながら、ドラゴンは大きな頭を振り、大気を震わせる。その度に、周囲の鳥が恐怖で飛び立っていく。なんか変な声が聞こえた気もするが。

 

「──こうなったら本気で火ィ吹くからなァ!」

 ドラゴンが言葉を吐き出すと同時に、僕の全身の毛穴から汗が吹き出した。レッドドラゴンの本気の息吹。それは、地上に存在するどんなものよりも熱く、破壊的なものだとされている。もし放たれれば、周囲の街だけでなく、この方角ならパーン族の村の方まで間違いなく消し飛ぶ。

 

「や、やめてくれ。たのむ」

 情けなく懇願する僕。だけど、ドラゴンは容赦しなかった。一瞬のうちにやれることはないか模索する──院内のアレらなら──いや間に合わない。僕は二人に向かって走り出す。

 

「グオオオオオオ……」

 

 その音とともに、ドラゴンはおおきく息を吸い込んだ。

 

「う、うわあああ!!」

 僕は防御魔法を展開しながら、二人の前に飛び出した。恐怖で足がすくむが、それでも止まるわけにはいかない。

 

 一瞬とも永遠ともとれる時間が過ぎた。

 

 だが、いくら待てども身を溶かすような熱はこない。

 

 恐る恐る目を開けると、ドラゴンが少し困ったような顔をして舌を出していた。

 

「ッテ!痛くて吐けないんだったワァ!」

 

 その言葉に、僕たちは一斉に脱力した。地面にへたり込み、顔を見合わせる。死の恐怖から一転して訪れた滑稽な結末。なんだこれ。僕は虚空を見上げ、ただ呆然とふへっと変な笑いが出た。

 

 

 ──────────

 

 先ほどまでの緊迫感が嘘のように、場の空気が奇妙な色に染まっていた。だが、その奇妙さはどこかで笑いたくなる種類のものだった。目の前の巨大なレッドドラゴンの彼──いや、彼女(と呼ぶのが正解だろうか)の存在そのものがその原因であることは言うまでもない。

 

「イヤァ~ねェ、みんなして真に受けちゃって!あたしが本気で吐くわけないでしょォ~?クソウケるんですけどォ!いや、ほんとね、アタシ的にはこう見えて繊細だから、そんな無茶なことできるわけないじゃないのォ~!ていうかね、痛くて吐けないのよォ。笑っちゃうわよね、ホント。コマッチャウ!」

 

 僕はさっきから自分の耳を疑っている。いや、この状況で疑うべきは耳ではなく、目の前のドラゴンそのものだろう。先ほどまでの威厳に満ちた巨体は、今や妙なテンションと身振り手振りでくねくね動いている。あの威圧感を演じていたのが、この存在なのだとしたら……僕は世界のどこかでなにかが壊れた音を聞いた気がした。

 

「いやねェ、アタシさァ、ドラゴンってだけで期待されちゃうのよォ~。カッコよく登場して、ドンと構えて威圧して、みたいな?演じるのって、ほんっとつらァ~い!そういうのってさァ、アタシにだって重圧ってもんがあるわけ!分かる?アタシほんとはおしゃべりしたいのよォ~!でもねェ、ちょっとしゃべりすぎると幻滅されたりするじゃない?もう、ほんっと失礼しちゃうわよォ~!ねえ??そう思うでしょアンタタチも!」

 

 言葉に力を込めるたびに、前足が地面を叩き、周囲の大気が振動する。さっきまでの緊張感が完全に吹き飛んだのは確かだったが、代わりに訪れたのは何とも言えない虚脱感だった。僕はちらりとキリアの方を見る。彼女はドラゴンを冷たい目で見据えていた。

 

「こいつ、もう一回殴っていいかゆ?」

 

 キリアの言葉に、背筋が寒くなる。彼女の握る拳には氷の膜がうっすらと生まれ始めている。さっきの氷の腕が再びこの場を支配するのも時間の問題だろう。しかし、そんなキリアの冷ややかな視線にも動じることなく、レッドドラゴンもとい、虹色LGBTドラゴンはさらにヒートアップした。

 

「イヤアハアン!ツンツンしてて怖可愛いーい!キリアちゃんったらホント強いのねぇ~!アタシそういうの大好きよォ~!あ、ねぇ、キリアちゃんって呼んでいい?いいわよね?」

 キリアは拳を固くしたと思うと、力を抜く。口の一文字がプルプルしていた。キリアは怒りと笑いの狭間でせめぎ合っている。

 

「てかさァ、アマギ先生ってばァ~、男前じゃないのォ!連絡先教えてぇ~!お願いよォ~!イイコトシマショ?」

 

「……」

 

「フォンファちゃ~ん!アンタサァ!綺麗系でほんっと好きよォ~!今度お洋服買ってあげるゥ~!アンタさァ、スタイルいいからァ、なんでも似合うと思うのよォ~!」

 

「えっ、いいんすか!?やったあ!」

 

 フォンファは純粋に喜び、目を輝かせている。その横で僕は静かに悟った。レッドドラゴンの「息吹」より厄介なのは、そのマシンガントークだったのだ、と。

 

 ……やれやれ。何もかもが予想外で、何もかもが厄介だった。でもまぁ、無事で何よりだ。僕の心は少しだけ冷めていたが、平和とはこういうことなのかもしれない。僕はふと、安堵のため息を空を向かって吐いた。飛び去ったはずの鳥たちがどこかで鳴いている。きっと彼らもこの場を遠くから見て、呆れ返っているに違いない。

 

 

 

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