怪物の歯医者さん   作:寳田 タラバ

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Incredible yet Expendable.Ⅰ

 僕は、違うことなきクソガキであった。

 

 いや、神童って呼ばれたこともある。けどあれって、ペンに「これはパイナップルだよ」って突き刺して渡すようなもんだ。要するに処理の仕方をわかりやすくしたいだけ。僕のことをわかった気になりたい大人たちがくれた、見た目のいいラベルだ。

 

 その誰かから言わせれば神童だったのかもしれないけれど、大多数の人らは、僕がクソガキと声を揃えていうだろう。

 

 当時の僕は、世の中を舐めていた。というより、なんなら誰も彼もが世の中を舐めてないといけないと思ってたくらいで。

 

 

 学校の授業なんて、僕にとっては「無意味な時間の羅列」だった。そもそもスタート地点が違うもんだから、誰がどう教えたって僕の方が先に答えを出す。聞いてる意味がなかった。ノートもテストもただの反復作業。唯一の収穫は、毎回、自分の名前がどんなものであるかを確認できたこと。

 

 

 決まりきったことを聞かされて、決まりきった答えを返す。そんなこと、コンビニのレジでもやってる。じゃあそれで時給が発生する方が有意義ってもんじゃないか。不毛なインプットとアウトプットを繰り返して、鬱屈に時間を潰す日々。

 

 問題集なんて、コピー&ペーストの繰り返し。Ctrl+C、Ctrl+V、たまにCtrl+Z。僕の脳みそをプリンターに変えるだけの単純作業。良く言っても手の筋トレだった。

 

 ある時、質問してきた先生に逆に質問した。彼女の能力を図るためなのか、自分の力量を試すためなのかどちらなのかは僕の中でははっきりしていたけど、口や態度に出さない。

 

 質問の応酬、ようはレスバみたいなもんだったけど、誰がどう見ても僕の圧勝だった。

 

 暇な時間の中で唯一の‘遊び’をやっと見つけられ、心底喜んでいたことを思い起こす。

 

 僕は、クソガキだった。あと、天才だった。あと、孤独だった。

 

 二つ目の天才? ああ、ありがたい言葉だったよ。

 でも「天才」って便利なんだよね。褒めてるようで、突き放してる。

「こいつは変わってるから仕方ない」ってレッテル貼って、遠ざけるための魔法。

 

 3つ目に至っては、誰も見てなかったし、僕も見ないようにしてたからノーカウントで。

 うん、たぶんそういうとこがクソガキだったんだと思う。

 

 とまぁ授業中の暇つぶしをし始めて数ヶ月後、色んな先生からマークされ、腫れ物扱いされた。

 

 

 厄介者扱いされたのか、僕の学力がそうしたのか、気づいたら中高をドンドン飛び級していた。

 

 

 

 だが結局、人間社会は出る杭は抜くか、ぶちのめすしかないらしい。

 

 舐めた態度のままだった僕は、大学でしこたま殴られた。ことあるごとに、嫌がらせをされた。

 

 ……今でも、思い出すと腹の底が熱くなる。

 あれは怒りじゃない。悔しさでもない。多分、恥だ。

「お前が調子に乗ったからだ」って、誰かが笑ってる気がする。

 ……その誰かって、僕だ。

 

 

 でも、やり返しはしなかった。さっさと卒業して社会に出たかったからだ。周りを恨んでいたけど、今思うと僕がまるきり悪い。

 

 

 ざっとだが、こうして弱冠15歳の爪弾きものが歯医者になってしまった。

 

 当時の進学の判断は間違いではなかったと思う。強いて言えば、勉強する対象が誤っていた。

 

 研修期間を終えて歯科業界に出ると、頭の良さはカーストに直結する世界じゃないことを思い知った。手先は器用な方だが上には上がいる。15年の間、確固たるTop tierだった天才がいつのまにか、tier2ほどの秀才になっていた。

 

 それに耐えられなかったわけじゃない。むしろそこで社会的に成長し大人になれた。何せ15歳のクソガキなのに、周りは一回りも違う26歳とかだ。みんな大人の余裕で僕を構ってくれたし、時には厳しく接してくれた。

 

 精神年齢が近い人たちと切磋琢磨し、一年程はとても有意義な時間を過ごしたんだ。

 

 

 

 モンスターに出会うまでは。

 

 

 

 

「アマギ先生」

 

「はい。なんでしょうか教授」

 

 教授室にお呼ばれされた時を思い出す。たしか、そろそろ僕も上の立場になるのかとはやる気持ちが顔に出ないように抑えながら両手の指を遊ばせていた。

 

「君の業績はとても良い。良いんだけどね」

 

 遊んでいた指が、動きを止める。

 

「……年齢ですか」

 

「んー、まだ君はチャンスしかない。他の奴らは結構ね。時間がないんだよ。本当に悪いんだけど、出向してもらってもいいかな」

 

「どちらになりますか」

 

「大陸のど真ん中だね」

 

「といいますと」

 

 額にジワリと一年分のお疲れ油を凝縮させたような汗が浮かぶ。

 

 教授は僕のそんな様子をみやると、一拍ためてもったいつけてわざとらしく低い声を出した。

 

「魔族と人族との国境付近に、歯科診療所を開設してほしい」

 

「はい?」

思ってもみない言葉が脳に入ってこない。素っ頓狂な声を出してしまう。

 

「もちろん。君の好きにしていいし、こんなご時世だ。しんどかったらすぐにやめていい」

 

 僕は全てを察した。厄介払いだ。緩衝地帯に病院を置くことで、何かあれば拠点にするつもりだ。逆に何かあった方が錦の御旗としても格好がつくのだろう。

 

「なお、これは上層部の命令であり、君に拒否権はない。そして、後ろ盾もない。また、これは君個人が勝手に開いた歯医者さんだ。いいね?」

 

「出向っていうのは……」

 

「ああ……君の聞き間違いだ。そうだろう?」

 

「はい。そうでした……」

 

「もう、箱はできてる。資金繰りは最初の一年だけ補助が出るそうだ。我々からではないがね」

 

「はあ……。知ってますか。僕のレベルを」

 

「ああ、最弱レベルだ。知ってるよ。なおのことな。話題になる」

 

 僕が死んだって、僕の知り合いは誰も泣かない。でもニュースで“15歳の歯医者が診療中に死亡”って見出しが出るんだ。なんとセンセーショナルなパワーワード。反吐が出る。

そして、それをみた知らない人たちは、きっと「若い命が」って泣くんだろう。

 泣いて怒って、「献身的な子供の命を、誰が」って。

 いい大義名分だよ。マジで。

 

「ぐう……は、拝命します」

 

「おいおい。まるで、私が行けと命令したみたいじゃあないか」

 

 そういうと、教授は僕に鍵束を投げてよこし、ポンと肩を叩いた。まるで、罰ゲームのくじを引かされた子供へのなぐさめのように。

 

 拒否でもしてたら、僕はどのみち歯医者としてやってけないようにされたのだろう。

 

 むしろ、光明だったのかもしれない。結果論だけどね。

 

 

 

 

「─顕屋敷先生、並びに演者の先生方、ありがとうございました。以上を持ちまして、一般演題4を終了いたします。次のシンポジウムは、アマギ先生によるモンスターの─」

 

 

 パラパラと拍手が会場内から湧き起こり自分の名前が呼ばれた時、遠い過去に思いを馳せていた僕の意識が現代に戻ってきた。

 

 学会になど来るべきではなかった。ましてや、最前列の席に座るべきじゃない。こうして嫌な過去を思い出すには十分な出来事が目の前で起きている。

 

「やあ。アマギ先生、いつぞやぶりだね」

 

「これはこれは、顕屋敷教授。ご無沙汰してます」

 

 

 僕の記憶より数倍は肥えた巨体を揺らし、ひとの良さそうな顔をした爺さまが、よたよたと演壇から降りてくる。ああ、人間離れした巨体のこの人はペンギンの魔物とかではない。僕と同じ人間だ。たぶん。

 

「もう教授じゃないよ。元気そうでよかった」

 

「僕の中では、教授は教授です。学問を司るお方です」

 

「それを言ったら君は、モンスター歯学の権威中の権威。冠のない教授だね。アマギ先生」

 

「学会もなければ、学派もないですからね。僕みたいな変わり者たくさんいるわけもない」

 

「いることにはいるようだが」

 教授が何か含みがあるように眉を顰めて、彼の背中側に一瞬だけ目配せをした。なんだなんだ。背後霊でもいるのか。

 

 意図を理解しなかった僕は、場の雰囲気を乱さぬように適当な言葉を宙に放り出す。

「お会いしてみたいものです」

 

  僕がそう返した瞬間、空気が変わった。教授はにこやかに、でも後ろの“何か”が空気をキーンと冷たくしている。

 

「おお! そうか。そうだったか。てっきり同じ畑の学者を嫌っているのかとばかり」

 

 苦笑することしかできなかった。僕を歯科の卵から育ててくれた恩義は感じているが、その後音沙汰もなかった人がどの口で僕のことを語るのか。

 

「ちょうどよかったよ」

 

 教授は何か言いながら、巨体を半身に構えた。その陰から──

 

 一人の少女が現れる。

 全てを拒否するような白磁のような肌に、芯の通った無表情。髪は銀色、瞳は深い赤。

 

「紹介しようと思っていてね」

 

 先ほどの冷たいオーラの発信源は彼女だったようだ。緋色が僕を睨みつけてくる。

 人間のような、それでいてどこか人工的な─

 

「こちら──ー」

 

が、その言葉を遮るように少女がピンと張った声を発した。

 

「先生。不躾ですが、結構です。私は、興味はございません」

 

 履いているハイヒールをザシュザシュと床に刺すようにして、彼女はこちらに見向きもせず歩き去ってしまった。

 

「はは。いきなりに、随分の嫌われようだな」

 

「なんかまずいこと言いましたかね」

 

「そうだなあ。彼女は、体が小さいことを人一倍気にしてる」

 

 知らない。知らなかった。っていうか、見えなかった。実際見えなかったんだから、気付きようがない。なんという罠だ。このペンギンもといたぬきジジイがわざとやったようにも思える。

 

「いや、私が大きいせいだ。あとで彼女に謝るとしよう」

 

「僕も失礼な態度をとってしまったことを、謝らないと」

 

「なに、またすぐ会うだろう。それより、アマギ先生、次のシンポジウム楽しみにしてるよ」

 

 傲慢さに加えて、良心と教養と無自覚な加害性をほどよく煮込んだスープを腹に抱えたペンギンは、満足そうに転がるように退室した。

 

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