怪物の歯医者さん   作:寳田 タラバ

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To Bloom in a Thousand Souls Ⅲ

  土楼の奥の、もっと奥の、日が当たらないところに、人が、同じ場所に押し込まれていた。

 息が詰まるほど近くにいて、ぶつかって、擦れて、声だけが浮いている。

 その中に、父と母も横たわっていたはずなのに、どこにいるかも分からなかった。

 でも大丈夫だ、と頭のどこかで決めつける。

 決めていないと、立っていられなかった。

 

「かえれ」

「おまえが来たからだ」

「よそものが」

「なんとかしろ」

「のろいだ」

「たすけて」

「でてけ」

「もう終わりなんだ」

 

 言葉は、順番も意味もなく飛んでいた。

 怒鳴っているのが誰なのか、怒鳴られているのが誰なのかも、よく分からない。

 ただ、真ん中に立っている誰かに向かって、全部が投げられていた。

 

 

その誰かを拒んでやったと、村長が声高に言った夜。

 

正しいことが行われた。

と、狂ったように拍手が起こった時から、

 

父と母は帰ってこなかった。

 

その事実に、ちゃんと触れないまま、

 

その奥に、にいちゃんも混ざる日が来た。

 

 

村長が伏した。

その代わりみたいに、拒んだはずの誰かが、そこにいた。

 

 

そして、にいちゃんも父たちと同じ流行り病になったと、淡々と告げた。

 

胸の奥に溜まっていたものが、口を借りて勝手に飛び出していった。

 

なにも残っていない、気がした。

 

どんな気持ちで言ったのかだけ思い出せない「」を、ぶつける側に回っていた。

 

 初めて、

 前よりも少なくなった人の隙間から、その人の横顔が見えた。

 

 男の人だった。

 

 村のみんなに

 囲まれて、

 よそ者で、

 

 逃げなかった。

 

 罵声を背中に受けたまま、

 その人は、目の前のにいちゃんから視線を外さなかった。

 震えている手を取り、何かを確かめるように、静かに頷いていた。

 

 ──この人なら、なんとかしてくれるかもしれない。

 

 そう思った自分に、すぐ気づいて、

 わたしは、慌ててその考えを押し込めた。

 期待なんてしていない。

 信じてなんかいない。

 ただ、そういうことにしておかないと、息ができなかった。

 

 彼が、ふとこちらを見遣る。

 

 目が合った。

 日が当たらないはずの部屋が途端に明るくなる。

 

 この世界の誰よりも生きている目だった。

 

 怖くて、やさしくて、

 どこにも行かないと約束していない目。

 

 胸の奥で、

 期待と不安と、

 名前をつけるのが遅すぎる感情が、いっぺんに動き出した。

 

 

「せんせい」

 

 

今までぶつけていた「」はなんだったのだろう。

 

 

私の「」は──。

 

 

「にいちゃんを、たすけて」

 

 

せんせいは、固まっていた顔をゆっくりほどいた。

 

笑った、のだと思う。たぶん。

 

一歩、近づいてくる。

 

逃げようとは思わなかった。

思えなかった、の方が近い。

 

 その手が、わたしの頭に触れる。

 

 やさしい、はずだった。

 

 なのに、少しだけ遅れて、

 触れられている場所と、触れられている感覚が、ずれている気がした。

 

 撫でられているのに、押さえつけられているみたいで、

 押さえつけられているのに、許されているみたいで、

 

 うまく、どっちかに決められなかった。

 

 それでも──

 

 その手が触れているあいだだけ、

 さっきまで息ができなかったことを、忘れていられた。

 

 胸の奥に詰まっていたものが、

 理由もなく、ほどけていく。

 

 安心している、と気づくより先に、

 安心してしまっていた。

 

 少しだけ、こわかった。

 

 この手が離れたら、どうなるのか、

 考えかけて、やめた。

 

 考えたくなかった。

 

 ……たぶん、困る。

 

「そのために来たんだ」

 

 

 

 声は近いのに、少し遠かった。

 

 

 

 

 

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