ナインスルート-TS異世界転生したら人型兵器の部品扱い-   作:暁文空

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000[前線基地強襲/A bolt from the blue]

 とある恒星の周りにある惑星。豊かな海や大地があり、そこには多くの動植物や人類が住んでいた。

 “清暦”という紀年法を用い始めてから数千年ほどの年月が流れ、その惑星で勃発した世界中を巻き込んだ大戦や、巨大隕石の落下等によって紀年法を“災暦”と改められてから四○年あまり。惑星外物質である隕石と惑星の地中奥深くの物質が化学反応を起こした事で湧出した新資源――エルピスを巡り、世界中でその争奪戦が繰り広げられていた。

 エルピス。それは、全世界を巻き込んだ大戦に、数々の天災や隕石の落下といった災厄の後に残った希望とも言える、超高効率なエネルギー資源であった。清暦以前からあったエネルギーである化石燃料や再生可能エネルギーといったものを、全て過去のものとする程の夢のようなエネルギー。人々が調べる限りでは環境への悪影響はなく、化石燃料をも上回るエネルギー変換効率を持つ――そのようなものを前にして、人々が争わずにいられる筈もなかった。

 

 ――世界大戦や大災害といった絶望の中、最後に残ったものが、本当に希望だったのかを知る者はいない。

 

 災暦四三年五月一三日。

 陽はとっくに沈み、空は真っ黒に染まっている夜。そんな暗闇で大型のヘリコプターのローターが、夜空を切り裂いて進んでゆく。ヘリコプターの下部には全長一二メートル程はある鋼鉄の巨人――人型兵器“スティールジャイアント(SG)”がアームで固定されている。それほど大きなものを運んでいる以上、このヘリコプターのパワーは人を運ぶそれとは比べものにならない。

 そんなヘリコプター下部に固定されているSGの全身は黒く塗装され、関節部等のワンポイントに赤が差し色に入っているシンプルなデザインは、ヘリコプターよりも暗闇に溶け込んでいた。そんな黒いSGの両手には三九式三七ミリSG腕部携行用自動小銃(アサルトライフル)*1、背部には小型の盾のようなものが左右一対装備されている他、大きな推進器――推力偏向メインブースタがあり、それを保護するカバーが翼のようにも見える。

 その上で、脚部や腰部には明らかに外付けしたであろうものが装備されており、脚部には小型ミサイルが数基、腰部には大型のブースタが強引に装備されていた。

 そんなSGの胸部コックピットに乗り込んでいるのは、小柄で細身の人物だった。首から下を黒いラバー状の素材で覆う特殊な衣服――所謂パイロットスーツを着用し、ヘルメットを被っている。眼のある位置にはバイザーがあり、その偏光のためかヘルメットの外からは内側にある眼を見る事は叶わない。

『ハーミット、作戦をもう一度説明する』

 コックピットにそのような通信が入る。ハーミットと呼ばれたパイロットは、機体の最終チェックをしながら作戦の説明を耳に入れる。ハーミットにとっては前にも聞いていた話ではあるが、黙ってそれを聞く。

『依頼主は“ベルクト”、“エイブラハムアームズ(AA)”の対“極北連合(FNU)”前線基地への強襲だ。外付けブースタで前線基地に急速接近し、基地のあらゆる施設、保有している戦力を殲滅しろ』

 AAとFNU、そしてベルクトは何れもこの世界においては比較的大きな組織に該当する。数十年前――清暦という紀年法が用いられていた時代の終わりに起きた全世界を巻き込んだ幾つもの大戦や、“大災害”という一つの言葉にまとめられた大小様々な天災の数々に巨大隕石の落下によって、数多くの国が消滅したり機能不全に陥った。

 そのような世の中で力を持ったのが軍事企業であり、それが台頭したこの世界に於いてAAはその主な例に挙げられる大企業だった。戦乱の世というのは軍事企業にとっては恵みの雨と言ってもよかった。清暦以前では、長い間世界中では軍縮に向けての動きが加速していたのだが、災暦への過渡期にかけては世界大戦ともあって、多くの兵器が世に送り出されていた。それによって軍事企業は多くの利益を積み上げてゆき、最終的には国家よりも軍事企業の方が財力で勝るという逆転現象が起こっていた。その結果、AAはその財力で国家を買収し、もともとの国家の持ち物を全て自社で管理するようになっていた。

 対するFNUは大災害での被害を受けて尚残っていた資源や、新たに発見されたエルピスという新資源を武器に今も尚残り続けている数少ない国の一つである。AAとしてはFNUの保有する資源を欲し、FNUとしては何としても国の形を維持したい――という対立関係だ。

 だが、FNUでもここ数年間で軍事企業“ベルクト”社が力を持ち始め、内乱に至っていた。もともと大災害後の混乱で疲弊していたNFUの財政はAAとの長い対立の中で更に疲弊し、逆にベルクトは軍需で潤っていき力関係としては逆転しつつあるのが現状だった。そんな状況で対AA戦線をまともに維持できる筈もなく、大きく攻め込まれてしまいFNUの国境目前にAAが前線基地を作るのを許してしまった、という訳だった。

 この状況についてFNUは勿論、ベルクト社も望んだものではない。ベルクトはFNUと対立してはいるものの、AAに従おうとしている訳ではない。FNUの領土には多くの新資源――エルピスがある事を見込まれており、エルピスが湧出している地点をベルクトはFNUとの内乱にあたって真っ先に奪取していた。その為、他社のAAにエルピスの湧出する土地を明け渡す訳もなく、ベルクトはAAとFNUの両方を敵に回していると言ってもいい。

 尤も、FNUが武器としていたエルピスの湧出拠点をベルクトが奪取している事や、今回の作戦をハーミットに依頼したのがベルクトである以上、FNUとベルクトの勢力争いの顛末は大抵の人間にとって察せられるようなものである。FNUはベルクトと争うので精一杯というのが現状であり、対するベルクトはその中でもAAに対する抵抗を続けている――FNUがベルクトの足を引っ張っているとも表現できるだろう。

『予想される敵戦力はAA社製SG“ヴァルチャ”が数機に戦闘車両が数両、戦闘用ヘリが十数機といったところだ。かつてのFNUならこの程度の前線基地等一捻りだったろうが、内乱で消耗している現状ではそうもいかない。まあ、依頼主のベルクトとしては、FNUとの戦いが予想以上に長期化してしまった、というのが本音だろう』

 ハーミットが一人で前線基地へ強襲するにあたり、想定されている敵戦力は複数である。その想定される戦力の中にはハーミットの乗機と同格のもの――SGが複数存在しており、それは間違いなく脅威であった。災暦四三年現在、地上戦における頂点は戦闘車用や戦闘ヘリといった従来の兵器ではなく、災暦の世になってから開発されたSGであると位置づけられている。清暦以前において、人型兵器は実用性に欠けるとされて来たが、災暦になりエルピスという高効率のエネルギー資源が発見された事で状況は一変した。

 エルピスを用いた小型かつ高出力な発電機が開発された災暦一三年頃、人体における関節部分を宛がわれるモーターの性能が飛躍的に向上し、歩いたり走ったりといった動作の速度について、戦車の走行速度にも勝るという試験結果がとある研究機関によって全世界に公表された。それが、現在SGと呼ばれる兵器の誕生の瞬間であった。そこにブースタや武器を取り付けていく事で、陸上であれば縦横無尽に動く機動兵器として完成し、従来の兵器――戦闘車両や戦闘ヘリはSGの支援兵器という立ち位置へと移行していった。被弾面積が戦闘車両と比較して大きいといった弱点があるのも事実だが、高い走破性や機動力といった面もあってか実戦において戦闘車両とSGでの被弾率はそう変わらないという数字も明らかになっている。

 故に、戦闘車両や戦闘用ヘリ程度ではSGに対しては脅威になり得ない。だが、相手もSGとなれば話は変わる。同格の相手と戦う――つまり、どちらが勝ってもおかしくない、という事でもある。

 当然、ハーミットもその事には思い至っている。しかしながら、だからと言ってそれを顔に出す事はない。通信に対して口をは挟む事もない。“やるべきこと”と認識している以上、どのような状況であれ倒さなければならない相手は倒す。その覚悟はとうにできていた。そもそも、ハーミットにとってはSGを相手にする事というのは別に特別な事でもない。ただ、敵の戦力が充実しているという以上の感想を、ハーミットは抱かなかった。

『対FNU前線基地の索敵範囲目前でSG“真迅”を投下、本機は離脱する。投下と同時にジャミング、ステルスを作動させたら強襲用外付けブースタで一気に前線基地内部に侵入しろ。幾ら大企業のAAとはいえ、索敵能力が麻痺してしまえばどうという事はない』

 作戦内容としては極めてシンプル――悪く言えば適当に言っているともとれる。しかしながら、ハーミットに戸惑いはない。落ち着いた様子で機体の最終チェックを行っていた。ヘリコプターのアームに固定される前にも確認済ではあったが、チェック漏れがあるよりは手間でもチェックをした方が良いのは間違いなかった。

 ハーミットの乗るSG――IS-A40“真迅”は全体的に細身のシルエットで、高速戦闘に比重を置いた機体であった。細身ながらも頑丈かつ強力な関節と高出力なブースタで高速移動に最適化されている。人間でいう肘や膝に該当する部分の関節が頑丈な代わりに、装甲そのものは軽量で貧弱だが、軽量ながら武器を豊富に装備できるという特徴も真迅にはあった。火力と速度の両立――そういった部分が、今回のような強襲作戦には適していた。

 両肩にある円盤は、敵の索敵能力を阻害するジャミング、ステルスの機能を持つ機器である。これは元々の“真迅”にある装備ではなく、後からつけられたものであり、ハーミットの乗機は所謂“真迅改”とでも言えるものに仕上がっていた。自身の乗機この機能があるからこそ、このような作戦を回されたという事を彼女は理解している。

『以上だ。何か質問はあるか?』

「問題ない」

 問いかけに対し、ハーミットは一言で返す。作戦開始の時刻が刻一刻と迫る。そうして、数分もせずに再度通信が開かれる。

『――まもなく、作戦領域だ』

「了解。ブースタ点火、ステルス及びジャミング展開準備よし」

『投下一○秒前……五、四、三、二、一、SG投下。離脱する』

 その言葉と共に、真迅改を固定していたアームがガコンッと大きな音を立てながら真迅改を離す。すると、そのまま真迅改は重力で落下する前に、背面のメインブースタと腰部に外付けされていた大型ブースターが作動して一気に前方へと加速してゆく。同時に、本体にある姿勢制御用ブースタも吹かし、落下を緩やかにしてゆく。

 敵勢力の基地に侵入するにあたって、ゆっくり進んでいては基地の迎撃施設に手痛い反撃を受けてしまうのが常だ。だからこそ、今回の作戦においては、このような外付けの大型ブースタによって強引にSGを加速させ基地が迎撃をまともにできないうちに、懐に入り込むというものであった。

 この大型ブースタは地上から成層圏へと飛んで行くロケットにも用いられる規格のものであり、要は一二メートルの巨人に水平方向を向いたロケットをくくりつけて飛ばしているようなものだった。真迅の――いや、SGの本来想定していた運用方法ではないが、そのような状況でさえも、ハーミットと呼ばれたパイロットは動じる事なくレーダーで作戦目標と自身の位置を確認する。同時に、SGのメインカメラも前線基地が映り込んでいた。

「外付けブースタの使用限界、投棄。ミサイル発射」

 ハーミットはそう言ってコックピット内部にあるボタンを押すと、脚部に外付けされたミサイルが全て発射される。同時に、腰部に外付けされていた大型ブースタが火花を立てて切り離される。清暦以前に行われていた宇宙開発の技術の一つ、多段式ロケットにおける初めに切り離される一段目の役割を果たしてブースタは地に落ちてゆく。そして、ハーミットの乗機は切り離した際の衝撃をも利用して、更に速度を稼ぎながら前線基地内への侵入に成功したと同時に、先に発射していたミサイルが基地のレーダー、弾薬庫、燃料タンク等に命中して爆発を起こしていた。

 そこで止まることなく、ハーミットは両手のライフルを連射する。ミサイルの撃ち漏らしをカバーする形で、次々と基地施設を破壊してゆく。漸く敵襲に気づいたAA側は「敵襲! 応援を呼べ!」等と叫んでいるが、それは叶わない。ハーミットの機体両肩にある円盤が通信障害を発生させているのに加え、ハーミットが初めに放ったミサイルによって通信機器にも被害が出ており、この前線基地は完全に孤立したのだった。前線基地での爆発を視認したのか哨戒任務で予め出撃していた戦闘用ヘリが慌てて基地へと戻ってきたが、そこへ寸分違わずライフルの弾丸をハーミットは叩き込む。燃料タンクを貫かれた戦闘ヘリはなす術もなく爆散し、夜空に花火が幾つも花開く。

 それでもと抵抗するべく前線基地に配備されていたAA社製SG――AS-M5“ヴァルチャ”が慌てて起動し始めていたが、それが動き始めるよりも先にハーミットは、左手のライフルと背部の盾のようなものを持ち替えながらメインブースタの推力と地を蹴った勢いを活かした跳躍によって肉薄する。そして、まだ動けないSGに対して左腕の盾を突き出すと、盾から伸びたレーザーの刃――所謂レーザーブレードが敵SGを貫いた。一つ、また一つと作業のように動けないSGを潰してゆくが、幸いまだ攻撃されていなかったSGが起動を完了してハーミットの機体に攻撃をしかけようとして、その動きが止まる。

 

『コイツ、画面に映りま――』

 ヴァルチャのパイロットがそのような事を口にしたかと思えば、レーザーの刃で左腰から右肩にかけてを一閃され、上半身と下半身とが分断し、爆散した。一瞬の隙に、また一機減っていく。しかし、残るAA社のパイロットたちはその相手を見る事はなかった。いや、できなかった。

「ジャン! くそ、ステルス機か……! なんとしてもアレの起動までは耐えるんだ!」

 撃破されていく者達と同じくヴァルチャに搭乗する彼は、敵機を視認できない原因について口にしつつ、友軍機に通信で呼びかける。すると、『りょ、了か――』という怯えながらの返事が途切れる。また一人友軍機を失った事に彼は「くそっ」と悔しさを口に出す。

 コックピット内、パイロットから見て正面にある大型のディスプレイ。そこには、本来眼前のものが全て映り込む筈だった。しかしながら、彼らのディスプレイには眼前に映る筈のハーミットのSGは映っていない。災暦四三年において、SGのコックピット内部から外部の情報を得る手段として、頭部メインカメラの情報をコックピット内の画面に表示させるというものが採用されている。その際に機体各部のセンサー類の情報も含め、機体OS側である程度の補正をかけたものが表示される。余計な処理を挟んでいるように思われるが、例えば煙などでその姿を視認できなかったとしても、その煙越しに敵機をしっかりと視認できるという利点があった。

 その都合上、機体OS側が検知できないように細工された機体――つまりはステルス機の場合、SGの画面からその姿を見る事は叶わない。SGのコックピット周りの欠陥と言えばその通りではあるが、このようなステルス機の技術が戦場で使われるようになったのはここ二、三年の事であった。ここ最近になってその対策も開発されてはいるものの、標準装備とするにはまだ至っていない。

 ともかく、そういった原理でコックピットの敵機が映っていない訳だが、タネを理解した所でこうなってしまった場合の対応策はと言えば、姿を隠しても隠しきれない駆動音やブースタの噴射光等を頼りにする他ない。しかしながら、果たしてそれでどこまで対応できるか。

 ――勿論、対応できない。

 画面上の微かな痕跡を注視するようでは、まともに戦闘などできる筈がない。敵機を探しているうちに、気づく間もなく撃破されるのが明白であった。

 本来ならば、索敵能力を高める外付け装備があり、それを装備したSGもこの前線基地には配備されていたのだが、その機体を優先的に狙われたようであった。ステルスやジャミングとて完璧ではない。全SGの標準装備とするには至らないものの、各陣営で対策と言えるものがそれぞれ開発、生産されてはいる。しかしながら、それを理解しその対策をも手早く処理するというあまりにも狙いが的確な敵SGの様子に、彼は「くそ」と悪態をつく。

 コックピットハッチを解放し、肉眼で前方を確認するのであれば視認できるだろうが、その手法もまたパイロットが無防備となる。普段なら胸部装甲で守られる筈が、あっさりとコックピットを貫かれる事となる。あまりにも現実的ではないが、なんとか捉えようと一機のヴァルチャがハッチを開け――そこにハーミットはライフルの弾を叩き込む。こうやって、またしても一機が爆発四散する。機体は画面には映らず、その頭部のバイザー奥にあるデュアルアイの赤い輝きの軌跡が微かに見えるのみである。

 そして、なおも真迅改の動きは止まらない。一機、また一機と緩慢な動きのSGを立て続けにハーミットはライフルでダメ押しと言わんばかりに頭部メインカメラを潰しつつ、肉薄してレーザーブレードで胸部を切り裂く。その動きにはまるで無駄がない。レーザーブレードで切り裂く際の勢いで、機体を旋回させながら次の敵機にライフルを撃ち込む。ついでのように施設にも被害を与え、辺り一面は既に火の海と化していた。

 たった一機による強襲で、基地は総崩れ。ほんの僅かな間に起きた惨劇。その事に、未だ抵抗を試みるAA社パイロットはただただ恐怖するしかない。次々といなくなる友軍期反応。一つ、また一つと消えていく。次に撃破されるのは自身ではないかという恐怖も襲ってくるなか、再び友軍が落とされる。

 そうしてAA社のSGは残り一機といったところで、真迅改の両肩にある円盤――ステルス、ジャミングの効果時間が切れたのか、ディスプレイには襲撃者の姿がくっきりと映っている。その事実に、パイロットは歓喜する。ついに好機が来た、と。これで少なくとも一矢を報いる事はできそうだ、と。

「漸く捉えた……ッ! くたばれェ!」

 姿の見えぬ敵に対し立ち向かう事すらできなった兵、立ち向かい倒れた兵――様々なものがこの前線基地にはいた。既に基地は壊滅。起動中の兵器が今から動き出したとしても、あるいは助けが来たとしても、この基地は既に役目を果たさない。襲撃者を仕留められたとしても、その結果は変わらない。

 だが、それでもと両手に持つ三○ミリSG腕部携行用短機関銃(サブマシンガン)と両肩からせり出した一六○ミリSG背部携行用噴進弾投射砲(ロケットランチャー)を斉射した。SGは決して無敵の兵器ではない。相応の火器が直撃すれば、撃破される。当然のことだ。故に、このサブマシンガンで一矢を報いるには十分の筈だった。

 

 ――だが、弾丸の雨あられは空を切った。

 ハーミットは、敵機に捉えられたその瞬間、真迅改に地を蹴らせつつメインブースタを吹かし、敵機の頭上へと跳んでいた。足元を弾幕が通り過ぎてゆくなか、敵機の真後ろへ着地しながら姿勢制御ブースタでグルリと急速旋回し、同時に左腕のレーザーブレードを振るう。水平一直線に上半身と下半身を真っ二つに斬り落とし、最後の一機を仕留めたその時だった。

 唐突に、コックピット内に警報音――敵機にロックオン、照準を合わせられた事を知らせるものである――が鳴り響くを耳に入れた瞬間、ハーミットは咄嗟にペダルを踏み込んでメインブースタを吹かして前方へ跳ぶ。当時に、水平に一八○度機体を回転させながら着地させると、先程まで乗機を立たせていた地点に向けて砲弾が着弾し爆発したのを視認する。そして、その奥には戦闘車両と呼ぶにはあまりにも大きい戦闘車両のようなナニカが、ハーミットの乗機へと砲口を向けていた。

「“パシング”……配備されていたのか……」

 AA社の開発した次世代型戦闘車両――ANBT-M1“パシング”。清暦以前の陸戦における主力、戦闘車両を災暦以降のSG等に代表される新技術を用いて改良した“新たな戦闘車両”という触れ込みの新兵器で、AA社の掲げる“新技術を用いた旧来の兵器の復権”の中心とも言えるものだった。

 世界大戦に大災害といった混乱の世においてAA社はその母国を武力と財力で支配下に置き、そのまま他の陣営に対しても影響力を持ったのだが、清暦以前から使われていた従来の資源こそ豊富にあったものの新資源エルピスについては他陣営と比較すると、AAは恵まれなかったと言っていい。その結果、あらゆる戦場においてSGの姿が当たり前になって来た災暦二○年あたりを境に少しずつその影響力が弱まってきていた。

 他陣営がSGを次々と開発生産していく中で暫くの間、戦闘車両や戦闘機、戦闘ヘリといった旧来の兵器で対抗していたAA社は、SGという存在が戦場においてどれほどの脅威かというのを理解した。そこからあまり間を置かずに自社製SGを開発生産に成功し、実戦配備できたあたりは元々のAA社の地力が出ていると言ってもいい。他陣営から遅れながらも自社製SGを投入した事でやや押し込まれていた戦線を押し返し、再び災暦の世での影響力をAA社は取り戻した。

 しかしながら、AA社の内部には“SGに用いられている新技術を旧来の兵器に取り入れた方が強いのではないか”という意見を主張するものが多くいた。そうして生み出されたのが、“NBT(ネクストバトルタンク)計画”だった。

 SGが陸戦兵器としての頂点に君臨しているのは、旧来の戦闘車両に比べて機動力、敏捷性に優れていながらも強固であり、多彩な兵装を携行できるという点である。四肢を有し脚部の動力だけで跳躍する事や、ブースタを用いる事でより上の高度まで跳躍できる走破性の高さも認めざるを得ない。無限軌道、履帯と呼ばれる機構を有する事で高い走破性を持つ戦闘車両でも、流石に垂直の高い壁を走破する事は叶わない。SGの関節部に用いられるような高出力のモーターを戦闘車両に採用した例もあったが、速度こそ従来のものを凌駕していたものの、履帯がその速度に耐えられないといった問題や、その走行速度での砲撃精度があまりにも劣悪といった問題から頓挫していたのだった。

 そうであるならば、速度を高めるという方向性ではなく、戦闘車両にもSGのような走破性の高さを持たせよう、というのが現在ハーミットの眼前にいる“パシング”だった。これまで車体の左右一対の履帯という所を、車体の前後に履帯を分ける事で計四つの履帯となっている。そして、これらは状況に応じて上下に移動する事でSGに於ける脚部のような役割を果たす他、車体のあらゆる部分にブースタを備える事で、推力による水平及び垂直移動をも可能にする化物となっていた。それでいて、SGには携行できない程の大型の砲塔を有し、機関銃や小型のミサイル発射口も備えており、戦闘車両としては最高の出来と言っても過言ではない。

 その存在と概要についてはハーミットは耳にした事はあったのだが、そのようなものがこの場にいるというものは事前情報にはなかった機体であり、明らかに依頼主側の不手際である。しかしながら、だからと言って今から眼前の敵機を無視して撤退するのは不可能という事をハーミットは察していた。そして、再びの警報音を耳に入れながら咄嗟に彼女はペダルを踏み込む。

 

「くそ、友軍は全滅か……!」

「だがこれはNBTが対SGにおいて有用であると示す好機でもある! アイツを仕留めるんだ!」

 パシング社内には、四人のAA社の兵士が乗り込んでいた。清暦の終わり頃には技術の進歩もあって戦闘車両の乗員は削減されて、二名もいれば問題なく使えるようにはなっていた。これは、災暦においても変わっていないが、NBTという新たな枠組みであるパシングにおいては当てはまらなかった。

 SGの新技術を旧来の兵器に取り入れる。その思想によって生み出されたパシングは、旧来の戦闘車両と比べて多くの機能や兵装を有している。その結果、従来の操縦方法では乗員の手が足りず、乗員を増やす事で対処せざるを得なかった。それもあって、AA社内部でもパシングの有用性については疑問視する声も少なからずあったが、社内での自社製SGを相手にした模擬戦では勝利という結果を残していた。そして、その模擬戦でパシングに乗っていた四人は今、この戦場にいた。

 新兵器であるパシングとその乗員四人がこの前線基地に来たのはつい数日前の事。パシングに期待する声も耳にしつつ、他の戦闘車両と同じくあくまでも旧来の兵器とする声も耳にしていた。否定的な意見に対しては“そんな事はない、このパシングは間違いなくSGに代わる新たな一般的な兵器となる筈だ”と彼らは心から信じていた。

 パシングの乗員である彼ら四人は、全員がSGの操縦者としての適性がないと宣告された兵士だった。強力な陸戦兵器とされているSGは操縦者の技量によってその脅威度が大きく変わる兵器である。それは、SGという兵器の欠陥とも言えるが、災暦四三年の戦場の華は間違いなくSGである。社内におけるエースと言えば、優れたSGの操縦者の事を指しており、間違っても戦闘車両乗りではない。敵拠点にむけての制圧砲撃や、友軍の駆るSGを援護する砲撃といった形での貢献しかなく、生粋の戦車乗りには寒い時代となっているのが現状だった。

 だが、仮にNBTがその有用性を示し続ければ、いずれはSGではなくNBTこそが戦場の華となり、その乗員である彼らは英雄となる事が出来る――彼らはそう考えていた。生粋の戦闘車両乗りであった彼らは、NBTの開発に関わったテストパイロットでもあった。開発スタッフらと意見交換も行いながら、共同作業によって生み出されたのがこのパシングだった。故に、敵機がSGというのならそれを撃破しなければと彼らは心を決める。

 前線基地は既に陥落していて、孤立無援。後方の基地へ撤退をしようにも眼前のSGを対処しなければ撤退もままならない。パシングの砲手がSGに照準を合わせてトリガーを引く。車体上部の大砲が火を噴き、前方にある機関銃が弾幕を張る。車体側面のミサイル発射口からは小型のミサイルを立て続けに放つ。

 

 砲弾や弾幕、ミサイルの雨に対し、ハーミットはブースタを吹かして速度で強引に振り切りながら、それでも被弾を避けられないものについては、シールドでガードする。そして、せめてパシングの大砲の射角からは逃れようと接近して死角に潜り込もうと試みるが、パシングもまたブースタの推力を使ってSGに劣らぬ速度で後退する。死角に潜りこむ事は叶わず、砲口は相変わらず真迅改の方を向いており、咄嗟に左へとブースタを吹かして跳躍する。右に着弾したのを音だけで察しつつ、ハーミットは思案する。

 SGに代わる新兵器として生み出されたNBTというだけあって、パシングは間違いなく驚異的な兵器であった。少なくとも、一般的なSGと比べれば間違いなく、火力や装甲といった面では圧倒しており、速度も負けていない。それでいて、砲手や操縦手と乗員の役割分担もあって、SGと比べると搭乗者の力量の差が出づらいというのも利点である。AA社のように人材や資材が豊富な陣営であれば、間違いなく今後の戦場においてはNBTが台頭してくるだろう、とハーミットは感じていた。

 しかしながら、現状考えなければならないのは“如何にして眼前のパシングを攻略するか”である。機動力、最高速度に優れる真迅改と言えど、こうして接敵した状態から撤退するのは得策でなく、大砲の死角に入り込むのも至難。装甲も強固である事から、ライフル程度でその装甲を貫通させるのは現実的でない。そうなると、レーザーブレードだけが決定打となり得るが、レーザー刃が届く距離となるとやはり大砲の死角にまで接近する必要がある。どうやって近づこうかとハーミットは考える。

 考えながらも、その手と足は操縦桿とペダルからは離れず、パシングの放つ砲弾を避けながら、機関銃による弾幕はシールドで防ぐ。牽制のように右手のライフルを時折放つものの、装甲はどこも強固で貫通しそうな箇所は見当たらない。となると、次点で狙う箇所となると、履帯やブースタとなるが、互いに動いている状態で小さな的を狙うのは至難であった。だが、不可能ではない。

 息を吸って、吐く。瞬きを一つして、画面上に映るパシングを睨みつける。

 

「くそ、あのSGは何だ!」

「落ち着け! 相手はあくまでもSGなんだ! 一発でも大きいのを入れればこっちの勝ちだ!」

 対するパシングの乗員達も、ハーミットの駆るSGを仕留める事ができずにその顔には焦りが浮かび始める。車体上部にある主砲――五○口径二二○ミリメートル滑腔戦車砲*2が一発でも的中すればSGは撃破できるにも関わらず、その一つが彼らには遠く感じられた。これまでの模擬戦や、対FNU及びベルクトにおいて、ここまで速いSGというのを彼らは見た事が無かった。照準を合わせて砲撃しても、その瞬間に地を蹴りつつブースタの推力で跳躍し、着弾地点からその姿を消している。その動きを封じるべく、副兵装である機関銃や小型ミサイルによる波状攻撃を仕掛けても揺るがないその姿に、彼らは焦りを感じざるを得ない。

 ――眼前の敵はいつになったら倒れるのか。

 ――この敵機はどうすれば撃破できるのか。

 考えても答えは出ない。操縦手の手とレバーは忙しなく動き続け、砲手も敵機に照準を合わせ続け自動装填が完了し次第そのトリガーを引いている。副砲手が機関銃やミサイルを常に放ち続け敵機に圧をかけながら、車長は敵機の動きを常に乗員に伝える。車外の様子を視認できるモニターを車長は凝視する。その画面端には敵性反応の位置を表示し続けるマップもある為、これらを常に確認し敵機を捉え続ける。

 敵機にはステルス及びジャミングがあるというのはこれまでの友軍機の通信から知っており、そもそもこのパシングについてはそういった索敵能力の妨害への対策として、大型の索敵用レーダーが標準装備となっていた。これもSGであれば標準装備は難しい代物であり、大型かつ重量もあるというのがネックではあったが、戦闘車両として作られたパシングにとっては無視できる問題であった。

「くそ、残骸の多いところに行ったか」

 とはいえ、障害物がそもそも多いと敵機を捉え続けるのはやや難しくなる。大体の位置はマップ上に表示される敵性反応を追えば問題ないのだが、具体的な位置となるとモニター上での目視確認という事になる。しかしながら、ここは散々敵機が大暴れして友軍機や基地の残骸が転がっている所であり、障害物越しだと幾ら照準があっていようと敵機には的中しない。

 無論、障害物となる残骸を壊し続ければ敵機は隠れる事ができなくなる。できなくなるのだが、しかしながらそれらの残骸には生存者がまだいるかもしれない、という事実が彼らのトリガーを引く指を重くさせる。もしかしたら、自身の指で仲間の命を奪う事になるかもしれない、という想像が彼らの頭に過ぎる。

「……構わない、撃て!」

 だが、その生存者がいるかもしれないというのは単なる願望に過ぎない。そもそも、その生存者もここで彼らが倒れてしまえば余計に助かる目がなくなってしまう。そうである以上、彼らにできるのはそこには生存者がいない事と別の場所に生存者がいる事を祈る事のみ。車長の言葉に「……了解!っ」と返した砲手は意を決してトリガーを引く。

 主砲から砲弾が放たれ、残骸に着弾して爆発する。すると、その障害物は既に役に立たないと判断した敵機が飛び出してくる。他の残骸へとその身を隠そうとするところに、再び自動装填を終えた主砲の一撃が放たれる。一つ、二つと障害物を破壊した所で、再度敵機が飛び出してくる。その瞬間、その手に握られたライフルから銃弾が放たれるのを車長は視認する。

 SGの携行できる火器、それも手持ちの銃火器程度でこのパシングの装甲を貫通させる事はまず不可能だった。

 だが、その弾丸は装甲には的中せず、主砲を脇を通り抜けて車体後部にある大型のレーダーユニットに的中する。パシング車内から車外を視認する為には、車外にあるカメラやセンサー、レーダーの情報を機体内部のコンピュータが収集してそれを車内モニターに表示するという形式をとっている。故に、モニターに車外の様子を写す際に関与するレーダーユニットが破壊された事で何が起きたかと言えば、車内モニターの映像が大きく乱れる。それに連なって、近辺のセンサーユニットにも命中したのか、敵性反応を検出するマップにも敵機の位置が表示されない。

「くそ、レーダーユニットがやられた!」

「車長! これでは敵機の位置がわかりません」

「狼狽えるな! 映像を切り替える!」

 だが、車長はここで慌てずにモニターの表示をカメラからの映像をそのまま採用する形式に切り替える。こうなると、障害物に紛れ込まれると視認しづらいという難点があるが、モニターそのものが不調となっている以上は背に腹を変えられないと判断を下す。こうしてモニターの映像を切り替えるが、敵機は映らない。だが、予備のレーダーユニットは敵機の位置を表していた。

「上だと!?」

 パシングのレーダーユニットが破壊され、一時的に視界を奪われていた瞬間に、SGは大地を蹴ってブースタの推力でパシングの頭上へと跳躍していた。車長の声に砲手が反応して、砲塔を上へと向けようとするが戦闘車両の砲塔は左右への旋回は兎も角、上下については不向きというのは否めなかった。砲塔だけを上に向けようとも、SGの姿を照準内に収められない。それを察しているが故に、操縦手が指示を受けるまでもなく後退する。だが、砲塔の照準が合っていない間にSGがパシングの砲塔に向けてレーザーブレードを向ける。

 ――左腕を振るってレーザー刃による一閃。

 その瞬間に、砲手が覗きこんでいたモニターが何も映さなくなる。車長とは別に砲塔にあるカメラを通して車外を確認していた砲手だったが、砲塔そのものが壊されてしまった為に、そのモニターはもう何も映す事は無い。副砲手がなんとかしてSGを引き離そうとミサイルや機関銃を乱射するも、射角の問題でかすりもしない。そのまま、レーザー刃が真下――乗員四名のいる操縦室へと向けられたのだった――。

 

 パシングの操縦室をレーザー刃で突き刺し動力部にも致命的なダメージを与えたハーメットは、そこで止まる事なく乗機を跳躍させてパシングから離れる。すると、動力部の破損によって散った火花が燃料に引火して爆散する。これまでの敵戦力と比べても大型の兵器という事もあって、この戦闘で一番大きな爆発であった。

 それを視界の隅に入れつつコックピット内のモニターに目をやると、モニターのマップ上に表示されている敵性反応はない。機体をぐるりと旋回させてメインカメラの拾う映像を見ても、健在な敵影が映る事は無い。

『周辺に敵性反応なし。目標地点をそっちのマップにマーカーしておいた。その地点で機体を回収する。そこまで移動しろ、ハーミット』

 自身で確認し、離れた所からより広範囲の索敵能力を持つヘリコプターからの通信がそう判断した以上、今回の作戦については完遂できた、と言っても何ら問題はなかった。その事に、ハーミットはため息を一つ。あらゆる意味で色んな事に慣れているとはいえ、今日も一つ生き残ったという事実は、安堵の息を一つ吐いた所で責められる理由はないだろう。

「了解。これより離脱する」

 口ではそう返して、通信を切る。そして、真迅改の進路を指定された地点へとブースタを吹かして向かう。

 

 指定された地点には既に、大型のヘリコプターが高度二○メートルほどでホバリングしていた。

『よくやった、ハーミット』

 先程、真迅改を前線基地の近くまで運んでいたヘリコプターが、今度はハーミットの本拠地へ戻る為に待機していたのだった。それを見てハーミットは、「いえ」と返事をしつつヘリコプターの真下に機体を滑り込ませる。その数秒後、ヘリコプターが高度を落としながら下部アームを開き、ガシリと掴む。更にガコン、という金属音が鳴りしっかりと固定された事がハーミットにも聞き取れた。

 そこまでして漸く緊張が緩んだのか、先程よりもより大きなため息をしつつ、ヘルメットを外す。

 そうして露わになったのは、あまりにも場違いな幼い少女の顔だった。ヘルメットに無理矢理収められていた長い漆黒の髪の毛がハラリと下がる。前髪の隙間からは翡翠色の瞳が微かに見てとれる。あまりにも整った容姿だが、生気は一切感じ取れない。ため息をついたり、言葉を発したりと人間らしい動作はあれど、表情の変化は乏しく人形のようにも感じられる。

「今日もまた、生き残ったか」

 そのような事を口にしながら、少女は一人考える。

 

 ――自分の知る“ルート・ゼロ”本編まであと二ヶ月くらいだったか、と。

*1
腕部に携行できる自動小銃としてライフルと称されている

*2
口径【220mm】砲身長(砲身の長さ)220mm×【50】=11000mmの意




【TIPS】

A bolt from the blue(サブタイトル)
「寝耳に水」の意。実際、今回は強襲作戦であり、襲撃を受けた側にとってはまさしく寝耳に水だろう。

SG(スティールジャイアント)(用語)
本作中の人型機動兵器の事。命名由来としては作中にもあるように『鋼鉄の巨人』の意。
要はモ〇ルスーツみたいなもの。作中の雰囲気的にはアー○ードコアっぽいが、あそこまで自由度の高い換装はできない。
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